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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:ようこそアストリアへ
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第428話 勇者の使命

「――――それじゃあ、そろそろ聞かせてもらおうかな。君達が俺に求める、勇者の使命というものを」


 蒼真悠斗は、対面に座る『聖女』サリスティアーネを真っ直ぐに見つめて、そう問いかける。


 ようやく祭壇のような洗脳治療室から出ることを許され、無事に涼子と美波との再会をひとまず喜び合った後、いよいよ悠斗にこれまで溜めていた疑問をぶつける機会が巡って来た。

 悠斗は自分が、小太郎や小鳥のように腹の内を隠して笑顔で演技できる自信はない。

 若干の緊張感を隠し切れていない今の自分は、あくまでも今後を左右する重大な話に臨んでいる、という状況故に怪しまれないだけ。


 すでに涼子と美波は、記憶改竄を受けていることは明らか。サリスティアーネ側は、悠斗も同様になっていると想定している以上、自分から決してボロを出すわけにはいかない。

 まずは自分が洗脳されていないことを隠し通しながら、出来る限り相手の情報を引き出す。今回の話し合いは、その第一歩である。


「ふふっ、そう固くならないでください、ユート様」


 そんな悠斗の態度を酷く緊張している、と見た目通りに受け取っているらしいサリスティアーネは、にっこりと正しくロイヤルスマイルを浮かべて、テーブルに給仕されたお茶を進める。

 絶世の美少女と呼んでも過言ではない、本物のお姫様に微笑みかけられれば、世の男の大半は更なる緊張に身を固めるが、悠斗はそこに限っては意識することはない。


「世界を救って欲しい、だなんて言われたら、緊張くらいするよ」

「申し訳ありません。初めてお目にかかった時は、感極まってしまい、ついあのような事を」

「でも、ただの冗談というワケでも、無いんだろう?」


 まずは和やかな談笑を経て、相手の口が少しでも軽くなるよう交流してから本命の質問をぶつけろよ、折角イケメンなんだからさぁ、と小太郎なら言うところなのだが、悠斗にそこまでの余裕はない。

 それは天職『勇者』としての経験が故に、『世界を救う』というお題目が、本当に女神エルシオンが課す使命なのだろうと確信しているからだ。


「ええ、そうですね――――すでにアルビオン大迷宮を制覇したユート様なら、よくご存じかと思います。ダンジョン、という場所がどれほど危険なのかと言うことを」

「ああ、攻略できたのは奇跡みたいなものだ」


 もう一度やれ、と言われても悠斗に自信はない。

 結局、最後の最後で自らが強大な敵となって、クラスメイト達の前に立ちはだかることになったのだ。ダンジョン攻略者、という肩書など、恥ずかしくて自ら名乗る気にはなれない。


「このアストリアには、アルビオン級の巨大な未攻略ダンジョンが四つあります。東西南北と、四方に散ったような位置関係です」


 通称、四大迷宮。

 テーブルの上に広げたアストリア王国の地図へ、白魚のような指を滑らせ、サリスティアーネは四つのダンジョンを示す。

 確かに四大迷宮は首都シグルーンを中心として、四方を囲うような位置にある。

 どこか意図的に感じる配置だが、そもそもダンジョンは古代文明の遺跡。ならば建造当初の都市計画か何かで、規則的な位置になるのは必然かと悠斗は思い、あえて聞くようなことはしなかった。


「ダンジョンは小さなものも含めれば、アストリアには他にも存在しますが、この四大迷宮だけは、特別なのです」

「まだ機能が生きている遺跡だから?」

「それも特別視するには十分な理由ですが、ここにはそれ以上の、大きな危険を抱えているのです」


 まさか核爆発の自爆機能でもあるのか、なんて想像が浮かんだが、それの斜め上を行く解答が返って来る。


「邪神が封印されているのです」

「邪神……?」

「光の女神であられるエルシオン神と対立する、闇の邪神『クロノス』――――この世界の全てを混沌の闇で覆いつくすほどの、強大なクロノスの力が、四大迷宮の底に封じられている。パンドラ聖教では、そう伝わっているのです」


