第421話 ニューホープ農園の反乱(3)
「おおぉー、やってるやってる。大盛り上がりだねぇ!」
首尾よく宿舎を襲い装備を整えた僕らが屋敷の方へと辿り着く頃には、そこはすっかりお祭り騒ぎになっていた。
いい大人達が銃を担いで、一体の鎧熊を必死になって追いかけまわしている姿は、なかなか見物である。ポップコーンとコーラを抱えて優雅な鑑賞会をするのも良さそうだ。
鎧熊は自身の存在を殊更に主張するよう、それでいて無謀な突撃で仕留められないよう、吠えるだけ吠えさせて、基本は逃げに徹している。屋敷を中心にして、グルグルと周囲を吠えながら走り回っているような動きをさせている。
これに対する警備隊は、やはり隊長の『盗賊』デイリックが先陣に立って鎧熊を追いかけ、数人の警備兵とアストリア人奴隷と思われる奴らを屋敷の中に守備隊として置いているようだ。
鎧熊を追う警備隊の他にも、時折、屋敷の窓からブラスターの火線が分かりやすく閃いている。屋敷には雇い主のウィンストンとその一家がいるのだから、万が一、鎧熊が突っ込んできても対処できるよう防備は敷いているということだ。
素人だったら全員総出で追っかけてそうだけど、そこは一応、実戦経験済みの元アストリア兵が率いている以上、現有戦力で的確な配置を行っていた。
まぁ、鎧熊を即仕留められていない時点で、もう君らの勝ち筋なんて残っちゃいないんだけどね。
「御子様、それでは我らも攻めましょうぞ」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。その前に、僕の愉快な仲間達を紹介させて」
逃げる鎧熊に夢中で、まるでこちらの存在に気づいていない敵の様子に、今こそ奇襲をかける好機とばかりに鼻息荒く銃を握るトーゴに、待ったをかける。
別にこのままディアナ戦士が突っ込んでも勝てるけど、犠牲者は何人か出るだろう。それは良くない。これは犠牲者ゼロのノーダメで完勝できる戦いなのだ。
シミュレーションRPGでも、格下相手にユニットが一体でも倒れたりしたら、勝っても負けた気分になるでしょ? まして命を落とせばそこでロストするリアル仕様なら尚更。
というワケで、信頼と実績の忠実なる真の奴隷という存在を紹介しよう。
「スケルトン三等兵、突撃ぃー」
方々からガタガタと骨を鳴らして駆けていく、黒いスケルトン達。手にするのは、ナイフよりもさらに適当な造りの、ただ木の棒を尖らせただけの槍とも呼べない杭である。
今の僕は『召喚士の髑髏』を嵌めた『愚者の杖』がなくても、ある程度まで召喚術が使える。最下級のスケルトンならば、それなりの数を行使できる。
僕がみんなに提供した食料やら何やらの材料諸々は、基本的にこのスケルトン達がエレメンタル山脈に籠ってせっせと収拾したものだ。
尚、エレメンタル山脈はその名に違わず精霊系モンスターが跳梁跋扈する魔境なので、結構スケルトンが狩られて苦労した。山中に臨時拠点を設営して、やられた端からじゃんじゃか召喚できる体勢を整えておかなければ、採取・収拾から農園までの輸送は滞ったことだろう。
そういうここ一か月間の苦労もありつつ、今の僕はスケルトン操作だけなら本職の東君にも負けないくらい上手くなった気がするよ。
スキレルレベルを上げたところで、スケルトンの役割など変わらない。囮、肉壁、弾避け、それこそ最弱の本分というもの。ダンジョン攻略の頃と何一つ変わらず、彼らは僕の命じるまま、粗末な凶器を握りしめて突撃して行った。
「うおっ、なんだコイツら!」
「アンデッドだとぉ!?」
「おい、どっから湧いて来たんだ!」
「ギャァアアアアアアアアアッ!!」
鎧熊に夢中なせいで、特に素早くもないけど四方から駆け寄ってきたスケルトンの万歳突撃に気づかず、ブッスリ刺された野郎共も出始めた。
いいねぇ、使い捨ての雑魚で敵戦力を削れた時が、一番お得感あるよね。
さぁ、もっとアゲて行こうぜ!
