第448話 フルヘルガー攻略戦(2)
「よーっし、分断成功だ」
フルヘルガーは完全に巣へと向かう一号車へと狙いを定めた。直近の十数体だけを連れて、猛然と襲い掛かって来る。
「ここから先は、みんなの奮闘にかかっている。一匹でも多く、この場に引き付けておいて」
「任せてくださいよ、御子様。そっちの方には一匹も通しませんぜ」
「ここの犬どもを全部片づけりゃあいい話でしょう」
「そいつは分かりやすくていい。馬鹿な俺らでも理解できるってもんだ」
ボスの指揮が崩壊しても、依然として群れの数はかなり残っている。『酸盾』の罠も、ここから先は僕も制御に集中しきれないから、大きな効果は見込めない。
結局、頼りになるのは自前の戦力。この混乱から立て直されないよう、奴らを攻め続けて群れを完全にここで釘付けにする。
「頼んだよ」
そうして僕は、意識を四号車の分身から、一号車に乗る本体へと切り替えた。
「ミレーネ、霧は」
「すでに展開済みよ」
三角帽子にボディラインの浮かぶやたらセクシーな黒紫の魔女ローブに身を包んだミレーネが、笑顔で応えてくれる。
彼女に頼んだのは霧の目隠し。『水霧』と『氷霧』だ。
群れの奴らが僕らを追いかけるボスの姿を目撃すれば、命令が混線する中で、ひとまずボスの元に向かおうと判断する奴はそれなりに出て来るだろう。だからこの場から離脱するボスの姿も隠す必要があった。
「『幻影氷像』も、ちゃんと発動しているわ」
「完璧だ」
ボスの姿が完全に見えなくなれば、それはそれで群れが巣へ戻る判断を下す可能性もある。
なので氷の幻影である『幻影氷像』で、数か所に堂々と走り回るフルヘルガーの姿を投影。
これで幻影の姿と『奏者』による偽の鳴き声で、ボスがこの場にいて戦っているのだと群れ全体に誤認させ続けることができる。
ヘルガーはただでさえ強敵だ。混乱を続けさせなければ、白兵戦を挑むには危険過ぎる。黒髪教会の選抜メンバーは全員ベテランだが、天職持ちではない。あまり無茶はさせられないからね。
「おう、若様よ、ボスが物凄い速さで迫って来ておるぞ」
「流石に速いね。牛車じゃ振り切れないよ」
そもそもフルヘルガーと火牛とでは足の速さが違う。突進自慢の火牛も決して遅くはないのだが、やはり狼型の上に強力なボス個体はスペックが段違い。
「リザ、山田君、頼んだよ」
「はい、坊ちゃま」
「おう」
ここでついに主砲リザの出番だ。今回は副砲の山田もついてるぞ。
「『飛翔閃』」
「『飛閃』ッ!」
リザと山田が一号車の上から、ミサイルランスを投擲武技で投げる。
流石にボスもこれの直撃は嫌がり、回避行動に動く。素早く機敏なステップで、爆風からも逃れてみせるが、そのせいで直進する速度は落ちた。
「私も何か撃った方がいいかしら?」
「ミレーネはサポートに徹してくれるだけでいいよ」
「は、ハピナも何か出来ることは!」
「お前は危ないから引っ込んでろ」
優雅な微笑みを浮かべる魔女ミレーネと、捨てられた子犬みたいな顔のハピナ。ここで二人の出番はない。
というか、ミレーネには攻撃面でも頼るようになってしまったら、『象牙の塔』に譲歩を引き出されそうで怖いしね。
「いい調子だ。ルカちゃんも、このままの速度を維持で」
「あいよぉーっ!」
一号車の運転はルカに任せている。いくら天職持ちとはいえ、この子はボス戦で前衛張れるほどの実力はまだ無い。けれど山田がいる以上、無理を押してでもついて来そうなタイプだから、ちょうどいい仕事を与えておいた。
装甲牛車はどうせこの先、山田がダンジョン探索する時も普段使いしていくから、ルカが運転できれば、それだけで十分なお仕事だ。
そしてルカは器用な『盗賊』だけあって、他の運転手達と共にこの準備期間で存分にドライビングテクニックを磨いている。
時折、飛んでくるボスと取り巻きの反撃を交わしつつ、荒地の凹凸を華麗な手綱ハンドリングで乗り越え、トップスピードを維持しながら駆け抜けて行く。
かなりいいペースだ。決戦場となる溶岩湖は、もうすぐそこだ。
ウォオオオオオオオオオオオオオオン――――
怒りに満ちた遠吠えが、溶岩湖の湖畔に響き渡る。
無事、到着。僕らは奴の守護すべき領域へと、土足で踏み込んでいる。
「これでようやく、ボスと真っ向勝負ができるよ」
大量に群れを率いているせいで、これだけ大がかりな仕掛けをして、やっと勝負の舞台が整った。
ラプターに跨った僕は、四号車の分身と同じ、ギラギラ白ローブを纏った装備。
