第466話 ディアナの希望(2)
ある晴れた昼下がり。市場へ続く道から、大きな竜車がガタゴト音を立てて走っていた。
「はぁ、もうお終いだ……」
「い、いやよ私……こんな辺境の農園なんか……あの娼館にいた方がずっとマシよぉ……」
「へへっ、もう無理だよ姉ちゃん。見ろよ、ここにいる連中を」
「どいつもこいつも、一目で使い物にならねぇって分かるぜ」
空は抜けるような青空が広がっているというのに、すし詰めになった荷台の上は実に陰鬱な気配が漂っている。
それもそのはず、彼らは奴隷として売られたディアナ人。それも、五体満足の健康体ではない。
ある者は手足が欠けている。それが戦場での負傷か、危険な鉱山労働などの事故によるものか。どのような理由であっても、手足の一本でも欠けていれば、最早十全な労働力とはなりえない。
一方では、明らかに病を患っている者もいる。娼館から売られたであろう女達は、いずれも顔や体に痣や発疹が痛々しく浮かび上がり、とても客がとれるような見た目ではない。
その他にいるのは、背中が丸まった老人に、物心つくかどうかといった幼児。
どこに売られようとも、即日で仕事ができるような壮健な者は、一人もいはしなかった。
「あ、あの……ニューホープ農園って、恐ろしいモンスターを飼ってるって、ホントだべか……?」
この荷台の上で唯一、五体満足の健康体、老齢でも幼年でもない、働き盛りの奴隷が一人だけいた。その奴隷は蒼白な顔で、大きな体を震わせながら、恐々と自身が聞いた噂の真偽を尋ねた。
「トレントからコーヒーをとってるって話だな」
「私、エレメンタルマウンテンは飲んだことあるわよ。美味しかったなぁ……」
「けど、暴れる魔物から収穫しようってんだ。死人が出るのは当然の話だよな」
「いや、俺らみてぇな使い物にならん奴らなんざ、餌にされたっておかしくねぇ」
「ひいっ……え、餌になるだか……?」
「けけけ、アンタは体もデケぇし、いい餌になるんじゃねぇのかぁ?」
「ちょっと、止めなって」
「どうせみんな、魔物の餌になるのよ……」
コーヒートレントの噂は、誰もが聞いたことがあるようだった。
そして今まで、あえてそのことは考えるまいとしていた。けれど一人が口にしてしまったため、口々に言い合うものの……結局、女のすすり泣きや、黙りこくってしまった男達と、さらに暗い雰囲気になるだけであった。
「す、すまねぇ……」
「だぁいじょうぶだぁ」
「ほっほ、ええんやで」
「ううぅ、ジィジ、バァバ……」
余計な事を言ってしまって泣きそうな顔となった奴隷に、この荷台で最高齢を争う二人の老奴隷が慰める。
この三人は、同じ場所から売られた奴隷だ。理由は明白、もう使えないから。
老齢奴隷一人、そしてこの大きな奴隷は健康体で力もあるが、それを補って余りある無能と断じられ、今ちょうど「ディアナ人奴隷買い取り強化中! 傷病、老齢・幼年の奴隷も大歓迎、まとめて買い取ります!」と大々的なセールを実施している『ベルベット・サーヴァントサービス』へこれ幸いと売り払われたのだ。
三人だけではなく、この荷台に乗せられた奴隷は全員がそうだ。もう使えないディアナ人奴隷。それを方々でまとめて買い取った『ベルベット・サーヴァントサービス』が、その卸先となる『ニューホープ農園』へと配送する最中が、今なのだ。
そうして、暗い絶望感に包まれた哀れな奴隷達を乗せた竜車は、ついに目的地へと到着する。
そこは、とても農園とは思えない場所であった。
見上げるほど大きな門に、高い防壁。鋭い眼差しで油断なく周囲を見渡しているのは、黒い服に身を包み銃を抱えた、何人もの警備兵。
まるで砦だ。それも、今にも敵が攻めてくるかもしれないという、そんな緊張感すら漂う、厳戒態勢に見えた。
