第438話 再会の守護戦士
「おおぉー、こりゃ凄い、お祭り騒ぎだ。ゴーマ王国攻略戦を思い出すね」
竜災に見舞われたヴァンハイトは、正にカーニバルが如き熱狂の渦に巻き込まれている。
高く聳え立つ大都市の防壁に、無限煉獄から溢れたモンスターの大群がひっきりなしに襲い掛かり、迎撃。駐留しているアストリア軍も総出で、普段は倉庫で埃をかぶっているような大砲もフル稼働のようである。
ざっと眺めたところ、基本的には防壁の上からブラスターと魔法、ちらほらと弓も混じった遠距離攻撃で対応。そして頃合いを見て、門を開いて突撃し、防壁に張り付く群れを一掃したり、孤立した群れを狩ったりしている。
モンスターは確かに膨大な数が現れるが、連携は全く取れていない。乱戦となれば同士討ちになるのもよくある。どうにも、都市内へと侵攻する方向性だけは同じだが、それ以上に目的を達するための行動そのものは個体ごとにバラバラといった様子だ。
なんというか、いい感じに敵の行動がバラけて隙がちゃんと作ってある防衛ゲームのような動き方である。大体どこのゲートも、ウェーブ制のように群れが襲ってくるまでのインターバルが発生する。その間に体勢を整えたりするワケだが……まさか竜災って、暇を持て余した古代人が作ったリアル防衛ゲームとかじゃないよな?
古代人の思惑やダンジョンの秘密はともかく、僕にとって重要なのは、迷宮都市ヴァンハイトが総動員できる戦力を確認できる機会に恵まれたことだろう。
「ここでアストリア軍の戦いを見られたのはラッキーだったなぁ」
「なに呑気に見物してんだよ。早く兄貴を助けに行かねぇと!」
ヴァンハイト中央にある高い塔の上に勝手に陣取って防衛戦見物をする僕の隣で、ルカが喚く。
このうるさいガキを黙らせますか? とリザが目で聞いて来るが、なんかみんなしてルカちゃんの扱い酷くない? 可哀想だよ、まだ小さい女の子なのにねぇ。
「流石にこの状況じゃ、まだダンジョンに突入できないよ。せめてもう少し落ち着いてからじゃないと」
「ならこのまま黙って待ってろってのかよ!?」
「僕らは勇者ほど強くはないからね。何をするにも万全の準備がいるし、機を窺わなければ、勝てない。まぁ、そう焦らなくていいよ、山田君なら三日三晩戦い通しでも耐え抜くから」
冗談では無く、今の『守護戦士』となった山田ならそれくらい出来そうだ。
接触こそしてないけれど、彼のこともある程度は調べている。やはり天職が変わった影響は大きく、間違いなく『重戦士』だった頃よりも強くなっている。
そんな山田が、百人以上もの人を守って戦っているんだ。なら、精魂尽き果てる限界ギリギリまで、決して折れることなく戦い抜くだろう。山田なら、絶対に僕が助けに行くまでの時間を稼いでくれる――――そう信じて、僕は丸二日、待った。
「よーっし、行くぞぉ、野郎共ぉ!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――
僕が号令をかければ、クラン『黒髪教会』のメンバーが鯨波を上げる。凄い盛り上がりだ。むさくるしいオッサンばっかだけど。
準備は万端。配置もすでに済んでいる。後は突撃の開門に合わせて出発するだけだ。
「ほらほら、ルカちゃんも早く乗って」
「な、なんだよコレぇ……」
「装甲牛車『レイジングブル』だよ」
ゴーマ王国攻略戦では、ロイロプスの荷車が活躍してくれた。ザガンにひっくり返されて大破しちゃったけど、逆に言えばそれくらいの奴を相手にしなければ、十分な防御力と走破性を持った、堅牢な指揮車両として活躍できる。乗ってた姫野も無事だったしね。
すでにその優位性を知っている僕は、当然、今回も用意した。ロイロプス荷車から、更なる進化を果たした新車を。
それではルカちゃん、紹介しよう。この装甲牛車『レイジングブル』は、フルアーマーの火牛を豪華四頭立てにした、戦車の如き重装甲を誇る牛車だ。
普通の牛よりもさらにデカい火牛を四頭も使って引かせる車体は、マイクロバス並みのサイズがあり、装甲も厚い。車体が大きければ、それだけ乗せられる人数も物資も増える。
勿論、火牛は全て僕が手ずから『屍人形』と化しているので、勝手に暴走することなく、御者の思うがままに操作ができるようにしてある。
防御力、輸送力、そして操作性にも優れたモンスターマシンだ!
