第471話 真血党(1)
「あっ……ダメです、こんなトコロでぇ……」
「こんなトコだからイイんだろ?」
木陰から、そんないかがわしい男女の台詞が耳に届く。
天職『勇者』となって、俺は五感も強化されているのだが、まさか鋭い聴覚をこんなに恨めしく思う時が来るとは。
「でもぉ……もし見つかっちゃったら……」
「ははっ、そん時はたっぷり見せつけてやればいいさ」
「おい、そんなモン見せつけられるのは、絶対に御免だぞ」
聞こえないフリをしようか、とも思ったが、このままでは勝手にプレイに巻き込まれかねないリスクが出てきたので、流石に止めに入ることにした。
「なんだよユート、こういう時は気づかないフリしといてくれよなぁ」
「ふざけるな、アレン。演習の真っ最中だぞ。そういうのはプライベートでやれ」
本日の野営地点である妖精広場の隅、大きな胡桃の木の下で恥ずかしげもなくイチャついてたのは、アストリアの隣国の一つ、ノア三公国『エルドライヒ』の王子であるアレンであった。
アレンはその王子様らしいキザな容姿に相応しいというべきか、ストレートに好色な男だ。まず入団時点で、同郷の女子が三人もくっついていた。
アレンとその娘達との三人でパーティを組むのが基本だったが……今、木陰に連れ込んでいた女子は、その三人の誰とも違う、全く別な子だ。しかも同じ班には、同郷の三人娘も揃っている。
つまりコイツは、すでにお手付きの三人がいるにも関わらず、違う子に手を出しているのだ。俺には全く理解不能な行動原理である。いったいどういう頭をしていたら、こんな真似が出来るんだ。
「そう固いこと言うなよ。男も女も、こういう時こそ燃えるもんだろ?」
「その気持ちを否定はしないが、時と場合を考えろ」
「ならいいじゃん。ほら、お前はそっちでフレイアちゃんとヨロシクやってりゃ――――うおっ!?」
ダンッ、と鋭い音を立てて飛んできたナイフが幹に突き刺さった。
見れば、怒りか羞恥で顔を赤くしたフレイアが、こっちを燃えるような目で睨みつけている。
「あっはっは、どんだけ初心な反応すんだよ! 絶対、処女じゃん!」
「その減らず口、二度と効けないようにしてやる……」
「フレイア、ちょっと落ち着け、剣を抜くな! アレンもこれ以上、煽るようなこと言うんじゃない!」
そうして俺は、怒れるフレイアを宥めつつ、その隙にまたイチャつこうとするアレンと女子を引き剥がし、すったもんだの末にようやく場を治めた。
全く、なんで俺がこんなコトを。風紀委員をやった学園塔の頃より、よっぽど風紀を取り締まっているぞ。というかあの時は、俺の方が取り締まられる真似をしてしまったワケだが……ともかく、アレンが女たらしというのもあるが、それに簡単に乗る女子も随分と多いのも困りものだ。
アレンのこういう行動に目くじらを立てているのも、俺とフレイアだけで、他の班員はさほど気にしてはいないらしい。こういう時こそ燃える、なんてただの方便ではなく、命懸けでダンジョンに潜る者からすると自然なことなのかもしれない。
だとしても、決められた男女混合班での演習中くらい、我慢してくれよ。
そんなことを考えながら、俺は迷宮演習初日の見張りを過ごしていた。
見張りと言っても念のため。ここは妖精広場で、モンスターが襲い掛かって来ない安全地帯なのだから。
大人しくアレンが眠っていてくれさえすれば、もう何も問題など起きようもない――――と、思っていた直後。
事件は起きた。
◇◇◇
「吸血鬼、だって……?」
「ああ、間違いないね。これだけグールをけしかけられたんだ、術者の吸血鬼は、近くにいる」
ついさっき女子と遊んでいた時とは打って変わって、実に真面目な表情でアレンはそう断言した。
俺達、ソーマ班は夜中に妖精広場で野営中、突如として襲撃を受けた。
見張りをしているのが俺の時で良かった。広場に踏み込まれるよりも前に、接近を察知して、全員を起こして迎撃態勢を整えるのが間に合った。
