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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第5章:最悪のハーレムパーティ
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第54話 リーダー(2)

「……双葉さんは、おかしいです」

 桃川小太郎と双葉芽衣子の二人が、揃って広場の隅の方で話し込んでいるのを幸いと、蒼真桜は如月涼子と剣崎明日那へと、そう話を切り出した。

「ああ、私もそう思う」

「ちょ、ちょっと、桜、明日那まで……いきなり、何を言い出すのよ」

 否定的な声をあげる涼子だが、実のところ、彼女自身が一番、双葉芽衣子の豹変ぶりについては実感しているだろう。なにせ、いつもオロオロしていて、まるで戦いの役に立たない彼女の姿を間近で見続けてきたのだから。

「私は、あまり双葉さんと仲が良かったわけではありませんが、それでも、彼女が平然と魔物と戦えるような性格ではなかったのは間違いありません」

「あまりにも、人が変わりすぎている。アイツの戦いぶりは……まるで、狂戦士だ」

 前衛として隣で戦った明日那だからこそ、分かるのだろう。桜や涼子も、後衛として後ろから芽衣子の戦い方は見ている。大振りのハルバードを力に任せて振り回し、嵐のような連撃で次々と蟻を叩き潰す様は、華麗な立ち回りの明日那や美波とは一線を画す、荒々しさだ。

「いいえ、実際に彼女は『狂戦士』なのです」

 実のところ、双葉芽衣子の天職は最初から判明している。

 それは他でもない、『賢者』小鳥遊小鳥の能力によって。


『真贋の瞳』:真なる賢者は、人、物、全ての真贋を一目で見抜く。


 この能力は小鳥が最近獲得した能力で、他人の天職や与えられた能力を知ることができるというもの。ステータス画面を盗み見る、と美波は表現していたが、ゲームに疎い他のメンバーから理解は得られなかった。

 今のところは、天職と、所持する能力も全てではなく一部までしか見えないようだが、恐らく小鳥自身が賢者として成長すれば、さらに得られる情報は増すと思われる。

 ともかく『真贋の瞳』で双葉芽衣子を見た時点で、彼女の嘘は見破られていたということだ。もっとも、こちらも『真贋の瞳』を隠しているのだから、こういった嘘についてはお互い様ということで、あえて責めることはしなかった。

「でも、今はこんな状況なのよ。きっと、彼女も変わったのよ」

「桃川君に、変えられたんじゃないですか?」

「それって、どういう……」

 涼子は思わず息を呑む。問い返しているものの、聡明な涼子なら察せられないはずがない。蒼真桜が口にした、その恐ろしい予測を。

「彼の天職は呪術師。『痛み返し』を見て分かるように、私や涼子のような普通の魔法とは違う。かなり異質な効果です」

「どんな怪しい呪術を持っているか、分かったものじゃない」

「そうです。たとえば……人を洗脳する、呪いだとか」

「そんなっ、まさか……」

「ありえない、とはいいきれないだろう」

 しばしの沈黙が、三人の間を支配する。

 洗脳、などというあまりに恐ろしい効果の魔法が存在する……認めがたい、認めたくない、だがしかし、明日那の言う通り可能性は否定しきれない。すでに、ここは魔法という超常の理がまかり通る異世界。どんな魔法があったとしても、おかしくはない。