僕がいるのはアルビオンのダンジョン内ではなく、何百万もの人々が活動する大都市ヴァンハイトである。そしてちょっとした資産家でもある僕は、金の力で幾らでも素材も人手も確保できるのだ。
そうして無限煉獄攻略用に準備した装備の内の一つが、このレイジングブルなのだが、まさかデビュー戦がこんな形になるとはね。
「おいおい、若様も一号車に乗るのか? 危ないから四号車にしておけ」
「でもリザは一号車にいないと困るし。だから僕も一号車」
「まったく、命知らずも大概にせよ」
「こんなの、命を賭ける内にも入らないよ」
もう、ジェラ爺も過保護なんだから。別に『痛み返し』の道連れ戦法を狙うってワケでわけでもないし。それに一号車は一番の重武装、重装甲で、僕の自信作なのだ。
今回、レイジングブルは一号車から四号車まで、全車投入だ。
一号車を真ん中に、左右を二号車と三号車、そして一号車の真後ろに四号車を配置する。モンスターの群れを突破するため、一号から三号は攻撃特化させてあり、四号車は救護と物資を載せた防御特化だ。
竜災の現状から、山田君が籠城しているジェネラルガードの採掘拠点に、僕らが援軍として加われば、沈静化までの間を十分に凌げる算段だ。ヤマタノオロチ級のレイドボスがいきなり湧いてきたらその限りではないけど。
「突撃だぁーっ! 門が開くぞぉーっ!」
「開門! 開門っ!」
ドンドン、と勇壮な太鼓の音が響きながら、もう何度目にもなる突撃が敢行される。
先んじて出るのは、アストリア軍騎兵隊。ヴァンハイトに駐留する部隊でも最精鋭であろう、鎧兜を纏った騎士達である。
それに続くのは、突撃に参加できるだけの実力か装備を持った冒険者達だ。つまり、僕らもこの中に含まれる。
先陣を切って一糸乱れぬ突撃を仕掛けるアストリア騎兵隊を見送ってから、いよいよ僕らも出発だ。
「じゃあ、行こうか。派手に盛り上げてよね」
「任せろや、御子様ぁ!」
「響け、魂のサウンドぉっ!!」
ジャァアアーン、とかき鳴らされるのは、エレキギターっぽい音色。
後部につく四号車には、天職『奏者』の二人組が乗り込んでいる。ジェラルドが集めた面子の中で、数少ない天職持ち……なのだが、歌や楽器の音楽を奏でることで、仲間に強化を与える『奏者』は、正直言ってハズレ天職とされている。
当然だ、戦場において、常に音楽を奏でられるワケではないのだから。両軍、真正面からの大決戦でもなければ、軍楽隊として演奏できる機会もない。ましてダンジョン内となれば、演奏して余計に騒げば新たなモンスターを呼び寄せかねない。
そういうワケで、強化能力はそれなりなのだが、実戦で活躍させるのは難しい不遇の天職なのである。手足を失うほどの負傷をすれば、そのまま引退してしまうのも止む無しといったもの。
けれど、モンスターに見つかるの上等かつ、安全に演奏できる場所を確保できるなら、彼らは十分に戦場で活躍できる。例えば装甲牛車の上とかね。
かつてはロクな働きも出来ずに蔑まれ、ついには無茶をやらかし大怪我を負って引退した奏者の二人は、そりゃあもう見るも悲しいやせ細った乞食のオッサンと化していたのだが――――輝ける舞台を得た二人は、奇抜な革鎧に天を衝くようなモヒカンをキメて、再び楽器を手に立ち上がる。
「聞かせてやるぜぇ……俺達のぉ、復活の叫びをなぁ!」
「イェァーッ! カモォーン!!」
レイジングブルが唸りを上げて走りだすと同時に、奏者二人のバフサウンドが一挙に響き渡って行く。
ジャンジャンギュンギュンと鳴らすのは、僕が手ずから作った改造弦楽器。エレキギターをイメージした、鳴らす度に派手にスパークが散る、サンダーギター。
そしてズンズンドコドコと響き渡るリズムは、これも僕が作ってあげた改造打楽器。叩くと激しい炎が吹き上がる、バーニングドラム。
特に攻撃力はない、ただ雷と炎がド派手に飛び出るだけの演出でしかない改造楽器だが……『奏者』の演奏はテンションも大事。派手なエフェクトが出ると、それだけ弾く者も、そして見る者もまたテンションが上がるもの。
つまり、この世紀末感溢れる四号車の演奏は、奏者の力を引き出す最適解なのだ。
「ヒャアアッハァーッ!」
「おいおいおい、なんだよアリャぁ!?」
「超イカすぜぇ!」
「ああああーっ! ああああああああ!」
「な、なんだこの全く新しいサウンドは……それにあの衝撃的なビジュアル……ありえない、これは革命だ……」