襲い掛かって来たのは、アルビオンでもよく見かけたゾンビ。吸血鬼が使役するのをグールと呼んでいるらしいが、死体が人を食らうアンデッドモンスターと化していることに変わりはない。
ダンジョンではスケルトンと並んで定番の雑魚モンスターだが、魔物除けが機能している妖精広場に、グールが迷い込んでくることは無い。
そう、何者かの意志によって、操られていない限りは。
「ここのボスは大きな騎士の石像だろう? 吸血鬼のボスが現れることもあるのか?」
「いや、モンスターじゃなくて、人の方ね」
「知らんのか、ソーマ。エルドライヒは吸血鬼の国だぞ」
「えっ、そうだったのか……」
呆れたようにフレイアが教えてくれて、ようやく理解できる。
どうやらこの世界では、吸血鬼もまた人種の一つとして存在しているらしい。これまで俺は、暗黒街のボスだった吸血鬼しか知らないから、そういうモンスターなのだと思い込んでいた。
「と言っても、あくまで祖先がそうだったというだけで、別に毎日生き血を啜ってるワケじゃないから。怖がらなくていいよー」
「だが生き血を飲むこともあるだろう」
「あるよ、たまにね。特別な相手にだけなんだけど……フレイアちゃんはどう、体験してみる?」
「寄るな、このナンパ男めっ!」
あはは、とアレンは堅物のフレイアをからかって遊んでいるが、笑っている場合ではないだろう。
「アレンはこの襲撃に心当たりがあるのか?」
「どこの国でも、犯罪組織やらテロリストやら、あるだろう? その手の厄介な輩がウチにもいてね――――狙いはオレの命か、あるいは勇者か。どっちも殺っちまうのもアリかなぁ、なんて連中の考えそうなことだよ」
「ふん、貴様らの厄介事に巻き込まれた、というワケか」
「アストリアだって悪徳貴族だのギャングだの、悪い奴らはイッパイいるでしょ? 『勇星十字団』は有名だし、狙われることも珍しくないって聞いてるけど」
「フレイア、今はアレンを糾弾しても仕方のない状況だ。すでに俺達は狙われている以上、これに対処しなければならない。ここにいる全員が、力を合わせてな」
「さっすが勇者様。実に高潔なことで」
「茶化すなよ。アレン、吸血鬼が相手なら、お前が一番詳しいんだろう? 奴らの手口を教えてくれ」
「オーケー、任せてくれたまえ」
どこまでも軽薄な態度だが、アレンの説明は端的であった。
吸血鬼は、アストリアでも有名な伝承の通りに、血を吸った相手を眷属化し操る能力を持つ――――が、純粋にこの力を持ち合わせているのは、今ではダンジョンに出現する吸血鬼系のボスモンスターくらいだという。
エルドライヒ人は、あくまで吸血鬼の末裔であり、大半は普通の人間と違いは無い。吸血鬼らしい力を持つのは、色濃く血を受け継いだアレン含めた王族や、一部の貴族と限られているようだ。
彼らが血を吸った相手はどうなるのか……そこは秘密なのだとはぐらかされたが、重要なのはグールを従える術は、他にも存在することだ。
吸血鬼は死体や弱った相手に、自らの血を与えることで、グールと化し使役することもできる。それもボスモンスターとしての吸血鬼しか持っていないようだが、この能力はエルドライヒ固有の魔法として体系化されているという。
自らの血を媒介に発動させる、単発型、結界型、儀式型、とタイプは様々だが、相手をグールという下僕に変えるという効果は同じ。
そして人の意志を奪う、あるいは死体を操る、という非人道的な効果から、グール化魔法はエルドライヒにおいても禁術とされている。
その禁術を平然と使っている時点で、相手が非合法な存在であることは明らかだ。
「さっきは結構な数をけしかけられたけど、これだけの人数をアストリア人から調達したとは思えない。多分、近場のアンデッドが湧くエリアで揃えてきたんじゃないかな」
「ただのモンスターのゾンビも、グールに変えることができるということか」
「こんなおぞましい術があるなんて、気高い勇者様には信じられないかい?」
