第422話 精霊戦士
「なんだ、結局みんな出てきたのか」
警備隊が屋敷へ引っ込みドタバタと籠城準備をし始めた辺りで、僕らの下に小屋へ残してきた非戦闘員の奴隷達もやって来た。その中には、カロンとラティナもいる。
彼らの手には農具や木の棒などが握られ、命を賭けた本当の戦いの場において震えている。それでも、この戦いに自分も加わらなければ、この目で見届けなければ、という強い思いがあってのことだろう。
「戦いもいよいよ大詰めだ。後ろでのんびりと、僕らの雄姿を見ていてよ」
邪魔だ、どうして来た、などと怒鳴り散らしたところで意味はない。ならば完全勝利の反乱劇を見物するギャラリーが増えたくらいに思っておけばいい。
僕としても、彼らが実際にこの戦いを見ていた方が、いいアピールになる。御子ブランドに胡坐をかいてちゃいけない、僕は戦って勝てる有能御子なのだと思ってくれなければ、みんなもついて来る気がなくなっちゃうだろう。
そういうワケで観客整理をしている内に、向こうの籠城準備も整ったようだ。
一階の窓辺は塞がれ、銃眼だけが覗く。屋敷の周囲は開けているから、どの方向から接近しても、必ずどこかの射線が通る。
立てこもり事件なら厄介だけど、こっちは別に人質とられているワケじゃない。屋敷ごと潰そうと思えば、それで解決できる。
けど、屋敷をぶっ壊すのは僕としても避けたい。住む家がないと困るからね。
「それじゃ、僕がちょっと挑発して、盗賊隊長が出て来るかどうか試すから。みんなは下がっててね」
「はい、御子様。お気をつけて」
「こっちの僕は分身だから大丈夫。もし撃たれても、助けようとして出てこないでよ」
リザに釘を刺してから、僕は堂々と屋敷の正面から接近して行った。
「あーあー、お前らは完全に包囲されているー。諦めて、大人しく投降しろー」
「この反乱劇は、テメぇの仕業か、呪い子モモカ!」
正面二階の窓辺から、盗賊隊長デイリックが返事をくれる。
どうやら話をする気はあるようだ。そりゃ時間を稼ぐにしろ、交渉の余地を探るにしろ、ここで無視を決め込むよりかはメリットがある。
聞く気があるならと、率直に投降を促してみるものの、やはりタダで下る気はない模様。
こっちとしては命の保証をしてあげるだけで、破格の条件だと思うんだけど……信用しろってのも無理な話か。
とはいえ、もう追い込まれているんだから、ここは優しい僕の慈悲に縋った方が生存率は上がると思うんだけどね。
仕方がない、僕もあんまり酷い方法は取りたくないんだけど、君がそういう態度なら仕方がない。僕が悪いんじゃない。君がそうさせたんだ。
「そうだっ、家族の説得があればどうだろう。例えば、愛する一人息子とか――――おーい、ジュニアくぅーん」
「う、あぁ……パ、パァ……」
「ジュニアァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
効いてる効いてる。実にいいリアクションだ。やっぱ人質取った時は、こういう反応してくれないと。
いいお父さんじゃないか、ジュニアくん。君はとっても愛されているよ。
「ほらジュニアくん、お父さんを呼んでよー」
「パパ……たす、助け、て……」
ジュニアの死体は、鎧熊をみんなで追いかけていた時に脱出させておいた。屋敷にいる連中も揃って大捕り物に夢中だったお陰で、普通に裏口から歩いて出て来れたよ。
デイリックは自分の手で、食い荒らされた息子の死体を回収してきたんだ。こうして立って歩いて喋っても、生き返った、などとは思わない。
僕が呪術で死体を操っているだけ、なんてのは百も承知。
「生意気なクソガキを八つ裂きにするのは、最高の気分だったよ、あぁーっはっはっは!」
でも、愛する息子の死体さえ辱められて、黙っていられないだろう。
思わぬ奇襲を受けても、混乱することなく速やかな撤退が出来る冷静な判断力を持つ君でもさ、こんな真似されて理性が持つはずない。
ふふん、人質戦法には僕、詳しいんだよね。
「お前の息子はいい声で鳴いてくれたよ、デイリック」
「ォオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
よし、釣れた。
純粋な怒りの感情だけを燃やした、正しく憤怒の形相でデイリックが二階の窓から飛び出してくる。
流石は機動力も売りの『盗賊』だ。脚力強化も全開で、一足飛びに僕が立つところまで届くだけの速度と勢いだ。
けど、夏川さんに比べると、やっぱり遅い。本気出してもこんなもんか。
一瞬で分身が斬り捨てられる、くらいのつもりでいたんだけど、これなら本体の出番もないね。
僕でもまだ目で追える速度で突っ込んでくるデイリックに、余裕をもって唱えた。
