表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:勇星十字団
509/517

第462話 流離い祈祷師(1)

「――――ここは神々が愛した国なれば。いざ大地へ満ちよ、大いなる地母神のお恵みを!」


 ヴァンハイトより大きく南へ離れた農村で、ハピナは『豊穣祈願』を唱えていた。

 コタローの子を身籠った……と思い込んだハピナは一大決心という名のヤケクソで、ヴァンハイトを飛び出し、ソロの『祈祷師』として活動を始めた。


「僕らのことは気にせず、ハピナは自分の夢を追いかけるといい」


 その一言のせいで、ハピナはこの道を選んでしまった。

 ただの損得勘定だけで、ハピナを引き込もうとしていれば、こんなことにはならなかったのだが……変なところで誠実さを出したせいで事態が拗れてしまったことを知らないのは、夜逃げのようにヴァンハイトから魔導列車に飛び乗ったハピナだけである。


 ともかく、ハピナはソロ活動を始めた。目的は勿論、自身の夢でもある聖女となること。

 しかしながら、どうすれば聖女になれるのか、その具体的かつ効率的な方法など知る由もない。

 あえて言えば、パンドラ聖教において多大な貢献をし、かつ強大な天職の力を誇ること、であろう。誰もが認める実力と実績があれば、自然と聖女へと押し上げられてゆく。


 だがしかし、そんな成り上がりの機会などそうそう転がってはいない。ついこの間、絶好のチャンスとなる竜災も起こったばかり。むしろヴァンハイトの竜災で思いがけぬ活躍が出来たからこそ、今の自分はランク3を名乗れているので、十分に躍進を果たしたと言えよう。


 ならば、次に目指すべきは新たなチャンスか?

 否、それは断じて否である。ハピナも分かっている、というよりも、分からされた。自分の力が如何に不足しているかを。


 コタローと話して、自分が『大地賛歌』の成長の機会を奪っているという致命的な失敗をし続けていることに気づかされた。

 仲間が傷ついたなら、自分で治癒すればいいじゃん……全くもってその通り。仲間の治癒すら満足に出来ない者が、聖女など名乗れるはずがない。後衛の『祈祷師』としても、落第点である。


 よって、ハピナはまず自分の実力を磨こうと決意した。誰にも頼らず、甘えず、自分の力で未来を切り開く。せめて、このお腹の子が産まれるまでは、自分の力を磨きたいと考えた。


 そして全てを一人でやってくなら、まず生活が出来なければいけないことに、すぐに気づいた。

 自分一人の生活費を賄うには――――そこらの迷宮に潜って雑魚狩りと簡単採取をするだけでは不可能、という結論に行き当たる。当然だ、それだけで簡単に食っていけるなら、もっと大勢の素人が、ダンジョンに潜っているのだから。


「おお、葉の色艶が、もうこんなにも!」

「す、凄い……これが祈祷の力……」

「ありがとうございます、祈祷師様! 本当に、ありがとうございます!」

「いえいえ、これも全て、地母神のご加護ですから」


 素人目で見ても、随分と萎えている畑が、ハピナの『豊穣祈願』によってみるみる元気を取り戻していった。

 元より『豊穣祈願』は、こういった使い方が正しい。人間に対して活力を与えるのは、あくまで副次効果でしかないのだ。


「ふぅー、やっぱり、沢山の人に喜んでもらえると、嬉しいのです」


 今日もいい仕事した、という満足感と共に撤収準備を始める。

 ハピナが生活のために選んだ仕事は、農村での豊作の祈りであった。

 パンドラ聖教の『祈祷師』としては基本的な仕事だが、冒険者の『祈祷師』としては副業扱いである。所属するクランやパーティが休止している間に、危険のない副業でちょこっと稼ごうかな、といった感じだ。


 ハピナは冒険者を始める前に、院長に連れられてこのテの職場体験はそれなりにこなしており、一人でやるのにも何の問題もなかった。

 むしろ、こっちの方が向いているに違いない。少なくとも現在の収入は、『大地賛歌』で活動していた頃よりも遥かに良い。


 自分一人だから報酬は総取り。そして『豊穣祈願』が本来の使い方をされることで最大限の効果を発揮し、依頼者も驚くほどの成果が目に見えて現れるのだから、喜んでボーナスも加算されやすい。

