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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:ようこそアストリアへ
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第424話 奴隷解放(2)

「イヤァアアアアアアアアアアアアッ!」


 絹を裂いたような、と形容するべき見事な悲鳴を上げているのは、スケルトンに両脇を抱えられて屋敷から引き摺りだされてきたウィンストンの奥様。

 もう、そんなに必死に泣き叫んで暴れたら、折角綺麗に整えた髪型も崩れて台無しじゃないか。そのフワッフワに盛ったヘアスタイルが最近の流行りなのかな。ちょっと僕の好みじゃない。


「頼むから、家族に乱暴はしないでくれ……お前の要求にも、出来る限り協力する、だから……」


 悲痛に泣き叫ぶ奥様と、完全に恐怖と絶望で硬直しきっている一人息子ウォンタ君の姿に、いよいよ顔を蒼褪めさせたウィンストンが僕に語りかける。


 ふぅん、この期に及んで出て来る言葉が「頼む」と「出来る限り協力」と来たもんだ。まだ自分の立場というものが分かってないようだね。まったく、人間偉くなると、とんと自分が下げられた時の感覚ってのが鈍くなっちゃう。

 でも、それを僕が指摘する段階は、もう過ぎちゃってるんだよね。


「頼む相手は、僕じゃないよ」


 捕らえたウィンストン一家を屋敷から外へと連行する。派手にリザがぶち破った正面玄関を超えると、そこにはトーゴ達ディアナ戦士と、その後ろに立ち並ぶディアナ人奴隷の全員が揃っていた。


「御子様っ、万歳!」

「我々の勝利だぁーっ!」

「おおおっ、これぞ神々の祝福……」

「御子様ぁ!」

「御子モモカ様!」


 わーい、勝ったぞ、バンザーイ! と、ひとしきりみんなと戦勝を祝す。

 こんなに盛り上がるとは思わなかった。正直、後は粛々と禊を済ませようかと考えてたくらいなんだけど……場の空気って大事だし。いざウィンストン一家を捕縛して引っ張り出せば、まぁ分かりやすい勝利の場面には見えちゃうか。


 そんなワケで勝利の喜びも、ほどほどのところで収める。はい、皆さんが静かになるまで、15分以上かかりました。ワールドカップ優勝並みの熱狂してて、よく静まってくれたね。


「ありがとう。みんなの協力のお陰で、僕らは勝利した。全員、奴隷から解放される。僕らは、自由の身だ――――けれど、喜ぶだけじゃない。祝うだけじゃない。みんなの心には、あるはずだ。これまで虐げられてきた、怒り、悲しみ、憎しみ」


 僕の言葉に、みんな一様に真剣な表情で耳を傾けている。誰一人、瞬きすらしないのでは、というほど強い意志の籠った視線が殺到してきて、流石に僕もちょっと緊張する。

 敵を煽って殺意で睨まれるよりも、味方から期待の籠った目で見つめられる方が、緊張しちゃうね。


 これからするのは、一種のパフォーマンスだ。

 反乱が成功し、ここからディアナ人達がもう自由だと、本当に好き勝手に無法を働き始めれば、僕は止められない。

 自分達を解放した御子として、今の僕はかなりの発言力がある。大体のことは、言えば素直に従ってくれるだろう。でもそれは絶対ではない。


 弾圧された奴隷は、確かに救われるべき哀れな存在だろう。しかし、だからと言って奴隷全員が清廉潔白にして気高い精神性を持っているとは限らない。

 みんな同じ人間だ。それぞれが人としての欲望を持っている。


 僕は彼らのことを、盲目的に付き従ってくれる羊だとは思わない。

 信頼と利益。

 どちらも揃って、初めて人は安心して人の下に付くことができるのだ。たとえ蒼真悠斗のようにカリスマ溢れる勇者様であっても、信頼を損ない、利益が無くなれば、誰もついては来ない。

 勇者という反面教師を散々見てきたんだ。僕は御子の肩書に甘んじることだけは、絶対にしたくないね。


「ここにいるのは、君達を今日まで奴隷として酷使してきた張本人。不当に囚われた君達を、二束三文で買い叩いては所有権を主張し、過酷な労働と苛烈な鞭を打った、大罪人だ」

