第427話 東の大迷宮
「やったぜ姫野、社員が増えるぞっ!」
僕の口車にまんまと乗って、ディアナ人達は『呪術』を授かると大喜びだ。
くっくっく、『錬成』と『召喚』、どちから片方だけでも習得できれば、これまでの奴隷労働なんぞとは比べ物にならない生産性になるぞ。150人の術者が毎日8時間労働に従事すれば、どれだけの成果物が上がるか、今から楽しみだ。
素人に教えるところから始めたって、皮算用じゃないのぉ? と脳内で姫野がジト目で睨んでくる。
ふふん、僕が何の勝算もなく、こんなこと言い出すと思っているのかい。
確かに、これまでクラスメイト達に『簡易錬成陣』などを教えてきた実績がある。けれど、それは最初から魔術師クラスの天職を持つ者だった。魔法の才能ありき、で教えたのだから、何かしらの形で習得できるのは必然だ。
しかし素人となれば、その限りではない。恐らく大半の人間は、生命活動に必要な分の魔力しか持たない。下級程度であっても、魔法を行使できるだけの余剰魔力がないので、ただの『簡易錬成陣』を発動させるだけでも苦労することだろう。
「ふふん、まさか僕も知恵遅れ山籠もりが、こんなところで役立つとは思わなかったよ」
素人でも魔法を使えるようにするためのヒントは、ここ一か月間の分身によるエレメンタル山脈に築いた臨時拠点での生活だ。
食料供給と反乱に必要な準備のために、僕は分身をエレメンタル山脈へと潜らせ、そこでスケルトンとハイゾンビを召喚しては、せっせと狩猟採取生活を送っていた。
本体である僕は農園にいる以上、臨時拠点は分身だけで回さなければならなかった。分身は本体に比べて、呪術の行使は大幅に制限されてしまう。
そんな縛りプレイを余儀なくされたせいで、僕は新たな技を編み出した。
『血啜り』:生き血を啜られる贄を意味する呪印。生贄は最も原始的な儀式である。人が力を欲した時、それを他者へと求めた。その血肉を、魂を、我が物とするように。
『力の欠片』:小さな光石を意味する呪印。魔力の結晶は、たとえ小さな破片に砕けようとも、宿した力は等分される。拾い集めた欠片も、山と積もれば輝かしい宝玉に勝るだろう。
この二つの呪導刻印は、要するに魔力を補給するための充電器だ。
『血啜り』は生きた動物に傷を与えて放り込むと、流れ出る鮮血を魔力へと変換してくれる。『力の欠片』は、ゴーマから取れるようなクズ石でも、とりあえず魔力へと変えてくれる。
分身はその身の魔力が尽きると消えてしまうので、自分の魔力は節約しなければ長持ちしない。そこで、この二つの呪印を使うことで、魔力を補給したのだ。
『血啜り』は山の小動物でも、なんなら虫からでも魔力を得られるし、『力の欠片』はコアの破片や、低級の光石からでも魔力を抽出できる。そうして得た魔力を分身が直接取り込む、あるいは錬成で精製すれば、高純度の光石としてストックしておける。
ちょっとした生贄と、ゴミみたいな欠片でも、集めれば呪術を行使するに足る魔力を得られるというワケだ。
これを利用すれば、保有魔力がほとんど無い一般人でも、自分の魔法行使のための魔力を調達することはできる。
魔力の目途が立ったなら、お次は術式そのものの簡易化だ。
『黒い髑髏』:黒染の骨の亡者を意味する呪印。骨は人体の最小単位。屍として最後に残るのも骨であり、だからこそ生に執着する亡念が沁み込む。意志も魂も失えど、骨の体は生を求めてあがき続ける。
御大層なポエムが書かれているが、なんてことはない、コレはただ最弱のスケルトンを召喚するためだけの呪印である。
すでにして召喚術を習得した僕には、今更こんなモノは必要ないのだが、分身に毎日高頻度で使わせるならば、呪印で発動を簡略化、要するに少しでも頭を使わなくて済む、というのは効率に影響してくる。
分身を通して楽にスケルトン召喚を連発するために編み出したこの呪印は、多少の魔力があれば、コレを通すだけで、かなりスケルトンを作りやすくなる。
