第433話 迷宮都市ヴァンハイト
「おおぉー、これが魔導列車! 僕、初めて乗るよ」
イーストホープ駅。ここが王国を東西南北に走るアストリア鉄道の東端である。
初めてアルビオンから天送門で分身を派遣した時、僕はてっきり中世ファンタジー世界観だと思い込んでいたが……アストリア王国は近世に近い発展度をしていた。
いまだ馬車も現役ではあるものの、地上の人員・物資輸送の主役はすでに鉄道だ。魔力で走る、この魔導列車なのである。
外観はSLに近い、実に浪漫溢れるデザインだ。煙突から噴き出すのは黒煙ではなく、キラキラ輝く魔力の燐光。ざっと調べてみたところ、どうやら構造的には古代文明の魔力機関と同じ。とはいえ、洗練された古代製と比べれば、アストリア製のは遥かに原始的な造りだが。
エンジンである魔力機関へ、ザクザクと石炭みたいに光石を放り込み、そこから魔力を抽出して動力を得るという仕組み。
属性は火でも水でも何でもいいらしい。ただし、高純度の結晶だと属性の魔力が強すぎるため、動力には向かないのだとか。お陰様で、駆け出し冒険者でも採掘できる見込みのある低純度の光石も常に需要があるワケだ。
ダンジョンの産出品である魔力の籠った結晶である光石は、王国で様々な魔法動力として用いられているが、魔導列車は主な消費先の一つだ。
さらに光石を金属加工した様々な光鉄素材は、機関部をはじめ、魔力を扱う機械のパーツには欠かせない。
エネルギー資源に希少鉱物の産出地としての価値だけでも、ダンジョンの利用価値は絶対的である。現代の地球でいえば、石油とレアアースとダイアモンドが一緒に採れるようなもんだ。まるで資源の宝石箱や!
そんなアストリアの技術と資源の結晶である魔導列車を観光気分で眺めてから、僕とリザは切符を握りしめ、いざ客車へと乗り込んでいく。
今日はいよいよ、ヴァンハイトへ向かうために、このイーストホープを旅立つのだ。
「すでに偵察で乗車されているのでは」
「分身は密航だったから」
キセル乗車どころではなく、完全に隠れ潜んで乗り込んだからね。
僕が頭のイカれた奴隷ごっこをしている間にも、分身をイーストホープの街に放ってブラつかせている。コイツのお陰で、農園スローライフをしながらも、アストリアという異国の町にも、すでに慣れた感じだ。
なので一々、貨幣の価値を日本円に換算したりもしないし、冒険者ギルドでお決まりの説明を聞く必要もないのだ。
イーストホープは東の端にある割りには、栄えている方だろう。我らがニューホープ農園を筆頭に、それなりに羽振りの良い農園も揃っている。
けれど一番の理由は、エレメンタル山脈を挟んでいるとはいえ、ディアナと接する国境線の町であり、睨みを利かせるために堅固な砦と、相応の規模のアストリア兵が駐留しているからだ。イーストホープ駐屯地は、ここからさらに東南方面へと進出するための前線基地の役割も果たしている。
警備隊長デイリックと仲間達が兵士の頃に暴れたのも、この東南方面だ。こっちへ進んで行くと、エレメンタル山脈が途切れてディアナ領へと続く平地となり、さらにもうちょっと行くと、ついに海へと出る海岸線に至る。
で、こっちの海の彼方に、どうやら僕らのアルビオン島があるらしい。
かつてはこの海岸線にアストリアの港町が作られていたそうだが、ディアナとの激しい戦いによって放棄。完全にアストリア領とできたのは、結局このイーストホープまでという現状だ。
アストリアも一度は得た場所を奪われたのは屈辱なのか、あるいはアルビオン島を狙っているのか、今でも東南方面では小競り合いが起こる程度には諦めてないようだ。名目上は国境警備だが、隙があればかの港町まで奪還せんと虎視眈々と狙っている、らしい。
それなりの規模の戦いが起こったのは、リザが囚われた三年前。その戦いでアストリア領がちょっと増えた以降、再び睨み合いの膠着状態が続いているそうだ。
とまぁ、これくらいの情報は毎日、町をウロついて噂話に耳を傾けているだけでも集まる。多少は栄えているとは言っても、所詮は辺境の町に変わりはない。本体の僕がニューホープ農園の乗っ取りに成功した以上、もう偵察分身をイーストホープで遊ばせる必要はない。
準備が済み次第、すぐに魔導列車へと忍び込み、次の目的地であるヴァンハイトに向かい……到着したのは、反乱から間もなくのことだ。
その時は定番の貨物車に紛れての乗車だったから、ちゃんと切符を買って客車に座るのは、本当に初めての経験なのだ。
「と言っても、列車なんて世界中どこでも変わり映えはしないけど」