「もし、そうだとしても……少なくとも、私達はまだ誰も、洗脳なんてされてないわ」

「条件があるのでしょう。双葉さんは、涼子たちと別れてから、ずっと桃川君と二人きりだったようです。その間に、何をされていてもおかしくはありません」

「私達だって、隙を晒せばどうなるか分かったものではないぞ」

 桃川小太郎は洗脳の呪術を持ち、虎視眈々と自分達の支配を狙っている――馬鹿馬鹿しい妄想の類だと、涼子は言い切ることができなかった。

 それはきっと、自分もまた、その可能性を恐れているからだろう。

「双葉さんがおかしいのは、その戦いぶりだけではありません。一番おかしいのは、桃川君に対する従順さです」

「前の妖精広場での一件は覚えているだろう。あの時、双葉は桃川を責めるどころか、庇った。私達の全員を敵に回しても、構わないという気概さえ感じた」

「あの時は本当に、肝が冷えたわよ」

 はぁ、と重苦しい溜息をつく涼子。少しは仲介に入った自分の苦労を、友人二人も分かち合って欲しいものだ。

「でもね、双葉さんが私達よりも桃川君を優先するのも、当然でしょう。だって、彼女にとって桃川君は、命の恩人なのよ」

「しかし、それにしたって――」

「桜も明日那も、まだ誰かを見捨てたことがないから、分からないわよ。この罪悪感は」

「涼子……ごめんなさい、貴女にばかり、苦しい思いをさせてしまって」

 いいや、本当に苦しい思い、それこそ、死ぬほどの思いをしたのは、双葉芽衣子の方だ。涼子は今でも覚えている。背中越しに聞いた、彼女の苦しげにすすり泣く声を。

 もしかしたら、双葉芽衣子はあそこで孤独に死んでいて、今、目の前にいる女子生徒は、同じ名前を騙る別人なのかもしれない。それこそ、小太郎がレムと名付けたゴーレムのように、彼の呪術によって創り出された存在なのかも。

 しかし、涼子にはさらに二人を疑心暗鬼に陥れそうな予想を語ることはしなかった。

「私は、今のところは二人を疑うような真似をするべきじゃないと思うわ。もし、二人が本当に無実だとしたら……私達は、とんでもない誤解をしていることになる。謝って済むような問題じゃなくなるわよ」

「そう、ですね……分かりました。でも、注意だけはするべきだと思います。もし、桃川君が本当に狡猾で残酷な呪術師なのだとしたら、まず、取り入ろうとするのは、双葉さんを見捨てた罪悪感を抱える、貴女です」

「そう、かもしれないわね……でも、私は信じたいわ」

「私は、桃川の奴はあまり信じられないがな。アイツは小鳥を平気で突き飛ばすような男だぞ」

 蟻に後方を襲われた時のことを言っているのだろう。涼子も、小太郎が必死の形相で泣いて縋りつく小鳥を思いっきり振り払っていた姿を見ている。

 それで小鳥が負傷したからこそ、あの後、桜は最初に彼女の治癒をすると言い張ったのだ。明日那と同じように、か弱い女子を守るどころではない態度の小太郎の姿に、桜も嫌悪感を覚えたに違いない。むしろ、幼いころから強くて優しくてかっこいい兄を見続けてきた桜の方こそ、許しがたい光景だったかもしれない。

「あのことは、私達にも責任の一端はあるわ。私も桜も、すぐに動けなかったもの」

「そうですね。あの時は、不覚を取ったことは確かです。ですが、あそこで桃川君の指示に大人しく従うことは、どうしても抵抗が……」

「あのまま従って、こっちが言いなりになるとでも思われたら困るからな。次は、あんな無様は晒さないよう、桜か涼子が、しっかりと全員の指揮をとるべきだろう」

 明日那の言い方はどこまでも小太郎への不信感で溢れていたが、それでも、指揮系統を確立すべき、という意見には賛同できる。

「そうね、悠斗君がいなくなって、その辺を曖昧にしたままだったのは、反省すべき点だわ」

「えっと、それでは、どうします? やっぱり、委員長の涼子がリーダーになるべきだと思いますけど」

「えっ、私はちょっと……戦うことなら、桜の方が向いているんじゃない?」

「私はどちらでも構わないがな。ゆっくり話し合ってくれ」

 我関せずの明日那に、互いに譲り合いな桜と涼子のリーダー決めは難航するかと思われた、ちょうどその時。

「――ねぇ、その話、ちょっと待ってくれないかな」

「双葉っ!?」

 どこか不気味な薄ら笑いを浮かべる、双葉芽衣子が現れた。思わず、明日那が警戒するほど、異様な雰囲気が彼女から漂う。

 チラリと確認してみれば、小太郎は芝生の上で横になっているから、仮眠をとっているようだ。美波と小鳥も、食事の後に眠っているから、今の話し合いに参加はしていない。

 道中の戦闘の激しさを思えば、夜を前に眠ってしまうほど体が休息を求めるのは無理もなかった。

「聞いていたのですか、双葉さん」

「リーダーを決めた方がいい、みたいな話をしてたよね? ちょっと、聞こえたから」

 流石に、最初の疑惑については聞かれていなかったようだ。当然、本人に聞かれたら困る類の話題だから、ちゃんと芽衣子が小太郎と二人で離れたところで話し合っていたのを確認した上で、桜は話を切り出している。