「ようこそ、ニューホープ農園へ!」
「長旅、お疲れ様です!」
「ゆっくりしていってね!」
しかし門の内に入って荷台から下ろされれば、そこで待っていたのは同胞からの歓迎であった。
出迎えてくれたのは、みんな同じディアナ人。けれど、その身なりは随分と綺麗で、服装も街中を歩くアストリア人の市民と同様。誰一人として、自分達と同じような奴隷の服装などしていなかった。
「あ、あの……これは一体……」
奴隷達の誰も彼もが困惑した。このアストリアに、奴隷ではないディアナ人がいるなど、聞いたこともないからだ。
一体、何が起こっているんだと目を丸くしている内に、
「御子様のお成ぁーりぃーっ!」
大きな声が響いたその瞬間、全員がその場で跪いた。
それは出迎えに出てきた農園の住人だけでなく、今初めてここに来た奴隷達も同様。
「御子様のお成り」という声を聞いたなら、ディアナ人なら反射で膝をつけるのだ。
何故、どうして、こんなところに御子などいるはずないと、地面に伏せってから誰もが思い当たるが……
「あっ、ああ……御子様……」
「本物の、御子様だ……」
「なんたる神々しさ……」
「あぁ、ありがたや……ありがたやぁ……」
御子は現れた。
左右に割れたディアナ人の列から、二人の子供の従者を伴って。
「ほわぁ……」
大きな奴隷は、ただ感嘆の溜息をついていた。
まだ年少の頃に捕まって売られた自分は、朧げな記憶の中にしか、集落で見かけた御子の姿はない。その時も大人しく跪いて、遠くを歩く点のような姿しか目にしていない。
けれど、そんな自分でも一目で御子だと分かった。分からされた。
正しく神に愛されし、輝くような美貌。あまりの眩しさに、自然と目が細くなってしまう。
一点の穢れも無い純白の衣装に身を包んでいるが、それよりもさらに清らかな御身。真白の肌に、神秘的な黒い髪と瞳が、この卑しい奴隷の自分達を睥睨している。
そんな神聖な御子の前に、こんな自分の姿を見せてしまっていることが、急に恥ずかしくなって来る。
「もう、毎回みんなして大袈裟なんだから。楽にしてよ。新人もビックリしちゃってるじゃん」
聞こえてきたのは、神の啓示が如き厳かな言葉ではなく、鈴を転がしたような愛らしい声音。それも、どこまでも気安い口調で。
「ほらほら、顔を上げて。ようこそニューホープ農園へ。君達も今日から、僕らの仲間さ。見ての通り、ここにはディアナ人の同胞ばかりだから、緊張しないでいいからね」
その優しい台詞に、恐る恐る顔を見上げてみれば、
「ッ!!??」
「ふーん」
目の前に、魔性の美を放つ御子の顔があった。猫に睨まれたネズミでも、ここまで驚かないだろうというほどの衝撃。
近い、綺麗、カワイイ、なんかすっごいいい匂いする――――あらゆる思考が脳内を駆け巡って行くが、直後に更なる衝撃に襲われる。
「君、才能あるよ。これからが楽しみだなぁ」
触れられた。頬を、そっと優しく撫でるように。
汚れない真っ白な掌の感触は、至上の柔らかさ。稲妻のような快楽が突き抜けると同時に、神聖な存在を汚してしまったという罪悪感に打ちのめされる。
ロクに洗ってもいない自分の顔など、汚いに決まっている。とても御子が触れていいモノではない。
けれど御子の手には、確かにこの身に触れた証のように、かすかな煤けがついていた。
その汚れた跡が、奇跡を体感した喜びでもあり、本当に汚してしまったという大罪を背負った気分になった。
「それじゃあ、まずはお風呂にでも入って、サッパリしてよ。食事はその後でね」
「はい、御子様の仰せのままに」
手の汚れなど気にも留めずに、それだけ言い残して、御子は軽い足取りで去って行った。
目の前からいなくなっても、いまだ衝撃から立ち直れなかったが――――同胞に手を引かれて、風呂場へと案内された。
