第423話 奴隷解放(1)
「じゃあ、勝負もついたし、終わらせるとしようか」
「はい、御子様」
悪魔リザに抱っこされて、僕らは真っ直ぐに破られた扉へと向かう。
この恐ろしい姿に、圧倒的な力を見せられて、警備隊の士気はがた落ちだ。頼れる隊長もワンパンKOで、これ以上抵抗する気は失せたみたい。
その証拠に、ほら、一発もブラスターの光弾は飛んでこない。
「お邪魔しまぁーす」
何の抵抗もなく砕けた扉を潜り抜けて、玄関ホールへと踏み込む。
周囲には何人もの警備兵がライフルを向けてくるものの、トリガーを引く勇気がある者は一人もいないようだ。
でもさぁ、もう負けを認めてるんだったら、それなりの態度を見せてくれないとこっちも困るんだよね。
「それで、君らはその豆鉄砲で、リザに挑むつもりなの?」
僕の台詞と共に、ズン! と音を立ててリザは炭化したデイリックの死体を踏みつけた。玄関ホールのど真ん中に転がる焼死体は、一見して即死であることは明らか。
それをリザは、威嚇のために頭を踏み潰したのだ。
「こ、降伏したら、我々の命は……」
「勿論、保障するよ。速やかに武装解除し投降すれば、僕は君達に危害を加えない。神に誓ってもいい」
震える銃口を向けて問いかけた警備兵に、僕はニッコリ笑ってそう答える。
「分かった、今すぐ投降する。だからどうか、これ以上は……」
「三分間だけ待ってあげる」
時間稼ぎされたら困るからね。僕らが今夜中にカタをつけたい、ってのはそっちも分かってるでしょ?
だからせめてもの抵抗とばかりに、ダラダラ動いて言い訳を繰り返すような態度を、許してやるワケにはいかない。
「僕はお前ら全員の顔と名前を覚えているから。三分で出てこなかったヤツは、便所に隠れてても見つけ出してやる」
僕と命を賭けたデスゲーム的かくれんぼしたい奴、おるー?
屋敷の中は使い魔の監視網あるから、最初からここにいる人間は全員マーク出来てるんだけど。ここから逃げるような素振りを見せる野郎は、すぐに御用だ。
その時は精々、派手に見せしめとして踊ってもらおうかな……と思っていたが、流石は元アストリア兵と言うべきなのか。降伏が決まれば、即座に一声かけるとあっという間に警備部隊は集まった。ホントに三分以内に集合しやがった。
悪魔リザが睨みを利かせる中、彼らには玄関ホールで武器を捨てさせから、外に出してトーゴ達に縛られる。
最終的に生き残った警備兵は半分くらい。中でも無傷で済んでるのは、最初から屋敷の防備についていた奴だけ。後は数合わせのアストリア人奴隷と屋敷の使用人。
もう天職持ちもいないし、一度武器を手放せば大した脅威にはならない。純粋に人数だって、こっちの方が圧倒的に上だし。スケルトンを見張りに立たせるだけでも十分なくらいである。
「ふぅー、無事に制圧できて何よりだ。怪我した人もいないよね?」
「はい、全て御子様の采配によるお陰にございます」
「最初が肝心だからね。しっかり良いトコ、みんなに見せないといけないし」
こんなワンサイドゲームで死者なんか出してたら、僕の支持率も下がっちゃうよ。
でも実際に犠牲ゼロで無事に戦いを終えられて、一安心である。
こっからは気軽に行こう。
「それじゃあ、ご主人様と平和的な話し合いをしに行こうか」
残っているのは、執務室に立て籠もるウィンストン一家だけだ。
イーストホープ随一の資産家も、こうなってしまえば無力な生贄の羊である。
彼らの今後がどうなるか、後はもう成り行き次第かなぁ。奴隷に反乱を起こされた主が、何と言って命乞いしてくるのか、今からちょっと楽しみだよ。
そんな気持ちで軽快に階段を駆け上がり、執務室の扉をコンコンとノック。
「おるー?」
僕の気安い呼びかけに、ただの無音だけが返って来る。
息も殺して身を潜めているところなのだろうか。
まぁ、執務室の中にも使い魔はいるから、僕には様子が丸見えなんだけどね。
「よーし、おるな。行くわ」
ガチャリ、とマスターキーで施錠を解除。
使用人も捕らえているからね。貸して、とおねだりすれば笑顔で応えてくれたよ。
そうしてあっさりと扉が開かれれば、
ギンギンギンギィーン!
