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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第2章:無限煉獄
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第432話 僕らのニューホープ農園

 その日は、気持ちの良いほどの青空が広がる天気だった。遥か遠くに聳えるエレメンタル山脈がよく見える雄大な景色を背に、アストリア有数のコーヒー農園、ニューホープ農園はあった。


「ようこそ、お越しくださいました」

「こちらこそ、本日はよろしくお願いします、マルコム会長」


 入口にて、にこやかに挨拶を交わすのは、農園の全てを受け継いだ若き二代目会長マルコムと、アストリア東部で一番の大都市ヴァンハイトからやって来た新聞記者である。


「いやぁ、ここは三年ほど前に取材をさせていただいて以来になりますよ」

「ええ、記事は何度も読みましたよ。ウィンストン前会長も、これでウチもアストリア中に名が轟くと、しばらく上機嫌でした」


 以前に先進的な経営をするコーヒー農園として、取材を受けたことがある。全国に名が轟いたかは怪しいところだが、それでも彼の記事によって、ニューホープ農園の存在が広まったのも事実である。

 今回は以前のツテを活かしての、二度目の取材依頼だ。


 ただの付き合いではない。突如としてニューホープ農園を襲った惨劇、恐るべき鎧熊の襲来は、辺境で起こった大事件のネタとしては、都会の者にも分かりやすい。

 そんなインパクトも狙っているが、記者の真意は、以前とは大きく変えた経営方針と、農園そのものにあった。


「しかし、随分と厳重な警備ですね……アストリア軍の駐屯地でも、ここまでのモノはなかなか」


 記者は入口からして、大きな変化を目にすることとなった。

 以前は木柵と大きな農園の看板。木組みのゲートがある、よくある農園の造りそのものだった。


 しかし今は分厚い土壁に、有刺鉄線が蔦のように随所へ張り巡らされている。

 入口は門と呼ぶに相応しい、鉄張りの大きな両扉で、左右には高い櫓が組まれている。

 ライフルを抱えて直立不動の警備兵は、全員がディアナ人だ。アストリアにおいては、奴隷として粗末な衣服を着た姿しか見ることはないが、ここにいるのは警備兵。当然のことながら完全武装で、バリっとした綺麗な黒い戦闘服を着込んでいる。

 彼らの存在だけで、自分がディアナに捕らわれてしまったのではないか、という不安感も湧いてくるが……それ以上に気圧される存在が、ここにはあった。


「勿論、あんなコトがあったばかりですからね。警備を強化するのは当然でしょう」


 そう平然と語るマルコムの真後ろに立つのは、巨大な鎧熊だ。

 無論、生きてはいない。これは剥製であると、最初に説明されている。


 この鎧熊こそ、ニューホープ農園を恐怖のどん底に陥れた、警備兵皆殺しの人食いモンスターである。ディアナ人奴隷の手によって討伐された後、痛ましい事件を忘れまいという戒めのために、剥製として入口に飾っているのだと言う。


 だがしかし、剥製と分かっていてもこの鎧熊の迫力たるや。以前に別な取材の時に見た鎧熊よりも、こちらのは二回りは大きく、変異種かというほどにまで、甲殻は分厚く、さらに刺々しくなっている。

