第476話 目覚めた双影(2)
「なるほど、結界で分身を保管しつつ、僕らを助けるための救出部隊編成中ってとこ?」
「ちょっと、ウチが説明するとこ無いんだけど!?」
目覚めた瞬間、状況は凡そ理解できた。
恐竜軍団は何れも土精霊ベースで、各属性の光石・光鉄素材を用いることで地属性以外の能力を持たせている。さらには魔導人形まで揃えて、汎用的な人手も確保している。
僕みたいな呪術師でもないのにこんな軍団を作り上げているのは、それだけ杏子が真剣に僕らの救出に臨んでいたからこそだろう。もっとも、目覚めた僕を見つめる杏子の表情だけで、その心中は察するに余りあるけれど。
「とりあえず、この結界はまだ解かない方がいいよ」
「えっ、なんで? もう出ても良くない?」
「リリスにやられた時の反動で、この分身体は術式そのものが崩れかかってる。結界内にいるから、まだ維持できてるけど、このまま喋ってるだけでも消耗してる」
「じゃあ新しいの早く!」
「多分、結界解いたら『双影』を発動させるより前に、この分身消えそうなんだよね……」
もう一体でも、スペアボディを用意しておけば良かったと、心底後悔する。そもそも、この分身がスペアなワケで。スペアのスペア、ってのは流石に僕もいらんだろと思ったけれど……今後は本拠地には複数用意して、非常用として厳重に保管しとかないと。
「どうすんのっ、また小太郎消えちゃったら、ウチもう耐えらんないよ!」
「落ち着いて、ただ話すだけなら消耗も最小限だから。バッテリーある分だけ通話できる、みたいな感じで考えといて」
「うぅ……分かったぁ……」
透き通った琥珀の結晶みたいな結界表面に、涙目でしがみ付いてくる杏子を抱きしめてあげられないのは残念極まるけれど、それでもこの分身はアルビオンの彼女と繋がる奇跡のホットラインだ。僕が帰還するまでの間は、維持しなくてはならない。
「まずは、お互いの状況報告からしよう。ひとまず、本物の僕は今、安全な場所にいるから心配しないでいい」
「うん、うん、良かったぁ……」
現在、僕はつい先ほどニューホープ農園の反乱を終わらせてきたばかりである。とりあえず、目先の活動拠点を手に入れたことで、ようやく落ち着いて連絡もできるかといったタイミングであった。
そんな状況を、女勇者リリスと遭遇してから含めて順を追って説明し、次に杏子から僕が倒れた後の話を聞いた。
やはり状況は僕が察した通りだったが、まさか杏子がここまでアルビオンの機能を駆使し、さらには恐竜軍団を作り上げるほど精霊術の腕を上げているとは。ソロプレイは最高のレベリング環境ということなのだろうか。
いや、今回は追い詰められて奮起したら、たまたま上手くいっただけの結果論である。意外と寂しがり屋なとこもある杏子が、たった一人で挫けずに頑張り続けられたのは、賞賛に値すると同時に、あってはならない悲壮な覚悟でもあったはずだ。
こういう事にならないために、日ごろから最悪を想定した備えをするのが僕の役目なのだが……おのれリリス、アイツ一人のせいで全てがひっくり返されちまった。
「で、いつ帰ってこれそうなん……?」
「正直、まだ帰還の目途は立ってない。ようやく僕も自由に動けるようになったところだから、まずはアルビオンに通じる転移を、他のダンジョンで探すとこから始めないといけないから」
そのために、まずは近場にある四大迷宮の一つ『無限煉獄』の攻略をする予定である。
メイちゃんとレムを失い、装備も奪われた僕は、実質的に裸一貫での再スタートを切らされた状態だ。ダンジョン攻略をするためには、相応の準備も必要となってくる。
やれやれ、またイチから仲間も装備も揃えないといけないよ。
「それ、ウチが迎えに行った方が早くない?」
「僕の分身みたいに、杏子の使い魔って転移先でも自由に動かせそう?」
「んんー、無理ぃ……」
「じゃあダメだ。杏子はアルビオンに残ってくれないと、最悪、全員締め出される羽目になるからね」
女勇者リリスと女神派の勢力を相手取ることを考えれば、この大迷宮アルビオンは絶対に必要な本拠地である。なにせ相手も同じく大迷宮一つを支配しているダンジョンマンスターなのだから。こっちもアルビオンがないと、対等な土俵にも立てない。
