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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第5章:最悪のハーレムパーティ
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第53話 リーダー(1)

「――やったわね、妖精広場よ」

 幸いにも、強敵カマキリの襲撃を切り抜けたすぐ後、洞窟を抜け、僕らは無事に妖精広場へとたどり着くことができた。

 戦闘による疲労と緊張感。何より、虫という生理的嫌悪感を掻き立てる存在を前にして、いつもよりもみんなグッタリしている感じ。これといった号令も会話もなく、誰もが装備を投げ出し、柔らかな芝生の上に座り込み始めた。

「レムも、お疲れ様」

「ガガ」

 座ればいいのに、レムは槍を携えたまま、直立不動でゴロンと寝転がった僕の傍らに立つのみ。

「小太郎くん、大丈夫?」

 と、笑顔でひょっこり僕の顔を覗き込んでくるメイちゃん。寝転がった僕のすぐ傍で立っているから、うわ、あ、ちょっと、これ、スカートの中、見え――

「メイちゃん! うん、全然、大丈夫!」

 一瞬だけチラっと見えた、むっちりした太ももの奥にあるピンクの布地から視線を振り払うように、僕はガバリと上体を起こす。あ、危ねー、今マジでガン見するところだったよ。

 オナニー野郎に加えて、覗き野郎の称号がついたら、僕は本格的にこのハーレムパーティでの立場は終わる。メイちゃんにまで幻滅されたら、僕の味方は誰もいない。その恐ろしい末路を考えると、パンチラの誘惑にも打ち勝てるというものだ。いのち、だいじ、とてもだいじ。

「傷も蒼真さんの魔法で、完璧に治ってるし」

「そっか、良かった。治癒魔法で治っても、また傷口が開いたりするみたいだよ。すぐに傷を塞げるだけの応急処置みたいなものだから」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。剣崎さんも夏川さんも、経験あるんだって」

 前衛は前衛同士で有意義な話し合いができていたようだ。現状、蒼真さんの僕に対する心象は最悪に近いから、迂闊に話しかけることもできないでいる。メイちゃんが少しずつでも、彼女達のより詳しい能力をリサーチしてくれるとありがたい。

 それにしても、治癒魔法も万能ではないということか。あまりの深手は治し切れないし、一時的に塞いでも、完治はさせられないと。となると、僕の傷薬のように、一瞬で傷を塞ぐわけじゃないけど、完治を前提として治癒させる系統の治癒魔法もあるかもしれない。

 良かった。僕の薬にも、まだちゃんと存在価値はあるようだ。少なくとも、蒼真さんが完治タイプの治癒魔法を習得するまでは。

「ねぇ、お腹空いてない?」

 今のメイちゃんの姿を見れば、「お前いっつも食うことばっか考えてるな」と馬鹿にすることは誰にもできないだろう。

「うん、胡桃でも食べようか」

「それなんだけど、ちょっと小太郎くんに見て欲しいものがあって――」

 と、僕の隣に座り込んでいるメイちゃんが、自分の鞄をガサゴソと漁る。何だろう。

「――この虫って、食べられるかな?」

「うわっ!?」

 僕の目の前に突き付けられたのは、何本もの細長い足に、ザリガニのような赤い甲殻をまとった、芋虫、のような虫であった。

「虫っていうより、エビみたいな甲殻類っぽく見えたから、もしかして食べられるかもって思ったんだけど……ダメ、かな?」

 メイちゃん、何て食の探求に貪欲なんだろう。リアルで食べられる蛇ならまだしも、とうとうこの異世界の怪しい生き物にまで食指を伸ばそうとは。とんでもない恐れ知らずだ。きっと彼女のような人が、フグを食べたに違いない。

「え、ええっと……毒はないし、一応、食べられるみたいだけど」

「ホントっ!? 良かったぁ」

「でも一応、火は通した方がいいと思うよ」

 それでは早速、とばかりに僕とメイちゃんは蛇のかば焼きを作る時と同じように焚火を集め、竈を作り、準備を始める。蒼真さん達は、いそいそと料理の準備を始める僕らに何事かと聞いてきたが、このエビ芋虫を見ると、顔を真っ青にして離れていった。

 恐らく、コイツがメイちゃんの理想通りの味であえば、再び彼女達の中で食の革命が起こるだろう。すでにして、あの小鳥遊さんでさえ、蛇を積極的に捕まえようという気概に溢れている。やはり、肉の美味さは偉大だった。