 なるほど、これほどの鎧熊なら、天職持ちを擁するベテランの警備部隊も殺し尽くすかもしれない、と思わせるだけの凶悪な迫力を放っていた。


 ギョロッ


「ヒッ!? あの、今、目ぇ動きませんでした……?」

「はっはっは。凄い迫力ですからね、そう錯覚してしまうのも無理はありませんよ」

「で、ですよねぇ……」


 ビビり過ぎて馬鹿な想像をした、と思いながら、もう決して鎧熊剥製は見ないと決めて、記者は視線をマルコムへと戻す。


「それにしても、まだ事件から一ヶ月ほどですよね? これほど大きな防壁を作るのは、大変だったでしょう」

「そうですねぇ、その辺の秘密もこれから説明させてもらいますよ。さぁさぁ、まずは中へとどうぞ」


 正しく自慢の農園を紹介する、と言わんばかりの自信気な笑みで誘うマルコム。

 彼について歩き出すと、黙ってディアナ人警備兵が両サイドから、監視でもするかのようにピタリとくっくいてくる。やはり捕虜にでもなったような気分だ。


「まずはコーヒー畑からどうぞ。とは言っても、こちらは以前とそれほど代わりはありませんが――――」

「いやいや、何ですかアレ!? ま、魔物が、そこら中にっ……」


 屋敷前を通り過ぎて真っ直ぐ行くことしばし、農園の顔であるコーヒー畑に辿り着くや否や、記者が聞いたのはおぞましいモンスターの絶叫と、激しい戦いの音。


 大きなコーヒートレントが、群れをなして黒衣の集団と入り乱れて壮絶な白兵戦を演じている。

 野太い蔓の薙ぎ払いを、黒衣の兵士は素早い動きで回避し、時には手にした剣や斧で断ち切るが、トレントも数がいる。蔦の乱れ打ちによって、避けれきなかった者が強烈に地面へと叩きつけられるのを記者は見た。死んだだろ、アレ。


「今日は天気が良いせいか、トレントも元気ですねぇ」

「何を呑気なっ!? トレントからの採取は危険極まりないため、極一部に留めているはず! それが、何なんですか、あの数は!」

「コーヒートレントから採れる豆の方が美味しい、というのはご存じですよね? これまでは少量限定生産の高級品としてきましたが、生産拡大によって、庶民でもちょっと奮発すれば手が出せるくらいの、ちょうどいい高級路線にしようと思っていまして」

「生産拡大って、ありゃあモンスターの暴走ですよ! もう何人死んでると思ってんですかぁ!?」


 マルコムが呑気に話している間に、トレントにぶっ叩かれ、吹っ飛ばされ、致命傷としか思えない攻撃を喰らった者が続出している。事実、地面に倒れた者はピクリとも動かない。

 そして、その倒れた者を兵士たちは誰も助けようとはせず、まるで見えていないかのように戦い続けていた。


 どんな主人だって、奴隷が無為に死んでゆくのを笑っていられる者はいない。ディアナ人奴隷は生かさず殺さず、と苦しめることに躊躇はなくとも、奴隷は財産である。死んでしまっては意味がない。

