表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:勇星十字団
515/515

第468話 黒髪教会、拡大中(2)

『無限煉獄』第四階層。

 そこは正に煉獄の名にふさわしい、禍々しい景色が広がっていた。昼も夜もなく、燃えるような赤い空が広がり、地面は緑の恵みを拒絶するかのような黒い荒地。そして天を突くような大山脈が遥か遠方に連なり、轟々と荒れ狂うマグマを天辺から噴き出させていた。

 そんな神話に語られるような煉獄の中を、富と名声を求めて恐れ知らずの冒険者達は行く。


「おおっ、ツイてるぞ!」

「少し小さいけれど、どうやら神殿のようね」

「ほとんど荒れてねぇ……大当たりじゃねぇか!」


 黒い岩山の一角。断崖絶壁を背にして、この黒と赤で彩られた中で建つ白い石造りの神殿は、輝いて見えるようだった。

 すでに入口周辺エリアの探索は粗方済み、いよいよ隣接のエリアまで探索範囲が広がった昨今。一見何も無いように思える第四階層だが、分かりやすく建物などの人工物が点々と残されていることは、すぐに判明した。

 従来通りのダンジョン同様、そうした場所には古代の遺物が残されていることもあり、更に運が良ければ宝箱も発見できる。


 明らかに一番乗りと思しき、比較的綺麗な状態で残った神殿らしき建物の発見に、冒険者パーティは歓喜した。

 しかし、そこはヴァンハイトの大迷宮攻略最前線に立つ冒険者だけあって、このパーティに油断はない。叫びたいほどの喜びを胸に押し留め、危険なトラップや隠れ潜んでいるモンスターがいないか、細心の注意を払って探索を進めた。


「これと言った罠は無かったな」

「魔物が潜んでいる形跡もない」

「まるで安全地帯のようだが……流石に妖精広場は無いか」

「でも収穫は見込めそうよ。色々と置いてあったわ」


 屋内の索敵も済ませ、いよいよお宝を漁るお楽しみの時間――――といった矢先に、外を警戒していた射手が、叫び声を上げた。


「まずい、ヘルガーが来るぞ! 首輪付きだっ!!」

「なんだとっ!?」


 その一報に、メンバーは即座に臨戦態勢で外へ出た。

 すると、ここへとやって来た自分達が通った小道を、猛然と駆けてくる数頭の狼型モンスター、ヘルガーの姿がすぐに確認できた。


 第三階層の主、フルヘルガーは今でも再出現すれば、正攻法で倒せる者はいない強大なボスモンスターだ。しかしボスが連れるヘルガーは、第三階層全域で見られる、通常の魔物。

