第490話 呪物奪還作戦(2)
「――――よしよし、大聖堂はいい感じに盛り上がってるようだ」
偵察用の分身を通して、僕は大聖堂の正門前広場が大勢の人々でごった返している状況を確認した。
想像以上の賑わいようだ、やるじゃん自由解放党。
ホーダンを焚きつけた甲斐もあって、党が保護しているシグルーンの奴隷達全員集合というほどの人数である。
それに加えて党員の多数派をしめる、奴隷解放を本気で崇高な使命と考えている人権派アストリア人達も加わり、デモの規模としてもかなり立派なものとなった。
そして人が多数集まれば、一体何事かと野次馬も寄って来るし、ディアナ人如きが大聖堂に押し寄せるなどけしからん、と怒りの声を上げる信者なんかも参戦してきて、現場はどんどんヒートアップしてゆく一方。
流石にシグルーン大聖堂も、この大人数での騒ぎへ対応するのは苦慮するだろう。なまじアストリア人も混じっているから、危険なディアナ人の反乱と見做して安易に武力制圧なんて手段も取れない。現時点では野次馬とただの信者も混ざって、どれが誰だか分からない以上、もう手の出しようはないだろう。
聖堂騎士達も、興奮したファンを食い止めるライブ会場の警備員が如く、正門前で人々を抑えることしかできない。
司祭達が必死に声を張り上げて、落ち着け、解散しろ、と叫んでいるが、焼け石に水といったところ。ただの声かけなんぞで、止められる段階はとうに過ぎ去っている。
「後は頃合いを見て、本命のレイナーレ様のご登場となれば、祭りも最高潮だね」
「その隙に儂らが清浄殿へと忍び込む、ということか」
「坊ちゃまとレイナーレ様のお役に立てるのならば、扇動されたディアナ人達も本望というものでしょう」
そして僕本人、リザ、ジェラルド、の選抜メンバーが本命たる清浄殿への潜入を行うというワケだ。
すでにレイナーレ騒動で大聖堂の警備網は麻痺している。マクドガル大主教も、色ボケ勇者が好き勝手やった結果の大騒ぎに、顔を真っ赤にして対応に走り回っていることだろう。
今この瞬間、遥か地下ダンジョンにあつらえた封印用の清浄殿で異常が起こっても、即座に対応はできないというワケだ。
「じゃあ、いよいよ潜入と行こう。この先にある隠し通路から、清浄殿へと入れるんだ」
すでに僕らは、シグルーン大迷宮の中層辺りまで潜っている。
シグルーン大迷宮の中枢部は基本立ち入り禁止として、システムで封鎖されているが、その他のエリアは一般の冒険者にも解放されている。普通はダンジョンのシステムに、偶然でも素人がアクセスできることは無いのだが……これでも僕はダンジョンマスターだからね。ちょっとした抜け道を作るくらいはできるのさ。
そうして意気揚々と僕が先導して歩みを進めれば、ジェラルドが風のように追い抜き、その両手を双剣の柄にかけた。
「誰か来るぞ」
ここはこのエリアの中でも外れも外れ。典型的な石造の迷宮建築といった屋内だが、生きている機能は建物の維持くらいで、産出される遺物は一つもありはしない。
レアなモンスターが出現することも無いし、出てきても微精霊かスケルトンが湧くくらい。つまり、探索する価値の全く無い場所であり、初見の冒険者だったら軽く見回って、その後二度と訪れることは無い。
ここはそういうエリアだから、まず他の冒険者とかち合うことは無い。まして、無駄に広いこの中で、これから僕らが進もうと思った先から、やって来るというのだ。
ジェラルドが敵の待ち伏せかと、真っ先に警戒するのは当然というもの。リザも素早く僕を隠すように、前へと立った。
「ああ、気にしなくていいよ。大丈夫だから」
僕が何でもないようにそう言い放てば、心得たとばかりに、ジェラルドとリザはお互いに頷きあって、警戒態勢を解いた。
その矢先、カツーン、カツーン、と複数人の足音が響いてくる。
「……」
気にするな、と言ったものの、リザとジェラルドの視線は鋭く、前方から歩いてくる集団を観察していた。
現れたのは、よくありそうな5人組の冒険者パーティである。
細身の剣士、大柄な戦士、さらに大柄な騎士、太めの魔術師、チビの盗賊。
ギルドですれ違っても、まず気にすることは無いような連中と、僕らは挨拶一つすることもなく、互いが互いを無視しあって、ただ通路ですれ違って行った。
