第494話 天空の城
「この国を滅ぼしたのは、テメェかぁ」
龍一は急変する空を見上げて、忌々し気にそう呟いた。
大地を揺るがす大咆哮の轟きと共に、不気味なほどに渦巻く巨大な黒い積乱雲が散って行く。濃密な黒雲は空に広がり、そのまま曇天と化してゆき、嵐のような大雨と落雷を奏で始める。
吹き荒ぶ風雨で視界が悪くなる中でも、見上げればソレの存在はハッキリと認識できた。
天空に浮かぶ城。
そして、その城の上に鎮座する巨大な竜。
まるで悪夢のような非現実的な光景を、龍一は睨みつけるように、桜と愛莉は呆然と眺めていた。
「なっ、なんなんですか、アレは……」
「あの空飛ぶ城もどうせ古代遺跡だろう。問題はあのデカブツだが……おいリベルタ、ありゃあお前のお仲間か?」
「あんな肥え太った奴と一緒にするでない、と言いたいところじゃが、妾と同じ竜型生体兵器であることは、間違いなかろう。恐らくは、拠点防衛用の大型の奴じゃな」
荒天に浮かぶ天空城は、下半分は土台となる巨岩と土くれの塊で、小島が丸ごと浮かび上がったかのような有様だ。下側に弧を描く半球状の土台からは、古代遺跡の深層で見られた、光るラインの走った構造材もチラホラと見える。
元々はどこかの大地に建てられ、他に繋がる超巨大建築の一部だったのでは、と思わせる構造。それがどういう理由か、天守たる城の部分だけ浮上したようだ。
そして浮かび上がった土台の上に建つ城は、漆黒の居城。魔王城、なんて呼んでも良いくらいに、黒一色の壁面に、真紅のラインが僅かに走る不気味な外観だ。
大まかに見れば誰もが城だと思うシルエットだが、権力を象徴するような華美な装飾は見当たらず、無骨な造りが剥き出しの、かえって威圧感を出すようなデザイン。
それは王が座す象徴としての城というより、外敵に備えるための要塞という方が相応しい外観をしていた。
そして黒き要塞の上に、自らが王であると言うように君臨しているのが、ヤマタノオロチに匹敵するほどの巨躯を誇るドラゴン。
拠点防衛用の大型、と呼ぶにしても、あまりにも大きすぎるサイズに思える。
「なるほど、どう見ても暴走してるヤツじゃねぇか」
「うむ。あまりに長く生き過ぎて狂ったか、本能に目覚めたか……城のエネルギーを吸い上げて肥大化し、かつての面影すら失っておるわ」
龍一にとってドラゴンと言えば、この世界で初めて目にしたサラマンダー、そして黒竜たるリベルタの印象が強い。どちらも強く逞しく、戦うための機能美に溢れた、正にドラゴンのイメージに相応しい姿である。
しかし黒き要塞の上に座す巨竜は、あまりにも醜い姿だった。鋭い角と長い首、翼に黒い鱗、とそれらしい特徴とシルエットが残っているから、まだドラゴンだと判別できる程度。
鋭く獰猛なはずの頭部は、角も牙も、顎さえも歪に変形し不揃いとなっている。明らかに大きな下顎、乱れた牙の列は口腔だけでなく顔面にかけても走っている。
元々は左右一対の二本角は、片側だけが枯れた樹木のように枝分かれしながら歪に捻じれた巨大角と化している。
退化してしまったのか、瞳は見当たらない。それでも外敵の侵入を察知する感覚はあるのだろう。大口を開いて咆哮を轟かせる様は、敵を前に威嚇する姿に他ならない。
体の方は顔にも増して歪みが大きい。リベルタが「肥え太った」と蔑むのも当然なほどに、胴体は大きく肥大化している。一方で竜の象徴とも言うべき空を飛ぶ翼は退化しているようで、三対もの翼が生えているにも関わらず、翼膜はボロボロで、広げた翼脚はとてもこの巨躯を飛ばすには足りないほど貧相な細さ。翼というよりは、虫の脚が生えているのに近い。
しかしその身に蓄えた力は膨大だ。これほど離れていても、全身を圧するほどの濃密な魔力の気配が漂ってくる。
肥大化した巨躯を覆うのも、不揃いで歪ながらも、分厚く頑強な金属質の鱗と甲殻。それは身を守る黒い鎧であり、要塞と一体化した装甲板のようにも見えた。
さらに退化した翼の代わりと言うように、四本もの長く大きな腕も生えている。サイズも関節の数さえも異なれど、その手に生やした爪はどれも大きく鋭く、触れるだけで容易く獲物を引き裂く切れ味が宿っている。
その不気味な四本腕は、敵を探すように虚空をユラユラと彷徨う。
「ちょっと、何でもいいから早く逃げようよ! 絶対ヤバいでしょアイツ!」
「そうですね、姫野さんの言う通りです。まさか龍一、喧嘩を売られたから買う、なんて言いませんよね?」
「俺もあんな面倒なのに絡まれるのは御免だが――――チッ、どうやら野郎、最初から俺が目当てだったようだな」
ギャア、ギャア、ギィイァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――
