第52話 アリとカマキリ
幸いにも、巨大蟻にそれほどの強さはなかった。こちらの被害はゼロで、二十匹ほど仕留めて完全勝利。
黒い甲殻は鎧熊ほどの固さはなく、十分に刃は通る。流石にゴーマや赤犬よりは固いようなので、夏川さんは出来るだけ関節を狙っていた。『レッドサーベル』と『レッドナイフ』の炎がかなり有効だったことも、圧勝できた要因の一つだろう。ちょうど弱点武器を装備できていて、ツイている。
それと、心配された蟻酸による攻撃も見られなかった。緑色の返り血をたっぷりと浴びた前衛組みの武器は、溶けたり、錆びたりしたといった様子もない。この巨大蟻には、毒腺がないのだろうか。残念ながら、コイツらはコアもなかった。
「うぅ……気持ち悪いよぅ……」
巨大蟻はいわゆる一つの雑魚モンスターとして処理できることが明らかとなったが、やはり虫の姿をしているからか、女子の評判はすこぶる悪い。
「耐えろ、美波」
「ううぅ、無理ぃ……明日那ちゃんは平気なの?」
「私だってギリギリだ」
「双葉ちゃんはー?」
「え、私は別に何でもないけど」
うわ、メイちゃん男前。血塗れの死体にはそれなりに慣れたつもりだったけど、デカい虫の死骸はまた違ったキモさがあって、男の僕もちょっと顔をしかめたくらいだ。蒼真さんも委員長も、あんまり見ないようにしているし。小鳥遊さんなんて、もうすでに涙目だし。
ともかく、巨大蟻の襲撃に気を付けながら、僕らはさらに洞窟……いや、蟻の巣、というべきか、さらに進んで行く。
すると、僕はさらに気づかされる。ここは蟻の巣ではなく、虫の洞窟だと。出るわ出るわ、他の巨大昆虫がワラワラと。
もっとも、その大半はただの昆虫で、明確な敵意をもって襲い掛かってくる魔物とは違うようだった。バッタやら芋虫やらワラジ虫やら、見たこともない妙な姿の奴やら……ゾロゾロと群れを成して、横道を横切っていったりするだけ。大きさも、デカいとはいっても、せいぜい手の平サイズ。
だから、気持ち悪いとは思っても、安堵感の方が先に立つ。
僕は別に虫が得意でもなんでもない。けれど、不思議と今は平気なのだ。一匹だけでも現れれば、卒倒モノの巨大昆虫を前にしても割と平然としていられるのは、やはり生きるか死ぬかのダンジョンサバイバルのお陰なのだろうか。
まぁ、怪しい虫を見たらとりあえず直感薬学で、毒などで危険かどうかの判別がつくからこそ、心に余裕もできるってものだが。
「きゃぁあああっ!」
と、また性懲りもなく小鳥遊さんが悲鳴をあげている。見れば、洞窟を照らす松明代わりの光妖精へ、大きな蛾がたかっていた。
「また、ですか……光を強くして焼くので、みんな、少し離れていてくださいね」
別に毎回、駆除しなくてもいいのに。面倒くさいし、魔力の無駄だろう。ほら、メイちゃんなんて蛾が肩にとまっても一瞥すらせず、黙々と歩いているというのに。でも、そんな不動の心を女子に求めるのは酷か。
とりあえず、コイツらに毒がないことは、直感薬学がすでに教えてくれている。恐れることは何もない。
それから、何度か巨大蟻の群れを捌いて、割と順調に進んでいたその時だ。
ブゥン、という不気味な羽音が、洞窟に反響した。
「気を付けろ、コイツは……大物だぞ」
ゆるやかなカーブを描く洞窟の向こうから姿を現したのは、カマキリだった。暗緑色の甲殻に包まれた、独特の細長いフォルム。なにより特徴的なのは、その長く、鋭い鎌。昆虫のカマキリは鎌というよりも、実際は獲物をガッシリとフォールドするための腕なのだが、どうもコイツの両前足は、獲物を切り裂くことを目的としたように、ギラギラと輝く金属質の鋭い刃と化している。