 群れると厄介であるが、強いボスのいない数頭の小さな群れなど、このエリアに踏み入る資格を得た冒険者にとっては、何ら脅威となりえない。

 しかし今の彼らが戦々恐々としているのは、ヘルガーの首に巻かれた、錆びた鉄の首輪――――すなわち、飼い主の存在である。


「ちくしょう、見つかっちまったか……」

「いえ、誘い込まれたのよ」

「クソっ、それじゃあ何か、このやけに小奇麗な神殿は人間をおびき寄せるための、悪魔の罠ってことかよ」

「罠ってより、狩場って感じだな――――来るぞっ!」


 射手が鋭い声を上げると共に、赤い空から燃え盛る矢が振って来た。

 その矢はやけに大きく長く、槍のようなサイズである。そんな矢が紅蓮に燃えながら、正確にメンバーを狙った人数分の本数が飛来。

 警告のお陰で素早く散った冒険者達は回避を成功させるが、燃える矢は数秒前に彼らの立っていた場所を正確に射貫き――――ドっと炎を噴いて爆発した。


「クハハハ」

「キヒヒ……」

「クララ、キア、カカカカ――――」


 不快な金属音のような、不気味な音。

 ソレが悪魔の声だった。


「嘘だろ……三体もいやがる……」


 人間にしては、やけにひょろ長い不気味な体型。その体長は3メートルほど。モンスターとしては大したサイズではないが、人型の中では大きい部類になるだろう。

 ゴーマを筆頭とした、人間に敵対的で凶暴な人型モンスターは数多く確認されているが、古来より最も恐れられる人型モンスターの代表は――――『悪魔』である。


 第四階層に出現する、この人型モンスターは『煉獄の悪魔ゲヘナ・ディアブロ』、と名づけられた。

 異様な体型をしているが、頭部には角があり、腰の後ろから細長い鞭のような尻尾も伸びており、オーソドックスな悪魔の特徴を有している。

 だが何よりも恐るべきは、その強さと残虐性だ。


 金属のような質感をした漆黒の体は、病人のようにやせ細っているが、その長く細い腕は容易く人間を八つ裂きにする膂力が秘められている。

 手にした武器は身長に見合った大きなものばかりで、さらにはそれらを十全に扱う技術も併せ持っている。

 さらに厄介なのは、悪魔は魔法の素養も高く、いずれの個体も何かしらの魔法を行使することだ。

 幸いというべきか、この『煉獄の悪魔ゲヘナ・ディアブロ』は火属性魔法しか使わないようだが……しっかりと炎熱対策の装備をしていても、この悪魔を相手するには分が悪い。


 第四階層の探索が始まって間もなく、最初に出た冒険者の犠牲はこの悪魔によるものだった。

 何れも歴戦の高位冒険者であったが、悪魔はそれを凌駕する力を持ち、すでに幾つかのパーティが惨殺されている。現状、この場所で最も警戒すべきモンスターだ。


「お前一人であの射手を牽制できるか?」

「無理だ、誰か一人は攻めてくれなきゃ、止められないぞ」

「だよな……速攻で射手を仕留める。剣士と戦士は、俺とお前で死ぬ気で足止めだ」

「あんなの一人で相手すりゃ、秒殺もあり得るぞ……」

「悪魔相手に即死するなら、幸せな方よ」

「止せ、やるしかねぇんだ」


 三体の悪魔は、それぞれ弓を持った射手型、長大な剣を背負った剣士型、そして特大の斧を担いだ戦士型、といった構成だった。

 最初の一撃で、射手はこの人数を同時に攻撃できることは分かっている。とても野放しにはできない。何としても初手でコイツを仕留めなければ、自分達の勝ち筋はない。

 せめて近接型の悪魔二体だけになれば、多少はマシな戦いが出来る――――


「キシシ、カカッ!」

「くそっ……くそぉ……」

「ダメだ……遊んでやがるコイツ……」


 冒険者の狙いなどお見通し、だがその上で何の邪魔もしなかった。

 決死の覚悟で剣士型と戦士型の足止めに向かった前衛二人だったが、両者はまともに相手もされない。悪魔は武器を振るうことなく、軽やかなステップを踏んで牽制の攻撃を繰り出す冒険者を、ただ嘲笑って眺めるのみ。


 その一方で、すぐに始末しなければ勝ち目はないと思われた射手型に三人のメンバーを費やして攻めさせたが、そちらものらりくらりと射手型が逃げに徹し、時折、反撃の矢を一本ずつ撃つような始末。

 どう見ても舐められている。完全に格下相手に遊ぶ時の立ち回りだ。自分達だって、たまに管理局で開催される冒険者志望の少年少女を相手にする時は、似たような真似をする。


「ああ、もう無理だ……」


 三体もの悪魔に目をつけられた時点で、すでに命運は決していた。せめて一体だけならば、まだマシな勝負が出来ただろうが、こうもまざまざと戦力差を見せつけられれば、心も折れてしまう。


 後はもう、悪魔たちがこのじゃれ合いのお遊びに飽きた時、自分達の命は尽きる。悪魔らしく、苦痛に泣き叫ぶ人間の姿を笑いながら、無残に殺されるのみ――――


「なんだ、アレは……」


 その時、不意に彼らの視界に映ったのは、火の玉のようなモノだった。

 それはまるで、噴火した火山から飛んできた溶岩塊のようで、隕石さながらに上空から凄まじい勢いで降って来る。

 しかし、ソレは隕石でも溶岩でも無かった。最初にそう気づいたのは、この場で最も鋭敏な感覚を備えた、射手型悪魔であった。


「コカァアアッ!」


 初めて聞く切羽詰まったような鋭い声を上げて、その細い長身がブレるような勢いで射手型が回避に動いた。

 空から迫り来る隕石のような火球の着弾点から、大きく横にズレる。これならインパクトで発する余波も届かないだろうという十分な距離を開けたが、


「おいっ、動いたぞ!?」

「追尾式か?」

「いや違う、アレは――――」


 燃え盛る火球は、さらに背面から火を噴いて、逃れた射手型を追いかけた。それは確かに、意志をもって悪魔を狙っていた。

 そう、残酷な悪魔から、人を『守る』という鋼の意志を。


「――――『大断撃破ブレイクインパクト』」


 正しく隕石が落ちたが如き衝撃。煉獄の黒い大地を揺らし、濛々とした噴煙を赤い空に上げる。


「キョォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 大弓を手にしていた左腕が肩まで抉られた射手型悪魔が、絶叫を上げて地面を転がる。

