第431話 ヴァンハイトに迫る危機
山田の冒険者生活は、早くも一週間が過ぎようとしていた。
まだ一週間、されど一週間である。『無限煉獄』の第二階層である、この一面に広がる乾いた荒野の景色も、すでに見慣れたような心地。
乾ききった倒木に腰を下ろして、ぼんやり焚火を眺めている内に、食欲を刺激する香りが漂ってきた。
「大岩蛙は、このキモが美味ぇんだ! どうぞ兄貴、会心の焼き加減だぜ!」
「おう、ありがとな」
慣れたと言えば、野鼠小僧のルカもそうだ。
とりあえず一週間だけ様子見してみよう、と軽い気持ちで同行を許可したのだが、どうやらルカはただの大ぼら吹きというワケでは無かった。
まずヴァンハイトという街に詳しく、冒険者稼業についても礼儀やセオリー、暗黙の了解といった文化的な面を教わった。ダンジョン情報も正確に持ち合わせており、この第二階層までなら、おおよそ把握している。
そして炊事洗濯といった探索中の雑事や、倒したモンスターの解体などもお手の物といったところ。
山田とて、伊達にダンジョンサバイバルを潜り抜けてきてはいないが、元々はズボラな男子高校生である。料理するにしても、洗濯するにしても、必要最低限で済ます。
第二階層では山田が本気で相手をしなければならない強敵などはいないが、それでも随分と快適な探索がルカのお陰で出来ているのは間違いない。
流石に小太郎のようにフカフカベッドから熱い風呂といった設備に、芽衣子の調理技術による美食の数々には到底及ばないが……それでも、ルカは自分に出来る精一杯の仕事をこなし、確かに山田の役に立っていた。
「その、兄貴……今日でちょうど一週間になるんだけどぉ」
「ルカ、お前は自分で言った通りに、俺の役に立ってみせた。お前のお陰で、俺は随分と楽が出来ている」
このカエルも美味いしな、と肉汁が滴る肝に食らいつき、山田は言葉を続ける。
「俺はお前に、このままついて来て欲しいと思っている。だが、これからはお前も知らない第三階層まで潜ることもある。危険だと思えば、無理について来いとは――――」
「あっ、兄貴ぃ! オイラ、兄貴に一生ついて行くぜぇーっ!!」
「おい、こらくっつくな、離れろ」
感極まったように抱き着いてくるルカを強引に引き剥がす。
山田はぶっきらぼうだが、ヤマジュンが語る通りに情には厚い男である。まだ小学校高学年といった程度の子供が、一週間も甲斐甲斐しく世話をしては危険なダンジョン探索について来るとなれば、もう赤の他人だと突っぱねるには無理な間柄となってしまう。
少なくとも、何かと口やかましいルカのお陰で、一人黙々と戦い続けるよりかは、よっぽど退屈せずに済んでいた。
「それじゃあ、これからもよろしくな」
「オッス、兄貴! オイラに任せてくれっ!」
そうして、ルカを正式にメンバーとすることを決めた、その日の晩であった。
「……」
何ともなしに、山田は目が覚めた。
この間に購入したテントの中は暗く、まだ夜中であることは明らか。しかし、もう一度眠る気にはならなかった。
外に気配がする。モンスターではない。これは人だ。
「おいっ、汚ねぇ手で触んじゃねぇっ!」
ルカの甲高い怒声が響くと同時に、山田はテントの外へと出た。
「……なんだ、お前らは」
見張りをしながら、焚火の番をしていたルカは、怒りを露わに立ち上がっている。まだ抜いてはいないものの、この間に買ってやったばかりのナイフへ、すでにその手をかけている。
対して、十人近い男達が群れている。当然、全員が武装していた。
その見た目からして、明らかに下級の冒険者。精々が第二階層の比較的安全なエリアまでを活動域として、日銭を稼ぐ半分チンピラのような連中だ。
武器は使い古しの剣、槍、それからブラスターと呼ばれる、光弾を放つ銃。ライフル持ちが三人に、集団の先頭に立つリーダーらしきアジア人風の薄い顔の男が、これ見よがしにリボルバーを抜いた。
「どぉーもぉー、こんばんわぁ。アンタが噂の騎士様、ヤムダゲインだよなぁ?」
「なんかフツーだな」
「結構小せぇじゃん」
火牛相手に全く歯が立たないような貧弱な武装だが、男達の体格だけはそれなりだ。身長も山田より高い奴らの方が多い。
