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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:奪還作戦
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第475話 目覚めた双影(1)

「こ、小太郎……」


 眠れるように倒れた小太郎に、杏子は震える声で呼びかける。

 しかし、何度その名を呼ぼうとも、体を揺すろうとも、その目が開かれることは無かった。


「そんな、嘘でしょ……なんで……」


 何故、こんなことに。

 そう誰に問われずとも、杏子は小太郎の身に何が起こったのか理解は出来ている。何故なら、倒れる寸前まで、小太郎は彼女に少しでも多くの情報を残すべく話し続けていたのだから。


 今日は、記念すべき旅立ちの日となるはずだった。

 爛れた生活を送ったりもしたが、万端の準備を整えて、このアルビオンダンジョンから散り散りになって飛ばされたクラスメイト達を探すため、ついに自分達もアストリアへ向かうべく、転移魔法陣に乗ったのだ。


 すでに外との転移は何度も実験を重ねて、問題なく通じていることを確認した上でのことだったが――――本物の小太郎と芽衣子が飛んだその時、罠にかけられた。


 小太郎、芽衣子、レム、の構成で飛んだ先は、当初予定されていた雪に閉ざされた森の遺跡では無く、シグルーン大聖堂。

 ここへ転移を誘導したのは、自分達をこのダンジョンサバイバルに陥れた黒幕、シド大司祭。本名は紫藤。前回のダンジョンサバイバルを生き残った『賢者』の男。


 種明かしのような小太郎とシド大司祭との会話は、アルビオン側に残った杏子には、万一のスペアとして一緒にいた『双影』の分身の小太郎から、そのまま聞かされていた。

 全く想定外の事態に陥ったが、それでも杏子に情報を伝えるべく、小太郎は分身で彼女に語り続けた。今、自分達がどうなっているか。


 そして、ついにその場を脱するべく実力行使での逃走を図った。罠に嵌められたとはいえ、アルビオンを完全攻略した『呪術師』と『狂戦士』の力を前に、敵は蹴散らされ、易々と包囲を突破し地上まで出たが――――そこに立ち塞がったのが、『勇者』リリス。


 正に最強無敵の力を誇る女勇者リリスを前に、絶望的な戦況報告を小太郎は続け、


「これから『痛み返し』の自爆特攻をかける。多分、僕は負けるだろうけど……それでも、必ず生きて帰るから」


 だから、信じて待っていてくれ。

 そう言い残して、分身の小太郎は沈黙した。


「ねぇ、小太郎……起きてって……アンタがいないと、ウチ、馬鹿だから、どうしていいか、分かんないよぉ……」


 あまりに突然の別れに、衝撃と混乱で杏子は倒れる小太郎に縋りつき、泣き喚ていた。今の彼女に他に出来ることはなく、ただただ、絶望的な悲しみだけが心中を支配してゆく。


 しかし、ただ悲しみに暮れることなど許さないかのように、事態はより悪化していった。


「嘘っ、消えてるっ、なんで!?」


 最初は、微かに漂う黒い靄。倒れた小太郎の分身から、薄っすらと黒い靄が立ち上り始めた。

 魔法理論など欠片も理解していない杏子だが、それでも熟練の『土魔術師』である。何故、どうして、の理屈は分からずとも、分身の肉体から急速に魔力が失われ、消失し始めていることを、瞬時に察した。


 『双影』は、同時並行で働ける凄まじい汎用性を誇るため、数ある小太郎の呪術の中でもトップクラスに習熟している。故に、より長時間の稼働を求め、分身体の構築も完成されており、制御が途切れた程度で、すぐに消滅したりはしないよう設計されている。

