第456話 新団員達(1)
「ここが『勇星十字団』のクランハウスか……」
「うわぁー大っきい!」
「これはもう、ほとんど宮殿ね」
シグルーン大聖堂での入団式を終えた翌日、俺達はクランハウスへとやって来た。
『勇星十字団』のクランハウスはシグルーンのど真ん中、王城すぐ傍の一等地に、そこらの大貴族のお屋敷に負けず劣らずの巨大な建物がドーンと建っている。敷地面積もかなりのもので、コロシアムのようなドーム型の闘技場なんかもあり、訓練場としても凄い広さだ。
ここ最近は大聖堂で暮らしていた俺達だけど、あれは高級ホテルに滞在していたような気分で、どこか落ち着かなかった。クランハウスは所属するメンバーが住まう寮も兼ねているとのことで、本当の意味で自分の部屋が持てる、なんて思っていたらこの宮殿みたいな建物を前に、やはり驚きと共に少し尻込みしてしまう。
流石にこのレベルだと、レイナの屋敷でも比べ物にならないな。
「皆様、ようこそクランハウスへ。すでに用意は整えてありますので、どうぞこちらへ」
俺達が正門で話し込んでいると、すぐにサリスが出迎えにやって来てくれた。
本物のお姫様で『聖女』のサリスが出迎えてくれるとは、途轍もない特別扱いだ。
しかし今日の彼女はお姫様らしいドレスでも、聖女としての法衣でもない、白い制服を着用している。
この白を基調にして、青い十字のエンブレムが入った、少々派手目な衣装が、『勇星十字団』の制服である。
基本的に制服着用が義務付けられており、ダンジョン探索に挑む際の装備も制服の上から装着する者が多い。一部の鎧兜や、天職専用のような衣装がある場合は除く。
実際、下手な軽鎧なんか着込むよりも、よほどこの制服の方が防具としては優秀な、非常に高性能を誇っている。そして格好つけたデザインの制服を団員達が揃って着込むことで、『勇星十字団』の象徴となり、多くの人々の憧れにもなっているようだ。
そんな憧れのクラン制服を、俺達も揃って着用してここへやって来たのである。
街中を歩けば目立つ制服で視線を集めることもあるだろうが、すでにクランハウスの敷地内となれば、目につく全員が同じ服を着ている。しかしながら、周囲にちらほらいる団員達の視線は、あからさまに俺達へと殺到していた。
勿論、その視線はとても好意的なモノではない。ポっと出の勇者が露骨に特別扱いされれば、真剣に狭き門を潜って入団した者達が、よい思いなど抱くはずもないのだから。
「ああ、分かった。それじゃあ、行こうか」
けど俺は、そんな周囲の目などまるで気にしないように、堂々とサリスの厚意を受け入れる。ここで周りの目など気にしたところで、何の意味もない。
むしろサリスには、周囲の態度には無関心で鈍感、くらいに思われた方が良いだろう。
そうして、まずはざっとクランハウス内を案内されてから、やって来たのは奥の会議室。なんでも、普段は幹部クラスの面々が利用するらしい。つまり、防諜対策がされた部屋ということだ。
「『勇星十字団』には指導部、と呼ばれる部署があります。基本的に新団員達は、共通の合同訓練と、この指導部から通達される各個人に合った訓練の二つを並行して進めてもらいます」
「訓練というと、すぐにダンジョンへ潜ったりはしないのか?」
「本格的な攻略こそしませんが、ダンジョンを利用した実戦はすぐに始まります。もっとも、『勇星十字団』に入るような者は、すでに各々ダンジョンへ潜って鍛えてきているでしょうけど」
確かに、ここは右も左も分からぬ新入生が集まる学校ではない。すでに『天職』という才能を手にし、それを磨いた上でやって来ているのだ。当然、ダンジョン経験もそれなり以上に積んでいるだろう。中には、人間同士の戦い、すなわち殺人すら経験した者も。
「とは言え、ユート様方よりもダンジョン経験のある者はいませんよ」
「お世辞はいいよ」
「お世辞などとは、とんでもない。事実、大迷宮の攻略実績はお姉様の率いる勇者パーティしかないのですから」
だからアルビオン大迷宮を攻略した俺達は、すでに勇者パーティに並ぶ栄誉があるとでもいうのか。それなら桃川達に勲章でも授けてくれ。俺には、俺にだけは、大迷宮攻略者なんて、名乗る資格はない。