しかし、魔力の気配どころか、死をも恐れずに戦い続ける気迫さえも感じない。初日に絡んできた連中と同じ。筋骨隆々のゴーヴ戦士に比べれば、取るに足らない一般人である。
「盗賊ってヤツか?」
無論、天職ではなく、悪事を働く賊としての意味で。
男達はすでに、山田の鎧兜と大斧、大盾、といったメイン装備へと勝手に触れている。今にもそのまま持ち去ろうかという風情。
ルカの怒声は、奴らが山田の装備品に手を出したからこそだろう。
「まぁ、ソレもあるかな。アンタの装備が欲しいって奴らが結構いるもんでね。今なら高値で捌けるんだがぁ――――おいルカ、流石のお前もこんな重装備は盗めなかったかぁ?」
「っ!?」
リーダー男の言葉に、あからさまにルカが動揺する。
「なんだと」
「おいおい知らねぇのか? そりゃあ知らねぇから、こんな手癖の悪ぃクソガキ連れてんだよな」
「ルカは俺らのなんだよ」
「浅瀬でバシャバシャやって油断してる間抜けから、色々チョロまかすのがお仕事の、そりゃあ立派な本職盗賊さぁ」
ゲラゲラ笑いながら、男たちは実に楽しそうに語って聞かせてくれた。
ルカがダンジョンに慣れているのは、それだけここで盗みを働いてきたから。最初は落とし物や、死体漁り。けれど目端が利き、器用で動きも良いルカには、すぐに盗みの才能があるとして、休憩中や野営中のパーティから、装備品やアイテム、モンスター素材などを盗ませた。
今日の野営場所も、彼らがルカに教えた場所である。
妖精広場ほどの安全性はないが、絶妙にモンスター同士の縄張りの隙間にあり、それでいて隠れやすく、守りやすい。野営をするに絶好のポイント。
だからこそ、彼らも野営する山田とルカを見つけられた。
「コイツ、結構便利だろ? 俺らのことを何も知らねぇような余所者が来た時なんかは、案内役なんかで上手く潜り込ませりゃあ、こうして根こそぎいただくことも出来るってワケよ……そう、オメーみてぇな間抜けな余所者がなぁ!」
「違う! オイラはもう、お前らなんかと関係ねぇんだ! これからは兄貴と――――」
「あ? なに勝手なこと言ってんだよ」
「そんなん通るワケねーだろが」
「へへっ、俺ら仲間じゃん?」
「なぁルカ、近いう内にデカいヤマがあんだよ。オメーの力が必要なんだ。騎士の従者ごっこはもう止めて、さっさと戻って来いや」
男達の言葉に、ルカは俯き、何も言わない。いつもの威勢が嘘のように、すっかり黙りこくってしまった。
そんな様子に、山田は怒るでも、突き放すでもなく、いつもの調子で声をかけた。
「ルカ、俺と来るか、アイツらの元に戻るか、自分で決めろ」
「兄貴……」
「俺はお前を仲間にすると決めた。お前にその気がないなら、どこへでも行くといい。止めはしない。だが俺の仲間ならば、俺はどんな手を使ってでも、仲間を『守る』」
守る。冒険者界隈では、ありふれた言葉だ。新人からベテランまで、誰でも簡単にその言葉を使う。
けれど、山田が言うその言葉の重さを、たった一週間だがルカは理解した。
最初の火牛、だけではない。山田は探索中に、危険と見れば当たり前のように苦戦している冒険者達へと加勢した。
そしてその上で、何も求めない。
獲物の横取り、と揉め事になる定番の要素だが、山田が一切の権利を主張しないせいで、ケチをつける者は誰もいなかった。当然だ、本当に窮地であれば命の恩人だし、利己的な者であっても、楽に獲物を倒せて幸運だ。
なんでこんな得にならないことをするんだと聞いたのは、三日目のことだった。ルカの問いに、山田はただこう答えた。
「俺の天職は『守護戦士』だからな」
その姿に、ルカは真の聖職者を見たような気がした。ケチな炊き出しに、助ける者を金で選ぶような聖教の生臭坊主などではなく。ただ人を救う使命に殉じる、尊い姿勢を。
だから、ルカは信じることにした。
山田の意志と、そして、その強さを。
「オイラの全部は、もう兄貴のモンだぁ! オメーらなんかに貸す手は、爪先一つ残っちゃいねぇよ、バァーッカ!!」
「はぁ……ガキが、生意気言ってんじゃねぇよ」
ウンザリしたような顔で、リボルバーの銃口をルカへと向ける。
殺す気はないだろう。精々、手足に一発ぶち込めば、ギャアギャア喚いて許しを請うだろうという、安直な発想。