アルビオンのダンジョンマンスターは僕だけど、それに次いでメイちゃんと杏子には管理権限を与えている。杏子がいる限り、外からアルビオンにアクセスしてどうこうすることは出来ないはずだ。逆に誰もいなくなれば、紫藤かリリスなら、アルビオンの管理権限を奪い返されるリスクも高まる。
元々、ある程度は奴らの手が及ぶから、このアルビオンがダンジョンサバイバルの舞台になったワケで。
「残念だけど、この崩れかけの分身で定期連絡するのが精々だよ」
「はぁ……そっかぁ……」
あからさまな落胆の表情。けれど、もう絶望するほどではない。
お互いに、無事でいることは分かったし、これからは連絡もつくのだから。
「あっ、そういえばさ、天道達ってどうなったか分かる? 小太郎、そっちにも分身つけたよね?」
「ってことは、天道組って、一度もアルビオンに帰ってないんだ……」
僕が倒れても、天道君達が一度でも戻ってきてくれてれば、杏子も安心だったのだけれど、どうやら音信不通のようだ。
「天道君の方にはリリスにやられたこと伝える余裕も無かったんだよね。だからあっちの分身はそのまま消えたみたいで、僕も動向は全く掴めないんだ」
おまけにレムも封印中だから、完全に天道組との通信が断たれている。
せめて一言でも、勇者に襲われてヤバい、くらい伝えておけば良かったかな。でもあの時は杏子の方に伝えるだけで精一杯だったし……でもどうせリリスに勝てないんだから、諦めて連絡徹底しておけばよかった、なんてのは単なる後悔に過ぎないだろう。
しかし連絡はなくとも、僕が倒れた時点で異常を察して、アルビオンに帰還するという判断を下してくれていれば、とっくに帰り着いていてもおかしくないのだが、
「やっぱり、あっちも無事では済んで無いようだね」
◇◇◇
「――――ったく、こんなノンビリやってていいのかよ、桃川」
キャンプ遊びに来たワケじゃねーんだぞ、とケチをつけながら睨んでくる天道君の後ろでは、今まさにアウトドアを満喫してますとばかりに、グリルでバーベキューをする桃子の姿があった。
「まぁいいじゃん。ここはアルビオン島から直線距離でほぼ最短の上陸地点だし。仮拠点くらい整えておきたいのさ」
感動の旅立ちの日から早くも一週間。黒竜リベルタに乗って直接飛んでアルビオンを出た天道組に、分身の僕も一緒にいるので、これまでの行動は全て把握できている。
まずは事前の偵察の通り、大陸と思われる陸地まで真っ直ぐに飛んできた。それから慎重に周辺の探索と調査を行い、危険度を把握。
実はこの場所が魔王城手前の最高レベルの敵が当たり前に徘徊しているラスダンエリア、みたいな感じだったらヤバいし。ダンジョンの深層でもない、ただの地上だからそんな場所が存在するとは思えないが、そこは念のため。
結果、この辺はアルビオン上層くらいの強さの、野生のモンスターがいる程度の、想定していた通りにごく普通の地域といった感じだ。
こんな当たり前のことを調べるだけでも、ちゃんとやれば意外と時間がかかるもんだ。そりゃあ早くクラスメイトは見つけたいけれど、リスク度外視で突き進むのはちょっと。二次遭難なんて最悪だしね。
そういう感じで、ここ一週間の彼らの働きを僕は知っているが、逆にアルビオンで僕が今どんな爛れた生活を送っているのかを、彼らは知らないのだ。メイちゃんと杏子の誘惑に次ぐ誘惑でここ一週間、僕は何も……何もっ、出来ていないのだっ!!
「おまけに、小さいけどダンジョンもあるし。ちょうどいい目印でしょ」
「全く、ダンジョンを出たと思ったら、またすぐダンジョンに潜ることになるとは思いませんでしたよ」
やれやれ、と小言をぶつけてくるのは桜ちゃん。文句言いつつも、手にする皿にはこの辺の海辺でとれた、デッカい海老がのっていて、バター醤油と合わさり実に香しい芳香が漂ってくる。分身じゃなかったら、僕もかぶりつきたくなるね。
ちなみに、桜ちゃんが食べてる海老の殻を剥いたのは姫野である。まったく、これしか人数いないのに、もう下働きポジションに落ちてるよ。
でもまぁ、たまたま発見したここの海岸洞窟ダンジョンの探索に、姫野は参加しなかったので、待ってる間にご飯の準備くらいはね。当然のお仕事ですよ。おらっ、洗い物終わったら収穫物の素材錬成すんだよ!