 分身の意識が失い倒れたことで、小太郎本体も意識を完全に失ったことは間違いない。だが、本来は維持されるはずの分身体が、即座に崩壊を始めたということは……


「そんなっ、ヤダヤダ、ヤダよぉ、小太郎ぉ!」


 最悪の想像が脳裏を過る。言葉にするのも恐ろしい、その想像を必死に否定しようとするも、分身体の崩壊は加速度的に増してゆく。

 このままでは、5分もしない内に完全に消えてなくなってしまう。

 耐えられない。今でさえ、おかしくなりそうなのに、小太郎の姿さえも失ってしまえば――――真の孤独が、杏子を襲う。


「ダメッ、いなくならないで……小太郎、ずっと、ウチの傍にいてよ……」


 それは純粋な願いであり、強烈な意志でもある。

 そしてソレは、魔法を己の感覚センスで使いこなす杏子にとって、最も重要な要素だ。

 杏子の強い祈りに、天職『土魔術師』の力が応える。


「『魔人化・土精霊テラ・エレメントマスター』」


 小鳥遊との最後の戦い以来、一度も発動できなかった魔人化の力が杏子の身に宿る。

 爆発的に高まる体内の魔力と、俄かに周囲一帯から渦巻く濃密な土属性魔力。そして、そこから生じる無数の土精霊の気配。

 彼女の求めに応えるように、土精霊は続々と集まり、体内に巡る魔力と一体化してゆく。

 そうして漲る強大な力のままに、杏子は己の願いを果たすために、新たな魔法を形成する。


「الأرض، الكريستال، العنبر، الزمن، ألف سنة، الخلود، الختم ―――」


 口から漏れる言葉は、自分の言葉ではなく、精霊の力の代行。求める魔法を完成させるための詠唱が一人でに紡ぎ上げられてゆく。

 意識の半分以上は土精霊のものとなり、夢見心地のような気分となるが、最も強い願いは忘れない。

 そして、魔法は完成する。消えゆく者を、永遠に繋ぎとめるための魔法を。


「――――『千年琥珀』」


 顕現するのは、淡く透き通った美しい煌めきの琥珀。その内に閉ざすのは、眠れる小太郎の体。


『千年琥珀』:琥珀の内に閉ざされたモノは、悠久の時を超えて残る。千年の果て、世界がどう変わろうとも、大地はただそこにあるように。砕けぬ限り、琥珀の中の時は止まる。


 そうして後に残ったのは、小太郎の全身が収まった大きな卵型の琥珀結晶。

 封印魔法である『千年琥珀』によって、分身の崩壊は完全に停止した。まるで、本当に時間が止まっているかのようだ。


「はぁ……はぁ……小太郎……」


 一気に魔力を消耗し、魔人化が解除された杏子は、荒い吐息のまま、滑らかな表面の琥珀へ縋りつく。

 これでひとまず、小太郎の体が失われることはない。

 その小さな安堵を覚えると、緊張の糸が切れたように、杏子はそこで意識を失った。




 ◇◇◇


 それから杏子は、三日は何も出来ずに、ただ悲しみに沈んでいた。

 しかし四日目、溢れる涙もついに枯れたと言うように、千年琥珀の中で眠る小太郎を前に、宣言する。


「ウチは小太郎が生きてるって、信じてる。だから、必ず助けてやる!」


 いつかの桜のように、失ったことをただ嘆いているだけなんて、無様な真似は御免だ。どんな絶望的な状況でも、必死で考え、行動する。自分達はそうやって、ここまで辿り着いたのだから。


 だから杏子は、信じることにした。小太郎も芽衣子も、無事に生きていると。

 そして生きてさえいれば、敵に囚われていても救い出すことができるのだ。


 少なくとも、小太郎が伝え続けた状況を聞く限り、芽衣子は勇者に敗れたが、死んではいなかった。わざわざ一対一で隔離するような特殊な結界魔法を使って、その結果だ。

 ならば、女勇者リリスは二人を生け捕りにしている可能性は十分にある。

 故に杏子は、二人は生きているが、敵に捕まっていて戻れない、という状況だと仮定して、行動することとした。


「転移の使い方だけは、ガッツリ教わっといてマジで良かったぁ」


 それはダンジョン内だけでなく、外へ通じる転移も同様。これが使えなければ、いざという時に困ると、小太郎はしっかり杏子に叩き込んでいた。


 お陰で、杏子は一人でも、転移で飛ぶ予定地であった雪の遺跡と繋げることに成功した。少なくとも、これで救助に出発するためのスタート地点には行ける。


「あの小太郎と双葉が負けてっからな……ウチ一人じゃフツーにやっても絶対ムリだし」


 最高の頭脳と最強の力が揃って敗北しているのだ。杏子の土魔法は強力だが、単独で『呪術師』と『狂戦士』のタッグに及ぶことは決してない。

 正面戦闘では、まず勝てない。


「勝てないけど、とりあえず出来るだけ強くはしとかないと」


 敵がいるならば、やはり先立つものは力である。

 例の女勇者を倒せないにしても、小太郎達を救出する間の時間稼ぎくらいはできるようにならなければ。出来れば、囚われの牢屋をそのまま襲って穴を開け、二人を連れて逃走、というシンプルプランが理想的。