耳障りな咆哮の合唱。それは黒き巨竜が発したものではなく、要塞から飛び立つ無数の影から発せられたものだった。
「量産型のワイバーン! ええい、何て数を抱えておる!」
黒き巨竜が王であれば、それに付き従う兵士として、数多の飛竜も備えていたようだ。
飛び立ったシルエットは、蛇のように細長い胴体に、ヒョロリとした四脚に二対の翼と、野生のワイバーンよりも貧相な出で立ちをしているが、それでも一目で数え切れぬほどの数が舞っている。
そしてその群れは、明らかに地上に立つ龍一達の方を向いて、真っ直ぐに飛んで来ていた。
「なんで私達が狙われなきゃなんないのよぉーっ!?」
「知りませんよそんなコト……」
「スマンな、どうやら同族には敏感なようじゃ。恐らく狙いは、同じ兵器たる妾であろう――――ここは妾だけ囮になるのが上策かのう」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。いいから俺を乗せてさっさと飛べよ」
「しかし主様よ、それでは……」
「命令だ。俺を乗せろ」
「むぅん……承知!」
迷いを振り切り、リベルタは真の姿である飛竜形態へ戻る。
暴走した古代兵器とは決定的に異なる、完全な能力と自我を有する、強く美しい黒竜へと。
シギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
ついに姿を現した本物の黒竜を前に、その姿と在り方を心から妬むように、ワイバーン軍団も、醜い巨竜も絶叫のように轟いた。
そして叩きつけられる、強烈な殺意の波動。これで完全にターゲットとして捕捉された。
「俺とリベルタが奴らを引き付ける。お前らは出来るだけここを離れろ。とりあえず元来た道を戻っていけ」
「はい、ご主人様」
「おい桃子、お前は桜達の方に――――」
「桃子はご主人様の桃子ですので。死地へお供する役目は、誰にも譲れません」
颯爽とリベルタに跨り出撃準備を済ませた龍一の元へ、当然とばかりに桃子も乗っかった。
この状況下では、桃子は避難組である桜と愛莉の二人についていて欲しいと思うが……桃子が譲るとも思えなかった。
「私も共に行きましょう」
「おい桜、お前まで何言ってんだ」
「足手纏いにはなりません。そのために練習もしたでしょう?」
桜は貴重な治癒魔法使いであり、弓と光魔法による強力な遠距離攻撃も持つ。その上、薙刀を手に前衛も張れるだけの身体能力も併せ持ち、龍一の代わりにリベルタに乗っても十分過ぎる戦闘能力を発揮できる。
今回はリベルタに乗って空の旅ということで、騎竜戦闘もこなせるよう、訓練はアルビオンにいる内から積んでいた。
「ちっ、どいつもこいつも、人の言う事を聞きやがらねぇ」
龍一の後ろへと、桜は大弓『大黒桜・威天衝角』を携えて乗り込んだ。
もうこうなってしまっては、押し問答している時間も無い。
「えっ、ちょっと待って、私一人なんだけど」
「姫野さん、いざという時は、海岸洞窟の仮拠点まで」
「桃川の趣味に付き合って、作っといて良かったな」
「一人になるくらいなら私も一緒に乗せてってよぉ!」
「足手纏いまで乗せる余裕はねぇ。姫野、逃げるだけのテメーが一番安全だ。精々、見つからないよう黙って走れ。その荷物は忘れんなよ」
「ああっ、ちょっとぉ!?」
待って、という姫野の叫びも空しく、龍一、桜、桃子、を乗せたリベルタは大空へと舞い上がる。
そうして、すでに目前へと迫っていたワイバーン軍団とド派手に炎と光が瞬く空中戦が始まった。
「も、もうっ、なんで私だけこんな目にばっかり遭うのよぉーっ!」
ヤケクソに叫びながら、必要物資一式が揃ったリュックをしっかり抱えて、姫野は空前絶後のドラゴンバトルから背を向け、一心不乱に逃げ出した。
◇◇◇
「――――ッ!?」
弾かれたように目を覚ました龍一は、即座に飛び起きた。
「おはようございます、ご主人様」
「桃子……とりあえず、まだ生きてはいるようだな」
いつも通りの微笑みで佇む桃子の姿を目にして、龍一はひとまず緊急事態は脱したか、と気を落ち着かせた。
「リベルタは、まだ寝かせておいてやるか」
枕元には、丸まって寝息を立てる小さな黒竜の姿がある。
目立った傷跡こそ無いが、彼女が自分以上に消耗していることは分かっている。このまま大人しく寝かせておくのが最善だ。
仲間の無事が分かれば、次に気になるのは現在の状況。
ひとまず、自分の記憶を出来る限り思い返してみるが、あまり振り返りたい内容ではなかった。
「勇んで挑んだはいいものの、結局、一発かましただけで無様に逃亡、か」
天空城の巨竜に挑んだ時の記憶は、ハッキリと残っている。