 急に闇の邪神などと言われて面食らってしまう悠斗だったが……すでにしてこの異世界では、人間よりも高位の存在である『神』というべき存在がいることは疑いようがない。

 ならば『闇の邪神クロノス』なる存在もまた、実在するのだろうか。

 思いはするものの、小太郎は自分の神はルインヒルデ、と呼んでいた。

 単純に別な神なのか、あるいは名前が異なるだけで同一の神なのか。気にはなるが、ここで面と向かって、エルシオンには敵対する神が多いのか、なんて無神経に聞こうとは思えなかった。


「えーと、その邪神が封印されている、っていうのは本当なのか? というか、誰か確認したことがあるのか」

「正確には、邪神クロノスがこの世界に残した力ですね。あまりにも強大な闇の力がダンジョンの奥底に封じられていることは、アストリアが誇る『勇者』が証明しています」

「すでに『勇者』がいるのか!」


 この世界に勇者は自分一人だけ、と自惚れているワケではないのだが、それでも明らかに特別な天職である『勇者』を授かった者が他にいるというのは、驚くには十分な情報だった。


「勇者リリスは、このアストリアを守る伝説の勇者です」

「伝説って、もういないのか?」

「いいえ、生ける伝説として、リリス様は今も王国を守り続けておりますが……」

「その勇者リリスが、四大迷宮に挑めない理由がある、ということか」

「ええ、リリス様には、あまり長くシグルーンを離れられないのです」


 話を聞いて、ようやく悠斗にも大筋が見えてきた。

 勇者リリスは、選び抜かれた最強の仲間とパーティを組んで、大聖堂の地下に広がるシグルーン大迷宮を攻略した。その時、最奥にて封じられた邪神クロノスの力と相対。これを打ち破るも、全てを消滅させることは叶わなかった。


「故に、リリス様は年に一度、勇者パーティを率いて、シグルーン大迷宮を攻略します」

「そうして最下層に現れるボスを倒し続けて、少しずつ闇の力を削っていると」

「はい、そうするより他に、邪神の力を減じる方法は無いのです」


 だからリリスは、あまり長くシグルーンから離れることはできない。すでに幾度も攻略を果たした彼女だからこそ、確実かつ効率的に大迷宮の攻略が成される。

 そして何より、最も懸念すべき点は、攻略せずに放置し続けた場合だ。


「再び力を増した場合、ソレがダンジョンの外に溢れることがあります」

「溢れる、ってどうなるんだ?」

「クロノスの力は、黒き竜の姿を成して顕現します。その黒竜はダンジョンのモンスターを率いて外へ、すなわち王国を襲う災厄、『竜災』と化すのです」


 小太郎が聞けば「スタンピードだ」の一言で終わる説明であるが、悠斗は真剣に聞き、考えた。

 邪神の力云々は別としても、ダンジョン内にはゴーマ王国のように、モンスターが大量発生、大繁殖しているのは事実だ。


 もしも王国領のど真ん中に、アルビオンの入口が繋がっていれば、オーマは嬉々として地上侵攻を開始するだろう。

 そうでなくても、野生のモンスターが増えすぎれば、生息域を拡大して地上まで溢れだしてくるのは、自然な結果に思える。山から熊が降りてくるのと変わりはない。人間の生活圏を守るためには、そうした存在の間引きは必要不可欠である。


「四大迷宮は、その産出物からどこも攻略は盛んですので、モンスターの間引きという観点では、十分になされてはいるのですが……それでも近年になって、明らかに邪神の力が増しているのです」

「本当に竜災が起こってしまったと」

「はい、今はまだアストリア軍の尽力によって、大きな被害が出る前に食い止めることは出来ていますが、このままでは遠からず、都市さえ滅びかねない規模の竜災が発生すると予測されます」

「だから『勇者』である俺に、四大迷宮を攻略して欲しいというワケか」

「どうか四大迷宮に封じられた邪神の力を抑えるため、ユート様の御力を貸してはいただけませんでしょうか」


 任せてください、とかつての自分ならば二つ返事で了解しただろう。これが『勇者』という強大な力を授かった自分の使命であると信じて。

 けれど、今は無責任に命がけの戦いを請け負うことはないし、そもそも彼女の語る話が、どこまで本当なのかも分からない。

 たとえ邪神クロノスの封印が事実であったとしても……洗脳されず、女神エルシオンの使命に反したと判断されれば、ダンジョン攻略中の自分を謀殺することも、彼らは厭わないだろう。そしてその場合、犠牲になるのは自分だけではなく、パーティの仲間達も道連れとなるに違いない。