 少なくとも、この仕事に関してだけなら、今のハピナは聖教の祈祷師と比べても上位に入るだろう。


「今日も大成功です。やっぱり、儀式セットが豪華だと、『豊穣祈願』の効果も上がるのですよ」


 くふふ、と笑いながら設置された祭壇のど真ん中に置かれた、美しい石像を絹で包んで大事に仕舞い込む。

 この石像は地母神を模したモノ、らしい。ただの石材ではなく、琥珀そっくりの色と光沢をもった美しい材質で、心臓部には真紅に輝く結晶が埋め込まれている。

 大きく波打つ長い髪に、ゆったりとした薄衣と羽衣を身に纏った体は、正しく地母神に相応しい母性的な豊かさを誇る。


 パンドラ聖教において、正確な神の姿が判明しているものは非常に数少ない。地母神は有名な女神だが、姿が分からぬ内の一柱である。

 しかし、信仰する神の姿を象ることを、聖教では禁止していない。行き過ぎた偶像崇拝は危険だが、人が偶像を求める欲求は抑えがたいからだ。

 よって、有名な神々には時代ごとに様々な姿形でアップデートされてゆき――――今、ハピナが大切に仕舞った地母神像は、コタローが作った『HGハイグレード1/6スケール地母神像Verキョーコ』という最新のモノだ。


 その造形は、まるでこの姿の地母神を本当に見たことがあるかのようなリアリティに溢れている。

 コタローはフルヘルガー戦の前に、ハピナから『祈祷師』が儀式で使う祭壇や道具などを聞き取り、分かる範囲でそれを拠点で急造した。なにせハピナはフルヘルガーと直接対決をする決戦部隊の一員である。『豊穣祈願』の活力と自然治癒力をアテにこそしていないものの、使う以上は少しでも効果的になるようにするべき、との判断でコタローは用意した。

 その内、最も力を入れて作り上げたのが、この琥珀色に輝く地母神キョーコ像である。


 実際のフルヘルガー戦では、ハピマルの鞍の前に設置していたが、あの時はとにかくイッパイイッパイで効果のほどを実感できる余裕も無かったが……こうして農村での豊作祈願巡りをしていると、少しずつ、けれど着実に効果の高まりを実感できるようになってきた。


「祈祷師様、今日のところは私の屋敷でゆっくりなさっても」

「お誘いはありがたいですが、ハピナはまだまだ修行中の身。急ぎ、次の依頼先へ向かわなければならないのです」


 いつもの通り、喜ぶ村民の歓待を断り、ハピナは次の目的地へとすぐに向かうべく、颯爽とハピマルのモコモコボディに跨った。

 修行中、とは自分に言い聞かせている言葉だ。こうして自由に動ける時間は、そう長くはないのだから……と、勘違いによる戒めで、実にストイックにハピナは次々とこのテの依頼をこなしていく日々が続いた。




 ◇◇◇


 そんなある日、南東部の町までやって来た時のことである。


「君が最近噂の、流離いの祈祷師なのかい。まさか、こんなに可愛らしいお嬢さんだったとは」

「はぁ……」


 今日はとんでもなく割りのいい依頼を見つけて、ルンルン気分で管理局を出て行こうとした矢先のことである。

 声をかけてきたのは、見知らぬ男性。これでもハピナは二年間、ヴァンハイトで冒険者として過ごしてきた。冷やかしやからかい、嫌がらせ、ナンパ等々、一通りのトラブルも経験している。