「なっ、なんだぁ……このキレーでデッカい風呂はぁ……」
濛々と湯気が漂う風呂場へ連れられて行けば、そこはどんな大神殿の大浴場だ、というほどに広く立派な光景が広がっていた。
ピカピカに磨き上げられた湯舟と床は白く、どこか花のような香りが漂ってくる。
こんな豪華な大浴場に、本当に奴隷如きが入ってよいのかと誰もが尻込みしていたが、
「安心してください。ここは普段、皆が使っている公衆浴場ですから」
「アンタ達、まさか風呂の入り方まで忘れたなんて言わないだろうね?」
案内してくれた同胞達の言葉に、恐る恐る浴場へ入るが――――念入りに体を清め、熱い湯に体を沈めれば、最早不安など吹き飛んで行った。
ただの労働奴隷では、風呂になどは入れない。多少はマシな生活水準になる娼婦であっても、温いシャワーが精々である。
手足を伸ばして、肩まで湯に浸かることの、何と贅沢な事か。この時に至って、彼らはようやく自分が奴隷であることを忘れることができたのだった。
「ふわぁ……」
と、大きな奴隷もまた夢見心地のまま風呂を上がった。
差し出された水を飲めば、キンキンに冷えており、茹ったような頭が現実へと戻って来る。
「それでは、食堂へ案内します。これより供される食事は、全て御子様のお恵みであることを、くれぐれもお忘れなきよう」
そんな注意と共に連れてこられた食堂は、入った瞬間に全員の腹の虫が鳴いた。
「こ、これは……」
「おい、嘘だろ……俺はまだ夢でも見てんのか……」
「かっ、カレーだぁっ!?」
真っ先に鼻を衝く、暴力的なまでのスパイスの香り。ディアナ人で、この香りを知らぬ者はいない。
カレー。
それはディアナ精霊同盟において、祝いの日に食される特別な料理である。
香辛料をふんだんに使ったカレーは、他の料理にはない複雑にして香り高い一品。御子や有力氏族に連なる者ならいざ知らず、大多数のディアナ人にとって、カレーは最高の御馳走なのである。
最後に食べたのは、何時だったか。誰もがその遥かな記憶に思いを馳せ、そして席へとついた時に、目の前に置かれた純白のライスと、器から食欲を強烈に刺激する香りを放つ、飴色のカレールーに釘付けになる。
「今日は、カレーを食べていいだか……?」
「ああ、しっかり食え」
「おかわりもいいぞ」
誰もが涙とともに、故郷の味に舌鼓を打った。
薄い穀物粥やら、芋やら豆やら、ロクな食事など一度も出なかった彼らの口に、カレーの味はあまりにも刺激的に過ぎた。こんな美味いモノを食べてしまったら、もうあんな苦しい奴隷生活になんて戻れない……そう思っていても、手を止められる者は誰もいなかった。
そうして、遠慮などできる理性が飛んだせいで、限界までおかわりをして満腹となって、再び夢見心地の時間をしばし過ごした後、
「ただ今より、適性試験を開始するっ!」
その鋭い掛け声に、何事かと急激に頭が現実へと引き戻される。
見れば、厳めしい顔をした警備員に挟まれて、新人奴隷の一人が食堂から連行されていった。
「なっ、なにが……」
「ちょっとした試験ですよ」
「これも御子様の思し召しです」
一体、何を試されるというのか。試された結果、不合格となったら……やはりコーヒートレントの餌食にされてしまうのか。
同胞達が試験について何やら話しているようだったが、俄かに不安感に襲われ全く内容が耳に入らない。もっとも、どれほど思い悩んだところで今更どうこう出来る間もなく、自分の番が回ってきてしまった。
大きな体を恐怖で震わせながら、案内に従って通路を歩き――――
「みっ、御子様っ!?」
「はーい、ルインヒルデの御子のモモカでーす」
やって来た場所は、小さな神殿の、礼拝堂のような空間。そして、そこには当たり前のような顔で、御子が待っていた。
