第440話 火山神殿攻略準備(1)
本体の僕がヴァンハイトへとやって来たすぐ後、攻略準備のために僕はとあるクランを訪れた。
「ここが『象牙の塔』のクランハウスかぁ……如何にもソレっぽくていいね」
アストリア最大手の魔術師クラン『象牙の塔』は、四大迷宮の全てで活動するほど大規模だ。なので『無限煉獄』があるこのヴァンハイトにも、活動拠点であるクランハウスを構えている。
流石はアストリア建国当初から活動している最古参クランの一角。立派なクランハウスもそうだが、建ってる場所も一等地だ。こりゃあ『ハイランダー』と並んで、ヴァンハイトが小さな町だった頃から活動しているな。
さて、そんな歴史まで感じさせるクランハウスは、如何にも魔女が住んでいそうな古びた洋館である。くすんだ石壁に、わざとらしいほど蔦が絡んでいたり、煙突から環境負荷ヤバそうな紫の煙が出ていたり。異国情緒溢れる王国の都市にあっても尚、絵本に描かれるようなデザインの洋館はちょっと浮いてるほど。
まぁ、分かりやすくていいけど。これでコンクリの雑居ビルに事務所構えてても何かイヤだしね。
「すみませーん」
「……んぁ?」
両開きの正面扉からエントランスホールへと入れば、流石は大手と言うべきか、ちゃんと受付が設置されている。ただ、その受付に座っているのは、寂れた銭湯の番台でもやっていそうな、シワクチャの婆さんだった。
でもただの婆さんじゃない。ちゃんと黒ローブに三角帽子を被った魔女だ。
ただの恰好だけじゃない。どうもこの婆さん、ちゃんと天職持ってるっぽい。何の魔術師なのかはちょっと分かんないけど。まだ僕が見たことない天職の可能性が高い。
「魔道具の製作を依頼したいんですけど」
「なにぃ、魔王の征服を意外にするってぇ?」
誰が意外な方法で征服する魔王なんて一発ネタを求めたよ。僕の本業は文芸部だぞ、ラノベのネタは間に合ってるっての。
というか、客の要件を聞き取れないような奴を受付に配置すんな。オーバーエイジ枠で採用するにしても限度ってのがあるだろう。
あるいは舐められているのか。ブレザー制服のお坊ちゃまスタイルに、メイドのリザを連れた、世間知らずのクソガキだと。
「コレを加工できる人、いるかって聞いてるの」
モノを見せた方が早いかと思い、僕が鞄から取り出したるは、委員長謹製の氷結晶。コイツも『魔女の釜』の中に素材として残されていた。ただし、ほとんど残りカスみたいな小さな欠片だ。目ぼしいのはもう全部使っちゃったしね。
「ほぉーん……」
欠片だが、氷結晶の品質は本物だ。婆さんも魔女の端くれとして、氷魔力の高純度結晶であることは分かるのだろう。唸りながら、欠片を見つめる目には、どこか知性が宿っているように思えた。
「誰かぁ、ミレーネを呼んどくれぇー」
しわがれた声で婆さんが叫ぶと、どこからか「はーい」と返事が届く。
「そこのぉ、右の角の応接室で待っとくれ」
「はーい」
「……左じゃったかのう」
もうどっちでもいいよ。ソレっぽい方に選んで入るからさぁ。
まるで頼りにならん婆さんを後に、僕は右だか左だか分からん応接室へと向かう。
そうして勝手に入った部屋の中、ソファに座って待つこと数分。控えめなノックの音と共に、担当者が現れた。
「氷結晶の加工をご希望というのは、貴方かしら、お坊ちゃん?」
はいそうです、僕がお坊ちゃんです、とウッカリ素直に答えてしまいそうになるほど、魅惑的な魔女だった。
大きな三角帽子から流れる、波打つ豊かなブロンドヘア。透き通るような青さの瞳の脇には、蠱惑的なな黒子が浮かび、セクシーのステレオタイプみたいな美貌だ。
だが恐るべき真のセクシーはボディの方で、リザに劣らぬ大きな胸と尻が凄まじい存在感を主張している。でもウエストはしっかりくびれていることをアピールするような、ボディラインの浮かぶ黒紫のロングワンピースにその身が包まれている。
これぞアストリアンドリームとでも言わんばかりのブロンド爆乳美女だが……危ない、勝手に篭絡されるところだった。幾ら僕の性癖を的確にぶち抜いてくる相手とはいえ、自分どころか仲間の命が関わるマジックアイテムを作りに来ているのだ。
一旦、リザを見て落ち着こう。そして心の中のメイちゃんと杏子を拝んでくる。
「そうですけど……お姉さんは『氷魔術師』には見えないですね」
「うふふ、安心してちょうだい。ちゃんと氷魔法は使えるし、魔道具製作は私の専門なの」
「そうなんですか。バリバリの戦闘職に見えますけど、職人も出来るんですね」
「ええ、そうなの」
僕の言葉に、どこか含みのあるような笑みをニッコリと浮かべて、彼女はソファへと腰を下ろした。うーん、こんな人がスパイだったら絶対すぐにハニートラップにかかる自信あるよ。