 だが、その男は少なくとも新人や弱そうなソロを狙うような、チンピラじみた輩ではないと分かった。

 なぜなら彼は、冒険者でひしめく管理局では、場違いなほど上質で上品な身なりをした、まるで貴族のような初老の紳士であった。

 このテの人物がこんな場所にいるのは、大手クランのスポンサーや企業のお偉いさん、あるいは金に任せて冒険者への依頼をしに来たか、といったところだが。


「突然、すまないね。私はハーディン・ワイルダート。しがない魔物学者さ」

「えっ、もしかして、あのワイルド博士なのですか!?」

「世間では、そう呼ばれることの方が多いようだね」


 ハーディン・ワイルダート。シグルーンに隣接する中規模の都市を治めるワイルダート伯爵の兄にあたるのだが……アストリアではモンスターの生態研究、魔物学の第一人者、通称ワイルド博士として知られる有名な人物である。

 本来は長男として伯爵家を継ぐ立場だったが、少年期に冒険者を嗜んだことでモンスターの研究に没頭。あまりの熱意と、そして研究成果の数々に、気が付けば弟に伯爵家当主の座を押し付け、初老となった今に至るまで王国中のダンジョンや大自然でモンスターを追って駆け回り続けている。


 冒険者なら誰もが、彼の研究したモンスターの生態情報にお世話になることだろう。アストリア軍や冒険者だけでなく、今や基本的なモンスターの情報は一般レベルにまで浸透しているのは、間違いなく博士のお陰である。

 ハピナは冒険者になるよりも前に、孤児院の蔵書でワイルド博士の図鑑を仲間達と一緒によく眺めたものだ。


「君はこれから、ミドガルド大河を超えた先の農村へ向かうのだろう? ちょうど依頼を受けるところが見えてね」

「はい、とっても報酬が良いのです!」

「報酬が良いのは相応の理由があるのだが……ともかく、私もちょうど、そちらへ出向くところだったのだよ。良ければ、私の調査隊と一緒に行かないかい?」

「ええっ、良いのですか?」

「勿論だとも。ここ最近、南東部は非常に危険だそうだからね。君のような御子が一緒にいてくれれば、神々のご加護も厚くなりそうだ、といった理由だよ」


 つまるところ、純粋な厚意というやつだ。

 うら若き乙女であるところのハピナはソロであり、さらには最近の祈祷師活動で、着実にその名が広まってきている。今はまだ実際に訪れた農村とその周辺にしか評判は行き渡ってないが、このまま活動を続けていれば、遠からず首都にもその名が届くだろう。

 そんな将来有望な少女の身を案じての提案といったところである。


「ハピナはここに来たばかりなので、よく分からないのですが……この辺、危ないのです?」

「ここで過ごしていれば、嫌でも聞くことになるだろう。ここ最近は、とても凶悪なゴーマの大部族が暴れているそうだよ」

「なるほど、ゴーマですか」


 アストリア南東部には深い密林地帯であることを思い出し、ならばゴーマも沢山生息しているだろうと、ハピナもすぐに思い至った。

 しかし、この町に来て真っ直ぐ管理局に向かう道すがらだけでも、他所の町よりも巡回する憲兵の数は多く、川には立派な警備艇が行き交っているのが目に入った。

 ゴーマを始めとした野生のモンスターの危険性は高そうな地域だが、その分だけ防衛力は配置されているように思えるのだが、


「そのゴーマは、ただのゴーマじゃない。何と、人間の言葉を話すと言うではないか」

「ええっ、ゴーマが!?」


 衝撃的な情報に驚くハピナは、博士の目が好奇心の光で輝いていることに気づかなかった。


「私は以前から、特にゴーマについての研究を進めていてね。噂が事実だとするなら、是非とも調査しなければならない」

「なるほどぉー」

「とは言え、人の言葉を真似て、ただ幾つかの単語を発音しているだけ、というのが現実的なところだが……それでも、相当に知能の高い長が率いているのは間違いない。頭の良い長に率いられたゴーマの軍団は、正に脅威的だからね」