「ブラスト」
僕にとっては馴染み深い、紅蓮の爆炎が炸裂した。
それなりのコア爆弾を爆破させた。至近距離で受ければ生身の人間など木端微塵に吹き飛ぶ威力。『重戦士』山田でもダメージ喰らうほどの爆破だ。盗賊の君には痛いだろう。
ジュニア君の死体には、コア爆弾を仕込んでおいた。
鎧熊が僕の操る死体だった、と気づいた時点で疑問に思わなかったのかな。すでに死体の鎧熊が、人間の肉を喰らうのかと。
息子の死体は自分で見つけて回収したんでしょ。それなら綺麗さっぱり内蔵だけが食い尽くされていた状態は見ているよね。
アレはコア爆弾を仕込むために、スペースを空けておいたんだ。
まぁ、ジュニア君がカロンとラティナに対する仕打ちは万死に値するので、散々引き摺り回して絶望させてから、生きたまま体を喰われる、という処刑でもあるんだけど。
カロンはまだいい。彼は強い少年だ。ウォンタに鞭打たれ、ジュニアに暴行されても、その心は全く折れていない。
けれどラティナは違う。彼女はただの女の子だ。
遊び半分で鞭を打たれただけで、彼女の心は折れた。僕が薬を塗った時も、彼女はずっと震えていた。翌朝に傷が治り痛みが引いても、心の傷はそのまま。真っ青な顔色で、今にも吐いて倒れてしまうんじゃないかという姿だった。
完全にトラウマとなっている。あのまま鞭を打たれれば、今度こそ発狂して二度と心が戻らないかもしれなかった。
そんなラティナに、ジュニアは鞭打ちを超える苦痛と屈辱を、心から笑って辱めようとしたんだ――――楽に殺してやれるほど、僕は善人じゃない。
そりゃあ僕だって、子供を手にかけるのは心が痛むよ。本当はちゃんと日本の基準で成人するまで待ってから処刑したかった。でもそこまでの時間も余裕もないからね。
キッチリと報いは受けさせるし、反乱に利用もする。僕にとってはベターな結果だよ。
さて、そうして腹に抱えたコア爆弾が炸裂して、今度こそ原型を留めず砕け散ったジュニア君だけど、
「ちぇっ、ここまでお膳立てしてやったのに、殺し切れてないじゃん。ホントに使えないガキだな、こんなの育てた親の顔が見てみたいよ」
「ぐっ……がぁああ……」
僕の更なる挑発に、黒焦げになりながらも怒りに燃え続ける目で、デイリックは睨みつけてくる。その姿と気迫に、まだ戦闘能力を残していることが窺える。
灼熱の爆炎をモロに喰らって、西部劇に出て来るスカしたガンマンみたいな風貌は見る影もない。顔の半分は焼け爛れ、髪も焦げ落ちた。
しかし二本の足で立ち、手にした刃は離さずに構える。
どうやら、防御系のマジックアイテムを持っていたっぽい。炸裂する瞬間、光のシールドみたいなのが輝いていたし。それに空を蹴って横へ回避もしていた。
どちらもコア爆弾を防ぐにはまるで足りていないが、それでも命を繋ぐだけの効果はあった。流石は天職持ちか、咄嗟の判断力に、体そのものも頑丈である。
やれやれ、ここ一ヶ月エレメンタル山脈で弱い火精霊系モンスターを狩っては、チマチマ集めたコアを合体させて製造した、僕の苦労の結晶だったのに。
近接戦闘に強い天職持ちを倒すには、やはりもう一手くらいは必要だったか。
「テメぇ、だけは……殺して、やる……」
「うわっ、ポーションも持ってるのか。使う前に仕留めとけば良かったぁ」
取り出した小瓶を自分にかけると、さらに活力が戻る。その見た目と強い即効性の回復効果は、ポーションに違いない。
こんなにいいモノを隠し持ってるとは、勿体ないことしたよ。
ともかく、これでデイリックは最期の力を振り絞って、ひと暴れできるようになっただろう。
「御子様、どうか後は私にお任せを」
「あっ、リザ」
この死にぞこないを鎧熊に任せるか、それとも桃川飛刀流で仕留めてやろうか、ちょっと悩んだところで、リザが僕をかばう様に立った。
守る意味などない、分身の僕の前に。
「たとえ幻であろうとも、御子様のお姿が傷付くのを見過ごすワケには参りません」
「もう、そんなの気にしなくていいって言ったのに」
分身の僕はスケルトンと同レベルの捨て駒だからね。囮は勿論、強行偵察に特攻と、何でも出来る万能ユニットだ。こういう使い方には慣れてくれないと。
「でも、折角だしね。リザの力、見せてもらおうかな」
「ありがとうございます。『精霊戦士』の力、どうぞご覧ください」
リザは僕と『契約』することで、精霊戦士としての新たな力を手にした。
ここでいう契約とは、力を与える特別な儀式や魔法があるワケではなく、あくまでお互いの意思確認に過ぎない。だからリザが僕を『御子』として認め、僕の力を受け入れることに同意を示した、という契約関係だ。
だから僕は自前の呪術によって、リザを精霊戦士へと仕立て上げた。気分は悪の秘密組織の改造人間である。
