第446話 第三階層突破へ
「モモカは随分と、あの子がお気に入りね?」
前線拠点に構えた工房にて、新しい『屍人形』の製作をしているところに、恋話に興味を示す少女のような微笑みを浮かべた、ミレーネが現れた。
「あんまりそういう言い方はしないでよ」
「渋々お世話している、とは言い張れないでしょ? ソレだって、あの子へのプレゼント」
「流石はミレーネ、もう分かるんだ」
「短いけれど、濃い経験をさせてもらっているからね」
と、ウインクを決める彼女の姿は本物のスーパーモデル級に様となっている。
短いけれど濃い、とは確かにその通り。ミレーネとは僕がクーラー製作の依頼でクランハウスを訪れてからの付き合いだけれど、ここへの先行メンバーとして来てくれてからは、僕が一番お世話になった人である。いや、エロい意味じゃなくて。
そのお陰で、お互いに呼び捨てするようにもなったし、色々と遠慮もなくなり距離感も縮まった。
「ミレーネが来てくれて、本当に助かったよ。僕だけだったら、もう一週間は時間かかったし」
「うふふ、私も第四階層を一番に覗いてみたいから」
そう艶やかに笑う彼女は魅力的だが……油断はできない。
『象牙の塔』所属のランク5冒険者、という肩書だけで彼女がこの業界では上澄みの上澄みってことが分かるけれど、僕は恐ろしい噂を聞いた。
ミレーネは『象牙の塔』の創設メンバーだと。
そこらのクランなら、だからどうしたって話が終わるのだが、『象牙の塔』はアストリア最古参のクラン。アストリア建国直後には、すでにその名前が登場し、四大迷宮が発見された時も、初期の探索から参加をしている。
実際、とっくの昔に引退した老齢の元冒険者に聞いても、自分が現役の頃から、ブロンド爆乳美女の魔術師が『象牙の塔』にいたと。
あくまでソックリな容姿で親子孫と代替わりしているだけならいいけれど、もしも一人の人物のままならば、ミレーネの実年齢は……
「手、止まっているわよ?」
「ちょっと考えこんじゃった」
この際、ミレーネが仙人並みの長寿だろうが、ただの孫世代なのかは、些細な問題だ。
僕が気にしなければならないのは、彼女が非常に優秀かつ強大な力を持つ魔術師ということ。
『魔女』。それがミレーネの天職だ。
初めて会った時の推測はアタリで、『魔女』は魔術師クラスの派生天職らしい。勿論、女性限定職。心は女の人はどうだって? 無理に決まってんだろ。これは差別じゃない、神様が決めたことなんだから、批判する背神者は地獄に落ちてどうぞ。
そしてこの天職を授かる女性に凡人はいない。『象牙の塔』でも幹部クラスの者しか『魔女』はいないし、他の組織でも相応の実力者としての地位にある。
なので、何も言われてないけれど、ミレーネがただの平メンバーということはありえないワケで。
何より、僕が自分の目で彼女の仕事ぶりを見てきたし、逆に魔法や錬成術について教わることも多かった。
そうした付き合いを経て、僕ははっきりと認識できている。僕が教わる内容よりも、遥かに多くのことを彼女は僕から吸収している。
目をつけられている、と明確に実感したのは冷却結界が完成した頃かな。明らかに僕の呪術と古代魔法への知識を探っている。
とはいえ、監視や盗聴、私物の盗難などといった違法行為は一切なく、共同作業をする上で、自然な質問や話題を振って来るだけ。あくまで純粋な話術だけで、僕から情報を引き出そうとしているようだ。
クーラーの設計に古代魔法の術式を取り入れたせいで、悪目立ちしてしまったか。その上さらに、僕が休止状態だった妖精広場を再起動させたことで、ダンジョンへの知識もあると知られたことで、余計に興味を引いただろう。
まぁ、でも仕方がない。これはどっちも隠し通せるような事じゃないからね。ここのボスを攻略した後は、嫌でも僕がダンジョンの操作方法を知っていることは明らかとなってしまう。
逆にミレーネがこれくらい軽い探りを入れる程度に留めてくれているのが幸いだ。ここで欲を出して、脅迫してでも情報を、なんて強硬策に出られたら非常に面倒なことになった。ただでさえ勇者と女神派を敵に回しているってのに、これ以上、敵を増やしてはいられないよ。
ここは情報を小出しにしながら、出来るだけ長く友好関係が続くようにするのが吉……なのだが、彼女の優秀さによって、それがどこまで通用するか。