「それはとっても危険なのです。わざわざハピナに同行を誘っていただいて、ありがとうございます!」


 かくして、ハピナはワイルド博士一行と共に、危険なゴーマ軍団が跳梁跋扈する南東部の農村地帯へと向かうのだった。




 ◇◇◇


「ごっ、ゴーマだぁああああああああああああっ!」


 その叫び声が村に木霊した時には、もうすでに手遅れであった。


「ぴゃあっ!?」


 と、絶叫を聞いて飛び起きたハピナは、すぐ枕元に置いてある杖を引っ掴んでは、転がるようにベッドから脱する。

 寝ぼけ眼で頭は回ってないが、二年の冒険者活動の賜物か、体は勝手にローブを被って着々と戦闘準備を済ませていた。


「こ、これは……どうして村の中に、こんなにいっぱいゴーマがいるのです!?」


 準備を済ませる傍ら、窓辺で外の様子を窺えば、夜中にも関わらず煌々とした灯りが闇を照らし出している。夜空に輝くのは幾つかの光球で、暗い洞窟ダンジョンなどで使う照明用の光魔法を飛ばしていると思われた。


 その光に照らされて、そこかしこで群れをなして走り回るゴーマが、この窓辺からでも見える。それだけで、大きな群れであることが察せられた。

 村の自警団や冒険者の戦力など、たかが知れている。正面切って戦っても勝てないだろう相手だ。まして夜襲をかけられたならば、すでに形成はひっくり返せないほどだろうと、論理的な思考をすっ飛ばした何となくの勘で、ハピナは理解した。


「博士! 皆さん、無事ですか!」

「おお、ハピナ君。大変なことだよ、これは」


 ここは村の宿で、ハピナとワイルド博士一行でほぼ貸し切り状態となっている。装備を完了させてハピナが部屋から出れば、すでに博士達も大慌てで飛び出してきたところらしい。


「ゴーマが村を襲ってるです。かなりの数で、とても勝てないのです」

「ああ、そのようだね」

「すぐに馬車の用意を! 群れの包囲を突破するしか、村から出る方法はないのです!」

「ああ、すでに護衛が確保へ向かったよ。もうすぐ来るはずだ」


 荒事に慣れていない研究員はパニック寸前といった様子だが、流石に博士と護衛は落ち着いて対応が出来ているようだ。


 しかしながら、護衛の規模は最低限。はぐれゴーマの群れなら軽くあしらえるが、大群を相手にすれば分が悪い、とハピナは警戒を緩めなかった。

 ついこの間までなら、自分も起き抜けから慌てっ放しであっただろう。けれど、無限煉獄の第四階層解放を成し遂げた猛者達と、肩を並べて戦った経験が、これまで仲間に甘えてばかりだった自分を、少しは成長させてくれた。

 今のハピナは、少なくともゴーマの襲撃を受けて動揺するほど軟ではない。


「むぅ、やっぱり博士は、もっと護衛を雇うべきだったのです」

「済まないねぇ、弟にもよく言われるよ」


 これほど有名であり、数々のダンジョンに長年潜ってモンスターを追いかけた博士は、専属の護衛を雇っていない。

 とにかくフットワークの軽い博士は、まず自分が行きたい場所へと飛んで行く。そして護衛は、そのダンジョンにいる現地の冒険者を雇うのが基本だ。

 自分のお供が増えると、その分だけ初動が遅れるのを嫌ってのことらしく……兄の身を心配した弟の伯爵閣下が、信頼できる強力な騎士を専属護衛として勧める度に、突っぱねて来たものだった。

 今回の調査隊も、一声かけてすぐに集まった面子だけで結成されたものだという。


「私とて、そこまで無防備でいるつもりはないのだがね。話によればゴーマが占領している地域はもっと奥で、もう少し現地に近づいたら、そこでアストリア兵の協力を得られる手筈だったのだよ」

「ゴーマはどこにでも湧いてくるですから。勢いにのって、どんどん攻めてきてるのではないですか?」

「いや、それにしては手際が良すぎる。まさか、すでにこの村は……」

「博士、馬車に乗ってください!」


 そこで、宿の裏手に留めてあった馬車が、護衛達の手によって正面玄関へとやって来た。

 幸いというべきか、ゴーマはこの宿からやや離れた酒場の方に注目しているらしく、まだここにまで踏み込んで来てはいない。だがそれも時間の問題であることを、ハピナも博士も理解していた。


