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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第2章:無限煉獄
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第429話 大型新人登場!

「何から何まで、本当にすまない、リカルド」

「とんでもない、命の恩人にこの程度では、まだまだ返し切れたとは言えませんよ」


 山田元気は、助けた商人リカルドと共に、アストリア東部の迷宮都市ヴァンハイトへとやって来た。

 その日はひとまず、リカルドの商店で泊まらせてもらい、ゴーマに襲われた窮地を救った恩人として、大変な歓待を受けた。


 そして翌朝、山田はすぐに動くこととした。流石に何日も居候するほど、自分の肝は太くない。

 リカルドからは、僅かばかりの報奨金、という名目で当面の金を得られた。この街でただ暮らすだけならば、半月ほどは持つだろう。金額的には、護衛の依頼料の相場にちょっと色を付けた程度らしい。


「落ち着いたら、また来る」

「ええ、お待ちしています、ヤムダ様」


 リカルド一家総出で見送られて、山田は商店を後にした。

 向かう先はすでに決まっている。冒険者ギルド――――いいや、アストリアにおいては『迷宮管理局』と呼ばれる公的機関だ。


 ゆっくり馬車旅のお陰で、リカルドから色々とアストリアのダンジョン事情については聞き及んでいる。

 かつては各地に冒険者ギルドが乱立し、個人が勝手に『冒険者』を名乗り一攫千金のダンジョン探索に繰り出していたようだが……現在は国が迷宮管理局として、ダンジョンに潜る者を免許制として管理するようになっている。

 現状、『守護戦士』としての力しか持たない山田が、右も左も分からない異世界の街でやっていくには、この力を頼りとした冒険者しか選択肢はないし、それしか思いつかなかった。

 何より、仲間を探すにしても、やはりダンジョンに潜る必要はある。このヴァンハイトのダンジョンに仲間の誰かがいるとは思えないが、それでもダンジョンに関わり続け、自分の力を磨くのが、現状で出来る最善だと考えた。


 そうして、まずは何よりもダンジョンに潜るための免許を取るぞと意気込み、山田はヴァンハイトの地図を片手に二時間ほど街中を彷徨ってから、ようやく迷宮管理局へと辿り着いた。


「なんか市役所みたいだな」


 白い石造りの建物だが、ダンジョンで見かけたような神殿風の装飾は一切ない、現代のビルに通じる造りの管理局を見上げて、山田はそんな感想を呟く。

 何となく西部劇の酒場のようなイメージを抱いていたが……このヴァンハイトの街を歩いていれば、ここは中世というよりも、現代に近い高い建築物もある先進的な街並みであることはすぐに分かる。流石にコンクリートの高層ビルとは異なる、西洋風の石造りといった造りではあるが、馬車が走っているのが不思議に感じるほどには発展した風景だ。


 しげしげと管理局の建物を田舎者のように眺めてから、山田は意を決して足を踏み入れる。

 すでに鎧兜に大斧と大盾を携えた完全武装なのだが、正面入り口に立つライフルを抱えた警備兵は山田を一瞥するだけで、気にした様子は全く見せない。

 現代日本ではありえない対応だが、他にも山田と同様に武装した恰好の冒険者と思しき者が次々と入っていく。ここではこれが日常なのだろう、と思いはしても、やはり若干の緊張感を伴いながら、山田は正面玄関を潜り抜けた。