「ええ、その通りよ。さっきの戦いの反省もあるし」

「そっか。良かった、みんな、考えることは同じみたいだね」

「それで、双葉は何か意見でもあるのか? 自分がリーダーに立候補でもしようと思ったか?」

「まさか。私は前衛だから、みんなの指示なんて出せるポジションじゃないよ。それは、剣崎さんも同じでしょ?」

 どうやら、双葉芽衣子は冷静にチームの動きを把握する理解力はあるようだった。

「そこまで分かっているなら、話は早いですね。端的に聞きますけれど、双葉さんは私と涼子、どちらがリーダーになるべきだと思いますか?」

 桜は全く気負った様子もなく、毅然と言い放つ。その台詞には、言外に桃川小太郎に指揮権は絶対に譲らない、という強い意思もまた籠められていることに、果たして彼女はどう答えるのか。

 臨戦態勢のような鋭い気配を発するのは、桜と明日那。涼子としては、胃が痛くなる思いだが。

「あえて聞くけど、小鳥遊さんじゃあダメなのかな?」

「残念ながら、小鳥は向いていない」

 明日那が即答する。親友だからこそ、忌憚のない意見も述べられるといったところだろうか。

「あはは、やっぱりそうだよね。戦いに向かない性格って、あるもんね……うん、よく分かるよ、私も言われたから、向いてないって」

 如月涼子のクールな美貌も、当てつけのような芽衣子の発言には、思わずギョっとしたような表情を浮かべてしまう。

「あ、ごめんね、別に怒ってるわけじゃないの。事実だし、もう気にしてないし」

 ヒラヒラと手を振って、男を惑わす小悪魔のような微笑みで言われては、涼子に返す言葉はない。

「それで、どうですか、双葉さん?」

 改めて最初の問いを促す桜に、芽衣子は面と向かって答えた。

「うふふ、残念だけど、蒼真さんも委員長も、向いてないと思うな」

「……どういう、意味ですか」

「私に言わせれば、小鳥遊さんと二人には、そう違いなんてないよ。とても命を預けるに値しない」

 薄ら笑いの芽衣子と、きつく眉根を寄せる桜。視線で火花が散るとは、正にこのことか。

「それじゃあ、双葉さんはやっぱり……桃川君が、リーダーに相応しいと思っているのね」

 渋々といった様子で、涼子が二人の間に割って入った。

「当然だよ。みんな、さっきの戦いを見ても、まだ分からないの?」

 小太郎くんの指示に委員長が従ったから、全員、助かった。小太郎くんの指示に、もっと委員長が早く従っていれば、楽に勝てた。

 そんなことを、芽衣子は幼い子供に言い聞かせるように、滔々と語る。

「確かに、あの戦いでは、私も涼子も不手際があったことは認めます。しかし、次はもう、あのような無様は決して――」

「次? 何を言っているの、蒼真さん。命がけの戦いに『次』なんてないよ」

 次は気を付けます。もう二度と、同じミスは繰り返さない。

 それは、学生生活においても、社会においても、大切な心がけであることに違いはない。人は失敗を繰り返し、反省することで、成長していくのだ。

 だがしかし、それが全て許容されるのは、安全な日本においての話である。

 ここは生きるか死ぬかの、過酷なダンジョンの真っただ中。恐ろしい魔物が徘徊し、要所には強大な力を持つボスが待ち構える……一度の失敗も許さない、残酷なまでのサバイバルだ。

「ねぇ、もしかしてみんな、今の状況をゲームか何かだと勘違いしてない?」

 芽衣子は言う。みんな、魔物と戦うことに慣れてしまっている。自分は慣れた。相手が魔物だと思えば、何の躊躇もなく刃を振るえると。

「命がけの戦いは、みんなもしてきたと思うよ。相手は魔物だし、負ければ、間違いなく食い殺される……でも、負けなかった。ピンチになったことも、ないんじゃないの?」

 絶対的な力の差。どうあがいても、死ぬより他はないという絶望を、彼女達はまだ、味わっていない。死の危険どころか、大した怪我もしていないだろう。

「そんなことはありません。ケルベロスと戦った時など、私は危うく死ぬところでした」

「そうだ、ケルベロスでも苦戦したが、私はその前に戦った大柄なゴーマが相手でも危ういところだった」

「でも、蒼真くんが助けてくれた」

「そうです、兄さんはどんな時でも、必ず私達を助けてくれます」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、今から私が蒼真さんを殺すとしたら――」