「前に一度、勇者リリスと会ったが……とても敵う気はしなかった。彼女は『勇者』として、俺よりも遥か高みにいる」
「そう理解できているだけ、十分かと。これからユート様は、様々な経験を積み、お姉様に追いつき、そしていつかは、追い越してしまうかもしれませんから」
「はは、そうなれるように、頑張るよ」
そうでなければ、きっと俺達は誰も自由になれないのだろう。
しかし目標が勇者リリスとは、果てしなく遠く感じてならない。こんな俺に、どこまであの人間離れした『本物の勇者』に追いつけるだろうか。
「それで、私達にもその個別訓練のメニューというのがあるのかしら?」
俺の曖昧な作り笑いを横目に、委員長がここに来た本題を切り出した。
通常の新団員達は、まず最初の一ヶ月ほどは各天職用の訓練メニューをこなし、その出来と成長を見てから、個別メニューが組まれるという。そりゃあ、まずその人の資質を正確に測るところから始めなければ、個人に合った最適な訓練法など提示できないだろう。
しかしながら、俺達はすでにそれなりの期間を大聖堂で過ごしている。いわば、その個人の資質を図る期間はすでに終えていると言える。
そりゃあ、俺が勇者の使命を受ける、と表向きは約束しているのだ。入団式まで毎日怠惰に過ごすワケにもいかず、出来る範囲での鍛錬は積んでいた。それは委員長と夏川さんも同様だ。
そういうワケで、すでに指導部にて俺達用の訓練メニューは組まれている。新団員からすると、一ヶ月分の内容をフライングしているようなもので、こういうところも余計に恨みや妬みを買いそうだ。
「こちらはそれぞれ、書面にまとめております。ただし貴方達の情報は機密扱いとなるので、持ち出しは出来ません」
「うへぇ……こんなにイッパイ、一度で覚えられないよぉ」
「申請すれば、いつでも閲覧はできますので。必要ならば、資料室へお越しください」
「確かに色々と書いてはあるけれど、どれも基礎的なことじゃない」
「ええ、貴方達は全員が異邦人ですから。まずはアストリアにおける武技、魔法、加護などの基礎を抑えるところから始めるべきでしょう」
サリスの言う通りだ。俺達の基準は未だに自分達のダンジョン攻略経験にある。対人戦と言えばクラスメイト同士での殺し合いしかなかった。
けれどここはもう、決まった人数しかいない閉鎖空間ではないのだ。アストリアという国が持つ、戦闘技術。それらを俺達は知らなければならない。
「俺の方は剣も魔法も両方だな」
「私はやっぱり魔法ね。氷魔法だけでも、色々と流派があるみたい」
「夏川さんは?」
「うーん、よく分かんないぃー」
すでにして解読を諦めている節のある夏川さんに代わって、俺と委員長が彼女の書類を読む。
近接戦闘職なので俺と同じく剣術や格闘術についての項目もあるが、なるほど、『盗賊』らしく隠密や罠の種類、古代遺跡の仕掛けなどなど、そういった分野の記述が多い。
まぁ、そのほとんどが固有名詞で書かれているので、パっと見でよく分からないという気持ちは理解できる。いちいち罠の名前が書かれていても、何のことかサッパリだ。
けれど夏川さんは理屈よりも体感派だから、一通り経験すれば、すぐに覚えてしまうだろう。
「この特定のモンスターを倒す、というのは?」
「過去の統計を元に、それぞれの天職の成長に寄与する可能性の高いものをリストアップしてあります」
「なるほど、だから得意そうな相手も、苦手そうな相手も、両方あるということね」
ダンジョンのどのエリアに生息するこのモンスターを倒す、という非常に具体的な内容の記述もある。
何と言っても天職で最も成長を実感するのは、ボス戦のような激闘を乗り越えた時だ。けれど、常に苦戦すれば、それが最も成長率の高い行動かといえば、そうとも限らないのかもしれない。
ボスとの激闘で成長するのは、実際に自分の限界ギリギリまで力を尽くす戦いに成りやすいからであって、ただ一方的に完封され続けて、最後にたまたまラッキーで逆転勝利、という勝ち方では、大した経験にはならないだろう。