と、けたたましい銃声が鳴り響く。
連発された光弾は、見事に無防備に扉を開いた、ハイゾンビに当たった。
そりゃあ、リボルバー抜いて待ち構えている姿が分かってれば、肉壁から入らせるに決まってるでしょ。
「ハァ……ハァ……こ、これ以上、近づくんじゃない、薄汚い奴隷共が……」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。僕と腹を割って話し合おうよぉ」
「この呪い子がっ、死ねぇえええええええええええええ!!」
ヒョコっと僕が顔を覗かせて優しく微笑みかけてあげたというのに、ウィンストンは血走った目でリボルバーを撃ちまくる。
おい、リボルバーのくせに六発以上撃ってんじゃねーよ。
ブラスターだから、マガジンは魔力バッテリー形式なので何十発も連射できる、と分かっていても理不尽を覚えてしまう。
とはいえ、リボルバー型ブラスターの容量は、ライフル型よりも低い。なので後先考えずにバカスカ撃ってりゃ、すぐに弾切れ、もとい魔力切れになるのは当然のことで。
ガチガチ、と無為にトリガーを引き続ける姿は、B級モンスターパニックのやられ役そのものだ。
良かったね、僕が凶悪モンスターなんかじゃなくて、話し合いの通じる理性的な人間で。
「そろそろ気は済んだかな?」
「くっ、来るな! 俺の家族には、絶対に手を出させんぞぉ!!」
「アナタ!」
「パパぁ!」
ああ、麗しき家族愛。空になったリボルバーを手に、奥さんと一人息子を背中に庇い続けるウィンストンの姿は、正に家族を守る父親そのもの。うーん、感動的だねぇ。
「まぁ、座りなよ。言ったでしょ、僕は話し合いに来たんだからさぁ」
執務室の中央に鎮座する、如何にも高級そうなデッカい黒い革張りソファに僕は足を延ばして寝そべる。リビングで映画を見る時のようなくつろぎポージングで、僕はウィンストンに席へ着くよう呼びかける。
「そうだ、お酒でもどう? 飲まないとやってられないでしょ」
執務室にはインテリアのように、これまた高そうな酒瓶が並べられた棚もある。僕が視線を向ければ、スケルトンがガチャガチャ音を立てながら、適当な酒とグラスを手に取り、ソファの前の机に置いた。
「ほら、早くおいでよ。注いであげる。これが最後の晩酌になるかもしれないし、ね?」
「……交渉の余地がある、ということでいいんだな」
「君の態度次第だよ」
ソファに寝そべる僕の傍らには、悪魔化を解除したリザが立ち、室内にはハイゾンビと武装させたスケルトンも入れて、無言で威圧感をアピっている。
最早、自分達が生き残る道は僕の話に乗るより他にないと理解しただろう。嫌な脂汗を垂れ流しながら、何とも苦々しい表情で、ウィンストンはようやく対面のソファへと腰を下ろした。
「じゃあ、まずは一杯どうぞ」
笑顔でグラスに酒を注ぐ。ウイスキーなのかブランデーなのか、あるいは全く別の異世界酒なのか、全然知らないけど、琥珀色の液体が濃い香りを放ちながらグラスに満ちていく。
「僕のも注いでよ」
「……」
無言で酒瓶を受け取り、僕の方に置いたグラスに、ウィンストンが注ぐ。
注いでもらって悪いけど、このテの酒はまだ僕の舌には合わないんだけどね。
「それじゃあ、カンパーイ!」
テンション高めな僕とは対照的に、どこまでも無言のまま、ウィンストンは嫌々とグラスを合わせた。もう、ノリが悪いオジサンだなぁ。
ここは軽いトークで打ち解けてから、って流れにはなりそうもない。単刀直入に切り出すことにしよう。
「僕をどこから買った?」
「『ベルベット・サーヴァントサービス』だ。このイーストホープでの奴隷市場は、ほとんどそこの独占のようなものだからな」
「アストリア東部一の奴隷商人、ここらじゃ最大手だし、当然そうだよね」
ここまでは単なる確認に過ぎない。ウィンストンが奴隷を仕入れるのは、基本的にベルベットからだ。他にロクな選択肢はなく、何より付き合いの長さ、信頼と実績がある。
