第49話 充実の装備(2)
「……おお、錬成って、やっぱり凄いな」
小鳥遊さんがみんなで集めた材料を錬成し、完成した装備品の数々を見て、改めて僕は実感した。
『鉄の槍』:一般的な品質の槍。
『鉄の短剣』:一般的な品質の短剣。
僕に与えられた装備は、前衛組みと比べれば二線級のモノだけど、錆びのないピカピカの刃というだけで十分すぎる。信じられない品質だ。恐らく、錬成は錆びた刃から綺麗に鉄の成分のみを抽出した上で、再び同じ形状の刃に再構築できるのだろう。錆びた短剣を二本か三本つぎ込んで、鉄の短剣が一本できる、というのが彼女の錬成結果である。質の良い部分だけ寄せ集めて、品質の高い一本を作り上げるという理屈はいいけど、じゃあ使わなかった錆びた部分とかはどこにいったのか? という疑問の答えは不明だ。だって、完全に消滅しちゃうから。錬成の後、噴水の中には完成品が一つあるだけで、他には何も残らないのだ。
しかし、細かいことはどうでもいいだろう。質の良い武器を作り出せる、というだけで十分すぎる。けど、錬成のさらに凄いところは、魔物の素材も混ぜることができる点だ。合成、とでもいうべきか。
『レッドサーベル』:ケルベロスの爪を用いた片刃のサーベル。軽く一振りするだけで、火の粉が舞い散る。
いわゆる、属性付きの武器である。蒼真君がケルベロスを倒すと、勇者の特殊能力なのか、光の粒子になって吸収されて死体は残らないという。しかし、コアだけは残るという都合の良い分解能力。さらに都合がいいことに、何と錬成で使えそうな部位も残されることがあるという。一応、魔物の中でコア以外で特に魔力の籠った部位、という判別理由らしいが。
それで、ケルベロスでは牙と爪が残った。
なにそれ、ゲームのドロップじゃん――というツッコミは、置いておこう。
ともかく、そうして入手したケルベロスの爪をつぎ込んで、剣崎さんの『ナイトサーベル』を強化した結果がこの『レッドサーベル』である。
「凄いな、これは……本当に炎が出るぞ」
「文字通り、魔法の剣ね」
クールな剣崎さんと委員長も、振るった刃から勢いよく火炎が迸る様を見て、目を丸くしている。僕なんか「うわっ!」とか声に出ちゃうくらいリアクションしちゃったよ。
それにしても、こんな材質の向上や属性付きまで出来るとは、正にゲーム感覚で武器を、というより物質を加工できるってことだ。本来、製鉄や金属製品の加工、成型などにかかる設備と知識と手間とその他諸々を考えれば、これら全てを省略できる『錬成』ってのは、生産におけるチート能力といってもいいだろう。
この魔法の技術は、地球人類が積み重ねてきた工業の歴史を「無駄無駄ぁ!」と嘲笑うかのように全否定するも同然の存在だ。偉大な科学技術をあっさり超えてくる魔法の力を前に、ちょっと複雑な気分だけど、命のかかったこの状況下では、ありがたく利用させてもらう。僕のレムも、似たようなものだしね。なんにしろ、小鳥遊さんのチート生産能力は、僕らが生き残るのに必要不可欠な要素だ。
そんな僕の期待なんかはさて置いて、彼女はさらにもう一本、火属性付きの武器を作っていた。
『レッドナイフ』:ケルベロスの牙を用いたナイフ。かつての邪教徒は、この刃を生贄に突き刺し、火あぶりにしたという。
「ねぇ、なんでまた私の武器だけ怖い説明文なの!?」
夏川さんはケルベロスの牙で錬成した新たな火属性ナイフを手に入れ、大喜びだ。赤熱化したように赤い刀身のナイフをブンブンと振り回しては火の粉を散らし、製作者の小鳥遊さんへ感謝の気持ちを送る。
「うわぁーん! 焼き鳥にしてやるぅーっ!」
「だ、だからそれは小鳥のせいじゃないよぉーっ!」
凄い火力だ。あれならタフな魔物が相手でも通用しそう。是非、メイちゃんにも装備して欲しいところだけど、流石にオルトロスのちっぽけな牙では、ケルベロス級の火属性は引きだせないようだった。
『剛鉄のハルバード』:良質な鋼鉄と魔物の上質な金属甲殻を用いて作られたハルバード。大振りの斧刃が特徴的。
『剛鉄の剣』:良質な鋼鉄と魔物の上質な金属甲殻を用いて作られた剣。通常よりも、刀身は長く、幅も広い。
『鋼鉄の短剣』:良質な鋼鉄を用いて作られた短剣。
属性こそつかないが、メイちゃんの装備はこれまでとは比べ物にならないほどの高品質なものに更新された。何よりも注目すべき点は、合成素材としてあの鎧熊の甲殻を用いたことだ。
鎧熊の金属甲殻が合成されることで、『鋼鉄』から『剛鉄』へとグレードアップしているようだ。小鳥遊さん曰く、この『剛鉄』は普通の鉄と比べて重いが、その分だけ硬質。武器そのものも一回り大きな造りになっているので、夏川さんのようなスピード重視のスタイルには不向きだが、メイちゃんくらいのパワーファイターなら、これ以上ないほどうってつけの武器となる。
ちなみに斧ではなくハルバードなのは、ベースとなるいい感じの大斧が入手できなかったからだ。隊長スケルトンの持つハルバードが、手軽に入手できる武器の中では高品質なので、今回のメインウエポンとして選ばれた。
ハルバードって槍と斧が合体したような刃の形状で、斬ることも刺すこともできて便利、みたいに見えるけど、汎用性が高い分、扱いもテクニカルになっていると聞いたことがある。でもまぁ、メイちゃんの様子を見ていると、とりあえず武器でさえあれば、狂戦士のスーパーパワーでぶん回すだけで、十分すぎる威力を叩き出せる。使っていれば慣れもするだろうし、その辺はあまり心配していない。