「――よし、出来たよ!」

「おお、凄い、本物のエビみたいだ!」

 体長三十センチほどの、大きなエビの尻尾だけが動いているような姿の不気味な芋虫は、今や実に美味そうな色艶をもって、串に刺されて湯気を上げている。

 殻を剥いたら、白みがかった透き通った肉がみっちりと詰まっており、火にあぶると白さが増し、同時に薄らと朱色の縞模様が浮かび上がってきた。どこからどうみても、デカいエビの尻尾の丸焼きにしか見えない。

「じゃあ、行くよ、小太郎くん」

 僕は固唾を飲んで、串焼きを口へ運ぶメイちゃんを見守る。

「……っ!? こ、これは!」

「どうなの!?」

 果たして、コイツの味はエビなのか、芋虫なのか。

「旨味が薄くて、すっごい大味だけど……エビだよコレっ!」

「よっしゃあああ!」

 こうして、僕らはダンジョンに食の革命を起こした。エビ芋虫は、エビの味。コイツを見かけたら、きっと根こそぎ捕獲されることだろう。

「ごちそうさま」

 醤油とマヨネーズが欲しいよね、なんて言いながら楽しくエビの塩焼きを食べ終えた僕らは、再び芝生に腰を下ろして談笑する。遠くの方では、蒼真さん達がおすそわけしたエビ芋虫の丸焼きを、おっかなびっくり食べようとしているところだった。

 ちなみに、こういう時に貧乏くじを引かされるのは、夏川さんであるらしい。剣崎さんに羽交い絞めにされて、キャーキャー言いながら委員長に串焼きを投入される様子は、彼女の芸人魂を感じさせる。

「ねぇ、小太郎くんは……つらくないの?」

「えっ、どうしたのさ、急に」

 真面目な顔で問いかけるメイちゃんに、僕はきっと間抜けな顔をしているだろう。つらいといえば、こんな生きるか死ぬかの状況はつらいけど、それは今更というものだ。

「今のメンバーは危ないよ。カマキリと戦った時、小太郎くん、蟻にやられそうだった……蒼真さんと委員長、二人も仲間がいたのに」

 言葉尻は、少し、刺々しい。

「そ、それは……奇襲みたいなものだったから、上手く対応できなかっただけだよ」

 メイちゃんがあの時の不手際について、多少なりと不満を覚えていることは、あの蒼真さんとの険悪なやり取りを見て察していた。とりあえず、あの場は委員長のとりなしでどうにかなったけど、やはり、気にしているのだろう。

「小太郎くんの指示に大人しく従っていれば、何の問題もなかった」

「僕が勝手に命令しても、誰も動いてくれないのは当然だよ。僕は別に、みんなが認めたリーダーってワケじゃないからね」

 これが蒼真君だったら、咄嗟の指示でもみんなは動くだろう。認められる、ってのはそういうことだ。一体誰が、クラスで目立たない地味なチビのオタクの言うことなど聞くと言うのか。少なくとも、僕なら従わないね。

「じゃあ、誰が命令すればいいの?」

「それは……まぁ、この面子だったら、蒼真さんか委員長でしょ。あとは剣崎さんだけど、前衛が落ち着いて指示を出すってワケにはいかないだろうし」

「私ね、やっぱりちゃんと、リーダーを決めておく必要があると思うの。本当は、彼女達と一緒になってから、ずっと思ってた」

 メイちゃんの懸念は正しい。どんなに優れた能力を持った者達が集まっても、連携がとれなければ、それは所詮、烏合の衆でしかない。事実、僕らの現有戦力であれば、あのカマキリと蟻の挟撃だって、難なく捌けたはず。

「小太郎くんが、リーダーになるべきだと思う」

「えっ、いや、無理だよ、僕じゃあ」

「ううん、小太郎くんなら出来るよ。だって、さっきの戦いだって、結局は小太郎くんがいなければ、小鳥遊さんあたりが犠牲になってたよ」

 確かに、蒼真さんと委員長は何とか凌ぎきれるだろうけど、小鳥遊さんはダメだったかもしれない。彼女の様子を見るに、強力なスキルがあっても、咄嗟の判断で発動させられずに死んでしまう、なんてことは十分にありうる。

 強敵であるカマキリを前に、あの瞬間、全員が前方に集中してしまい、後方への備えは完全におろそかとなっていた。僕だって、レムが呼んでくれなければ『腐り沼』を展開する余裕さえ失っていただろう。

「蒼真さんも、委員長も、無理なの。彼女達には、命をかけた戦いの中で、決断を下すことはできない。今、それができるのは、小太郎くんだけ」

「そ、そんなこと……」

 ないよ、とは言い切れないか。正直、僕としてもさっきの戦闘での蒼真さんと委員長の動きの悪さには、文句の一つでもつけたいところだ。

 だがしかし、である。僕の行動も結果的にたまたま上手くいっただけであって、もし、あのカマキリが蒼真さんと委員長、二人の援護射撃がなければ倒せないほど強ければ、あの場で委員長を呼んだ僕の判断ミスとなり、前衛壊滅からの、後衛も襲われる、全滅エンドとなる。

