第449話 フルヘルガー攻略戦(3)
「おうおう、ここまでお膳立てしてもらっちゃあ、とても無様は晒せぬのう!」
「坊ちゃまの策、お見事にございます。後はどうぞ、お任せを」
「久しぶりのボス戦だ。気合入れて行くぜ」
並び立つ前衛組の三人を、フルヘルガーは鋭い視線で睨みつける。
優れた知能を持つフルヘルガーは、すでに今回攻め込んできた集団の頭が誰かは見抜いている。人間の幼体にしか見えないが、間違いなくあの黒毛の小さい個体が、この群れを率い、指揮している――――そこまで分かっていながらも、自ら一足飛びに襲いに向かわないのは、彼らに背中を向ける危険を察しているからだ。
自分の群れをひっかきまわしてくれた連中など、所詮は混乱を利用して上手く立ち回っただけ。これまで攻めてきた奴らと大差はない。
だがしかし、この三人はかつて自分を追い詰めた一部の人間達と同じ……あるいは、それ以上の強い気配を放っている。
この三人だけは先に仕留めなければ、自分は下手な動きはできない。そう心得て、フルヘルガーは向かい合っていた。
人と魔物。決して相容れない両者だが、互いの思いは同じ。今この場で、仕留める。
殺意が高まり、俄かに緊迫感が満ちて行く。決闘が始まる寸前の、張り詰めた静寂。
それを最初に破ったのは、
「儂から行かせらもうか――――のぉ!」
自身の言葉を置き去りに、ジェラルドは凄まじい初速と加速でもって走りだす。否、跳んだ。
両脚に宿る武技『疾駆』は単純な速度の上昇をもたらすが、それだけではこの跳躍は実現しない。速さの秘密は装備にある。
『ドレッドガスタ』:緋色の刃を持つブラストソード。一見、火属性の剣に思えるが、宿す属性は風。圧縮した空気を放つ効果に特化しており、振るった刀身の加速から自身を大跳躍させるほどの推進力を発揮する。
アストリアでは、決まった魔法効果を付与された、魔法の武器のカテゴリーがある。『ブラストソード』はその内の一つであり、おおよそ魔法剣に求める、斬撃型の攻撃魔法を飛ばす効果を持つものだ。
ジェラルドの握る『ドレッドガスタ』は、元々は風属性の攻撃魔法『風刃』を放つだけの、かなり古いブラストソードだった。かつて戦場を共に駆け抜けた愛剣であり、シンプルな効果が故に扱いやすく丈夫なことが取り柄であったが……自分自身が新生したことで、風の愛剣もまた、御子小太郎の手によって生まれ変わった。
『ドレッドガスタ』のブラストソードとしての攻撃性能は、かつてと全く同じ『風刃』のみ。その使用感に全く変化はない。
しかし新たに付与された圧縮空気による推進、によってジェラルドの機動力は大幅に向上した。
さらに防具は『ドレッドガスタ』の風圧推進をサポートするよう設計された、軽鎧とジャケット。剣士としても装甲は最低限の薄い防具だが、手足や足腰といった各部からも、風圧を発せられる機能は唯一無二。
そしてこれらの装備は、爆発的な風圧による純粋な加速力だけではなく、
「おっとぉ!」
ボッ、と空気の爆ぜる音と共に、一直線に跳んでいたはずのジェラルドの体は、真横に軸線がズレた。
寸前まで自身がいた軌道上には、ライフル弾のように鋭い形状の棘が何本も通り過ぎて行った。
真っ直ぐ飛び掛かって来たジェラルドに対し、フルヘルガーが肩部装甲から放った迎撃の弾丸だ。
ジェラルドにはフルヘルガーの反撃を見切る目もあれば、ソレを回避するに足る空中機動力も持ち合わせていた。
ただ勢いよく跳ぶだけではなく、必要に応じて圧縮空気を解放し小回りを効かせる。理屈としては単純だが、現実でソレを実行することがどれほど難しいか。
けれどそんな無茶な機動力を実現させられるのが、特に速さに秀でた『双剣士』という天職の力である。
舞い踊る髪と刃が赤い軌跡を描きながら、更なる加速を経てジェラルドはフルヘルガーへと迫った。
「確とその目に刻め、『赤風』とは儂のことよ――――『旋空連撃』っ!」
高速の回転切りである『双剣士』の武技。ジェラルドが最も得意とする技だ。
これを発動させたジェラルドは、傍から見れば正しく吹き抜ける赤い風と化す。
寸前で叩き落とそうと前脚を振るったフルヘルガーだが、僅かな軌道変化でスルリと潜り抜け、ジェラルドの双刃は兜から入った。
ギギギギギギィン――――