 これも天職のお陰なのか、不思議と初めて見るアルファベットのような異世界言語も読める。壁にある案内板に従い、礼儀正しい日本人らしく、大人しく受付窓口に並んだ。


「それじゃ、ここ書いてくださいねー」


 順番が回って来ると、ヤル気の無さそうな中年女性が、山田が何か言う前に書類を差し出してくる。


「書けるとこだけ書いてくれればいいですよー」

「あ、はい」


 出身地とか所属とか、どう書くべきか悩む前に、受付がそう声をかける。

 山田はひとまず、名前と天職、習得したスキルの幾つかを、たどたどしい異世界アルファベットで表記して、提出した。


「お兄さん、やっぱり天職持ち。それも、結構珍しいヤツだ。強いでしょ?」

「俺は少しばかり頑丈なだけだ。俺より強い奴らは、沢山見てきた」

「若いのに立派な心掛けだよ。武者修行か何かかい?」

「……まぁ、そんなところだ」


 オバサンらしい気軽な問いかけを適当に答えながら、次のアクションを待つ。

 ひとまず、提出書類は受理されたようだが、果たして次に何を求められるのか。


「迷宮免許は一切ナシ、ね」

「ああ、初めてだ」


 迷宮免許。古い慣習に沿って、ギルドカードと呼ばれることもある。

 基本的に免許は共通の五段階のランク制度。しかし各ダンジョン毎に、潜れる階層には差があり、現地の管理局で更新するのが一般的だ。

 アストリアで迷宮免許を作れば、大抵は四大迷宮を示すアイコンが刻まれ、各迷宮でどこまで探索できるかのランクが示される。


 それは一つの迷宮で最深部まで潜れる実力者であっても、別な迷宮では適性装備の有無や自分の能力の相性などによっては酷く苦戦を強いられることもあるからだ。

 四大迷宮の浅い階層はおおよそ快適な環境だが、階層が深くなるにつれ、四つそれぞれ大きく特色の異なる過酷な環境となってゆく。運が悪ければ、全く想定外の環境のエリアに放り出されることもある。


「所属もナシ、と……まぁ、お兄さん強いから、別に個人でも問題ないかなぁ」


 この辺はリカルドも同じようなことを言っていた。

 普通はどこかしらのクランという組織に所属して、新人は活動すると。冒険者稼業に学校などない。ズブの素人がいきなりモンスターと戦えば、とんでもない死亡率となるだろう。

 故に所属クランが新人の手ほどきをする、というのが新人冒険者のセオリーだ。

 どこのクランにも入れなければ、後はアストリア軍に入隊するのがベターだろう。ダンジョン探索は新兵訓練にも取り入れられている。


 しかし天職持ちで戦闘経験豊富となれば、個人でも問題ない。フリーランスで活動する実力者やベテランというのは、大体どこにでも存在するらしく、大迷宮のあるヴァンハイトならばピンからキリまで数だけは揃っている。


「それで、免許は取れるのか」

「一応、試験はあるから」

「……筆記試験?」

「冒険者になろう、なんて奴らに筆記なんてやるだけ無駄ですよぉ。ウチは実技、というか実地試験一本さ」


 期間は一週間。ダンジョンの第一階層にて、モンスター討伐でも採取でも、何かしらの成果を持ち帰る。その成果によって免許の合否とランクが決まるという。

 なるほど、確かにこれならどんな脳筋野郎でも納得の試験である。


「それじゃあ、今から潜っていいのか?」

「この試験証は失くさないように。次の階層にも行かないように。それだけ守れば、後はご自由にどうぞー」


 うむ、と頷いて山田は勇んで歩き出した。

 受付から正面玄関とは反対側へと抜けると、ダンジョンへの入口があるようだ。

 如何にもな剣士や戦士といった出で立ちの者から、ローブ姿の魔術師クラス。白い法衣の治癒術士と思しき者。他にも、西部劇のガンマンみたいな恰好や、ヘルメットを被ったライフル歩兵のような兵士もいる。

 そんな様々な者達の波に乗って、山田は外へと出た。


「おお、妖精広場だ……」


 その見慣れた造りが真っ先に目に入り、思わず呟いてしまう。

 外はグラウンドのように広大な広場となっており、その中央にあるのが妖精広場だ。けれど、ダンジョンへの入口は妖精広場の周囲にあった。

 妖精広場を囲う様に、実に四つもの巨大な転移魔法陣が展開されている。

 ぐるりと周囲をよく見れば、ここは元々ドームのような造りであるらしい。ダンジョンで見かけた意匠の外壁と、大きく崩れ落ちたドーム型天井のせいで、ほぼ屋外と化しているが、それでもダンジョンの入口となる機能は今も十全に働いているようだ。


 誰も彼も、当たり前のように転移魔法陣に乗り、白い輝きと共に姿を消してゆく。

 ひとまず自分の知る転移と同じやり方なことに安心しながら、山田も転移の光へと向かって行った。




 ◇◇◇


「ここが『無限煉獄』か……?」


 転移の先、つい疑問符がついてしまったのは、その灼熱の地獄を思わせるダンジョン名から、溶岩の大河が流れ出た噴火する火山を想像していたが故。

 視線の先には、確かに大きな山脈が聳え立ってはいるものの、どこにもマグマの川など流れてもいなければ、溶岩を噴き出してもいなかった。

 視界に広がるのは、豊かな草原と森林。遠目には大きな湖が見える。反対側を見れば、赤茶けた荒野のように緑のない場所もあるが、ざっと眺める限り、地獄とは縁遠い緑溢れる自然の山野といったところだ。


