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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:奪還作戦
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第477話 双葉、クラン辞めるってよ(1)

 吸血鬼のせいで台無しとなった迷宮演習を終えてから、数日後。クランハウスのエントランスはちょっとした騒ぎになっていた。


「こんな朝から、どうしたんだ? 随分と人が集まっているけれど」

「なんかねー、有名な先輩が帰って来るらしいよ」


 と、すでに一通りの情報を集めてきてくれた夏川さんに、俺は事情を教わった。

 なんでも『勇星十字団ブレイブクロス』でトップクラスの実力を持つ団員が、遠征からちょうど帰って来るところなのだとか。それも二人、というか二組というべきか。

 一人は北の大迷宮、もう一人は南の大迷宮へ、それぞれ数か月間ものレベリングに赴いていたという。


「へぇ、どんな人なんだ?」

「みんな、見たらすぐ分かるって」


 そんなに特徴的な人なのか。誰もが揃ってそう口にするということは、それだけインパクトのある人物なのだろう。

 さて、ちょっとした期待感と野次馬根性で、俺と夏川さんはこの場で駄弁りながら、噂の先輩団員の帰還を待つことにした。

 すると、程なくして仰々しい馬車の列が現れた。

 先頭を行くのはトリケラトプスみたいな大きな地竜が引く竜車で、『勇星十字団ブレイブクロス』の紋章と共に、赤い国旗も掲げられている。


「お帰りなさいませ、ライバック殿下!」

「うむ、出迎えご苦労」


 竜車から降りてきた男はデカかった。

 正しく筋骨隆々の大男といった風情。身に纏った筋肉の鎧で、スマートなデザインの白い制服も膨れて見える。

 俺も長身の部類に入るし、鍛えてもいるが、この男は縦にも横にも二回りは大きく見えるだろう。龍一も超える身長と体格、恐らく2メートルを超える上背だ。

 そういえば2メートル超えの巨漢は、黒高の四天王にもいたが、アイツは如何にも力こそパワーの筋肉バカだった。顔もゴリラの方がIQ高そうな面構えだったし。

 しかしこの男は、ただデカいだけの力自慢では無い。

 出迎える幾人もの団員を前に、殊更に偉ぶるわけでも、さりとてへりくだるでもない、実に自然体で彼らの前に立っている。その立ち姿だけで、王者の風格というべきものを確かに纏っていた。


「なるほど、彼が『ヴァルカニア』の王子か」


 アレンから噂だけは聞いていた。自分の他にももう一人、三公国の王子がいると。それがノア三公国の中でも最大の版図を誇る『ヴァルカニア』の第一王子。

 その名は、ライバック・フル・バーンズ・ヴァルカニア。


「おい、そこの――――お前が噂の新勇者だな」


 そのまま出迎えと車列から降りてきた団員を引きつれ歩き去って行くかと思われたが、ライバック王子は目ざとく俺を発見し、声をかけてきた。


「ああ、その通りだ。初めまして、俺は『勇者』蒼真悠斗」

「ふっ、このアストリアで恥ずかしげもなく『勇者』を名乗るとは」

「女神様から授かった天職だ。恥じ入る方が失礼だろう」

「然り、天職とは神より授けられし神聖な使命。存分にその名を誇るがいい、『勇者』ソーマ」


 獅子の鬣のような真っ赤な髪に、ギラギラ輝く黄金の瞳が、俺を上から見下ろしてくる。掘りの深い強面は、王子というより若き王という方がしっくりくるほどの威厳があり、同時にそれだけの圧もある。

 差し出された巌のような手を、握らない選択肢は無い。


「俺は天職『王』ライバックだ」

「よろしく」


 握手した瞬間、案の定、万力のような、というにも生易しい凄まじい力で握り込まれる。

 けれど、俺も道場の息子。武術の精神だの心技体がどうだの言いつつも、この道の奴らは結局、強さこそが正義である。

 だから慣れている。むしろ握手という、俺でも慣れ親しんだ挨拶の形式で助かった。ちゃんと爺ちゃんから、こういう時の礼儀は叩き込まれているから。


「むっ」


 僅かにライバックの不動を思わせる体が揺らいだ。ほんの少し肩が斜めに下がっただけで、その動きを不審に感じた者は誰もいないだろう。握手をした当人を除いて。


「見た目通り、凄い力だ」

「ふっ、なるほどな。『勇者』である前に武人であったか」


 握手で力をかける相手を崩す技を使ったのだが、ライバックは倒れるどころか姿勢が崩れるよりも前に、踏ん張って耐えていた。この手の技を初見でかけられれば、大抵は力の流れが読めずに引き倒される一方なのだが、コイツは瞬時に術理を見抜いて抵抗した。