高さはニメートルほどで、蟻と比べればかなりデカい。細長い腹を含めた全長でいえば、三メートルも余裕で越えそう。そんな巨躯を誇りながらも、広がった扇状の羽をブンブン言わせて、かなりの高速で洞窟の地面を滑るように飛んできた。
長大な刃物で武装し、さらには羽による高速機動もこなす。それだけで、今の僕らにとっては十分すぎる脅威である。
「まずは魔法で攻撃します。アレに不用意に近づくのは危険です」
「アウトレンジで仕留められればいいけど……もし接近戦になったら、十分に気を付けてね」
蒼真さんが光の矢を番えた弓を引き、委員長が氷の杖を構える。前衛組みはそれぞれの武器を引き抜いた。
対するカマキリは両手の鎌をバンザイするように大きく広げる、威嚇のポーズで応える。両者共に臨戦態勢。次の瞬間に、光と氷の矢は放たれ、戦端が開かれるだろう――そんな緊迫した中で、僕の学生服の裾がクイクイと引っ張られた。
「レム?」
なんだよこの忙しい時に、なんて思いながら振り向くと、レムは後方に向かって、鉄の槍を構えた。馬鹿野郎、敵は目の前にいるだろう。バグか。なんて思うほど、僕は鈍くない。
「後ろから蟻が来るっ!」
気が付けば、僕らが歩いてきた道の向こう側から、ギチギチという唸りが響きわたってきた。
「えっ、そんな――」
「来るぞっ!」
カマキリが耳障りな羽音を立てて、高速で突撃を仕掛けてきた。ここで、正確に蒼真さんと委員長の攻撃魔法が炸裂するはずだったけど、僕が後方の襲撃を訴えかけたことで、集中を乱した。
蒼真さんも委員長も、一瞬だけ後ろを気にしてしまい、でも、もう動き始めたカマキリを撃たないといけないと焦り、そのまま甘い狙いのまま魔法をぶっ放してしまった。結果、光と氷の矢は一直線に駆け抜けてくるカマキリを綺麗に避けるように、左右の足元に着弾するのみ。何の足止めにも、牽制にもなりはしなかった。
そうして勢いのままに前衛達へと襲い掛かるカマキリだが、僕はこれ以上、ゆっくり観戦している暇はない。後方から迫りくる蟻の群れが、いよいよ姿を見せ始めたのだ。
「小太郎くん!」
「後ろは何とかするから、カマキリを頼む!」
ついこの間、ゾンビに挟撃された時を思い出す。今回もそれと同じ。メイちゃんがカマキリを倒してくれるまで、持ちこたえられれば僕らの勝ちだ。
ただし、巨大蟻は明らかにゾンビよりも強いけど。
「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』」
僕にできることは、前と同じ。とりあえず『腐り沼』で敵の侵攻を食い止めるしかない。硬い甲殻に守られた昆虫型の魔物に、果たして酸の沼は効果があるのかどうか怪しいが、祈るしかない。ダメなら『黒髪縛り』で耐える。
「蒼真さんは前衛を援護して、委員長はこっちを手伝って!」
「えっ、でも――」
「ちょっと、桃川君、勝手に指示を出されては困ります!」
まずい、そもそも僕にリーダーシップの欠片もないんだった。頼んだところで、メイちゃんみたいに素直に従ってくれるはずもない。蒼真さんも委員長も、目の前のカマキリと、着実に後方から距離をつめてくる蟻の気配を察して、どうするべきか判断しかねている。というか、半分くらいもうパニックに陥っているかも。
ええい、僕の方だって、今はゆっくり指示のお願いをしている暇なんかないのに。
「委員長、お願いだから! 『腐り沼』っ!」
最初に展開させた沼は、地面。今のは、左右の壁。巨大蟻は昆虫らしく、平然と壁面も走ってくるのだ。垂直の壁だろうが、天井だろうが、重力を無視するようにスイスイと移動する。
つまり、地面と両壁を沼で塞いでも、また足りないってことだ。