「いや……もっと悪質な手口を見たことがあるってだけだ」
桃川ほどダンジョンのモンスターを使役した奴はいないだろう。アイツの十八番のスケルトンは召喚獣だったが、グール化の呪術を授かっていれば、同じように使ったに違いない。
というか、ただのグール程度を夜襲とはいえ、そのまま突っ込ませるだけとは、随分と手ぬるいやり方に思える。桃川が本気で夜襲をかけようと思うなら、突撃させるグール全員にコア爆弾を括りつけるくらいはやるだろう。
「俺達を『勇星十字団』だと分かった上で襲撃しているなら……このグールは陽動か、足止めだろう」
「まさかっ、本命は他の班か!?」
フレイアはすぐに、俺の言葉の意図を察した。
半端な戦力でちょっかいをかけてくるのは、大体そんな理由だろう。
「今すぐ救援に行かねば!」
「待て、フレイア。野営してる妖精広場は、ここから距離がある」
演習なのが災いしていた。三つの班は攻略ルートが被らないよう、分散している。それぞれ予定している野営候補地へ向かうにしても、中央の大きな湖を迂回するように進まなければならない。
「術者を探し出し、叩くべきだ。アレン、居場所は分かるか?」
「使役している下僕から主人を辿れるような痕跡なんて残さないでしょ。普通は分からないよ、普通はね――――オレが一緒にいて良かったね、勇者様」
「ありがとう、頼んだぞ、アレン」
◇◇◇
「どうもぉ、初めまして。俺達は『真血党』ってんだが――――とりあえずお前ら全員、死んでくれねぇか」
明確な殺意を漲らせて現れた男は、一見するとどこのダンジョンにでもいる冒険者に思える。革の軽鎧に、腰に差した長剣。それなりに使い込まれた風情の武装から、とっくに駆け出しを脱した中級冒険者といった雰囲気である。
しかし、その男の顔はすでにして人間離れした、吸血鬼のものと化していた。
白目は血色に濁り、瞳は真紅にギラついている。話す度に口を開けば、そこから鋭い牙が覗く。
人との違いといえば、その程度。しかし、人間はよく似ているからこそ、些細な違いに際立った違和感を覚える。その違いを『吸血鬼』という魔物として呼ぶには、十分すぎる理由だ。
そんな吸血鬼の特徴を持った者達が、男に続いて続々と妖精広場へと押し入って来る。
いずれも先頭の男と同様、ダンジョンで見かけても不自然さは一切ない、普通の冒険者の装いだ。
何れも若い男女で構成されており、剣士、戦士、射手、盗賊、魔術師、等々。普通の冒険者パーティが複数、集まって来ただけのように思える。
しかしその全員が吸血鬼として、今まさに人間に牙を剥こうとしていた。
「――――『一閃』!」
しかし、先制をかけたのは人間側。すなわち、ジュリアスだった。
相手の敵意は明確だ。こちらの殺害を目的と明言している以上、交渉の余地も一切ナシ。ならば後は、純粋な戦闘をするのみ。
栄えある『勇星十字団』として、むざむざと皆殺しにされるなどあってはならない。まず無傷での勝利は不可能。死人さえ出すかもしれない。
だが、絶対に負けない。
その一心でジュリアスは少しでも有利を取るべく、自ら先陣を切った。
天職『騎士』のジュリアスは、伯爵家で仕立てた専用の全身鎧を着用しているが、野営中であったため、今は薄着で、ベストを一枚羽織っている程度。普段の防御は期待できないが、手にする剣は愛用の『ブラストソード』。
最も基礎的な斬撃の武技『一閃』に、ブラストソードの機能である魔力の斬撃強化の効果が乗った一撃が、先頭に立つ吸血鬼男の脳天に迫る。
直撃すれば常人など頭から股下まで真っ二つになる威力が籠った刃を、男はただ籠手にさえ覆われていない剥き出しの腕を掲げるのみだった。
そんな腕一本で、防げる威力ではない――――男の反応にそう感じた直後、ジュリアスは全く予想外の手ごたえに困惑した。
「硬いっ……」