「まるで自然公園だな」


 転移先はランダムではなく、ちゃんと固定されているのだろう。お陰で、入口から転移を果たした直後のこの場所は、ちょっとした拠点として人と物資で賑わっている。

 この入口を含めて地上と通じるポイントは、大なり小なりアストリア軍が駐留して防備を担っているそうだ。大都市であるヴァンハイトには迷宮管理局の支部も複数あり、そのいずれも無限煉獄への入口を備えている。今回、山田が使ったのは本部であり、最も大きな転移魔法陣となっているらしい。


 管理局の本部と支部とは別に、大きな業者が出入りしては、大量の産出品を運び込む入口なんかもあるそうだ。個人でやっている者には関係ないが、いざという時はそういった場所からでもダンジョンから脱出できるよう、場所くらいは覚えておいた方がいい、とはリカルドの弁であった。


「なんだか観光に来たような気分になるな……」


 ヴァンハイトの地図ともう一枚、広大な第一階層のマップもリカルドから受け取っていた山田は、そこに記された道や拠点、転移出入口を眺めて、そんな感想をこぼす。

 この拠点だけでも、石造りのアストリア軍拠点を含め、酒場や武器屋、道具屋などが軒を連ねている。他にも屋台や露店が並び、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。


 ここはベテランから山田のようなド新人まで集まる場所である以上、こうして多くの冒険者と、それを相手にする商売人で賑わうのは当然のことである。

 山田はざっと見て回り、明らかに割高な相場とアストリア軍の防備を確認した。


「こんな防備で大丈夫なのか……ゴーマ軍団も止められ無さそうだが」


 簡素な石壁と櫓が四方に立っている程度だ。ライフル抱えた戦闘服の兵士こそ数十名いるようだが、山田のような全身鎧をした兵士は、2,3人見かけた程度。明らかに魔術師と思われるローブ姿に長杖を持ったのも同じくらいの人数だ。


 アストリア軍の歩兵用ライフルがどの程度の威力かは確かめていないが、精々が下級攻撃魔法であろうというのは、ライフルに装填されている弾倉から漂う魔力の気配で察している。

 そうであれば、複数のゴグマを擁するゴーマ軍団に襲われれば、対抗できるのは全身鎧の騎士と魔法使いくらい。ライフルに頼り切りの兵士では、屈強なゴーヴ戦士が相手でも苦戦を強いられるだろう。


「いや、ここは誰も助けに来れない、ダンジョンの奥深くではないんだったか」


 ついつい貧弱な防備に不安感を覚えてしまうが、いざとなれば地上から増援など幾らでもやって来るのだ。自分が心配などすることではなかったと思い直し、いよいよ山田はアストリアで初めてのダンジョン探索を開始した。


「長閑だなぁ……」

「ぎゃあああああああああっ!」

「ヤベーって、こっち来てる来てる!?」

「しっ、死んじゃう……死んじゃう……」

「おぉーい、逃げんなやぁ!」


 新人冒険者達の悲鳴をBGMに、のんびりと山田は第一階層の草原を進む。

 この辺は自分と同じく、新人たちがまずは腕試しと、そこらにいるバッファローのようなモンスターとも言えない、ただの動物相手に死闘を繰り広げている。

 ただの野生動物であっても、牛のような大きい四足歩行、おまけに鋭い角もあるとなれば、一般人など容易く殺せるだけのパワーを誇る。天職を授かることもなく、ただただ若さゆえの自信に満ち溢れた素人少年達は、大失敗した闘牛士のように、怒り狂ったバッファローに追いかけ回され、天高くその角で突き上げられていた。


 そういった光景は日常茶飯事のようで、新人が死ぬことだけはないように、治癒術士のパーティがそこらを巡回し、怪我を治しては小銭を稼いでいた。

 最初こそ助けに入るべきか、と思ったが、すぐにそういう新人の試練の場として機能しているのを把握し、山田は余計な真似はするまいと草原を歩き続けた。


「流石にただの牛を狩って戻るだけではなぁ……しかし、このエリアで他に良さそうな獲物は……」


 バッファローを狩って戻っても、すぐに冒険者免許は出るだろう。多くの新人が苦労の果てにようやく仕留められるかどうか、というのがコイツらである。

 だが折角、自由に探索して成果を持ち帰れ、という形式である以上、自分に出来る限りのことはするべきだ、と山田は生真面目に考えた。


 それにより良い成果を得られれば、どうやら免許も上位の種類になるらしく、第二階層、第三階層、と深層への探索許可も早期に得られる。自分を鍛え、ダンジョンを探り、少しでも仲間探しのヒントのようなものを得ようと思えば、自分はのんびり新人冒険者をやっている暇はない。