 奴隷を意図的に殺すのは、保険金詐欺をする時くらいだ。


「大丈夫ですよ。見ていてください、もう少しすればカタがつくでしょう」

「えええぇ……」


 そうして、マルコムと共にしばらくの間、観戦を続けると……十数名もの犠牲者を出しながらも、ついにコーヒートレントの群れは沈黙した。

 群れの半分ほどは完全に倒されており、根の足を掘り返すようにして丸ごと運ばれていく。生き残っているトレントも、大半の蔦を斬り落とされて大人しくなっている。

 そしてコーヒー豆を沢山実らせた蔦と共に、ようやく倒れた死体も回収されていった。


「実はアレ、誰も死んでないんですよ」

「そんな、たとえ生きてても重症でしょう」

「いえ、元々生きてなどいません。召喚獣、ってあるでしょう?」

「召喚獣、ですか……しかし、人型の召喚獣といえば、精霊エレメンタル土人形ゴーレムくらいでしょう。あの動きは、どう見ても人間そのものでしたが」

「まぁ、そこは我々も知らない、ディアナの召喚魔法ですよ」


 マルコムの説明によれば、ディアナに伝わる召喚魔法によって、人間並みに動ける戦士を召喚し、トレントと戦わせているという。

 魔力と少々の材料で呼び出せる召喚戦士を、トレント採取の消耗品とすることで、危険な作業も日常的に行えるようになったらしい。


「な、なるほど……」

「この召喚魔法は素晴らしいですよ。人間並みの動きが出来るということは、人間と同じ作業が出来る、ということですからね。あちらをご覧ください」


 マルコムの示す方向を見れば、今度こそ見慣れた従来のコーヒー畑が広がっている。そうそう、こういうのでいいんだよ、とどこか落ち着く牧歌的な光景だ。

 しかし、畑で収穫作業に勤しむ者達の中に、トレントと戦っていたのと同じ、黒衣の召喚戦士が何体も入り混じっていることに気づく。


「まずはああして、スムーズな動きができるよう練習しています。ある程度、操作に習熟すれば、武器を手にトレントと戦えるようになりますよ」

「凄いですね、これだけの数を使役するとは……マルコム会長、一体どんな凄腕の魔術師を抱えているんですか?」

「いやぁ、流石にそこは企業秘密ですよ。術者を引き抜かれてしまっては、困りますからね」


 なるほど、マルコムはこれほどの術者がいると気づいたからこそ、ディアナ人奴隷解放、などという博打に打って出たのだと、記者は納得した。

 幾らでも使い潰せる召喚戦士がいるならば、手元に抱えている百人以上の奴隷を解放しても、十分以上にお釣りが来る。

 それに奴隷解放などとは言っても、ただのディアナ人に行き場などない。


 雇用契約を変えた、なんてのは建前だけで、生活は以前とさほど変わりはないだろう。流石にパフォーマンスのためか、少しは食事も増やしたのだろう、畑作業に勤しむディアナ人達は、やせ細っておらず、健康そうだった。

 何より、他の職場ではありえないほど、働く彼らの姿は明るかった。笑顔すらも浮かんでいる。あれではまるで、故郷で畑仕事をしているかのような様子である。

 どうやら、マルコムはよほど上手くやっているようだ。ディアナ奴隷を、本気で自分達が解放されたのだと、まんまと信じ込ませている。


「それでは、次は工房を案内しますよ」

「そこは一番気になっていたところですよ。全く新しい事業をイチから立ち上げたワケですからね」

「上手いやり方は、まだまだ模索中ですけどね。それでも、十分に採算が採れるだけの生産力はすでにありますよ」


 案内されたのは、屋敷の裏手に立てられた、新築の平屋だ。外観は単なる木造で、取り立てて目を引くのは、精々がその大きさくらいであろう。しかし、こういった広いだけの平屋をした工房や工場など、他に幾らでもある。

 流石にここは、従来通りのやり方に生産設備だろう、と思いながら記者が中へ入れば、幾つもの輝きにその目を細めた。


「これは……もしや、全てが錬成陣なのでは!?」

「ええ、その通りです。ここでは、全員が錬成魔法で作業を行っています」


 ありえない。トレントを倒してコーヒー豆を採取するよりも、ありえない光景だと思った。

 何故なら錬成魔法は、ただでさえ限られた魔法の才を持つ者が、研究や生産の方向へ進んだ、さらに限られた一部の術者が習得するものだからだ。

 自由自在に素材を変化させ、加工する錬成は、ポーションのような昔ながらの薬品から、近年急速に普及したブラスターなどの武装や工業製品を作る上でも、非常に効果的である。だからこそ、錬成魔法の使える術者は超一流の技術者とされ、王宮のお抱え、アストリア有数の大企業所属、あるいは偏屈な個人が独立、と所属する組織も人数も限られている。

 少なくとも、単なる作業員のようにズラズラと並べるような人数が揃えられるはずがない。


「ありえない、全員が錬成魔法を使える術者なんて……これもディアナ人の魔法だと言うのですか?」

「半分正解ですね。これは大人数でも錬成魔法を簡易に扱える魔道具、というより、大型の魔導機械なんですよ」

「なるほど、そういうコトですか。しかし、だとしてもソレは最先端の技術でしょう。一体どこから導入できたのですか?」


 魔法の才が無くとも扱える魔法具は、アストリア建国よりも遥か昔から利用されている。幾らでも湧く水瓶や、火種を作る小杖など。ちょっとした小道具のようなモノならば、とうの昔に庶民にまで普及している。

 様々な魔法具は工業の面でも広く使われてきたが、アストリアにおいてはより複雑な機能を備えた、大型機械の生産用魔法具も広まりつつあった。


「今は色々なところが開発してますよね。しかし、買うとなれば非常に高額、導入のハードルは依然として高いまま。そこで、自前で作ってしまえばいいと。ちょうど、優秀な術者がいることも分かったことですしね」


