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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第5章:最悪のハーレムパーティ
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第55話 剣崎明日那

「ふーん、そうなんだ。それじゃあ、私が剣崎さんより強ければ、大人しく私の言うことに従ってくれるんだ?」

「一対一の決闘で勝てば、私は桃川だろうが、お前だろうが、従ってやろう」

「うん、良かった。それじゃあ話は簡単だね――決闘しよう」

 まさか、女相手にこうも堂々と決闘を申し込まれるとは、剣崎明日那は思いもよらなかった。

 自分が、ごく一般的な女子高生とはかけ離れた感性の持ち主であるという自覚は持っている。そのことに悩んだ時期もあったが、高校生の今となっては、心も決まった。

 そう、自分はただの女ではなく、剣崎流の剣士であるのだと。

 だからこそ、女でありながら戦いを恐れぬ覚悟を持つ、双葉芽衣子の存在は異質である。

 いや、天職という戦うための力を得た今の状況だからこそ、女性の身であっても、戦闘という行為に自ら臨める精神性を獲得できたともいえよう。平和な日本では、個性的という言葉では言い足りないほどぶっ飛んだ常識の剣崎明日那だが、生きるか死ぬかのダンジョンへやって来たことで、ごく普通の女子も彼女と同じ感性にまで近づいたのだ。事実、陸上部員でしかない夏川美波も、今では明日那と肩を並べて立派に戦えている。

 だがしかし、その中でも堂々と決闘に挑める双葉芽衣子は、そんな彼女達の中でも異質。それが『狂戦士』という恐ろしい名前の天職の影響か、それとも、桃川小太郎による邪悪な洗脳の結果か。

 明日那としては、どちらでも構わない。決闘をすると約束した以上は、自らの誇りにかけて、挑むのみ。

「――準備はいいか、双葉」

「うん」

 二人がやって来たのは、妖精広場を出たすぐ先にある土の広場。小太郎と芽衣子が鎧熊を倒した場所とよく似た、何もないグラウンドのようになっている。また、いつ魔物が乱入してくるか分からないが、妖精広場のど真ん中で大立ち回りをするのは気が引けた。

 ひとまず、軽く周囲と通路を見て安全確認はしている。長々と戦うつもりもないので、問題はないだろう。

「では、始めるぞ」

 決闘の場には、当事者たる芽衣子と明日那の二人きり。審判は、あえてナシとした。

 小太郎も桜も委員長も、誰もが二人に対して中立を貫ける立場にあるとは言い難い。下手に横槍が入れば、遺恨が残ってしまう。故に、何者の邪魔も入らないよう二人だけの決闘となった。

 開始位置は、自然と剣道の試合と同じような距離。明日那の手には『双剣士』らしく二振りの木刀が握れている。対する芽衣子の手には、櫂型木刀のような大振りな木剣がある。どちらも、妖精胡桃の木の枝を素材として、小鳥遊小鳥を叩き起こして作らせたものだ。

 今回の決闘は命をかけたものではなく、互いの信条をかけている。これも遺恨がないよう、きちんとした武器を互いに持たせるという配慮だ。

 もっとも、寝ぼけ眼でワケも分からず木刀を作らされた小鳥としては、堪ったものではなかっただろうけど。

 ともかく、全ての準備も整い、いよいよ、剣崎明日那と双葉芽衣子の決闘は始まった。

「いつでも、いいよ」

「では……いざ、尋常に、勝負!」

 明日那は芽衣子のことを、侮ってはいない。彼女の戦闘能力は、最早、本物の戦国武将もかくやというほど力強く、荒々しい。剣道の大会でも、剣術の非公式試合でも、明日那を唸らせる猛者は何人かいたが……『狂戦士』双葉芽衣子ほど迫力を持つ者はいない。

 事実、天職の力がある以上、今の芽衣子は現実に存在する達人よりも強いだろう。その身体能力も、自衛隊のレンジャーさえも軽く凌駕する。

 普通の人間では決して到達しえない、化け物じみた強さ……しかし、それは明日那とて同じこと。

 今の私は、お父様よりも、最盛期のお爺様よりも、遥かに強い。

 剣術の腕は及ばずとも、この身に宿る能力はささやかな技術の差など軽く覆せる。

 明日那も芽衣子も、共に人間離れした身体能力を持つのは同じ。ならば、強さは技術の差によって決まる。

 双葉芽衣子は、狂戦士の力を十全に発揮するだけの戦闘経験を確実に積んでいる。度胸も気迫も凄まじい。だが明日那も同じくダンジョンを進んできた以上、魔物相手での実戦経験を積んでいる。二人の間に、そこまで大きな経験の差もないだろう。

