第441話 火山神殿攻略準備(2)
分身の僕は、順調に第三階層を進んでいた。
跨るのは、信頼と実績のラプター。ジェラルドに頼んで第三階層の火山地帯に生息している奴を獲って来てもらった。黒地に灰色のラインが網目状に入った体色に、耐熱性の高い甲殻と鱗、ゴアのようにやや角ばった体つき、などと色々違いはあるが、ラプターの一種に違いはない。
右手は手綱に、左手には『愚者の杖』を握る。今は髑髏がデイリックのしかないけど、『盗賊』スキルはこういう時に役に立つ。
まずは安定の『気配察知』と『気配遮断』。それから『脚力強化』がついている。
地味に『脚力強化』は自分だけでなく、騎乗している生物にも効果が反映してくれるのが強い。ただの基礎スキルでこの仕様ということは、騎馬を超強化するようなスキルもあるのだろう。道理で、馬に乗った騎士連中がやたら強いと思ったよ。
ラプターという足に盗賊スキルを発動させた僕は、思った通り竜災直後ですっかりモンスターが減ったフィールドを、爆速で駆け抜けることが出来ている。普通だったら、とっくにモンスターの群れに囲まれているところだ。
しかしながら、モンスターが全くいないというワケでもない。
竜災の原因とされる黒化モンスターだが、巣を構えて動かないタイプや、擬態して隠れ潜むタイプ、強力だが動きは遅く、好戦的ではないタイプ、などの性質のモンスターは竜災に加わることが少ない。結果的に、元から動かないモンスターはそのまま残るので、油断してると待ち伏せや罠にかかってやられる。僕がアラクネに攫われたようにね。
けれど、そういう奴らの奇襲に対して、盗賊の『気配察知』が仕事をしてくれるワケで。ちょっとでも「危ないかも」と感じる場所は大きく迂回すれば問題ない。
なので、最も注意すべきタイプは、そもそも竜災の影響を全く受けない、アクティブなモンスターでなのある。
「知ってはいたけど、どこにでもいやがるなゴーマは」
腹立たしいことに、その代表格がゴーマである。
奴らには神が存在しているせいなのか、何故かゴーマは竜災に加わらない。むしろ群れのモンスターには敵視され、進路上に巣があれば滅茶苦茶に蹂躙されるのだとか。
よって、奴らは竜災が起これば、必死になって逃げ隠れし……そして終わった後には、俺達の天下だぁ! と言わんばかりのイキり散らした我が物顔でフィールドを闊歩するのである。
「チャーアァッバァアアアア!」
「チャバチャバ! ウンジャブゲェァ!」
「ジャーッ! ブゲラッチャバ!」
岩場の影に隠れながら、僕は上の方からゴーマの群れを観察する。
奴らの鳴き声は、アルビオンとはちょっと違って聞こえるな。やはり亜種のように微妙に異なっているからか。それともただの訛なのか、田舎っぺ共が。
第二階層から第三階層にかけて生息するゴーマは、『チャバゴーマ』と呼ばれている。『無限煉獄』に住んでいる影響なのか、体色が焦げ茶色で、赤い斑点が浮かび、見た目も異なるし、ちゃんと耐熱性と火山ガスへの耐性なんかも持っているらしい。
「でも強さも知能も、ただのゴーマと変わらずか」
ただ環境に適応した体となっているだけで、根本は変わらない。ならば奴らへの対処も同じでいい。
まぁ、今回はわざわざ村を探して駆除をする必要はないけれど……おっと、こんなところに、落とすのにちょうどいい岩が。
「『脚力強化』はこういう時にも役立っていいね」
せいやっ、そいやっ、といい感じの丸い岩をラプターで蹴り飛ばしてやれば、勢いよくゴロゴロ転がりながら、ちょっとした岩雪崩と化して斜面の下ではしゃいでいたゴーマの群れへ襲い掛かった。
「ンジャアアッ!?」
