第458話 新団員達(3)
「貴様っ、いい加減にしろ! この私を、どこまで愚弄するつもりだっ!」
「別に、馬鹿になんてしてないよ。私はただ……戦いたくないだけ」
鎧を纏った赤い髪の少女が殺気交じりの剣幕で怒鳴っているが、対する双葉さんは純粋に困ったような表情を浮かべているだけ。
そりゃあ彼女の実力からすれば、ゴーヴ戦士を前にするよりも危機感など抱けない相手なのだろうが……ああいう手合いに、まるで警戒する様子も見せないのは、この上ない侮辱と受け取られてしまう。
「戦いたくない、だと……ならば貴様は、何故ここにいる!」
「えーっと、なんとなく、かなぁ」
実際、双葉さんはほとんど俺達に流されて一緒にいるだけのようなものだ。
俺達の他に同郷の者は、あのシド司祭だが……信用して彼を頼るような生活は選べないだろう。つまるところ、他に選択肢がないから、何となく一緒に入団しただけといった状態である。
「ふざけるなっ!」
まぁ、双葉さんの事情など何も知らない騎士の少女からすれば、ふざけた答えだとしか受け取れないだろう。
彼女も新団員達と同様に、それ相応の努力を重ね、多くの人の期待を背負ってここに入ったんだろうし。それを「なんとなく」の一言で吐き捨てられれば、自分の背負ったものさえ愚弄されているように感じてしまう。
そして困ったことに今の双葉さんに、そこまで相手の気持ちを慮った発言は期待できそうもない。何しろ、彼女は自分自身の事さえ、失った記憶のせいで判然としていないのだから。
「こんな真似をしておきながら、どの口が言う」
「えっと、これはその、急に襲ってきたから」
これだけの時間、双葉さんが新団員達に狙われていないはずがない。だが彼女は相変わらず、制服に僅かな汚れも乱れもなく、開始前と同様に何事もなかったかのように立ち続けている。
その秘密は間違いなく、彼女が右手一本で掴んでいる、ズタボロとなった全身鎧の大男だ。
状況を見るに、恐らく双葉さんは開始直後に、その鎧男に襲われた。直後に他の新団員達もそれに続いただろう。
急に大勢に襲い掛かられたから……双葉さんは鎧男を盾にして凌いだのだ。
大きい男だし、重厚な鎧兜を着込んでいるからちょうどいいと思ったのか。彼を盾として、全員の攻撃を防いだ。
そして攻める方も、一部の隙もなく人間盾を振り回す双葉さんを前に、流石にこれ以上の手出しをする気は無くなったのだろう。明らかに引いた様子で、双葉さんと距離を置いていた。
その様子を見て、騎士少女が満を持して正々堂々の勝負を挑んだ、といったところか。
「私は痛いのも怖いのも嫌だから。それでも私は……私は、何のために戦ってたんだっけ……」
「そうか、ヤル気がないというなら仕方がない……私がその気にさせてやろう」
いよいよ殺気を鋭くして、騎士少女が剣を構えた。
まずい。
何がまずいって、あの騎士少女はかなり腕が立つ。構えた姿で分かる。あの子の実力は俺が軽くあしらった奴らとは一線を画す領域にあると。
ならば、それだけの実力者が本気で斬りかかったならば、双葉さんも手加減しきれない。
最悪、拳の一発で騎士少女の頭が砕け散る。シールドの守りなんて、『狂戦士』の力を前にアテになどならない。
「待ってくれ、それ以上はいけない」
あまり良くない手だが、ここは無理にでも出しゃばるしかないな。
俺は双葉さんを庇うように、騎士少女の前に立ち塞がった。
「おい、何のつもりだ『勇者』。貴様のグループはもう模擬戦は終わっているだろう」
「人が死ぬかもしれないのに、そんなことは言ってられないだろう」
「安心しろ。かような侮辱を受けようとも、決して殺しはしない」
「君の心配をしてるんだ。『狂戦士』を相手に、そんな心構えじゃ死にかねないからね」
俺が挑発していると理解して、瞬時に彼女の怒りが双葉さんから俺へと向くのが分かった。
「揃いも揃って、舐めた口を……新たな勇者パーティは、人を怒らせる実力だけは確かなようだ」
「悪いが、こちらにも色々と事情があるんだ。双葉さんが望まないなら、戦わせたくない。代わりに、俺が幾らでも相手になろう」
「ほう、てっきり貴様も逃げ口上が出て来るかと思ったが、流石に勇者本人は自分で戦う度胸はあるのだな」
「勇者はまず、仲間を守らなきゃいけないからな」