「本当に、坊ちゃまの住んでいた国は、王国よりも発展していたのですね」
すでに景色だって二度目。列車なんて石炭だろうが電気だろうが魔力だろうが、走り心地は一緒だ。ガタゴト線路で揺れる馴染みのある感覚に身を委ねれば、眠くなりそうだよ。
一方、リザは初めての列車だ。正確には、奴隷として貨物車に詰め込まれて輸送はされてきたので、乗ったこと自体はあるのだが。
僕と同様、こうして客として乗るのが初めてという意味だ。
「ディアナには列車も無いんだっけ」
「恥ずかしながら、文明的にはアストリアには劣ると言わざるを得ませんね」
「文化に優劣はないさ。伝統は恥ずべきことではない、けれど……物質的な豊かさは、大きな格差に直結するからね」
それは生活としても、戦力としても。
日本がアメリカと戦争した時には、もうニューヨークにはエンパイアステートビルが建っていたんだ。勝てるワケねぇだろ、週刊駆逐艦と月刊空母をやれる国だぞ。
アストリアは世界的に見ても、かなり先進的な国のようだ。世界中、どこでも列車が走っているワケではなさそうで、僕の思い描いた中世ファンタジーを地で行く国々の方がまだまだ多いようだ。
文明の発展ペースなどその国ごとにどうぞでいいのだが、戦争するとなれば、そうも言ってられない。列車のないディアナでは、それだけで輸送面で大きく劣る。部隊の展開に兵站の維持も、列車アリと馬車のみ、では比べ物にならない差だろう。
そりゃあ負けて奴隷にされるわ、としか言えない。勝者が正義は、異世界だろうが変わりはないのだから。
「とりあえず、まだ飛行機のない時代で良かったよ」
「飛行……空を飛ぶのですか」
「飛ぶよー、ビュンビュン飛ぶよー」
そうしてリザとお喋りしたり、膝枕で寝たり、のんびり列車旅一泊二日を経て、ようやく僕らは迷宮都市ヴァンハイトへと到着した。
「それじゃ、まずはギルドでさっさと登録しちゃおうか」
「先に宿を確保しなくてもよろしいのですか」
「そっちはもう分身に用意させたから」
「あの……それは従者の仕事では」
「でもリザより先入りした僕の方が街に詳しいし。変な宿に当たったらイヤじゃん」
適材適所でしょ。というか、リザの本職は僕の護衛だから、あんまり雑用の使い走りにはしたくない。
いつも一緒にいて安全安心、そして目の保養になってくれればそれで一番。今日もパリっとしたクラシックスタイルのメイド服に身を包んだリザは、美しくも逞しい。
そうして、すでにそれなりの期間を分身で情報収集を済ませたヴァンハイトの街を、僕は本物のお坊ちゃまが如く、リザを引きつれ堂々と歩く。
ヴァンハイトで一番デカい中央駅から降りれば、最も近い冒険者ギルド、もとい迷宮管理局の本部がある。その白い石造りの市役所じみた建物に、僕らは迷うことなく入っていく。
今日も今日とて冒険者で賑わうロビーを、僕は素知らぬ顔で進んで行くが、大勢の武装した人間が多いため、リザはあからさまに警戒心を強めていた。大丈夫だよ、いきなり噛みついたりはしないから。
そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、僕はさっさと目的の窓口へと顔を出した。
「迷宮免許の申請書、二枚くださーい」
「どこのお坊ちゃんか知らないけどねぇ、ここは子供の遊び場じゃないんだ。大人しく帰んな」
「こう見えて僕は魔術師、彼女は戦士だよ。東の方で実戦は経験済み。友人のクランに誘われて、ヴァンハイトまで出てきたってワケ」
「ああ、なんだい、入るクランは決まっているのね。はいよ、申請書二枚ね」
流れるような僕の嘘を真に受けて、受付のオバさんはさっと申請書を出してくれた。
ガキとメイドのコンビだろうが、所属クランが決まっていれば大体ケチはつかない。
無所属のド素人の新人をガバガバ審査で通して死にまくっては管理局の問題だが、クランに所属していれば、責任は全てクランのものとなる。管理局はあくまで迷宮管理がお仕事であり、冒険者の集まりであるクランや彼らを雇う商人のやり方に口を出す権利はないのだから。
そういうワケで、九割嘘の内容を書き込んだ申請書を提出し、無事に僕とリザはそのままお決まりの実地試験と相成った。
一週間の期間内に、第一階層で成果を得る、というスラムのガキでもナイフ一本あれば受かるような、温い試験である。
「今日中に免許は取っておきたいから、軽く潜って行こうか」
「私にお任せください。大物を仕留めてご覧に入れます」