放った刃は、男の腕の半ばで止まっていた。手ごたえからして、ちょうど骨の半分ほどまで食い込んだ形。素人が力任せに叩きつければ、このような状態となろうが……ジュリアスの武技は研ぎ澄まされており、さらにブラストソードの強化もある。
生身の腕一本を断ち切るなど容易なはずが、まるで鋼の盾に叩き込んだような感触だった。
「素人のお坊ちゃんに、教えておいてやるよ。コイツは『血闘術』ってんだ――――覚えとけぇ!」
ドン、と強い衝撃を胸元に叩き込まれ、ジュリアスは吹き飛んだ。
見えたのは、刃を受けた男の腕に赤々と輝く、血管のような紋様が浮かび上がったこと。そして、あえて刃を受けた方の腕で、自分に拳を放ったこと。
一瞬で腕に食い込んでいた刃を抜き、そのままジャブのように最小の振りで放たれた拳。しかし、胴に駆け抜ける衝撃は、突きの武技を受けたかのように重かった。
ジュリアスとて若くとも選び抜かれた精鋭だ。辛うじて男の突きを受ける寸前に腕でガードをしたし、剣も手放すことなく握り続けていた。
鎧だけに頼らず、生身の鍛錬も怠ったことはなかったが、それでもガードが間に合わなければ骨にヒビが入るほどのダメージを負ったかもしれない。
この程度の衝撃だけで済んだのは僥倖だ、と受け身を取りながら倒れ込んだ際に思った。
「ぐっ、うぅ……」
「ジュリアス!」
「すぐに回復を!」
班の仲間がすぐさま、倒れたジュリアスのカバーに入るように動く。同時に、回復役の少女も、ジュリアスに治癒魔法を施した。
その様を、吸血鬼達は余裕の笑みを浮かべて、追撃もせず眺めていた。
「くっくっく、大変だよなぁ、脆弱な人間共は……俺達はこの程度の傷なんざ、すぐに治っちまうってのに」
治癒の光を受けているジュリアスを見下すように、男は半ばまで斬られたはずの腕を掲げて見せる。
いまだ赤い血管紋様の輝く腕は、傷口から滴る血が逆再生するように体内へ戻って行き、肉が、皮膚が、不気味に蠢いてあっという間に鋭利な創傷を覆いつくす。
男が誇らしげに言い放って数秒もせずに、腕は綺麗に元通りとなっていた。
「あ、ありえない……ボス並みの再生力だ……」
この吸血鬼達は、ダンジョンのモンスターではない。流暢に喋り、意志疎通が出来ている時点で、彼らは人。恐らくは吸血鬼の末裔たるエルドライヒ人だと思われる。
ただのエルドライヒ人に、武技を平然と受け止め、瞬時に傷を再生させる、などという化物じみた能力などあるはずもない。能力的にも種族としても、彼らもまた同じ人間に過ぎないのだから。
その人間がこれほどの再生能力を発揮するには、それに特化した天職やスキルを授かるか、高位の治癒強化魔法を受けるしか方法はない。
だが特に治癒魔法の強化を受けたように見えない男が、腕を再生させる様は、正しく吸血鬼のボスモンスターを彷彿とさせる。
「くそっ、コイツら全員、このレベルの吸血鬼なのかよ……」
この男だけが特別に強い、というワケではなさそうだ。いまだ男の後ろに控えているだけの連中も、似たような気配を放っている。
彼らが名乗った『真血党』の名に聞き覚えはないが……恐らくは、吸血鬼の力を引き出した犯罪組織。それも、アストリアの首都シグルーンのダンジョンに乗り込んで、自分達を襲えるほどの力を持った、国際的な組織だ。
もしも本当に、ここに押し入った全員が男と同じだけの力を持つ吸血鬼ならば……いくら『勇星十字団』とはいえ、新人の班一つで対応するには、あまりにも荷が重い。
ジュリアスはこの班のリーダーを任せられるだけあって、優秀だ。総合的な戦闘能力でも、班員の誰よりも勝るだろう。そんなリーダーでありエースでもある彼が、こうも軽くあしらわれてしまった事実が、端的に彼我の戦力差を示していた。
実力は相手の方が上で、人数も上。勝ち目など、どこにも見いだせなかった。
「ははっ、お利口さんだ、もう俺らにゃ勝てねぇって分かってくれたかぁ」
挑発的に言いながら、男が一歩踏み込む。
すでにジュリアスは回復こそしているが、再び斬りかかるような真似はできなかった。
