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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:奪還作戦
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第481話 女装分身

「いやぁ、流石メイちゃん、マジ女神」


 まんまと怪しい野良メイド・モモコを拾ったメイちゃんに、僕は胸がイッパイになるような満足感を覚えていた。記憶を失い、僕のことを忘れても、彼女はお腹を空かせて困っている人を見過ごせない、底抜けの善人なのだ。

 やはり真のヒーローとは、腹の減ったヤツにアンパンを分け与える者のことだ。ただしカバ男テメーはダメだ。


 さて、メイちゃんの善良さをアテにした潜入作戦だけど、これでもそこそこ手間のかかる仕込みをした。

 まず、女装。

 女装スキルは全クリ後特典の爛れた生活の中で、杏子の趣味によって磨かれたものだ。彼女曰く、


「これから敵の国を探ろうってんだから、女装で変装くらい出来てた方がイイって! 大丈夫、小太郎は絶対似合うから! てかウチが似合わせるから!」


 僕にその気はなかったけれど、まぁ確かに女装の一つでも覚えておけば、アストリアで正体を隠して行動する時の役には立つかも、というメリットと、何より杏子の熱意に負けて、やることになった。

 これに伴って、色々と化粧品の開発もさせられたものだ。お陰様で、我らが町のドラッグストア『ピクシーマート』にも化粧水やら乳液やらの基礎的な化粧品をラインナップできている。


 そういうワケで、今の僕は多少の女装の心得と、それを成すための化粧品も自前で調達できるという状態。

 メイちゃんの傍について見守るなら、男でいるよりも、無垢な少女である方が望ましい。うら若き乙女であるところのメイちゃんが、わざわざ野郎なんか傍におくかって話である。だが普通の少女であれば、彼女としても雇いやすいであろう。


 そして、さらに雇いやすくするために、路頭に迷った野良メイドのカバーストーリーをでっち上げたワケだ。

 僕の演技力はそこそこなので、迫真の空腹で行き倒れる演技のために、実際に一週間かけて厳しい食事制限をした。同時に、潜入用として気合を入れて作り出した野良メイド役の分身で実際にシグルーン中を歩き回った。万が一モモコの出自が怪しまれても、実際にこの一週間ほどメイド姿で首都の街中を歩き回らせているので、旦那様を助けるために方々を駆けずり回る健気なモモコの目撃証言は得られるようにしておいた。


 更に念を入れて、モモコの旦那様役も用意してある。うだつの上がらない木端商人で、僕が『ピクシーマート』を出店した途端に売り上げ激減で勝手に潰れたような奴である。元から借金で首も回らない有様だったので、晴れてトドメを刺されて奴隷落ち。

 そんな彼を、僕がちゃんとベルベットから買い上げ、新しい農園の仲間としてお送りしてあげた。


 これでメイちゃんか、あるいは誰かの入れ知恵でモモコを調査されても、そうそう足はつかないようになっている。実際にモモコは街中を歩き回り、旦那様は奴隷としてニューホープ農園へ売り飛ばされた。

 旦那様役の男に聞き取りをしようと動かれても、農園は僕の城だ。そんな調査の手など突っぱねてもいいし、男に嘘を吐かせてもいい。


 とまぁ、こんな感じで地味に手間をかけて、僕は哀れな野良メイドとしてメイちゃんへと雇われることに成功した。

 後はこのまま、真面目にお勤めをして、彼女の動向を見守るのみ。

 尚、メイちゃんは蒼真悠斗のいる『勇星十字団ブレイブクロス』とは退団した今でも懇意にしており、屋台販売もここが中心なので、クランを探るにもちょうどいいポジションである。四六時中の監視こそできないものの、毎日お昼時に蒼真悠斗の様子を窺うくらいはできそうだ。ついでに委員長と夏川さんもね。


