第57話 横道一
俺の名前は横道一。ちょっとオタの入った、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
九月二十一日、今週もやってきやがった気だるい月曜日。はぁ、マジやってらんねぇ、こちとら深夜アニメのリアルタイム実況で寝不足だってのに、こんな朝っぱらに登校させてんじゃねぇよ。月曜日の登校時刻は午後にする。これくらい国の法律で定めておけよ、無能政治家どもめ。高い税金払ってんだぞ。消費税とか。
と、そんな高度に政治的なことをつらつら考えながら、表向きは真面目な俺は時間通りにクラスへ到着した。
「ふぅー、ぶふぅー」
めっちゃ息が切れる。ちくしょう、何でウチの教室は三階なんてバカみたいなところにあるんだよ。朝から疲れるだろうが。高い学費払ってんだ、エスカレーターくらい完備しろ。もう21世紀だぞ。
「ぶふっ、見ろよ、キモ豚が喘いでるぜ」
「マジでブーブー言ってね?」
「ちょっ、やめろって、もう豚の鳴き声にしか聞こえてこないべや」
おい、聞こえてんだぞ、雑魚モブ風情の上中下トリオが。ガチで喧嘩したら、圧倒的にウェイトに勝る俺の方が強ぇんだよ。そんなことも分かんねーのかよ、格闘素人が。
あー、クソ、今日はマジで胸糞ワリぃ。ムカつく、クソ雑魚どもが。
けど、面倒事は起こさない。平和主義者の優しい俺は、あのクソどもをちょっとばかり睨みつけてやるだけで、許してやる。
ふん、雑魚め。俺がちょっと睨んでやっただけで、話を止めやがった。俺の殺気にビビってやがるな。所詮、あんな雑魚なんて俺の鋭い眼光だけで――
「――おい、キモ豚、なに見てんだよ」
「ぶうっ!? べ、別に……」
「あ? 見てただろうが。何か言いてぇことあんなら、言ってみろよデブ」
「ちょっと、止めなって樋口ぃー、横道めっちゃビビってんじゃん」
「イヤ、だってよ、杏子、今絶対――」
「つーか、さりげに名前で呼ぶなし」
「別にいいだろ、って、イテっ、やめれ、叩くな、やめれって」
く、クソ……クソが……このクソDQNの樋口。上中下トリオを手下にして、猿山のボス気取りで調子に乗ってんじゃねぇぞ。テメぇだって、俺が本気出せばマジでヤレるんだからな。いつかシメる。ぜってぇシメる。
樋口恭弥。いわゆる不良。この成績優良進学校の私立白嶺学園にあるまじき、ゴミクズみたいなDQN男だ。俺がこの世で一番嫌うタイプの、正真正銘のクズ。
どうしてこんなヤツを平気で生かしておけるのか、日本の法律は緩すぎだろ。アイツみたいなDQNなんて即刻抹殺対象にすべきだろうが。ああいうゴミクズ野郎を野放しにしておくから、いつまでたっても世界は平和にならねぇんだ。
俺が完全犯罪思いついたら、テメェは即ギルティーだぜ。
今はせいぜい、そのクソビッチとつるんで、ヘラヘラ楽しそうにしてやがれ。
ちっ、あのクソビッチ女、蘭堂杏子、テメぇも俺のことを助けてやったとか、勘違いしてんじゃねぇぞ。クソDQN樋口と付き合ってるような女は、ソイツと等しくクズなんだからな。
大体、この杏子とかいう女、もう見た目からして完全にビッチだ。援交してない方がおかしいレベル、一発三万とかで売ってそう。
髪は見事に、染めた金髪。レイナみたいな天然モノじゃない汚ねぇ色しやがって、似合ってねーんだよドブス。化粧濃すぎ、ケバい、テレビに出てるモデル気取りの若作り女優みてぇだ。
おまけに、黒い。おいおいマジかよ、今時黒ギャルかよってほど、日に焼けた褐色肌。上中下トリオの女バージョンみたいな、取り巻きの雑魚ビッチ共でさえ、肌は焼いてないってのに。
金髪で肌黒いとか、もうビッチ以外の何者でもない。小5で処女卒業してそうなクソ女だ。
でも、そのデカ乳とデカ尻だけは評価しといてやる。胸だけなら美少女揃いの我が二年七組でも一番。サイズも一番――と、双葉芽衣子という規格外のメスブタを除けば、一番だろう。俺には分かる。剣崎明日那と小鳥遊小鳥もかなりデカいが、遥かに杏子の方がデカいと。
お前なんてさっさとAVデビューしろ。二回位は使ってやるから――ヤベぇ、ちょっと勃ってきた。
「ぶふぅー」