 どうせ自分の頭では、敵を欺いて潜入し、秘密裡に脱走なんて真似は出来そうもない。なので、力に訴えて二人を脱獄させる方針が取れるだけの、戦力を用意すべきと杏子は決めた。


「うーん、でもウチ一人だとめっちゃ不安だし。やっぱここで頼るのは精霊か」


 数は力だ。小太郎も分身して、レムと使い魔を駆使することで、これまでの無茶な作戦を支えてきた。

 その小太郎がいない今、自分で用意できる頭数は、土精霊の使役しか杏子に選択肢は無かった。だが、その選択が残されているだけで、十分過ぎるほどに贅沢である。


「えーっと、確かこの辺に――――あった! 精霊強化プラン!」


 小鳥遊との最終決戦たるセントラルタワー攻略に向けて、杏子は精霊魔法の鍛錬を重ね、『上級エル土精霊テラエレメンタル召喚』を習得し、引いては魔人化の覚醒にも繋がった。

 しかし、これで精霊魔法を極めた、とはまだまだ言えない。これらはあくまで限られた時間の中で準備した結果であり、更なる鍛錬と研究によって、より強力な精霊の行使が可能となるだろう――――という発想の元で、小太郎は杏子の土精霊強化も計画していた。

 ただ、それはあくまで計画だけであり、準備の後回しとされていた。理由は単純、素材調達の目途が立たなかったのである。


 ただでさえ強力な『上級エル土精霊テラエレメンタル』を、更に強化しようと思えば、更に強いモンスター素材や希少な光石などが必要となってくる。アルビオンダンジョンを支配したことで、大半のエリアに飛んでモンスターを狩りに行くことはできるものの、ボスかそれと同等以上の力を持つ強力な個体を狙って素材を集めるのは、リスクも手間も時間もかかる。かなり本格的なダンジョン探索となるだろう。


「けど、今のウチにはこれが必要なんだって」


 こんな危ないことを、それも一人でなんて、とてもじゃないが乗り気になれない。けれど、最早この期に及んでは避けては通れない道である。

 杏子は覚悟を決めて、大物狩りに臨むのであった。




 ◇◇◇


「んぁあー、疲れたぁ……」


 最深部にあるセントラルタワーの中枢区画。元々は『賢者』小鳥遊小鳥が利用していた、このアルビオンで最も設備の整った工房は、小太郎がダンジョンマスターとなったことで、さらに魔改造された秘密の呪術工房と化している。

 杏子はそこに帰り着くなり、だらしなく足を投げ出し寝転がった。寂しい一人暮らしとなっても、バッチリ決めているはずのメイクも、今ばかりは崩れかけ、こだわりの改造制服も煤けている。

 それこそ正に、激闘の跡であった。


 杏子が精霊強化のための素材を求めて行った大物狩りは、実に丸三日もの時間がかかった。まずはターゲットの探索。そして強力なモンスターへの対策。そして実際に戦い、討伐を果たすまで。

 これまでは小太郎の言う通りにしているだけで良かったことが、今は自分一人でこなさなければならない。ボス級モンスター一体狩るなんて、小太郎の指揮下でクラスメイトのパーティ組んでいれば余裕だったのに、ソロになったら想像以上に苦労の連続。

