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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:勇星十字団
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第459話 南東の村

 僕がヴァンハイトにやって来た時と同じように、王国の大動脈たるアストリア鉄道にガタゴト揺られながら、首都シグルーンを目指す。

 けれど細長い日本と違って、広大な大陸の大部分を征服している大王国のアストリアは、全国どこでも列車に乗れば一日でつく、というワケにはいかない。それに鉄道といっても、新幹線とは比べ物にならん速度だ。アストリアを端から端まで移動しようと思えば、シベリア鉄道のように一週間はかかるだろう。


「おいおい若様よ、こんなところで寄り道していて良いのか?」

「いいのいいの」

「このルートはほとんど観光じゃろう」

「ソレがいいんじゃあないか」


 やけに生真面目なことを言うジェラルドに、僕はノンビリとリザの膝枕に寝転がってそう応える。


「真っ直ぐ行っておれば、今頃シグルーンに着いたであろうに……何故、儂は今ミドガルドの川下りなど」


 そう、僕が乗っているのは列車ではなく、船である。

 アストリア北部から南東の国境を超えた先まで流れる、ミドガルド大河。ヴァンハイトから真っ直ぐにシグルーンへ向かえば、この大河にかかるミドガルド大橋を渡ることになるのだけれど、僕はその手前で南下し、今はゆったり遊覧船で川下りをしていた。

 ジェラルドでなくとも、無駄に大きく南回りのルートとなっていることは一目瞭然だ。


「直通ルートはすでに分身が先乗りしてるし。でもこっちの方は、初めて来るからさ」

「ほう、偵察というワケか」

「坊ちゃま、お飲み物はいかがですか。ここは随分と暑いですから、水分補給はお忘れなく」

「ありがとー」


 絶妙なタイミングで差し出されるボトルをリザから受け取り、キンキンに冷えたレモン水で喉を潤す。


「しかしのう、ここらはディアナともアヴドランとも接しておらぬ。先には未開のジャングルが広がるだけの辺境よ」


 アストリアと敵対する勢力の筆頭が、ディアナ精霊同盟。けど彼らの領域は東側。一方、南側にはアヴドラン大砂漠という広大な領域があり、そこに住まう部族とも争い合った歴史もある。今は上手いこと取り込んだ友好部族がいるから、南の国境線は安定しているらしい。

 で、そんな東と南の間にある南東地域は、フロンティアスピリッツに溢れるアストリア人でも開拓を諦めた、深い熱帯雨林が広がる。

 密林エリアを思い出すね。あの時は苦労の連続だったよ。レイナのせいで。


 僕らが今立ち寄っている町は、大河の遊覧船なんて観光業が成立するくらいには発展しているが、ここより先は農村ばかりの如何にもな辺境地域となる。

 この町を超えた辺りから、いわゆる亜熱帯気候となり、アストリアで主食となる小麦の生産に向かない環境になってしまう。農地としての価値は、我らがイーストホープの方が遥かに勝る。


 なので、南東の農村では熱帯の果実や香辛料など、地域特産となる商品作物が主流だ。けれど僕のエレメンタルマウンテンコーヒーのように、大きなブランド化に成功しているワケでもなく、辺境の珍品として細々とやっているような具合だそうで。

 むしろ大麻やコカインのような違法薬物を栽培する、ギャングの方が儲かっているようだ。お陰で治安はあんまりよくない。

 取り締まりはイタチごっこみたいな感じだそうだし、ギャングが儲かれば賄賂の額もデカくなり、買収も進む。このまま放置していれば、メキシコみたいに麻薬カルテルが跳梁跋扈する無政府状態になる危険性もある……けど『女神派』からすると、そんなことは大迷宮攻略に比べれば二の次だろう。


 要するに、アストリア王国において南東地域は経済・国防の両面において重要な場所ではないということだ。さらに治安も悪くて魅力的ではないから、開発に力を入れることも当面は無さそう。

 そりゃこんなどうでもいいド田舎まで足を延ばしていれば、ジェラルドも小言の一つくらい言いたくなるだろう。ごめんね、こんな田舎町じゃあロクな娼館もないよね。


「ねぇジェラルド、あれって」

「むっ、アレはただの巡視船……ではないな。あの数の兵を載せておるならば、討伐隊じゃろう。またゴーマの巣でも見つけたのではないか」


 僕らの遊覧船とすれ違って川を登ってゆくのは、鉄の装甲版が貼り付けられたアストリア軍の船だ。軍艦というほどのサイズはないが、それなりの人数を載せられる大型ボートといった感じ。