ベルベットにとってニューホープ農園は、定期的にまとまった量の労働奴隷を購入してくれる、優良大口顧客だし。それなりの便宜ってのを図っている間柄だ。
「どうして僕を買った?」
「呪いを持つ、曰くつきの奴隷だと。だから他の奴隷と抱き合わせで、格安で売ると持ち掛けられた。まさか、これが人生最大の失敗になるとはな……」
それはご愁傷様。この呪神ルインヒルデの御子を、安易に奴隷としてこき使おうなんて考えるからこうなるんだ。僕と関わった時点で、君はもう呪われてるよ。
「ベルベットは、どこから僕を仕入れたと言っていた?」
「……知らん」
「知らないことないでしょ。こんな怪しい呪われたガキを買おうってんだ、事情を聞かないはずがない」
「本当に、大したことは知らんのだ……ベルベットの奴も、お前を同業者から仕入れたと言っていた。曰くつき、なのは百も承知だ。だから余計なことはそれ以上聞かずに、取引だけ成立させた」
なるほど、秘密にしたいという相手の意を汲んで、ということか。
ウィンストンからすれば、曰くつきだろうが何だろうが、一度農園に奴隷としてぶち込んでしまえば、頭のイカれたガキ一匹などその内に勝手にくたばってくれる。
ひっそりと農園の片隅で死んで埋められれば、どんな曰くがあろうと、誰にも知られず、その存在もすぐに忘れ去られる。
「呪いを恐れて縁切り、ってとこかな……」
何となく、僕がわざわざ奴隷として売られた事情が分かってきた。
同業の奴隷商人を何度も仲介し、僕を捕らえたパンドラ聖教中枢から遠ざける。そして最後は、何の事情も知らない農園主がただの奴隷として使い潰す。
呪いとは因果が重要だ。『痛み返し』で罠や事故を利用された場合に、それを仕組んだ者にまで反撃されないように、呪いはそれ相応の因果関係、縁が繋がっていなければ届かない。
リリスはそれを分かって、僕を直接その手で処刑するのではなく、奴隷として追放することを選んだ。
結局、僕はルインヒルデ様の呪いによって守られたってことだ。本当に頭が上がらない、僕の女神様である。
しかし、ここで得られそうな捕まった後の僕に関する情報は、この辺が限度か。案の定、ウィンストン自身にシグルーンのリリスや紫藤に繋がりは一切ない。
奴らの情報収集するにしても、やっぱり自分で王都に赴かないといけないだろう。
「君も災難だったね。僕という特大の厄ネタを押し付けられたんだから」
どの口が、と今にも怒鳴りそうな形相で、ウィンストンが僕を睨む。
でもしょうがないじゃん、君は本当に運が悪かったんだ。僕が最終的にどこに奴隷として売り払われようが、行き着いた先で必ずこうなっていた。
装備を取り上げ、幾つかの呪術は封印され、おまけに自我までぶっ壊されたけど――――僕は元通りになり、大半の呪術が行使できる。
天職持ち一人いれば優秀、っていう程度の警備体制が精々な場所で、『呪術師』をいつまでも閉じ込めておくことなど出来るはずもないのだ。
「そうだ、僕の奴隷契約書、今ここで破棄しておいてよ」
「ここにはない……契約書の類は、別な場所で保管をしている」
「嘘は良くないなぁ」
「嘘ではない、本当にここには無いんだ」
「そこの本棚さぁ」
「そうだ! 最近買った分の契約書は、まだここに置いてるんだった!」
執務室はここ一ヶ月ずっと監視してたんだ。隠し金庫の場所くらい分かってんだよ。
まったく、下手な芝居でしらばっくれやがって。この状況下でもシラを切ろうとするのは、流石は一代で大農園を築き上げた男の胆力ってことだろうか。
でも情報戦で完全敗北していたら、気合や根性の精神論じゃ無条件降伏は不可避なんだよね。
「これがお前の契約書だ」
「あはは、モモカって書いてある!」
本名じゃないから、こんなの無効でしょ。
自分でもそう思うけど、何事も形式というのは大切だ。僕を奴隷とする、なんて書面が存在している事実そのものを、決して許すわけにはいかない。