暴力は最もシンプルに物事を解決する。
「おい、俺の仲間に手を出すのか?」
そう、山田にとって、後は簡単に解決する問題しか残っていなかった。
ルカを庇い、山田は堂々と前へ出る。鎧兜も武器もなく、ただのインナー姿の素手で。
「丸腰でイキってんじゃねぇよ!」
「お前らこそ、本当にそんな武器で俺と戦うつもりか?」
迸る山田の戦意に、男たちは本能的な危機感を悟る……だが、絶対的に優位を確信している状況に、丸腰相手にビビって退けば面子にも関わる。
その余計な考えが、致命的なまでに彼らの判断を誤らせた。
「死ねやぁっ!」
奇声じみた声と共に、リボルバーが瞬く。
閃光と共に銃口から吐き出された灼熱の光弾は、全て山田の胴体に命中し、
「おらぁっ!」
ただシャツが焼けただけの山田は、そのまま真っ直ぐリボルバー男を殴り飛ばした。
「は?」
「いや、今当たって……」
「おい、撃て! 殺せぇっ!!」
ライフル持ちが間髪入れずに構えてトリガーに指をかけるが、今度は光弾を放つ暇もなく、文字通りの鉄拳によって沈黙させられる。
山田は自分が鈍重だと思っている。唯一スピードが出せるのは、突進スキルである『重剛突進』だけ。元より速度に優れる『剣士』や『盗賊』が身近にいた上に、『勇者』やら『王』やら『狂戦士』やら、とても敵わないと思えるほどのスーパーエース達もいた。
だがしかし、スキルなど抜きにしても超人的な筋力を備えている体が、遅いはずがない。
少なくとも、多少の戦闘経験しか積んでいないチンピラ程度では、山田の素の速度でも目で追うのがやっとといった状態。
「あっ、クソ、ダメだこれ……」
瞬く間にブラスター持ちがやられて、剣や槍の近接武器を持った者はすぐに戦意が喪失。
一目散に背中を向けて逃げ出すが、純粋な脚力の差によって難なく追いつかれ、全員あえなく地に伏せた。
そうして、戦いとも呼べない一方的な蹂躙、あるいは制裁を終えてから、山田は呟いた。
「盗賊って、倒した後どうすればいいんだ……?」
ルカの進言により、全員引き摺って管理局にダンジョン内での強盗行為をした、として引き渡すことになった。
◇◇◇
それから、三ヶ月が過ぎ去った。
『無限煉獄』第三階層。ここからは、いよいよ火を噴く山々がフィールドに現れ、小規模な噴火によってマグマが流れては、火砕流が襲い掛かる、危険地帯が増える。
そして強力な火属性を持つ、あるいは高熱への耐性を持った、モンスターの危険度も跳ね上がる。ここからが本番、と呼べる火山エリアだ。
「おぉーい、兄貴ぃー、終わったぜー」
「おう、上手くやったな、ルカ」
眼下で手を振るルカの下へ、山田はズンと音を立てて降り立った。
周囲の岩場には、鮮やかなオレンジ色の鱗と、ゴツゴツした灰褐色の甲殻を纏った、人型トカゲ、『ラヴァリザードマン』の死体が転がっている。
その傍らに、誇らしげな表情を浮かべたルカが、手にした大振りのナイフをクルクルと回してから、鞘へと納めた。
「もうサシなら、余裕で倒せるな」
「へへっ、兄貴が修行つけてくれた成果っすよ」
実はルカが天職『盗賊』を授かっていることを聞いたのは、チンピラ連中をぶちのめした翌日のことであった。道理で、アイツらが子供一人にこだわるわけだ、と妙に納得した。
ルカは『盗賊』であることを奴らに隠しはしていたものの、盗賊としての能力は使わなければ生き残れなかった。結果として、凄い盗みの才能があるとみなされ、いいように使われ続けてきたようだ。
そもそも火牛に轢かれそうになったのも、チンピラ仲間がルカの足を折って囮にしたのが原因だった、と聞いてすでに牢屋に入った奴らをもう一度ぶちのめしに行きそうになった山田を、必死に止めたのも、今ではいい思い出だ。
街に来て一週間で、地元でそれなりに幅を利かせていたチンピラグループを潰した山田は、その手の連中に目をつけられたが……それ以上にダンジョン探索を進めて、ついこの間には迷宮免許ランク4になったことで、最早チンピラ程度が手を出せる存在ではなくなった。
ヴァンハイトでも最速のランクアップに、通りがかりにピンチを助けては見返りを求めない行動も変わらず、山田の名はすでにして街中に知れ渡っている。