「チクショウ、何で俺達はアレを思いつかなかったんだ!」
「やべぇ、カッケー」
最高にメタルなロックで、防壁上に配置された奴らも大盛り上がり。やっぱりライブで客の反応がいいと、演者もノってくるというもの。奏者二人が奏でる音に、更なる力と熱気が籠ってくる。
そうして、無駄に炎と雷を拭き散らしながら爆走するレイジングブルは、すぐにでも立ち塞がるモンスターの群れへと接近してゆく。
「撃ち方用意。メイドが歓迎の挨拶をくれてやったら、儂らも撃つぞ」
一号車に乗り込んだジェラ爺が、車体の上に身を乗り出してブラスターを構えながら、並走する二号車と三号車に指示を送る。流石の『双剣士』も、この状況で戦うなら剣より銃を選ぶ。
攻撃用の一号二号三号の三台には、選抜されたクランメンバーが搭乗している。彼らに天職はない。だが確かな実力と覚悟を持つ、頼れる仲間だ。誰一人怖気ずくことなく、待ちきれないといった笑顔でブラスターを構えていた。
「ところで、リザもちゃんと『奏者』のバフって効いてるの?」
「アストリアの音楽は分かりませんが――――不思議と気分が高揚します」
「そっか、なら良かった」
リザは一号車の主砲だ。
ブラスターなんて半端な魔法武器など彼女には必要ない。走行する一号車の上に堂々と仁王立ちするリザがその手に握るのは、大きな投槍。勿論、ただの投槍じゃない。柄には呪印が刻み込まれ、その穂先は灼熱のコア爆弾で形成されている。
つまりコイツは、人力ミサイルだ。
「では、参ります――――『飛翔閃』」
投擲武技によって放たれたミサイル投槍は、真紅の軌跡を虚空に描いて、僕らの前に立ち塞がるモンスターの群れに突っ込み、
ズドォオオオオオオオオ……
大爆発と共に、面白いようにモンスターが吹っ飛んで行った。
あれはリザードマンに、ポーンアントみたいな虫型の奴らも混ざってるな。人間と同じくらいの小型サイズのモンスターなら、この爆発の威力には耐えられまい。
リザの一発で、群れには目に見えて風穴が空いた。
「はい、次弾装填、急いで」
「お、おう!」
大爆発を呆気にとられていたようなルカを突いて、リザに次の投槍を手渡すよう促す。
道案内にルカは必要だが、タダで乗せるのもアレだし。お仕事しようね。
「かぁー、派手に投げられる奴はいいのう。銃なんぞ撃つのが虚しくなるわい」
「だからってグレネード無駄撃ちしないでよね」
「一発くらい良かろう。一発だけなら誤射かもしれんしのう」
「ダメ」
ガキみたいなワガママを言うジジイをしかりながら、援護射撃を開始させる。
リザの主砲とブラスターの射撃、そして何より装甲牛車のパワーで、小型モンスター中心の群れを吹き飛ばし、轢き殺しながら、ひたすら突き進む。
後方から、そろそろ引き返せ、と指示を飛ばしてくる騎兵隊の声が聞こえるが……
「突っ込むぞ! 掴まれ!」
更なる加速によって火牛が雄たけびを上げながら、僕らは真っ直ぐに『ゲート』へと突入して行った。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……ようやく、止まりやがったか……」
灼熱の溶岩を宿す火山ゴーレムの巨躯が崩れ落ちると、山田は深々と息を吐きながら、ようやく武器を下ろす。
死屍累々。そこら中に転がる屍の山に、ついにタフな大型ゴーレムも仲間入りを果たした。
四方八方から群がって来るモンスターを、本棟の周囲を巡るように倒してゆき、攻勢を凌いだのはもう何度目になるか。一日目を過ぎた時点で、すでに時間間隔が曖昧になってしまったが、群れを一度退ければ、次がやって来るまで多少のインターバルがあることは分かっている。
貴重な補給時間を、ただ疲れて座り込んで終わらせるような真似はしない。山田は多少、重さを感じ始めた武器を抱えて、足早に本棟の窓辺へと戻る。
「すまん、水をくれ」
「シャワーもいるか?」
「ついでに頼む」
水の入った瓶が落とされると、直後に小さな滝のような水流が落ちてくる。
山田はモンスターの血肉に塗れた体と装備を、そのままざっと洗い流してゆく。
第三階層に生息するモンスターも群れには交じり始め、火属性攻撃や高熱を発する体の相手も増えてきた。ダメージよりも、戦い続ける毎にジリジリと身を焼くような暑さの方が堪えてくる。中学生の時、炎天下でも無駄に厳しい練習を強いる部活を思い出して、ちょっとウンザリした気分になってしまう。