「まぁ、一週間もあるし、今日のところはざっと見て回るくらいでいいだろう」


 なにせ初日だ。いざとなればバッファローを沢山狩ればいい。今日は自分が狙うべき狩場を見つけられれば十分と考え、山田はひとまず巨大山脈が聳える方向へと向かって行った。


 浅い第一階層のため、各地へ向かう街道のように道も整えられている。

 それなりに歩いては来たが、まだまだ道行く冒険者の数は多く、荷台に乗せた獲物をせっせと運ぶ姿もよく見かけた。

 しかし所詮は浅い層のためか、山田から見て強そうな魔物が運ばれているのは見かけなかった。動物と魔物の中間みたいな、微妙なのばかり。

 これは火を噴いたり、電撃を発するような奴らは第二階層からか、なんて感想を抱いたその時であった。


「火牛だぁーっ!」

「うわぁーっ、逃げろぉおおおおおおおおお!」

「火牛が出たぞぉおおおおおおっ!!」


 騒々しい悲鳴と怒号が前方で飛び交う。火牛ってなんだ、と思った山田であったが、


 ブゥルォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 そのけたたましい咆哮を聞いた瞬間、理解する。なるほど、コイツは本物のモンスターだ。バッファローなどとは比べ物にならないほど、凶暴な奴だと確信する。

 慌てて逃げ惑ってくる新人冒険者や荷運び業者と思しき連中の波に逆らうように、山田は真っ直ぐ前へと駆け出す。


 咆哮の聞こえた感じから、おおよその距離を割り出す。今ここで逃げ出してきている者達が、「火牛だ」とそのモンスターを正確に認識している以上、目視で接敵している。

 そして基本的にモンスターは、まず目についた奴から襲い掛かる。つまり、この先で今まさに火牛に襲われようとしている者がいる可能性が非常に高い。


「おおっ、ラッキー、スゲー装備の騎士様がいるじゃねぇか!」

「おぉい、頼むぜ騎士様よぉ!」


 最後にすれ違った、如何にもチンピラ染みた風体の男達が、重装備の山田を見て声を上げながら、走り去っていった。

 恐らくは、自信過剰に火牛に挑んでは怒らせて、慌てて逃げ出してきたといったところだろうか。

 山田にあんな奴らの尻ぬぐいをしてやるつもりは毛頭ないが、それでも自分のやることに変わりはない。折角、ちょうど良さそうな獲物が現れたのだ。逃す手はない。


「クッ……クソォ……」


 しかし地面に蹲る小さな人影を見た瞬間、山田の中で優先順位が切り替わる。

 獲物を仕留める、から『守る』へと。

 逃げ遅れた子供。何故こんな所に、などと思う間もなく、踏み込む一歩を急加速させる。


「――――『重剛突進』」


 こういう時でも、間に合わせることができるだけの速さを手に入れたことに、守護戦士の神に感謝する。

 重装備でありながらも、凄まじい勢いで一直線に駆け抜けた山田は、即座に倒れた子供を庇うように前へと立った。


「おい、早く逃げ……るのは、無理か」


 突如として現れた鎧兜の男に、子供は唖然とした顔で見上げている。けれど山田はそんな表情よりも、倒れた子供の片足があらぬ方向へと曲がっているのを見て理解する。

 完全に足が折れている。ここからもう、一歩も動くことはできないだろう。


「なら、止めるか」


 担いで逃げる選択肢はなかった。あくまで高速の突進ができるだけであって、決して自分が身軽になったワケではない。

 こんな時に上田かマリがいれば、さっさと子供を預けて退避させられていた。あるいは、小太郎がいれば自分が動くよりも前に、召喚獣か分身で子供を逃がしていただろう。

 たった一人では、何をするにも上手くはいかないものだ。けれどこの場は、自分だけでどうにか出来る状況で幸いだったと思うことにした。


「デカいな。ロイロプスくらいか」


 怒り狂ったような雄たけびを上げて迫り来るのは、赤い甲殻を纏ったバッファロー型のモンスター。新人が相手にする草原バッファローと比べて倍以上ある巨躯は、かつてゴーマ王国攻略時に自分が乗り回したロイロプスに匹敵する。