彼らの足音も消え去ってから、リザが口を開いた。
「あれも坊ちゃまの分身でしたか」
「やっぱりリザには分かっちゃうかー」
「デカい鎧は屍人形で、あの太い魔女っ子は新しいコレかの?」
「ふふ、みんないいヤツだよ」
楽しそうな顔で女を意味するハンドサインを向けてくるジェルラルドに、僕は否定も肯定もしない台詞で誤魔化しておく。僕の性癖は誤魔化せないけど、誤魔化す努力は絶やさないのだ。
「ここまでやけに魔物が少ないと思っていましたが、すでに露払いをしておられたのですね」
「うん、アレは僕の別動隊さ。この先の隠し通路も、彼らと探索して見つけてきたんだ」
グレゴリウスと同じように、この冒険者パーティもまた、黒髪教会とは全く無関係に結成した、偽装身分である。
リザには一発で見抜かれたけど、髑髏の仮面で完全に顔を隠した怪しいチビの盗賊が僕で、迷宮免許はヴァンハイトから少し離れた地方の迷宮管理局で発行した正規品である。
なので、あっちの僕は半端な田舎から出てきた、ただのガキということになっている。
「あの剣士と戦士は、何者ですか? 特に、これといって天職の力は感じませんでしたが」
「そりゃあ、無職だからね。魔女の子も、ただ魔法を学んだだけで、天職は持ってない」
この三人とは、本当にただシグルーンで出会って、仲間に誘っただけの間柄である。
ジェラルドが疑うように、確かに魔女の子は色々大きいけれど、剣士と戦士は立派な青年なので、決して僕が下心満載のハーレムパーティを作ろうとしたワケじゃないんだ。
僕の好みの体型をした子がいるのは、あくまで結果論でしかない。三人とも、それぞれ僕が見込んだ才能の持ち主なのだ。
「なるほどのう、それで何の変哲もない低ランクパーティを装っている、というワケか」
「大体そんな感じ」
お陰様で、今回の騒動と隠し通路探し、どちらも黒髪教会は全く無関係のまま進めることが出来た。
普通だったら、絶対に繋がりは残るものだが……僕は分身がいるので、ポっと出でいきなり勝手に別行動ができるのだ。しっかりと偽装用の身分を持っていれば、まず足が付くことは無い。物理的にも情報的にも一切繋がりなどないのだから。
僕の分身ということがバレなければ、という条件はつくけどね。
「で、地味にコツコツ探し続けて、ようやく見つけた隠し通路がここでーす」
妖精像の無い妖精広場のような広間で、中央の噴水型のデバイスにアクセスすれば、石畳の床が音もなく割れてゆき、下へと続く階段が姿を現した。
余裕の一発操作で開いたように見えるけど、発見した時は扉そのものが壊れていたので、何度もここに通って修理して、ようやくスムーズな開閉が出来るようにしたのだ。正直、見つけるよりも直す方が苦労したわ。
隠し階段を降りてほどなく、細い通路が続くだけの一本道を進む。この如何にも隠し通路といった風情の道だが、ここからすでに広場のあったエリアとは異なる建築様式へと変わっている。
ただの寂れた石造りから、今もまだ機能の多くが生きていることを示すような、小奇麗な白い壁面にガラっと様変わり。通路もピカピカに磨き抜かれたようで、天井の照明も過不足なく通路を照らしている。
「ここは非常用の脱出通路ってところかな。だから最初から隠し扉の構造になってる」
「なら、元はお貴族様の屋敷か何かだったのか?」
「いや、どうやら刑務所っぽいね。清浄殿の封印施設は、古代の牢屋を流用してるのさ」
卓越した魔法技術を誇る古代文明だ。その時代に犯罪者を閉じ込める刑務所か収容所となれば当然、閉じ込める機能は万全だ。
古代においては酒に酔って暴れただけの軽犯罪者を隔離しておくだけの留置所だったかもしれないけれど、現代においては危険な呪物を放り込む安全な倉庫として活躍できる性能だ。少なくとも、自分達が住む地上に置いておくより、古代の魔法設備が整った地下ダンジョンの一角、って方が、呪いを恐れるアストリア人としても安心なのは確かだろう。
「そのような場所であれば、より警備も厳重なのではありませんか?」
「逆にこんな場所だから、偉い人の権限の通りは良いのさ――――」
おらぁ、俺様はアルビオン総督だぞぉ! 舐めた口聞いてみろ、ウチの天道大将軍閣下が黙ってねぇぞぉ!
