第454話 悲劇の別れ、夢追いかけて
メス豚女主教、悶絶ケツ叩き祭りin妖精広場は、大盛況の内に幕を閉じた。
やっぱりでっかい尻は叩き甲斐があっていいね。見たか、僕のマングリ返し百叩きフルコンボだドンで、妖精さんも大喜び。
満足のゆくお尻ペンペンの刑を終えたことで、奴らも晴れて無罪放免。良かったね、命の尊さを噛み締めながら、パンドラ聖教に報告しに行くといいよ。ちゃんと映像記録もあるから、無修正ノーカット版をお送りするね。
こうして、僕の妖精広場の平和は守られたのだ。
「お前、絶対楽しんでただろ」
「山田君だって、吹き出しそうになってたじゃん」
「そりゃお前、あんなの見せられたらよぉ……」
やっていることは、まるで一昔前の下品な深夜番組みたいな真似だったからね。
あの場にはメス豚女主教一派と一緒に、いざという時の護衛としてフルヘルガー討伐メンバーも同行していた。無様極まる痴態は、聖教内だけで秘匿するのは無理な程度には目撃者がいっぱいいるワケで。
「それで結局、どうなるんだ?」
「聖教の持つ権限でアクセスできない以上、どうあがいても手は出せない。より上位権限を持つ『賢者』みたいな奴が出張って来るか、それとも諦めるか、僕らに媚を売るか、脅しをかけるか……どうするかで、しばらく揉めると思うよ」
パンドラ聖教が一枚岩じゃないことは分かっている。特にこのヴァンハイトは、『救済派』筆頭たる東聖卿のお膝元。あまり『女神派』が幅を利かせることは出来ないし、まして今回は、ここぞとばかりにでしゃばった結果にあのザマだ。
今頃ヴァンハイトの『女神派』は、『救済派』にボッコボコに叩かれながら責任追及をされているだろう。
「だからその間に、僕らで勝手に整備を進めるってワケよ」
「……あの鳥居も、その整備に必要なのか?」
「勿論。何せここは、妖精の神を崇める、妖精神社にするんだからね!」
パンドラ聖教が第四階層入口の妖精広場の掌握に失敗したことは、すでに大々的に広まっている。緘口令が敷かれるより前に、ケツ叩き祭りが解散した直後に、速攻で僕らが言いふらしたからね。
まずジェラルド達が冒険者達に、それはもう面白おかしく語って聞かせ、僕は真面目腐った神妙な顔で、管理局に事情を全て説明し、詳細な報告書を写真付きで提出した。
あらゆるアングルで撮影されたメス豚女主教がケツをぶっ叩かれ悶えている姿は、そういうジャンルのエロ本にしか見えないほどの出来栄えだ。売り出したら小金は稼げそう。
そういうワケで、パンドラ聖教がこの大失態を這う這うの体で戻った女主教達から報告される頃には、もうヴァンハイト中にこの情報が拡散されていた。
最早、隠蔽は不可能。妖精広場の掌握に失敗したことで、第四階層探索はどうなる、と一部の冒険者クランや企業からは、早くも聖教に問い合わせという名のデモが始まっているほどだ。
「いいかい山田君、僕ら冒険者にいつも安全地帯を提供してくれる妖精の神様に、感謝の気持ちを捧げなければならないのだよ」
「それはまぁ、確かにな」
「だから神社として祀るのが、一番わかりやすいでしょ」
「その賽銭箱は」
「勿論、ただの賽銭箱さ」
「払わなかったらどうなる」
「妖精の神に敬意がない以上、ここから先には通してくれないかもねぇ?」
「桃川、お前……領主でもないのに、関税とるつもりか」
「人聞きが悪いなぁ山田君。お賽銭っていうのは、気持ち、なんだよ」
一番儲かる方法って、やっぱり元手ゼロで金が入って来ることだよね。
僕はここで、いわゆる通行料を取ることにした。
まぁ、最も重要なポイントは、『女神派』の手先みたいな連中を締め出すことで、通行料をとって儲けるのはついでみたいなもんだ。ちゃんとそのお金はこの妖精広場を始めとして、これから第四階層各地に建設される前線拠点の構築や維持に充てられる。