「分かった、すぐに行こう」

「ハピナが先導するです! ついて来てください!」


 護衛の数は多くない。馬車を囲う陣形で、先頭をハピナに走らせるのに、否定の声は上がらなかった。

 そうして、博士達が馬車に乗り込んだのを確認してから、杖を一振りしてハピマルを召喚し、すっかり慣れたその丸い背中へと飛び乗った。


「さぁ、行くですよ!」


 幸い、何者かが放った照明の光魔法によって、ほどよく夜道は照らされている。街頭などあるはずもない田舎道だが、この明るさならば馬車を飛ばしても問題ない。

 しかし人間の目で見えるということは、ゴーマの目にもまた、よく見えるということだ。


「ンバババッ!」

「ブゲラッ、ドンバグズドアァーッ!!」

「やっぱり、もう村は囲まれているのです……」


 走り始めて1分としない内に、そこかしこから湧き出てきたゴーマが現れる。

 けれど、ただのゴーマではないとハピナはすぐに理解した。


「うおっ、なんだコレは、煙幕!?」

「いや、毒だ!」

「まずいぞ、吸い込むんじゃない!」


 馬車を襲うゴーマの行動は大体決まっている。障害物か自分達で道を塞ぐ、投石や弓を射掛ける、真っ直ぐ襲い掛かって来る、といったシンプルなもの。

 けれど今、ゴーマ達が最初に行ったのは濛々と煙る玉を四方から放り込むことだった。


 それなりに経験の積んでいる護衛は、それがただの煙幕ではないことを察した。咄嗟に口元を覆ったが、薄っすらと煙るガスへ突っ込んだ瞬間に、目、喉、鼻、に強い刺激を受けて、確信する。

 体を蝕む猛毒や自由を奪う麻痺など、死に直結する強力な毒物ではない。ないのだが、この香辛料を頭から被ったかのような症状は堪らない。

 落馬しないよう維持するのが精一杯で、戦うどころではない。剣や槍を振るうのは勿論、魔術師だって詠唱もままならない。

 この毒煙に包まれた瞬間、自分達が無力化されたことを悟り、危機感を覚えたが、


冷却結界クーラー起動! 最大出力ぅーっ!」


 次の瞬間、より色濃く煙っていたはずの毒煙が晴れて行った。いいや、正確には、強い風によって弾かれたのだ。

 それに伴い、彼らの体にそよぐのは心地よい涼しい風だった。


「みんな、もう少し馬車に固まるのです! 風で弾けるのは、この範囲が限界ギリギリなのです!」

「ありがたい、助かった!」

「こんなマジックアイテムを持っているとはな」


 以前、詠唱潰しで似たような目にあったハピナである。完璧に防げる対策装備もあれば、二度とあんな無様は晒さない。

 もっとも、ヴァンハイトから夜逃げしたことで、『冷却結界クーラー』は借りパクということになっているが。正規に購入すれば幾らするか、知らないのがハピナのためである。


 そうして、ゴーマの毒煙を無効化することで、全員で反撃しながら突き進む。


「ジャーバグダ!」

「ンバ、ゴブングジャギガ!!」

「ふぉおおおおお――――『ガイアパワー』っ!」


 毒煙が効かないと見るや、ゴーマ達は直接その身一つで襲い掛かって来た。

 しかし『ガイアパワー』で剛力を宿し、巧みにハピマルを操り騎乗戦闘にも慣れたハピナには、ゴーマ歩兵などものの数ではない。

 まだコタローと出会ったばかりの頃、すぐに連れ出されたチャバゴーマの本拠地殲滅戦で、地獄を見ると共に対ゴーマ戦のいろはを叩き込まれた成果を存分に発揮して、ハピナは恐れ知らずに襲い来るゴーマの頭を、次々とメイスにもなる杖で叩き潰していった。