「はぁ……」

「どうしたのリザ、ちょっと浮かない顔して」

「モモコ様が出て行かれて、寂しくなってしまいました」


 女装分身であるモモコを、リザはやけに可愛がっていたからな。本物の僕とセットで何かと面倒を見ようとしていた。勿論、モモコは野良として薄汚れなければいけないので、ほとんど断ったが。

 きっと後輩メイドが出来たようで嬉しかったのだろう。


「ならば本物の若様がしてやれば良いではないか」

「ええぇー、やだよ、僕の微妙な女装なんか」

「そうかぁ? 随分と堂に入った姿だったが。前にメイドやっておったじゃろ」

「やってるワケないじゃん、学園祭でもあるまいに」


 僕の学園祭の思い出なんてロクなのないし。一年の時は散々だったよ。

 二年七組で学園祭ができたら、果たしてどうなっていたことか。まぁ、僕みたいな陰キャのチビは、大道具か小道具の裏方役として、目立たずのんびり過ごすに決まっているが。


「ともかく、メイちゃんの方はこれで大丈夫。そこで、僕の次の目的は――――レムと装備の奪還だ」


 第一目的であったメイちゃんのお迎えがこんな事態となったので、繰り上がりで現在の最優先目標はレムと装備を取り戻すこととなった。

 レムは僕の大事な呪術であるという以上に、共に苦難を乗り越えてきたかけがえのない仲間。家族と言ってもいい存在だ。

 そして僕がアルビオン完全攻略を成し遂げる力となってくれた、数々の装備品。これが無ければ、僕の『呪術師』としての力も半減といっても過言ではない。

 小鳥遊、オーマ、横道……お前らも仲間だ、必ず迎えに行くからな!


「レムという使い魔は封印、杖やら何やらは没収。それぞれどこにあるのか、目星はついておるのか?」

「勿論、そのためにシグルーンでそこそこの期間、潜入してたんだから」


 完全に顔を隠した隠密分身と、堂々と顔を晒した黒髪教会の御子分身。この二体でシグルーンにはそれなりの時間をかけて探って来た。

 こうして本物の僕がやって来たのは、すでに必要な調査は粗方終えたからこそでもある。


「予想通り、レムも装備もシグルーン大聖堂にある」


 これらはただの高級装備ではない。奪ったら売り払って金儲けができる、という類の物品ではなく、完全に呪物の扱いを受けるべき品々である。

 なにせ勇者リリス様が直々に捕らえ、押収した装備品だ。危険な呪物として、厳重に封印されているはずだ。

 もしかすれば、装備品の方は完全に破壊されてしまった可能性もあるが……少なくとも、レムだけは封印状態にあることは、呪術の繋がりから分かっている。たとえ装備全ロスト確定だったとしても、レムを解放するためだけに奪還作戦を僕はやる。


「しかし大聖堂といえば、敵の本丸。そう易々と侵入はできないのでは」

「うん、だからそのための仕込みを、これから本格的に始めるつもり」

「ほほう、すでに策はあると」

「ただの正攻法だよ。侵入ルートを確保して、警備の目を逸らし、倉庫を破って回収。そして脱出する」


 色々と考えはしたけれど、やはり自ら奪還しに行くのが確実である。

 下手に買収なんかで内部の人間に回収を任せた場合、失敗すると相手の警戒が跳ね上がる。僕の大事なレムと装備を、他人任せってのも不安だし。

 だから一番大事なとこは、自分でやり遂げるつもりだ。


「レムは大聖堂の地下から入るダンジョンエリアにある、『清浄殿』ってとこに封印されている」

「ふむ、解呪をする清浄殿は表にあったと思うがのう」

「それは一般向けの施設だね」


 ジェラルドも当たり前に知っている清浄殿は、パンドラ聖教においては呪いを解いたり、お祓いをしたり、といった悪いモノが憑いた品々、あるいは人に対処するための施設だ。大きな教会や聖堂には併設されてるのが普通だという。


 勿論、聖教の総本山たるシグルーン大聖堂には、それはもう立派な清浄殿があり、首都のみならず、方々から救いを求めてやって来る者が絶えない。そういう一般人をお相手するのが、地上にある清浄殿だ。

