第436話 黒髪教会
僕はニューホープ農園で、ディアナ人とアストリア人の区別無く、治せるだけの欠損や病気を治した。
実は人体実験だったという負の側面もあるものの、悪化させたり後遺症が出たり、ってことも無かったので、大成功だったと言えよう。これによって、アストリア人奴隷からも僕は好感度を稼ぐことに成功した。
「ああ、そんな、神様……信じられない!」
「これが、本当に俺なのかっ!?」
「なんてことだ、こんな奇跡が現実に起こるなんて……」
「これから俺は、心の底から神様を信じるよ」
などなど、僕の功績を讃える声が上がっているが――――実は一番喜ばれたのは、オマケで生やしてあげた『黒髪縛り』なんだよね。
髪。それは若さの象徴。あるいは、女の命とも。
けれどその尊さは、失って初めて気づくもの……失くしてからでは、もう遅い。
最初は軽い気持ちだった。『黒髪縛り』は最も使い慣れた呪術で、学園塔の頃から、僕は自分の髪を伸ばしたりして遊んだりもしたものだ。この呪術があれば、黒髪なら幾らでも生やせる。
で、僕は農園で奴隷達を見て思った。薄ぅい……
それも致し方あるまい。過酷な奴隷労働を強いられれば、現代のブラック企業と同等以上のストレスを抱えた生活ということになる。病気にかかっても治療は受けられないし、食事の栄養状態も劣悪。高齢奴隷でなくても、実年齢よりも肉体が衰えてしまうのも半ば必然であろう。
そこで僕は、彼らについでで髪の毛も恵んでやったのだが、冗談抜きにマジでこれが英雄レベルの信頼獲得に繋がった。
お前らどんだけ髪の毛大切なんだよ。なんて思うのは、僕がハゲとは無縁な上に、無限に生える髪の毛を持っているからだろう。
ともかく、『黒髪縛り』はアストリア社会においてはチート級の存在価値があることに、僕は気づかされたのだ。
「髪の毛、売るよ!」
そうして植毛事業が始まった。
偵察用分身がヴァンハイトにやって来て間もなく、僕はここでの拠点建設に着手した。
商業区とスラム街の境目辺りの、二束三文で売りに出されていた古びた礼拝堂を買い取った。ボロいけれど、それなりの広さと、何よりもしっかりとした造りの地下室があることが決め手だった。
ジェラルドの長きに渡る改造手術など、人目に触れられないことをこの地下室で行うためだ。呪術師の秘密工房ってとこかな。
そうして金の力で土地と建物を手に入れ、半分業者、半分自分でリフォームして、僕は十字架の変わりに、魂込めて作り上げたルインヒルデ女神像を掲げた教会を打ち立てたのだ。勿論、パンドラ聖教の教会に祀られている貧相なエルシオン像などとは違い、僕のルインヒルデ女神像はバインバインのリアルスケールだ。人が見れば地母神か何かだと思うことだろう。
しかしパンドラ聖教という圧倒的シェアを誇る一大宗教があるので、僕がルインヒルデ様を祀ったカルトを設立したところで、人など集まるはずもない。女神像を祀っているのは、今のところは僕の自己満足。
ここに人を集め、ついでに一儲けするのは、ニューホープ農園でやったのと全く同じ、欠損再生と黒髪植毛だ。
剣と魔法と神様のご加護もある異世界だが、やはりそう簡単に手足は生えないし、毛根も蘇らない。そしてヴァンハイトほどの大都市ともなれば、これらの需要は膨大。それを簡単お手軽に独占市場にできるなら、儲からないワケないだろう。
「はい、じゃあこれで定期的に魔力を補給すれば、また伸びてきますからねー」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「ウチの隣が美容室になってますので、色も髪型もご自由にどうぞー」
「フォオーウ! 最高だぜぇ!!」
開いて一週間ほどで、すぐに人でごった返すようになった。
当然だ、最初のターゲットはスラム街の貧困層。酒場周辺では何かと顔の広いジェラルドが協力してくれれば、すぐに元傭兵や元冒険者の強面連中が集まった。
天職持ちはほとんどいなかったものの、手足の欠損さえなければ、今日にでもダンジョン探索に復帰できるような経験者ばかり。ジェラルドほど優れた適合力が無くとも、相応のリハビリ期間を経れば、失った手足を元通りに動かすことは出来る。
そうして体を治し、ついでに髪もフッサフサになってモチベーション爆上がりの奴らを、ジェラルドをリーダーとしてクランを結成。これで全員ベテラン以上で固めた、いきなり中堅レベルのクランが誕生した。
後は欠損再生と植毛ビジネスをするのに良さそうな人材を見繕ったり、ガチで行き場のない幼いストリートチルドレンを抱えたりすると、気が付けば多くの人々で賑わう立派な教会となっていた。
そして誰ともなく、こう呼ばれるようになった――――『黒髪教会』と。
「というワケで、ここがヴァンハイトでの僕らの拠点だよ」
「流石は坊ちゃま。すでに万端の準備を整えておいでとは」