 左腕を失っただけでなく、胴体にも大きな亀裂が走り、大ダメージを受けたのは明らか。


「ちっ、避けられたか……やっぱ素早いヤツは苦手だな」


 少しでも距離を取ろうと無様に地を這う悪魔を追うように、噴煙の中から一人の男が現れる。

 淀んだ煉獄の空とは異なる、目に眩しいほどの鮮やか赤に彩られた鎧兜。頭のてっぺんから足の先まで鋼で覆った全身鎧は、正に真紅の騎士と呼ぶべき姿。

 機能美に溢れる流線形の金属装甲に、荒々しい魔物の甲殻を纏っている。鋼板と外殻の二重装甲は分厚く、ただそれだけで並みの鎧を超える防御と重量を与えるだろう。

 だがその重さなどものともしない、淀みのない一歩を踏んで、真紅の騎士は堂々と悪魔に歩み寄り――――一切の情け容赦なく、その脳天を大斧で叩き割った。


「あ、アイツはまさか」

「フルヘルガー討伐の……」

「黒髪教会の守護神――――ヤムダゲインだ!」





 ◇◇◇


「山田君、お疲れ様ー」

「おう」


 僕は最初にヴァンハイトに潜らせていた、金髪キノコカットな偵察用分身で、いつもの仏頂面で戻って来た山田を出迎える。


「助けが間に合って良かったね」

「ああ、桃川が見つけてくれなかったらヤバかったな」


 使い魔飛ばしての偵察は基本だからね。それでも、とある冒険者御一行の窮地を発見したのは、単なる偶然に過ぎない。


「むぅ……御子様がいれば、オイラはもういらないってか?」

「そんなことないよ。ルカちゃんも立派に活躍してくれたじゃないか」

「それは兄貴に言って欲しかった!」

「ほら山田君、こういう時はすぐフォローしないとダメだよ」

「俺が怒られんのかよ……」


 第四階層の探索に同行することで、ルカちゃんの『盗賊』レベルもぐんぐん上がってきている。成長期かな。まぁ、過酷なスラム生活で天職育てるどころじゃなかったし、いざ実戦を通して育成できれば、ほぼゼロベースからなので急成長もするってものだ。


 そんなルカちゃんなのだが、流石に鳥を飛ばして空から偵察できる僕の索敵範囲には及ばない。でも僕の索敵を掻い潜って接近したり、元から擬態で隠れ潜んでいるヤツを直感で見つけてくれるのが盗賊の役目なので、ただの役割分担と割り切るべきだ。

 今回は僕の空中索敵が彼らとそれをつけ狙う悪魔を発見した、というだけのこと。でもそんなところを気にしちゃうところが、ルカちゃんの可愛いとこだと思う。小鳥遊みたいなドブカスには持ちえない、純粋な気持ちだよね。


「あー、なんだ、ルカも射撃が大分上手くなったんじゃないか? あの悪魔に当てられるなら、かなりの腕前だ、と思う」

「へへぇー」


 褒められて素直に喜ぶルカちゃん可愛いね。小鳥遊みたいなドブカスには以下略。

 すでにして性別を偽る必要のなくなったルカちゃんは、随分と女の子らしい恰好もするようになった。


 そもそも彼女は天職『盗賊』の初期スキルとして持っていた『偽装術・初歩』によって、自分の性別と容姿を誰も気にしないよう見せていた。つるんでいたチンピラ連中の誰もが、ルカちゃんを女の子だとは思わず、そこらに幾らでもいる小汚いオスガキとしか認識していなかったそうだ。

 そしてソレは山田君も同様で、一週間も一緒にいたのに気づきもしなかったと。で、ソレを初見で見破ったのが僕だったらしく、ルカちゃんは地味に驚いていたのだとか。


 まぁ、僕レベルになるとゴーマに変装して王様やれるくらいだし? 偽装や変装にはちょっとうるさいのだ。スキルを使ったといっても、『偽装術・初歩』なんて明らかな下級スキルくらい、見破れるに決まってる。


 さて、そんなルカちゃんは白い素足と肩まで出ている盗賊らしい軽装備に身を包んでいる。首に巻いた赤いマフラーは、僕のこだわりポイント。

 偽装をやめた彼女は、そばかすの散った素朴な野花のような愛らしい顔と、毎日のお風呂とトリートメントが出来るようになった艶やかなレッドブラウンの髪をポニーでくくって、なかなか活発な少女らしい印象を抱く容姿となった。