「ここの奥はどこにも繋がってねぇこたぁ分かったんだ。もう満足かよ、桃川」
「うんうん、海岸洞窟の探索は十分かな。こんな初心者用みたいな難易度のくせに、まぁまぁの収穫が見込める序盤の穴場って感じ……なんだけど、誰も通ってる様子は見られないから、この辺に集落は無さそうだよね」
「ダンジョンなんて危険な場所、普通は誰も近づきませんよ」
「はぁ……これだから桜ちゃんは、現代文明の豊かさにひたりきった贅沢お嬢様め。ホントに人の立場にたってモノを考えるってことが出来ないね」
「なんで当たり前の感想でそこまで言われなきゃいけないんですか!?」
「ぐっ、ぐわぁーっ! 天道君助けてぇ、この分身やられたら補充できないんだよ!」
「お前ら、飯ん時くらい静かにできねぇのか……」
そうしてワイワイしながら、ひとまず最初の上陸地点たるこの場所に臨時拠点を設営した。
海岸洞窟のダンジョンは、古代の大型トンネルが自然に浸食された形のようで、ちょっとした地下空間とそこに建つ幾つかの遺跡で形成されていた。
遺跡の機能は完全に死んでおり、ここは野生のモンスターが築いた生態系が広がるだけの場所と化している。古代遺跡としては、別に軍事関係の施設では無かったようなので強力な兵器や武器なんてモノは無かったが、手つかずの古代の保管庫や保管容器たるストッカーは結構見つかった。
厳重に施錠されているワケでもないのに、これらがそのまま残ってるということは、間違いなく冒険者みたいな連中が探索していない証でもある。人間の白骨死体なんかも見当たらなかったし、ここは本当に古代以降、未踏の地であり続けたのだろう。
けれど、想定されるこの異世界の文明基準を考えると、もしも近場にこんな程よいダンジョンがあれば、とっくに探索され尽くしているに決まっている。開けてない宝箱など残っているはずもない。
そんなに強くないけど、食用だったり有用な素材が得られそうなモンスターに、自生する多様な植物、多少だけど光石なんかも採掘できる場所もあったので、このダンジョンは素人でも通える、ちょうどいい資源採取用として活用できる条件が整っていた。
こんないい場所が発見されてないのは、それだけこの辺に来る人間がいないということ。周囲一帯に人里が見つかることは無いだろう。
けど、僕らだけの隠し拠点にしておくには、ちょうどいい場所だ。
もっと開拓できるだけの余裕があれば、リベルタがいなくても海を渡ってアルビオン島と行き来できるよう、小さい港と船でも用意したいところである。
「それで、ここからはどっちに進む?」
「そうだな……ひとまず、北の方に伸びてる海岸線に沿って飛んでみるか」
「その心は?」
「どれだけ広いかも分からんのに、いきなり内陸に向かって飛ぶかよ」
「だよねー」
僕もそうする。誰だってそうする。いや桜ちゃんとか姫野は適当に勘とかで進みそうだけど。
とりあえず、今のところここは完全に未知の大陸だ。そもそも大陸ではなく、デカいだけの島かもしれないし。そういう意味でも、まずは海岸沿いを辿ってこの地の外側を把握するのがいいとこだろう。
それで、もしも港町なんかが見つかった時、そこから人里を辿って内陸部の調査に出ればいいわけだしね。
現時点では大した情報など何もない以上、探索の方針は天道君にお任せである。
「早く人里が見つかればいいのですが」
「そこがアストリアとは限らないけどね」
「けれど、この地に住まう人と話すのが、最も手っ取り早く情報が得られるでしょう。少なくとも、いきなりダンジョンに寄り道するよりかは」
へへっ、やっぱりオープンワールドでも、道中でこういうあからさまに洞窟あると、探索したくなっちゃうでしょ?
