第48話 充実の装備(1)
僕らはひとまず、攻略を進めるよりも、装備を整え直すことを目的として行動し始めた。
「ここから先のエリアは大きく二つに分かれています」
「片方は魔法陣が示す、奥へ続くルート。もう片方は外の森へ続くルートになっているわ。森ルートの方には、兵士のスケルトンと、それらの装備を奪ったと思われるゴーマ、両方が出没するエリアになっているの。ひとまず、こっちで素材を調達すれば、ある程度の装備は整えられるわね」
このエリアに飛ばされてから、蒼真さん達は多少の探索はしていたようだ。もし、一回目の探索で装備を整え終わっていれば、早々に出発して、僕らのピンチに駆けつけることはなかっただろう。
「森に繋がっているから、鎧熊がこっちに来たりもするんだね」
「あの熊と戦ったのは蒼真だけだが、今の私達なら倒せるだろう」
充実した前衛戦力に、攻撃魔法の援護もアリとくれば、流石の鎧熊も分が悪いか。剣崎さんの物言いも、あながち過信というわけではないだろう。事実、鎧熊はすぐに退いたし。
「では、もう少し休んでから出発しましょう。双葉さんも、まだ目覚めたばかりですし」
「ううん、私は別に大丈夫だから。今すぐでも行けるよ」
歴戦の傭兵みたいなカッコいいことを言いながら、栄養補給のために妖精胡桃をボリボリとワイルドに食べるメイちゃん。何という男らしさ、正に狂戦士に相応しい風格だ。
「双葉さん、あまり無理しないでもいいのよ」
「本当に、大丈夫だから。ほら、腕の傷ももう治ってるし」
うわ、ホントに完治してるよ。メイちゃんが見せつけるように掲げた両腕は、制服の袖こそズタボロだけれど、その下には傷痕どころか、シミ一つない綺麗な玉のお肌があった。
「蒼真さんが回復する魔法、使ってくれたんでしょ? 凄い効果だね、ありがとう」
「え、ええ……でも、私の『癒しの輝き』は万能ではないですから、あまり過信はしないでください。というより双葉さんが、特別に治りが速いんですよ」
「うん、そうかもね。私、それっぽいスキルあるみたいだし」
あの蒼真桜に対して飄々と受け答えするメイちゃんは、何というか、もう最初から彼女達と対等の関係性であったかのようだ。この揃いも揃って、二年七組が誇る美少女ばかり集まったメンバーの中でも、全く見劣りしない美貌を手に入れたメイちゃんは、どこか堂々としているように見える。
ちょっと遠い世界の住人になってしまったみたい。正直、こんな美少女六人で男は僕一人だけというハーレム状態だけど、全く喜べない。肩身が狭すぎる。この面子の中で堂々としていられるのなんて、蒼真悠斗か天道龍一の二人くらいだ。あとの男子は、僕のように気まずい思いで縮こまっているか、馬鹿みたいに浮かれるかのどちらかだろう。
「あ、そうそう、夏川さん、私の包丁って、まだ持ってる?」
「へえっ!?」
可哀想なくらい、ビクンとする夏川さん。優しく微笑むメイちゃんを前に、彼女はすでに涙目だ。うん、明らかに恐れられている。
「良かったら、返してもらえるかな? さっきの戦いでほとんど武器を失くしちゃったの」
「ひゃい! すぐに返しましゅ!」
ひー、と涙を堪えながら、夏川さんはガチャガチャと腰に提げた一振りの短剣を外して、メイちゃんへと差し出した。小柄な夏川さんの前に、クラスの女子で最もデカいメイちゃんが立ちはだかると、凄まじい威圧感。その身長差はまるで子供と大人。並ぶと胸の差も圧倒的だ。
「ありがとう」
朗らかな笑顔で包丁を受け取ったメイちゃんは、不良のカツアゲという次元を超えて、財産を差し押さえたヤクザみたいな風格であった。
さて、無事に持ち主へと返還されたこの包丁だけど……
『人斬り包丁』:調理用ではなく、より殺人に特化した、血に飢えた包丁。
さて、この不吉な名前と説明文の『人斬り包丁』を手にしたワケだが、小鳥遊さんの錬成によって強化された武器の威力を、僕はすぐに目の当たりにすることとなった。
「やったよ小太郎くん、ほら見て、この槍、全然錆びてないよ!」
僕が使っても、レムに持たせても、とても有効そうな綺麗な状態の鉄の槍を片手に、メイちゃんが喜び勇んで駆け寄ってくる。
彼女の後ろには、鉄の鎧兜で武装したスケルトンソルジャーが、その防具ごと固い骨を一刀両断された状態で、折り重なるように倒れていた。これらは全て、メイちゃんの振るう『人斬り包丁』によるものだ。