ミレーネの協力がなければさらに一週間は準備にかかった、というのは決してお世辞じゃない。
ボスへの対策は勿論、火山から温泉引いてちょっと豪華な大浴場を作ったり、この塔を拠点化する設備面でも彼女は大活躍だった。派手な見た目の彼女だが、こうした地味な魔道具・魔導設備の施工もお手の物。これ専門業者に頼んだら幾らかかるんだよっていう仕事を、一人で何てことなくこなしてしまう。姫野が十人いても、この働きぶりはできまい。
それでいて本職がバリバリ魔法戦闘をこなす『魔女』だと言うなら……マジで百年以上の経験値があっても、おかしくはない人だ。
「綺麗なキメラね。『屍霊術師』でも、この仕上がりに出来るのはベテラン以上よ」
「屍霊術も呪術の内ってことになってるみたいだから」
まだ胴体の構築を済ませた段階なのに、ミレーネには僕が仕込んだ術式や、取り入れたモンスターの部位をどう組んだのかが全て見えているようだ。
『屍人形』は貧弱な僕を支える重要な戦力となる呪術だ。度重なるレムの改造を経て熟練度は上がっているし、『無道一式』を使うようになって、さらに経験は重なり、感覚も磨かれた。
例えば今回は、胴体には非常用電源となる予備のコアを組み込んだり、遠距離攻撃用にちょっとしたブレスを吐けるよう火炎袋を増設したりもしている。骨格の強度を上げるために、相性のいい金属を合成したり、色々と手は込んでいる。
「足回りはそのままより、赤鉱山羊がオススメよ。モモカなら上手く繋げられるでしょ」
「できるけど、山羊の方が足速い?」
「速さはそれほど変わりはないけれど、登攀性は段違いよ」
なるほど、そういえばこのエリアで捕まえてきた赤鉱山羊は、火山の断崖をヒョイヒョイ移動していた。赤みを帯びた立派な金属質な角にばかり目がいっていたけれど、確かに脚も良い。
「それじゃあ私は、あの子に似合うカワイイ鞍でも用意してあげるわね」
「ありがとう。費用に追加しておくね」
「今は後発組の到着待ちだし、ただの暇つぶしよ。余った素材だけ使わせてもらうわ」
ヒラヒラと手を振って、ミレーネは素材倉庫へと向かって行った。
見事なモデル歩きで魅惑の背中を見送ると、つい溜息が漏れる。
「はぁ……あんな人を真っ当に雇ったら、一体幾らかかるんだよ」
◇◇◇
「ハピナ、なんで呼ばれたか分かるかい」
「なっ、なんでですか……?」
妖精広場にハピナを呼び出すと、彼女は若干キョドった感じ。なんで、と聞き返しはしているが、多少は自覚がありそうだ。
「馬にもラプターにも乗れないハピナさん、貴女には本当に呼び出された心当たりがないのですか?」
「うぐぅ……やっぱりぃ……」
すでにして涙目となるハピナだが、正直言って泣きたいのはこっちの方だったよ。
今回挑むボス『フルヘルガー』は、俊敏な動きの高い機動性と速度を持つ。僕らのような後衛職は、自前で速度強化などのスピード勝負できる力はないので、足を騎乗生物で補う必要がある。ボスに狙われた時、多少は逃げて時間稼ぎできなければ即死からの戦線崩壊までありうるからね。
僕は当然、信頼と実績のラプターに乗る。ミレーネは自前の騎馬があり、騎乗戦闘の経験も豊富。
だがハピナには、その手の経験は皆無であった。
「しょうがないじゃないですかぁ、馬なんて買うお金、ハピナ達にあるワケないのですぅ!」
「あのポンコツぶりを見ると、馬を買ったところで乗れるとは思えないけどね」
誰だって最初は初心者。いきなり上手く乗れるはずはない……とはいうものの、限度ってのはある。
彼女に試乗してもらったのは、全て僕の『屍人形』だ。本物の馬と違って、その動きは完全にコントロールできる。
乗り降りもしやすいよう体を上げ下げするし、ゆっくり歩く時も揺れが最小限になるよう繊細な歩行を意識した。
にも関わらず、ピーピー泣きながら勝手に転がり落ちて行くのだ。わざとやってんのかコイツ。
「そんなお前のために、専用の騎乗生物を用意したんだぞ」
「おおー、流石はコタロー、何でも出来るのです!」
「何でも出来るからって、手間がかからないワケじゃないからね」
手間だけじゃない。時間、素材、技術、様々なコストがかかってくる。剣士姉貴の右腕一本治す方がよっぽど楽だったよ。