と叫べば、ダンジョンのシステムはきちんと僕が本物のアルビオン総督代理権限を持っていることを認識してくれる。
どうやら生体認証が如く、僕本人に権限のコードみたいなモノが付与されていて、特にカードキーやら何やらの捨てられない系ユニークアイテムを所持する必要はないのだ。
なのでシグルーン大迷宮のシステムも、僕をスキャンすれば、前総督代理・小鳥遊小鳥より推薦され、アルビオン基地の臨時司令官・天道龍一によって承認された、正式な現総督代理・桃川小太郎、と認識する。
ここまで全員、アルビオンと無関係の代理人だが……それでも成立するシステムは臨機応変と言うべきか、バグってると言うべきか。
何にせよ、僕本人はアルビオンに帰れなくても、ダンジョンマスターとしての強みはあるのだ。
とは言え、馬鹿正直にアルビオン総督でアクセスすると、足がつくかもしれない。
なので僕は古代のデジタル上でも、身分偽装をすることにした。
通路の先で閉ざされた扉の前で、僕は堂々と偽の名乗りを上げる。
「どうもー、エメローディア軍の方から来ましたー」
『ジェネラルコード認証。ようこそ、特別監査官アアアア様』
認証バッチリ。
こんなこともあろうかと、天道君がいる内に、アルビオンで軍人の偽アカウントを大量に用意しておいて良かったよ。
特別監査官アアアアは、任命と命令の出所がたらい回しになるよう設定して用意した、他の施設の緊急監査を行う権限だけを持たせた、臨時職である。なんかよく分からんけど、軍にガサ入れされた、みたいな感じ。
普通だったら「なんやお前、怪しいなぁ……」とお断りされるが、システムによって最低限の管理しかされていない現状においては、僕が間違いなくエメローディア軍の所属であることがデータ上で確認されれば、何の疑いもなく素通りさせてくれるというワケだ。
セキュリティガバガバっぽいが、そもそも人間の管理者とセットで運営する前提のシステムである。人間を超越したスーパーAIみたいな頭脳は、ダンジョンの中枢システムには組み込まれていない。
進んだ魔法文明でも、シンギュラリティ起こす人工知能の開発はリスクが高いと忌避されたのかもしれない。
ともかく、無機質なシステムボイスと共に、扉はすんなりと開かれる。
出た先は、白い円形の大広間で、
「まさか、いきなり清浄殿のど真ん中に乗り込んでくるとは。全く、本当に恐ろしい呪術師だよ」
おお、まさかここまで完璧に待ち伏せされているとは……初転移したあの時以来だ。割と最近だな。
「こちらこそ、こんな歓迎を受けるとは予想外だったよ」
あの時と同じく、円形広間には白銀鎧の聖堂騎士が完全武装で隊列を組んでいる。そして僕に向けて余裕のお声をかけてきた隊長と思しき男は……うわ、なんだこの重装備。聖堂騎士はただでさえ重厚な鎧兜を身に纏っているが、この隊長は宇宙服かってくらい、着ぶくれしたようなシルエットとなっている。
実際、動きそのものは鈍重そうではあるが――――
「いい鎧着てるね。ソレが清浄殿での正装?」
「お目が高い、この鎧の価値が分かるかね。この耐呪装甲の鎧兜は、呪術師にとっては天敵のようなもの。相性の悪さを、直感で理解できたのかな」
「呪い耐性かぁ、恨まれそうなお仕事してますもんね」
なるほど、やはりコレはそういう『視え方』なのか。
隊長が自慢げに言うだけあって、僕の『神威万別』に反応があるくらいの性能は発揮しているようだ。『聖天結界』に似た、どこか無機質な白い光を纏っているように、僕の目には映っている。
こういう白く光る系の力は、闇に強い抵抗を示す。メイちゃんの『黒凪』みたいに、光を侵食する特効でもないと、ほとんど通じない。
『痛み返し』すら軽減してしまいそうな光を纏っている上に、単純な物理的にも、かなりの重装甲である。闇耐性を極めた結果、他の属性全て弱点に、みたいな間抜けな性能ではないだろう。