それと『剛鉄の剣』は、平野君の長剣を強化した結果だ。鋼鉄の短剣の方は予備。まぁ、『人斬り包丁』があるから、出番はないだろうけど。
さて、こうして各々の装備は整ったわけだけど、僕にはもう一つだけ、やらなければいけないことがある。
「……よし、みんな寝てるな」
ダンジョンの奥へ向かう正規ルートの攻略は、一旦、睡眠をとってから出発しようということになった。時計を確認すれば、現在時刻は夜中の一時を僅かに回ったところ。各々、十二時前には就寝となったので、今はみんな、夢の世界へと旅立っているはずだ。
僕は例によって女子と隔離された、噴水を挟んだ反対側が寝床となっている。向こうは五人の美少女が並んで眠る楽園だが、こっちは男の僕一人という孤高のぼっち空間だ。しかし、今はそれでいい。その方が、都合がいい。何故ならば――まぁ、詳しくは語るまい。こういうのは二回目だし。
「広場の外は……流石に危ないから、やめておこう」
いそいそと、妖精広場の角へ向かう。おあつらえ向きに、いい感じの妖精胡桃の木もあって、噴水側からのブラインドにもなってくれる。
「はぁ……い、いかん、緊張する……」
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が高鳴る。それでも、最初の時より幾分かマシなのは、もう二回目でちょっとは慣れたからか、それとも、メイちゃんを見ながらするわけではないからか。
「落ち着け……これは必要なこと、レムを蘇らせるために、避けては通れないことなんだ」
いや、落ち着いたらそれはそれでやりにくいけど。多少は興奮しとかないと。頑張れ僕。
「……はぁ」
重い溜息と共に、再びレムこと『汚濁の泥人形』を作り出すための、最後の素材の採取に成功。専用の採取道具であるコンドームは、こんなこともあろうかと、綺麗に洗ってとっておいた。色んな意味で使いたくはなかったけど、背に腹は代えられない。まさか、この面子で「誰か持ってない?」と聞くわけにはいかないし。
正直、こんなに危険な橋を渡るくらいなら、最初からコレは抜きでレムを作ればいいだろう、と思うところだが……どうやら、あのレムの性能はしっかりと『精液』が素材として反映されているからこそ、らしい。
推定なのは、レムと一緒に戦って、触ったりしたりしている内に、何となくその造りが理解できたからだ。別に、唐突にステータス画面が開かれたり、説明文やらアイコンやらが表示されるゲーム的な演出はなにもない。
でも、これまでの呪術の感覚からいって、普通は知りえないような事柄が『何となく分かる』というだけで、確信するには十分だってのは、理解している。だから、精液は必要素材だ、と感じた以上は、必要なのだ。素材にも限りがあるから、実際に精液ナシで作って性能が下がるかどうか試すだけの余裕もないし。
かなり悩んだ。いっそ説明して事前に了解をとるという安全策も考えたけれど、このテの話題を切り出した時点でアウトな気がして、やめた。
今の僕には、レムの力は必要不可欠だ。メイちゃんだけに頼るわけにはいかない。レムがいなければ、鎧熊を相手に死んでいた。
そして、これからもダンジョン攻略は続くのだから、またいつレムが身代わりにならなければ即死してしまうような際どい場面が来るか分からない。
女子にバレるかもしれない、という危険よりも、僕は身の安全が脅かされる恐怖の方を優先した。あの時、レムをちゃんと創っていれば、と後悔して死ぬのは御免だ。
ともかく、無事に採取は済んだからOKだろう。
一度完成してしまえば、レムを見て元の素材が何かなんて分かるはずもないし、誰も気にしない。普通に魔物の素材から合成しましたけど何か? で押し通せばいい話。僕は恥ずかしくないし、女子は何も気にならない。ウィンウィンの関係ってヤツだ。
さて、前回同様、すでに『汚濁の泥人形』の準備は万端。今回はメインフレームに隊長スケルトンの骨を用い、そのコアもつぎ込んでいる。さらに、前はゴアの鱗だったのが、鎧熊の甲殻へと変わっている。素材は質、量、共に上回っている。まず間違いなく、前よりも強力な泥人形が作れるだろう。
おまけに、レムが使うようにしっかり二本目の『鋼鉄の槍』も小鳥遊さんに用意してもらっている。ばっちり武装も強化だ。
「ふふっ……これは楽しみだな」
明らかな戦力アップを目の間に、僕は思わず笑みを浮かべながら、たっぷり素材が詰まった大人のゴム風船を手に、妖精胡桃の木陰からすっくと立ち上がる――その時だった。
「桃川、お前、そこで何をしている」
背筋が凍った。
バレた。見られた。何で、どうして。一瞬にして嫌な思考が次々と湧いて、頭の中は気持ちが悪いほどの大混乱に見舞われる。けれど、そんな頭でも、誰が、という疑問に対しては、即座に解答が得られた。
僕がゆっくりと振り向いた先には――
「動くなっ!」
「ひいっ!?」
鬼の形相で僕を睨みつけながら、刀を喉元へつきつける剣崎明日那の姿が、そこにあった。
2016年10月28日
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