「やっぱりこのゴーマ、なにか変です……」


 装備が統一されている群れには気をつけろ。自前の装備生産力を整えるほど頭のいい長がいる、とはコタローの言である。

 その点でいえば、このゴーマは正しく最大限に警戒すべき装備が整えられていた。

 ゴーヴ戦士どころか、ただのゴーマ歩兵でさえ、揃って皆が同じ武器を使ってるのだから。


 しかし、その武器は剣でも槍でも斧でもない。弓矢すら持っていない。

 それはいわゆる刺股という捕縛用の武器である。

 刃の代わりに、二股に分かれた獲物を抑える形状の穂先を備えた、長柄武器。モンスターとの戦いを生業とする冒険者やアストリア軍ではまず使われない、非殺傷用装備である。

 固く殺生の禁止されている一部の聖教施設内での警備や、希少な魔物を捕獲する際、などにしか使われないマイナー武器。


 何故そんな殺さない武器を、よりによってゴーマが使っているのか。

 しかし自身に向けられた刺股の穂先には、かすかにバチバチとスパークが散り、直撃すれば電撃を喰らうだろう。

 統一装備の上に、微弱とはいえ雷属性の力まで付与されている。そのくせ、武器としての威力は非殺傷。これに加えて、先の毒煙玉も合わせて考えると――――まるで人間の生け捕りを徹底したような装備構成だ。


 人間を殺さないゴーマなんて、初めて聞く。

 殺意が無いが故の不気味さを感じながらも、今のハピナにはひたすら群がるゴーマ共を力で叩き潰して進む以外の選択肢は無かった。


 そうして、いよいよ村から出るかというところで、


「とっ、止まってぇーっ!」


 ハピナの声に、急制動がかけられる。

 何が、などと呑気に問いかける者はいない。視線を向ければ、その先には雑に切り倒されて道に転がる倒木の数々があった。

 自分達の脱出を察知して、急造の障害物を用意したのは明らかだ。

 もっと速く走れれば、あるいは妨害される前に脱せたかもしれない。しかし、間に合わなかったのが現実だ。


「早く木を退けるのです!」

「だ、ダメだ、間に合わない……」

「くそっ、囲まれた……」


 素早くハピマルから飛び降り、『ガイアパワー』の膂力で倒木を引き摺り始めたハピナであったが、護衛達が後に続くことはなかった。


 薄暗闇の向こうから現れるのは、大勢のゴーマと、そして屈強なゴーヴ戦士達。

 流石に戦士はきちんと鋭い刃を備えた武器を手にしているが……


「なんだコイツら……どうして襲ってこない……」

「はっ、どうやって喰おうか相談してんだろが」


 ゴーマが追い詰めた獲物を嬲り、弄ぶ、残虐な習性があることは有名だ。だからこそ、余計に人間にとってゴーマは憎悪の対象となる。

 いざ人間を前にして襲い掛かってこない理由としては、それくらいしか思い当たらないが、どうにもゴーマ達は興奮してバカ騒ぎしている様子はない。


 包囲したゴーマ達は獲物を追い詰め喜ぶというよりも、むしろ礼拝堂に集って祈りを捧げるかのように、静かだ。歩兵も戦士も、武器は構えずただ直立不動を貫く。

 そんな奇妙な静寂が漂うが、不意にそれも破られる。


「――――ギラ・ゴグマ、ダン」


 真正面から、一体のゴーヴ戦士が歩み出る。

 美しい金属光沢を放つ魔物の甲殻と鱗によって作られた、見事な全身鎧。間違いなく、この大群を率いる将であると、誰もが一目で理解した。


 そのゴーヴ将は、ただ一体でハピナ達の前に立ち、堂々と名乗りを上げた。


「ギラ・ゴグマ、ダン!」


 そして、その身に宿した力を解き放った。


「ギィーガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 2025年8月24日


 地母神像が6倍サイズのクソデカ杏子フィギュアになってた部分を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
地母神杏子像ワロタwww これ、間接的に信仰される側な杏子の力も上がるんじゃないでしょうか。 >「ギィーガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」 ああ、レムのと違って和まない……w
この博士、飄々と構えてるけど絶対強いパターンだろ
久々のぎーがー。 このゴーマ達が非殺傷武器なのは小太郎の指示で、恨みを買いすぎない為という名目で、何より小太郎が人間の一般人を殺すつもりがないからで、悪党以外は殺さずにゴーマを使っているんでしょうね。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