 どうやら召喚術士に続き、高度な錬成魔法を修めた錬成術士まで奴隷として抱えていたようだ。

 この何人ものディアナ人作業員が向かっているのが、アストリアでは見たことのないディアナ式錬成陣を組み込まれた、完全に独自の術式で作られているということは、説明されるまでもなく察せられた。


「いやぁ、本当に驚きましたよ。マルコム会長は、高い魔法技術を持ったディアナ人奴隷を見抜いていたのですね」

「ディアナ人と言っても、野蛮な戦士ばかりではありませんからね。折角、優秀な術者がいるのに、畑作業をさせるのは、多大な損失ですよ」


 これまでの画一的な奴隷労働を見直した、人材と技術の活用。

 これこそが自分の行ったニューホープ農園の経営改革の柱だと、自慢気に語るマルコムの言葉を、記者は熱心に書き記していった。


「ところで、あの錬成陣では何を作っているのですか?」

「商品として生産しているのは、今のところはポーションだけなのですが……ご覧の通り、色々な素材の加工を試して、どんな新商品が作れるか、まだまだ模索中といったところですよ」


 中央のレーンでは、薬草と思しき原材料が山と積まれており、そこから横へと向かう流れ作業の要領で、錬成作業員の間を動いてゆく。

 基本的にポーションを筆頭とした魔法薬の製造工程は秘密主義が徹底されているが、薬草を加工する最初の段階から錬成陣にかけていると、素人目ではどんな処理が施されているのか全く分からない。たとえ理解できたとしても、ポーションの効果の肝となる部分については、この場では行われないだろう。

 レーンの端で加工を終えた薬液は、大きな樽に入れられた上で、さらに外へと運び込まれていた。


 一方、端の方では木材や鋼材といった基礎的な材料から、明らかにモンスター素材と思われる甲殻や骨を、錬成陣にかけている者達も窺えた。

 そちらは本当に加工の練習、実験といった風情であり、何らかの整った形で出て来ることは少ない。ああやって研究と同時に、作業員にこの錬成機の操作にも慣らしているのだろう。


「あっ、もしかして、あの大きな防壁の建設にも、この錬成技術が?」

「建築関係も視野に入れている、とだけ言っておきましょう」


 もしもそちらの方まで開拓できれば、どれだけ事業が拡大できるか。そんな夢のような話をしながら、工房を後にした。


「おっと、もうこんな時間ですか。そろそろお昼にしましょうか。御馳走しますよ」

「ありがとうございます」


 そうして屋敷へと戻る途中、記者は気が付いた。

 昼時ということで、大勢のディアナ人が畑や工房から出てきている。奴隷解放をしたことで、昼食もしっかりと提供しているのだろう。飯を食いに集まって来るのは理解できるが……彼らは畑に面した通りに、一列に整列し始めた。何かを待っているように。まるで、王族がパレードに現れるかのような風情であった。