 その剛力よりも、反射と対応力こそが高い。


 さて、こんな小細工みたいな技を使った俺に、ライバックは怒るでもなく、どこか満足気に武人と言い放った。どうやら、少しは俺の実力を認めてくれたようだ。

 と、お互いにイイ感じに挨拶ができたところで、


「あらあら、このワタクシを差し置いて力勝負だなんて。無粋な催しですこと」


 このワタシクってどのワタクシだよ、と思ってやけに圧のある女の声の方を向けば、そこにあったのは巨大な……あまりにも巨大な胸だった。


「っ!?」


 先にも述べたが、俺は高身長な方である。女子を相手に見下ろすのが普通で、見上げることなど子供の頃しか無かった。

 そんな俺が真っ直ぐ前を向いて見えるのが、胸。桃川なら一も二もなく飛びついて行きそうな、規格外サイズの上半身である。

 顔が見えない。俺の目線の高さでも胸しか見えないのだ。

 その身長たるや、堂々たる巨漢のライバックすらも遥かに凌ぐ……もしかして、巨人族の人とかいたりする?


「ふん、出たなデカ女」

「相変わらず、レディに対する扱いがなっていませんわね、ヴァルカニアの子猫ちゃん」


 それは確かに、獅子のような大男のライバックを指して子猫と言えるだけのデカさがあった。

 目測で2メートルの半ばを超える、凄まじい高身長。確か地球でも、3メートルに迫る背の高さの人は実在したと思うが……この女性はただ大きいだけでなく、その高さに見合った体格も併せ持っていた。


 言うなれば、学園時代の双葉さんみたいな体型。彼女も女性としては抜きんでた高身長と体格の持ち主なのだが、それが2メートル半ものサイズとなれば、その存在感はゴグマ級である。


「そして、貴方が『勇者』ソーマユート、ですわね?」

「あ、ああ……初めまして。良かったら、名前を聞かせて貰ってもいいかな、お嬢様」

「まぁ、異邦人と聞いておりましたが、しっかりと礼儀は弁えているようですわね。どこぞのドラ猫と違って、ねぇ?」

「ふん」


 と、当てつけのようにライバックを睨んでから、彼女はその巨体でも優雅なお辞儀を披露してくれた。

 俺がお嬢様、なんて呼んだのは決して皮肉でも何でもなく、彼女の顔を見ればそれ以外の表現が思い浮かばないからだ。

 何故なら、溢れ出るほどのボリュームがある、それはもう見事な金髪の巻き髪ドリルがそこにあったから。


「私はヴィクトリア・ポラリス――――」


 アストリア北部に広大な領地を持つ大貴族、ポラリス辺境伯のご令嬢という肩書を聞いて、誰もが納得する風格と出で立ちである。

 空のような青い瞳に、力強い太眉の目元は凛々しく、意志の強さが際立つ。少々、濃い目の化粧も、目鼻立ちのハッキリした彼女には似合っていて、何より目立つデッカい金髪ドリルに相応しい容姿となっている。

 そんな華麗な容姿を誇る彼女は、この洒落たデザインの白制服も見事に着こなしていた。特大サイズで今にも弾け飛びそうなほどパツパツになっていても、何故だかやたら決まっているように見えるのだ。


 と、凄まじい巨躯の本物の辺境伯令嬢を前に圧倒されそうになるが、辛うじて冷静さを保ってくれている頭は、気になる部分をきちんと判別していた。


「ポラリス辺境伯と言えば……吸血鬼騒動の」

「ええ、例の『真血党』なる輩が狼藉を働いたのは、他ならぬ我が辺境伯領なのですわ」


 やっぱり、最初に『真血党』の被害が出た地域である。

 そうか、北に広い領地があるから、エルドライヒと同様に、ヴァルカニアとも国境を接している。だからヴァルカニア王子のライバックと面識もあるし、ついでに確執のようなものもあるのだろう。