一度、鞘から抜き放てば、ギラつく刀身に、薄らと赤いオーラが立ち上る。『試薬X』を使った時のメイちゃんと同じ、あの禍々しいオーラである。もう、その見た目だけでただならぬ威力を思わせるが、実際に振るえば、この通り。
今の彼女の武装は、右手に平野君の長剣、左手に『人斬り包丁』という二刀流。リーチが長い長剣はメインで使うが、切れ味に優れる包丁も積極的に使いたいということで、二刀流に落ち着いた。『狂戦士』のメイちゃんの膂力はすでに人間離れしつつあるから、重い鉄の剣でも軽々と片手で振り回せるのだ。
「それにしても、双葉さん、本当に強くなったわね……まるで別人みたい」
僕に槍をプレゼントしてから、また張り切って前衛へと戻っていくメイちゃんの逞しい背中を見て、委員長が心中複雑そうな表情で言う。
「まぁ、色々あったから。それにメイちゃんは騎士の天職なんだし、本人にその気があれば、強い力は得られるよ」
「でも、そのキッカケを桃川君が与えた。あんなに臆病だった彼女を、勇敢な騎士に変えるなんて、一体、どんな魔法を使ったのかしら」
「あはは、僕は別に、何もしてないよ……ただ、一緒になって必死で戦っている内に、吹っ切れただけ、だと思う」
乾いた笑いで適当に誤魔化す。メイちゃんを変えたのは素敵な魔法なんかじゃなくて、理性をブッ飛ばす麻薬だったんだから。とてもじゃないけど、馬鹿正直に語れない。
「もう少し先まで進んでみるか?」
「ええ、そうですね。行きましょう」
剣崎さんの呼びかけに蒼真さんが答えて、僕らは相変わらずの石の通路を進む。
これでもう何度目かの戦闘になるけど、すでに彼女達の凡その能力は把握できている。
前衛は『双剣士』の剣崎さんと『盗賊』の夏川さん。後衛は『聖女』の蒼真さんと『氷魔術士』の委員長。同時に、護衛対象となる『賢者』の小鳥遊さんがいる。そして新たに加わった『狂戦士』のメイちゃんは前衛に、『呪術師』の僕は後衛へと配置。今までにないほど充実したメンバーだ。なるほど、これなら確かに、雑魚モンスターなんて軽く蹴散らして、ゲーム気分でダンジョン攻略もできるというもの。
「あのさ、蒼真さんから見て、勇者の蒼真君と双剣士の剣崎さん、二人にはどれくらいの実力差があるか、分かる?」
「えっ、兄さんと明日那、ですか? そうですね……二人には、それほど大きな力の差はないと思います。ただ、勇者には何か、特別な力のようなものがあると感じます」
「ケルベロスを倒した時、みたいな?」
「ええ、どんな危機に陥っても、逆転できる。そんな、底知れない強さがあるのです」
「でも、それがなければ、基本的には剣崎さんと同じくらいなんだ」
「そうですね。二人とも、幼いころから剣の鍛錬は積んでいますし、天職の能力も似たようなものですから」
うわ、凄いよ僕、あの蒼真桜と普通に会話しているよ。サラっと話を振れた自分にちょっと驚きつつも、得られた情報を冷静に頭の中で分析する。
『勇者』というだけあって、やはり特別な天職なのだろう。正しく『覚醒』とでもいうべきパワーで、土壇場から大逆転できる、というのが蒼真さんの話の肝だ。しかし、そんな謎のパワーでどんなピンチも切り抜けられると、楽観視はできない。とりあえず、蒼真君は剣崎さんと同程度の剣士として見るべきだろう。
「それじゃあ、メイちゃんはどう? 剣崎さんと比べて」
「信じがたいことですが、双葉さんは明日那と同じだけの技量を持っているように見えます」
蒼真さん曰く、夏川さんは知っての通り陸上部で、決して武術の経験などはない。しかし、盗賊の天職を得て、高い戦闘能力を手に入れた……だが、それでもこれまでの経験というものは大きく、彼女は明確に蒼真君や剣崎さんのような『経験者』には劣るという。考えてみれば、当然の結果でもある。
天職で超人的な力を手に入れても、相手も同じく天職の能力があるならば、結果的に自力の差というものが出てくる。だがしかし、である。
「双葉さんは、間違いなく何の経験も積んでいない素人、いえ、ごく普通の女の子だったはずです」
「それなのに、剣崎さんに匹敵する能力がある、と」
「彼女の才能なのか、それとも、天職の能力に差があるのか、理由は分かりませんが」
天職の成長にも個人差ってものがある。あるいは優れた能力を授かったなら、それだけで経験の差も覆せるだろう。
「でも、それを聞いてちょっと安心したよ」
「安心? 何故ですか?」
「だって、剣崎さんも夏川さんも、かなり色んなスキル使って戦ってるよね。メイちゃんはそこまで豊富なスキルがあるわけじゃないから」