「ハイゾンビ二等兵も突撃だ」
キョワァアア! と今日も元気な雄たけびをあげて、綺麗なフォームで全力疾走していくハイゾンビ。そのアスリート並みの脚力をもって、スケルトンを遥かに超えるスピードで警備兵へと襲い掛かって行く。
このハイゾンビも、何とか僕単独でも行使できる。当然、スケルトンほど数は出せないし、召喚するのも一瞬というワケにはいかない。
それでも骨の甲殻を纏った筋骨隆々マッシヴボディの彼らは、突撃兵としては外せないよね。
「クソっ、速ぇ!」
「来るな、来るなぁああああああああああああ!」
スケルトンとハイゾンビの突撃によって、モンスター一体を追いかける狩りは一転、地獄のような大乱戦と化した。
あまりに予想外の展開に、屋敷の方からも援護射撃は散発的なものに留まる。まぁ、窓に配置しているのはほとんど素人みたいな連中の方が多い。敵味方が入り乱れた混戦状態のところに、撃ちかけるのは躊躇するだろう。
「でもこっちはフレンドリーファイアを気にする必要はないから。トーゴ、射撃開始」
「了解っ!」
すでに十分な射線を確保できるよう、配置についた戦士達にトーゴが待ちに待った号令を下す。
閃くブラスター。一斉に発射された青白い光弾は、奇襲を受けて総崩れになりかけていた警備隊へと容赦なく襲い掛かった。
「退けぇ! 急いで屋敷に戻るんだ! これは敵の襲撃だぁ!!」
このまま畳みかけて殲滅できるかと思ったが、デイリックは即座に声を上げて退却を叫んだ。
まぁ、流石にこの状況になれば、ただの野良モンスターが出没しただけじゃなくて、意図的な農園襲撃であることに気づくだろう。
そして火薬式の銃よりも派手に光るマズルフラッシュをあげるブラスターをぶっ放したことで、僕ら奴隷も反乱を起こして攻めてきたってことも、すでに彼は理解しているようだ。
「戻れ戻れ! 奴隷共が反乱しやがった!」
「畜生、どうなってんだよこりゃあ!」
「ぐわぁああ! まっ、待ってくれぇーっ!!」
退き時が一番、被害が出るからね。
素早い退却命令によってすぐに警備兵も屋敷の方へと走って行くが、それを悠長に眺めているような真似はしない。
スケルトンとハイゾンビ、そして逃げ役に徹していた鎧熊も反転させて追撃へ移行。
トーゴの戦士部隊は、屋敷の方へ向けて火線を集中させる。
うーん、まぁこれで半分くらいは仕留められたかな。
残り半分は、何とか屋敷まで転がり込み、固く正面扉を閉ざした。
「前進して屋敷を包囲する。さぁ、第二ラウンドと行こうか」
◇◇◇
「使えるモンは何でもいいから集めて、バリケードを築け! 一階の窓は全て塞げよ、いいか、全部だぞ!」
命からがら屋敷へと撤退してきたデイリックは、急いで籠城の準備を進めた。
全く予期せぬ敵の襲撃に合い、あわや総崩れといった間際だった。何故、どうして、という疑問はデイリックとて同じだが、彼はこういった場合の思考すべき優先順位も心得ている。
考えても分からぬ疑問など後回し。兵は今何をするべきか、という命令を待っているのだから。
ならば自分が考えるべきことは、目の前に現れた敵に対抗するための行動だけ。その他は全て後回しだ。
「デイリック、一体何が起こっているんだ!?」
「会長、奥へ戻っててください。奴隷共が反乱を起こしやがった。この鎧熊も奴らが誘導したものかもしれません」
異常を察して、ウィンストンも自ら一階へと降りて様子を尋ねてきた。
流石に雇い主相手には、引っ込んでろ、と一蹴することは出来ない。デイリックは状況を端的に報告し、今すべきことを彼へと伝えた。
「鎧熊を操り、アンデッドの群れを使役する高位の術者が敵にいる。そして奴隷共は銃を持ち出して来た。タイミングを考えりゃあ、意図的な反乱計画なのは間違いないでしょう」
