第470話 迷宮演習(2)
2025年10月17日
第455話にて、時系列で矛盾が生じてしまった部分を、今話で修正しました。合わせて、第455話の当該部分は削除しておきます。
冒頭部分のシーンは以前に矛盾のあった部分を加筆したものとなっておりますので、内容はほぼそのままとなります。前に読んだ覚えがある、と思った方は飛ばしても問題ありません。
初めて読んだと感じた方は、どうぞ何も気にせずお楽しみください。
パァン! パァン! パパァン!!
と、激しく肉を打つ音と共に、無様な女の声が響く。
「あひぃん! ど、どうか……お許しになってぇーん!!」
「セイヤッ! ソイヤッ!」
悲痛な謝罪の言葉など一顧だにせず、黒髪の少年はひたむきな眼差しで、一心不乱に叩いていた。尻を。
そこは妖精広場のど真ん中。司祭達に抑え付けられた女主教が、肥え太った尻を丸出しに高々と掲げられては、賑やかな祭囃子の太鼓が如く乱れ打たれていた。
「ふふん、ようやくデカいケツが温まって来たところだぜ」
紅葉のような小さな赤い掌の跡がついた尻を、小太郎がカメラ目線のキメ顔で言いながらソフトタッチする。
「んっ、あぁん……」
「なにちょっと感じてんだよ! 反省しろこのメス豚がっ!!」
「おおっほぉおおおーっ! そ、そこはダメなのぉおおおおおおおおおおおおん!!」
ブツッ、とそこで映像は途切れた。もう限界だったから。
品性下劣にして低俗極まる内容を目にしたことで、聖女にして王女たるサリスティアーネは深い、それはもう深い溜息を吐き出し、顔を覆った。
「まさか、こんなことになるとは……」
まず後悔したのは、真実を克明に記録したノーカット版の証拠映像を見ようと思ったこと。道理で、この映像データを報告用に提出した者が、「ひ、姫様のお目汚しになるかと……」とストレートに視聴をオススメしなかった理由が、今ならよく理解できる。
あの者は精一杯の気遣いをしてくれたに過ぎない。それを、不始末を全て検められるのを恐れてのことか、などと穿った見方をした自分を反省する。
何が真実を全てこの目で見届ける、だ。少し前の生真面目な覚悟で臨んだ自分を罵倒してやりたい気分だった。
だがしかし、サリスティアーネが今最も罵倒して張り倒してやりたい相手は、他でもない、あの黒髪の呪術師、桃川小太郎だ。
「よくも……よくもこんな、ふざけた真似を……」
第四階層の入口となる妖精広場の支配は、これ以上ないほど無様な形で大失敗となってしまった。解放された妖精広場を速やかに確保せよ、と強く口利きしたのは他ならぬ自分である。
勇者リリスがわざわざ忠告をしたにも関わらず、あの呪術師がパンドラ聖教の正攻法にどんな手だてで抗うか見定めてやろう、という小手調べといった気持ちで仕向けた結果がこのザマだ。
あの男は、伊達にダンジョンマスターではない。本物の勇者を差し置いて、贄となるだけの運命だった者達を率いて、アルビオン大迷宮を攻略したのだ。
それがどれほどの偉業であったか、心から理解できるのは、同じく大迷宮を完全攻略したリリスだけであろう。
自分はただ、紫藤大司祭の報告だけで、彼らの手の内を知った気でいただけだった。
それは初めて小太郎がアルビオンへと出てきたあの日だけで、十分に思い知ったと考えていたが……まだ自分が甘かった。
「しかし、お姉様の忠告通りとなったのも、また事実」
サリスティアーネの下へ報告が届いた時には、もう全てが手遅れであった。
女神派が通常行使する権限を遥かに超える管理権限を握る小太郎によって、彼女はあんな辱めを受ける陰惨な罠にまんまとかけられたのだ。
自らの手で凌辱の限りを尽くしておきながら、「妖精さんがやれって言うから」という古代の防衛機能を免罪符に、表向きには素晴らしい機転を利かせて女主教御一行の命を救った偉業、ということになっているのも腹立たしい。