今のところは優先探索権を約束した『ジェネラルガード』と『象牙の塔』しか通さないが、すぐに全ての冒険者に解放されることとなる。とは言え、第四階層に挑める冒険者など、高位ランクや大手クラン、企業勢くらいの一部だけ。そういう上澄み連中から、ささやかな通行料を取るくらいは、ダンジョン攻略の公平性を欠くというほどにはならないだろう。
何せ第四階層は見るからに広大だし、モンスターの強さも跳ね上がる。僕らだけで攻略を進めようと思えば五か年計画になっちゃいそうだ。
「この妖精神社を通すことで、第四階層に立ち入る奴は全て把握できるようにする」
「あからさまに怪しいヤツは、それで弾けるってことか」
「大事なのは、『女神派』の目の届かない領域を広げることだからね」
なんだかんだで、アストリアを支配するのはパンドラ聖教だ。このフィールドだけで勝負するには、あまりにも分が悪い。相手は建国時からその勢力と影響力を伸ばし続けた巨大宗教組織。一方、アストリアにおける僕は農園とクランを抱える程度の、吹けば飛ぶような弱小新興勢力に過ぎない。
だからこそ、聖教も容易に手出しは出来ないダンジョンという領域は、僕らが力を蓄えるためにはうってつけのフィールドなのだ。利用しない手はない。だって僕、ダンジョンマスターだし。
「それに、エルシオン封印疑惑もあるしね」
「そうだな、第四階層を入口で抑えておけば、攻略そのものを止められるワケだ」
ひとまずこれで、知らない間に『無限煉獄』が攻略されている、なんて間抜けなことにはならないはずだ。もっとも、そんな事ができる人材がいるならば、奴らはとっくにやってるだろうけど。
勇者召喚は、そのための人材育成計画でもあるわけで。要するに、またしてもいいように操られた『勇者』蒼真悠斗が勇んで攻略にやって来たら、これで締め出せるってワケだ。
「全てお前の計画通りだな」
「そうでもないよ。結局、ここからアルビオンには戻れなかったし」
「蘭堂さんが残ってるんだったよな?」
「うん」
「なら、早く迎えに行ってやらねぇと」
心からそう同意してくれる人は、今は山田だけだよ。クラスメイトの絆だね。
「けど、どうするんだ? このまま第五階層目指して進むのか?」
「いや、僕はここで一旦抜けるよ。分身は残すけどね」
「そうか。じゃあ次はどこを目指すんだ」
「シグルーン」
僕の言葉に、山田も表情を険しくする。
首都シグルーンは敵の総本山でもある。下手をすれば、再び女勇者リリスにやられることもありうるわけで。
「お前のことだ、覚悟の上だし、考えもあるんだろう」
「うん。シグルーン大迷宮には、確実にアルビオンまで通じる天送門がある」
第一の目的がコレだ。
無理矢理にでも、再びあそこの天送門を利用できれば、アルビオンまで戻ることができる。あるいは、探せばシグルーン大迷宮内に、アルビオンへ通じる他の転移もあるかもしれない。
少なくとも、絶対確実にアルビオンまで戻れる方法が存在するのが、シグルーンなのである。
「メイちゃんも探さないといけないし」
「確かに、探すならまずは首都からだろうな」
杏子のことも心配だけれど、メイちゃんの方はもっと心配だ。もしかすれば、大聖堂の地下牢にでも囚われている可能性だってあるのだから。
どうであれ、まずは彼女の行方を探すことから始めなければいけない。
それから封印されたレムも助けないと。やっぱりあの子がいないと、色んな所で手が足りない。
そして恐らく、『小鳥箱』、『無道一式』、『亡王錫「業魔逢魔」』、いずれも取り戻さなければならない強力ユニーク装備だ。小鳥遊、横道、オーマ、お前らの力が僕にはまだまだ必要なんだ。
待ってろよお前ら、必ず助けてやるからな!