落ち着け、俺、心頭滅却だ。この状況がバレたら、俺のクールなイメージが崩れてしまう。とりあえず、樋口と杏子がイチャつき始めた隙に、着席。
ふぅ、やれやれ。こういう時は、あんなクソビッチではなく、本物の美少女を堪能して、心をリフレッシュするに限る。
「もう、兄さんから目を離すとすぐにこれです、少しは自重してください」
「あはは、そんなに心配するなよ桜。俺は大丈夫だって」
教室の前の方で談笑している、蒼真桜。あの女は、間違いなくこのクラスで、いや、この白嶺学園で一番の美少女だ。顔、スタイル、性格、総合評価で満点。正に完璧美少女、神の造りたもうた造形美。
でも、そんな桜に惚れるような奴は素人だな。俺みたいな玄人は、もっとこう、ダイヤの原石のような子に目を付けるのだ。
「ぶふっ……有希子……」
机に突っ伏して寝るフリをしながら、ちょうどよく横の席に陣取る、俺の推しメンこと、長江有希子を見つめる。
有希子は地味で、小柄で、大人しくて、俺と同じように決してクラスで目立つようなタイプではない。今時の流行に反するような、ダサい黒縁眼鏡をかけている点も、文芸部に所属しているという点も、彼女の地味属性に拍車をかけている。
けれど、俺は知っている。桜だとかレイナだとか、あるいは明日那だとか小鳥だとか委員長だとか、そういうのに夢中になる、見る目の無い奴らとは違う。だから、俺だけが知っている。有希子の魅力を。
「……やっぱ、似てる」
柔らかそうなサラサラの黒髪のショートヘアに、黒縁眼鏡。抱きしめたら折れてしまいそうな、小さく華奢な体つき。そして何より、彼女の纏う儚げなオーラが――そう、俺がオタの道に入るキッカケとなった歴史的名作『鈴原ハルカは憂鬱』のヒロイン、長江ユキにソックリなのだ。というか、名前ソックリって、どんな奇跡だよ。
運命だと思った。俺の大好きな、数多の作品を網羅、制覇してきた今でも『俺の嫁』不動の一位に君臨するユキ。二次元という次元の壁に隔たれた向こうにしか存在しない女神が、この、現実世界に降臨しているのだ。
つまり、長江有希子は俺の嫁だ。
そうして俺は、有希子だけをこのクソつまらない退屈な学校生活の中での唯一の潤いとしながら、今日という日を乗り越える――はずだった。
ギ、ギギギッ、ギィイイイイイイっ!
その不協和音と共に、俺の平和な日常は崩れ去る。向かう先は、剣と魔法のファンタジー世界。
そう、ある日突然、このどこにでもいる普通の男子高校生である俺、横道一は、異世界召喚されることになったのだ。
え、あれ、もしかしてこのパターンって――
「ぶっ、ぶふふっ、なれる……異世界に行けば、俺はっ、最強チートのハーレム王になれるうぅ!?」
教室から漆黒の空間に放り出された時、俺はそんな歓喜の声を上げた。
「はぁああああああああああああああ!? お、俺の天職が『戦士』とかっ、はぁああああああああああああああああああ!」
ふざけんな、何だよこのフツーすぎる天職は!? 戦士って何だよ、マジふざけんなよオイ、コレどう見ても雑魚かモブの職業だろうが! 戦士じゃ一見クソでも実は超絶チート性能みたいな展開も望めねぇ……俺は絶対、斧なんていうあらゆるゲームで不遇にして、あらゆるアニメでかませにされるクソ武器なんて使わねーからな!
「何でだよ、何で戦士なんだよぉ……この俺がぁ……」
神様出てこいコラぁ! 俺を異世界に送ったのは手違いでしたっつって、白い空間で謝罪に来いよ! そして元の世界には戻せない代わりにチート能力満載で送り出せや!
天職『戦士』ってどういう了見だよ、俺に死ねってのかぁ!?
「チート! 俺のチートがぁ!? よこせよ、限界突破の超絶ステータス! オンリーワンの固有スキル! 技盗ませろよ! 賢者の知識授けろよ! 超強い俺だけのオリジナル魔法とか現代兵器とか作らせろよ! 異世界行ったら最強になれるんじゃねぇのかよぉおおおおおおおおおおおおおお!」
と、ひとしきり神のクソヤロウに正当な怒りをぶちまけたところで、俺は渋々、ハーレム王を目指してダンジョン攻略を始めましたとさ。
「――ふっ、ぶふっ、ふふ……あー、なるほど、こういうコトね」
要するにコレってさ、成長チートってやつだよね? そうだよね?