気づいたらクラン名も『黒髪教会』にされてたよ。
勿論、この教会がいわゆるクランハウスという拠点としても利用されている。戦闘以外のクラン運営に関わる人員も、元商人など数人揃えた。少しでも利益出るように運営しようと思ったら、成果の全てをそのまま管理局に卸すだけではいけない。上手く魔物素材や採取素材を売りさばく必要があるのだが、こんな業務まで幾ら分身いても僕は見ていられないよ。
そうしてクラン『黒髪教会』は、ダンジョンでの活動を先んじて始めて貰っている。
僕の本体がリザと一緒にヴァンハイトへ来るまでには、第三階層の大ボスまで至るルート開拓と、攻略準備も進めておきたかったからね。
「しかし、クランリーダーを若様へ変えなくて本当に良いのか?」
「うん、僕自身が目立ちたいワケじゃあないからね」
というか、まだ目立ちたくない。
分身の僕が黒髪教会を立ち上げ、本当にフサフサになると今やヴァンハイトでは結構な噂だ。もう人集めのためにタダ同然で施術する余裕もなく、先月からは完全に商業路線でやっている。明らかに身分を隠して、お忍びでやって来る高貴なハゲもちらほら来ているくらいだ。金は取れそうな奴からはしっかり取らないとね。
ただし、ルインヒルデ様を崇める教会としては、ここをただの店にするワケにはいかない。なので教会らしい慈善事業アピールのために、毎週日曜だけはスラムの住人向けのサービス価格で施術している。あと炊き出しとか、簡単な治療とか。
尚、炊き出しには農園で早くも収穫され始めた泥豆と泥芋などの作物が使われているし、治療に使うポーションも正規品ではなく農園の生産品である。タダより安いモノは無いんだ。お代は治験に協力ってことでいいよ。
そうして、この教会で受ける恩恵は全て『黒髪の女神』のものであるとしている。代金の支払いと一緒に、必ずルインヒルデ女神像へ感謝の気持ちを込めて拝んでいくよう徹底させている。
これを断るような奴は、生やした手足は消え去り、頭部は再び不毛の大地と化す。そしたら全員、泣いて許しを請う。一度は許す。次は無ぇぞ、よく覚えとけ。
僕の欠損再生と黒髪植毛は、他では真似できない唯一無二のサービスだ。そしてそれを可能とするのは『黒髪の女神』の加護を授かった御子がいてこそ。
この情報はとっくにパンドラ聖教まで伝わっているはず。しかし今のところ、聖教から警告の一つも無ければ、暗殺者の一人も送られてくることはない。勿論、異端審問にかけられ処刑なんてこともなかった。
なんなら分身自らヴァンハイトの聖堂に乗り込んで、ウチの黒髪教会ってどう? 処す? ねぇ処す? って聞いてみたら、
「この世には、まだ名も知らぬ神々は大勢おります。何故なら、我々人間が神の全てを知り得ることはないからです。まして神の世界など、広さをはかり知ることもできません。貴方が加護を授かったならば、受け入れなさい。パンドラ聖教は、全ての神々を許容します」
と、ありがたい説教を受けて来た。
要するに、知らん神がいきなり出てきてもオールオーケーというワケだ。本地垂迹説のように、全く別々の神が並立する理論武装も豊富なようである。
それこそパンドラ聖教に喧嘩吹っ掛けたりしなければ、好きな神様を好きなように崇めればよい、という実に懐の深い教えであると、僕は感銘を受けたほどだ。
時間をかけて調べてみたけれど、パンドラ聖教のこのスタンスは決して嘘ではない。実際に天職に関わらない、実に様々な神様を崇める団体も個人も沢山いるし、それらの全てはパンドラの名の下に許されている。
なので、僕があえて名前を伏せて『黒髪の女神』と呼んでいても、特に怪しまれることもなければ、探りを入れられることもなかった。
強いて言えば、聖堂務めのお偉いさんもウチに客として来たくらいか。高位の司祭様でもアフロが許されるんだから、パンドラ聖教は戒律ゆるゆるフリーダム宗教だ。
「まぁ、だからこそエルシオンみたいな自己顕示欲の塊が幅を利かせているんだろうけどね」
「ヴァンハイトじゃ『女神派』の話なぞ、ほとんど聞かぬな。儂が若様くらいの歳から、変わらず東聖卿は『救済派』じゃ」
「敵の影響力がない地であるなら、良いでしょう」
「うん、流石にもう十分、安全確認はできたかな」
「ほう、ならばようやく、例の騎士様をスカウトしに行くのか?」
「スカウトじゃないよ。戻って来てもらうだけさ」
いよいよ山田とも再会の時だ。
今はちょうどダンジョンに潜っている真っ最中だから、彼が帰還したタイミングになるけれど。ここ最近はずっと第三階層を探索しているようで、前は三日間ほどぶっ通しで潜り続けていた。
帰ってくるのは、明日か明後日か、あるいは滞在記録更新か――――なんて呑気に思っていた、その時である。
ゴォオオオオオオオオオオオン! ゴォオオオオオオオオオオオン!