 ならば、幼少のみぎりより、剣術に打ち込んできた自分には、まだ大きなアドバンテージがあると、明日那は確信していた。

「ふんっ!」

 だから、開始早々、奇襲のように芽衣子が投げつけてきた木剣に対処することも、容易であった。

 この程度、驚くことはない。普通の剣道部員だったら驚くだろうが、剣崎流剣士として、他の流派との非公式な試合経験もある明日那は、こういった手合いも慣れたもの。剣士を名乗っていても、短刀を飛ばしてくることはあるし、忍の流派なら大抵、手裏剣もクナイも投げてくる。

 普段なら弾くところだが、狂戦士のパワーで投げつけられた大きな木剣を、手裏剣を弾くのと同じように対応するのはまずいと考え、回避を選ぶ。

 素早く横にステップを踏んで避けた明日那に向かって、芽衣子が猛然と突撃を仕掛けてくる。元より、さして遠くもない位置からスタートしているのだから、彼女の脚力をもってすれば、距離を詰めるのは一瞬。

 だが、その速さを見切るだけの能力と勘と経験とを、明日那は持っている。

 突進の勢いを殺し切るのは無理と断じて、さらにもう一つ、ステップを刻む。

「これでっ――」

 紙一重で、通り過ぎていく芽衣子。回避が成功し、ガラ空きとなった背中に向けて、明日那は二つの木刀を叩きつけた。

「――終わりだ!」

 手加減はしない。それができる相手でもないと、明日那は芽衣子を認めている。しばらく立ち上がれないほど悶絶するに違いないダメージが入っただろうが、蒼真桜の治癒魔法があればすぐに治る。

 確かな手ごたえを感じ、自身の勝利を確信した明日那に、

「はぁあああああああああああああああああっ!」

 狂った獣が、牙を剥いた。

「なっ――」

 芽衣子は背中に叩きつけられたダメージの影響をまるで受けることなく、そのまま体を素早く翻し、木刀を振り切った直後の明日那へと飛びかかった。

 まるで自分の攻撃が当たっていなかったかのような動きもさることながら、その間髪いれない反撃に、さしもの明日那も対応が一瞬、遅れる。

 だが、かろうじてバックステップが間に合う。芽衣子の伸ばした手に掴まれることなく、ギリギリで避けた――

「くうっ!?」

 そこに、芽衣子は手に握り絞めていた砂を投げつけてきた。いつ拾ったのか、それとも、最初から持っていたのか。どちらにせよ、嫌なタイミングで仕掛けられた目つぶしによって、明日那はさらに無理な回避を迫られる。

 大きく体を振って、まき散らされた砂から逃れ、どうにか視界を奪われることだけは避けたが、それで限界だった。

「あっ――」

 腕を掴まれた。

「木刀じゃあ、私は殺せないよ」

 微笑む芽衣子の顔を見て、明日那は悟った。決闘、という命の安全が保証された儀式。木刀という非殺傷武器を使った時点で、芽衣子の勝ちが決まっていた。

 当てれば勝ちだという、試合的な決闘ルールだと思い込んでいた、明日那。けれど、芽衣子は倒した方が勝ちという喧嘩ルールに基づいて、行動していたのだ。

 明日那が木刀の一撃を決め、勝負が決まったと思ったその瞬間を、芽衣子は最初から狙っていた。それ以外に、経験の差で勝る明日那を捕まえられないと、そう考えたのだろう。

「はあっ!」

 芽衣子の気合いの声と同時に、視界は反転する。直後、明日那の背中を凄まじい衝撃が駆け抜ける。掴まれた腕で、そのまま投げられた。空いた方の手で受け身はとってみたものの、そんなモノは無意味なほど、勢いよく地面に叩きつけられた。