無論、ヴァンハイトの女神派とて間抜けではない。こんな聖教の権威が失墜しかねない恥そのもの、恥部丸出しの衝撃映像など、断じて表沙汰としてはならない。最速で揉み消しを図るべく動いたことは間違いないが……それ以上に、小太郎が手を回す方が早かった。いいや、最初から完全に情報を拡散させる手筈を整えていたのだ。
そして『メス豚女主教、悶絶ケツ叩き祭りin妖精広場』などと現地の酒場では笑い話としてその日の内に語られることとなっていた。映像も画像も方々へとばら撒かれ、最早、隠蔽工作など不可能な段階。下手な隠蔽は、更なる反感を招くだろう。
「これでヴァンハイトの、いえ、東部での女神派は、しばらく発言力を失った」
アストリア東部を制するのは東聖卿であり、ゴリゴリの『救済派』として有名だ。懐柔はまずもって不可能である。
だからこそヴァンハイトでは地道な派閥工作が続けられてきたが、それらも全て水の泡となった。
あの妖精広場を『女神派』主導で抑えることに成功すれば、小太郎を勢力ごと締め出しつつ、古くから『救済派』の東聖卿の元で『女神派』が勢力を伸ばす一助となるはずだった。それが終わってみれば、二兎を追う者は一兎をも得ず、である。
幸い、女神派を露骨に敵視し弱みを見せた途端に政争を仕掛けてくるようなことは無いが、それでも今回の大失策を受けて、東聖卿も女神派の意見に耳を傾けることは、ほとぼりが完全に冷めるまで無いだろう。
そして恐らく、小太郎はそんな東部の聖教の派閥関係も読んだ上で、あの暴挙に出たに違いない。自ら表立って聖教と対立することなく、あくまで善意の冒険者にして、最大限に協力を惜しまなかった、という姿勢と立場を貫いた。残念ながら、ケチのつけようがない。
「今は大人しく、『無限煉獄』から手を引くべきでしょう」
ここでムキになって、無茶を通すような陰謀を巡らせれば、きっと更なる損害を被ることとなる。すでにヴァンハイトは、女神派の自分達が表立って動けない、相手の領域と化している。
サリスティアーネとて腸の煮えくり返る思いだが、ここは損切りせねばならぬ場面と心得た。
さっさと切り替えて、次の行動を考えるのが最も建設的であり、精神衛生上も良いと言い聞かせ、気分を落ち着かせた。
そう、ここは頭を冷やさねばならない時。この事態は最早、ヴァンハイトという迷宮都市一つだけでは済まないかもしれないのだから。
「最も厄介なのは、ダンジョンマスターの力……」
間違いなく小太郎は、妖精広場を強い管理権限で掌握している。そもそも妖精像の完全起動は、パンドラ聖教でも禁忌の一つ。
妖精広場を象徴する妖精像は、古代の強力な防衛装置である。完全に機能を発揮する状態にしてしまうと、妖精像は神の加護の力も加わり、『聖天結界』さえ一息に貫く光線を放つ。突破も破壊も不可能。何よりも厄介なのは、妖精の神の加護の影響を受け、自律稼動状態になってしまうこと。すなわち、こちらの制御が効かなくなる可能性があるのだ。
故に、妖精像の完全起動はタブーである。ソレができる管理権限もかなり上位で、パンドラ聖教でも更に限られた者しか持ちえない。ごく少数のみが権限を握るからこそ、これまで妖精像の機能制限は徹底されてきた。
だがそれも小太郎一人のせいで、揺らぐこととなってしまった。
恐らく、『女神派』の手先を送り込んで来ることを小太郎は予見していた。その上で、自分も制御しきれないリスクを飲んででも、妖精像を完全起動させたのだ。
絶対に妖精広場の管理権限を、こちらに渡さないために。
こうなれば、たとえ小太郎本人が現地を離れても、すでに妖精像の機能は全て発揮されている。下手な権限で弄ろうとすれば、あの女主教の二の舞……いや、尻を叩かれるどころか、脅威の妖精レーザーで尻が二つに割れてしまう。