「あの、彼らは一体、何を待っているんですか?」

「ああ、アレですか。折角ですから、見学してみるといいでしょう」


 マルコムの言葉に頷いた記者は、屋敷の前で好奇の視線を道へと向けた。

 すると、ほどなくして彼らの待ち人は現れた。


 シャン、シャン、と澄んだ鈴の音色が響く。

 鈴を鳴らす少年と少女。子供の従者が二人。さらに外側を、ディアナ様式の鎧兜を身に纏った戦士達が囲う。

 彼らの中央に位置するのが何者か。それなり以上にディアナ文化についての知識を持つ記者は、一目で分かった――――アレは『御子』だと。


「ディアナの神々のお恵みに、感謝の祈りを」


 歌うような祈りの声を発する御子は、白かった。

 穢れなき純白の衣装。パンドラ聖教の法衣とは全く異なるデザインだが、それでも神聖さを表現する意志は、人間ならば誰もが感じることだろう。

 ゆったりした大きな袖と、足首まで隠れる長い裾をした、ローブ状の法衣は、ささやかながらも鮮やかな宝石の装飾品で彩られている。


 けれど注目すべきは、宝石の輝きではなく、御子の素顔そのもの。

 長い黒髪に、雪のような白い肌。男とも女ともとれる中性的な美貌には、 妖しい紫紺の瞳が輝く。

 魔性、の一言だけが、記者の脳裏に浮かんだ。


「……御子、ですよね、アレは」

「おお、よくご存じですね」

「幾ら何でも、ディアナ人に御子を祀らせるのは、危険なのでは……?」


 御子、はディアナ人にとって絶対的な支配者階級。御子が命令すれば、命を惜しまず戦うのが戦士である。あるいは一般人でも、御子の言葉は神の言葉として、命懸けの行動に出ることも十分に有り得た。

 だが最も恐れるべきなのは身分ではなく、実際に戦士達へと力を与える加護を持つこと。


「安心してください、流石に本物の御子ではありませんよ。あれはあくまで、御子役です」

「御子役、ですか」

「ええ、彼らの宗教的な儀式のために、御子を演じさせている、ただの少年ですよ」

「あっ、少年なんですね。しかし、あの子はディアナ人ではないようですが」

「彼はディアナ人奴隷とは、仲が良くてですね。御子役とするのに、文句を言う者は一人もいませんでしたよ」

「ははぁ、適役だったということですか」

「ディアナの御子は少女が多いそうですが……文化的には、美少年が最も尊ばれるそうですよ?」


 噂半分に聞いたことのある情報だったが、マルコムまで言うのだから事実なのだろう。

 実際、パンドラ聖教でも少女よりも、美しい少年の方が悪徳聖職者に狙われやすいという傾向があると言われている。追及し過ぎると危険な問題のため、これもまた噂止まりではあるが。


「ともかく、ああやって御子信仰も許容することで、ディアナ人も大人しく働いてくれるというワケです。もう高い人件費をかけて、鞭で従わせる危険な管理をするのは前時代的で非効率なやり方ですよ」


 再び自分の経営改革論を語るマルコムの向こうで、御子の少年が自分を見て、艶やかな微笑みを浮かべる。

 何故かドキドキさせるその視線に、記者は慌てて目を逸らすのだった。




 ◇◇◇


「はぁ……やっと僕の農園も形になってきたよ」

「今日もお疲れ様です、坊ちゃま」


 本日のお勤めを終えて屋敷へ帰ってくると、すっかり見慣れた給仕姿のリザが、甘いカフェオレを淹れてくれる。

 今日の記者みたいに、他人に見られた時に違和感ないよう、本物の僕はウォンタ君の制服を着た、裕福なお坊ちゃんの姿でいる。

 そしてリザは、そんなクソガキの言いなりになるエロ同人でしか見たこと無いような、忠実無比な給仕である。なので、僕のことは御子呼びではなく、坊ちゃま呼びへと変わっている。


「うぅーん、やっぱこれだよこれ」


 カフェオレに口をつけ、脳に糖分が補給されてる感を味わう。

 我らがニューホープ農園の柱であるエレメンタルマウンテンだけど、正直、コーヒーの味の違いはよく分からない。分かんないけど、日本人である僕でもこうして美味しく飲めるのだから、普通に美味しいのだろう。