 そして地下のダンジョンを利用して設けられた清浄殿こそ、本当に危険な呪物やら何やらを封印しておくための、牢獄となっているのだ。


「なるほど、強力な悪しきモノを浄化するため、長い封印を経て力を弱めるのは道理でございますね」

「そう、僕の『呪術師』の肩書にビビって、確実に浄化するために封印しているはずなんだ」


 レムは本物の呪術だけど、装備の方は曰くはついてるけど、特に呪いって感じはないんだけど。別に触っただけで発狂するとか、そういう効果は全くないし。ちょっと残留思念的なモノを感じるくらいなものだ。


「この地下の方の清浄殿への侵入ルートは大体見えている。次にするべきは、警備の目を逸らすこと」

「つまり、派手な騒ぎを起こそうってワケじゃな?」

「そういうこと」


 ゴーマ王国の強攻偵察の時は大火事を起こしたが、流石に警備も防火も万全な態勢であるシグルーン大聖堂に、同じ手は通じないだろう。

 今回は違ったアプローチで騒ぎを起こし、そっちに注目が行くように仕向けるつもりだ。


「で、そのために本物の僕が必要な段階なのさ。早速、今夜から行ってくるよ」

「どちらへ向かわれるのですか?」

「ちょっと娼館で人気の嬢に会いに行くのさ」




 ◇◇◇


 それは、小太郎が奴隷としてニューホープ農園へと売り払われた頃のことである。シグルーン大聖堂では、小太郎が暴れた後始末の一つが、行われていた。


「これより皆様にご覧いただきますのは、三つの呪物」


 白い法衣を纏った男が、さながらサーカスの司会が如く口上を述べる。


「何れも、勇者リリス様よりお預かりしたモノにございます」

「あの異邦人の呪術師が使っていた杖、か……まったく、あの時は生きた心地がしなかった」


 その威力を目の当たりにしたのは、この場では最高位にある大主教だ。

 勇者が脱したにも関わらず、アルビオン大迷宮に居座った生き残り。女神エルシオンに反旗を翻す危険分子と見て、シド大司祭が主導して転移の罠に嵌めたものの……聖堂騎士はあっけなく蹴散らされ、あまつさえ万全の守りを誇るはずの観覧席コントロールルームにも攻撃を受けるという事態に陥った。


 勇者リリスが早々に捕縛に動かなければ、一体どれほど被害が拡大したか。

 正直なところ、大主教はあの呪術師に関わり合いなど二度と持ちたくないと思っていたが、今回は自分の職務に含まれる。嫌でも顔を出さないワケにはいかなかった。


「マクドガル大主教におかれましては、これらのおぞましき呪いの力をすでにご覧になっておられるようですが……どうか今一度、ご検分のほどを」

「うむ、分かっておる。早速、始めてくれ」


 かしこまりました、と恭しく頭を下げてから、司会の男は小さく合図を出した。

 すなわち、実験開始の合図だ。


 観覧席が見下ろすのは、小さな闘技場のような円形のステージである。出入口は一つきりで、他にはこれといった装飾もない、殺風景な空間。されど、堅牢無比なダンジョンの一角でもある。


 そんな場所に入って来たのは、一人のディアナ人。

 元は戦士だったのか、若く精悍な男である。少なくとも、過酷な奴隷生活を長く続けて、疲弊しきった様子はない。心身ともに健康体。


「さぁ、その杖を手に取れ」


 司会の男の声が、円形ステージに響く。ディアナ人の男の顔には、不安感がありありと浮かんでいるが、その言葉に逆らうワケにはいかないようだ。

 意を決したように、ステージの中央に設置されていた台座に置かれていた、一本の杖を手に取った。


 それは杖というよりは、骨である。杖の柄を形成する連なった長い白骨は人の背骨のようであり、その先端に嵌められているのは無論、煌びやかな宝玉などではなく、おぞましい異形の頭骨――――