いいや、第四階層の妖精広場だけでなく、小太郎が各ダンジョンの妖精広場で手当たり次第に妖精像を完全起動状態にしてしまえば……
「あまりにも危険過ぎる。このままでは、あの男一人のせいで、アストリアのダンジョン管理体制が崩壊する恐れも……」
すでに小太郎は、掌握した妖精広場を自らのいいように扱っている。妖精神社、などと称して、勝手に通行税を課し、本来なら管理局による厳しい制限のある広場での商売も行っている。
だが最も嫌な点は、第四階層に入る者の身分を徹底して検分していることだ。
これでは『女神派』が送り込める人員は限られる。身分を偽って入り込んだとしても、怪しい動きを見せれば、その人物が敵であることは割れてしまう。流石に第四階層に送り込めるほどの腕利きを、一回で使い捨てできるほどの人数など揃ってはいない。
潜り込ませたところで、不審に思われない範囲での調査が精々だろう。
今はこれが『無限煉獄』一か所だけで済んでいるから、まだいい。だが小太郎の手による妖精広場の占領が、他の四大迷宮にも及べば……ダンジョンの管理は、パンドラ聖教が握る最も大きな力だ。いいや、聖教だけでなく、ダンジョンの恩恵によって大国へと発展した、このアストリアという国の土台すらも揺らぐほど。
とても放置はできない危機感を強く抱くが、
「彼を迷宮から締め出そうとすれば、逆にこちらが締め出されてしまうでしょう」
リリスの忠告が頭を過る。今まさに、その通りのことが起こってしまった。
小太郎のダンジョン攻略は、最早、こちらが握る管理権限だけで幾らでも制御できるようなモノでは無くなっている。
もしもこのまま、破竹の勢いで小太郎が四大迷宮を制覇してゆけば、より強大な力を秘めるダンジョンの深層を全てあの男が手に入れることとなる。そうなった時、小太郎はたった一人でパンドラ聖教を上回る力を持つに至るだろう。
「やはり『勇者』による四大迷宮攻略を、急がなければならないようですね」
幸いと言うべきか、最初の迷宮演習が間近に迫る時期である。
悠斗が『勇星十字団』に入団し、それなりの期間が経っている。見たところ、団員達との関係は良好であり、順調に『勇者』としてその力も人格も認められつつあるようだ。
ここで迷宮演習を無事に終えれば、内外にも新勇者の実力は十分と称し、本格的な四大迷宮攻略に乗り出せるだろう。
「全く、アストリア建国期でも無いと言うのに、ダンジョンの攻略競走なんて真似をする羽目になるなんて……」
取るに足らない、吹けば飛ぶような小さな障害程度にしか思っていなかったが、ついに焦燥を覚えさせるほどの存在となってきた。
デスクの上に広がる報告書の写真、そこに写る小太郎の顔は、どれも実に楽し気で―――― 癪に障る。どうしようもなく。あの人を小ばかにしたような、野良猫のような目がサリスティアーネを挑発している。
気づいた時には、掌に宿した光熱で報告書ごと全て焼き払っていた。
◇◇◇
『勇星十字団』の新団員、ジュリアス・ローモンドは、一つの密命を帯びていた。
「篭絡、ですか……?」
「そうだ」
晴れて『勇星十字団』への入団が決定し、スーパーエリート人生が確定した日の晩。父親から、重々しくそう切り出された。
「ターゲットはこの女だ」
「『狂戦士』、フタバメイコ……私の好みではありませんね」
「好き嫌いの話ではない、これはまたとないチャンスなのだ」
「それはまた、どのような?」
「勇者パーティの一員になれる、かもしれん」
「っ!?」
その一言に、流石に冗談で返すことは出来なかった。
勇者パーティ。それはアストリアならば、誰もが憧れる肩書。正しく英雄の証明。