 かといって、後方の蟻を放置するわけにもいかない。僕とレムだけじゃあ、まず間違いなく突破された。実際、一匹は突っ込んできたわけだし。カマキリが強ければ、僕が犠牲になってでも、単独で蟻を止める、というのが最適解となる。

「だから、僕だって常に最善の指示ができるワケじゃあ……」

「私は小太郎くんになら、命を預けられる。何でも言う事、聞いてあげられるよ」

 ゾクゾクするほど魅力的な微笑みを浮かべて、メイちゃんが見つめてくる。そんなこと面と向かって言われたら、どんな無茶でもやってやろうと奮起しそう。

「うん、メイちゃんはさ、僕と二人だった時から、ずっと僕の指示に従ってくれたよね。あの時は何となく、僕が命令ばっかりしていたけど……それがどんなにありがたいことか、今になって分かる気がする。ありがとう、メイちゃん」

「私は当然のことをしただけだよ。狂戦士になったお蔭で、ほんの少しだけ強くなれたけど……それだけ。私はいっつも、小太郎くんに助けられてばかりだから。鎧熊の時だって、小太郎くん、二体目が現れても、逃げないで、ずっと私の傍にいてくれたんだよね」

「そりゃあ、最悪の場合、僕が食われれば鎧熊を道連れにできるから……なんて、本当はただ、腰が抜けただけかもしれないよ」

 蒼真さん達が駆けつて助かった直後、足がガクガクしててすぐに立ち上がれなかったし。

「ううん、私には分かるよ。だから、小太郎くんじゃないとダメなの」

 信頼されるって、こういうことをいうのだろうか。何か、真面目な話をしているのに、思わず、頬のあたりがムズムズしてきて、ニヤけてしまいそう。いかん、ダメだ、やっぱり僕、褒められると弱い。チョロインもいいところだ。

「……でも、僕がリーダーになるってのは、やっぱり無理だよ」

「どうして」

「メイちゃんは僕のことを信じてくれても、他の誰も、僕を信じてないから。分かるでしょ、レムを作ろうとした時のこと。あの一件で、僕の信用は地に落ちてる」

「でも、それはっ――」

「委員長が理解を示してくれているだけ、まだマシだよ。蒼真さんと剣崎さんは、特に嫌悪が強い。二人ともあのテのことには潔癖そうだから、これでもまだ、抑えてくれている方なのかもしれない」

 ついでに、小鳥遊さんなんて僕を平気で盾にするしね。実は死んで欲しかったんじゃないのか、なんて悪態を心の中でついてしまうくらいには、僕だって不満がある。

「信用のない奴を、無理にリーダーにしても意味がない。僕だって、今のパーティが烏合の衆だってのは分かってる……でも、下手に僕がしゃしゃり出ると、パーティそのものが崩壊する」

 というより、僕が排除されるだけか。

「でも、形だけでもはっきりリーダーは決めておいた方がいいよね。メイちゃんの方から、後で蒼真さんか委員長、どっちかがやってくれないか、話してみてくれないかな」

 最初から、こうしていれば良かったんだ。たとえば、委員長も最初から自分が指揮官だという心構えがあれば、挟撃の際にも冷静に指示を出せたかもしれない。

 そうでなくても、奇襲や挟撃、罠にはまった時にどう対処するか、細かく話し合ってシミュレートするくらいの段取りは必要だった。

 天職なんて特殊能力があっても、所詮、僕らは学生に過ぎない。訓練を受けた兵士でもなんでもない。能力だけを頼りに生き残れるほど、このダンジョンは甘くないってことだ。

「小太郎くんは、本当にそれでいいの?」

「今はそれしかないと思う。大丈夫、上手くチームが機能するようになれば、もっと余裕も出てくるし……僕のことも、少しは許してくれるようになるかもしれないから」

 僕は精一杯の笑顔を浮かべて、メイちゃんにそう言った。まぁ、僕の笑顔に、人を安心させる効果なんて露ほどもないだろうけど。でも、大丈夫だというアピールはしておかないと。

「そう……分かったよ、小太郎くん」

 どこか心配されるような表情のメイちゃんに見つめられて、僕は少しだけ、自分を情けなく思ってしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] メイちゃんの理想通りの味であえば
[一言] 高校生にもなって好きな人もいるのにエロいことはダメなの?それって結局一生結婚する気ないってことでしょ。 剣崎とか思考矛盾してるよね
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