さらに乏しい魔力と演算力、あるいは想像力の場合は、骨などの原材料も一緒に用意すると、歪ながらも最低限、人型くらいまでは作れるはずだ。
素人が魔法を扱うにあたって、魔力に次ぐ難関が、魔法の術式を理解し、行使するための演算力である。
僕らが当たり前のように魔法や呪術をポンと扱えるのは、全て天職のお陰だ。最初から何となくで使えるし、命がけで使って戦っている内に、頭と体で理解して習得してしまった。
なので、いきなり天職持ちの僕では、現地人である彼らへ適切に魔法を伝授することは無理……だけど、魔法を使わせることはできる。
術者の演算力が必要な部分を、呪印で代用。いわば自動化しているようなものだ。
熟練の技術が必要な精密加工を、職人の手作業じゃなくて機械でやるようなものだろうか。とりあえずこの呪印を使っておけば、魔力を流して発動だけに集中できる。
魔法、すなわち術式そのものへの理解と、自らの演算力を磨くのは、ひとまず呪印で上手くスケルトン召喚を使いこなせるようになってからでよい。
なにせ僕は、一人前の術者に育つまで待っていられる暇はない。今日からでもスケルトンを使役して欲しいのだ。
何故こんなにスケルトン召喚にこだわるかと言えば、コレが使えるだけで単純に労働力が倍になるからだ。
僕のように複数体を自由自在に、なんてことまでは求めない。ぎこちない動作をさせられるだけでも、重い荷物を自分とスケルトンの二人で持って運ぶことはできる。あるいはコーヒー豆などの収穫物を入れるための袋を持っててくれるだけでもいい。
スケルトンは最弱だが、戦闘しなけりゃ力なんて人間並みあれば上等だ。
ある程度の遠隔操作まで出来れば、子供だってリザの代わりにコーヒートレントの収穫ができる。死なない収穫作業なんて、ヌルゲーだぜ!
勿論、『錬成』を僕が求めるのも、言わずもがな。簡易でもコイツが使えれば、大多数の道具・工具の価値を超える。
全員が錬成持ちなら、手工業でも機械工業並みの生産性を出すことも不可能ではないだろう。
何より、錬成工房を稼働させることができれば、ダンジョン探索に必要な装備や物資を自前である程度まで賄える。すなわち、秘密裡に武装を整えられるということだ。
ニューホープ農園は、これまで通りにただのコーヒー栽培をしているだけの農園でなければならない。ただのコーヒー農園が、大量の武器を購入すれば一発で検挙されるだろう。ましてこっちは大々的に、ディアナ人奴隷を解放して正規雇用するのだ、とアピールしているのだから。
この農園をディアナ人保護のための砦とするためには、どうしても錬成の力が必要なのだ。
「――――でも、リザには言っておくよ。僕の目的を」
朝から演説をして、早速『召喚術』と『錬成』の訓練を始めた日の晩、僕は寝室でリザにそう切り出した。
反乱前には、あえて言わなかったことだけど、今夜は話すのにはちょうどいいタイミングだろう。
今の僕に、もうメイちゃんはいない。
そして、レムもいない。
メイちゃんの身柄がどうなったのか、僕はまずそこから探らなくてはならない。
一方、僕の呪術であるレムが『いない』という状況は本来、ありえない。泥人形でも幼女でも黒騎士でも巨人でも、レムの物理的な肉体は僕が呪術で作り出したモノに過ぎず、本体というべき呪術の術式は僕自身に刻まれている。
僕の意志と魔力と素材の限り、レムは何度でも蘇り、多様な姿を見せてくれる。
けれど、そのレムを僕は今、出すことができない。
レムの存在を構成する呪術『汚濁の泥人形』と『怨嗟の屍人形』は、変わらず僕の授かった呪術としてあるのだが……どうやっても、レムの意志が出力されない。
原因の心当たりはある。
僕があっけなく倒されたことで、天送門広場で大暴れさせていた巨人レムが最終的にどうなったのか、把握できていない。少なくとも、僕が意識を失う時まで、レムは倒されて消えることなく、戦い続けていたはずだ。
ならば僕が倒れた後、リリスが巨人レムをただ倒したのではなく――――封印したのだ。