そして奴が誇るのは耐性と防御力だけではない。
これ見よがしに構えているのは大砲だ。三連銃身のガトリングガンと言うべきか。
滅多に見ないが、機関銃のような大型ブスターも存在する。大抵は大きく重く、人が持ち運びするのに向かないので、砦などに置く設置型の兵器としての運用が主流。
デカいブラスターを軽々と振り回せる力持ちなら近接武器持った方が強いし、自前の魔力でブラスター連射できるなら魔法を使うべき。機関銃型を使えるスペックを持つ者なら、結果的にコレ使わない方が強くね問題になるので、弱くは無いが使い手の需要がない、悲しき武器と化しているのだが……どうやらこの隊長は、自身の能力と戦闘スタイルとの兼ね合いの結果、このクソデカガトリングブラスターが最適武器だと選んだのだと思われる。
「いいや、私は清浄殿を預かる司祭長として、人の恨みなど買うはずも無い、聖なる職務に尽くす敬虔な信徒である――――だが、清く正しきを憎み恨む、醜悪な念の塊こそが呪いというモノであろう」
「ああ、綺麗すぎる川に魚は住まないからね」
「なかなか含蓄のある言葉だ。世界は違っても、人の理にそう違いは無いようだね」
「自覚があってその態度なら、そりゃ恨まれるわ」
自分が恨まれていると理解しながらも、それを歯牙にもかけないタイプの人間だ。ただ鈍感だとかメンタル強いとかじゃなくて、信仰の正義、とでも言うべき強固な信念があるからこそ、といった感じ。
つまり、言っても聞かないタイプの人間ってこと。
「ちなみに、なんで僕が来ること分かったの?」
「勇者リリス様の忠告は、未来予知も同然。騒ぎが起これば呪術師が来る、との仰せであったが……来てくれて、本当に助かった。これで何もなければ、貴重な聖堂騎士を抱えて籠っている私の、責任問題になるところであったよ」
「あの女ホントに何でもアリだな……」
僕のパーフェクト奪還計画を、未来予知で当てて来るとかチートにも程があるだろ。
いや待て、アイツはダンジョンサバイバルでの僕の行動を知っている。普段は起こり得ない騒ぎがシグルーンで、特に大聖堂で起これば、それが僕が装備奪還に動くタイミング、と推測することは可能。
僕の言動と能力を知り尽くしている、ってのは本当に厄介だな。リリスみたいな最強が、敵を知り己を知り、までやってくるとか。もっと慢心油断してどうぞ。
「さて、貴様はまんまと待ち伏せにかかった。すでに形勢は決している」
「どうかな、僕がついこの間、そうやって待ち伏せてた連中をどれだけ蹴散らしたか、知らないワケじゃないでしょ」
「実にいたましい被害だ。だが、彼らは理解していなかったのだ。呪いの力というものを」
「ふーん、まるで自分は知っているかのような口ぶりだねぇ?」
「呪いとは唾棄すべき邪悪な力だが、対抗するには、呪いを知らねばならぬ。この清浄殿を預かる身として、呪いに無知ではいられぬのでね」
顔は見たこと無いし、デッカいフルフェイスヘルムで今も見えないけど、どうやらこの隊長が清浄殿の長、フラバール司祭長であるらしい。
奪還作戦するにあたって、大聖堂と各施設に関わるお偉いさんは大体把握している。
「異邦人の貴様は知らぬだろうが、古来より『呪術師』という輩は悪名ばかり轟くもの。我がアストリアの短い歴史の中だけでも、『千呪卿』、『隠の騎士』、『黒面翁』、とおぞましい呪いを振りまいた大罪人は何人もいる。聖教の司祭は、斯様な悪しき呪いを封じるのもまた、重要な使命の一つなのだよ」
そんなこと言ったって、『戦士』や『剣士』でも悪いコトした奴はイッパイいるでしょ? 『呪術師』だけ特別に邪悪みたいな扱いするのは、職業差別だよ。
でも僕のざっくりしたアストリアの歴史知識でも、猟奇的なヤベーことやらかしてるの大体、呪術師なんだよね……確かに、天職『呪術師』はイカれた悪人の排出率は高めである。悔しいが言い訳できない。悪い先輩が多すぎるんだよ。