だからそれぞれの天職に必要な経験を、適切に積めそうな相手、というのを提示しているわけか。確かに、こういうデータは過去の蓄積がモノを言う。期間としては半年程度のダンジョン攻略経験しかない俺達には、絶対手に入らない情報だな。
「双葉さんはどうかな」
「えっと……私も、よく分からないかな」
彼女は俺以上に、作ったような苦笑いを浮かべている。
桃川のことを忘れさせられた双葉さんは、隠し砦で過ごした時ほど茫洋とした感じではない。自意識もハッキリしているし、受け答えも常識的。言動のおかしなところは一切ない。
しかしながら、何と言うか……まるで失恋でもしたかのように、脆く儚い、悲し気な雰囲気のままだ。いつも心ここにあらず、といった感じ。
少なくとも、あのダンジョンから脱出して、無事に生き残ったという喜びは一切感じられない。
恐らく、自分でも何となく分かっているのだろう。とても大切なモノを、自分は失っているのだと。
「大丈夫だよ。私も、書いてあることは、ちゃんとやってみるから」
「そうね、まずはやってみましょうよ。やっぱり、強くなるに越しておくことはないのだから」
「みんなで頑張ろう! おおーっ!」
たとえ同じ記憶を共有できていなくても、仲間の存在には救われる。
今、一緒にいるのが委員長と夏川さんで、本当に良かったと思う。間違いなく、俺一人では双葉さんを支えることは出来ないだろうから。
「そろそろ、いい時間ですね」
「時間って、お昼にはまだちょっと早くない?」
サリスの言葉に、まだあんまりお腹空いてない、とどこまでも呑気に夏川さんが言う。絶対、そういう意味じゃないと思うが。
「新団員達も一通りの説明が終わった頃でしょう。早速、『勇星十字団』で最初の合同訓練が始まります。まずはそれに参加してみてはどうでしょう?」
どこか挑発的な微笑みで言うサリスに、俺もまた自信をもって返した。
「ああ、望むところだ」
◇◇◇
これだけ広い訓練場だと、100人ばかりの新団員達では、随分と疎らな印象を抱く。
俺の立っている場所は、グラウンドそのもの。遮蔽物のない、ただ平らに均された土の地面が広がるだけ。
そしてこの広大なグラウンドに、俺達はバラバラになって、20人ほどのグループ分けがされていた。
「そんじゃあ、今からみんなに殺し合いしてもらいまーっす」
教官となる団員が、やたら爽やかな笑顔でそんなことを言い放つ。
対する、俺達新団員の反応は果てしなく微妙だ。俺も黙ってスルー。
しかしながら、全て冗談というワケでもないようだ。
「なんだよ今年の新人はノリが悪ぃなぁ。まぁ、お前らも大体、聞いてるんだろう。これから始めるのは、『勇星十字団』伝統の新人バトルロイヤルだ」
要するに、ここにいる全員参加の模擬線。デスマッチルールというやつだ。
「ルールは簡単、制限時間内とにかく戦って生き残れ。武器は自由。ただし、シールドが割れた時点で死亡と見做して即退場だ」
説明と共に各員に与えられる腕輪型のマジックアイテムが、防御魔法を展開するらしい。聖天結界の劣化版みたいなもので、万能なシールドだけど、そこそこ強く叩けば一撃で割れてしまうようだ。
それなら回避メインのスピードタイプが有利で、重戦士のようなガードが強いタイプは不利なのでは、と思ったが……シールドは防御系武技のガードが発生する部位よりも下層で展開するらしい。皮膚の下にでもシールドがあるんだろうか。
ともかく、天職による有利不利はないよう、上手いこと設計されているようだ。流石は王国一のクラン。ただの訓練でも、高価なマジックアイテムを使い放題といったところ。
「見ての通り、お前らは大体同じ系統の天職で固めてる。今ここに揃ってる奴らが、分かりやすいライバルってワケだ」
教官の煽り文句などなくとも、整列している新団員達からはすでに熱い闘志が滾っている。『勇星十字団』に入団してくる以上、強烈な上昇志向の持ち主ばかりだろう。
和気藹々とした、レクリエーションのような戦いにはなりそうもない。
「つまらん話は以上だ。ほら、お前ら散った散った、さっさと始めるぞぉー」
これから期待の競馬レースが始まるかのような顔で、教官が俺達を適当な距離を置いて散らしてゆく。隣との感覚は、おおよそ3メートルほど。ちょうど一足飛びで斬りかかれる間合いだ。