思わず声を上げた自分に向かって、御子はにこやかにヒラヒラと手を振っていた。
「じゃあ、そのまま、そこに立って」
「う、あっ、えっと……何すれば……」
「何もしなくていいよ。そのまま立ってるだけでいい。すぐ終わるからねー」
立たされた場所は、何やら儀式祭壇のようなモノが設置されていた。
衝立のような高い板が何枚も立てられ、その表面には様々な文様が刻まれている。よく見れば、自分の立っている足元もまた、魔法陣が刻まれていることが分かった。
まさか、このまま生贄にでも捧げられるのでは――――
「うーん、残念ながら適性は一個もナシかぁ……いやむしろこの方が割り切れるかも」
「あ、あっ、あの……試験って……?」
「ん? もしかして、ちゃんと説明聞いてなかったのかな――――ここに刻まれているのは、『呪導刻印』というんだ」
通称、呪印。
魔法陣とはまた異なる、御子が神より授かった御業の一つであり、様々な効果を発揮するという。
それは『召喚』や『錬成』といった魔法技能から、身体能力や五感の強化といったものまで。
「で、僕はこの呪印の力を、他の人でも扱えるように、分け与えることができるってワケ」
多様な呪印の中から、その者が扱えるモノ、すなわち適性のあるモノが光る。
この大きな板面に刻まれたのは、呪印の一覧表であり、ここに立つことで、適性アリとなった呪印が光って示してくれるのだ。
「誰でも大体一つくらいは適性あるんだけど」
「ううっ、そ、それじゃあ……」
グズ、ノロマ、無能、そのくせ無駄に大飯食らい、と散々に言われてすっかり罵倒にも慣れたものだったが、この奇跡の御子が授けてくれる力にすら、何も適性が無いという事実を突きつけられ、本当に自分自身が嫌になりそうだった。
「ごめんね。これから新しい呪印が出来たら、ソレに適応できるかもしれないし」
「そんなっ、御子様が、謝らないでくだせぇ……全部、グズで無能なオラが悪いんでずぅ……」
これならば、御子に罵倒されて売り飛ばされた方が、まだマシだったかもしれない。優しい慰めの言葉が、かえって自分の劣等感を抉る。
「いいんだよ、そんなに卑下しなくても。ここでゆっくり、自分に出来ることを一生懸命に頑張ってくれれば、それでいいんだ」
「あああ、御子様ぁ……」
なんとありがたいお言葉か。こんなダメな自分をありのままに受け入れるというのか。これぞ正に、神の包容力。
感動の涙に噎び泣きながら、無能な自分でも、出来る限りの精一杯、この偉大な御子に尽くそうと決意するのであった。
◇◇◇
それから、しばしの後。すっかりこの農園での生活に慣れた頃である。
「うおっ、元々デカかったのに、もっとデカくなりやがってぇ」
「アンタどんだけイイモン食わせてもらってんのよ」
「ええぇー、み、みんなと同じだよぉー」
同じ日に売られた同期と言うべき奴隷、否、元奴隷の男女と顔を合わせて、談笑する。
恵まれた食生活によって、あっという間に逞しい肉体を取り戻した精悍な男は、自分よりもさらに頭一つは大きい女を見上げる。
同じく、すっかり健康的な肌艶を取り戻した元娼婦の女が、自分のとは比べ物にならないほど大きく膨れ上がった胸をバシバシと無遠慮に叩いていた。
「お前、適性無かったんだってな」
「でもそのお陰で、御子様のお世話役に取り立てて貰えたんだから、凄いラッキーじゃない」
「えへへ」
呪印に一つも適性が無く、無能を嘆いたものだったが……なんやかんやで、今は御子の世話役に就いている。
前任者の精霊戦士が着用していたという、特大サイズの給仕服を身に纏い、大きな奴隷から大きなメイドへと転職した彼女は、恥ずかしそうにはにかんだ。
「お二人も、お元気そうで何よりだで」