 ただし、彼女の担いでいるメイン武器だけは女の子らしくない、男のロマン満載のゴツいライフルだ。


『スカウトライフル・ヘルガバレル』:ジェネラルガードから提供された試作型ライフルをフルヘルガー素材を使って僕が魔改造した一品。スコープ付きのセミオートライフルで、実弾とブラスターの相の子となっている。火薬の代わりに火属性魔法を炸裂させて実弾を撃ってるような感じ。


 折角、ブラスターという銃器が普及しているのだから、盗賊がいつまでも投げナイフにこだわる理由もないでしょ。特にルカちゃんは成長中とはいえ、まだまだ夏川さんのようにバリバリ前線に立って回避タンクみたいな立ち回りをさせるには危険過ぎる。ましてここは第四階層であり、あの悪魔みたいな強敵もどんどん増えてくる。


 そこでナイフの近接戦闘はサブとして、メインはライフルによる遠距離攻撃にすることにしたのだ。

 とはいえ、強力なモンスターばかりの第四階層では、武器屋で売ってる量産品のブラスターでは火力不足。かといって天職『射手』のように、弓を使った武技も習得していない。

 ならば自前で強敵にも通じる大口径の銃を用意するしかないだろう。


 そうして出来たのが、『スカウトライフル・ヘルガバレル』。

 実弾仕様なのは、ちょっと強力な熱線を撃ったところで、『無限煉獄』のモンスターは大体、熱に強いのでダメージの期待値が本来の威力よりかなり下がってしまうから。

 そんな時は黙って物理で殴る。下手な炎よりも、実銃本来の強力な衝撃と貫通力の純粋物理ダメージ100%の方が有効だ。


 その威力は、あの悪魔の金属質な肉体にも通じるほど。一発で貫通こそしなかったが、当たればヒビは入るし、連続で直撃を許せば体も砕けそうだった。

 的確に隙をついて射撃を挟んでくることで、悪魔はルカちゃんの攻撃にも注意を向けねばならず……かといって、外を気にして目の前の山田を相手にするのは厳しく、結果的にどちらにも隙を晒すようにしてあっけなく叩き切られた。

 無視できない威力の遠距離攻撃を差し込めるルカちゃんに、正面戦闘では圧倒的なパワーと防御を発揮する山田は、なかなかいいコンビだと思う。


 と、この第四階層でも通じる立派な武器となった『スカウトライフル・ヘルガバレル』だが、唯一の難点はやはり弾薬の補給である。

 ブラスターのいいところは、バッテリーのように魔力さえチャージすれば撃てるようになる補給の手軽さだ。ジャラジャラと大量の弾を持たなくても、自前の魔力か、チャージしてくれる魔術師の仲間がいれば、そんなに困ることは無い。


 でもヘルガバレルは実弾仕様なので、弾が無ければ撃てない。ルカちゃんには予備マガジンは複数持たせているし、弾帯もベルトと一緒に巻きつけている。それでも持てる数はたかが知れる。

 今は基本的に装甲牛車に乗ってフィールドを移動しているから、それなり以上の物資を搭載できるので、弾切れの心配はないのだが……徒歩だけで入らねばならないエリアに挑む時は、注意が必要だろう。


「それにしても、山田君もかなり鎧の扱いに慣れてきたんじゃない?」

「うるせー、何がメテオストライクだ、二度とやらんぞ……」


 でもそれのお陰で間に合ったし、初撃で射手型を仕留められたでしょ。

 山田は『重戦士』から『守護戦士』へと変わった今でも、やはり速度と機動力は据え置きだ。決して鈍重ではないが、移動系武技を揃えた剣士とかと比べると、やはり足が遅いと言わざるを得ない。

 そんな彼のために、僕が気合をいれて、貴重なフルヘルガー素材をふんだんに投入して仕立てたのが、この真っ赤な全身鎧フルプレートメイルなのだ。


『ヘルゲートガーディアン』:煉獄の門番フルヘルガーを模した全身鎧。真紅の外殻は強靭かつ、濃密な火属性魔力を帯びている。その熱く爆ぜる魔力を利用して、フルヘルガーの高機動を支えるブースター機構も再現。つまり山田は機動戦士になったのだ。