「それでその耐呪ガチ装備ってコト。確かに、良く出来ている。その鎧なら、『腐り沼』に沈めても平気で動けるだろうね」
「そう、私は呪いをただ恐れるだけの蒙昧な輩とは違い、万全の対策を施している。その昔、『醜悪毒婦』の討伐に参戦した折にも、私はこの鎧のお陰で生き残ることができた。だが、こんな私を臆病者と笑っていた同輩達は、ことごとく呪いの毒に倒れて死んだよ」
呪術の毒は、モンスターが使う毒とはまた違った威力だからね。普通の毒攻撃は、割と体力自慢なら気合と根性でどうにでもなったりするんだけど、呪術はステータスや耐性無視してダメージ与えてくる効果もありうる。どんだけ硬くても、僕の『痛み返し』で傷を負うのと似たような感じで。
呪術師の上に毒使い、と分かっていれば、そりゃあ専用対策装備で固めてくるのが最善だよね。
「私には分かる、貴様がアルビオン攻略を果たした傑物だとしても、私が封印した呪物が無ければ、その力も半減。事実として、貴様の戦力が心許ないからこそ、こうして表で騒ぎを起こし、コソコソ侵入する方法を採らざるを得なかった。そう、今の貴様には呪物も狂戦士も巨人も、頼れる駒を全て失っているのだから!」
「うんうん、その通り。実に的確な戦力分析だよ」
流石は清浄殿という呪物を扱う専門機関の長である。ただ天下ってふんぞり返っているだけの無能ではなく、彼は自らの意志と経験をもって、呪いへの知見を深めている。
コイツは呪いの恐ろしさを知っている。故にその力も正確に推し量れる能力があり、だからこそリリスの忠告も素直に受け止め、リスク覚悟で僕を迎え撃つべく網を張った。
このフラバール司祭長は、パンドラ聖教の中でも呪いに精通したエキスパートと呼ぶべき人物であろう。ただの素人ではなく、舐めてかかって来る力自慢でもない。
きっと、若い頃から用心深い性格だったのだろう。人に笑われても、石橋を叩き続けるようなタイプ。
そしてどんな奇天烈なトンデモ効果が飛んでくるか分からない、強力な呪術師を相手にするなら、こういう人の方が向いている。十分に警戒し、対策してくる相手に、搦め手を得意とする呪術師は相性が悪い。
厄介な相手だが……それでも、コイツ自身は呪術師じゃあない。
「僕もリリスに習って、君に一つ忠告しておいてあげよう」
「ほう、じっくり聞かせて貰おうか。時間はこちらの味方、すでに貴様が清浄殿へ踏み込んできた、との報告は伝わっているのでね」
勝ち確特有の余裕ぶり。実際、このまま自分達だけで仕掛けるよりも、更なる増援を待って包囲を万全にする方が、あちらに有利なのは確か。
潜入特化の少数精鋭だけで来た今回の編成で、圧倒的な物量の包囲戦をかけられると流石に無理ゲー難易度である。
だから僕は、最速でコイツを攻略する。
「全員まとめて、今すぐこの場を去れ。そしたら僕の呪いで、死ぬより恐ろしい目に遭わずに済むよ」
「面白い、ならばその自慢の呪術、見せてみるがいい!」
よほど自分の耐性装備に自信があるのだろう。大仰に両手を広げ、僕の一撃を真っ向jから受けて立つ構えである。
なるほど、退く気はないか。いいだろう、正しい呪術の使い方、教えてあげる。
「大した呪術じゃない。詠唱すらいらないね。ただ一言、僕がコレを発動させれば、それで終わる」
リザとジェラルドを後ろに控えさせたまま、僕は無手で堂々と前へ踏み出す。
フラバール司祭長はガトリングを構えることも無く仁王立ち。一方、聖堂騎士達は弓やブラスターなどの遠距離武器を持った者は、油断なく僕を狙っていた。
『痛み返し』のことは彼らも知ってるのだろう。狙ってはいるが、明らかに自分が最初に撃ちたくない、といった気配がそれとなく漂っている。
まぁいいさ、撃っても撃たなくても、この一発で終わるから。