さて、俺が出しゃばって好き勝手やっているワケだが……教官から止める注意は飛んでこない。乱入なんて明らかなイレギュラーだが、それもまたいい訓練だとでも思っているのか。
少なくともアレンとは違って、この騎士少女とは俺が戦っても問題ないと見ているのは確かだ。
「さぁ、どうする」
「無論、相手になってもらおう。お前を倒せば、次はその『狂戦士』とやらだ」
「一太刀だ」
「なに?」
「俺に一太刀でも浴びせれば、君の勝ちでいい。逆に俺は、一太刀しか振るわない」
「どこまでも侮ってくれる……『勇者』の力に溺れたか、凡愚め」
「その勇者の力、確かめてみるといい」
そうして、俺は抜刀の構えをとった。
その姿を見て、彼女も俺が本気なことを感じ取っただろう。これ以上は何も言わず、改めて構えをとって、俺に向き直った。
「俺は『勇者』蒼真悠斗。正々堂々、勝負」
「一騎討ちの作法の心得はあったか」
ふん、と鼻を一つならして、彼女もまた名乗りを上げた。
「私は『聖騎士』フレイア。今この場では、ただのフレイアだ。いざ、尋常に――――」
勝負。
たとえここで教官のストップがかかっても、お互い止まることはない。すでに両者とも名乗りを上げて、決闘を約束したのだから。
果たして、何の邪魔も入らず戦いの幕は開かれた。
勝負は一瞬。
瞬時に移動系武技を発動させたフレイアは爆発的な加速をもって踏み込んでくる。
だが、それだけだ。十分に目で追える。次の瞬間に彼女がどう動くのかも、未来を見ているかのように正確な予測ができる。
そして何より、彼女の太刀筋は明日那に似ていた。
「疾っ――――」
抜刀。ただ剣を抜き、そのまま真横に斬る。
それだけ。小細工一切ナシ。ただの抜刀斬りだ。けれど、勝負を決めるにはこれで十分だった。
ギィン――――
と、甲高い金属音が響くと共に、決着はついた。
一拍遅れて響く、シールドの破砕音。そしてさらに遅れて、宙を舞ったフレイアの剣が、地面に突き刺さる音が届いた。
「……負けた。私の、完敗だ」
俺の抜刀速度にフレイアの目こそ追いついていたものの、体はついていかなかった。
避けるか、防がなければ、そう思考が巡っていた時には、すでに俺の刃は彼女のシールドを切り裂き、さらにそのまま勢いを失うことなく進み、彼女の握った剣を力任せに弾き飛ばした。
この一撃を受けたフレイアは、よく理解できただろう。本当に、ただ純粋な一太刀で勝負を決めた、俺の腕前を。
「フレイアも、いい一撃だった」
「ふん……それも嫌味のつもりか?」
「心からの賞賛だよ。君は強い。そして、これからその強さはもっと磨かれていく」
「無論だ。すぐにお前の一太刀に、追いついてみせるさ」
「ああ、楽しみに待ってる」
互いに力を尽くした勝負の後だからか、フレイアの態度はとても落ち着いていた。
どうやら彼女も納得できるだけの実力は、きちんと示せたようだ。
何て言うか、明日那と初めて会った時も、こんな感じだったんだよな。道場で顔を合わせるなり、いきなり勝負しろとか言い出して……
「まったく、ルールを無視してなに勝手に青春してんだお前ら。罰としてクランハウス十周だ」
と、そこで傍観していた教官が、今更になって口を出してきた。
しかし、この取ってつけたような罰も、俺の身勝手を見逃す建前みたいなものだろう。
「了解であります、教官殿」
「うるせー、無駄に爽やかな笑顔で言いやがって。さっさと行け、勇者様よ」
「はい!」
苦笑いの教官に元気な返事をしてから、俺は素直に走りだした。
その後ろには、何故かフレイアも続く。
そして双葉さんは、そのまま立ちっ放しだったが……その手にはいまだにグッタリしたボロボロの鎧男が握られ続けたままなせいか、誰も文句は言わなかった。
◇◇◇
クラン活動の初日は、模擬戦とその後の基本的な体力・魔力の測定などで終わった。
やはり大迷宮と呼ばれるほどのダンジョンを、上から下まで駆け抜けてきた俺達は新団員達とは比べ物にならないレベルにある。真っ向勝負で相手になるのは、この『勇星十字団』でも幹部級の団員達だけのようだ。
俺達の力はアストリアにおいても、すでに上位に入るが……上には上がいる。とても現状に安心などできない。
「ユート様方のお力は、すでに十分示されたかと思います」