「この女は例の新勇者が連れている仲間らしい。実力も確かだと」
「最初から女連れとは、なかなかやりますね。しかし、それでは私など付け入る隙はないのでは?」
言外に、新勇者から女を寝取って恨まれるのは御免だ、と表情を滲ませるジュリアスに、父はため息交じりに言う。
「そういう関係性ではない、らしい」
「らしい、ですか」
「公に夫婦でも婚約者でも無いのなら、後は誰と結ばれようが当人同士の自由。そうだろう?」
「アストリアもすっかり自由恋愛の風潮が強いですからね」
「我が伯爵家には無縁な話だがな」
ローモンド家は、大きくも小さくも無い街と周辺の村を幾つかを含めた領地を持つ伯爵家だ。立派な貴族とはいえ、広大なアストリアでは数多くの領主貴族がいる。飛びぬけた権力や影響力などは持っていない。
「それで、彼女に上手く取り入れば、お情けで私も新たな勇者パーティの一員になれる、と?」
「それに何か不満があるのか?」
「とんでもない、それだけで栄光の座を得ることができるなら、望外の幸運と言うべきでしょう」
自分の力で勇者パーティとして認められなければ――――そんな青臭い理想を吐くような年頃は、すでにジュリアスは去っていた。
自分は伯爵家の次男。黙っていても家督が継げる立場にはない。
しかし自分には才能があった。天職『騎士』を10歳の頃に授かり、それから『勇星十字団』の入団を目指して努力をしてきた。それが自分にとって最善の栄達と信じて。
この度は努力が実り、無事に入団することが出来た。
今回の話は、勇者パーティへの道が開けるかもしれない、更なる栄達へ至るチャンスである。本来なら一縷の望みもないような道だ。
たとえお情けでもオマケでも、勇者パーティの一員という肩書が得られれば、どれほど大きな名誉となるか。そしてその立場を使えば、どれだけ影響力を拡大できるか。
少なくとも、勇者パーティの一員を輩出したローモンド家は、そこらの伯爵家から突出した存在になるだろう。上手くいけば陞爵もあり得る。
「それにしても、一体どこからこんな話を?」
「聖教の方から、噂程度だが情報が流れてきたのでな」
「なるほど、それでこの『狂戦士』ちゃんは、我々がお手付きをしても良いと」
「新勇者一行は異邦人だからな。寄る辺のない身であることを、聖教も慮ってのことだろう」
「由緒正しいアストリア貴族と婚姻を結べば、確かにそういった心配事は無くなるでしょうね」
「ついでに情も交わせれば、尚良しだ」
勇者パーティに相応しい実力を持つ『狂戦士』だが、ただの少女でもある。男女の仲となれば、彼女の力も立場も全てを自分の味方とすることができる。
腹黒い性格と欲望を抱えた貴族令嬢を相手するよりかは、異郷からやって来た初心な少女を篭絡する方が、よほど楽だし、リターンも大きい。
「となれば、競走になりますね」
「うむ、同じ噂を聞きつけて、狙う男は多いだろう。負けるなよ、ジュリアス」
「まぁ、出来る限りの努力はしますよ」
そうして、ジュリアスは『狂戦士』双葉芽衣子を篭絡する密命を胸に、彼女へと接近した。
「――――なかなかどうして、ガードが固い」
気が付けば、入団から三ヶ月の時が過ぎ、今は迷宮演習が始まった。
すでに早朝から班で『外郭庭園』へと入り、今は第一階層に広がる長閑な森をハイキング気分で進んでいるところだ。
ジュリアスは殿として最後尾の配置となり、前の方を進む芽衣子の大きな背中を眺めるだけ。
そんな彼女の周囲には、自分と同じような理由でアプローチをかけている男子の姿があった。
「最初は余裕だと思ったんだけどなぁ」
朗らかな微笑みを浮かべて、周囲に侍る男子に対応する芽衣子の横顔に、ついそんな独り言を漏らす。