「それに蒼真悠斗の動向も調べておきたい」
「ああ、アイツが奴らの本命だからな。蒼真を使って、何を企んでやがるのか」
蒼真悠斗は『勇者』として、まず間違いなくシグルーンにいる。その居場所の目ぼしも、すでについているのだ。
『勇星十字団』。
アストリア王国、最強のクラン。だってクランリーダー、リリスだからね。
この『勇星十字団』の存在は、子供でも知っている。冒険者を志す者ならば、誰でも一度は憧れる最強クランである。
年に一度、竜災対策にシグルーン大迷宮を攻略しに潜る、リリス率いる勇者パーティもここの所属ってことになっているのだ。
表向きは、国家と聖教の両者共同で設立されたクランであり、冒険者という枠組みでも最大の戦力と影響力を持つための、実質的な軍隊みたいなものだ。
クランの目的は勿論、四大迷宮の攻略。
これは何もお題目ではなく、『勇者』の存在がなくとも、アストリア中から優秀な天職持ちを優先的に集め、ダンジョンで実戦的な訓練を施し、果敢に未踏領域に挑み攻略を進める、正しく冒険者クランとしての活動がメインとして進められている。
とは言え、ここ数十年はどこの四大迷宮でも攻略が停滞しているように、『勇星十字団』も天職持ちの育成を中心にしているようだ。そしてこの最強クランに所属した、というのはアストリアにおいて最高のキャリアになるそうで。
アストリア軍に入るも良し、冒険者として独立するも良し、どこかの貴族に雇われたり、聖教に入信しても、どこへ行ってもその実力を認められる。
なので、そういうキャリア的な意味での人気が、ここ最近ではずっと伸びているそうだ。
「けど、本物の『勇者』がついに現れたんだ」
「なるほどな、『勇星十字団』も攻略に本腰を入れてくるってことか」
僕らにとっては、最大のライバルとなり得る存在だ。蒼真悠斗のことがなくたって、早めに探りはいれておくべき相手である。
それに恐らく、委員長と夏川さんもここにいるはずだ。救出が必要か、それとも秘密裡に協力を結ぶか、どちらにしてもまずは接触するとこから始めないと。
「それで、これからの話なんだけど、山田君はヴァンハイトに残って欲しい」
「おい、桃川、俺は――――」
「まぁ、落ち着いてよ。シグルーンでの活動は調査がメインになる。山田君の戦力が必要になる場面はないというのもあるし、同じ日本人である君が、首都をウロつくのはリスクがある」
「『女神派』に狙われるってか?」
「可能性はあるよ。少なくとも、紫藤には僕ら全員の顔は割れているからね」
「むぅ……」
「だからこそ、比較的安全なこのヴァンハイトで、山田君には冒険者として名声を上げて欲しい。おいそれと聖教が手出しできないくらい、ビッグになってよね」
「簡単に言いやがる」
「第四階層を順当に攻略していくだけで十分だよ。それに『ジェネラルガード』も、君には熱烈なラブコールを送っているし、協力して結びつきを強めておいてもいいと思うな」
「……俺は、その方が役に立つんだな?」
「うん、間違いないよ。もし僕が逃げ帰って来たら、すぐに受け入れてくれる程度には、強力なホームにしておいて欲しいな」
「分かった。任せておけ」
「ありがとね」
納得して、力強く山田は頷いてくれた。この『無限煉獄』は、彼に任せておけば大丈夫だろう。
「ルカちゃんとも仲良くね? これからは、ちゃんと女の子として扱ってあげるんだよ」
「おい、アレはやっぱりお前の差し金か!」
アレ、とはパーティの晩に、うんと着飾ったルカちゃんを山田の寝室に送り出したことだ。ふふん、随分とお楽しみだったようだよね。
そりゃあリアルで「お、お前、女だったのか!?」をやれたら、楽しいに決まってる。
「子供を作るのは計画的にねー」
「手ぇ出してねぇっての!」
「えっ、出してないの!?」
「出してねぇ」
「あんなにカワイイのに! ロリなのに!」
「うるせぇ……そういうのは、せめて成人になるまではだなぁ……」
「アストリアは15歳で成人だよ」
「ルカのは自称だろうが。どう見たって15歳になってるとは思えねぇだろ」
「そんなこと言ったって、僕なんて見た目で言えばディアナ人的には10歳児扱いだったよ」
「とにかく! 今すぐそういうのは……その、まぁ、無しっていうか……」
「山田君、もう恋愛禁止ルールは無いんだから」
我慢しなくていいんだよ、と理解者面して肩をポンポンしてやれば、
「うるせぇ! お前はさっさとシグルーン行っちまえ!」
キレちゃった。
恋愛関係は、やっぱデリケートな問題か。
でもね、君はもう何年か待つつもりでも、ルカちゃんはそう思ってないみたいだよ? 恋する女の子の強さは、『守護戦士』の防御力じゃ防げないだろう。
◇◇◇
それから一週間ほど。案の定、パンドラ聖教からは、これと言って大きな動きは無かった。
精々が僕に対して、「何とかならない? 協力してよぉ」と人をアテにした要請をしてくる程度。僕はにっこり笑顔で、「全ては妖精神のご意志のまま。いつでも妖精神社にお越しください」と妖精さん像に挑みてぇ奴は受け付けるぞ、と返答しておいた。お前らの挑戦、待ってるぜ!