 それが巡視船の先導で、複数連なって走り去っていった。


「やっぱこの辺、多いんだ?」

「奴らはヴァンハイト近郊でも出て来るからのう。山野があればどこにでも住み着きよる。あのジャングルには、一体どれだけ潜んでいるのか、考えたくもないわ」


 ウンザリしたような顔で言う、その気持ちはよく分かる。その出現率と数は、正しくゴキブリそのもの。

 南東地域は敵対勢力と国境を接してこそいないものの、広大な大自然である熱帯雨林と近しいために、ゴーマを筆頭とした野生のモンスターこそが最大の脅威となる。


 だから田舎町には似合わないほど、しっかり武装した警備隊が常駐している。巡視船はなかなか立派だったし、兵員輸送の大型ボートも取り揃えて、展開力も高さそうだ。点々と広がる農村地域にも、定期的な巡回はされており、警戒態勢に油断はない。

 ゴーマみたいなどこでにでも湧いてくるモンスターがいるにも関わらず、今日も平穏平和な辺境地域でいられるのは、アストリア軍がしっかり守っているからこそだろう。

 こういうとこに、ちゃんと予算を割いているから王国政府は油断できない。新大陸を開拓した国だからこそ、野生のモンスターへの対策も重要視しているのかな。


「だから、こういう所って危ないと思うんだよね」

「なんじゃ、竜災のような危機にでも見舞われると?」

「いいや、僕らにとってさ」


 僕の本拠地は今でもニューホープ農園だ。ヴァンハイトの黒髪教会も、第四階層解放の偉業によって勢いあるけれど、やっぱり秘密裡に兵を養い軍需物資を蓄えるのは、人目につかない東の果ての農園だ。


「もし僕の農園に反乱の疑いアリ、ってなったら、どこから兵が送られると思う?」

「まずはヴァンハイトの駐留軍。援軍が来るなら東西線で軍を鉄道輸送じゃろう」

「それだけなら、鉄道を爆破すれば足を止められるからいいんだけど」

「かぁー、平気で王国の動脈を切りおるわ」

「手段を選ばないから戦争なのさ。ともかく、一方向から来るだけなら足止めの対処は何とかなるけど……南東からも攻め上って来られると、流石にキツい」

「ふむ、じゃがここらの兵をわざわざ動かすかのう? 首都から兵を送るとなれば、中央に任せとけとなりそうなものじゃがな」

「そこは南聖卿の野心次第さ」

「むぅ……言われてみれば、東で反乱となれば、東聖卿を攻める絶好の機会か」


 南聖卿は俗物、とは調べるまでもなくアストリアでは有名な話だ。金で司祭位を売買するレベル。

 ただ僕にとってはガチガチの『女神派』ではないというだけでマシなんだけど。南聖卿は、聖教で最も強い勢力が『女神派』だからすり寄っているだけで、エルシオンへの信仰心は欠片もない。利が無いと思えばすぐにでも離れるだろう。

 しかし逆に言えば、利があると思えば貪り尽くす勢いで襲ってくる。

 反乱騒ぎに乗じれば、お堅い『救済派』の東聖卿から利権を分捕れる。最悪、武力でヴァンハイトを実効支配し、自分が大迷宮二つ抱えることまで狙うかもしれない。


「それに首都が動かなくても、こっちが独断で動く可能性もあるし」

「なるほどな、ありえんとは言い切れぬ」


 俗物だからこそ南聖卿は、他人の粗探しに貪欲だ。確実な証拠が無くても、最近イケイケのニューホープ農園なんか怪しいなぁ? 悪いことしてるから儲かってんだろぉ? と最初はイチャモンかけるとこから強引に探りを入れてくることも考えられる。

 現状、南聖卿が『女神派』と手を切るほどのスキャンダルはありえないので、コイツはすぐにでもちょっかいをかけてきかねない、チンピラみたいな敵対勢力といった感じだ。


「ならば、ここにも黒髪教会を建てるのか?」

「それも考えたけど……もっと良さそうな方法があるから、まずはそっちを試してみることにするよ」


 南東観光はもう十分だ。おおよその地理と駐留している兵力も分かったし。

 僕自身がこの地でやることは、もう何もない。


「だから、後は真っ直ぐシグルーンへ向かうさ」

「やれやれ、ようやくじゃな」


 そうして僕らは川下りを終えてすぐ、アストリア鉄道に乗り込んだ。




 ◇◇◇


 ある日突然、俺達は全てを奪われた。

 父祖より続く、小さくとも活気のある村。ここで生まれ育った俺達は、自分の子供達も同じようにこの村で育って行き、その先も、そのまた先も、ずっとそうやって続いていくと思っていた。

 けれど、終わりは今日だった。


「ハァ……ハァ……生き残ったのは、これだけか……」


 息も絶え絶えに逃げ伸びた先は、手に負えない強力なモンスターが現れた時などの、万が一の避難先と定められた隠し洞窟だ。普段は狩りの拠点として利用しているのだが……この場所に、こんなに数が集まっているのを見るのは初めてのことだ。