「正直、邪神云々の話は実感が湧かないが……大迷宮を攻略するというなら、俺一人の力では不可能だよ。確かに俺は天職『勇者』を授かっているけれど、その力はまだまだ未熟なんだ」


 自分の力不足で、すぐに期待に応えることは出来ないと、まずはやんわりと断りの意志を伝え、サリスティアーネの出方を窺うこととする。

 そもそも、アストリアでは伝説と謳われるほどの勇者がすでに活躍しているのだ。同じ天職というだけで、そんな大英雄と同じ働きが出来ると当然のように期待されても困る。

 あのダンジョンに放り出されてから、ここまで脱するまでの期間は、おおよそ半年ほどだと推測される。自分は勇者となって、まだ一年も経っていない新人も同然だ。


「勿論、全ての責任をユート様に背負わせる気など、私達にはありません。『聖女』である私を含め、ユート様には最高の仲間を揃えてみせましょう。あくまでもユート様は、女神の使命を授かった勇者として、四大迷宮攻略の先頭に経つ旗頭となっていただければ」


 アストリア王国として最大限のサポートをする、とサリスティアーネは自信気に押してくる。

 それを聞いて素直に安心できるはずもない。彼女自身が『聖女』としてパーティメンバーに入るというなら、それだけで十分過ぎるほどの監視役である。ダンジョンに入った後も、演技がバレないよう気を抜けないというのは、すでにして気分が重くなる。

 小鳥はずっと誰の前でも猫をかぶり続けることは、苦ではなかったのだろうか、なんて悠斗は思ってしまった。


「仲間、か……それは、委員長と夏川さんも含まれるのかな」

「私達とすれば、すでにユート様とダンジョン攻略を果たしたお二人が、仲間となっていだければ大変心強いのですが、決して無理強いはいたしません。お二人がもう戦いたくはないと、あるいはユート様が戦いから遠ざけたい、と願うのであれば、そのように致します」

「もし断った場合は、どういう扱いになるんだ」

「そうですねぇ……本来は学生であった、というお話ですので、まずはシグルーンの学校に通い、この王国での生活そのものに慣れてもらうのがよろしいかと。あるいは、ダンジョンに入らずとも、攻略をサポートするお仕事もありますので。そうしたお仕事をすることで、ユート様と近しい立場にあり続けることもできるでしょう」


 どちらにせよ、今すぐ生活に困るような真似はしない、と随分と寛大な処置のように思える。純粋な善意とは到底思えないが、上手く勇者を使えるならば、この程度のサービスは問題ないのだろう。

 すでに涼子と美波は洗脳済み。このまま王国民となったところで、パンドラ聖教に不都合なことは何も言わず、ただ平和に生涯を全うすることもできるだろう。


「それを聞いて、安心したよ。まずは二人に、どうしたいのか聞いてから、みんなで相談してこれからのことを決めようと思う」

「はい、それがよろしいかと。竜災の危機についてお話しましたが、それも今日、明日、すぐにでも起こるというものではありません。ユート様も、ご自身の選択をゆっくりと時間をかけて決めていただければ」

「……すまないが、そうさせてもらえると、ありがたいかな」


 今すぐ短絡的に決断を下すのは、良くない。出来る限りの情報を集めることが最善だ。

 しかし意識的に情報収集する、とは言うものの、どうやって情報を手に入れるか。また、どんな情報を優先的に調べるか。

 学生生活の中でも人間関係を把握するべく探りをいれるような真似などしたこもない悠斗にとっては、その方法から考えねばならなかった。今すぐ小太郎に電話して「どうすればいいんだ?」と聞きたいところだが、頼れる相手は誰もいない。


 重大な決断に悩んでいるフリをしながら、思考を回す。

 そして思いついたのは、どの道、パンドラ聖教との戦いは避けられない。どうやら天職を授ける神々を崇めるのがパンドラ聖教であり、エルシオンを唯一神とする一神教ではないらしい。ならば、聖教の全てが敵に回ることもないかもしれない。