「うわっ、なんだコレぇ!」


 男の悲鳴が円形広間に響いた。

 彼が骨の杖を握った瞬間、赤々とした触手が噴き出た。それは蔓のようであったり、タコ足のようであったり、あるいは無数の関節を伴ったムカデのようであり……多様な特徴を持った様々な触手が、柄から生え出て男の腕に絡みついた。


「はっ、離れろぉ! やめっ、ぎゃぁあああああああああああああああああああ――――」


 一度、腕に食らいついた触手は、加速度的に数と量を増やし、あっという間に男の全身を飲み込んでいった。

 悲痛な絶叫が響き渡るも、すぐに収まる。そもそも叫んでいられる状況では無くなったのだ。


 そうして、しばし触手の塊がモゾモゾと蠢いていたが、ほどなくして一本、また一本と解かれてゆき……最後の触手が杖の内へと消え戻った後、そこには人間一人どころか、髪の毛一本、血の一滴さえも残らず消え去っていた。


「如何だったでしょう。凶悪な人喰いキメラが巣食う杖『無道一式』でございます」

「なるほど、ああして獲物を喰らい、自らを継ぎ足してゆくというワケか」


 惨殺死体どころか血の跡さえも残らない空間を前に、おぞましいモノを見たとばかりに息を呑む面々の中で、その杖が振るわれたのを実際に目にしたことのあるマクドガル大主教は、冷静にその性能を検分していた。


「はい、アレは人も魔物も区別なく、何でも喰らう大喰らいの杖。ただ杖を握るだけで、この有様です」

「だが、あの呪術師は平然と行使していたようだが」

「杖の製作者だからこそ、自分は喰われないよう制御しているのでしょう。むしろ、自分以外が持てば喰らうような、防衛術式が組まれているやもしれません」

「ふむ、そこまでは調べがつかぬと」

「ええ、触れるだけで触手が襲い掛かってきますので。詳細な調査となれば、術者も命懸けとなりますが……人材を融通していただけるのならば、喜んで調べ尽くしましょう」

「いや、この杖の危険性は十分に分かった。貴重な人命が失われるリスクは負うべきではないだろう」

「はい、人の命とは、何にも代えがたい尊いものですから。安全第一ということですね――――それでは、次の呪物に参りましょう」


 そうして、再び先と同じようなディアナ人の男が舞台へと上がって来る。

 呪物の効果をその身でもって確かめるための、実験動物として。


「これはまた一段と、禍々しい杖だな……」

「こちらは『亡王錫「業魔逢魔」』という、強力なゴーマの魔術師を用いて作られたものでございます」


 人喰い杖も大概だが、こちらは更におぞましいデザインとなっている。なにせ杖の中核ともいうべき部分として、ゴーマの亡骸がほぼ丸ごと露わになっているのだ。杖というよりは、磔で処刑した十字架をそのまま振り回しているに等しい。

 そのゴーマは大部族を率いる王であったのか、髑髏には皮肉のように壮麗な黄金の王冠が被せられたまま。

 マクドガルも大主教という地位にまで昇り詰めるまでの間に、様々な邪悪なモノを目にしてきたが、これほど見るからにおぞましい造形はそうそうありはしない。


 嫌な予感しかしない、と思いながらディアナ人男が杖を手に取る様子を眺めていれば……結果は案の定であった。


「ふうっ、う、ぐぅうう……ォオオオオオ……ニンゲァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 突如として正気を失ったように絶叫する男。