「この度は、シグルーンにも出没した吸血鬼を狩っていただいたようで。新たな勇者様に相応しいご活躍、誠に天晴。そして我が領地を荒らした不届き者を誅したこと、心から感謝いたしますわ」

「いいや、俺は大したことはしていない。感謝をするなら、双葉さんにしてくれ」

「うふふ、『狂戦士』の噂も存じておりますわ。吸血鬼の群れを単身で薙ぎ払う、とても強く大きな女性であると……私、会うのがとても楽しみでしてよ」


 いやぁ、流石にヴィクトリア嬢と並べば、あの双葉さんでも小柄に見えてしまうだろう。もしかすれば、純粋なパワーでも彼女は『狂戦士』に匹敵するかもしれない。

 この大きな体は伊達ではないと、こうして目の前に立っているだけ十分に理解できる。


「それでは勇者様、ごきげんよう」


 そうして、ヴィクトリアとライバックはそれぞれの従者を伴ってエントランスを去って行った。わざわざ図ったように、別々の方向へ向かって。


「はぁー、なんか凄い人だったねぇ」

「夏川さん、こういう時に全力で気配殺すのどうかと思うんだが」

「にはは、どっちもお目当ては勇者の蒼真君なんだから、私は大人しく引っ込んでる方がいいかなって」


 全く悪びれずにそう笑う夏川さんと言葉を交わして、俺はようやく圧の強い先輩二人から解放された安堵感を覚えたのだった。




 ◇◇◇


 その後は、ここ最近ではすっかり慣れたクラン生活である。


「大丈夫か、ソーマ。ポラリス令嬢と会ったのだろう」

「ああ、ちょうど帰って来たところに出会ってな。ただ挨拶をしただけさ」

「心配したぞ、彼女に無礼を働いて潰される新人は珍しくないからな」


 強いて言えば、フレイアからそんな心配をされたくらい。

 全く、俺は強いと見れば誰でも腕試しに挑むほどの節操なしではないというのに。見当違いも甚だしい……とは言え、調子に乗ってヴィクトリアのデカさを茶化したり皮肉ったりするような輩がいるのも、事実であるらしい。

 無論、彼女に失礼を働いた奴の末路など、物理的に潰されるしかないわけで。俺も爺ちゃんには、デカい奴に無策で挑むな、と良く言われたものである。


「フレイアこそ、どうだったんだよ。勇んで挑みかかったんじゃないのか?」

「それは……まぁ、彼女とは以前から面識があったからな。クランで会った時も、私なら必ず入団すると思っていた、と歓迎してくれたよ」

「へぇ、知り合いだったのか。辺境伯のご令嬢と? やっぱりフレイア、ただの騎士家の出なんて――――」

「よせ、詮索するな。このクランにいる限り、私はただのフレイアなのだ」

「そうか、ごめん。事情があるなら、もう聞いたりしないよ」


 そんな話をしつつ、俺達は剣士系の天職を中心とした剣術の鍛錬に少々の座学をこなしていく。それだけで午前中の時間はあっという間に過ぎ去り、腹の虫が元気に鳴く昼時となった。


「悠斗君、お昼一緒にいいかしら」

「ああ、委員長。勿論」


 最初の頃は警戒心が先立ってずっと一緒に行動していたが、今や委員長はクランでも委員長ポジションとなっている。必然的に、新団員達との交流も増え、いろんなところに呼ばれたり、顔を出すようになっていた。