基本は呪印の刻印術だ。
呪印は『猛き獣』のように誰にでも効果を発揮するタイプもあれば、桜ちゃんの『疾風の羽根・聖なる乙女の手にとまれ』みたいに特定個人の専用呪印へと変化するものもある。
呪印のいいところは、基本的に相手を選ばずに効果を与えられること。勿論、呪印の効果を発揮するのには、大きな個人差が存在する。
杏子の『巌に刻む爪痕』、委員長の『吹き荒ぶ白雪』、なんかの属性強化系は、その属性魔力に素質がない素人に刻んでも、効果は無いからね。
さて、ではリザ個人の素質はどうなっているのか。適する属性は。
そういった基本ステータスについては、実はすでに知っている。いやだってリザ、僕のことを毎晩、抱きしめて眠ってくれるからね。これだけ長時間、密着状態でいてくれると、体を探るにはちょうどいい。エロい意味じゃなくて。
そうした純粋な身体調査の結果に判明したのは、リザに決定的に欠けているのは、単純な魔力保有量であることは分かった。
話を聞くに、これはディアナの精霊戦士共通の特徴らしい。
精霊戦士は、まず素の身体能力に優れたフィジカルエリートだ。自前で武技を扱えるほどだと言う。
しかし魔力が無い。ゼロではないが、一般人並み。だから武技を使えても、連発できない。これによって、どれほど戦士としての技を磨いても、『剣士』や『戦士』といった天職持ちには敵わない。
だが弛まぬ研鑽を重ねる彼らに、足りない魔力を補ってやればどうなるか。それが『精霊戦士』という眷属が生まれた理由であろう。
肉体的に優れた者に、魔力の力も付与することで、強力な戦士を作り上げる。なるほど、魔力の才という限られた資質の差を埋める、画期的かつ効果的な方法だと僕も思う。
クラスメイト全員が天職持ち、という環境で今まで生きてきたから、僕にはすっかり抜けていた発想でもある。
しかしながら、精霊戦士にはまた別の資質も求められた。それが魔力への適性である。
魔力適性とは、その魔力を扱うことのできる能力だ。
各属性の魔術師ならば言わずもがな。だがしかし、保有魔力と魔力適性はまた別のステータスなのだ。だから魔力のない一般人でも、もしかしたら火属性や氷属性を操る素質には長けている、という可能性は普通にあったりする。
なので、同じ御子から力を授かった時、より魔力適性の高い方が精霊戦士としてより強力になるのだ。
さて、そういう点でリザの魔力適性はどうかと言えば――――これが大当たり。
少なくとも、僕の呪術とは相性抜群だ。
もしかしたら、オーマも初めてザガンを見出した時、こういう気持ちになったのかもしれない。運命の相棒との出会いである。
「我が名はリザ・タイタニア。御子・モモカワコタローの『精霊戦士』」
戦士らしく堂々と名乗りを上げるリザ。
その褐色の肌に、僕が刻んだ呪印が真紅の輝きを発して浮かび上がる。
呪印は顔から手先足先まで、全身に及ぶ。正に運命的な魔力適性を持つリザだからこそ、ここまで刻み、通じることが出来る。
さぁ、好きなだけ持っていけ。僕の魔力を君に委ねる。
「――――『巨人戦装』」
唱えた瞬間、リザの体は黒い炎に包まれる。
肌が焼け焦げそうなほどの熱さは、炎のせいではなく、それだけ強く濃い魔力が渦巻いているからだ。
黒い火炎竜巻が轟々と渦巻くのも一瞬のこと。灼熱の感覚が過ぎ去った後に残るのは、紅蓮と漆黒に彩られた巨躯。
「悪魔かよ、コイツぁ……」
思わずといったようにそう零すデイリック。なるほど、アストリア人から見ても、この姿は悪魔的に見えるらしい。
身の丈は3メートルを超える程度。巨人と呼ぶには小さいが、この悪魔のような姿は敵を威圧するには十分だろう。
怒れる髑髏のような顔つきに、大山羊の如き雄々しい二本角が生える頭。
リザの色香溢れる女性的なボディラインはそのままに、赤々と燃える溶岩のような肉体に、金属質な黒い鋼鉄の外殻を鎧のように纏っている。
鋭い爪の並ぶ、凶悪な黒鉄の手がギリギリと軋む音を立てながら、拳が握られる。
爆ぜるように膨れ上がるマグマの筋肉。固く握られた拳は鉄槌そのもの。そして手中にあるのは、凝縮された灼熱の魔力だ。
ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
獣染みた咆哮と共に、爆音が轟く。
デイリックは回避に反応する間もなく、爆ぜる黒い爆炎に飲まれる。直撃だ。
気づいた時には黒煙の軌跡を一直線に残して、デイリックが破城槌の如き勢いで突っ込み、固くバリケードで強化された屋敷の正面扉をぶち破っていた。
あー、これは今度こそ死んだな、デイリック。まぁ、万全の状態でも、悪魔リザの相手にはならなかっただろうけど。
 