ミレーネは自前の召喚獣だという、バカデカい八本足の馬『スレイプニール』に乗り、その隣に、ふざけてんのかと思うような丸っこい黒羊ハピマルに乗り込んだハピナが並ぶ。
ルカの操る装甲牛車は、すでに離脱させている。
そしてフルヘルガーを討つウチの最大戦力。
『精霊戦士』リザ、『守護戦士』山田、『双剣士』ジェラルド、の三人が自らの足で黒い荒地に堂々と立つ。
この六人パーティで、フルヘルガーへと挑む。
「まずは邪魔な雑魚を片づける――――行くぞ、ハピナ」
「はいっ!」
こっちの僕が握る長杖は、『ネクロ・ブラッドライン』。
黒一色の金属製で、細いメイスのような外観だ。コイツはソレっぽい名前の通り、『屍霊術』用の杖である。
闇属性魔力の通りが良く、制御もしやすい。そして何より、杖そのものに使役する死体へのコントロールを増強する術式が組み込まれている。
さらに自らの血を流すことで、杖に刻まれた強化術式の起動もできる、という中々の代物。
すでにある程度の『屍霊術』を扱える中級者向け、といった杖なのだが……このテの術者が少ないせいで、かなりのお値段となった。他の中級魔術師用の杖なんて、コレの半値以下が相場だというのに。やっぱ道具は専門性が高くなればなるほど、値段も高額になりがちだ。
そんなお高い杖を振り上げて使うのは、勿論、自慢の呪術である『怨嗟の屍人形』。
「死出の旅路を祝い、晒される骸を呪う。黒い血。泥の肉。空っぽの頭。最早その身に魂はなく、ただ不浄の残滓を偽りの心と刻む。這い、出で、蘇れ――『怨嗟の屍人形』」
今回はフル詠唱で発動だ。呼び出す屍人形は、この時のために丹精込めて作り上げた特別性なのだから。
「出でよ『黒騎士団』」
混沌の魔法陣より現れるのは、黒騎士。レムが最も戦闘用として使った姿である。
けれど、レムはリリスによって封印された。忠実無比にして、共にアルビオンを駆け抜けた戦闘経験も無い。
けれど僕が作った黒騎士は、総勢16体。4人パーティ4つ分、とゲームのレイドバトルでありそうな人数構成だ。
ベースはただのスケルトンに過ぎない。けれど惜しげもなく素材を投入して、強化したスケルトンだ。
そしてこの黒騎士の鎧兜も、僕が手ずから錬成で仕上げた一品。
手にした武器は、大剣、大槍、大槌、大弓。槍と槌には大盾も付いている。魔法の付与効果はないけれど、硬い鎧で守られたヘルガーを相手にも通じるほど頑強な近接武器。
大弓で打ち出す矢は、リザのミサイルランスと同様の作り方をした、徹甲弾の鏃を持つ爆破弓である。
恐怖も痛みも感じない。命令に忠実な黒騎士4人が4パーティ。フルヘルガーが連れてきた取り巻きを始末するには、十分な数だ。
そしてこの『黒騎士団』を集団としてさらに強くしてくれるのが、
「――――今こそ我が手に、母なる大地、大いなる地母神のご加護を!」
ここでハピナの祈祷、『母なる祈り』が発動する。
あまりにも強力な全能力強化。それは考えなしに扱えば、強化された者の実力を忘れさせる面もある。
強化を使うにあたって気を付ける点は、効果の前後で発生する能力の落差だ。筋力だけ、脚力だけ、魔力だけ、と一点強化だけならそれほどでもない。自分の体感ですぐに修正できる範囲となる。
けれど全能力を引き上げる『母なる祈り』、コイツの効果が切れた時は、結構キツいのだ。急に体が重くなったように感じるし、感覚まで鈍くなったと錯覚する。
全ては本来の自分の能力に戻っただけなのだが、『母なる祈り』は素の自分を忘れさせるほど強い効果となる。
これが僕のような後衛ならばまだいいが、コンマ一秒の世界で生きている前衛となると、その感覚変化が致命傷へとなりかねない。
だから考えなしに、リザ達に『母なる祈り』はかけない。
だがしかし、自我などない使い魔なら、そう、単なる操り人形の死体に過ぎない、この『黒騎士団』ならどうか。
些細な感覚変化など、気にすることもない。それによって隙が生まれたとしても、恐れる必要はない。元々、死んでいるんだ。ちょっとくらい傷ついたって構わないし、最悪、壊れてもいい。ただ、より強い力で戦えるなら、それで十分なんだ。
そしてソレが正解であったことは、チャバゴーマの本拠地を『黒騎士団』だけで蹂躙できたことで証明されている。あそこはボスであるゴグマ一体だけだったから、余裕で攻略できた。
脳筋のボスゴグマを適当に引き付けている内に雑魚を殲滅し、最後はみんなの力で袋叩きにした。僕とハピナも攻撃に加われるくらいの一方的なリンチでボスゴグマを嬲り殺してやったよ。
そんな余裕の勝利をもたらしてくれたのは、やっぱり『母なる祈り』の全ステータス底上げのお陰だろう。マジでぶっ壊れ祈祷だよ。