「チャッ、チャバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
おっ、ストライクだ、ラッキー。見事に全部巻き込んでぶっ潰れたぞ。
ゴーマは見かけ次第、殺すに限る。掃除をして少しでも綺麗になるといい気分だね。
「さて、雑魚に構っている暇はない。こっからが本番だ」
荒い岩場を超えた僕の前には、サモトラケのニケみたいに顔や腕が砕けた巨大な石像と、門と思しき大きな残骸が残る、火山神殿の遺跡エリアの入口が広がっていた。
◇◇◇
「――――って感じだけど、僕らはゆっくりしようよ」
「いやいいのかよ」
「いいに決まってるじゃーん」
本体の僕は今、山田と二人でヴァンハイトでも有数のお高いお店へやって来ていた。ドレスコードとかあるような所である。
そのばっちり高級感漂うお店の雰囲気に、山田は非常に居心地が悪そう。ここには別に、僕らの命を狙う敵が潜んでいるワケでもないんだし、素直にリラックスしてお値段分のサービスを堪能すればいいんだよ。
勿論、今夜は僕の奢り。バーボン一杯なんてケチなことは言わないから、好きなだけ飲み食いしていいからね。
「何せ、ようやく君と二人きりで話せる」
「お前のことだ、あの仲間達に全てを話しているワケではないんだろう」
分かっているじゃないか。結局、僕らは日本人で、彼らは異世界人であるという事実に変わりはない。ならば当然、君のような身内でなければ、全て打ち明けることはできないだろう。
「安心してよ、ここは偉い人や悪い人が、内緒話をするのにも使う店だから」
「……なぁ、そんなにヤバい話になるのか?」
「まぁまぁ、まずは乾杯しようよ」
「おい」
「それじゃあ僕らの再会を祝してぇー、カンパーイ!」
まずは素直に、お高いだけある料理の数々を味わう。
アストリアは魔法技術のお陰で列車も走るし、都市部は高品質なインフラも整備されているほどの文明度である。お陰様で料理の方もそれなりに発展していた。
海からは遠いヴァンハイトでも、普通に魚などの海の幸が食べられるし、新鮮な食材も仕入れられるだけの仕組みが出来ている。こんな高い店じゃなくて、庶民向け飲食店でも、それなりのモノが食べられるということは、それだけ流通と保存の技術が普及しているということだ。
そうして文明的な味の料理を堪能しながら、僕はまず山田の方から話を聞いた。
「つってもよ、俺は大したことしちゃいねぇ」
小鳥遊に飛ばされた先で、辿り着いたのが迷宮都市ヴァンハイトであり、少しでも僕らと合流できる可能性を探るために、ここのダンジョンへ潜るため冒険者になった。
山田の活動を要約すれば、それだけのこと。上京して冒険者になりました、ってのとそう変わらない内容だ。
「その辺の流れは、僕も想像がついてるよ。聞きたいのは、もっと山田君個人の交流関係とかかな」
「おい、リカルドは俺の恩人だ。あまり利用するような真似はしないでくれよ」
「嫌だなぁ、僕どんだけ信用ないの?」
「お前がアストリア人を信用しているとは思えないからな。利用できそうな奴らは、潰れるまで利用しそうだろ」
「所詮、僕らは余所者だからね。こっちが利用してやるくらいの気構えがなくちゃいけないよ――――でも、そこは同じ人間だから。ちゃんと味方や仲間には、筋を通すさ」
ジェラルド筆頭にクランメンバーの面々は、最初こそ都合のいい手駒になってくれれば、くらいの気持ちだったけれど、やっぱり一緒に過ごすとね。僕を御子様と呼んで敬ってくれる、ってだけじゃない。彼らから、確かな信頼を感じる。命を預けられている、という自覚を嫌でも持ってしまうのだ。
「すまん、必要以上に恨んでいないか、心配だったんだ」
「ふふん、すぐに世界とか人類とか主語のデカい憎しみを口にする奴って、『浅い』んだよねぇ」