それで結局、公衆の面前でケツ叩き大公開されても私は一向に構わん、と言い張るような根性ある奴は現れず、パンドラ聖教は僕が妖精広場で好き勝手するのを、ただ手をこまねいて見ているという状況だ。
「はーい、お参りはこちらでーす」
「初めての方は、お先に参拝札の購入お願いしまーす」
「妖精お守り、いかがですかー」
そして現在、ここには立派な朱塗りの鳥居と、妖精さん像の噴水を囲うような社が建てられ、参拝客で賑わいを見せている。
気合の入った完全武装の冒険者達が、ご神体である妖精さん像に向かって折り目正しく二礼二拍手一礼をしている。賽銭箱に紙幣をバサバサと放り込んだら、彼らは勇んで扉を潜り、第四階層への探索へと向かって行った。
ここを通るためには、まず参拝札を購入。これは身元を明らかにするための処置だ。
迷宮免許を提出させて、参拝札に明記するのだが……ここで免許をスキャンして、個人データとして登録。これで誰が、何時、ここを通ったのか把握できるようにする。
そうして参拝札を確認の上、お参りをしてお賽銭。ここまで終えれば、いつでも第四階層へどうぞ、ってワケ。
後は冒険者需要を見越して、ニューホープ農園の錬金工房で作ったポーション類や携帯食料などを販売する出店なんかもある。一等地を独占して商売できるって、気分がいいね。
それで今のところ、僕の勝手な通行料徴収は、特に大きな反発もなく浸透している。先んじて探索をしている『ジェネラルガード』と『象牙の塔』が大人しく従っている以上、表立ってケチをつければ、じゃあ君らは自分で他のルートを探してよ、と締め出されるだけである。
通行料は協力関係にある両者と協議の上に設定した、適性価格だ。ド素人みてぇな一言さんはお断り。でも第四階層へ挑むに相応しい実力を持つガチ勢なら、平気で支払えるような金額だ。
これのお陰で、物見遊山の観光客、『大地賛歌』みたいな身の程知らずの新人、下手なチンピラ連中、といった輩は排除し、妖精神社はすこぶる快適だ。需要があるからこそ、適切な客層の選別って大事なことだよね。
流石にずっと僕らだけで第四階層の探索を独占するわけにはいかないので、今は少しずつ大手クランなどから受け入れている。程なくすれば、第四階層探索は活発化するだろう。
「妖精神社も形になったし、そろそろいいかな」
もう僕本人がここに残る必要もなくなった。いよいよ、シグルーンへ向けて旅立つ時が来たといったところ。
とりあえず分身は『黒髪教会』に残るし、山田と共にパーティを組んで、第四階層の攻略最前線の情報もリアルタイムで分かる。いざって時のサポートもできるしね。
なので七面倒くさい挨拶周りなんかも必要はない。ただ、僕の分身を正確に理解しているっぽいミレーネだけは、挨拶に来てくれたけど。彼女は魅力溢れる素敵な魔女だが、同時に敵には回したくない、底知れなさを感じてしまう。
そんな思いで広場をざっと見回ってから、転移で戻ろうと思った時だ。
「こっ、コタローっ!」
僕の下にハピナがやって来た。
あの風呂場での一件以来、僕のことを避けに避け続けてきたアイツが来たってことは、ようやく恥ずかしさも落ち着いたってところか。
「ハピナ、久しぶり」
「そんなに久しぶりというほどではないのです」
「えー、でもずっと避けられてたからさ。話するのも久しぶりでしょ」
「そっ、それはそう、ですけどぉ……」
まったく、いつまで引き摺ってんだか。たかだか裸でかち合ったくらいで。
僕はもうラブコメ主人公みたいに、ヒロインの裸を拝むだけでドキドキできる時期はとっくに過ぎてるんだよ。お前だけドキドキされてても面倒なだけだっての。
「それで、どうしたの」
「ハピナは、やっぱり『聖女』になりたいです」
聞いてもいないのに、自分の夢を語っていたよね。
聖女はいわゆる、パンドラ聖教のアイドルだ。まぁ、ただの容姿だけでなく、実際に高い能力も求められるスーパーエースでもあるが。
必ずしも天職『聖女』でなくとも任命されるようで、今回の竜災でも東聖卿の元に所属している東の聖女が活躍したことは、記憶に新しい。
まぁ、ハピナみたいな女の子が憧れるには相応しい存在だ。
「うん、知ってる。僕も応援はしているよ」
「でも、コタローには、やるべき事がある、んですよね……?」
随分と深刻に聞いてくるな。