「私に罪など何もない! 私はただ、アストリア人として認められた正当な権利を――――」

「あー、今はちょっと黙っててくれる?」


 僕が一生懸命、喋ってるでしょうが! 上手いこと全員を納得させられるかどうかの瀬戸際なんだから、今はお前に構っていられる余裕はないの。

 という僕の気持ちを即座に汲んでくれたリザは、縄を猿轡としてウィンストンに噛ませた。ちなみに、キャアキャアうるさい奥さんはもっと前に噛まされている。


「要するに、恨みがあるでしょ。殺したいほどの」


 そう、僕がこうして捕まえていなければ、ウィンストンは今頃吊るされているか、死ぬまでボコボコされ続けているか、あるいはもっと猟奇的な殺され方をしているだろう。

 でも僕としては、ここでウィンストンに勢いで死んでもらうのはちょっと困る。

 彼に語った提案は、嘘ではない。ウィンストンが自分から協力してくれるのが、今後のことを考えるとベストな決着だ。


 けれど、それで僕とウィンストンが笑顔で手を取ったら、君たちはいい気分にならないだろう?

 だから僕は、誠心誠意、彼らにお願いをしなければけないのだ。どうかその怒りを収めて、ウィンストンを殺さないでくださいと。

 彼からすれば僕は死神にでも見えるかもしれないけれど、とんでもない。今この場で、僕だけが君の生存を望む救世主なのだ。今だけは勇者様って呼んでもいいよ。


 というワケで、ディアナの皆さんにお願いだ。


「けれど、今はその気持ちを抑えて欲しい。僕には計画がある。明日も僕らが、自由に、安心して、生きていくための計画が」


 桜ちゃんとか姫野とか、僕のことをまるで詐欺師か何かのように言うこともあるけれど、まったくもって心外だ。僕は有言実行の男。ちゃんと心に決めた相手は呪い殺しているし、生活環境も労働条件も嘘ついて劣悪なものにはせず、きちんと健康で文化的な暮らしをさせてきたでしょ。

 だから、綺麗事を吐いて誤魔化したり、神の名を騙ってな嘘っぱちを信じ込ませたりはしない。僕は自分に出来る最大限の努力と結果を、お出しする誠意がある。


「そのために、このウィンストンにはまだ死んでもらっては困る。彼を生かして利用することが、全員の安全を保障する一番の方法だと僕は考えている」


 僕の宣言に、流石にディアナ人達もザワついた。

 すぐに反対意見の罵倒が飛んでこないだけ遥かにマシ。このまま話を続けられる。


「ねぇリザ、ディアナでは彼らに対する罰は、どういうモノになるか分かる?」

「地獄火送りの刑、が妥当かと思います」


 なにソレ。火刑の上位互換か何か?


「呪詛を込めた儀式による火炙りです。これによって魂は、煉獄の神へと捧げられる贄となり、永劫に灼熱の苦痛を与える、というものでございます」

「煉獄の神、か……その御子っているの?」

「おりませんが、古来よりディアナには、そう伝わっております。怨敵を処刑するに、これ以上のものはありません」


 なるほど、宗教的にも最大級の重罰といった扱いなワケだ。土葬文化においては火葬がタブーみたいな感じで、死後の尊厳を貶めることで、罰が重くなるという考えだろう。


「それじゃあ、みんなも『地獄火送り』するのが一番、納得できるということかな」

「はい」

「その刑に処せば、我らの名誉も取り戻せるでしょう」


 僕の問いかけに、トーゴ達戦士も賛同を示す。

 ふむ、求める刑罰が確定しているなら、着地点も決めやすいかな。


「君達の気持ちは、よく分かった。刑の執行で全員の気持ちが晴れるなら、それが一番だろう。でもね、今それをしてしまうと、明日からみんなの安全が保障できない。だから、ウィンストン一家を地獄火送りの刑に処すことを、どうか今しばらくの間、待って欲しい」