 現時点で明確に敵となるのは、女神エルシオンを信仰する者。すなわち、すでに女神の使命を遂行している、伝説の勇者リリスも含まれる。


「強く……もっと、強くならなければ……」


 結局どこまで行っても、自分に求められるのは力なのだと理解する。

 たとえサリスティアーネの言い分を頭から信じて、この世界を邪神の闇から救うために戦うとしても。生き残ったクラスメイト達全員を助けるために、エルシオン勢力を敵に回すにしても。

 自分がどんな選択をするにしても、必要なのは力だ。

 一人で全てを倒す力、などとはもう言わない。それでも仲間を守り、未来を切り開くための力がなければいけない。

 力が及ばなければ、今度こそ自分は全てを失うだろう。


「もしも俺が四大迷宮に挑むなら、サリスの他にはどんな人が仲間になってくれるんだ? 世界を救うための戦いとなれば、王国でも最上位の実力者が選ばれると思うんだが」


 考えた結果、悠斗はまず敵戦力を図ることから始めることにした。いわゆる敵を知り、己を知れば、という考えだ。

 サリスティアーネの口ぶりから、勇者リリスはアストリアにおいて名実共に最強の名を欲しいままにする、伝説的な英雄。個人の戦力としては、この人物がトップであることは疑いない。

 ならばそれ以下、ナンバー2からはどれほどの実力者が揃っているのか。天職や眷属、という個人が文字通りの一騎当千の力を得られる世界だ。まず警戒するべきは、突出した戦略級の個人戦力であろう。


「残念ながら、例年のシグルーン大迷宮攻略のため、王国において最強となる勇者パーティのメンバーを引き抜くことは出来ません」


『勇者』、『聖女』、『剣聖』、『大魔導士』、『聖騎士』。この五つの天職で構成された勇者パーティが、そのまま王国最強を誇る五人となるらしい。

 勇者リリスは百年もの長きに渡って活動しているらしく、時代によって構成される天職に多少の変化はあったようだが……現在のパーティは、リリスをしても過去最強と言わしめる、実力者揃いらしい。


 そんなに強い面子なら、一年以内に四大迷宮の一つくらいは攻略できるのでは、と思うものの、リスクの観点から避けられているのか、それとも別な理由があるのか、ともかく勇者パーティからは一人も引き抜きは許されないらしい。


「ですので、彼らに頼らず私達は四大迷宮攻略を目指さなければならないのです。そして、ユート様を待たずに、すでにそのための組織は活動をしています」

「なるほど、攻略隊のようなものがあるんだな」

「はい、勇者リリスを頂点とした、いわゆる『冒険者クラン』です」


 現在のアストリアにおいて、ダンジョンは厳重に管理されている。建国当時のように、誰もが我先にと一攫千金を狙い、好き勝手に潜る冒険者全盛期は過去のもの。

 命の危険と、産出品による利益。リスクとリターンを適切に管理するためには、国が一括で取り仕切るより他はない。


 そして現在は、ダンジョンに立ち入る者は免許制となっており、ある程度、選ばれた者や集団が仕事のために潜るのが主流となっている。危険な未踏領域に挑み、まだ見ぬ財宝と栄誉を目指して、完全攻略に挑む者は少数派となった。

 そんな安定した産出品によって生計を立てる、半ば商人のような『冒険者』が大半となった今でも、四大迷宮攻略を掲げるのが、これから悠斗が属するクランだ。


「『勇星十字団ブレイブクロス』――――私達のクランに、ユート様ならば必ずや参加いただけると、信じておりますよ」

 2025年1月3日


 新年あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。


 今回で第2部第1章は完結です。次章は小太郎の宣言通り、新たなダンジョン攻略に挑む話となりますので、どうぞお楽しみに!

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今年も宜しくお願いします! 魔王とヒロインがエルシオンを封じているって可能性もありそう。 煉獄ダンジョンが鉄血塔だったりしないかな 蒼真くん頑張れ。まじで頑張れ。 テスト範囲何処だっけ?みたいなノリで…
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