けたたましい金属音を立てて、横倒しの体勢で高速回転するジェラルドが瞬時にフルヘルガーの背中を抜け、尻尾の付け根まで切り付けてから通り過ぎて行った。
「むぅ、やはり鎧は裂けぬか」
ただの鱗や薄い甲殻なら、これだけで八つ裂きにできたが、流石にフルヘルガーの装甲は分厚く、硬い。白銀の表面に薄っすらと刃先の痕を刻んだだけ。継ぎ目に何発か入った箇所だけ、多少マシな深さで切り裂けたといった程度だ。
「大人しく関節部を狙った方がいいと思うぞ、ジェラ爺」
「こちらが引き付けますので」
「おう、頼むぞヤミー、メイド!」
頼れるタンク役二人を愛称で呼び、再びジェラルドは宙を舞った。
フルヘルガーは後方から飛び掛かって来るジェラルドを気にしたが、鎧を軽く引っ搔いた程度に過ぎない相手よりも、前方から迫る二人の方を警戒した。
純粋な攻撃力なら、こちらの方が強いと一目で察したが故に。
「参ります」
静かな声とは裏腹に、力強い踏み込みと共にリザは大槍を繰り出した。
無論、彼女の握る槍も、ただの槍ではない。
『ドレッドホーン』:緋色の大角を用いたバーストランス。宿す属性は火と風。繰り出す穂先は、鋭い爆風と化して敵を穿つ。火炎放射も可能。また、保有魔力の少ないリザのために、石突には魔力バッテリーとしてコアを装填する機構が搭載されている。
『バーストランス』は、穂先から攻撃魔法を射出するタイプの魔法武器のカテゴリーである。
基本的に真っ直ぐ撃ち出すため、ライフルの延長のような使用感もあり、魔法武器の中では扱いやすい部類だ。
こちらは小太郎の手により、完全に新造されたもの。竜災で討伐された、大型魔獣の巨大な捻じれた角を一本丸ごと買い取り、バーストランスに仕立て上げた。
ジェラルドの剣とは異なり、機能は基礎的な突きで攻撃魔法を放つのみ。リザの魔力を補うためのバッテリーが搭載されている他には何もない、バーストランスとしても簡素な設計である。だが、リザの使う武器としてはその設計こそが重要であった。
今はまだ、一振りで強大な威力を発揮するワケではない。しかし卓越した戦士であるリザより放たれる一撃は、正確にフルヘルガーの鎧に覆われていない部位を突き、その動きを多少鈍らせた。
嫌なところを的確に突いて来る相手に、フルヘルガーは一瞥する。
狡猾な獣の瞳に映るのは、魔術師のようなローブ姿の女。攻撃は確かに魔法によるものだが、その手にするのは人間が持つ近接武器であることを理解している。
様々な術を操る魔術師ではなく、あくまで攻撃魔法も放てる戦士だと、フルヘルガーはリザを分析。
先ほどの赤毛の奴ほど、速くはない。全身を覆うのは硬い金属鎧ではなく、ただの布でしかないローブ。遅く、柔らかい。この中で一番仕留めやすい獲物か、と判断を下す寸前、
「ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!」
山田の武技、『アーマードクライ』によってフルヘルガーは注意を引き付けられた。
本能がザワめき、先に奴を仕留めなければ、と意識が傾く。如何に狡猾とはいえ、モンスターとしての本能には逆らえない。
リザから視線を外し、フルヘルガーは真っ赤な鎧兜に身を包んだ『守護戦士』を睨みつけた。
「そうだ、俺に向かって来い!」
正統派タンクとして敵のヘイトを見事に引き付けた山田は、両手にそれぞれ握りしめた新たな武器を掲げる。
『ドレッドクロム』:緋色の合金で作られたクラッシュアックス。宿す属性は水。叩きつけた斧は高圧の水流を発し、さらに深く敵を裂く。
『ドレッドダイト』:緋色の合金で作られたインパクトハンマー。宿す属性は氷。叩きつけた槌は冷気を噴出し、敵を凍てつかせる。
『クラッシュアックス』と『インパクトハンマー』も、同様に攻撃魔法を発するカテゴリーだ。
属性が水と氷なのは、フルヘルガーへの弱点を狙ったものではない。そもそも火山のモンスターは、耐熱性に優れているのが大半で、多少の熱を冷ましたところでダメージにはならない。
ましてフルヘルガーほどの大ボスを相手にするならば、その強い火属性魔力を不活性化させるほど極低温にしなければ効果は薄い。そしてそれが出来るのは、本職の『氷魔術師』くらいだ。
「ははっ、快適だぜ。コイツが竜災ん時にありゃあ、もっと楽だったのに、よぉ!」