 よくこんなこと、まだそんなに強くも無かった学園塔の頃からやってたな、としみじみ杏子は思ってしまった。


 だが、そんな苦労の甲斐もあって、杏子は見事に目当ての獲物を仕留めることに成功した。

 その成果が、ちょうど工房へ転移によって運び込まれてきた。


 杏子が使役する中級ハイ土精霊エレメンタルのゴーレム数体がかりでも引き摺るのがやっとなほど、巨大な地竜である。

 それはかつて、小太郎が密林で遭遇したサンダーティラノであった。


「疲れたぁ、けどぉ……素材は新鮮な内にやんないとだしぃ……マジだるぅ……」


 うーんうーん、と唸りながら寝起きのようにヤル気のない顔で、杏子は魔力回復用のポーションを口にした。

 飲んだのは小太郎が作り置きしておいてくれたモノの中でも、最も高品質。今回の精霊強化は、それほど万全を期す必要がある。

 杏子はジワジワと魔力が再び体内に満ちて行く実感と共に、一時の回復時間を待つ。その間に、土精霊のゴーレムがすでに用意しておいた、各種素材を運び込んでくる。


「しゃあ、やるかぁ!」


 無理矢理ヤル気を高めて、杏子は本日二度目となる『上級エル土精霊テラエレメンタル召喚・ゴアレックス』を行使した。

 サンダーティラノのソロ討伐において、頼れるメイン盾として活躍し、最後はボロボロになりながらも抑え込み……杏子の放った『土星砲』でサンダーティラノ諸共に爆散した、大健闘であった。


 そして広大な面積を誇るはずの工房内でも、ゴアレックスとサンダーティラノが並べば凄まじいサイズ感である。

 それでも、元より大型モンスターでも丸ごと収まるよう、この『黒魔女の煉獄炉』は設計されていた。


「お願いだから成功しますように……神様マジ頼むって!!」


 最後の最後に神頼みをして、自ら魔人化を果たし、杏子は煉獄炉を稼働し、ゴアレックスとサンダーティラノの融合を開始した――――




 ◇◇◇


「とりま、数はこんなモンでいいかなぁ……」


 小太郎が倒れてから、どれだけ経っただろうか。

 最初の三日目に、ゴアレックスとサンダーティラノの融合に成功し、新たに強力な精霊を使役できるようになり、杏子の一人軍備拡張計画は一気に軌道に乗った。

 一度始めれば、救出作戦に向けて欲しい戦力は次々と思い浮かぶ。


「えーっと、強いヤツは大体揃ったし、速いヤツ、硬いヤツ、運べるヤツ、もオッケー」


 小太郎も愛用していた、ラプターをベースに騎乗用にも偵察用にもちょうどいい使い魔を作った。戦闘で盾になれるような防御を誇るタイプや、ロイロプスのように物資の運搬用もいる。

 使い魔は杏子の土属性と相性が良いのか、ほとんどが恐竜のような姿をした地竜の形をとっていた。


 そして最近、ようやく数が揃い始めてきたのが、使い魔とは別に使役できる人形。小鳥遊も利用していた、古代の汎用人造人間である『魔導人形オートボット』だ。

 戦闘用の強力な者は小鳥遊が最後の戦いで使い潰してしまったため、新たに用意できるのはブラスター担いだ警備兵くらいのもの。大した強さではないものの、古代の生産設備から一定数を作ることができ、人間が行う単純作業なども一通りこなすことができる、自律機能もあるのだから、単純な人手としては十分。

 杏子にはスケルトン召喚は出来ないので、その代わりといったところである。


「あとはやっぱ飛べるヤツと、一応、泳げるヤツとかもいるかも」


 工房に所狭しと立ち並ぶ、自分の軍団を眺めながら、杏子は更なる強化案に頭を悩ませていた、その時である。


「うわっ、なにこの恐竜軍団……」


 自分以外の声を聞いたのは、何時ぶりか。いや、そうでなくとも、その声を聞き違えることは決してない。


「小太郎……?」

「あっ、杏子。おはよう。やっと目が覚めたんだよね」


 振り向き見れば、安置していた『千年琥珀』の中で、小太郎の分身は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべながら、手を振っていた。

 2025年11月21日


 分身が目覚めたのは、第418話『目覚める呪術師』のタイミングです。

 タイムラインでは第二部スタートから小太郎が農園で復活するまでの期間は約2週間となっています。杏子は寝込んだ3日間とサンダーティラノ討伐の3日間を費やしているので、恐竜軍団は大体1週間くらいで揃ったことになります。

 一体、姫野何人分の働きなんだ・・・

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― 新着の感想 ―
以前ちらっと語られた 「杏子のところの双影は目が覚めて」「天堂くんのところの双影は消えてしまって」の詳細が分かってよかったです。 天堂くんが反撃できないほどの攻撃を受けて双影が消滅かと心配しましたが、…
コレ海渡る様に魔法で船作るか、船よりでかい海竜作ってその上に建物作ってアストリアがある大陸に渡るとかしそう。ついでに天堂と合流するとか? てかゴアレックスを強化するとか準霊獣並みに強そう。マジで杏子強…
2週間で洗脳を自力で解除したのか
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