なんて言ったら、また桜ちゃんが怒りそうなので、ここは素直にその通りと賛同しておくことにする。
さて、人里は見つかるのか。そして見つかったところで、すんなり話を聞いてくれるか……
そうして慎重に進みつつも、途中で野生のモンスターの群れに絡まれたり、姫野が迷子になったり、また別の小型ダンジョンを発見したりと、なんだかんだで結構な時間が過ぎ去った。
その頃には、流石の僕も心機一転、発憤興起、爛れた生活から抜け出し本格的なアストリア進出への準備をしていた。
そうして時間をかけて進み続けた僕らはついに、海岸沿いに港町を発見した。
「ダメだなこりゃあ、誰もいねぇ」
「どうやら、この港町は完全に放棄されているようですね」
発見した港町に、住人は誰一人として存在しなかった。
ここはそれなりに発展したように見える、そこそこ立派な港町だ。過疎で寂れた漁村で、ついに住人がいなくなった、という自然消滅した集落にはとても思えない。
港の作りはしっかりしてるし、規模もそれなり。船だって木造船ばかりだが、幾つかは港に係留されたまま。
ざっと見たところ、洋ゲーのファンタジーゲームで見たことあるような、石造りの洋風な街並みだ。万単位の人口がいてもおかしくない、そんな港町である。
「明らかに荒れた跡があるし、ドラゴンにでも襲われたんじゃないのかな」
「ああ、どうも人間同士でやり合った、って感じでは無さそうだ」
街は壊滅とまでは行かないが、随分と荒れた様子であった。倒壊した建物も幾つもあり、石畳の道路には瓦礫が散乱し、場所によっては完全に埋まっていたり。
死体もそこそこ見つかった。とっくに白骨化しており、ここ数日で死んだワケじゃないことは確か。ここが放棄されたのは何年も前、下手すると十年単位で昔になるかもしれない。
荒れた町中はそこかしこに緑が浸食しており、長らく人の手が入っていないことは明らかだった。
そして決定的な戦いの痕跡は、あちこちに見られる大きな焼け跡。間違いなく、デカいブレスが着弾したとしか思えない。
「サラマンダー一体で、この規模の街が崩壊する程度の軍事力、とは思えないんだけどなぁ」
「なら、群れでも出たんじゃねぇのか」
「ね、ねぇ、もうアルビオンに帰った方がよくない……?」
「姫野さん、ようやく街を見つけたというのに、そんな弱気でどうするんですか」
「こんな不気味な廃墟の街にビビるのは分かるけどさ、原因も一切分からない方が怖くない?」
「ううぅー、でも絶対、いい予感がしないわよぉ……」
青い顔でどこまでもヘタれたことを言う姫野であるが、まぁ、それも仕方のない状況ではある。
僕だって天道君という頼れるスーパーエースがいなければ、一旦出直して戦力再編をするレベルだ。
「少なくとも、これほどの港町が放棄されるほどの危険が起こったのは、間違いない。それも人間同士の戦争じゃなくて、ドラゴン級の強力なモンスターによる可能性が高い」
「つまり、その危険なモンスターが、この辺にまだ潜んでいる、ということですね」
「潜んでるというか、向こうにとっては自分の縄張りなんだろうけど」
この状況下では、そう考えるのが妥当である。そしてこれ以上は、全て推測の域を出ない。
果たしてこの場所が、大惨事が終わっただけの跡地なのか。それとも今も侵入者を容赦なく襲う存在がいる危険地帯なのか。とにかく情報がいる。
「ここから先は、僕が分身で偵察することにしよう」
「さっさとリベルタで飛んだ方が早いんじゃねぇのか?」
「いつでも飛んで逃げられる態勢にしといた方が無難だと思うけど。流石にヤマタノオロチ級の奴が出てきたら、この面子でも危ないし」
「そうだよ、桃川君に賛成! じゃ、私たちはここで待ってるから、偵察よろしくね!」
「確かに、ここは幾らでも替えが効く桃川に任せる方が、安全でしょう」
「やれやれ、三対一じゃあ仕方ねぇ。頼んだぜ、桃川」
「替えが効くから桃子も貸してくれてもいいんだよ」
「桃子はご主人様のお世話がありますので」
「まぁ、どうしても必要になったら言え」
「お世話がぁ、ありますのでぇ!」
絶対に離れてなるものか、と天道君の腰にしがみつく桃子。僕と同じ顔でベタベタくっつくの止めて欲しいんだが。
「じゃあ、大人しく一人で行ってくるよ」