一方、白嶺学園は設備の整った進学校で、熱中症で倒れるなんて不祥事は起きないよう徹底されていた。なんて、思い出に浸っていたせいか、窓の上からかけられた声に反応が遅れてしまった。
「……ん、なんだ?」
「なぁ、もういいんじゃないか……ヤムダゲイン、アンタはもう十分、戦ってくれた」
「そうだぜ、もうそろそろ三日になる。寝るどころか、ロクに休みもしないで戦い通しじゃないか!」
「治癒魔法で怪我は治せても、疲労までは抜けないわ。今の内に、一旦中へ戻ってちゃんと休むべきよ」
ここまで、何も一人で戦っていたワケではない。窓から身を乗り出すように、山田に心配の言葉をかける面々は、ずっと外で戦う自分をサポートしてくれた。
ジェネラルガードの警備隊は山田の援護に徹してくれるし、貴重な治癒術士の回復魔法も優先的に回してくれる。水に食料の物資も、惜しみなく分けてくれた。
十分だ。守って戦い続けるには、彼らは十分な支えとなってくれている。
「心配するな、俺はまだまだ戦える」
「いくら天職があったって、限界はあるんだ!」
「知ってるさ……所詮、俺は何も守れなかった男だ……だが、こんなモンスターの群れくらいは、まだまだ止められる」
山田の言葉に更なる説得を試みようとするが、次なるモンスターの群れが轟かせる地響きが、会話を強制的に中断させた。
来るのが早い。だがそれ以上に、デカい。さっきとは比べ物にならない、今までで最大規模の群れだ。
「ちっ、デカブツが多すぎる……」
ルークスパイダーのような、大型の赤い甲殻類に、サイズだけならサラマンダーに匹敵する巨大な翼竜。ついさっき苦労して倒したばかりの火山ゴーレムもいる。それも二体。
勿論、小型と中型のモンスターも多様な種が群れていた。
チラと後ろを振り向けば、ここ三日の戦闘で損壊の目立つ、頼りない本棟の外壁が映る。すでに昨日の戦闘で正面扉は破られ、一階は放棄された。山田がいなければ、二階より上が制圧されるよりも先に、一階の柱がへし折られて倒壊していたことだろう。
だが、これほどの規模の群れに襲われれば、果たして山田一人で守り切れるかどうか。
「やるしか……やるしか、ねぇだろ……」
体力、魔力、そして気力さえも尽きてしまいそうな現実を前に、それでも山田は退くことを拒む。元より、逃げ場などどこにもない。
背水どころじゃない。自分が背負っているのは、人の命なのだ。
「俺は『守護戦士』だぞぉっ!!」
雄たけびを上げると共に、向かってくるモンスターの視線が自らに殺到するのを感じる。
戦い通しの中で獲得したスキル『アーマードクライ』の効果によって、モンスターの注意を引くと共に、自身の防御がさらに固められるのを実感する。
しかしもう、ただ敵を引き付けるだけでは足りない。前へ出る。援護が届かぬほど前へ。
そうすれば、モンスターが拠点に迫るまでの時間を遅らせ、攻勢も多少は鈍るはず。
無論、多少の防御を固めたところで、自分があえなく潰される危険性は跳ね上がる。それでも、ここが、今こそが無理を押すべきところだと覚悟を決めた。
ヒュルルルルルルルゥ――――
と、どこか間の抜けた音が響き渡り、山田は覚悟と共に踏み出しかけた一歩を止めた。
何かが、宙を横切って飛んできた。
迫るモンスターの群れ、その鼻先へ放物線を描きながら飛んできた幾つかの砲丸のようなモノは、着弾と同時に膨大な量の煙を一挙に吐き出した。
「煙幕っ!? 誰が――――」
誰か来たのか。誰が来た。こんな死地に。
まさかルカが、本当に救助の増援を連れてきてくれたと言うのか。
視線を向ければ、土煙を上げて道を突き進む火牛が引く大きな装甲車を見て、山田は更なる「まさか」を重ねた。
見覚えがある、どころではない。
追い詰められた自分が都合のいい幻覚でも見ているんじゃないかと思ってしまうほど、そこに心の底から望んだ姿があったから。
「――――やぁ、山田君、久しぶり。相変わらず、無茶な守り方してるね」
「桃川、なのか……」
「僕の他に、わざわざこんな所まで君を助けに来れる奴おるー?」
目の前で停車した火牛の装甲車から現れた、世界一頼れる小さな姿を前に、それでも我が目を疑う。
けれど、自信満々に生意気なこの物言い。そして後ろに凄い爆乳のデカ女が護衛のように立っているのを見て、間違いないと確信する。
「マジかぁ……助かった、桃川。待ってたぜ」
決死の覚悟ごとすっかり気が抜けた山田の顔を見て、小太郎はケラケラ笑った。