だって座った瞬間に、長いスリットから眩しいほど白い太ももを露わに、足を組んだりしてさぁ……ガン見不可避である。
それに僕の『神威万別』には、さっきの婆さんよりヤバそうな気配をした、未知の天職持ちだと見えているからね。どう考えても『奏者』みたいな単に僕が知らないだけの天職ではなく、『狂戦士』や『守護戦士』みたいな発展派生職だ。
そういえば『賢者』と『聖女』を除けば、魔術師系で特殊な天職はお目にかかっていない。純粋に魔術師を極めていくと、一体どんな天職となるのか。恐らく、このセクシーお姉さんが答えの一つなのだろう。
「ミレーネよ。よろしくね」
「モモカです。よろしくお願いします」
別に本名プレイでもいいんだけど、アストリア人相手ならこの方が分かりやすい。
そしてミレーネさんがただ名前だけを名乗ったように、自分から天職を明かさないのは普通だ。よほど格上の人物に問われるか、自ら誇示したいか、といった場合でもなければ言わないらしい。
そりゃあ、戦いを生業とするなら、自分の情報は可能な限り隠しておくに限るからね。だから僕も、ただのモモカとしか名乗らない。
「――――なるほど、確かにこれは質の良い氷結晶ね」
鑑定用の魔道具なのか、淡く光るモノクルをかけて、僕が差し出した氷結晶の欠片をミレーネさんは検分する。
「それで、これで氷の魔剣でも作りたいのかしら?」
これっぽっちの欠片で作ったら、お土産のキーホルダーみたいなのしかできないよ。アクセサリーと考えれば、ソレはソレでアリかもしれないけど。考えたらちょっと欲しくなってきた。
「火山神殿でも快適に過ごせる、冷却用結界機を作りたい」
僕らが挑む大ボスが居座るのは、マグマが流れる灼熱のフィールドだということはすでに分かっている。これまで幾つかのパーティやクランが挑戦しても突破できなかったのは、息をするのも苦しいほどの酷暑という環境も理由の一つとなっている。
なのでこのボスに挑むなら、まずは過酷な火山環境への対策装備を用意するところから始めるべきだ。
「はい、これ仕様書」
「拝見させてもらうわ」
すでに基礎設計は自分で済ませている。必要なのは、これをちゃんと作れる腕前の職人だ。僕一人でも作れないことはないけれど……数を用意するのは大変だし、何よりもこのテの魔道具は、一度はこの異世界におけるプロに見て欲しかった、というのもある。
所詮、僕はルインヒルデ様の呪術頼みの独学。本物の魔術師ならば、僕が気づかなかったような穴やら荒やら、見つけてくれるかもしれない。ここが難しいんだよな、と思っていたところも、偉大な先人がとっくに最適解を見つけてテンプレ化してくれている、なんてことは十分にあり得るからね。
「基本的には冷風で冷やすだけ。全身から外側へ放出する風向きにしたいんだよね」
「それだけでいいの? 炎の攻撃は、これだけじゃ防げないわよ」
「防具じゃなくて、あくまで自分を冷やすための道具だから」
「それなら、『氷魔術師』がいれば十分じゃない? 広域結界でも、ただ冷やすだけならそれほど負担にもならないわ」
「残念ながら、ウチに『氷魔術師』はいないもので」
「確かに、ヴァンハイトで『氷魔術師』は引く手数多だからねぇ」
委員長が……委員長さえいれば……
『無限煉獄』なんて明らかに火炎ステージな名前で実際その通りなのだ。炎や高熱に対抗できる氷属性、次いで水属性は、このヴァンハイトでは需要が高い。
目ぼしい魔術師なんて全員、クランか企業の所属。たまに他所からやって来るような新人や流れ者も、早々にどこかが抱え込んでしまう。
我らが黒髪教会は出来たばかりの上に、クラメンはスラムの落伍者の寄せ集め。魔術師クラスは手足を失っても、職にあぶれることはほとんどないから、ウチには脳筋野郎しかいないんだ。
「だから割り切って、魔道具で補おうということね」
「そういうこと」
うふふ、と僕の妥協案に同情するような笑みを浮かべて、ミレーネさんは頷いた。
「貴方の依頼を引き受けるわ」
「ありがとうございます」
「他にも必要な魔道具や、何かアイデアがあるなら聞かせて頂戴。協力できると思うわ」
「それは助かります。僕も本職の人に、色々と相談したいことがあったので」
と、その日はついつい話が弾んで、半日も居座ってしまった。魔術の知識も得られて、目の保養にもなる、実に有意義な時間だった。
◇◇◇
「――――で、『黒髪教会』の御子様はどうだったね?」
モモカ、とだけ名乗った少年を笑顔でお見送りをした後、ミレーネにそう声をかけたのは、受付オババこと、『象牙の塔』ヴァンハイト支部長である。