 だが驚くべきは、健康体ではあるがただの村人に過ぎない何の力もない男の身から、にわかに濃密な黒い魔力が迸ったことだ。

 一見して分かる、闇属性の魔力。それも、かなり悪質に変異している。この状態の魔力は、アンデッドモンスターの中でも特に危険なモノが放つような魔力の質であった。


「ゴーマの悪霊そのものだな」

「ブェーグンザァ! グダルギッ、ズダッ、アンギィドバァアアアアッ!」


 狂ったように叫ぶ言葉は、さながら本物のゴーマのように意味不明。だが言葉の意味など分からずとも、聞くに堪えない罵倒を叫んでいることは分かる。

 悪霊にとり憑かれ発狂、というのは呪物の効果としてはメジャーなものである。しかし恐るべきは、狂った身に宿る恐ろしい魔力の方だ。


「ドォゴダァ……ノロイニンゲン……呪ノ御子ォ……」

「むっ、これはいかん、止めろ」


 ひとしきり絶叫した後に、男はゴーマの杖を大きく振り上げた。その瞬間、魔力が魔法として形を成してゆくのをマクドガル大主教は瞬時に察した。

 しかも、ゴーマの悪霊が宿った男の目は、明らかにこちらの隠されているはずの観覧席を見ていた。

 このままでは前回の二の舞だと、即座に停止命令を発す。


 ドパァン――――


 小さな爆発音と共に、ゴーマ杖を握った男の体は四散五裂した。

 呪物に触れさせる実験動物なのだ。発狂しどんな暴走をしでかすか分かったものではない。そういった際に、即座に無力化できるよう、首と手足に爆破する魔法を刻み込んであるのだ。

 乗っ取った人間の体でも平然と大魔法を行使しようとした強大なゴーマの悪霊も、人体そのものが壊れれば、維持できないようだった。

 首と手足が吹き飛んだ惨殺死体と化した男と共に、ゴーマの杖もただの杖に戻ったように、血だまりの中に転がった。


「どのような魔法を行使するか観察する、絶好の機会だったのですが。残念です」

「安全には代えられないのでな」

「では、こちらの杖の調査も」

「無論、却下だ」


 残念です、と心から惜しそうに言いながら、司会の男は最後の呪物の紹介に移った。


「こちらは『小鳥箱』でございます」

「ふむ、杖では無いようだが……ただの箱でもないのであろう」


 ゴーマ杖と死体だけ片づけられた後、血糊が残る舞台の上に現れたのは、小さな黒い金属の小箱。

 見るからにおぞましい形状をした先の杖とは異なり、見た目だけなら何の変哲もない、工房にでも転がっている資材か何かのように飾り気のない箱である。


「この『小鳥箱』は、最も取り扱いに注意すべし、と勇者様よりご助言をいただいております」

「なんと、それほどのモノとは。一体、どのような効果が?」

「こちらの鑑定だけでは、何も。ただの黒い金属の箱としか――――ですが、勇者様も一目を置く、呪物であることに違いはありません」

「ならば人が手にしてどうなるか、見るより他は無いという事か」


 本当に大丈夫か、と若干の不安感を抱きつつも、最低でも人が手に取ってどんな効果が発揮されるかは確かめなければならない。

 何もせず放置、という選択は取れず、マクドガル大主教は改めてこの場の万全な警備態勢を確認した上で、実験の開始を承認した。


「それでは始めましょう」


 どこかウキウキしたような気配が隠せない司会の男の指示に伴って、三人目の犠牲者となるべきディアナ人がステージへと上がって来た。

 今度は若い女である。少女と呼ぶべき年齢で、肌艶もよい健康体だと分かる。

 しかし派手に血糊が残るこの場には、青い顔をして怯えており、立ちすくんで中々進んでいかなかった。


「早く箱を取れ。さもなければ、お前の首が飛ぶぞ」


 司会の男がそう声をかけて、少女は慌てて動き出し、設置された箱をその手に取った。

 そして、そのまま静寂が支配するだけとなる。


「……何も起きないようだが?」

「そのようですねぇ」


 どんな発狂ぶりを見せつけるか、と期待感の籠った目で司会の男は眺めていたが、あまりにも何も起こらない様子に、拍子抜けといったように同意の言葉を口にした。


「よし、箱を置け」


 これでそのまま手放せば、何の呪いも発現しなかった、ということになる。

 どの呪物も基本的に、一度でも手に取れば、それを離さないものだ。手放してしまえば、手にした人物を操れなくなるので、当然の原理でもある。

 故に、手に取って、何の抵抗もなく手放すことができれば、少なくとも触れるだけで危険性は無い事の証明になるのだが――――


「ぴっ」


 それは、小鳥のさえずりのような、甲高い声だった。

 箱を両手で握りしめたまま、少女がさえずる。


「ぴっ、ぴっ、ピィイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 やはり発狂していたか、と思った瞬間、視界が赤く染まった。