「機動戦士って、アホか。これ制御すんのメチャクチャ難しいんだぞ」

「でも何だかんだで、それなりに扱えてるじゃん」

「俺じゃなかったら、練習するだけで潰れて死ぬっての」


 そうだよね、初めてこの『ヘルゲートガーディアン』でブーストした時、凄い勢いで壁に激突してたから。やっぱり新しい機構を備えた装備を試す時は、山田みたいな頑丈なヤツにやらせるのが一番だ。

 文句を言いながらも真面目に練習しては、実戦試験も繰り返し、見事に今日、初めてのメテオストライクを成功させた。

 メテオストライクとは、まずブーストで大ジャンプ。それから外殻に溜めた火属性魔力を解放して、灼熱の火球と化して上空から突っ込む大技だ。

 小賢しくも悪魔は大きく回避していたけど、多少は動かれてもブースターを噴かせて軌道修正できる。命中したのは、正しく日頃の練習の賜物だ。


「いいじゃん、専用機っぽくて。これなら、賊に盗まれても扱えないから安心だね」

「おい御子様っ、その話はヤメロって!?」

「ルカ、俺と来るか、アイツらの元に戻るか、自分で決めろ、キリッ!」

「桃川テメー、茶化すんじゃねぇ、マジで恥ずいんだよ!」


 ギャー、と山田とルカちゃんから容赦ない攻撃を浴びて、調子に乗り過ぎた分身の僕は沈黙する。

 そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん。実に素敵な思い出の1ページじゃあないか。


「専用機の一品モノなんてロマンの塊、そうそう無いって言うのに。しかもこんなにカッコイイ、真紅の鎧なんだから。ヴァンハイトでも評判じゃん」

「これ目立ち過ぎて落ち着かねぇんだよ……」

「へへん、兄貴は鎧が無くたって、フルヘルガーを倒した英雄だぜ!」

「そうだよ、今更目立ちたくないだなんて、ワガママ言わないで」


 フルヘルガー討伐の英雄で、目立つ赤い鎧を着て、第四階層の最前線で冒険者を助けて回る山田が、目立たないワケがない。この調子で我らが黒髪教会の筆頭冒険者として、名を上げてもらいたいものだ。


「それに折角、バイオメタルも馴染んできたんだし、しばらく装備更新は無いからね」


 フルヘルガーの外殻は、強さに見合った素晴らしいモノだが……それ以上に貴重な素材は、フルアーマーの名をとる白銀の装甲であった。


 ヘルガーはただの狼型モンスターだが、フルヘルガーとその直属の精鋭は、明らかに人工物っぽいデザインの鎧を着たような姿をしている。これはそもそも、階層のボスモンスターは古代に人為的に作られた生物兵器みたいなモノだから、そういう姿でも別におかしくない……と思っていたが、調べてみると真相は少々異なると判明した。


 これは僕の推測も混じるのだが、本来の階層主は、フルヘルガーの鎧部分を形成している、アイアンゴーレムかリビングアーマーのようなものだった、と思われる。

 しかしフルヘルガーの元となった非常に強力なヘルガーのボスがあそこに住み着き……結果的に、共生関係になった。

 つまりヘルガーボスが、階層主を鎧として身に纏って、武装したのだ。


 とても生物的とは思えない、ガス噴射のブースト機動や最終形態など、そういった能力は元の階層主を取り込んだが故に発生したものだろう。

 その存在はすでにゴーレムのように一つのモンスターとして成立しないが、宿主に力を与えることは確か。

 フルヘルガーが死しても、残った鋼の鎧部分は生きていた。放置すればそのまま死んだかもしれないが……僕はコレに魔力を与えて延命させ、新しく鎧としての形を作った。

 そう、ベースの鎧部分は、この生きた金属と言うべき存在、『バイオメタル』と名づけたコレをメイン素材として作ったのだ。


 鎧を着ると、装着者を宿主と認識して少々の魔力を吸い取るが、その見返りとしてフルヘルガーの時と同様、力を貸してくれる。

 この『ヘルゲートガーディアン』にブースターを再現できたのも、彼らの働きがあってのこと。電子制御なんてハイテク技術は一切ない。謎の寄生生物に頼った力なのである。

 まぁ、これで実際、山田がちゃんと扱えているし、どんどん上達もしているので、その内にフルヘルガーにも負けない優れた宿主になってくれるだろう。


「そういやぁ、桃川よ。今日の報酬は随分と控えめだったじゃねぇか」

「何を言ってるんだい、九死に一生を得た人から報酬をむしり取るなんて酷いこと、するワケないじゃないか!」

「御子様、この前の奴らほとんど丸裸にしたくせにー」

「アイツらは舐めた態度とったから、立場を分からせてあげただけだよ」


 大した実力も無いのに一攫千金目指して潜ってるくせに、危ないところを助けてやったら、文句たらたらの上に倒した魔物素材も寄越せと主張する強欲ぶりだったからね。そりゃあ、幾らお優しい守護戦士様がいても、そこまで舐めたこと言われちゃあ、僕も黙ってるワケにはいかないよ。