恨みは、しっかり恨むべき相手を定めなければ、気持ちは薄れる。ただ自分が上手くいかないのを、社会のせいにしたって、そこには何の呪いも生まれない。単なる逆恨みの現実逃避、誰にも顧みられることのない弱者の嘆きに過ぎないのだから。
その点、僕はしっかりと倒すべき敵の顔を見つめているよ。ただ、ソイツがアストリア最強の勇者様というだけで。
「お前、あれから随分と人を殺しただろう……」
「分かるの? そういうの」
「何となく、な」
それほど僕が荒んで見えるのか。それとも『守護戦士』の直感で、人殺しが分かるのか。明らかに正義っぽい名前の天職だし、人殺しの悪人を見分けるスキルがあってもおかしくはないね。
どちらにせよ、ちょっと見ない間にクラスメイトが更なるキルカウントを稼いでいるのを知ったら、そりゃ引くよね。
「お前のことだ、それだけ殺す必要のある敵が多かったんだろう」
「うん。全く、この国には敵が多くて嫌になるよ」
「今は俺もいる。お前が一人で、背負うことじゃねぇ」
「ありがとね。そういうコト言われると、ちょっとときめくよ」
重ねた殺人の咎を責めるのではなく、共に背負おうとしてくれる。嬉しいね。そう思ってくれる人がいる、というだけで救われる気持ちになるよ。
僕だって、好きで人を殺しているワケじゃない。ホントだよ。もうすっかり、慣れてしまったというだけで。
「でも今の山田君は、正義の騎士ヤムダゲインだからね。汚れ仕事はさせられないかな」
「正義の騎士って何だよ……そりゃ、多少の人助けはしたが」
「普通の冒険者は無償で人助けなんてしませーん」
「浅い層のモンスターに大した奴はいない。ただの片手間だ」
「火牛は割と強敵の部類だよ、普通の人にとってはね。ソレを片手間で始末してくれるってんだから、そりゃあルカちゃんも惚れるか」
「アイツは元々、行き場のない孤児だった。俺みたいのにくっついてる方が得だと思っただけだろ」
「でも今はすっかり懐いちゃって。ホントにただのクソガキだったら、銀行の鍵持ち逃げしてるからね」
「ルカを先に逃がして、本当に正解だった……」
「そうだね。ぶっちゃけ道案内なかったら、間に合わなかったかもしれないし」
それほど山田のことを思ってくれる仲間が出来た、というのは素直に喜ばしいことだよ。天職も持っていれば尚良しってなもんだ。
ルカちゃんはまだまだ未熟だけど、このまま山田と一緒にいれば勝手に強くなるだろう。僕は必要な装備と、盗賊についての知識やスキルの活用なんかを教えれば十分かな。
「で、桃川よ、そろそろ聞かせてくれ。俺が飛ばされた後、みんなはどうなった。お前、何で今一人になってんだ?」
「結構、長い話になるよ――――」
そうして、小鳥遊が本性を現したあの場の出来事と、セントラルタワー攻略、そして最後に立ちはだかる勇者と賢者とのラスボス戦まで、じっくりと語って聞かせた。
「……そうか。小鳥遊は、死んだか」
「うん、きっちり僕が呪い殺してやったさ」
「流石だな……何の力にもなれなくて、すまねぇ」
「本当に、短絡的に自分を犠牲にするような行動は謹んでよね」
何とも言えない表情の山田だ。まぁ、僕がいつもの調子で現れた以上、小鳥遊殺し損ねた上に全滅、なんていう最悪の事態じゃないということは察してくれてただろうけど。
そんなことになってたら、僕はもっと余裕が無くなってるし。それこそ人殺しの目つきモロ出しの荒んだ呪術師になっていただろう。
「それで、蒼真の奴も殺すのか?」
「エルシオンの勇者になっていれば、殺すしかないね」
「アイツを本気で倒すなら、苦労するだろう。チンタラ冒険者やってた俺でも、前よりずっと強くなってるしな」