勇者に封印術があるのは、すでに目にしている。第三固有スキル『白の秘石』だったか。あのダークリライトさえ一発で沈黙させた、チートスキルである。
レムを倒すのではなく、封印する、というのは僕でも実際に喰らうまでは考えなかった、最適攻略法だと言えよう。普通はできない、けれどリリスはそれを可能にするだけの力があるのだ。
現状、この封印を破る術はない。意識が目覚めた今でも、すぐにどうにか出来そうな気配もなければ、アイデアもない。
なので封印されしレムの体、をまずは見つけるところから始めよう。手足がバラバラで封印されてなければいいんだけど。
「悪いけれど、僕はディアナ人奴隷を救うために神から遣わされた、救世主なんかじゃないからね」
「はい、心得ております。御子様にはご自身の目的があり、その上で私達にお味方し、協力することを選んだのでしょう」
「うん、僕には僕の仲間がいる。そして、その仲間たちを助けるためには、アストリアを敵に回すことになる」
僕の最優先目標は、再びバラバラとなってしまった二年七組の生き残り、全員の再集結。
当初の目的である山田、上田、マリ、下川、葉山と転移で飛ばされた面子に加えて、メイちゃんとレムも捜索対象に加わっている。
僕が目覚めたことで、本拠点であるアルビオンに置いておいた分身も目覚めはしたものの、杏子と分断されていることに変わりはない。現状、僕があそこへ戻る手段は手元にないし。
それに、結構な期間が過ぎているにも関わらず、天道君の捜索隊がアルビオンに一度も戻ってきていないのも心配な点だ。こちらは同行させていた分身の僕が、すでに消えてしまっている上に、レムも封印状態なせいで、マジで状況が一切分からない。
つまり、今の僕は久方ぶりのソロモードというワケだ。
「まずははぐれた仲間達と、僕の本拠点に帰る手段を探すのが優先目標になるかな」
「本拠点、とは御子様の故郷でしょうか」
「アルビオンダンジョンって知ってる?」
「……絶海の遺跡島、ですね」
「えっ、ウッソ、マジで知ってるの!?」
「ディアナにも、海を越えた先に大きな遺跡迷宮の島がある、と伝わっています。そこをアストリア人が、アルビオンと名づけました」
「もしかして行ったことあるの?」
「いいえ、私は勿論、今のディアナでは遺跡島に渡ることは禁じられています。過去に大部族の長が大々的に遠征を行い全滅して以来、禁足地と定められました」
なるほど、すでに手痛い損害を被ったが故の措置ってことか。
果たしてディアナ遠征隊は、アルビオンのどこまで攻略できたのだろう。ヤマタノオロチで詰んでそう。
というかダンジョン攻略って、やっぱり少数精鋭が最適解な気がするな。
ただでさえ野生のゴーマ共が跋扈しているというのに、遺跡の機能でモンスター無限湧きなとこもあるし。ブラスター担いだ歩兵なんて、どれだけ送り込んでも被害が拡大するだけだし、莫大なリソースを消耗し続けることになる。
ましてダンジョンの場所が、遠く離れた海の向こうともなれば。人命も物資も多大な労力をかけて海の果てに投げ捨てているようなもの。
でも全員天職持ちみたいな面子で固めれば、少しずつ階層を突破し、いずれ最奥に辿り着くこともできる――――僕らはそれを、命を賭けて証明したワケだ。
「僕らはアストリアの陰謀によって、ある日突然、アルビオンダンジョンに放り出された。脱出するためには、奥まで攻略する必要があってね――――」
今夜は時間がある。僕はこれまでのダンジョン攻略のことを、包み隠さずリザに話すことにした。
長い話だ。そのせいか、話している内にベッドに転がって、いつの間にかリザの胸に包まれながら語ることに。
いかがわしいことはしていない。褐色の深い谷間に埋まる絵面はいかがわしいけど、これが寝る時の定位置になっているんだから仕方ないじゃん。むしろここまでされて、一線を超えずに守り続けている僕を褒めて欲しいよ。
ともかく、長々と僕のアルビオンダンジョン攻略編を語ったことで、リザは事情を理解してくれただろう。