 刹那、一振りの白刃が煌めく。

 目にも止まらぬ高速の抜刀術。音もなく引き抜かれた刃は、芽衣子の喉元に突き付けられていた。

「急にどうしたの、剣崎さん? 危ないなぁ」

「双葉……今、本気で殺気を発したな」

「殺気? あはは、なにそれ、漫画の話? そういうの、気のせいって言うんじゃないのかな」

「ふざけるな!」

 ピタリ、と明日那の持つ『清めの太刀』の刃が芽衣子の首筋に押し付けられる。ほんの僅かでも引かれれば、その瞬間に乙女の柔肌を切れ味鋭い刀身が無残に引き裂くだろう。

 冗談では済まされない凶行。しかし、先に動きを見せたのは芽衣子であるという確信が明日那には、いや、桜も涼子も、感じているに違いない。

 殺気、という気配は、紛れもなく存在する。少なくとも、この魔法の異世界では、分かるのだ。『双剣士』として鋭い知覚能力も有する明日那には、殊更にハッキリと感じられてならない。

 そしてソレを、芽衣子もまた同様に察知しているということは、肩を並べて戦えばすぐに分かる。彼女は自分と同じくらいには、鋭く魔物が発する殺気を感じ取り、立ち回っていると。

「怖がらせちゃったみたいだね、ごめんなさい。でも、私の言いたいことは分かるよね? 今、蒼真君はいないんだよ。もし、私が本気で蒼真さんに斬りかかっていたら……ねぇ、蒼真くんは、助けてくれたかな?」

「それはっ――」

「待って、桜、落ち着いて……分かったわ、双葉さん。確かに、私達は悠斗君に頼りすぎていたかもしれないわ。戦力的にも、精神的にもね」

 涼子は不満げに口を尖らせる桜をなだめると同時に、明日那へ剣を引くよう目で訴える。察しの良い友人は、鮮やかな動作で長い刀身の太刀を鞘へ納めてみせた。芽衣子の首筋には、一ミリも傷痕を残さずに。

「別に、そのことを責めるつもりはないの。蒼真君は強いから、頼りにしちゃうのも分かる」

 話に聞く限り、蒼真悠斗は運命に導かれるが如く、タイミングが良い。妹を襲う鎧熊の時も、明日那と小鳥を追い詰めたボスゴーマの時も。勿論、ケルベロス戦でも。助けに入るタイミング、強くなるタイミング。全てが絶妙だ。あるいはその運の良さも、蒼真悠斗の力の一つというべきなのかもしれない。

「でも、それを言い訳にして、何もしない、精一杯努力しないのは、私には許せない」

「それは、どういう意味かしら。私達は、みんなで力を合わせて、このダンジョンを脱出しようと、頑張っているじゃない」

「それじゃあ、どうして小太郎くんを認めてあげないの? 彼の指示に従いたくないのは、プライドが許さないから。彼のことを下に見ているから。そんなに自分より弱い男の言うことは聞きたくないの? それとも、自分の好きな男以外の言うことだから、聞きたくないのかな」

 些細なことにこだわっている場合ではない。泥を啜ってでも生き残りたい。そういう覚悟が、あるかどうか。いや、なくても、するのだ。

「小太郎くんは弱いよ。でも、だからこそ、弱くても生き残る方法を彼は知っている。知らなくても、考え出せる。それは、力に頼る私や剣崎さんにはできないし、無力に怯えることしかできない、かつての私や小鳥遊さんにも、できないこと」

 あるいは、強い力を持ち、幸運の女神にさえ愛される、『勇者』蒼真悠斗にも、できない。奇跡に頼らず、手持ちの札のみを駆使して最善を尽くすということを。

 言外にそう語っているように思えたのは、涼子だけだろう。蒼真悠斗をあえて引き合いに出さなかったのは、芽衣子なりの気遣いか。

「ねぇ、お願いだから、少しは小太郎くんの言うことも、聞いて欲しいの。心配しないで、小太郎くんは無茶なことは言わないし、いつも気遣ってくれる。だって、こんな私でも、見捨てずに――」