 さて、ここが本日の争点だ。

 ディアナ側は地獄火刑の即時執行を求めており、対して僕は少しでも長く執行猶予を取りたい。


「だからと言って、ただ僕がお願いするだけで、君たちが快く納得できるとは思っていない」

「いえ、そんなことは――――」

「何故なら、僕はこの目で見てきたからだ! 短い間だけれど、それでも君達がどれほど過酷で無体な扱いをされてきたかを!」


 リザの忠心は嬉しいけれど、それをみんなに強いてはいけないよ。

 なので、一言命じれば従う、とリザの口から言われたら困るんだ。

 僕は後ろの方に並んでいる、まだ名も知らないディアナ人の彼ら彼女らにも、出来る限り納得した上で、ついて来てもらいたいからね。


「人が人を、奴隷と呼んで使役する。なんと醜悪でおぞましい行為か。許されない、許すべきではない。君達が鞭を打たれては、苦痛の声さえ押し殺して耐える姿を見た。命を削って労働を強いられ、未来も希望も奪われただ暗く沈んだ絶望の顔を見た」


 ジワジワと、滲みだすような憎悪の気配を感じる。

 勝利に酔っていた彼らも、僕の言葉によって、これまで溜まりに溜まって来た恨みの感情が刺激されているようだ。

 魔力ではなく、負の感情そのものを感じ取る。ああ、この感覚もきっと、僕を教室から送り出してくれたルインヒルデ様がくれた、新呪術の効果の内なのだろう。


「だからこそ僕は、いつか地獄火送りの刑を執行するその日まで待っていてくれ、と頼みはしない。それでは君達の心は沈んだまま、少しも晴れることはない。当然だ、煉獄の神に永遠の苦しみを与えられるべき大罪人が、のうのうと生きているのを目の当たりにしなければならないのだから」


 そんなの、耐えられないだろう?

 僕には無理だね。重罪を犯しながらも、執行猶予がついたからと余裕ぶっこいてる凶悪犯を見れば、不快感の一つも覚えて当然。まして自分に害をなした者がそうなると思えば、法を超えて今すぐ殺したくなるのも人情というものだ。

 そして今この場においては、法の執行を担保する社会も組織も機能してはいない。上手く感情に訴える処置がされなければ、暴発してしまう。


「目には目を。歯には歯を。僕の故郷に伝わる、古い法だ。受けた傷と、同じだけの罰を返す、シンプルな報復――――どうだろう、ウィンストン一家を生かす間は、奴隷と同じ待遇とすることで、ここは火刑の執行猶予を許してはくれないかな」