「いいか、今回はどうしても足の速い騎乗戦闘になるから、用意したんだ。欲しいモノを何でも支給されると思うなよ」
「施しに感謝いたします。善行を積む貴方に、地母神のご加護がありますように」
「ちっ、コイツ施され慣れしてやがる」
これだから教会孤児院出身のガキは。恭しく施しを受け取る礼儀作法はお手の物ってところだ。
まぁいい、これはあくまでボス戦への必要投資であり、戦後も使用を望むならきっちり代金はとるからな。いらない、って言われたら……農場に送って御子役の分身でも乗せるかな。
「それで、ハピナでも乗れる動物がいるのです?」
「これで乗れなかったら僕のラプターに縛り付けるだけだから」
「絶対に乗りこなしてみせるのですぅ!」
嫌なことを避ける時は全力な姿勢のハピナをジト目で睨みつつ、僕は『屍人形』を呼び出す。
血色と混沌の魔法陣より出でるのは、漆黒の獣――――
「わぁっ、すっごいフワフワの羊なのです!」
「ベースは『沈黙羊』だ」
沈黙羊は黒い毛皮の羊そのものの見た目をしている。ただの黒毛の羊では、と思うがコイツらには、『沈黙』という状態異常を発生させる鳴き声を持つ。
何でも、相手の魔力に合わせた波長の声を発することで、術式構築の妨害を行うらしい。要するに、コイツらがメーメー鳴いている間は魔法が発動できないってこと。
ゴーマの詠唱潰しがバカみたいに思える高度な魔法妨害スキルなのだが、これ意外は本当に普通の羊なので、物理で押せば普通に狩れる。
そんな特別に強力でも何でもない沈黙羊をハピナの乗騎に選んだのは、その体にある。
まず車高が低い。馬やラプターと比べれば、羊の方が小さく背中の位置は低い。ハピナの転げ落ちる様子から、コイツを高いとこに乗せたらダメだってのは一見して明らかだったからね。
それから、モッコモコの毛皮で体を支える。人をダメにするソファのように、跨れば騎乗者の半身を包み込めるほど、毛皮を増量させた。
その上さらに、ミレーネ謹製の鞍と鐙を取り付けてやれば、
「どう?」
「おっ、お……ふおおおぉーっ!」
変な唸り声を上げながら、羊に跨ったハピナは手綱を握りしめ、歩かせることに成功する。
毛皮を増量させたせいで、着ぐるみマスコットみたいに丸っこいシルエットの羊が歩くと、わざとらしいほどにハピナの体も揺れているが……落ちない。やはり、毛皮のサポートが効いている。
「す、すごい! この子、凄いですよコタロー、落ちないのです!」
「よしよし、これならちょっと練習すれば走れそうだな」
キャッキャとはしゃぎながら、妖精広場を歩き回るハピナの姿に、ひとまず上手くいったことに安堵の息を吐く。
とりあえず落馬さえしなければ、実戦ではどうとでもなる。とはいえ、流石にぶっつけ本番は怖いから、実戦的な訓練はやっておかないと。
「コタロー、この子の名前はなんて言うですかー?」
うっとりした顔でフワフワ毛皮に頬ずりするハピナに聞かれて、そういえば考えてなかったなと気づく。
基本的に量産型の使い捨てには名前なんてつけないし、アルファとかの特別なヤツだけネームドにしている。そう考えると、ハピナ専用機のコイツはネームドに相応しいとも言えるか。
だがしかし、この羊にカッコいい名前は与えたくないな。いや、それは僕の個人的な感情であって、公平を期すなら、選択権は与えるべきか。
よし、それでは由緒正しい命名権候補として、僕のカッコいいネーミングセンスと、葉山流のゆるふわネーミングの二つを挙げてやろう。
「ハンニバルかハピマル」
「ハピマル!」
即決で決まったよ。
そんなに自分と似た名前なのが嬉しいのか、早速「ハピマルぅー」とナデナデしながら満面の笑みで語りかけている。欲しかったペット買ってもらった子供か。
「それじゃあ明日、ハピマルに乗って実戦訓練だ」
「はい!」
「チャバゴーマの本拠地を見つけたから、そこを潰しに行く」
「はい!?」
「僕とハピナの、二人でね」
「はっ、はいぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
◇◇◇
僕とハピナの二人で、チャバゴーマの本拠地を殲滅し終わった頃、ついに全ての準備は整った。
「御子様、黒髪教会・選抜攻略隊、総員到着いたしました!」
「お疲れ様。欠員や怪我人は?」
「一人たりともおりません! すぐにでも出撃できます!」