「ぶふっ、なぁにが魔物だよ、ビビらせやがって。所詮、スライムレベルの雑魚ばっかじゃねぇかよ」
俺が最初にぶち殺してやった獲物は、RPGの序盤に相応しいゴブリン、正式な名前はゴーマとかいうらしいが、異世界のルールなど知ったことか。俺はコイツをゴブリンと呼ぶ。
ともかく、このクソ気持ち悪ぃゴブリンが、間抜けにも一匹だけでウロウロしていたから、俺は足元に落ちてたレンガみたいな石材ブロックを拾って、後ろから一発かましてやった。モンスター相手に容赦などしない。今は生きるか死ぬかの極限状況。俺は生き残るためなら、どこまでも冷酷になってやる(キリッ)
まぁ、ゴブリンは一撃だった。はじめ、は、経験値3をてにいれた!
いや、経験値とかないけど。つーか、異世界のくせにステータス画面も出ねぇのかよ。レベルアップシステムがないと、成長が分かりづらいだろうが。これはアレか、冒険者ギルドでギルドカードを手に入れないと、自分のステータス画面は見れない仕様なのか。
まぁいい。ともかく俺は、最初のゴブリンを倒したことで、コイツが持ってた錆びた剣を手に入れた。握ったら柄はなんかベトベトしてるし、何か臭ぇし、最悪な武器だけど……くくっ、こう、本物の剣を持つと、血がたぎるっていうの? どうやら俺は、平和な学園生活の中では品行方正な紳士でいられても、その心は生粋の戦士だったようだ。
「ぶへへっ……負ける気がしねぇ」
やせいのゴブリンがあらわれた!
一匹目の奴のお仲間なのだろうか。俺が剣をちょうだいした辺りで、ゾロゾロと出てきやがった。でも、所詮はただの雑魚。
「俺の実力があれば、チートなんかなくても楽勝だっぜ!」
『剛力』:筋力強化。戦士の力強さ。
『気力充填』:体中に活力が満ちる。疲れにくく、長い戦いの中でも勇気が湧き続ける。
『反応速度強化』:反応力強化。速度強化。敵の攻撃を見切り、弾く。
戦士の初期スキル3つは、どれも大したことないステ上昇系のありふれたモノだ。でも、そのありふれた能力で最強クラスになれるのが、俺の実力だな。
錆びた剣一本で、俺は十匹くらいのゴブリンどもを華麗に返り討ちにしてやった。
『一閃』:斬撃攻撃力強化。鋭い一撃が、敵を斬る。
そうして、早くも俺は武技を覚えた。
「ぶははっ! すげぇ、すげぇよ俺! めっちゃ強ぇ……どんどん、強くなるぅ!」
ゴブリンとかスケルトンとかゾンビとかゾンビ犬とか、色々殺しまくった。殺せば殺すほど、俺は強くなる。レベル表記がなくても、分かる、分かるんだよ。俺のステータスがマジでガンガン上がってるって実感が湧く。スキルも武技も、新しいのを幾つも覚えた。
ああ、これが、これこそが、成長の喜びってやつなのか。マジ凄ぇ。こんな経験したら、もうゲームなんてやってられねぇよ。あんなもんガキの遊びだわ。
「っしゃあ! さっすが俺! ツイてるぅーっ!」
あきらかに宝箱ですっていうボロい箱から、俺はついにマジモンの剣を手に入れた。錆びた刃の剣なんてゴミだよね、使ってられるかよ。
コイツは錆び一つない、新品同様の綺麗な刃だ。そして何より、デカい。刀身の幅はゴブリン剣の倍くらい広いし、長さも軽く一メートルは超えている。バスターソード、みたいな感じ? 知らんけど。
けど、普通の人間じゃあとてもマトモに振るえないだろうってほどの長さと重さがあるのは間違いない。そう、普通の奴ならね。
俺は違う。俺の力をもってすれば――ほら、この通り。ちょうどいい重さ。それに、群れてる雑魚をチマチマ切るのもダルいんだよな。やっぱ大剣で薙ぎ払ってこその無双っしょ。
「うほっ!? すっげ、コレすっげぇ!」
ゴブリンとか、一振りで三匹まとめて切り飛ばしてやったぜ。強すぎる。俺、強すぎてヤバい。
この大剣で雑魚を斬りまくる爽快感といったらない。ブシャブシャ飛び出る血飛沫が汚ぇけど、そんなもん気にもならないくらい、コイツをぶん回しているとハイになる。脳汁出まくり。
「ぶふぅー、もう雑魚とか相手んなんねーわ。そろそろボスとか出てこいよなぁ――」
なんて、ダンジョン攻略にさらなる意欲を燃やしている、ちょうどその時だった。
「誰か、助けて――」
2016年11月24日
すでにご存じの方もいるかと思いますが、活動報告を更新しました。呪術師の第5章完結について、Q&Aといつもの内容です。よろしければ、どうぞ本編と合わせてお読みください。
新たにレビューが書かれました。わざわざ、どうもありがとうございます。呪術師は『黒の魔王』と比べて、まだまだですので、この機会に一人でも多くの読者の目に留まればと思います。