双葉芽衣子は『狂戦士』という恐ろし気な天職に反し、とても心優しい、穏やかな少女であった。皮肉とマウントを取ることに余念のない貴族令嬢と比べれば、何と純真な人なのだろうと素直に感動したほどだ。
しかし、どれほどアプローチをかけたところで、彼女の微笑みの壁を突破することは出来なかった。
ジュリアスは自分の容姿には自信を持っているし、女性経験も相応に積んできている。特別なことをせずとも、自然体を装ってこちらから優しく接していれば、相手の方が勝手に好意を持って来る……はずだが、どうにも友人以上の感情というものを、芽衣子が抱く様子は全く無かった。
単に自分が好みではないのか、とも考えたが、他にもタイプの異なる男子がそれなりの人数が言い寄っている。しかし、それの誰にも靡いた様子は見られない。
もしかして女が好きなのでは、と最近は本気で思いつつある。
基本的には誰にでも分け隔てなく接する芽衣子だが、中でも小さい、と言っても年齢ではなく背丈や容姿の面で、小さい女子には特に優しいと、ジュリアスは観察していた。
だがそれも、性愛的な要素は見られない。精々が犬猫を殊更に可愛がる気持ちの延長のようなものに思えた。
「これは何か、距離を縮めるためのイベントが必要かな」
とは言え、都合よくピンチを助ける、なんて展開を期待するのは無理だろう。自作自演も、ダンジョンの中でやるにはリスキーだ。街で不良をけしかけるような古典的なマッチポンプとは、わけが違う。
「けど、焦る必要はない……ダメで元々。下手なことをしてクランにいられなくなる方が困るからね」
色恋沙汰が拗れた時の厄介さは、知っている。
それに今は、自分と同じくあまりの進展の無さに、この迷宮演習を機会に思い切って動く者もいるだろう。そうした行動の邪魔をして、また別な恨みを買うのもよろしくない。
焦らず、機を見定めるのだ。最悪、特に何も出来ずとも致し方ない、くらいの気持ちで事に望む。
「最低でも、実戦で頼りになる姿くらいは見せておきたいけれど――――」
芽衣子が抱えるハルバードは、ただの訓練で振るわれただけで破損したこと数度。クランお抱えの鍛冶工房で、とにかく頑丈さを重視した特別性となった一振りを携える姿に、自分の力など目に留まるかどうか。あまり自信は持てなかった。
◇◇◇
「――――いい、最近の『ネレイス湖畔』は、ゴーマの勢力が急拡大しているわ」
迷宮演習が始まる三日前、参加する新団員が集うミーティングの場で、涼子はそう切り出した。
「つまり、普段よりも環境が荒れている、ということかい?」
「その通りよ。石像ゴーレム系に野生動物系といった本来想定されるモンスターに加えて、ゴーマの群れも潜んでいる可能性が高い。このまま数が増えるようだったら、騎士団が間引きに入ることも検討されているほどよ」
だが、それでも迷宮演習が中止となることは無かった。
新人とはいえ、栄えある『勇星十字団』の一員だ。ゴーマ如きを恐れて、最強のクランなど名乗れない。
「私達が騎士団の代わりに、住み着いたゴーマを駆除する気持ちで行きましょう」
いよいよ本番となる『外郭庭園』第三階層『ネレイス湖畔』へと、メンバーはやって来ると、誰もが涼子の言葉を思い出す。
ここで警戒すべきは、恵まれた環境で大繁殖をしているらしいゴーマ勢力。
まずは周辺を警戒し、目ぼしい巣を潰すべく、索敵を始めた――――すると、『盗賊』を筆頭とした斥候役は、すぐにゴーマの巣と思しき場所を次々と発見した。
「……どういうことだ、全て死んでいる」
ジュリアスは秀麗な眉を潜めながら、絵に描いたような虐殺の憂き目にあったゴーマ集落を眺める。
森の中に開かれた、粗末な木造小屋や櫓、そしてテントが寄り集まった典型的なゴーマの集落だ。そこには乾いた血糊がそこら中に広がり、森の魔物に死骸を漁られたゴーマ達が転がっている。