そうなのだ。更なる固有スキルを解放し、全ステータスを底上げした『勇者』蒼真悠斗の相手など、考えたくもないね。まして、それ以上の実力を誇るリリスもいるのだから……最強勇者揃い踏み、って状況だけは勘弁したい。
「しかし、分からんな。小鳥遊は倒して、蒼真はシグルーンに飛んだ。双葉さんとか、仲間はちゃんと残っていただろう」
「うーん、それが困ったことになっててねぇ……」
ハッピーエンドで終えたダンジョンサバイバル編だったのだが、まさか僕らが転移で外に出た直後に、こんなことになるとはね。
「紫藤……なるほど、前にも俺達みたいな奴らがいて、生き残りの『賢者』が黒幕ってワケか」
「うん。目的は新たな勇者。けど、それを進めたのはエルシオンを崇める『女神派』の連中さ」
「パンドラ聖教全てが敵に回ってたら、この国じゃ生きていけないからな」
「ヴァンハイトは『救済派』がトップで助かったよ。山田君も、下手に『女神派』の勢力圏にいたら、ちょっかいかけられたかもね」
「敵の規模なんて、考えたことも無かった。ただ運が良かっただけなんだな、俺は」
「運も実力の内さ」
こうして最初に僕と出会えた君はラッキー。これからの身の振り方も、ちゃんと考えてあげるからね。
「それで、その紫藤って奴にやられたのか?」
「いや、あの場は無能な聖堂騎士団のお陰で、割と余裕をもって脱出できたんだけど」
「お前、聖堂騎士とやり合ったのか!?」
「あそこにいた奴らは手あたり次第に殺したねー」
メイちゃんとレムが無双してくれたから。
しかし稲刈りのようにあっさりと刈り取られていく聖堂騎士さんサイドにも問題があるのでは? 仮にもアストリアに名だたる精鋭騎士団だというのに……まぁ、あそこにいたのは二軍どころか三軍の連中だったしね。
「で、高みの見物してやがった四聖卿とお姫様に巨人レムけしかけてやった」
「はぁ? 四聖卿とお姫様って……」
「北と南と西の四聖卿が三人に、第二王女『聖女』サリスティアーネがいた。でも聖皇はいなかったね。歳だからかな」
「それもう完全にアストリア敵に回しただろ」
「ソイツらだけなら良かったんだけどねぇ……」
「おい待て桃川、まさかお前」
「その後に出てきた、女勇者リリスにやられたよ」
「マジかよ……なんでもうアストリア最強に喧嘩売ってんだ……」
「しょうがないじゃん、あっちが襲ってきたんだから」
特にリリスは完全に僕をロックオンしていたからね。エルシオンの勇者として、対立するルインヒルデの御子である僕を排除したかったのだろう。
逆に紫藤や四聖卿は、僕は単なる運が良い生き残りで、怪しいから一応始末しておくか、くらいの動機だったように思える。油断はしてくれるだけありがたいけれど、リリスが僕個人を注視している、というのは恐ろしい。最強なんだから、僕みたいな貧弱な呪術師なんて見逃してくれたっていいじゃん。
「しかし、伝説の勇者と戦って、よく生き残れたな」
「向こうに殺す気は最初から無かったからね。ほら、僕って『呪術師』だし。直接、手にかけて殺すと呪われるのを警戒してか、僕の自我を封印した上で、奴隷として売り払って処分する方法をとったんだ」
「桃川が奴隷? 嘘だろ、お前どう考えても奴隷使う側だろ」
「今は使ってるよ。農園で毎日お仕事さ」
「農園? 無人島エリアの牧場みたいな?」
「ニューホープ農園って知ってる?」
「エレメンタルマウンテン、だっけ」
「そうそれ。コーヒー飲んだことあるんだ」
「有名だからな。味も日本で飲んでたのに近いし、ヴァンハイトならどこでも売ってる」
「そのニューホープ農園、今は僕のなんだよね」
「なんでっ!?」
「僕を奴隷として買ったからさ。ディアナ人奴隷と結託して反乱起こして、そのまま乗っ取った。リザがいるから余裕だったよ」