と、畏まって言うサリスの背後にあるのは、白い輝きを放つ転移魔法陣だ。
ここはクランハウスの一角にある、『勇星十字団』専用のダンジョン入口だ。
本来、大迷宮を始めとしたダンジョンの出入口は、全て迷宮管理局の管理下に置かれている。犯罪者の出入りや違法利用の防止に加え、竜災対策もあるので、厳重な管理が成されているのは当然のことだろう。
しかしながら、『勇星十字団』はただの冒険者クランではない。国と聖教、両者公認のクランである。便利な入口の一つや二つ、融通が効くというわけだ。
一応、表向きとしは管理局員が出向して、この入口もちゃんと管理している、ということにはなっているようだが。
「ですので、今日から早速、ダンジョンへ潜っていきましょう」
「えっ、サリスちゃんも来るの?」
「勿論です。私は『聖女』として、勇者パーティの一員となりますから」
監視役としては当然か。
夏川さんは『聖女』がいると安心できる、と喜んでいるが、俺としては正直、クラスメイトだけで固めた方が安心できるんだが……まぁ、口が裂けても言えないな。
「それでは、参りましょう」
サリスの先導で転移に乗った俺達は、久しぶりとなるダンジョンへと飛んだ。
「……やっぱり、分かるもんだな」
「ええ、何と言うか、空気が違うわよね」
つい、そんなことを呟けば、委員長も苦笑気味にそう漏らした。
良くも悪くも、俺達はすっかりダンジョンの空気に慣れてしまったようだ。ここへ出た瞬間、地上とは明確に違うと肌で確信できてしまう。
これは漂う魔力の濃さ、だけではない。どこか張り詰めた、油断のできない緊迫感。けれど、それが身を引き締めるようで、不思議と心地よくもある。
「夏川さん」
「うん、大丈夫。感度良好、って感じ?」
早速、『盗賊』の鋭い勘が働いているようだ。彼女には俺よりも、周囲の様子と気配を探れている。
「双葉さんは」
「私も大丈夫だよ。モンスター相手なら、手加減しなくてもいいし」
そう言って彼女は微笑んだ。
俺達はダンジョンから脱した後、そのまま身に着けていた装備を今も使っている。けれど、双葉さんだけは別だ。
恐らくフル装備だったろうが、その全ては没収されていると思われる。
だから今の彼女が装備しているのは、サリスが用意したハルバードと長剣だ。
通常よりも刃が大きく、種々の付与も施された立派な魔法武器でもあるハルバードだが……俺からすれば、以前に振るっていた漆黒のハルバードと比べれば、随分と頼りなく見えてしまう。双葉さんが本気で振るえば、この武器は果たしてどこまで耐えられるのか、怪しいものである。
「サリス、ここがシグルーン大迷宮なのか?」
「はい、その第一階層となります」
この場所は妖精広場ではなく、石造りの広間となっている。
日常的にクランが利用する場所だからか、様々な物資が積まれ、設備も整っている。立派な拠点である。
そして正面にある開かれた大きな両扉の向こうは、同じような石造りの壁が延々と続く通路が見える。
何と言うか、如何にもといった風景。アルビオンでのダンジョン攻略も、最初はこういった場所が多かったな。
「皆様の実力なら、すぐにでも深層まで潜れるでしょうけれど……今日のところは、浅い層だけを案内しますね」
「ああ、頼む。例の個別メニューのモンスターも探すんだよな?」
「ええ、生息域が分かりやすいところから、順に回っていくつもりです」
なんだかゲームで効率的にレベル上げをしていく、みたいな行動だな。実際、やってることは正しくその通りなんだが。
しかし、この個別訓練メニューというのも、どこまで効果的なのか。正直ちょっと懐疑的ではあるが……俺の『勇者』としての力を高めるのは、サリス達にとっても重要な目的だ。嘘の経験で弱いままにする、なんて騙す行為をする理由はない。
「とりあえずは、やってみないと分からないか……」
結局、色々と考えてもそんな結論しか出てこない。この第一階層は新人冒険者でも出入りするような場所だと言うが、こうも気苦労が絶えないとすでにして疲れを感じてしまうな。
仲間内に敵と分かり切っている者がいる、というのがこれほどストレスになるとは。
桜や明日那と激しく対立していた桃川も、こんな気持ちだったのかもしれないな……