「かっ、は……」

 肺の中の空気が全て押し出されてしまったような感覚。全身を襲う鈍痛の中、明日那はとにかく、大きく息を吸い込もうと、

「ふん!」

 したところに、芽衣子の爪先が腹部を突く。サッカーボールを蹴るように、一切の容赦も躊躇もなく叩きこまれたキックが、明日那の細く引き締まった腹部に炸裂した。

 体をくの字に曲げて吹き飛んだ明日那は、ドっと地面を転がってから、腹を蹴られた強烈な痛みに呻く。喉の奥からこみ上げてくるモノを吐き出さないよう、必死に堪える。

 だが、芽衣子の足という無慈悲な鉄槌は、再び叩きこまれた。

「ぶっ、うげぇっ――」

 血反吐混じりのゲロを、盛大に口から吹き上げる明日那。端正な美貌が苦痛にゆがみ、吐瀉物をまき散らす悲惨な彼女の姿を、芽衣子はゴキブリでも踏みつぶしたかのように、冷たい軽蔑の眼差しで見下ろしていた。

「ねぇ、剣崎さん、痛い?」

 朦朧としかけた意識だったが、芽衣子の問いかけは何故かはっきりと聞こえた。

「ぐっ、うぅ……な、なん、だと……」

「痛いか、って聞いてるの」

「こ、この程度の痛みで……私が……」

 ガツン、と視界が一瞬暗転。すぐに戻ってきた視界の中で、明日那は口の中に広がる鉄臭い味と、鈍痛と共に鼻が詰まった感覚を覚えた。

 顔面を蹴られた。鼻血は両穴から流れ、さらに明日那の綺麗な顔を汚して見せた。

「どう?」

「うっ、わ、私は……」

「まだ、足りないみたいだね」

 今度は、顔と腹、両方蹴られた。転がった明日那の体は土に塗れ、ぐったりと倒れ込む。だが、そこで芽衣子の問いかけはなかった。そのままドリブルでも続けるように、明日那を蹴飛ばし、地面の上を転がし続けた。

「はっ、あぁ……ま、待て、やめろ……私の、負けだ……」

「鈍いね、剣崎さん。決闘の勝ち負けなんて、聞くまでもないでしょ。私は、痛いかどうかって、聞いているの」

 これみよがしに、明日那の頭上に足を振り上げる。見上げた、この上靴の靴底が降り下ろされればどうなるか。その苦痛と屈辱は、考えるまでもない。

「ひっ……もう、やめてくれ……痛い、痛いから……」

 凛々しい女剣士の表情は、すっかり恐怖に怯える少女の顔となる。それを見て、芽衣子は満足そうに言った。

「そうだよ、剣崎さん。人を殴ったり、蹴ったりすると、痛いの。それは、とても痛くて、怖いこと。だから、暴力はいけないことなの」

 それはまるで、喧嘩をした幼稚園児に言い聞かせる保母さんのように、優しい語り口。

 しかしその一方で、芽衣子は振り上げた足を明日那の顔面へと無慈悲に振り下ろしていた。

「がああっ!?」

「分かる、剣崎さん。これが、暴力だよ」

 完全に鼻骨が折れ、痛みに呻く明日那に、芽衣子は尚も語り続ける。

「でもね、人は暴力に慣れるもの。自分が暴力を振るうことにはすぐに慣れて、その内、それを振るうことを望むようになる」

 何故なら、それは人間の本能に根差した快楽に繋がるから。支配欲、征服欲。自分が他人より勝る優越感。そして、時には暴力を肯定する正義感まで。一方的に暴力を振るうことは、実に様々な快楽を与えてくれる。

「剣士の誇り? 弱い者には従わない? 笑わせないで、自分が暴力を振るえる強者だから言える、戯言以下の醜い言い分だよ」

 強いからこそ、プライドを持てる。自分が強いからこそ、弱い相手を見下せる。

「剣崎流の剣士だ、なんて言っちゃって、可哀想だよね、剣崎さん。小さい頃から、ずっと修行してきたんでしょ? 女の子なのに、あの蒼真君と張り合えるくらい、強くなったんだから」

 そう、剣崎明日那は強い。一年の時にあった、婚約をかけた蒼真悠斗との決闘は、接戦であった。剣の腕は明日那の方がやや勝る。しかし、蒼真悠斗は男としてのパワーと、さらに、剣崎流剣術にはない、蒼真流の体術を駆使して、辛くも勝利を拾ったのだ。