「やっぱ他の班が先にやったんじゃないのか?」
「酷ぇ臭いだ……最低でも死体は燃やしといてくれよなぁ」
「森の中だと延焼するかもだし」
「とにかく、もうここにゴーマはいない。他を当たろう」
ジュリアスの指示に、班は早々に森を出る。
ただでさえ臭いゴーマが、さらに死臭が立ち込めていた場所を脱し、新鮮な空気を吸って人心地がついたジュリアスは、視界の端で思い悩むような表情を浮かべる芽衣子に気が付いた。
「メイ、大丈夫? 気分が悪くなったりしてないかな。酷い臭いだったからね」
「うん、それは大丈夫。慣れてるから」
強がりでも何でもなく、そんなこと気にも留めていなかった、という様子の芽衣子に、ジュリアスは以前、父が竜災対策で連れてきた歴戦の傭兵の姿を連想してしまった。
「それじゃあ、他に何か気がかりが?」
「うーん、多分、あのゴーマをやったのは蒼真君の班でも、委員長の班でも無いと思うの」
「かといって、野生のモンスターに襲われたようにも見えなかったけれど。あのゴーマは確かに、人の武器で仕留められていた」
ゴーマの死因は、大半が刃によって切り裂かれたか、突き刺されたか、といったところだ。ジュリアス達も素人ではない。傷口から、どのような攻撃に晒されたか判別くらいは出来る。
その上で、誰がどう見ても人の手で襲われたとしか思えなかった。
「蒼真君ならもっと綺麗に斬っているし、委員長がいるなら、あのくらいの規模ならまとめて氷漬けにしてると思う」
「なるほど、確かに彼らの力量を考えると、少しばかり荒いやり口に思えるね」
正直、悠斗が本気で斬ったらどれほどの切り口になるか、なんてことはジュリアスには分からないが、それなりに魔術師クラスも含む班構成で、ほとんど魔法を使った形跡が見られなかったことは、納得できる。
特に涼子の氷魔法は、クランでも上位になるだろうほど大規模な行使を可能としている。一晩経った程度で、その形跡が全て消え去るとは考えにくい。
「それなら、俺達以外にここに潜っている冒険者がいるのだろう」
迷宮演習を行っているからといって、この場を『勇星十字団』が占有しているワケではない。ここは探索しやすい環境というだけで、さほど実入りの期待できないエリアだが、それでもやって来る冒険者とて皆無ではないのだから。
「うーん、そうだといいんだけど……」
露骨に嫌な予感がする、とでも言いたげな芽衣子だったが、それ以上は口にすることはなかった。
それから、更に3か所はゴーマの集落を発見し……それらは全て、同じように壊滅していた。
ジュリアス班は、元々ここに生息している石像ゴーレムと一度の戦闘をするだけで、この日の探索を終えることとなった。
近場の妖精広場へ入り、野営をする。
ここでも芽衣子が腕を振るって、野営中とは思えないメニューに舌鼓を打ち、彼らは明日の本格的な攻略のために、早々に床へと就いた――――
「――――起きろっ!」
鋭い仲間の呼び声に、班員はすぐさま飛び起き、戦闘態勢を整えた。
そこは伊達に素人ではなく、選び抜かれた若きエリート達である。誰も狼狽えることなく、覚悟を決めて武器を構えていた。
「何者だっ! 俺達を『勇星十字団』と知っての狼藉かっ!!」
先頭に立つジュリアスが、威嚇と警告を兼ねた大声を張り上げる。
朗々と響き渡った声が、妖精広場に虚しく反響してゆく。再び沈黙が降りてより、一拍してから、ソレは現れた。
「こんばんわ、『勇星十字団』のお坊ちゃん、お嬢ちゃん達」
妖精広場へ通じる入口の向こう、暗闇に浮かぶ、真っ赤な双眸を輝かせて。
「コイツ、まさか……吸血鬼かっ!?」
「どうもぉ、初めまして。俺達は『真血党』ってんだが――――とりあえずお前ら全員、死んでくれねぇか」