 なので今日は、ちょっと久しぶりに一緒の昼になる――――


「ごきげんよう」

「おっ、やっと来たな、ユート」

「アレン、お前と違って勇者は真面目に鍛錬に汗を流してきたようだぞ」

「いやぁ、今日は気分じゃなかったっていうか」


 案内された席には、濃い面子が揃っていた。

 食堂に入った瞬間まず真っ先に目に入るのは、最大サイズのヴィクトリアお嬢様。

 次いで、気軽に声をかけてくる、すっかり馴染みとなったアレン。

 そしてアレンに気安く話しているライバック。

 つまりアストリアの北を守るポラリス辺境伯のご令嬢と、国境を接するエルドライヒとヴァルカニアの王子様が一つ所に集まっているワケだ。


「謀ったな、委員長」

「人聞きが悪いわね。全員に都合がいいよう、セッティングしただけのことよ」


 いけしゃあしゃあと、桃川のようなことを言う委員長である。

 記憶の改竄を受けていても、経験は心にも体にも根付いているということなのか。この席は明らかに委員長が意図して集めたに違いない。無論、『勇者』である俺も含めて。


「そう警戒しなくてもいいじゃない。『勇者』の悠斗君には、色々とお誘いも多いから。変に角が立ったりしないよう、気を遣ってこの場を設けたのだから」

「お誘いって、俺は特に誘われた覚えはないんだが」


 特にヴィクトリアとライバックは、間違いなく今日が初対面である。アレンに至っては、特に迷宮演習以降は普通に友達付き合いといった感じなので、流れで昼を一緒にしたこともすでにある。


「大して面識もないのに、いきなり悠斗君を直接誘ったりしたら、露骨に接近してるように見えちゃうでしょ。だから皆『変な誤解』は招かないよう、私を通して上手い具合に場を整えるってワケ。ほら、この国には普通に王侯貴族がいるんだから、色々と気を遣うところが多いのよ」

「な、なるほど、そうだったのか……」


 俺は色んな人に気を遣われて、今の生活があったのか。常に警戒はしていたつもりだが、そっち方面のことは全く頭に無かったな。

 そして俺が間抜けにもそういう環境に気づかぬ内に、委員長は早々に慣れて、クランの中でも名の通った者を集めた、会食を企画するほどの行動力を持つに至った、と。

 全く、俺は本当に剣を振るしか能がないな……


「ほら、変に落ち込んでないで、早く座って。今日は双葉さんに頼んで、特別にコース料理を用意してもらっているんだから」


 委員長、そこまでやるか……想像以上の手際が発揮され、随分と仰々しい会食が始まった。


「あら、これは……結構な御手前ですわね」

「おおー、フタバちゃん今日はマジで気合入ってんじゃん」

「なるほど、これは評判になるわけだ」


 どうなることかと思ったが、いざ双葉さんの料理が運ばれてくると、皆がその美味に舌鼓を打った。無論、彼女の料理の味を知っている俺と委員長も。

 そもそも、お偉いさんに提供するコース料理、なんて最も手の込んだメニューをダンジョンサバイバル時代にやるはずもない。本気だすとこれほどのものになるのか、と思うと同時に、同じ高校生なのに何で如何にも高級そうなコース料理を一人で作れるんだ、と彼女の料理スキルに驚かされる。


 ともかく、美食には慣れているだろう王子様とご令嬢まで唸らせる料理の数々は、この上なく雰囲気を良くしてくれた。

 お陰様で、会食は俺の不安に反して実に和やかな流れとなっている。


「――――そういう感じで、コイツは本当に噂に覚え聞く異邦人だなって、しみじみ思えるね」

「仕方ないだろ、今まで暮らしてきた所とは、何から何まで違う世界に来たんだから」

「その割りには、リョーコさんは随分とこちらの作法にも馴染んでいるご様子……そちらの世界では、さぞ名のある家柄のご出身ではありませんの?」

「私は普通の庶民に過ぎないわ。世界が変わっても、人はそう変わらないもの。みんな良い人達ばかりだから、私達も快く受け入れてもらえただけのことよ」

「ふむ、『勇者』の傍には『賢者』が控えると相場は決まっているが……すでに賢者を従えているとはな」

「いや、委員長は『氷魔術師』だけど」

「はぁ、ユートお前さぁ……」

「苦労が忍ばれますわね、リョーコさん」

「悠斗君はこれでいいのよ」


 俺は当たり前のことを言っただけなのだが、何故だか俺が分かってないみたいな扱いに。解せぬ。

 小鳥遊さんとあんなことがあったんだ、天職『賢者』の奴とは絶対に近づきたくない。


 そうして、話題は俺達の異邦人文化やこっちでクラン生活を始めた頃のことが中心で進んだ。この辺は流石に、ヴィクトリアとライバックは先輩らしく、色々と細かい部分を教えてくれた。