勇者を求めた女神エルシオンと、それを信奉するパンドラ聖教中枢。僕らはそんな奴らに喧嘩を売ることになると。
「勿論、今すぐ大聖堂に殴り込むわけにはいかない。アストリアで反乱起こせるくらいの準備が必要になるし……最悪、僕は仲間達の無事が確保できるなら、アストリアから逃げたっていい」
「ですが、ディアナに渡ったところで、どのような扱いとなるかは……」
「うん、ディアナもアストリア派の大部族が支配的なんでしょ」
下手にディアナを頼って亡命なんてすれば、僕ら丸ごと売られかねない。
侵略者に散々領土を荒らされたくせに、自分達の領地は安泰だと高を括って、アストリアと交易して利益を得て、軍備を整え、他部族を従える大部族が、今のディアナでは最大勢力なのだ。
アストリアを相手にしようと思えば、こっちも何とかしなきゃいけないけど……今は出来ることから始めなければいけない。
「僕にとっては、リザ達も仲間だと思っている。だから決して捨て駒のように利用なんて真似はしない。二度と誰かの奴隷になんかならないよう、安心して暮らせる場所は作りたい」
その上で、どこまでアストリア相手に戦う僕に協力してくれるか、個人の判断で決めてくれればいいよ。アルビオンまで転移する手段さえ確保できれば、ここにいる全員で移住したっていいワケだしね。
まぁ、それも今はないから、まずはこのニューホープ農園を拠点化するのだ。
「けれど、リザは僕について来て欲しい。御子に仕える精霊戦士として。だから、僕のことは全て話した」
ずるい言い方をしているのは、重々承知。こんなのリザの忠誠を利用しているだけだ。
だって忠誠心を抜きにしたら、彼女には何のメリットもない。アストリアという大国を相手に喧嘩を売るとイキってるガキに、身命を賭して尽くしてくれと言っているのだ。一体どれだけの報酬を積めば、そんな危険な仕事に見合うのか。
故郷たるディアナのためでもなく、ただ僕という個人のために。
信頼と利益が大事だというのに、これは明確に利益を欠いた要求だ。
それでも僕は、頼むしかない。メイちゃんのいない僕には、どうしても頼れる護衛は必要不可欠。これから先は、デイリックの警備部隊とは比べ物にならない相手と戦わなければならないのだから。
「断れば、リザは一人のディアナ人に戻ることができる。僕の言うことになんて、全て従う必要なんかない、自由の身だ。でも僕の精霊戦士になれば、いつかディアナと戦うことにもなるかもしれない。だから、よく考えて決めて――――」
「御子様、すでに契約は果たされ、この身は全て貴方のモノ」
ギュっと強く抱きしめられ、言い聞かせるように、僕の耳元でリザはそう囁いた。
「なんなりと、ご命令を」
「ありがとう、リザ」
報いるモノなどない僕に、そう言ってくれた君を信じよう。
そして、リザがついて来てくれるなら、僕も安心して挑めるよ。次の目標に。
「農園が落ち着いたら、僕はこのイーストホープを出る」
「では、シグルーンへ」
「いいや、その前に寄りたいところがあるんだ。ヴァンハイト、って東部で有名な迷宮都市らしいからね――――」
アストリアには、アルビオン級の巨大ダンジョンが五つある。
一つ目がシグルーン大迷宮。女勇者リリスが攻略し、そして先輩である紫藤がダンジョンサバイバルをした、大聖堂の地下に広がるダンジョンだ。
アストリアで完全攻略が果たされているのはここだけ。残り四つの大迷宮は、いまだ半分も攻略されぬまま、今も一攫千金の命知らず共が挑み続けている。
四つの大迷宮はアストリアの東西南北に散っており、東のダンジョンを抱えているのが、このヴァンハイトという都市なのだ。
そしてここが、僕の次の目的地。
「――――東の大迷宮『無限煉獄』を攻略する」
2024年12月27日
今年最後の更新となります。そして次回で第二部第一章も完結です。
次章にて、新たなダンジョン攻略に挑むので、どうぞお楽しみに。
それでは皆様、よいお年を!