もしも僕を奴隷とできる存在がいるならば、それはルインヒルデ様だけだ。
「リザ、燃やしておいて」
「はい、欠片も残しません」
契約書を手渡せば、リザの掌に黒い炎が灯り、あっという間に一枚の紙きれなど灰と化して消え去った。
「さぁて、これで晴れて僕も自由の身だ。勿論、ちゃんと皆の分も破棄しておくから安心してね。奴隷解放、万歳だ」
「ふん、奴隷解放など……無駄なことだ……」
ウィンストンは一口、酒を飲んでそう呟いた。
まぁ、こんな紙切れ燃やして喜んでいるようじゃ、一言くらい言いたくもなるか。
「ここでお前たちがどれほど乱暴狼藉を働こうとも、この国がそれを許さん。逃げ場などない。反乱奴隷は一人残らず処刑される。例外はないぞ」
「なるほど、確かに武力で反乱を起こして、その場は勝っても、次に出て来るのはアストリア軍ってワケだ」
「当然だ。これほどの騒ぎを起こした以上、隠すこともできん。すでにお前らは、アストリア人を殺し過ぎた」
「なら、奴隷の反乱を無かったことにすればいいんじゃない?」
「はぁ……?」
反乱など起こしたころで、普通はウィンストンの言う通りになる。今この時は、確かに僕らが農場を制圧しているけれど、このまま朝になって騒ぎが町に伝われば、アストリア兵がすぐに出張ってくる。
そして僕らには、一国の軍隊と正面切ってやり合えるだけの戦力などあるはずもない。
だからこそ、ここから先は戦わないための策が必要なのだ。
「今夜、凶悪な人食い鎧熊がニューホープ農園を襲った。突然の夜襲に、頼りない警備兵は全滅。あわや農園主一家も食い殺されるか――――そんな時に立ち上がったのが、僕らディアナ人奴隷さ」
「なっ、何を、言っている……」
「命を顧みず勇敢に戦い、見事に鎧熊を討ち果たした彼らに、農園主はいたく感動し、心を入れ替える。そう、彼らを奴隷ではなく、対等な同胞として扱い、受け入れようと」
「まさかお前ら、このまま何事も無かったように、居座るというのかっ!?」
当たり前じゃん、この農園が僕のアストリア攻略を始める、最初の拠点にするんだから。
そのために、ニューホープ農園はこれまでと同じように、滞りなく経営をしてもらわなければならない。
ここを抑えれば、僕は一躍、ヒト・モノ・カネをちょっとした資産家を名乗れるほどには手に入る。
「これが君達ウィンストン一家が生き残る対価さ。この農園も、君自身の能力、経験、人脈、一切合切の全てを、僕に寄越せ」
「ふざけるなっ、そんなこと出来るはずがない!」
「出来ないなら、仕方がない。君らの死体を操って演技させることにしよう」
デイリックから聞いてるよね、僕が鎧熊の死体を操っているって。そして何より、ジュニア君を餌に釣ったシーンも、君はばっちり見ててくれている。
「くっ……そんな真似をして、バレないはずが……」
「そりゃあバレるリスクはあるけれど、死体になった君がそんなこと心配する必要はないんじゃないのかなぁ?」
ウィンストンは戦士じゃなくて、商人だ。
だから恨みのある僕らが破滅する可能性に、自分と家族の命を喜んで乗せるほどの根性はない。
家族諸共、生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ。まだ命の対価を値切る気かな。
「けれど、今すぐ答える必要はないよ。所詮、この提案は僕の事情だし。それよりも先に、済ませなきゃいけないことがあるんだけど……心当たりあるぅ?」
「こんな脅しをかける以上に、一体何があると言うのだ」
なるほど、自覚ナシか。
まぁ、しょうがない。これがアストリア人の意識ってことで。
いや本当に、意識改革って難しいね。あるいは更生と言うべきか。心を入れ替えるって、簡単なことじゃない。
だからこそ、その身に、心に、しっかりと刻みつけなきゃいけない。
「禊だよ」
ディアナ人奴隷が受けた全員分の苦痛を背負ってこそ、真に対等な関係が築けるっていうものじゃあないか。