「うわぁっ!?」

「なっ、何事だっ!?」

「非常灯に切り替わっている! こんなことは一度も――――」


『不正なアクセスを確認』


 赤々とした非常灯の光に切り替わった観覧席に、ダンジョンの管理システムが事態の答えを示した。

 マクドガル大主教は、『不正なアクセス』という意味を瞬時に理解し、冷や汗を流した。これは先のゴーマ杖よりも、さらに危険な事態だと。


「今すぐ殺せ! 爆破せよ!」

「はいっ!」

「くぴぴっ、ぴぃちぃぁあああ」


 間違いなく起動した首と手足の爆破術式。確かな反応はあるはずなのに、ピーピー鳴いて少女は笑い続けていた。


「そんな、爆破を解除したのか……こんな一瞬で……」

「聖堂騎士、突入! すぐに女を殺すのだ! 箱には決して触れぬよう!」


『不正なアクセスを……シンクレアコード、確認……認証中……コード認証、3%……5%……』


「早く殺せぇ! システムが乗っ取られたらお終いだっ!!」


 非常灯が照らす中、マクドガル大主教の悲鳴のような命令が響き、万一に備えて待機していた聖堂騎士が、一気に舞台へと雪崩れ込んだ。

 今まさに、彼らを投入するにたる、万が一、の事態が起こってしまったのだ――――


『――――認証、中断。非常警報を解除いたします』


 そのシステムボイスを、マクドガル大主教は天のお告げが如き心地で聞き入った。

 再び平穏な白い光に包まれた観覧席に戻り、ようやく安堵の息を吐きだす。


「これは勇者様も警告なされるわけだ……よもや大迷宮の中枢に触れることのできる力を持っているとは」

「マクドガル大主教、今のは一体どういう呪いだったのでしょうか」

「恐らく、あの『小鳥箱』とやらには『賢者』の魂が封じられている」

「何と、『賢者』の!?」

「『賢者』の力が大迷宮を動かす、というのは知っていよう。あの呪術師は、自ら倒した賢者を使って、その力の一部を我が物としたに違いない」

「おおおっ、そのようなことが……」


 大迷宮の支配権という、アストリアという大国の根幹を成す力に、介入できる呪物。間違いなく、今までで最低最悪の存在だ。

 そんな歴代最悪の呪物と、ソレを作り出した呪術師について、マクドガル大主教の決断はすぐに下った。


「清浄殿管理長、フラバール司祭長に命ずる。『呪術師』モモカワコタローより押収した装備の全てを、清浄殿にて最厳重封印指定とする」


 マクドガル大主教は、シド大司祭から報告は受けていた。アルビオンを征した呪術師が生み出した呪物は、何れも危険な品々。最低でも厳重封印以上の処置を取るべしと。

 その判断を頭から疑っていたワケではないが、自らも責任ある立場として確認するべく、今回の検分に臨んだが――――こんなことになるならば、大人しく何もせずさっさと清浄殿へとぶち込んでおけば良かった、と大主教は後悔した。


 なにせ、何の力もないただの少女が、『小鳥箱』を手にしただけで、何人もの騎士を殺し、ダンジョンの管理権限の一部を掌握する寸前まで行ったのだ。一歩間違えれば、この区画を丸ごと破棄するほどの大損害を被ったかもしれない。