しまった、どうする。沼を出すには血を付着させなければいけない。手の平の呪印からは、ブシャっと飛沫を飛ばすくらいのことはできるけど、天井に届くほどの飛距離はない。
どうする、早く塞がないと、蟻は悠々と僕に向かって接近できてしまう――
「委員長の壁があれば、蟻の動きは止められるから! ええい、これでどうだっ!」
委員長への説得と並行して、僕はこれまで使ったことのなかった、投石用の袋に手を突っ込み、小石を一つだけ取り出した。
握りしめると同時に、呪印から血を滲ませる。それなりに血がついてくれればそれだけで良かったのだが、『黒の血脈』の効果なのだろうか。滲み出た血は不気味に泡を吹きながら、小石へまとわりつくように蠢き、完全に覆い尽くしてしまった。
何となく、イケそうな気がする。そんな確信を持って、僕は血に包まれた小石を天井に向かって放り投げた。
「広がれ、『腐り沼』」
やった、成功だ。コツンと小石が天井に当たると同時に、ドロドロと弾けるように赤黒い沼が広がり、天井を覆った。
よし、これで四方全てに猛毒の防壁が展開された。あとは、こっちの水際に委員長が『氷盾』でも立ててくれれば、防備は完璧なんだけど。
「行くよ、レム! 構えろ!」
「ガガガ!」
ああ、素直に従ってくれるレムが可愛くて仕方がない。さぁ、今こそ鎧熊の力を得た、新生レムの力を見せる時だ!
僕はレムと並んで槍を構え、いよいよ『腐り沼』へと足を踏み入れる巨大蟻を待ち構えた。
ギイイイっ! というけたたましい鳴き声が轟く。
「やった! 効いてる!」
ありがとうございます、ルインヒルデ様。アナタ様の呪術は、見事に昆虫野郎どもにも効きました。
ジュウジュウと音を立てて、鋭い足の先が溶けて、少しずつ体勢を崩す。そのままもがくように進み続けるものの、半ばまで足が溶けた段階で、ついにベシャリと胴体が水没。巨大蟻もゾンビと同じように、この強酸性の毒沼の前に、敗北を喫していた。
「『黒髪縛り』っ!」
だが、溶けて行動不能となるまでの時間が、蟻はゾンビよりも遥かに長かった。やはり甲殻の方が溶けにくいのだろう。最初に踏み込んだ一体は、何もせずにそのまま沼の中で息絶えたが、二体目になると、もうすでにギリギリで沼を突破しそうな勢いだ。
当然、ここを超えられたら後がない。僕は黒髪縛りで沼に沈めるコンボを用いて、後続の蟻を押しとどめる。
けれど、僕の『腐り沼』はたかだかゾンビ十体ちょっとで溢れてしまうのだ。人型のゾンビと比べて体の大きい蟻が雪崩れ込んで来れば、あっという間に埋まる。
「うわっ!? 何か降って来た!」
ドシャっ、と音を立てて、黒々とした塊が沼のど真ん中に落っこちてくる。盛大に酸の飛沫が噴き上がり、ちょっとこっちまで飛んできそうなくらいで、危なかった。
見れば、落ちてきたのは足を溶かされた蟻。どうやら天井の沼に引っかかると、足先を溶かされて、体を支えきれずに落ちてきてしまうようだ。
人間の僕らでは手出しが難しい天井ルートを簡単に封鎖できるのは行幸だが、肝心の地面の沼は、上から降ってくる蟻の体と相まって、さらに埋立速度が加速する。
まずい、これは思った以上に、死体の橋が完成するのが早いぞ。
「ああっ、ちくしょう!」
「ガガーっ!」
僕は『黒髪縛り』を併用しつつ、もう目の前で沼から上がって来そうな巨大蟻を、水際で迎え撃つ。力いっぱいに槍を繰り出し、猛毒の水辺へと押し返す。僕もレムも、まだまだ貧弱なパワーしかないけれど、流石に体が半分溶けた相手に負けるほどではなかった。
とはいっても、かなりギリギリ。正直、これであと三十秒ももつかどうか分からない。
「頼むよ委員長! 早く助けてくれーっ!」
「くっ、貫け、『氷矢』っ!」
やった、ついに攻撃魔法の援護がきた、これで勝つる!