「それは良かった。今日は一日ゆっくり休んで。明日、本番だから」
僕の言葉に、装甲牛車に満載してやってきた黒髪教会のクランメンバー達が雄たけびを上げる。気合十分。頼もしいね。
やはり数を補える、というのは大きい。何せアルビオン時代はクラスメイトのみで、人数も減る一方だったからね。屍人形と召喚術が無ければ詰んでた、あるいは犠牲が重なったのは間違いない。
でも今は違う。必要ならば、金を積んで傭兵でも食い詰め冒険者でも雇って水増しできる。もっとも、ボス戦で単なる賑やかしなどいても、死人が増えるだけ。
今日、ここに揃ったメンバーは、必要な人数かつボス戦に参加できるだけの実力を持つ選抜メンバーなのだ。
「本当に妖精広場が稼働している……」
「狭いとこだけど、ゆっくりしていってね」
「お世話になります、モモカ様。我々が『ジェネラルガード』の探索部隊です」
「私達が『象牙の塔』よ。本当に高みの見物してていいのかしら?」
次にやって来たのは、スポンサーである軍事企業『ジェネラルガード』の部隊と、同盟クラン『象牙の塔』のパーティだ。
「勿論、こっちの戦力は十分。むしろミレーネが参加してくれて、追加報酬が必要なほどだよ」
「結構よ。あの人の好きにさせなさい、って支部長から言われているし。こちらが契約以上のことを、求めるつもりはないわ」
ビジネスライクな関係は、スムーズに事が運んでいいね。
『ジェネラルガード』と『象牙の塔』は協力関係にあるけれど、実際にボス戦へ挑むのはウチの人員だけだ。例外は自ら参加を希望したミレーネと、急遽参加となった借金祈祷師ハピナだけである。
事情を知らない地上の方では、軍事企業と大手クランから大層な増援を受けてのボス戦という話になっているようだが……他所の手を借りて攻略しては、意味がない。
何故なら、ボスを突破した先にある妖精広場は、僕が占領するからだ。
ボス戦に戦力を借りてしまえば、幾らかの権利が発生してしまう。それでは困る。
妖精広場は安全地帯であり転移の中継地点という、ダンジョンにおける要だ。特にそこらのエリアに点在するのとは違い、階層の始めにある広場は機能が集約されている。
ここを抑えれば、その階層の入口を抑えることとなる。より攻略が進めば、下層への転移も解放できるだろう。
前人未踏の第四階層。その入口を僕が占領しておけば、そこから先の利益は独占。第四階層の探索も、全て僕の一存で誰を入れるか決められる。
もし本当に四大迷宮の最深部に、エルシオンの力が封印されているとするならば、たとえリリスがやって来ようとも、僕が転移を封じれば先には進めない。
重要なのはダンジョン利益よりも、むしろいざという時に下層への侵入を止められることだ。
『勇者』蒼真悠斗に四大迷宮を攻略させて、エルシオンの完全復活を目論んでいる、と僕は踏んでいるので、出来るだけ早くそれを防ぐ手段が欲しかった。
「それでは、両者は万が一、僕らが敗走した時の救援だけお願いします」
「分かったわ」
「その後の第四階層の優先探索は、本当に我々でいいのですね?」
「うん、契約通りにね。僕らが飛んだ先の安全確保が出来次第、招待するよ」
『ジェネラルガード』と『象牙の塔』への報酬は、最初に第四階層を探索する権利だ。
僕が本当に欲しいのは、第四階層入口の妖精広場、という重要拠点だけ。
まだ誰も足を踏み入れていない第四階層には、手つかずの宝箱なんかもあるだろう。それをみすみす譲ることになりかねないのは残念だが……危険な未踏エリアを、自ら率先して探索してくれるというだけでも、十分なリターンだ。
第四階層の解放に成功すれば、両者との協力関係はこれからも継続できる。僕らは彼らへの優先探索を許し、彼らは探索情報を共有してくれる。全て上手くいけば、第五階層も同様に占領してゆき、ダンジョン利益を僕らだけで独占できるだろう。
まぁ、それを易々と許さない連中は多いだろうけど……そこから先は、その時に考えればいい問題だ。
今は何よりもまず、ボスを倒し、妖精広場を手に入れること。これに集中する。
「成功を祈っております」
「戦いぶりは見させてもらうわ。頑張ってね」
「必ずご期待に添えるよ」
これでようやく、全ての準備が整った。
第三階層の主、フルヘルガーへ、挑むとしよう。