俺に鑑定スキルは無いが、見たところ教官の言う通り、近接戦闘に特化した天職が集まっている。『剣士』、『騎士』、『戦士』辺りは定番で、最も数が多い。ここにいる者達も大半がこの三職のいずれか。ただし、王国中の才能を集めてある以上、『狂戦士』のような特殊な天職を持つ者もいるだろう。
だが、俺は剣の柄に手をかけることも、構えることもなく、ただ直立したまま、始まりの合図を待った。
俺の余裕ぶった姿が鼻につくのだろう。合図を待っている僅かな静寂の間でも、燃え盛らんばかりの敵意と戦意が漂ってくる。
そんなに俺の事が気に入らないか……まぁ、当然だ。俺も彼らと同じ立場なら、とてもいい気はしない。少なくとも、その力が『勇者』と呼ばれるに相応しいものかどうか、確かめなければ気が済まない。
だから俺は、まず自分の力を示す。どうやらサリスも、それがお望みのようだしな。
「始めっ!」
「死ねやぁっ!!」
「『一閃』ッ!」
開幕と同時、俺の両隣の新団員が図ったように速攻を仕掛けてくる。
流石は入団試験を潜り抜けただけあって、その太刀筋はなかなか鋭い。学園塔で蒼真流の修行を始めたばかりの頃の上田を思い出す。彼らの力量は、ちょうどそれくらいか。
それなら、やはり剣を抜く必要はないな。
「俺が『勇者』蒼真悠斗だ」
名乗りを上げながら、左右から迫り来る刃を交わしつつ、お互いに軽く手で押して体勢を崩させる。
「なっ!?」
「ぐわぁっ!」
彼らは勢い込んだまま、俺の手に誘導されて正面からぶつかり合う。半端に武技の威力が乗った刃がお互いを切り裂き、シールドが破壊されるガラスの割れるような音が高らかに響き渡った。
「全員まとめて、相手になってやる。さぁ、どこからでもかかってこい」
正々堂々とした俺の挑発に、グラウンドに怒声と殺気が弾けた。
2025年7月18日
前話にて、時系列で大きな矛盾が発生してしまいました。大変申し訳ございません。
第455話『入団式』の時系列としては、おおよそ小太郎がニューホープ農園で反乱を起こした頃、と設定しています。
小太郎がアルビオン攻略した後、おおよそ2ヶ月間(1ヶ月目に天道組が出発)の準備期間を経て、シグルーンへ出発しています。
一方、悠斗は第一部ラストバトルで天送門でシグルーンに飛ばされ、目覚めてからブレイブクロス入団までの聖堂暮らしの期間は、2ヶ月と1週間ほどになります。
つまり入団式の時点では、まだ小太郎はヴァンハイトで無限煉獄攻略していないので・・・サリスが妖精広場制圧失敗の報告を聞くのは、まだ2ヶ月以上は先の話となってしまいます。
ただ、正確に時系列順にしたら、サリスがケツ叩き祭りの報告を聞くのは割と話数が先になるので・・・話の順序としては、今の形が分かりやすい、だからこそ私も時系列矛盾で勢いのまま書いてしまった、という言い訳です。
ひとまず、今の状態のままにしておき、正しい時系列の話数に至った時に、修正しようと思います。リアルタイムで連載を読んでくれている方には、そのまま読んで分かるように、後からまとめ読みの方には、矛盾なく読めるよう、調整するにはそれが最善かと思いますので。
とりあえずは、第3章の中でちゃんと修正するので今はお目こぼしをどうか一つ、お願いいたします。
ストーリーの時系列、長編になるほど把握するのが大変・・・というのは、黒の魔王で分かり切っていたことでした。なので、呪術師では〇〇年〇〇月〇〇日、と明確に年月日は書かず、おおまかに1ヶ月や1週間単位での記載に留めよう、と思った結果がこれでした。
なんだかんだで、やっぱり把握しきれなくなりますね。小太郎がシグルーンに来た日、悠斗がシグルーンで目覚めた日、とキャラによって把握の基準になる日にちがズレていますし、下川、山田と上田&ジュリ、とでもさらに転移した日が異なりますので・・・多少の矛盾はご容赦ください。
今回の失敗を反省して、簡易のタイムスケジュールも用意しましたので、出来る限り時系列での矛盾が発生しないよう努めます。
それでは、これからも『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いします!