 聖堂騎士の中でも精鋭と呼べる人材を揃えていたからこそ、最低限の犠牲で速やかに始末することができた。

 これは興味本位で触れるには、あまりにも危険な品。

 そして、こんな忌まわしき呪物を生み出した呪術師。そんな者が身に着けていた全ての物品に、どんな呪いが込められているか分かったものではない。一見、ただのマジックアイテムに見えても、その本質は分からない。


 鑑定の魔法や加護でも、見抜ける質に限界はあるのだ。特に呪物に関しては、鑑定が通りにくい性質もある。

 触らぬ邪神に祟りなし……パンドラ聖教においても、明らかに危険と分かり切っているモノは、触れずに封印するのが最善とされている。


「ははっ、ご命令しかと承りました」


 そうして司会の男こと、清浄殿管理長たるフラバール司祭長は、呪術師モモカワコタローと、それに関わる全ての品を、一括で最厳重封印とする命令を受諾した。


 今日は散々な思いをした、とマクドガル大主教を筆頭にこの場にいた高位司祭達が退出した後、フラバール司祭長は溜息を吐いて、呟いた。


「やはり、全て勇者様の仰られた通りになりましたか」


 勇者リリスはこれらの装備品をフラバールに預ける際に、危険な呪物だから必ず全て封印措置をすることになる、と言っていた。それは命令ではなく、あくまで予測の口調で。

 これらをどうするかは、あくまでこちらが決めること。迂闊に命令権を行使しないリリスの気遣いであるのだが……フラバールとて聞いたことがある。勇者が言う「こうなるだろう」や「こうした方が良い」という言葉は、外れたことがないと。


 ならば、彼女が続けたその言葉もまた、最も強い女神の力を授かりし勇者の予言と言うべきなのだろう。


「シグルーンに騒乱が起これば、その機に乗じて呪術師が取り戻しに来るかもしれませんよ。その時は、よくご注意を」

 2026年1月2日


 新年あけましておめでとうございます!


 年明け早々、風俗店に行く宣言の主人公。今まで言及は無かったですが、呪物装備はちゃんと呪いの武器化してます、ということが明らかになったかと思います。

 他人が握れば大暴れするのに、小太郎が握った瞬間シーンと大人しくなるの、やっぱこれもう真の仲間ですね。


 それから、地味に分かりにくい設定に関する説明。

Q 小太郎は公式に超絶美少年になったんですか?


A 超絶美少年に見えるのはディアナ文化です。


 というワケで、一応、小太郎は絶世の美貌ではない、という当初の設定は継続しています。正直、余裕で美少年の部類だけど、目立つ感じでは無かったということで。

 なので、外伝のように化粧をすると化ける。化粧しなければ、そこまで、くらいの微妙な感じをイメージしていただければ。


 その設定を継続しているつもりなので、現代日本の美的感覚のクラスメイトと、アストリア人からすると、小太郎は生意気そうな顔のガキ、に見えます。アストリア人のキャラも、小太郎に対して幼い容姿という認識はありますが、飛び抜けて美しい、という感想はありません。書いてない、はず。


 一方、ディアナ人からすると、小太郎の容姿は歴代最高クラスの、エキゾチックでミステリアスな御子に相応しい神秘的な美貌、に見える美的感覚です。

 前話に小太郎の美貌が絶賛されているのは、リザの贔屓目を抜きにしても、一般的なディアナの美的感覚からしても当然の感想、ということになります。小太郎は目覚める前から御子扱いをされていたので、ディアナ人達が自分を特別扱いで見る目は、御子という身分ありきと思っていて、ディアナの美的感覚については、話半分くらいに聞いてるだけでちゃんと理解していません。

 要するに、刺さる人には刺さる容姿、くらいの認識でお願いします。


 それでは、今年も『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
さて。レムは何処に??
こんなヤバい呪具だったんだ。
アストリアからすればこんな呪物をポンポン生み出す小太郎は邪神や祟り神みたいなものですね。既に一回トラウマ植え付けられたのに、このタイミングで大主教として件分に参加させられるマクドガルさん憐れ(笑) …
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