圧倒的な実力と救助活動で有名になったことで、随分と色々な所から勧誘はされているが……今のところは、全て断っている。
自分にはクラスメイトを探すという一番の目的があるし、ルカを『盗賊』として一人前になれるまでは鍛えてやりたい、という思いもある。
夏川美波に比べれば、速度も技のキレもまだまだ劣るが、少なくとも危険な第三階層で足手まといになるような弱者ではなくなった。
流石は天職の力。今のルカならば、あの晩のチンピラ連中など、素手でも制圧できるだろう。
「確か、あの火山を超えたところに、遺跡があるんだったよな」
「うん。まだまだ未探索エリアが多いけど、機能が生きてる古代遺跡なのは、間違いねぇぜ」
共に第三階層の地図を覗き込みながら、行く手に聳え立つ大きな山と見比べる。
この『無限煉獄』の探索が始まって百年近く経つが、いまだ第四階層に到達した者はいない。つまり、攻略はここで行き詰ったままということ。
理由は幾つかある。まず勇者リリスのような最強の戦力が投入されないこと。
もしも未踏のエリアに挑んで万が一、があってはアストリア王国の存亡に関わる、とのことで勇者が来ることはないらしい。
次に灼熱のマグマがそこかしこで流れる過酷な環境に加えて、遺跡の防衛機能も働き、段違いの危険度を火山遺跡が誇っていること。
そして単純に、その奥で待ち構えるボスモンスターが、非常に強力なこと。
正直、第三階層までで得られる資源で、十分過ぎるほどにヴァンハイトは潤っている。多大な犠牲を払ってまで、第三階層突破を目指すのは割に合わない、という状況が攻略の停滞を招いていた。
「へへっ、遺跡の罠が増えれば、オイラの出番も増えるってなもんだ」
「ああ、頼りにしてる」
ヴァンハイトの領主、冒険者、商人、誰にとっても割に合わない行為だが、山田は遺跡の機能が生きているエリアこそが目的だ。必要ならば、第四階層まで潜ることも視野に入る。
もしかすれば、あのダンジョンへと通じる転移魔法陣が、ここにあるかもしれないから。
「んっ!?」
「どうした……?」
そろそろ出発するか、と地図を仕舞い込んだ矢先、弾かれたようにルカが忙しなく周囲を見渡す。
何か危険なモンスターの気配でも察したか、と思ったが、
「あ、兄貴……なんか今、過去一ヤバい予感がするぅ……」
「なんだそりゃ、サラマンダーでも出て来るってのか」
ギョォオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
と、けたたましい鳴き声が響き渡る。
本当にドラゴンでも出たのか、と空を見上げれば、そこには大きな影が幾つも通り過ぎて行く。
「おいおい、どんだけいるんだよ……」
翼竜型のモンスターが、空を覆わんばかりに群れを成して飛んで行く。
それに呼応するように、周囲から鳥型や羽虫のモンスターも一斉に羽ばたく。急激に周辺一帯が騒がしくなり、明らかな異常を訴えていた。
「うわっ、山の方もスゲーことになってるっす……」
一体どこに潜んでいたというのか。まるで蟻の巣のように、剥き出しの岩肌の上に次々とモンスターが現れて行く。実際、洞窟などに身を潜めていたモンスターが、軒並み出てきているのだろう。
まだ遠目で見ているから虫のような蠢きに思えるが、群れを形成する一角は先ほど倒したラヴァリザードマンも含まれている。すなわち、モンスターの大軍団だ。
そして極めつけは、山頂付近から咆哮を轟かせながら飛び立つ、一際大きな影。
真紅の竜鱗を纏った、第三階層の覇者。火竜サラマンダーだ。
「や、ヤバイ……兄貴ぃ、これ絶対『竜災』っすよぉ……」
話にだけは聞いていた、アストリアが最も恐れる大災厄。
ヴァンハイト存亡の危機を目の当たりにして、流石の『守護戦士』にも怖気が走る。
こんな大群が全て街へと溢れたらどうなるか……想像もつかない惨劇の予感に、山田は考える間もなく駆け出していた。
2025年1月24日
本当は2話で終わらせるはずだった、山田視点の導入でしたが、結局3話構成に・・・半ばテンプレですが、アストリアの冒険者事情といった舞台設定の解説なども挟んでいくと、やっぱり文字数があっという間に増えてしまいました。
それでは、次回もお楽しみに!