「それで、取材の方はどうだった?」

「上手い具合に誤魔化せた、と思うのですが……本当にあんな感じで良かったんですか?」


 不安気な顔を見せるマルコムに、僕は「大丈夫じゃないのー」と適当にうなずく。

 新進気鋭の若き会長マルコム、新時代の経営改革を語る! という如何にも自分の才能を信じ切った、意識高い系若年経営者っぽさの演出を推したのは僕だ。

 明日にはろくろ回すポージングのマルコムの写真が新聞の一面を飾るだろう。


 反乱の翌日から、僕はディアナ人達に『召喚』と『錬成』を習得させつつ、速やかな農園の拠点化を推し進めてきた。

 そのせいで、どっからどう見てもただのコーヒー農園には思えない仕上がりになるのは、分かり切っていたことだ。

 堅固な防壁に防衛施設。デイリックの警備部隊よりも強化された武装。

 毎日トレント相手に戦闘訓練をこなすスケルトン兵士に、軍需物資を生産するための錬成工房だ。テロリストも羨む、充実した潜伏拠点である。


 これを隠せば、その内に必ず怪しまれる。だから逆に、ニューホープ農園は色んなことを手広く始めましたよ、と今の内からアピールしておいた方がいい。

 人の目は決して隠せない。ならば当たり前のように人目に晒し、ここはそういう場所だ、と思ってもらう方がマシだろう。


「実際、途轍もない生産力の向上ですから……これからは取材だけでなく、それなりに取引や偵察目的の人も来るでしょう」

「召喚戦士は凄腕の術者のお陰。先進的な錬成機はディアナの独自規格。他所で真似できるなら、どうぞってね」

「ははっ、出来るはずありませんよ。そんな真似が出来るディアナ人奴隷なんて、どこにもいないのですから」


 そうだ、記者に見せたような画期的な面は、全て僕の呪術で補っている。

 勿論、あくまで僕の呪術はシステムを作っただけで、実際にソレを使う人材がいなければ意味はない。

 その点、ディアナのみんなは正しくモチベーションの塊。全員一丸となって、必死に『召喚』と『錬成』の習得に努めてくれた。その成果は今日の記者へ見せた通り。姫野は彼らの熱意を見習って。


 全員が両方習得できたワケではないが、大体はどっちか片方くらいは使える。

 召喚習得者はスケルトン操作の習熟に。錬成習得者は工房でひたすら地道に錬成作業。お陰様で、嘘偽りなくコーヒー生産にオリジナルポーション作成は形となった。

 単純にこれだけでも、ニューホープ農園の経営には大きな効果を及ぼす。


「そもそも、ディアナ人を信じて奴隷解放なんてできるアストリア人はいませんね」

「そりゃそうでしょ。奴隷主なんて恨まれることしかしてないんだから」


 もしもマルコムが僕と同じ能力を持っていたとしても、同じ真似はできない。

 僕には御子という立場があるからこそ、彼らの信用を得ているのだから。そう、先に信用がなければ、人は誰もついて来ない。


「ひとまず拠点化作業は軌道に乗って来たし、みんなも慣れてきた頃だと思うんだよね」


 スケルトンの扱いや錬成陣の使い方、基本的なことはもう教えてしまった。後はもう自分で練習を重ねるだけ。

 そして才能のある者は習熟も早いので、これから新たに奴隷を購入しても、今度は彼らが先輩として指導が出来る。僕が新人全員の面倒を見る必要はないのだ。


「奴隷はこのままのペースで仕入れていいのですか?」

「ここはまだまだ人手不足だから。食べさせる食料もあるし、予算とだけ相談すれば、もっと増やしても問題ないよ」


 抱えるディアナ人奴隷は、そのままこちらの戦力へと変換される。受け入れ基盤さえ整うなら、僕はアストリアのディアナ人奴隷全員を抱え込んだっていい。

 そのために最低限、衣食住の自給自足ができる体制も整えなければいけないワケだ。


 ここで役立ったのが、ゴーマ王国を支えた泥豆と泥芋である。あのゴーマでさえも農業生産できる、魔法のような超お手軽作物がこの二つだ。

 種と種芋は、素材として煉獄炉に沈めたまま保管されていたモノを使った。リリスに魔女釜と煉獄炉は封印されなくて、マジで助かったよ。お陰で他にも、アルビオンからの持ち出し素材は色々残っているんだ。


 ともかく、適当な田んぼを拵えれば、後は勝手に泥豆と泥芋は育つ。ディアナでは稲作が盛んな米文化なので、田んぼでの農作業の経験者が多いのも、導入してすぐに軌道に乗った理由だ。

 この二品種はただでさえ育成も早いが、さらに早く収穫したければ、トレントの幼体を放り込んでコアとか魔力の餌を与えれば、超速促成栽培も可能。尚、トレントは大暴れして収穫は危険が伴う模様。