「涼子っ!」
「桜は前衛の援護に集中して、後ろは私が抑えるから――『氷盾』」
ドンドン、と僕の目の前に分厚い氷の壁が一瞬にして突き立った。今しも沼から溢れ出ようとしていた蟻どもは、あと一歩というところで壁に阻まれ、氷の壁面を虚しく溶けた足でガシガシと叩くのみ。
その様は、血の池地獄に落ちた亡者が、苦しみもがいているようだ。はははっ、そのままゆっくり溶けていくがいい。
「よし、いける、いけるぞ……沈めぇっ! 『黒髪縛り』っ!」
援護射撃と、敵を食い止める頼もしい氷の防壁のお蔭で、状況は一気に優勢へと傾く。僕のテンションは上がり、黒髪の触手を大暴れさせると同時に、ガンガン槍でぶっこんで行く。
氷の盾はちょうど蟻が通り抜けられない程度の隙間を空くように、二枚、三枚と配置されている。その隙間に向かって僕とレムは毒沼で苦しみもがく蟻をいたぶるように突っ突くのだ。
「――『氷矢』」
「うおおおおおおっ!」
「ガァーっ!」
そうして、僕らはどうにかこうにか、二十そこそこの蟻の群れを防ぎきった。
「はぁ……はぁ……や、やったか……」
と、一瞬でも気を緩めたのがいけなかったのだろう。
「ギキーっ!」
一匹の蟻が、氷の壁を飛び越えるようにして、乗り込んできた。
しまった、最後の生き残り。それも、かなりの数が水際で死んで折り重なっていたから、ジャンプして飛び越えられるほどの高さになってしまっていたんだ。
そんなことに思い至っても、もう遅い。蟻はもう、目の前に現れてしまった。
「ガガーっ!」
真っ先に反応したのはレムだ。何も指示を出さずとも、即座に迎撃に動いてくれる辺り、本当に優秀だ。
「ガっ!」
しかし、まだまだレムの力は弱い。たとえ巨大蟻一匹が相手といえども、正攻法で楽勝というほどではない。いや、むしろ負ける。レムは果敢に槍を振るうが、力強く両腕と顎を振り回し大暴れする蟻の前に、劣勢を余儀なくされている。
けれど、僕がいる以上、レムを一人にはさせない。蟻の一匹くらい、僕が縛れば十分に抑えつけられる。行動さえ封じてしまえば、他のみんなの手を煩わせるまでもなく、僕とレムが槍で滅多刺しにして仕留められる。
蒼真さんと委員長の攻撃魔法でもいいが……蟻の立ち位置がまずすぎる。後衛のほぼど真ん中に躍り出ているから、遠距離攻撃は味方にあたる危険性がある。激しく動く蟻を前に、やはり委員長も撃つべきか否か、迷いが見える。
それなら、やっぱり誤射の危険性がなく安全に捕縛できる『黒髪縛り』がこの状況ではベストな選択だ。だから、僕は何の焦りもなく、冷静に、呪術を発動させた。
「黒髪縛――りいっ!?」
「キャァアアアアアアアアアアアアっ!」
絹を裂くような悲鳴と共に、僕の呪術は遮られた。ドン、という衝撃で、僕は前へとつんのめる。危うく転びそうだった。
「キャァーっ! イヤァーっ!」
「うわっ、ちょっと、小鳥遊さん!?」
僕の背中に飛び付いてきたのは、小鳥遊さんであった。僕は彼女に力一杯、盾にでもされるように背中にしがみつかれて、ロクに身動きがとれない。そんなにガクガクと体を揺らされたら、落ち着いて呪術も行使できないし、体勢的に、槍も振るえない。凶悪な魔物を目の前に、僕らは馬鹿みたいに揉みあっているだけ。
けれど、この中で唯一、何の戦闘能力を持たない彼女は、魔物がすぐ近くに現れて、パニックになったのだろう――などと、冷静に分析している暇はない。
「離して! 離してよっ! これじゃ、戦えな――」
「イヤァっ! 助けて! 蒼真くーん!」
勇者様はここにはいないっての! 蟻一匹くらい蒼真君じゃなくても何とかなるんだから、邪魔するな。
というより、お前は『拒絶の言葉』で僕よりもずっと安全に身を守れるだろうが! どうしてそれを使わないんだよ、この間抜け!