 当時の蒼真悠斗も、全力を出し切らなければ勝てなかった、名勝負である。

「だから、勘違いしちゃったんだよね。誇りという大義名分で、自分の暴力を正当化した。本当の暴力が、どんなに恐ろしいものか、知らないまま――」

 今度は足ではなく、芽衣子が体ごと降ってくる。いわゆる一つの、マウントポジション。

 痩せた今となっても尚、豊満な体つきの上に、二年七組の女子で最高の身長を誇る大柄な芽衣子がドスンと腹の上に乗っかり、明日那は強い圧迫感にあえぐ。

「――だから、私が教えてあげる」

 聖母のような穏やかな微笑みを浮かべて、芽衣子は固く握った拳を、すでにして酷い怪我を負った明日那の顔面に叩き込んだ。

 それは、どこまでも理不尽な暴力。

 剣崎明日那、過酷な剣術修行を続けた彼女が、初めて体験する、純粋なまでの暴力であった。

「ああっ!」

「この痛みは、小太郎くんの痛み」

 痛みには、慣れているはずだった。

 痣や打撲は当たり前。激しい稽古の結果、骨折することもあった。試合の中で、運悪く相手の木刀が目を突き、危うく失明しそうになったことさえある。

 けれど、それはあくまで『危険』であって『恐怖』ではない。

 稽古の時も試合の時も、負傷をすれば誰もが治療の為に駆けつけた。あの厳格な父親でさえ、明日那が大怪我をすれば、血相を変えて飛んできたものだ。

 そう、剣崎明日那は愛されていた。道場を営む剣術一家の家族全員は勿論、その門下生にも。他流派の試合相手であっても、高名な剣崎流を継ぐ一人娘の明日那に、敬意を表したものだ。

 痛みや怪我はある。けれど、そこに恐怖はなかった。

「あっ、がっ……や、やめ……」

「この恐怖は、小太郎くんの恐怖」

 いつ、止まるとも知れない、暴力の嵐。明日那の身を省みず、ひたすら拳が叩きつけられる。

 女の子なんだから、顔の怪我には気を付けなさい。負傷を厭わず突っ込む自分に対して、そんな注意を父から受けたのは、十歳の頃だったか。常に剣士たれと教える父がそんなことを言うとは、これでも一応、娘として思っていたのかと、子供心に驚いたものだ。そして、それが少し嬉しくもあった。

 剣崎明日那は、剣士であり、同時に、女でもあり、その結果、彼女は誰もが振り返る凛々しい美貌の少女へと成長を果たした。

 そんな彼女の綺麗な顔は今、狂戦士の圧倒的な暴力の前に破壊される。

「分かる、剣崎さん。貴女は、こんなに酷いことを、小太郎くんにしたんだよ」

 明日那の視界が、血で滲む。

「謝って」

 赤く霞んだ視界の向こうで、拳を振り上げる人影が、恐ろしくてたまらない。

「小太郎くんに、謝って」

 痛い。痛い。こんなに痛くて苦しいのに、どうして止めてくれないのだろう。

「小太郎くんに、酷いことしないで」

 止めて。

「小太郎くんに、痛いことしないで」

 助けて。

「これからは、ちゃんと小太郎くんの言うことを、素直に聞いてあげてね」

 朦朧とする意識の中で、明日那はようやく、拳の雨が止んだ事に気づいた。

 ああ、良かった。やっと、終わった。これで、助かる。

「だって、剣崎さんは、私に決闘で負けたんだから」

 いい、負けでも何でもいい。この苦痛から、この恐怖から解放されるなら、何でもいい。

「ほら、ちゃんと言って」

「……ご、ごめん、なさい……私の、負け、です……」

 ちゃんと謝ったから、負けを認めたから、だから、もう止めて。止めて、お願い。どうして、止めて、何で、助けて、嫌――もう、殴らないで。

 そんな心の声をかき消すように、最後に芽衣子は思い切り振りかぶった拳を喰らわせた。

 バキリ、と頭の中を突きぬけて行く鈍い音はきっと、心が砕ける音に違いない。その、鍛え上げた刀のように、誇り高き女剣士の心が、木端微塵に砕け散る音。

 絶望の音色の中で、明日那の意識はついに闇へと沈んだ。

「あはは、やった、小太郎くん。私、剣崎さんに決闘で勝ったよ。ふふ、喜んでくれるといいなぁ――」

 2016年11月21日


 二人の決闘の場所に関して、修正しました。

 次話の前書きに、修正前の影響を配慮した説明が記載されておりますが、念のために、そのままにしておきます。

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― 新着の感想 ―
リリィ=サンの波動を感じた
久々の読み返しですけど、この話と次の話はすっきりして好きです
ん気持ちいいいいい!!!
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