「うわぁ、マジかお前……いやでも、お前ならやるか……」
「こうして、僕はちょっとしたお金持ちのお坊ちゃまってワケさ」
奴隷反乱までの経緯を詳しく語って聞かせれば、ドン引きながらも、山田は理解と納得をしてくれた。流石、話が分かる。
「なるほどな。ニューホープ農園を拠点化して地盤固め。そんでヴァンハイトの黒髪教会で戦力を揃えてるってことか」
「うん、アストリア丸ごと敵に回しても、何とかなるような準備をしなきゃいけないからね」
「流石にシグルーンをゴーマ王国みたいに落とすことはできねーか」
「それが出来たら簡単だったんだけどね。シグルーンの地下に広がるのは大迷宮だから」
「今も勇者パーティが潜るっていう大聖堂の地下迷宮か……奴らもそこで、力を蓄えてんのかな」
「シグルーン大迷宮は、リリスと紫藤は完全掌握してる。少なくとも、アストリアなんて王国を建てられるくらいには、利用しているだろうね」
シグルーン大迷宮の最初の攻略者はリリスだ。そしてダンジョンの恩恵をもって王国を打ち立てた――――というのが、今からちょうど百年前。
ガキでも習う簡単な王国の歴史は以下の通り。
百五十年ほど前に、このノア大陸が発見。それからちょっとして、他の大陸から入植が始まった。
色んなとこから入植者がやって来たが、百年前に勇者リリスが現れ、シグルーン大迷宮を攻略し、ここを王都としてアストリアが建国された。そこから独立戦争を経て、他大陸の干渉を断ったアストリアは、ダンジョンの力をもって急拡大してゆく。
そうして先住民族であるディアナ精霊同盟を筆頭に、方々へ侵略の魔の手を伸ばし、たまに竜災が起こっては、勇者リリスが活躍し、そうして現在、四大迷宮を内に抱え込んだ領土で拡大が停滞中。
今は政治的に内政重視で、大きな外征は計画されていないし、アストリア民も概ねその方針を支持している。精々が東南からディアナの領域にちょっかいかけるように、方々で小競り合いが起こる程度。アストリア民としては、更なる領地拡大よりも、竜災から守られる安定を重視する傾向が強い。
こんな感じで、アストリアの歴史で目立つのは、まず独立戦争。次いで、四大迷宮のある地域を獲得した侵略戦争。そして特に大きな二度の竜災。人とも魔物とも、戦い通しの歴史である。
で、これは教科書に載らない出来事として、勇者召喚計画があるワケだ。
少なく見積もっても十年以上は前に、紫藤のいるクラスがこの異世界に呼び出された。
そこで紫藤はシグルーン大迷宮を攻略し、小鳥遊のようにダンジョンの管理権限を持つに至ったが……新たな勇者は誕生しなかった。
そして昨年、王国建国百年の節目で再び実施された第二次勇者召喚計画に巻き込まれたのが、
「俺達というワケか」
「今回は蒼真悠斗が得られて成功、ということになるだろうね」
「けど、もう一人勇者がいたことで、何が出来るってんだ?」
山田の素朴な疑問だが、実は核心を突いていると思う。
国家の根幹をなす大迷宮を利用するような、かなり大がかりな計画が勇者召喚である。確かにリリスの力は絶大で、彼女が出張って来れば戦争にだって勝てるだろう。
シグルーンに縛り付けるように行動が制約されているらしいリリスとは別に、自由に動かせる最強戦力の勇者が欲しい、という動機は分かるが……それもリリスが百年もの長きに渡って戦い続けた経験による部分もある。強い戦力欲しい、と思う奴が百年成長するのを大人しく待つか、と言われれば、もっと手っ取り早い手段を探すだろう。