黒竜リベルタに跨り、『王』と『聖女』を乗せた騎竜形態は、現状では最強の空中戦力と言える。
実際に並み居るワイバーン軍団を押し退け、要塞に座す巨竜の元まで肉薄できる突破力と機動力を誇っていた。
そうして、持てる最大威力の攻撃を歪んだ顔面に叩き込むことには成功したが……巨竜は圧倒的なタフネスと、凄まじい火力を発揮。
巨竜の反撃が始まれば、回避と防御で手一杯。そんな中で有効打を与える手段も無く、逃げの一手を打つより他は無くなった。
それから執拗に追ってくる巨竜とワイバーン軍団を、距離も方角も気にする余裕なくとにかく逃げに逃げ続けた結果、なんとか振り切ったはいいが、精も根も尽き果てて近場に不時着。
リベルタから転がるように降りて、地面に寝転がった途端に意識を失った――――そして目覚めれば、目の前には桃子がいて、どうやら自分は清潔なベッドで寝かせてあるようだった。
体に負傷はない。それなりの怪我も負っていたはずだが、この傷の塞がり具合と魔力の流れからして、桜が治癒してくれたことは間違いない。つまり、桜も自分を治癒できる程度には無事でいることの証であった。
そこで問題になって来るのは、どうもこのベッドを含めて、自分がいる場所は桃子が臨時で設営したものには見えないことだ。
ベッドと白い壁と天井の一室は、如何にも病室らしいが、機能が生きている古代遺跡のような無機質さは感じられない。間違いなく生活感の漂うこの一室は、自分達以外の何者か、によって提供されたものだと判断するには十分過ぎた。
「おい桃子、どこだよここ」
「おはようございます。ようやく目が覚めたようですね、龍一」
「おう、桜。悪いな、助かった」
「いえ、龍一とリベルタが最後の最後まで私を庇ってくれたからです」
「お前が無事なら、とりあえず回復はできるからな。それに、お前を傷物なんかにしたら、悠斗に殺される」
「ふふっ、そうですね」
ちょうどやって来た桜は、傷一つなく、顔色も良い。体調は万全であり、穏やかな微笑みからして、やはり現状は落ち着いているのだと推測できた。
「それで、そろそろ聞かせてくれるか?」
「ここは例の滅びた国の生き残りの方々が住む、いわば隠れ里のような場所です」
巨竜からなんとか逃げ切り、不時着した直後に気を失った龍一とリベルタ。
唯一、無事だった桜は二人に全力で治癒をかけてから、ひとまず身を隠そうと行動に移った頃に、彼らは現れた。
「代表者の方を連れてきた方が、話は早いでしょう」
「おう」
そうして桜は一時退席し、この『隠れ里』の者を呼びに行った。
ちょうど近くにいたのか、それとも傍で待っていたのか、桜はすぐに戻って来た。
彼女が連れてきたのは、色白の老人。
深い皺を刻んだ顔に真っ白い髪。だががっしりとした体格に、ピンと張った背筋、隙の無い足運び。間違いなく達人のソレだ。
蒼真のジジイを思い出すな、と龍一は感想を抱きながら、その老人を油断なく見据えた。
一方の白い老人も、鋭い眼光を龍一に向けながら、その場で膝をつき、
「竜王様の拝謁の栄に浴し、光栄の至り」
「あ?」
「我が名はヴィルヘルム。栄えあるシャングリラ竜騎士団の末席を汚す、恥ずべき生き残りにございます」
「おいちょっと待て、この爺さん絶対何か勘違いしているぞ」
明らかに王に対して礼を尽くす態度である。
確かに龍一の天職は『王』だが、誰かを配下にした覚えなど無い。自分に付き従うのは、王のスキルである『従者』と、契約を果たした黒竜だけ。
「いえ、それがどうにも、ただの勘違いというワケでもないのです」
「どういうことだ」
「つまり、ご主人様は生まれながらの王。そこな異世界人共がひれ伏すのは自明の理ということでございま――――ふがふが」
「で、どういうことだ」
「なんでも、シャングリラというこの国の王は、黒竜を操る者だと言うのです」
桃子を黙らせてはみたが、桜から出てきた説明は、あまりに理解に苦しむものだった。
だが同時に、納得もある。
あんな危険なドラゴンが空を飛び回り、国が壊滅状態に陥っているにも関わらず、どこの誰とも知らない野郎共に軒を貸すどころか、手厚く看護までしているのだ。平和で豊かな国ならいざ知らず、難民状態だろう状況下でも、これほどの手を貸した。
つまり、それだけの価値がある人物だと、彼らが認識していることの証。
「左様、黒竜と契約を果たし、さらには天職『王』まで授かった御方が、今この時現れたのは、龍神の思し召しに違いありません。竜王様、どうか我々シャングリラの民を救い、導いてはくれませぬか」
コイツは面倒なコトになってきた……心底そう思い、龍一はこれまででも特大の溜息を吐き出すより他は無かった。