けたたましい鐘の音が、ヴァンハイトの街に響き渡った。
なんだこの鐘は。分身でもう三ヶ月近く滞在してきたが、今まで一度も聞いたことがない。少なくとも、毎日の定刻を告げる鐘じゃないのは確か。
これはもっと重く、強く、何よりこの音色を聞く者に警戒感を抱かせる。
「ジェラ爺、これは」
「竜災じゃっ!」
そう叫ぶと同時に、そこら中から慌てふためく人々の声が湧き上がった。
◇◇◇
「……ルカ、先に行け。俺はここに残る」
「はぁっ!? なに言ってんだよ兄貴ぃ!」
何が悪いかと言えば、運が悪かった。あるいは、巡り合わせが悪かった、と言うべきか。
竜災は、ダンジョンの奥から始まる。第三階層の火山遺跡手前の地点で、竜災発生を目撃した山田とルカは、ほとんど第一発見者と言えるだろう。
最初に竜災の脅威と遭遇し、かつダンジョンで最も奥にいる者、とすればその生存率は低くなるのは当然。だが幸いにも、火山の山脈を一望できる場所にいたことで、まだかなりの距離があった状態で、魔物の大群が湧いてくるのを確認できた。
当然、一目散に逃走する以外の選択肢はない。山田としても、一刻も早く帰還し、噂に覚え聞く竜災の発生を地上へ知らせなければと考えた。
そして最短ルートで戻るために、ルカの案内によって普段は使わないような近道も駆使して第二階層を横断している時だった。
「なんでこんなトコに鉱山があんだよ……」
地図上では、何もないはずの場所だった。
しかし山田の視界には、高い塔を備えた立派な鉱山施設がそこにある。無論、その規模に見合った作業員も。ざっと見るだけで、百人以上はいるだろう。
「ジェネラルガードの採掘拠点だ! 多分、新しいトコだから全然知られてないんだよ」
ダンジョンで活動する大企業は、新たな採取・採掘のための拠点を作ることは珍しくない。一度作った場所でも、モンスターの生態や縄張りの変化や環境変化によってはあっさり放棄することもある。
この場所も、そうして新しく建設された拠点の一つ。堂々と盾のロゴを塔に記しており、隠すことなく存在を主張しているので、秘密拠点ではない。ないのだが、つい最近できたばかりの場所は、こういった非常時の連絡が行き届かないことも多い。
「アイツら、竜災の発生に気づいてないな」
「そんなの知るかよ、放っておけって兄貴!」
ダンジョンで活動し、そこで働く以上、誰だって命懸け。拠点の警備は勿論、作業員だって不慮の事故で命を落とす危険について、契約書に承諾のサインを記している。
竜災が発生した、と一声かけるくらいならいいだろう。けれどそれ以上は、明らかに付き合ってやる義理などない。
こちらは生粋の冒険者。企業務めの連中などより、よほど命を賭けてダンジョンに潜っているのだから。
「……ルカ、先に行け。俺はここに残る」
「はぁっ!? なに言ってんだよ兄貴ぃ!」
そして山田の口から、この発言が出てしまった。
信じられない、と叫ぶルカだが――――本当は分かっていた。この新拠点を見つけてしまった時から、そう言い出すのではないかと。
当然だ。自分もそうやって、救われた。助ける義理など、何一つない自分を。
「大丈夫だ、避難するよう言ってくるだけだ」
「時間もギリギリ、もうすぐこの辺もモンスターで溢れてくるって!」
「ああ、だからお前は先に行け。今の内にな」
「そんなのっ、出来るワケないだろっ!!」
涙ながらにそう叫ぶルカに、困ったような表情を浮かべた山田は、少し考えてから、懐から一本の鍵を取り出した。
「ルカ、この鍵で俺が銀行に預けた金庫が開けられる。全財産入ってる。いざって時は、その金で強い奴を雇って、助けに来てくれ」
ただ逃がすのではない。自分の命を、ルカに預けたのだ。
「そ、そんな……兄貴……」
「急げ、時間がない。任せたぞ、ルカ」
あんな名前も顔も知らない奴ら、見捨ててしまえばいい。二人で一緒に逃げよう。
喉元まででかかった言葉は、ついに口から出ることはなかった。無駄だと分かっている。分かり切っている。
なんて反対したところで、山田が彼らを見捨てる選択肢をとるはずがないと。
「俺は『守護戦士』だからな」
そう言って、必ず誰かを守るのだ。
「兄貴ぃ、こんな鍵、オイラに使わせるなよ! すぐアイツら連れて逃げて来るんだぞぉーっ!」
「おう」
いつものように、気安い返事で後ろ手を振る山田を、ルカは見送った。
それから半日後、ついに『無限煉獄』よりモンスターの群れが地上まで溢れ出す。
山田は、戻っては来なかった。