「……桃川君には、分かるのですか?」
「そりゃあ、見てれば分かるよ」
だって二人とも、明らかに空中で二段ジャンプとか決めてるし。あれが素の能力だとは思えない。
「剣崎さんは『一閃』みたいに強力な斬撃を放つ技が二種類。一発のやつと、剣の両方で出すやつ。あと、刺したら衝撃波みたいなのが出る技。とりあえず、さっきまで使ってたのはこの三つだけかな」
「美波の技は、分かりますか?」
「『一閃』が使えるっていうのは、メイちゃんから聞いてたから知ってたよ。でも、今は二回連続で出せるようになったんだね。でも、夏川さんの凄いところは、『疾駆』で高速移動しながらでも、『見切り』でしっかり回避できてるとこかな。一応、『弾き』も使えるみたいだけど、パワーに不安があるのか、滅多に使わないよね」
「もしかして桃川君、格闘技の観戦が趣味だったりします?」
「ううん、全然」
そういうの全く興味ないです。僕はどっちかというとアニメや漫画やゲームで、ド派手なエフェクトの必殺技や大魔法が入り乱れるファンタジーバトルの方が好きなんで。格闘技なんて、見ていてもどういう技で、どんな駆け引きで、みたいなの全く分かんないし。
でも、あえては言うまい。余計なオタクアピールを控える程度には、分別はある。
「そう、ですか……よく、見ているのですね」
「命かかってるからね」
前衛の働き如何で、僕ら後衛はあっという間にピンチだし。個々人の能力の把握は、大事な事だろう。まぁ、僕みたいな素人が見たところで、分かることなんてたかが知れているけど。
「戻ったら、もう少し詳しく、お互いの能力を知りたいんだけど、いい?」
「ええ、そうですね。それぞれの力を知っておかないと、上手く連携はとれませんから」
とりあえず、そんな感じで装備集めは順調に終わった。スケルトンとゴーマの集団など、あの前衛三人組の相手じゃないから、僕らの出番はあんまりなかった。それでも、僕の呪術が如何にショボい能力であるかは周知の事実となっただろう。
慣れてないメンバーだから、下手なところに『腐り沼』を張るわけにもいかないし、レムもまだ作り直してないし。結局、僕にできることといえば、『黒髪縛り』で嫌がらせ程度の妨害だけだった。両隣で光と氷の攻撃魔法をジャンジャンぶっ放す蒼真さんと委員長が羨ましくて仕方ない。
でも後衛にいて一番気になったのは、小鳥遊さんがいつでも僕を盾にできるような、すぐ後ろに立っていることだ。まぁ、陣形的にしょうがないのは分かるけど……あんな真後ろにいられると、気になって仕方ない。
そもそも、非戦闘員を連れてくるなよ、と突っ込みたいところだが、妖精広場は魔物の侵入を防げても、ケダモノは入れてしまうのだ。つまり、上中下トリオみたいな性欲を持て余したヤロー共が現れると危ないから、戦闘でも常に一緒に行動しようってこと。
まぁ、小鳥遊さんは『神聖言語「拒絶の言葉」』というスーパー護身用スキルがあるから、ぶっちゃけ僕よりも安全が保証されていたりする。立ち回り次第では、僕の方がお荷物ってことも十分にありえる。
さらに彼女には、『魔力解析』という、錬成機能がついていた噴水みたいに、何らかの魔法が宿った物体だけでなく、魔物が放つ魔法なんかも、モノによっては分かるというから、完全に戦闘で役立たずというワケでもないのだ。さりげなく、この『魔力解析』って、『直感薬学』の上位互換な気がしないでもない。魔力があれば、モノでも魔法でも、というのだから、少なくとも汎用性では完敗だ。
でも、せめて護身用に槍かナイフくらいは持とうよ、とは思う。非力な小鳥遊さんは、自分の鞄にコアを入れて持つくらいだ。まぁ、今のところ僕もほとんど足手まといみなもんだから、そんな注意なんて言える身分ではないけど。
ともかく、気になる点はありつつも、結果的に収穫は上々だったし、おおよそメンバーの能力や戦い方も把握できた。とても有意義な練習だったといえよう。
ちなみに、あまりに調子よく進んだので、外の森に繋がる出口まで来てしまったので、折角ということで、ちょっと探してみれば……やったよ、あの美味しい蛇が、三匹もゲットできた。やったねメイちゃん、今夜はご馳走だ。
まぁ、嬉々として蛇を捕まえては、豪快に皮をぶっちぎって血抜きする僕とメイちゃんを、美少女五人組みはドン引きの目で見ていたけど……ふふん、彼女達も、この肉の味を知れば、必死こいて蛇を探すスネークハンターと化すだろう。