 しかし賑わいなど到底なく、ただただ満身創痍で数の減った村の仲間達の姿には、悲壮感だけが漂う。


 俺も同じだ。終わりだ。今日で俺達は終わるんだと、どうしようもなく理解できてしまう。


「……お前ら、覚悟はいいか」


 僅かに生き残った戦士達に、俺は問うた。この村で最強の戦士として。

 どうせ終わるなら、どう終わりたい。


「ああ」

「当たり前だろ」

「やるんだな」

「やろうぜ!」


 戦士なら、たとえ敵わぬと分かっていても挑まねばならぬ時がある。当たり前だ。戦士は戦って死ぬからこそ、戦士なのだ。


「一匹でも多くニンゲンを殺すぞ!」

「殺す!」

「ニンゲン殺す!」


 あの忌まわしい邪悪の化身。俺達の村を跡形もなく焼き払った、残虐非道のニンゲン共。

 俺達ゴーマにとっての、永遠の宿敵。


 これまでは、近くにあまりにも巨大なニンゲンの巣があるからと、父祖の代からよほどの馬鹿じゃなければ、手出しをすることはなかった。そのおかげで、俺達の村は奴らの目を逃れていた。下手にちょっかいをかけて、滅ぼされた村を俺達は幾つも見てきた。


 だから大丈夫だと思っていた。ニンゲンの目から逃げ隠れするのは癪だが、あれほど巨大な巣を構えるニンゲンを相手にするなら、こんな村など幾つ集まっても太刀打ちできない。

 もしもそれを可能とするなら……伝説に聞く、ゴーマ神の加護を授かった王でも降臨しなければ無理だろう。

 勿論、そんな万のゴーマを束ねる王など、いるはずもない。奥の密林に陣取る大部族でも、数千がいいところだ。


 そこまで分かっていたからこその、生存戦略。それで今まで上手くいっていて、全滅していく奴らを後目にして、俺達は正しい、俺達の方が賢い、とそう思い込んで……なんてバカだったんだ。

 俺は正しくもなければ、賢くもない。そのくせ、後先考えずにニンゲンに挑めるほどの勇気も無かった。中途半端な意気地なしの戦士だ。


 けれど、そんな俺でも戦士は戦士だ。村で一番の、皆を導く存在なんだ。


「よし、準備はいいな」


 曲がりなりにも狩りの拠点としても使っていたので、ここには最低限の武器も揃っている。

 弓と槍。そして昔、親父達が森に迷い込んだニンゲン共を殺して勝ち取ったという鉄の剣の数々を持ち、武装を完了させる。


 命からがら、ここまで逃げ伸びた女子供には悪いが……これが戦士の務め。最年少の戦士を一人だけ残し、次の長となるよう言いつけ、いよいよ俺達は最後の戦いに出陣し――――


「――――待つが良い、若き戦士よ」

「ッ!? 何者だ!」


 洞窟の前に、忽然と姿を現した。

 小さな影だ。とても戦士には見えない。子供? いいや、違う。


「力が欲しいか」


 ソレは老人だった。

 真っ白い頭の毛と髭が、恐ろしく長い。深く刻まれた皺に、枯れ木のような手足。力の衰えた、みすぼらしい体だが、その身に纏う黒い衣装が上等なせいか、とても侮る気になれない。

 こんな老人は初めて見た。いや、ゴーマがこれほまでに、生き永らえることが出来るのだと初めて知った。

 一見して、とても強そうには見えない。先ほど後を託した最年少の子供戦士の方が、ずっと腕っぷしは強いだろう。

 だというのに、この迫力……威圧感、存在感はなんだ。まるで、子供の頃に森の奥で遭遇した、巨大な地竜と出くわした時のような、大いなる畏れの気持ちが止まらない。


「お、お前が何者かは知らない……だが、力が欲しい。ニンゲンを倒せる、力が」

「力が欲しければ、くれてやる」


 そう言って、老人は今にも折れそうな細い腕を伸ばす。その先に、不気味なニンゲンの頭骨がついた杖を握って。


「余の名はオーマ。かつては大いなる玉座についていたが、今はただのオーマじゃ」


 老人が名乗りを上げると、俺は自然と膝を屈した。

 いいや、俺だけじゃない。他の戦士達も、洞窟の中で成り行きを見守っていた女子供も残らず、跪く。


「若き戦士よ、余の大戦士となれ」

 2025年8月8日


 この度、地図を作ることをようやく覚えました。

 呪術師も第二部からはアストリア王国のあるノア大陸が舞台となりますので、こちらの地図も作成中です。ですので、今話のように地理の話があった時は、あまり真剣に位置関係は把握しなくても大丈夫です。後で地図で出てきますので。

 地図はタイミングを見て公開しますので、そちらもどうぞお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
力が欲しいか…? 俺の中でARMS三銃士がくれてやる!くれてやる!くれてやる! ってなったw 好き
類を見ない程史上最悪の死体蹴りで草・・・肉や骨どころか名前すら余すことなく利用するとは尊厳破壊の達人すぎる。
オーマも同族の為になって本望だな
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