「信用できない」

 芽衣子の訴えを、明日那はきっぱりと言葉の刃で切り捨てた。

「明日那っ!」

「いや、分かっている、涼子。双葉の話にも一理はある、と言いたいのだろう。私とて、双葉の言い分を理解するくらいはできている」

 そこまで分かっているなら、何故。問う、涼子。

「感情的、というならその通りだろう。だが、私は桃川をとても信じられない。命を預けるに値しない、という言葉、そのまま返すぞ、双葉」

「……どうして、と一応は、聞いてあげる」

 どこまでも冷めた無表情を貫く芽衣子に、恐れることなく正面から睨みつけて、明日那は言い切る。

「前の妖精広場の一件も、小鳥を無碍に突き飛ばしたことも、アイツを信用しない理由としては十分だが……あえて言おう。私は、自分より弱い者に従うつもりはない」

「それは、女として?」

「否、剣崎流の剣士として!」

 明日那の答えを、笑う者は誰もいなかった。あまりに時代錯誤な物言い、というより、いっそサムライに憧れる痛々しいオタク、という方がしっくりくる。少なくとも、現代日本でそんなことを真顔で言える人間は、そのテの輩しかいないはず。

 しかし、友人だからこそ、蒼真桜も、如月涼子も、剣崎明日那という少女がどういう人物であるかを知っている。その人となりだけではない。彼女がこれまで積んできた、厳しい剣術の鍛錬、その努力と、それに対するひたむきさも、理解しているからこそ。

「ふーん、そうなんだ。それじゃあ、私が剣崎さんより強ければ、大人しく私の言うことに従ってくれるんだ?」

「一対一の決闘で勝てば、私は桃川だろうが、お前だろうが、従ってやろう」

「うん、良かった。それじゃあ話は簡単だね――決闘、しよっか」

 そう、双葉芽衣子は友達同士で買い物に行く約束でもするかのような気軽さで、言い放った。

「ちょっと待って! そんなのダメよ、というか、いいわけないでしょ!?」

「止めるな、涼子。私は正気だし、本気だ」

「そうだよね。だって剣崎さんって、蒼真君に決闘で負けたから婚約するって話もあったもんね」

 剣崎明日那が決闘で大事な選択を決定する、という前科はすでにある。クラスで知らない者はいない。いや、蒼真悠斗との婚約騒動は、最早、白嶺学園の生徒全員が知る伝説である。

「涼子、明日那がここまで言うなら、もう止められませんよ」

「でも、だからって……仲間同士で、争っている場合じゃ……」

「ごめんね、委員長。でも、剣崎さんとは、こうでもしないと分かり合えないんだって。だからきっと、本当の仲間になるためには、これしかないんだと思うの」

 決闘に乗った張本人に慰められるという滑稽な状況に、涼子はもう涙を流して泣き出したい気分だった。というか、もうすでに、涙目だった。

「明日那も、双葉さんも、本当にこれでいいのね?」

「ああ、双葉が私に勝てば、言い分に従おう」

「剣崎さんが勝てば、私はもう、小太郎くんをリーダーにしようなんて言わないよ」

 流石に、負けたら勝った者の言いなりになるという約束まではきないけど、と芽衣子は続けるが、明日那は了承する。

「お前は別に剣士ではないからな。その条件で十分だ」

 明日那の言う剣士とそうでない者との明確な線引きなど、芽衣子は全く分からないだろうが、話はそれでまとまった。

「まさかとは思うけど、武器で切り合ったりはしないわよね」

「死なせてしまったら意味はないからな、お互いに」

 いくらなんでも、それくらいの分別はあったようだ。しかし、きっちり確認しておかないと、涼子としては安心できないだろう。

「それじゃあ、素手でやるの? あ、でも、剣崎さんは『双剣士』だし、うーん、じゃあ、妖精胡桃の木の枝を木刀代わりにしてやろうか?」

「私は素手でも構わないが、その方が遺恨もなさそうだ」

 お互いにとって、武器がないせいで負けた、などと言い訳されては困るだろう。

「お願いだから、怪我しないで……とは言わないけど、せめて、桜が治せる範囲の負傷にしてちょうだい」

 涼子としては、もうそれくらいのことしか言えなかった。

 かくして、双葉芽衣子と剣崎明日那は、互いの主張をかけて決闘することと相成った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 剣崎明日那は双葉芽衣子が殴りかかろうとしたとき、小太郎が土下座してまで止めようとした意味を真剣に考えていないと思いました。
[気になる点] 言いなりになるという約束まではきないけど
[一言] 男に夢見すぎだろこのバカ女ども
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