「これからお前ら全員をぶっ殺すワケだがぁ……実は一つだけ、助かる方法がある」
男のギラつく血色の目が、戦意と恐怖の入り混じった団員達を舐めるように見渡す。
不吉で不快な視線。しかし、それでも男がさらに言葉を放つよりも先に、攻撃を仕掛けることが出来る者はいない。
「血を捧げて、下僕になれ」
それだけが唯一、この場で生き残る方法だと男は言い放った。
なるほど、実に吸血鬼らしい提案だ。
血を吸った相手を眷属と化し、意のままに操る。それはアストリアでも有名な伝承だし、ボスモンスターとしての吸血鬼もそういった能力を持つ個体も存在している。あるいは、エルドライヒの王族も、同じ力を持つかもしれないと、まことしやかに囁かれていた。
ならば、本物の怪物としての吸血鬼の力を持つ『真血党』の者は、本当に血を吸った者を下僕とすることが出来るのかもしれない。
「だ、誰が……そのような真似をするか! 我らは『勇星十字団』、たとえ命が尽きようとも、外道に屈することなど無い!」
「吠えるなよ、人間が。分かってんだろ、俺の方が強ぇ、お前は勝てねぇ。単純なことだろ、俺が上でっ、お前が下だっ!」
ジュリアスの誇り高き啖呵に、吸血鬼男は嘲笑で答える。
「いいか、これは俺とお前だけの話じゃねぇ。これが、この力の差こそが、脆弱な人間と高貴な吸血鬼との、決定的な違いだ」
それは単純にして明快な主張。
だからこそ、何時の時代、何処の地域でも発生しうる危険思想。
「吸血鬼こそ種の頂点。世界を統べるべき支配種であり……お前ら劣等種の人間は、全て吸血鬼に奉仕するべき存在なのだ」
ジュリアス達は理解する。これが『真血党』の思想。
なるほど、違法な犯罪組織に相応しい理念である。
このノア大陸で、三公国とアストリア、友好的な関係を維持しようというエルドライヒの外交努力を足蹴にする危険思想の集団だ。
「さぁ、跪け! 俺達、吸血鬼は慈悲深く寛大だ。最初に下僕を誓った奴は、この俺の侍従長に取り立ててやってもいいぞ。どうだぁ、んん?」
男の言葉に、ジュリアスも、誰も、固まったように動けなかった。
しかしジュリアスの内心は焦燥が募る一方。下手に懐柔策を言われたせいで、本当に班員から、奴らに下ると言い出す者が出かねない。
そうなれば、もう本当に勝機はない。全員でこの場を生きて脱する、という最低限の目的すら叶わない。
「くくっ、怖くて動けんか? まぁ、仕方ない、なにせ俺達は首を撥ねたって死なない、本物の吸血鬼だか――――」
轟っ、と黒い疾風が駆け抜けた。
そう思えるほど、ソレはあまりに速く、力強かった。
「――――らぁ?」
言葉を途切れさせた、吸血鬼男の首が宙を舞う。
鮮血を噴き出す首筋には、腕と同じ紋様が赤々と光輝いている。だが、ジュリアスの刃を止めたはずの力も、更なる強大な力の前には、ただの生首とならざるを得ない。
それは一目瞭然。首を斬り飛ばした刃は、ジュリアスの剣とは比べるべくもないほど、巨大な漆黒の斧刃なのだから。
「わあっ、本当に首を撥ねても死なないんだ」
首と胴が別たれた吸血鬼男が倒れ伏すと同時に、どこまでも呑気な声音が響く。
それはまるで、首を落としても元気にまな板の上で跳ね回る鮮魚を眺めるような気分で。
「面倒くさいなぁ……えい!」
少々、眉を潜めながら、可愛らしい掛け声と共に、凶悪な黒きハルバードが投じられる。
首を撥ねた斧刃とは別な、先端に伸びる槍の穂先が、深々と倒れた男の心臓を貫いた。
「あっ、あぁがぁあああああああああああああああっ――――」
刹那、吸血鬼男の生首は凄まじい絶叫を上げ、肉体はビクビクと大きく痙攣する。
だが、何秒もしない内に声も体の反応も治まり……後にはただ、首を断たれ、心臓を穿たれた、男の惨殺死体が転がるのみ。
「良かった、首を切って心臓を刺せば、ちゃんと死ぬんだね」
いい調理法を思いついた、とばかりに『狂戦士』は微笑んだ。