「それじゃあ、今夜はバッファローの焼肉パーティだ」
そんな慢心全開の台詞を言いながら、ダンジョンの入口となる妖精広場へと足を踏み入れると、
「坊ちゃま、お下がりください」
俄かに殺意を迸らせながら、リザが僕を庇うように前へと出た。
いきなり攻撃が飛んできたワケではない。
ないのだが、僕らの前には何人もの男達が、明らかに行く手を阻むよう立ちはだかっていた。
「がっはっは! こりゃあカワイイお坊ちゃんのご登場じゃあ!」
「おいおい、メイド一人しかいねぇのかぁ? とんだカモがいたもんだぜ」
「ダンジョンの中は危ねぇぞ、俺らみたいのが美味しい獲物を狙ってるからなぁ!」
ギャハハハハ、と場違いな恰好の僕らを指をさして笑う冒険者連中は、使い込んだ装備を身に纏った、如何にもベテランといった風情。ほとんどが中年のオッサン連中だが、先頭に立つ奴らのリーダーだけは、年若い少年だった。
「非礼を詫び、速やかに立ち去れば、黙って見逃しましょう」
「ほぉう、ディアナ女が随分と強気に出るもんじゃのう」
長い赤髪を後ろで一本の三つ編みに束ね、爛々と輝く淡い緑の瞳をした、美少年だ。僕と違って、ガチの中性的な美貌だが、薄着の軽装によって細く引き締まった男のボディラインのお陰で、性別を間違えることはない。
次の瞬間には『精霊戦士』の力を解放せんばかりの臨戦態勢で睨むリザに対し、僕よりちょっと大きい程度に過ぎない、小柄な赤毛の美少年は、実に楽しそうな表情を浮かべていた。
「二度は言いません」
「そいつは僥倖。精霊戦士の力が拝めそうじゃな」
両者の間でいよいよ高まって行く戦意と魔力の気配によって、周囲の冒険者もその動きを止めてこちらを注視していた。
本気で殺し合いを始めかねない危険な気配を、ダンジョンに慣れた中級者なら察せないはずもない。鈍い新人だって、二人から放たれる重いプレッシャーに本能的な危機感を覚えて、思わず硬直してしまう。
さながらサラマンダーとサンダーティラノの縄張り争いを、隠れて眺めていた昔の僕のように。まぁ、ソロだったら今でも隠れ潜む一択だけど。
そんな剣呑極まる気配に、いよいよ管理局の職員が仲裁に入ろうかと動き始める寸前、
「はいはい、挑発はその辺で止めてよね」
呆れたような口調で、平然と睨み合う二人の間に割って入るのは、小さな黒ローブ。
その一言で、赤毛の美少年はさっさと戦意を収めて下がる。
そして、それと同時に被ったフードを外した黒ローブの顔を見たリザも、瞬時に殺意が霧散した。
「……坊ちゃま?」
「うん、コレが偵察用の姿さ」
と、金髪碧眼のアストリアンスタイルの僕が、リザに笑って言う。
やっぱりアストリアの街に潜むなら、黒髪黒目は少々目立つ。でも髪と目の色さえちょっと変えれば、アジア系の顔立ちも普通にいるので、一気に誰も気にしなくなる。
ちなみに、将来は殺人マシーン軍団に立ち向かう人類抵抗軍のリーダーになる少年みたいな髪型にしてみたんだけど……僕がやるとただのキノコカットみたいで、相当恥ずかしい仕上がりだ。やっぱあの髪型、ガチの美少年にしか許されないようだった。
「それでも、私は黒髪の坊ちゃまが一番でございます」
「いや、そういう感想を求めたワケじゃないんだけど」
ギュっとぬいぐるみのように抱きしめられるが、今はイチャついて遊んでる場合ではない。幸せな弾力と重量感から何とか頭を脱する。
「紹介するよ、彼らは僕のクランメンバーさ」
「すまんなメイドよ。大層強い、と若様から聞かされたもんでのう」
「こちらこそ、事情を知らぬとはいえ、失礼を致しました」
ダンジョン攻略をしようと言うんだ、頼れる仲間は必要不可欠。なので、すでに集めておいたのさ。
勿論、さっきの申請書に書いた所属クランは、分身の僕が設立したクランになっている。
別に本物の僕がいなくたって、見た目は生身の人間そのもので、お喋りも出来れば多少の呪術も使えるのだから、分身だけでも攻略メンバーの募集くらいは出来る。
とは言え、ただ金に飽かせて腕利きを雇ったというワケでもない。
「うん、それじゃあ事情については、歩きながらでも説明するよ」
第一階層は広いからね。リザの獲物を求めて、散歩がてら、偵察用分身がヴァンハイトで如何に過ごしてきたか、ゆっくり語って聞かせてあげよう。
2025年2月7日
偵察用分身の髪型について。もしも映画『ターミネーター』を見たことのない人がいたら、ドラゴンボールのトランクスの髪型だと思ってください。
あの髪型でカッコいい奴は真のイケメンですよね。