結果的に、天職『勇者』を授かった蒼真悠斗は強くなった。一年にも満たない期間で、超人的な戦闘能力を誇る。だが、リリスにはまだまだ敵わないだろう。彼女は僕らが倒した時の蒼真悠斗よりも、遥か高みにいる。恐らく、この程度の強さでは、求める戦力には及ばない……つまり、計画が成功しても要求に満たないという、本末転倒の結果だ。
この成長率で満足している、というだけならいいけれど……問題は、ただ手駒として勇者が欲しいだけではなく、全く別の目的が存在している可能性だ。
そして一般人の範囲でアストリアという国について調べがついた段階で、僕は一つの予測がついた。
「山田君は四大迷宮の最深部に何があるか知ってる?」
「古代遺跡を制御する中枢部と、そこを守るラスボスだろう……ああ、そういえば、邪神の力だかが封印されている、なんて話もあるな」
闇の邪神『クロノス』。
それはかつて、自ら唯一神を名乗り、パンドラの神々と敵対した最強最悪の神。あらゆる罪を肯定する大罪の王であり、あらゆる善行を否定する破滅の王。世界から全ての光を失わせ、永劫の暗闇に閉ざすことを望む。世界の全ては俺のもの。悪い奴らは、大体友達……と、パンドラ聖教ではとにかく主語のデカい悪者にされている存在だ。
で、なんと大迷宮には、この恐ろしい闇の邪神、その力の欠片が封じられているという。
ソレによって竜災を引き起こす黒き魔物は生まれる。何故なら邪神クロノスは、今もまだ世界を闇に沈め、全てを我が物とする邪悪な野望を捨て去っていないから。
よって、大迷宮を攻略した時は、決してその封印を解いてはならない。封印の強化、あるいは完全な浄化を施すことで、その大迷宮で起こる竜災を止めることができるであろう――――だから勝手に封印触るなよ、絶対触るなよ!
という感じで、完全攻略の際は必ずパンドラ聖教が立ち会えるようにすること、と強く訴えられている。
しかし、四大迷宮はどこも第三か第四の階層で攻略は止まり、最深部へ辿り着いた者すらいない。邪神の封印の心配など、現状では杞憂としか言いようがない。
じゃあ逆に、なんでそんな場所のことは分かるんだよと言えば、同格の大迷宮であるシグルーンがすでに攻略されているからだ。
その攻略者であるリリスが「邪神の力が封印されている」と言えば、信じざるを得ない。なにせ彼女は、ただ腕っぷしで成り上がっただけの実力者ではなく、女神エルシオンから『勇者』を授かった本物だから。
「それじゃあ、蒼真に四大迷宮攻略させて、竜災を止めるのが目的なのか?」
「いいや、僕はこんな発表を馬鹿正直に信じる気にはならないね」
「邪神の封印云々は嘘だってことか? けどダンジョンから竜災が起きているのは事実だろう」
確かに、そこはまるっきり嘘であるとは断言できない。
竜災の原因と言われる黒化モンスターだが……分身の僕が目撃した戦い、そして地上に戻った後に、その死骸を検分したところ、強力な闇の力が宿っていることが分かった。
つまり、黒化モンスターはピカピカ光りもの大好きな女神エルシオンの手先ではない、ってことは間違いないのだ。黒化モンスターはどちらかと言えば、僕の『屍人形』に近い。別に死体を動かしているワケではなく、確かに生きたモンスターであることも確かだけど。より正確にはダークリライトみたいな暴走強化状態、というところかな。
だからこそ、ダンジョンの封じられた邪神の力によって、闇の黒化モンスターが生まれる、という説には強い信憑性がある。
けれど、こう考えることも出来る。
黒化モンスターは封印から生まれるのではなく、封印を守るために生まれているのではないか。彼らもまた、階層を守護するダンジョンのボスと同じように、そうした命令を持って生み出された存在ではないかと。
「だからさ、本当に大迷宮に封印されてるのって、エルシオンなんじゃないの?」