『ドレッドクロム』と『ドレッドダイト』が効果を発揮するのは、敵ではなく自分。
耐熱性を出来る限り高めた全身鎧を纏った山田は、戦闘をすると冷却結界を搭載していても酷い暑さに見舞われる。
ついこの間に三日間ぶっ通しで戦った竜災の時は、敵の強さよりも暑さに苦しめられたほどだ。フルヘルガーはマグマゴーレムほどではないが、自身も高熱を放っており、接近戦をしているだけで暑くなる。これに火炎攻撃も加われば、ただの人間では耐えられない灼熱地獄と化す。
それを水と氷の武器によって、振るうだけで涼が取れる。ダメージに貢献しない非常に地味な効果だが、灼熱のボスと長時間戦うならば、消耗を減らす有効策となる。
そして冷却効果は、武器そのものの高熱による損耗を抑える効果も持つ。
今回、小太郎が用意したドレッドシリーズは全て、武器の威力よりも耐久性と耐熱性を重視した造りとなっている。
芽衣子や龍一のようなスーパーエースがおらず、天職持ちも限られている。ボスと真っ向勝負できる、リザ・山田・ジェラルドの三人に頼る他は無く、それでもボスは階層主として強大であり、タフだ。
決戦の舞台を整えた後は、真っ向勝負となる。大きな負担を三人にかけることとなり、それは彼らが振るう武器も同様だ。壊れずに戦い抜ける武器。それが今回のボス戦に求められる、必要最低限の性能であった。
グルルッ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
三人の攻撃に晒され、フルヘルガーも獰猛に猛り狂う。
巨大な狼型のモンスターとして、噛みつき、引っ掻き、飛び掛かり、などの基本的な物理攻撃は勿論、先端がメイスのようになっている長い尾による打撃もあり、前後共に隙が無い。
さらに無限煉獄の階層主らしく、強い火属性魔力を持つため、牙や爪は高熱化しており、前脚や尾は大きく振るうだけで火柱が上がる。
だが最も火属性の威力を誇る技は勿論、
「ブレスッ!」
大きく息を吸い込む、その寸前に鋭い第六感で次の大技を察知したジェラルドが声を上げる。
撃たれる前に喉元に一撃くれてやろうかと動くが、素早く振るわれた炎の尾によって牽制。跳躍が一歩遅れ、断念する。
狙われているのは、『アーマードクライ』で注意を引き続けている山田。せめてその照準を少しでも狂わせようとリザが横から槍を突くが、スパイクの弾幕による牽制射撃で攻めきれない。
前衛二人による妨害をものともせず、消し炭に変えてやると訴える殺意の眼差しを、山田は静かに待ち構えた。
僅か一拍の深呼吸。その直後に口腔より繰り出されるのは、巨大な火炎竜巻が如き、猛烈な火炎放射だった。
吹き荒れる炎の嵐が山田を飲み込もうとする寸前、
「――――『氷雪巨盾』」
突き立つ氷の大盾。
『魔女』ミレーネによる、氷属性の上級防御魔法による援護が届いた。
轟々と吹き荒れる紅蓮の波に晒されて、大きな氷の盾も瞬く間に溶解してゆく。フルヘルガーも気合を入れて火炎ブレスを吐き続け、ついに氷の盾を抜いて山田へ灼熱の業火を浴びせるが……そこで、ブレスの限界を迎える。
「フゥ……こんなもんなら、余裕だな」
常人ならすでに丸焦げになるほどにはブレスを浴びたが、覚悟を決めた『守護戦士』には少しばかり熱する程度に留まる。
山田は顔が煤けただけで、無傷のまま立ち続けていた。
ブレスは氷の防御魔法でも完璧に防げない。しかし狙われたのが山田なら、少しばかり浴びたところで大したダメージはない。そのための耐熱装備だ。
ミレーネに求めたのは、あくまでブレスのような大技の時に氷魔法による防御だけ。彼女自身も攻めに回れば、より楽にボスを攻略できるだろうが……それを求める者は、ここには一人もいない。
援護はこれで十分過ぎる。大技さえ凌いでいければ、前衛三人で安定する。
ほぼノーダメージでブレスを乗り切り、その考えが間違っていなかったと山田は確信した。
「オラァっ、かかって来い! そんなもんじゃあ、この俺は倒せねぇぞ!」
ガツンと武器を打ち鳴らし、フルヘルガーに向けて叫ぶ。
己のブレスを浴びても、燃えることなく立ち続けては吠える人間に、更なる怒りと苛立ちを込めて、フルヘルガーは睨む。
第三階層主との戦いは、まだ始まったばかりだ――――