 今回、助けた冒険者はちゃんと良識的な人達だったので、実にスムーズに話はついた。

 少々の手間賃と、倒した悪魔の素材。それから、この神殿の中にある品を一つだけ、優先して貰うことで、救助報酬とした。


「……その壺に何かあんのか?」

「これはホントにただの壺だよ」


 で、僕が神殿の中から選んだ品が、この白い壺。幸運の壺と言ってウン十万円で売りつけられそうな見た目をした、ちょっと綺麗なだけの壺である。

 他にもっと価値のありそうなモノはあったけど、露骨にいいものを持ってったら、冒険者の人達もあんまりいい思いしなさそうだし。なにせ、この場所を見つけたのは彼らが最初なワケで。


「じゃあ壺なんて別にいらなかったじゃないっすかー?」

「これはただのブラフだよ」

「ブラフって、じゃあ本当の目的は」

「僕が本当に欲しかったのは、この場所そのもの――――よく見なよ、あの崖のとこ、鉱脈あるんだ」


 そう、僕が今回、甘い顔をして冒険者達から大した報酬を取らなかったのは、彼らがさっさとこの場から引き上げて欲しいからだ。

 神殿の中の物? いいよいいよ、好きなだけ持っていきなよ。僕らが周辺警戒しててあげるから、ゆっくり漁っていいよ。

 でも露骨な態度を出すと「何かあるのでは?」と怪しまれるので、別に欲しくも無い壺を、趣味であるかのように頂戴したりしたワケで。


「そろそろ、鉱脈の一つでも欲しいところだったんだよ。工房も順調に拡大してきてるし」

「それじゃあ、今度こっちに呼ぶっていうディアナ人の召喚術士部隊ってのは」

「勿論、黒髪教会のメンバーとしても活躍してもらうつもりだけど、光石採掘もやる予定だよ」


 エレメンタル山脈の頂上に居座っていた大宝岩亀も、この間無事に討伐完了したので、人員をこちらに割く余地が出てきた。むしろ早めにダンジョンに潜って、更に実力を磨いて欲しいと思っていたのだ。

 召喚術士部隊が加われば、現状、貴重なベテラン冒険者に、捨て駒のスケルトンも同行できるので、もうちょい強気の探索もできるようになるだろう。


 でも一番大きな強みは、本来非常に危険なダンジョン内の採掘作業を、使い魔による遠隔操縦で高い安全性が確保できることだ。どこぞのジェネラルガードの採掘拠点のように、竜災に巻き込まれてあわや全滅、なんてリスクを抱えなくて済む。

 術者本人は同じ階層にいなければならないが……この場所なら、妖精神社に術者を置けば、スケルトンがここまで採掘しに来れる範囲内だろう。

 使い魔の操作範囲は結構個人差あるけれど、これもまた訓練次第で伸ばすこともできる。召喚術士は使い捨て召喚獣による安全作業なので、是非とも伸ばしてもらいたいところ。スキルレベル上がったら、レムみたいに自律行動でどこまでも、ってなるかもだし。


「――――おっと、今度は中級精霊ハイ・エレメンタルの群れに囲まれてるみたいだ。助けに行くかい?」

「勿論だ。さっさと行くぞ」

「そんじゃあ出すぜ! 飛ばすぞ、掴まってろ!」


 僕は神殿に鳥の使い魔を一羽だけ残すと、ルカちゃんの操る装甲牛車に飛び乗り、また次の救助現場へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ああ、そうか。赤い機動戦士。 今風ですな、ジー○アクスだったとは(ぇ
ヤムダゲインのヒーロー化がどんどん進むね。防御優先とは言え攻撃力も半端ないわぁ。
ヤマダは本当に立派になって... 初登場時のレイナに頭やられてた頃とは比べ物にならない立派さだ。 なるほどヤマジュンと親友やってたわけだな。彼も草葉の陰で喜んでることでしょう。 そして小太郎が楽しそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