というワケで、天道君の元に分身のスペアを用意しておいて、僕は単独で港町から先に続く場所の探索を始めることにした。
◇◇◇
分身の小太郎が探索に出て、さらに数日。
港町から内陸へと続く、街道と思われる道を辿って進んだ結果、さらに複数の町、それから村を発見した。
しかし、その町の何れも港町同様、誰一人として住人は見つからなかった。あるのはただ、破壊の後が残る街並みと、そこらに転がる白骨だけ。
まるで一国が丸ごと滅びたような――――そんな感想が、どうやら真実らしいと思えるだけの情報も集まって来た、そんな頃だった。
「えっ……桃川、ちょっと!?」
それは朝、みんなの元に残したスペアボディから、これから本日の探索を開始する、という偵察分身からの報告を聞いたすぐ後のこと。
異変に最初に気づいたのは、たまたま近くにいた桜である。
「体がっ、消えかけて――――桃川っ、応答しなさい!」
「おい、どうした桜」
その様子に気づいた龍一がすぐに駆け付けたが、桜が呼びかける分身体は、濛々と黒い靄を吹き、急速に体を構築する魔力を失い始めていた。
「こりゃあ一体、どういうことだ……」
結局、成す術もなく黒い靄と化して小太郎の分身は消え去った。あれはどう見ても、術式そのものが崩れて、完全に肉体の維持ができない状況に陥っていたと、龍一も桜も判断している。
「急に分身が消えるなんて……まさか」
「ちっ、本体の方に何かありやがったな」
「それって、かなりヤバくない……?」
顔色を悪くした姫野が震えながら言う。だが、すでに彼女の手には非常用リュックが握りしめられ、いつでも逃げ出せる状態になっていた。
ヘタレ全開の姫野だが、それを責めることはできない。何せこれは、完全に想定外の異常事態である。
異変が起こったのは、このスペアで残した分身だけではない。本体と言うべき本物の小太郎の身に何かが起こったからこそ、一斉に分身の術式が崩れてしまったと見るべきだ。
ならば、今朝方に偵察へ出発した分身体も、同様に消失したと考えられる。
「ご主人様ぁ、大変です! レムからも応答ありませぇーん!」
分身と使い魔たるレム、どちらも同時に沈黙したことで、いよいよ術者本人の小太郎の安否が怪しくなってきた。
小太郎のことならば、何か不測の事態が起こったなら、すぐに伝えるはず。だが、それも無かったということは……こちらに連絡する余裕もないほど、切羽詰まった状況に陥ったということ。あるいは、警戒する間もなく、一瞬の内に起こった奇襲か事故に巻き込まれたか。
誰もが最悪の想像をする中、龍一は決断を下す。
「アルビオンに戻るぞ。もうこんな場所を悠長に調べている暇はねぇ」
その直後、ポツリ、と雨が降って来た。
元より朝から曇天が広がり、いつ降って来てもおかしくない天候。しかし、急速に暗雲が色濃くなり、雨脚もあっという間に強くなる。
「んもう、こんな時にぃ」
「……いや待て、何か妙だぞ」
小太郎が消えるというアクシデントに加え、帰り道を邪魔するように降り始めた土砂降りに強風。
まるで今まさに台風が到来したかのような悪天候に見舞われたのは、単なる不運などではないと、龍一は直感する。
「何か、来るぞ」
すでに嵐と化した外へと、龍一は躍り出る。
直感はすでに、確信へと変わる。何かが来る。そしてソレは、来るべくして来たのだと。
「なっ、何ですか、アレ……物凄く大きな雲……」
言い知れぬ危機感と悪寒を覚えたのは桜も同様。龍一と共に外に出て荒れ狂う空を見上げれば、そこにあるのは黒い積乱雲のように、巨大で濃密な雲の塊。
どうやら、この急速に広がる暗雲は、その巨大な雲塊から発せられているようだ。そしてこれが、ただの異常気象などではないことを、天から押し潰すように放たれる強烈な魔力の気配が示す。
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――
大地を揺るがすのは、吹き荒ぶ突風でも、雷鳴でもない。
それは咆哮。巨大な、あまりにも巨大な龍の咆哮であった。
「この国を滅ぼしたのは、テメェかぁ」
久しぶりに獲物を見つけた、とでも言うのだろうか。
巨大な黒雲の中に蠢く、巨大なドラゴンの鋭い殺気を、龍一は確かに捉えた。