 それから、俺としては気にするべき点として、パンドラ聖教への信仰について探りを入れてみた。幸い、どんな神を信仰しているか、を聞くのは無礼ではなく自己紹介の上ではごく普通の話題とされているので、堂々と聞いても警戒されたりはしない。

 結果としては、ヴィクトリアもライバックも自分の天職を司る神を信仰しており、聖教の派閥で言えば『戦神派』だと判明。

 天職に嘘はつけないし、二人とも『女神派』とは関係無さそうだとひとまず安心はできる。

 そこを確認した上で、俺はもう一つ気になる、四大迷宮の攻略情報についても聞いてみた。


「よもや『無限煉獄』が階層更新されるとはな。向かうなら南ではなく、西であったか」


 と、後悔交じりに語るのは、南の大迷宮へ遠征していたライバックだ。


「南も長らく、第三階層で止まっていらしたわよね。次代のヴァルカニア公王に攻略の目はありまして?」

「無理だな、あれは興味本位で挑んで何とかなるものではない」


 ヴィクトリアの皮肉げな言葉にも、ライバックは丸太のような腕を組んで、キッパリと言い放つ。


「階層主は遥か海の底。大迷宮の名の通り、次の階層は深海となるに違いない」


 南の大迷宮『深淵深海』。

 広大な海の迷宮で、第一、第二、の階層は海洋諸島といった風情の陸のフィールドがメインだが、第三階層からは洋上での戦闘を求められる海上遺跡になるという。

 まず第三階層を攻略するためには船が必要であり、そうなると当然、攻略準備もより大がかりとなり、莫大な資金がかかる。

 第三階層を探索できるのは、船団を保有できる大規模クランか企業勢くらい。中小クランや個人の冒険者なんかは、大抵はどこかの船団の雇われとなる。


 ライバックは王子様であるが、流石に故国から最も遠い『深淵深海』に船団を用意できるだけの余裕はない。今回、彼はあくまで『勇星十字団ブレイブクロス』の一パーティとして、主要な船団に同行していたようだが……


「水中で息ができる古代のマジックアイテムこそ揃っているが、水中での戦いは地上と全く異なる。よしんば階層主を倒したとて、次なる深海を探索するには、身一つで素潜りのままでは、限度も知れよう」

「難儀ですわね。やはり南はたまのバカンスに訪れるくらいが良いかしら」

「いいよねぇ、ビーチ。俺も浜辺でマッタリする分には大歓迎。で、ヴィクトリア嬢って水着とか持ってんの?」

「無論ですわ。しかし、貴方のような殿方にお見せすることはありませんわね」

「ええぇー、いいじゃんいいじゃん」

「いけませんわ、悩殺してしまいますもの」

「悩殺」


 アレンがヴィクトリアに潰されるかどうかギリギリのラインの弄りをしている一方、俺は真面目に『深淵深海』のことを考えていた。

 ライバックの言う通り、倒すべき階層主が海の底では、そもそも挑戦することさえ難しい。長くここで活動し、水中戦に慣れた者も当然いるだろうが、そういった者でもいまだ攻略が果たされていないことを思うと、ボス自体もかなり強力だ。

 正直、『勇者』の力があっても、そう簡単に海の底のボスを倒しに行けるとは思えない。

 もし本当に予想通りの深海が第四階層なら、探索するには潜水艦でも作らなければ無理だろう。


「ヴィクトリアは北の大迷宮に行っていたんだろう?」

「ええ、ちょっとした里帰りのつもりでしたのだけれど……吸血鬼騒動で大変でしたわ」


 ポラリス辺境伯領はアストリア北部なので、北の大迷宮『白銀王城』は彼女にとっても慣れ親しんだダンジョンである。

 本来はそこの深層に潜って鍛錬が中心となるはずだったが、例の『真血党』が派手に暴れ出し、そしてヴィクトリア自身がその地を預かる辺境伯の娘。これを捨て置くことなどできるはずもなく……結果的に、今回の遠征はダンジョン探索から、辺境伯の依頼クエストを受けるという体での、『真血党』対策に奔走してきたようだった。