 それで最低限、豆と芋があれば主食を補えるし、家畜の餌にも出来る。エレメンタル山脈にはジャージャが生息してるし、連れてくれば仕入れもタダ。まぁ、ちゃんと品種改良された美味しい鳥豚牛も欲しいけどね。

 食料供給の目途さえ立てば、大人数を抱え込む目途は立つ。ディアナ人だって、クソみたいな奴隷労働よりも、自給自足でいつか帰れる希望を抱ける生活の方がマシだと思ってくれるだろう。


 そうした拡張計画もあるので、記者に見せたのは、農園のほんの一角に過ぎない。

 エレメンタル山脈にある、真の隠し拠点もあるしね。僕が山籠もりしていた臨時拠点を、本格的に拡張させたものだ。

 ここではトーゴ達、本職戦士を山を狩場としてモンスターを狩り、素材集め。集めた素材は工房へ運び込んで加工。錬成職人が育てば、現地での作業も出来るようになるだろう。

 現状、コアを含めたモンスター素材を自前で入手できるのはここだけだ。貴重な狩場である。


 それともう一つ、彼らにとって本命と言うべき役割が、ディアナ精霊同盟へ至る、帰還ルートの開拓だ。

 僕は彼らに、帰りたい者は止めないと語った。なので、いつかは帰れるようにしなければならないワケで。

 そうでなくても、ここから独自にディアナと接触できるルートは開いておきたい。アストリア王国そのものと一戦交えようというなら、ディアナの存在は決して無視できない。

 交渉云々はまだまだ先の話としても、とりあえず僕の分身を潜らせて調査は早めにしておきたいからね。ひとまずは、安全に山越えできる道の開拓からで、先は長い。


「そろそろ農園のことは全て、君に任せる時が来た」

「はい」


 カフェオレを飲み切ってから、改めてマルコムへと向かい合う。

 うんうん、いい顔しているじゃないか。最初は大層ビビっていた様子だけれど……今は本当に、自信に溢れた若き経営者の顔をしている。


「いいかな?」

「お任せください、御子様。これほどの成果を出して、失敗するような馬鹿はいません」


 そう、僕とディアナ人達が出した結果が、マルコムを本気にさせた。

 ウィンストンの腰巾着をやっている内では、決して出て来るはずもなかった、商人としての野心が、今の彼の胸には燃えている。


 僕という御子を信仰することで、強い結束でもって沢山のディアナ人を従えさせることが出来る下地に、召喚と錬成による呪術産業革命。最早、何を作り始めても他より優れた生産体制を構築できるだろう。

 そりゃあワクワクするよね。成功を確信できるだけの力を手に入れて、これから自分の城をデッカくしていけるんだから。


「まぁ、分身の僕がいるから、報連相は欠かさずにねー」

「勿論ですよ。裏切者、だなんて思われたらお終いですから」


 そうだよ、もう僕らは一蓮托生だからね、マルコム君。

 僕が上手くやっている内は、君もニューホープをどんどんデカくしていける。逆に僕が再びパンドラ聖教にやられれば、君の進退も極まってしまう。


「それじゃあ明日、僕は出発するよ」

「どうか、お気をつけて。御子様、貴方にパンドラとディアナのご加護がありますように」


 僕にしか通じない祈りの言葉を口に、マルコムは快く、旅立つ僕らを見送った。

 目指すは東の迷宮都市ヴァンハイト。行くのは本物の僕と、リザの二人だけ。

 さて、久しぶりのダンジョン攻略だ。気合を入れて挑むとしよう。


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― 新着の感想 ―
虽然晚了,但我想知道第一部大概花了6个月攻略完成,不算攻略后天道他们出发准备时间,这么长时间,大家也会新陈代谢,除了天生金发的reina外,天道他们这种应该是染发的,不是应该早变成黑发了嘛?毕竟新长出…
まるで隙の無い拠点構築と旅立ちは本当に爽快です。 曲がりなりにも農園の内情を報道して大丈夫?いつかは必要だろうけど…と思ってましたが、すぐヴァンハイトに行く上に本命の拠点があるなら本腰入れて攻められ…
>そうそう、こういうのでいいんだよ 孤独なゴローさん発見!
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