「流石はオババ、すぐ私を呼んでくれたのは英断だったわ。あんな子を野放しにしてたら、ウチも潰されかねないわよ」
「それほどかい、『勇者』でもない異邦人が」
「本物の御子よ。それもかなりの寵愛を受けている。恐らく複数回、神と言葉を交わしたこともあるわね」
「参ったねぇ……どこの神が、たった一人の人間にそこまで入れ込んでいるんだい」
「パンドラ聖教の系統外なのは確かね。最も古い神々、に連なる一柱だと思うけれど」
「忘却の彼方より出でる旧支配者とは、おお怖い怖い……関係を持たない方が良かったんじゃあないかね?」
「怖いのは神様の方じゃなくて、あの子自身よ」
はぁ、と艶やかな溜息を零しながら、ミレーネはモモカから渡された仕様書と、話し合いの中で描かれたメモ書きをオババに渡す。
それを受け取ってざっと目を通せば、ミレーネよりもずっと重い溜息を吐き出した。
「古代魔法にも精通しとるんかい」
「あの感じだと、ダンジョンの操作方法も知ってそうよ」
古代魔法の解明は、『象牙の塔』が求める命題の一つだ。
現代より遥かに進んだ古代の魔法文明。その遺物に触れるには、ダンジョンの奥まで潜るより他はない。
そしてモモカの残した設計図とメモは、明らかにダンジョン最深部に到達した者でなければ、知り得ないような古代魔法の術式が幾つも組み込まれたモノであった。
並みの魔術師では、この設計図を解読できず、素人の落書きにしか思えないだろう。受付オババが応対していなければ、子供の悪戯だと門前払いされていたに違いない。
もしもここでモモカを逃し、他の工房なんぞで古代魔法を基礎設計に用いた魔道具開発など許してしまえば、一体どれほどの損害が出たか。
「私があの子に取り入るわ。印象は悪くないみたいだし?」
「はて、アンタああいうのが好みだったかね」
「危険な男って素敵じゃない」
「アタシより年上の癖に、今更になって色気付きおって」
「流石のオババも私の若さは妬ましいかしら?」
「70超えて孫の顔も拝めんような人生は御免だね」
ふん、と子供のように膨れるオババを、ミレーネは年上の余裕とでも言いたげな微笑みで撫でた。
「それじゃあ、この件は私に一任してちょうだい」
「任せるも何も、好きなことしかせんくせに」
「ちゃんと上手くやってあげるから、大丈夫よ。それに、みんなもいい加減に、第四階層を見てみたいでしょう?」
◇◇◇
「――――というワケで、完成した冷却用結界機がコレさ」
「凄ぇな桃川、よく『象牙の塔』に依頼できたもんだ」
「普通に受けたくれたけど?」
「あそこは魔法の技術は一番だが、気に入った依頼しか受けないぞ。俺も魔法の武器を作れないか頼みに行ったが、断られた」
「それ受付オババに聞こえてないだけじゃないの」
「いや、受付は普通の人だったけど」
「あの受付に普通の人いることあるんだ。僕が行くと絶対オババだよ」
なんて山田と雑談をしている内に、とうとうジェネラルガードの採掘拠点から引き上げる時がやって来た。
竜災が終わったとはいえ、採掘作業がすぐに再開できるワケでもなく、一旦全員が地上へと帰還することとなる。僕らは戻るついでに護衛依頼も兼ねる。
牛車を飛ばしてさっさと帰りたいところだけれど、ジェネラルガードはスポンサーになってくれるし、良い関係を築くために、これくらいのサービスはね?
この拠点は第二階層の半ばを超えた立地だから、ここを中継基地として利用できると便利になる。幾ら僕だって、この規模の拠点をそうポンポンと建造は出来ない。杏子がいれば土木建築は格段に捗るんだけど……あのレベルの『土魔術師』はヴァンハイトでもお目にかかっていない。
「それで、いつボスに挑むんだ」
「早ければ一週間くらいかな。でも、現場の様子とボスの生態観察次第では、もうちょっと時間かけるかもね」
「俺はどうすればいい」
「今はゆっくり休んでていいよ。挑む時は、僕と一緒に先発隊だから」
そうか、と頷いて山田は牛車の席にどっかりと腰を下ろした。
帰りは護衛しながら、とはいえ、竜災直後だからモンスターの数はかなり減っている。エンカウントしたとしても、山田の出番などないだろう。
「それじゃあ、僕は分身の操作に集中させてもらうよ」
折角、ここまで来たんだ。偵察用分身に装備を持たせて、一足先に僕だけでも現地入りして準備を開始だ。
リザに膝枕をしてもらって、リラックスの姿勢になった本体の僕に、山田の浮気者でも見るような眼差しが刺さる。止めてよ、そんな目で見ないで。これは健全。健全な関係性だからセーフなんです!
ちょっと複雑な心境を抱きながら、一人拠点に残った分身の僕は、ガラガラとゆっくり走り始めた装甲牛車を見送った。