「おうよ、俺ぁ来週には戦士団に入るぜ!」
「アタシは召喚術士さ。いやホント、召喚獣ってのは便利でいいね。コイツの力がありゃあ、女だてらに男並みの力仕事もできるんだから」
腕を失っていた男は、今や剣でも槍でも十全に振るえる、逞しい両腕を備えていた。
御子の力による奇跡の治療によって、新しい腕や足が生えると聞いても、俄かには信じ難かったが……いざこうして、自分の目でかつて隻腕だった男の腕が生えているのを見れば、全て真実なのだと納得してしまう。
一方、大きな黒いスケルトンを傍らに侍らせている女もまた、顔を蝕んでいた痛々しい発疹も綺麗さっぱり消え去っている。
失った手足さえ生やせるほどの力を持つのだ。病の一つや二つ、簡単に治してしまえるのだろう。
体が治っているのは、この二人だけではない。同期の使い物にならないはずだった奴隷達は、皆、その身に抱えた欠陥を癒し、五体満足で働いている。
すっかりヨボヨボに衰えてしまっていた、ジィジとバァバの老人でさえ、今や精力的に活動しているのだ。
今でもたまに、自分が夢でも見ているのではないかと錯覚することがある。
けれど、あの美しくも愛らしい、御子様のお顔を見る度に、今日もまた夢の続きが見られるのだと、胸がときめいてしまう。
「あっ、そろそろ新しい人達が来る時間だから、もう行かなくちゃ」
「そいつはしっかり歓迎してやらねぇとな」
「まだそんなに経っちゃいないってのに……随分と昔のように感じちまうねぇ」
ここへやって来る人は、かつての自分と同じ。
だから今度は、自分が彼らに希望を見せてあげる番だと心得て、大きなメイドは張り切って出迎えに行くのだった。
◇◇◇
「へい大将、いい子入ってるぅー?」
「こぉれはこれは、モモちゃーんじゃないですかぁ」
『ベルベット・サーヴァントサービス』イーストホープ支店、そこを我が物顔で無遠慮に入って来たのは、この町一番の上客。ニューホープ農園の御子モモカであった。
奴隷商人プリングルトは、それを満面の笑みで出迎える。
かつて大農園主として多くの奴隷を購入していたウィンストンだったが、今のニューホープ農園は、それ以上の大口顧客となっている。
最初は現在の農園主であるマルコムと共にやって来たが、自ら奴隷の目利きをすると、マルコムそっちのけで買いに来るようになっていた。
普通ならば、こんな元奴隷の子供などに、大金を叩くことになる奴隷の大量購入など任せるはずがないのだが……マルコムは唯々諾々とモモカの選んだ奴隷を全て購入している。
一体、二人の関係とは、と勘繰りたくなるところだが、そこをあえて突っ込んだりはしないのが、プリングルトの配慮であった。
「どぉーうやら、まとめ買いされた方々はぁ、お気に召されたよーうですねぇ」
「ふふん、聞いてるよ、君が直々に選んで買い取ってきた人達なんだってね。流石の目利きだよ」
「いーえいえ、私はただぁ、快くお売りいただけただけにございまぁーす」
モモカが特に気に入ったと話すのは、高齢の二人。
老爺の方は長く神官として、ディアナの神々を祭る大きな神殿で務めた経歴を持っていた。ディアナにおいて神官はただの聖職者ではなく、刑罰を決める司法にも関わる重要な役職だ。
ただでさえ多数のディアナ人奴隷を抱えていたニューホープ農園も、今ではさらに倍するほどの数になろうとしている。それもただ奴隷として一元管理するのではなく、まるで市民も同然の自由を与えている。
そうなると発生するのが、日常の中で起こる数々の諍いだ。そうした揉め事に、いちいち御子であるモモカが出張って仲裁するにも限度がある。
そこで、ディアナの法律や刑罰に詳しく、実際に多くの裁判を経験してきた神官の老人は、非常に貴重なインテリ層の人材であった。