 要するに、のうのうと生きているから胸糞悪いのであって、毎日苦しんでいるならば「まぁ、ええか」と思える理屈である。

 ここが僕の考える落としどころ。これを飲んでくれなければ、これ以上の譲歩はできないので……このまま勢いで進めさせてもらおう。


「ラティナ」

「はっ、はい!?」


 突然呼ばれて、分かりやすくビックリした反応をしてくれるラティナ。目が白黒している内に、リザが彼女の手を引いて僕の前まで連れてきてくれる。


「鞭、打っていいよ」

「っ!?」


 僕が差し出した鞭を前に、ラティナは硬直する。

 トラウマだからね。見ただけで恐ろしいだろう。でも、これを自分で振るう権利を、君は持っているんだ。


「自分が打たれた分だけ、鞭を打っていいんだ」

「あの……でも、私……」

「おーい、ウォンタくーん」


 明らかな戸惑いを見せるラティナを他所に、僕はターゲットを呼ぶ。一声かければ、拘束しているスケルトンがカタカタ言いながらウォンタを引き摺って来る。

 必死の抵抗をしているが、如何に最弱のスケルトンとはいえ、子供の力で振り払えるものではない。縄の猿轡を噛まされた口で、必死で何かを叫んでいた。


「んんっ! むぅんんーっ!」

「そうそう、しっかり縄を噛んでた方がいいよ。鞭ってのは苦痛を与えるための拷問器具だからね、すっごい痛いからさ」


 泣いてイヤイヤするウォンタの肩をポンポン叩きながら、僕は彼に激励の言葉を送る


「ほら、パパとママに、しっかりと罪を償う姿を見せようよ。君はまだ未成年だし、更生の余地があるかもしれないんだ。頑張ろうねー?」

「んんんぅーっ!?」


 そうして、ラティナの前にウォンタの背中が晒される。さぁ、バッチ来い、と言わんばかりにスケルトンがガッチリとぶっ叩きやすい体勢で固定した。


「流石にみんなで連打したら死んじゃうから、一人一日一回まででお願いね。さぁ、ラティナ、君の恨みを込めた一撃を送ろう」


 僕の言葉に彼女は、意を決したように鞭を振り上げ、


「……できません」


 一筋の涙を流しながら、その手に握った鞭を僕へと返すように差し出した。


「怖いかい?」

「いいえ……私は、助けて欲しかっただけなの……痛くて、苦しくて、怖くて……でも、モモカちゃんが、御子様が、助けてくれたから……もう、それだけでいいの」

「鞭を打ったウォンタに、恨みはない?」

「恨みはあるし、大嫌い、だけど……私には、鞭を打てません……苦しめたいワケじゃ、ないんです……」


 涙ながらに、そう語るラティナは――――やっぱり、思った通り。君ならその選択を選んでくれると思っていた。

 だから鞭打ちの一番手に指名したんだ。


「素晴らしい! ラティナ、君はなんて優しい子なんだ!」


 僕は鞭を受け取り、大喜びしたように叫んで、ラティナの行動を讃える。


「恨みも苦しみもありながら、それを飲み込んで尚、相手を傷つけることを拒んだ」


 これを優しさと言わず、何と言う。偽善ではない、紛れもない善性を僕は目の当たりにしている。

 ああ、今の僕には、眩しすぎるほどだ。


「ラティナ、君がそう言えるのは、心根の優しさと、暴力の恐怖を知っているからだろう。それは誰にでも出来ることじゃない、とても尊い選択だ。僕は、君の選択を祝福する」


 パチパチパチ、と僕は一人で拍手する。

 分かってる、ちゃんと僕は分かっているよ。誰にでも出来ることじゃない、と僕はハッキリと言った。

 君達全員にまで、ラティナと同じ慈悲を抱くことを、決して僕は求めない。


「だからこそ、こんなに優しい善い子は、守らなければならない。もう二度と、奴隷になど貶められることがないように!」


 下手をすればラティナの選択は、他の皆から強い反発を喰らいかねないものだ。

 僕がこれを肯定するだけなら、後に続く者は鞭を振るいにくくなるだろう?

 だから僕には、ラティナの行動を尊いモノであると認めると同時に、報復の権利も保障しなくちゃいけない。


 優しい君は、そのままでいい。代わりに君の恨みと憎しみは、仲間達が晴らしてくれるから。


「カロン」

「はい」

「君はどうしたい?」

「俺は、鞭を打つ。お願いだ、打たせてくれ」


 真っ直ぐに僕を見つめて、その鞭をくれとカロンは手を伸ばした。

 その瞳には、純粋な怒りが燃えている。たとえ僕に反対されても、この手で恨みを晴らして見せるという、確かな覚悟が宿っている。


「素晴らしい! カロン、君はなんて勇ましい子なんだ!」


 勿論、君がそう言ってくれると信じていたよ。

 なにせ君は、共にラティナと鞭を打たれた。本当は自分が彼女の分まで肩代わりしてやりたいと、それほどの気持ちを持ちながらも、笑って踏みにじったのはウォンタだ。

 その怒りと憎しみ、晴らさないではおけないだろう。


「カロンには、ラティナの分まで鞭を打つことを許す」

「ありがとうございます、御子様」


 ふふっ、もう立派な戦士の目だね、カロン。子供の成長は早いって、こういうことを言うのかな。まぁ、身長はもう僕よりカロンの方が高いんだけど。


「優しき慈悲深い者は、鞭を手放していい。誇りを取り戻さんと恨みを晴らす者は、彼らの分まで鞭を打て。優しい者は、勇ましい者が守るのだ」


 さぁ、これでどちらの選択も自由となった。

 好きに選ぶと良い。鞭を振っても振るわなくても、後悔はさせないよ。みんな仲良く、これからやっていこうじゃないか。


「ウォンタ、俺はテメーを許さねぇ。報いを受けろ、クソ野郎」

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― 新着の感想 ―
小太郎が扇動者としてカリスマ過ぎて痺れますね。計算され尽くしたラティナとカロンを使った両極端のバランスの取り方が絶妙でした。 小太郎は呪術師としてのスキルよりも、こういった思考力こそが最大の武器です…
凄い人心掌握だわ 小太郎は人の心の機微が良く分かっているなぁ
この場に猿轡した桜ちゃんを連れて来たい(笑) 素晴らしい為政者ぶりですねw 欲を言えば、ウィンストン一家の反抗心を大きく煽っているので反逆(密告等)が心配ですから、後でフォローして欲しい所ですね。 屍…
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