ハピナは勝手に夢を語ったけれど、僕は一切、自分の事情は話しちゃいない。強いて言えば、山田が同郷の仲間であり、同じく他の仲間を探している、くらいの情報までだ。
「そうだね、僕は仲間を探さないといけないし、困っていたら助けないといけない」
ハピナの存在は単なるイレギュラーだった。彼女は『黒髪教会』に所属したワケでなく、あくまで救助された代金返済のために協力していただけに過ぎない。
まだまだ新人の域を出ず、平和ボケの甘ちゃん全開お花畑な彼女だけれど……『祈祷師』としての力は本物で、フルヘルガー戦でも十分に貢献してくれた。
現時点でも『母なる祈り』一本で食っていけるだけの有能スキル持ち。更にこれからの成長性を鑑みれば、是非とも欲しい人材。それになんやかんやで世話を焼いたせいで、もう赤の他人と突き放せるほど薄い関係でもない。
仲間になってくれ、と誘いたいし、誘うのも簡単な話だが、
「でっ、でもですね……ハピナは、コタローがどうしてもって言うなら、その……一緒にいてあげてもいい、のですよ……?」
「いや、その必要はないよ」
だが僕は断った。断らなければならない。
確かにハピナの力は欲しい。けど、それは僕の都合だ。
フルへルガー戦で貢献した以上、僕にはもう彼女に何も求めることはできない。むしろこっちが報酬を支払ったくらいだ。
だから今の僕にはもう、ハピナを縛り付ける真似はできない。
そして何より、彼女には夢がある。ならば、無理に仲間に引き込むような真似はしたくない。
少なくともフルヘルガー戦において、ハピナは確かに僕らの仲間だった。彼女は敵じゃない。だから彼女自身の意志を僕は尊重する。
騙して、脅して、こき使うのは敵にしかできない手段だからね。仲間を弾圧するようになったら、組織としてお終いだよ。
「僕らのことは気にせず、ハピナは自分の夢を追いかけるといい」
「そう、ですか……分かりました……」
僕の解答に納得したのか。どこか意を決したように顔を上げて、ハピナは叫んだ。
「子供はちゃんと、ハピナが育てるのです……だから、コタローも自分の道を進んでください! それじゃあ、さよならっ!!」
「えっ」
などと意味不明な決意を叫んでは、僕が使うつもりで起動していた転移に飛び込んで、ハピナは去って行った。
「いや何言ってんの? 子供? 誰の?」
「あの、御子様……」
頭の中がハテナマークでいっぱいになったところで、おずおずと話しかけてきたのは、ハピナのパーティメンバーでありリーダーであった、剣士の姉貴だ。僕が右腕を治してあげた子である。
「これほどお世話になっている身で、差し出がましいようですが……やっぱり、ハピナとその子供のこと、どうか考えてはいただけないでしょうか!」
「ちょっと待て」
剣士姉貴もやけに思いつめた表情で僕に頭を下げている。
そりゃあね、今や僕は彼女の雇い主でもあるわけですよ。妖精神社の運営スタッフとして、僕は『大地賛歌』のメンバー全員を雇い入れた。これも慈善事業ってやつかな。
元より、彼らはこれ以上ハピナと一緒にやっていくつもりは無かった。これですっぱり冒険者引退か、あるいはイチから自分達の実力に見合ってやり直していくか、といった今後を考えるような状態で……そこを僕が声をかけたワケだ。いい仕事あるよ、って。
そんなワケで、剣士姉貴とはもう知らない仲ではないのだが、今まさに致命的な認識の食い違いが発生しているように思えてならない。
「もしかして、僕がハピナを孕ませたとか、そういう話になってんの?」
「……違うんですか?」
「何にもしてねぇよっ!」
「えっ、でも風呂場で」
「アイツが勝手に入って来て、裸で抱き着いて、それで叫んで出て行っただけ。僕は一切、何もしてない。僕の女神にも、妖精神にも誓っていい」
「そ、それじゃあ、ハピナは……自分が妊娠したって、勘違いしてるってコトぉ!?」
アホ過ぎて白目を剥きそうな衝撃だ。
なんてことだ、ありえるのか、こんなことが。おい、パンドラ聖教の性教育はどうなってんだよ。あの歳でこの認識なのか。
けれど、これで全ては繋がった。
ハピナは自分が身籠ったと思い込み、勝手に悲劇のヒロインぶって身を引く宣言をしてきたというワケだ。
このまま放っておけば、どこまで暴走するか分かったもんじゃない。
「早くあのバカを止めろぉ!」