こんな祈祷師を野良にさせたら、依存者続出でどれだけの冒険者をダメにするか分かったもんじゃないね。
確かにハピナは小鳥遊ではない。でもコイツは、天然で人をダメにする危険な女だ。
「それじゃあ、雑魚は僕らに任せて」
「おうおう、ここまでお膳立てしてもらっちゃあ、とても無様は晒せぬのう!」
「坊ちゃまの策、お見事にございます。後はどうぞ、お任せを」
「久しぶりのボス戦だ。気合入れて行くぜ」
それぞれの武器を手に並び立つ三人の前衛へ、咆哮を上げてフルヘルガーが飛び掛かり、いよいよボス戦が始まった。
◇◇◇
「ぴゃぁーあぁあああっ!?」
自慢のチート祈祷『母なる祈り』をドヤ顔で決めたハピナは今、ボスの取り巻きを務められる、いわばエリートヘルガーの一体に追いかけ回され悲鳴を上げていた。
「コタローッ! ハピナ狙われてるのです! 後衛なのにぃ!?」
「しょうがないじゃん、最優先は前衛組の邪魔はさせないこと。だからコイツらが後衛の僕らを狙うのは予定通り――――だから囮役を頑張って」
「聞いてない!? ハピナそんなの聞いてないのですぅーっ!」
「何でもするって言ったじゃん」
「言ったですけどっ、ぴょぉおぁああああああああああああ!?」
元気だなぁ、と和やかな気持ちで追いかけられるハピナを眺めている。
ハピマルに乗ってるだけだから、囮として逃げ回るには十分な機動力があるんだ。ハピナが勝手にピーピー泣いているだけで、実はメンバーの中で一番安全なポジションにいる。
ちなみに僕は、黒騎士三体を傍に置いて守ってる。大弓は前衛組に向かいそうな奴を牽制させるために前に出してるけど。
「というか、一対一なら自分で倒せばいいじゃん。後衛だから守ってもらえる、なんて甘え根性は捨てなよ。また兄貴と姉貴を犠牲にするつもりか」
「はっ!?」
と、ようやく今の自分の無様に気づいたか。ハピナは情けない泣き顔から一点、覚悟を決めたように顔を上げた。
本当に世話の焼けるヤツだ。真っ向勝負で十分に勝てるだけの力はあるくせに、ビビって逃げ回るなど馬鹿々々しい。騎乗戦闘も、チャバゴーマ集落で練習しだろうが。
戦場で自分の力を発揮する。戦略、戦術、攻略法、そんなものはソレが出来た上での話だ。
「ふぉおおおお! ハピナ、やるです!」
「早くやれよ」
やっとヤル気になったのだ。だからお前は邪魔するな――――『黒髪縛り』。
黒騎士団の猛攻をすり抜け、さらにもう一体がハピナへ向けて走ろうとしたヘルガーを、『黒髪縛り』で足止めしておく。
ダッシュは止まったものの、やはり口から吐き出すバーナー状の火炎放射ですぐに焼き切って行く。
鎖入りの黒髪にしておけば、もうちょっと長く足止めさせられるけど、その必要はなさそうだ。
バウバウ! ォオオオオオンッ!!
ハピナを追っていたヘルガーは、彼女が反転したことで威嚇の声を上げる。しかし、覚悟を決めたハピナは、吠えられた程度で退いたりはしない。
その戦意をヘルガーも悟ったか。真正面から己の牙によって食い殺さんと駆け出した。
対するハピナは、ハピマルの上でメイスにもなる杖を力強く両手で握りしめ、ヘルガーへ向けて突撃。
交差する寸前、ヘルガーは大きく跳躍し騎乗のハピナへと飛び掛かり、
「パワァーァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
掛け声と共にフルスイングされたメイスは、ヘルガーの顔面へ痛烈に叩き込まれた。
『ガイアパワー』:母なる大地の神へ捧げる祈祷。母は強し。つまり、力も強い。信じよ、力こそパワーであると。
地母神も相当怪しいフレーバーテキストを出すな、と説明された時にしみじみ思ってしまった。これが『祈祷師』の初期スキルとしてハピナが授かった三つ目の祈祷『ガイアパワー』である。
効果は要するに、筋力増強。でもハピナは気づいてないと思うけど、自分の体で繰り出す物理攻撃に、下級武技と同程度の威力補正がかかっている。
今、ハピナの振るったメイスは、『母なる祈り』と『ガイアパワー』の二重強化に加えて、武技のように洗練された魔力を纏い、さらなる威力となって解き放たれていた。
その破壊力は、硬質なヘルガーの兜ごと粉砕する。
断末魔の悲鳴などかき消すほど盛大な打撃音と破砕音が響き渡り、人間よりも遥かに重いヘルガーの死骸はポーンと吹っ飛んで行く。正に会心の一撃だ。
「どうです、コタローッ! 見ましたか!?」
フンス、と鼻息荒く見せつけてくるハピナのドヤ顔は、やっぱりちょっとウザかった。