「はっ、離せっ!」
「キャっ! 痛いっ!?」
僕は強引に小鳥遊さんを振り払った。流石に、小柄で華奢な小鳥遊さんくらいなら、貧弱ボーイな僕でも力づくでどうにかできる。でも、加減ができるほどではない。
結果、彼女は思い切り地面へと倒れ込む。あまり運動神経はよろしくない小鳥遊さんは、見事に受け身も失敗し、ドっと体から倒れ込んで行った。確かに、痛そう。
でも、同情するよりも先に、まずは蟻を倒さないと――
「あっ――」
目の前には、鋭い前足を振り上げた、巨大蟻が迫っていた。レムは――槍を蟻の腹に突き刺して、必死に動きを止めようとしてくれている。けれど、蟻の生命力は、槍の一突き程度では尽きたりしない。
ダメだ、この一撃は、止められない。
「ぐわぁあーっ!」
即死しなかったのは、ほとんど奇跡だった。振り下ろされた蟻の両腕は、僕の左肩と、右脇腹をかする程度ですんだ。かする程度、なんて言っても、今すぐ地面にもんどりうって、泣き叫びたいほど痛いけど。
いや、ここで少しばかり我慢したとしても、どうせ反撃手段を持たない今の僕には、意味のないことか。次の一撃は、もう凌ぎきれない――
「鎧徹し」
パン、とあっけないほどに、蟻の体が炸裂した。あの金属のように固そうな黒い甲殻が、実は風船であったかのように、軽く弾け飛ぶ。
「小太郎くん、大丈夫?」
ああ、やっぱり、最後に頼れるのは、メイちゃんだよね。
「ありがとう、助かったよ……カマキリは?」
「ちょっと苦戦したけど、倒したよ」
優しく微笑むメイちゃんの視線を追うと、その先には首が落ち、両鎌をへし折られ、羽をズタズタに引き裂かれた、それはもう無残なカマキリの死骸があった。結果だけ見ると一方的な虐殺、みたいに見えるかもしれないけど、メイちゃんがあえて「苦戦した」と言った上に、剣崎さんと夏川さんの疲れた表情を見ると、やはり強敵であったのは間違いないだろう。
「それより、小太郎くん、怪我してるよ!」
「あっ、うん、大丈夫……痛いけど」
どこまでも強がれない、弱い僕である。だって痛いんだもん。かすり傷っていっても、普通に痛いよ。もうちょっとで完全に肉が抉れるところだったし。こんなダメージを「くっ!」とカッコよく呻くくらいで耐えられる、メイちゃんがイケメンすぎるんだよね。
「蒼真さん、小太郎くんの傷を治してもらえる?」
「いや、いいよ、これくらいの傷、自分の薬で……」
「ダメだよ、薬は限りがあるんだから。それに、魔法の方がすぐ治るし。だから、蒼真さん、早くしてくれる?」
「……小鳥を先に治します」
蒼真さんは険しい表情で、そう言い放つ。一瞬だけ、僕をチラっと見てから、すぐに倒れてメソメソしている小鳥遊さんへと歩み寄る。
「蒼真さんって、意外に察しが悪いんだね。私、小太郎くんに償う機会を与えてあげるって、言ってるんだけど?」
「何のことか、分かりかねます。ただ、傷を治す順番は、女子を優先すべきというだけのことです」
気まずい沈黙だった。メイちゃんの表情は微笑んだままで固まっているけれど……ヤバい、素直にそう感じた。
「桜っ! よく見て、桃川君の方が、重傷だわ。血も出ているし、先に手当をしてあげるべきよ」
危うい空気を一変させてくれたのは、頼れる我らが委員長であった。
一拍の間をおいて、蒼真さんは頷く。
「……そうですね。すみません、よく見ていませんでした」
「あ、うん……別に、大丈夫だから……」
そうして、僕は物凄く気まずい思いをしながら、蒼真さんから『癒しの輝き』を受けるのだった。初めて体験する治癒魔法。その効力は、本当に僕の傷薬が馬鹿馬鹿しくなるくらいの、高性能であった。