 血走った眼は真っ直ぐに立ちはだかる山田を捉えており、怯むどころか、さらに加速するように重装甲の四脚を稼働させた。

 尻尾と背中から、濛々と炎のように火属性魔力の熱気を放ちながら突進してくる姿は、さながら巨大な火の玉。火竜のブレスを思わせる熱波と迫力だ。

 なるほど、確かにコイツは『火牛』と呼ぶに相応しい。ただのバッファロー相手に四苦八苦する新人では、逆立ちしたって勝ち目はない怪物。


「だが、今の俺はトラックにだって負けねぇぜっ!」


 大盾を構えた山田の身に宿るのは、『重戦士』と『守護戦士』の防御スキル。

『鉄皮』、『鋼身』、『剛体』、正しく鋼鉄の肉体と化した山田に、『不退転の誓約』がさらなる力をもたらした。


 そして火炎を纏った両角を突き出す火牛と激突する瞬間、山田は『見切り』によって完璧なタイミングで『弾き返し』を繰り出した。


 ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 途轍もない衝撃音が響くと共に、火牛の巨躯が宙を舞う。

 大盾を突き出し、不動の構えの山田。対する火牛は自らの加速を乗せたシールドバッシュを顔面に叩き込まれ、嘘のように軽々とその身が吹っ飛んだのだ。


「スッゲェ……」


 どこかとぼけた子供の声を聞き届けた後、頭から墜落した火牛の轟音が響き渡った。




 ◇◇◇


「おい、何の騒ぎだよ?」

「新人が大物を仕留めたらしいわよ」

「へぇー」

「スゲーじゃん」

「ちょっと見に行こうぜぇ!」


 などという会話が飛び交い、ただでさえ騒々しい本部入口拠点は更なる賑わいを見せながら、噂の大物狩りの新人がやって来るのを、期待の眼差しを向けていた。

 すでに目撃してきた連中が口々に感想を語りながら、期待と好奇心を煽られて次々と野次馬が増え、流石にそろそろ注意するか、と警備のアストリア兵が考え始めた頃、その男は現れた。


 全身、重厚な鎧兜の男だ。背はそれほど高くはない。しかし大盾と大斧まで背負った重装備でありながらも、無人の野を行くかのように軽い足取りは、決して見栄えだけのやせ我慢をしているのではないと示す。

 そして何より、装備重量などそもそも気にも留めないパワーがあることを、鎧男が引き摺る獲物が何よりの証明となる。


「火牛だ……」

「マジかよ、デケぇ!」

「おいおい、あんなサイズの火牛がこんなトコで出るのかよぉ!?」

「下層から上がってきたのかもしれないですね」

「第二階層でも早々お目にかかれないぞ。本当に大物じゃあねぇか」


 鎧男が尻尾を掴んでズルズルと引き摺る巨大な火牛に、誰もが度肝を抜かれる。

 まずはその通常個体を大きく上回るサイズに。そして次に、目端の利く者はすぐに察した。

 彼の鎧兜には、全く汚れがないこと。背負う大斧には、血の一滴もついてはいないと。

 対する火牛は、大きく陥没した顔面が致命傷だ。他に傷らしい傷はついていない。

 つまりこの男は、燃えて転がる大岩のような火牛を、真正面から頭に一撃だけを叩き込んで倒したということ。


「何が新人だよ……どんだけダンジョンで鍛え込んでんだ」

「あれは天職持ちでしょ」

「ああ、『騎士』か『戦士』か、あるいはもっとレア職授かってるかもな」


 噂通りの大物が運び込まれたことに、歓声が飛び交い盛り上がる。

 その中を何てことの無いように男は黙って火牛を引き摺って歩き続けるが、


「お前らぁ、退け退けぇ! ヤムダの兄貴が仕留めた特大火牛のお通りだぁーっ!!」


 小汚いガキが火牛の上で、そんなことを誇らしげに喚いていた。

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― 新着の感想 ―
 主人公だ…。  大型新人のヤムダの兄貴は、まだ右も左もわからないので、情報収集を行う人材なら必要だろうな。  一応、リカルドって商人もいるけど、『小汚いガキ』君にも今後の活躍の機会くらいはあるか。…
うーん、古き良きクソガキ感
ガキくんさぁ… それはそうと、ヤムダの兄貴かっけぇ…っ!!
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