一方の老婆は、天職こそ授かっていないが、有力氏族に仕える専属薬師であった。
このノア大陸に生える様々な薬草の知識を有し、ディアナで使われている医薬品の製造法から管理、使用、と幅広い知識、何より経験を持っている。
自前の工房で、安価な量産型ポーションの開発に力を入れているニューホープ農園にとって、専門の薬草知識と調合の技術を持つ彼女もまた、非常に得難い人材である。
「いやぁー、まるでご領主様のようなお仕事ぶりぃ」
「人が沢山集まると、何かと大変だからね」
「そぉーれではぁ、上手く治めるために、さらによりよい人材が必要でぇーすねぇ?」
「またよろしくね」
「大きい娘もご用意いたしますよぉー」
「それもよろしくね!」
プリングルトは人を見る目には自信がある。だが、そんな目などなくとも、モモカが胸の大きい女奴隷を見る時の目つきが変わることなど、容易に察することはできよう。
だがプリングルトをして驚くべきは、モモカは栄養失調気味で痩せ細った状態で見ても、健康体になった時に巨乳になるかどうか目利きができることだ。
いや、胸だけでなく、腰回り、尻、足、とかなり正確に肉付きを予測できるらしい。
曰く、太るのも才能、と。
性奴隷も扱うプリングルトでも、初めて聞く格言だった。しかし納得もできる。
体つき、は顔と同じく個人の資質によるものだ。太った時に、どの箇所に肉がつきやすいか、というのもまた個人差があり……それが胸や尻であった時、素晴らしい才能が開花したのだと、モモカは力説していた。
それを見越して、一人だけ大きくなりそうな者も選んでおいたが、どうやら大当たりだった模様。
今日のモモカの付き添いにいた、見事に乳尻太ももが育った天才的なボディのメイドが、他ならぬ彼女であったのだから。
「ああ、そうそう、これも女の子の話になるんだけど」
「ほほぉーう、どうぞどうぞ。私、そちらの方面も、そぉーれなりには、詳しいですのでねぇー」
「それを見込んでの話さ――――シグルーンに、本物の御子とヤレる店があるってホントぉ?」
目に見えて嫌らしい笑みのモモカ。
しかしプリングルトには分かる。その目はとても性欲に濁ってはおらず、むしろ、獲物を狙う鋭い鷹のような眼光が宿っていると。
子供ながらに、見事な演技だと感心してしまう。プリングルトでも、モモカが爆乳を前にした時の顔を見ていなければ、本当にやらしい顔をしている時と、演技している時の顔を見分けることは出来なかったであろう。
「えぇーえ、そういう売り出しをしているお店は、確かにあぁーりますよぉ。結構な有名店ですからねぇ、お客様の様々な要望に応えるため、色々なお嬢様がお待ちしているのでぇーす」
「そのお店、良かったら紹介してくれないかな」
「うぅーん、誠に残念ですが、そのお店は私と付き合いのあるお店ではございませぇーんのでぇ……モモちゃんに良くして貰えるよう、お願ぁーいすることは、できそうもないのすよぉ」
「ふーん、そっか……」
「でぇーすので、私が聞いた噂だけ――――」
この応接室にはモモカとプリングルトの二人しかいない上に、奴隷商としての嗜みで防諜対策もバッチリにも関わらず、顔を寄せ合ってヒソヒソと内緒話で『噂』は語られた。
かの『剣聖』が捕らえたディアナの高名な御子の少女。
その名は――――レイナーレ・エーハルト・アーセ。
シグルーン有数の高級娼館『エスメラルダ』に在籍する、売り上げ上位を争う人気嬢である。
「はぁ……物凄く嫌な予感がする名前だけど……行くか、シグルーン」
とてもお目当ての女の子を買いに行くとは思えない、実に陰鬱な表情を浮かべて、モモカはそんな決意を語った。
「そぉーれではぁ、シグルーン本店にて、ご来店をお待ぁーちしておりまぁーす!」