「いやぁ、本当に悪いと思ってるよ。連中、どうやってか吸血鬼の固有能力を扱ってるみたいでさ」

「ええ、そのようですわね。何でも、吸血鬼の力に目覚めさせる方法、があるのだとか」

「それが組織の秘密であり、力の源。そう簡単に割れるものではなかろう」

「その通りですわ。ひとまず、我が領地を荒らす不届き物は始末致しましたが……根本的に解決するには、捜査の情報待ちになりましてよ」


 ヴィクトリアも俺達と同じように、後は捜査をするという段階になって引いてきたようだ。

 案の定というべきか、彼女の方でもまだ、大した情報は掴めていないらしい。


「――――さて、デザートも終えたところで、良かったら双葉さんのこと、紹介させてもらってもいいかしら?」


 昼休みの時間もいよいよあと僅か、というタイミングで委員長がそう切り出した。

 なるほど、ここで顔合わせの挨拶も済ませておこうということか。流石の段取りである。


「うむ、構わんぞ」

「是非ともお願いいたしますわ。私、本日のランチは大変満足しておりますの、一言シェフにはお礼の言葉を送りたいところですので」


 そういう流れで、委員長が一声かければ制服姿の双葉さんがやって来た。

 彼女が姿を現した瞬間、朗らかな微笑みを浮かべながらも、ヴィクトリアもライバックも『狂戦士』の力を見抜くように鋭い視線となっている。


「こんにちは、双葉芽衣子です。私の料理がお口にあったなら、何よりです」

「ああ、素晴らしい料理であった。勇者の仲間でなければ、我が王宮に招いていたところだ」

「ええ、どれも素晴らしい一品。その若さで、しかも料理に関わる天職も無しに、これほどの境地に至るとは、驚愕を禁じ得ませんわね」

「うんうん、今日も美味しかったよ双葉ちゃーん」

「ありがとうございます」


 礼を尽くした二人の感謝と、アレンの軽い言葉に、双葉さんは笑顔でお辞儀を返す。

 まぁ、これだけ満足のいく食事が出来たのだ、どう考えても悪い心証にはならない。双葉さんは『狂戦士』と名前だけ聞けば恐ろしい天職を授かっているが、彼女自身はとても心優しい女性なのだ。


「フタバさん、貴女は『ネレイス湖畔』にて、単身で吸血鬼の群れを制したそうですわね」

「それは、みんなも頑張ってくれたから」


 ヴィクトリアは『真血党』の件もあってか、改めて双葉さんに向き直り、そう切り出していた。

 しかし、あの双葉さんが別な女子に見下ろされている、という構図はなかなか凄いな。頭の中でサイズ感がバグりそうである。


「アレらは我がポラリス辺境伯領を荒らし回った賊の一派、それを誅していただいたこと、まずは感謝いたします」

「いえ、急に襲われただけなので」

「吸血鬼は、強かったかしら?」

「うーん、ちょっと力が強くて速いけど、それだけ……あっ、すぐ再生するのは面倒くさいかな。頭と心臓をどっちも潰せばいいから、殺し切るのにちょっと手間なだけで」

「そう……素晴らしい武勇の持ち主ですわね」


 新人とはいえエリートたるジュリアス達を圧倒した吸血鬼を、ちょっとタフなだけの雑魚モンスター扱い。それは決して双葉さんの驕りでも何でもなく、素直な感想である。

 それほどの力を誇る彼女に、ヴィクトリアは何を思ったのか。深く息を吐いてから、その太い眉を大いに顰めて、言い放った。


「フタバさん、『勇星十字団ブレイブクロス』をお辞めになりなさい。貴女は、このクランに相応しくありませんわ」

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― 新着の感想 ―
「よもや『無限煉獄』が階層更新されるとはな。向かうなら南ではなく、西であったか」 あれ、無限煉獄は東のダンジョンでは?
大きいの一人桃川に追加で!
デカい! 桃川特攻現る……! 話の流れ的には次は北かな?
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