「――――『悪霊憑き』」
無詠唱で発動させるのは、『悪霊憑き』である。
そこらに漂う悪霊を、そこらにいる奴らに憑依させる、上手く決まれば同士討ちを誘ったり、正気を失わせたりできる、使いどころが限られる呪術だ。
この呪術の真価を発揮するのは、やはり悪霊がいっぱい漂う、曰くつきの場所。セントラルタワーの最下層も、結構そんな感じで、古代にあそこで大量に人死んだんだなってのが分かる。
つまり、この呪術を通すことで、その場に悪霊がどの程度いるのかも分かる。
では現在地たる清浄殿の円形広間はどうか。
「君さぁ、ここで随分と呪いの人体実験したでしょ?」
「なんだと……」
隠し通路と同様に、白くピカピカな床と壁、眩い輝きを照らす天井と、ここに汚れは一切ない。けれど僕は、この場に踏み込んだ瞬間から、辺り一面、血の池地獄に見えて仕方がないんだ。
特にここ最近での犠牲者は……僕の自慢の呪物装備を使ったものだ。横道に喰われ、オーマに乗っ取られ、小鳥遊に狂わされて、随分と酷いことになってたみたい。
そんなことも分かるくらい、ここには色濃く呪術の気配が残っている。残穢とでも言うべきかな。表面上は綺麗になっても、拭いきれない呪いの穢れが、ここには幾層にも折り重なるようにこびりついている。
元より人を閉じ込めるための施設だったせいか、ここは特に構造的な魔力の換気が悪い。非常に魔力が淀みやすいのだ。色んな所に封印設備あるから、自然に魔力が流れて行かず、結果的に霊体のモンスターに近い悪霊連中も、溜まりやすくなっている。
ただ、それほどの悪霊が溜まっていても、悪さの一つも出来ずに抑圧されたままなのは、清浄殿という聖なる封印に特化しているからだろう。
悪霊は溜まりやすい、けれどその力を発揮しにくい、光の封印の力に溢れている。そんな歪な環境が、この清浄殿という場所なのだ。
だから呪術師たる僕が、悪霊が自由に動けるよう導いてやれば、この通り。
「僕を迎え撃つには、地の利最悪だよここ。君のこと恨んでいる悪霊で、溢れかえっているからね」
「こ、これは……何だ、お前らっ、一体どこから――――」
すでに僕の声なんか届いていないだろう。
フラバールには自分が実験で殺しまくって来た奴らに集られて、それどころではない。場所も悪いが、着込んでいる自慢の耐呪鎧も相当悪い。
アレにもかなりの悪霊が染み付いている。愛用装備みたいだし、着用して殺しまくって来たのだろう。それも互いに命を奪い合う戦場ではなく、一方的に自分だけが殺戮できる立場で。
そんなこと続けていれば、そりゃ悪霊に憑かれるよ。良くも悪くも優秀な耐呪装甲のお陰で、どれだけ悪霊憑いても平気だったけど……『悪霊憑き』で活性化すれば、一斉に牙を剥く。
「あんまり人に恨まれるような生き方はするもんじゃないよ。人に恨まれて力にできるのは、『呪術師』だけなんだからね」
「やめろぉ! 離れろっ、この私に触れるなっ、私は――――ぐっ、ぐわぁああああああああああああああああっ!?」
案の定、発狂モードに突入。大量の悪霊に殺到され、もう自我と怨念の区別も無い。
彼にはもう、僕を捕らえる、という己の使命さえ、遥か怨念の彼方に忘れ去ってしまっただろう。
「さっ、行こうか」
「流石は坊ちゃま、見事な呪術でございます」
「いやぁ、どうなるかと思ったわい」
僕の非道にすっかり慣れた感のある二人を引きつれ、意気揚々と阿鼻叫喚の地獄と化し始めた広間を突っ切って行く。
フラバール司祭長が発狂モードに突入すれば、ほどなく聖堂騎士達も悪霊に囚われ始める。最早この場で、僕らの事を認識できる者はいなくなった。
後はこのまま、ここで永遠にのたうち回っててもいいし、仲間同士で殺し合ってもいいし、どっか行ってもいいし、お好きにどうぞ。僕はわざわざトドメを刺してあげる義理もないからね。