「そ、そんな馬鹿な! どうやってそんな真似が奴隷なんぞに……」
「とにかく、今は屋敷に籠城するしかありません。夜が明ければ、この騒ぎに町も気づくでしょう。だから奴らは、何としても今夜中にここを落とすしかない」
「ぐっ、ぬぅ……この夜を耐えきれば、何とかなるのだな」
「ええ、そうしなけりゃ俺らは誰も生き残れませんぜ」
「分かった、屋敷はお前の好きにしてくれて構わん。必ず守り通してくれ」
「お任せください。パンドラの神々に誓って」
兵達が容赦なく家具を持ち出しバリケードを築き、屋敷がどんどん荒れていく様を愕然とした表情で眺めつつも、ウィンストンは状況とデイリックの言葉に納得するより他はなかった。
「敵は銃を持ってますんで。くれぐれも、窓から顔を出さんようお願いします」
「ああ、分かってる」
デイリックの忠告に、ウィンストンは念のために腰へ巻いたホルスターに収めたリボルバーを撫でながら、再び家族を避難させた執務室へ戻って行った。
「お前ら、覚悟決めろよ。今ここが正念場だ。必ずこの夜を乗り越えるぞ」
「了解っ!」
デイリックの号令一下、兵も奴隷も一丸となってバリケードを築き、防備についてゆく。
そうして一通り一階の封鎖を終え、各員の配置がついた頃だった。
「あーあー、お前らは完全に包囲されているー」
場違いなほど能天気な子供の声が、緊張感で張り詰めた屋敷に響いた。
「諦めて、大人しく投降しろー」
「アイツは……呪い子、か」
デイリックは二階正面に陣取っており、ライフルを構えて窓から声の主を覗き込めば、そこには古臭い奴隷スタイルである麻袋のようなボロを纏った子供が一人だけ前へと出て来ているのが見えた。あんな恰好をしたガキは、この農園でも一人だけ。
「この反乱劇は、テメぇの仕業か、呪い子モモカ!」
情報を集めるにしろ、時間を稼ぐにしろ、ここは話に乗るべきと判断し、デイリックは銃口をモモカへ向けながら声を上げた。
「まぁ、見ての通りだよ」
煌々と明かりを焚かれた屋敷の光に照らされて、小悪魔のような笑みを浮かべるモモカの顔が、ハッキリと見える。
そして小さな彼の背後には、武装したディアナ人奴隷とアンデッドモンスターが立ち並ぶ。
「それがテメーの本性ってワケか。あのイカレ演技は『盗賊』の俺でも見抜けなかったぜ」
「そりゃ演技じゃなくて素でやってたからねぇ……でも今は、こうしてバッチリ目覚められたよ」
二重人格か何かか、と思いながらも、そんなことはどうでもいいかと頭を振る。
あのガキは狡猾な術者だ。ただでさえ強力な呪いを宿している上に、その力を完全にコントロールしている。
魔法と言えば、何かと威力を重視されるが、デイリックは制御、コントロールが上手い術者の方が厄介だと経験則で知っている。そういう奴は殺すのに必要な分の威力だけを、正確に、あるいは裏をかくように通してくるものだ。
そしてモモカは、そういうタイプだとデイリックは直感した。
「察しのいい盗賊なら、もう自分達が詰んでるってコトは分かってるんじゃないの? どうだろう、君たちの命は保障するからさ、ここは大人しく降伏してくれないかな」
「舐めんなよクソガキ、お前ら全員撃ち殺してやるから、今の内に逃げる算段を立てといた方が身のためだぜ」
「たかが鎧熊一匹も仕留められない君たちじゃ、無理な話だよ」
モモカがヒラヒラと手を振れば、グルルと唸りをあげて因縁の鎧熊がのしのし歩いてやって来る。飼い犬のように鎧熊が伏せると、モモカはそのゴツゴツとした兜のような頭部甲殻を撫でた。
分かっている、虚勢を張っているのはこちらの方だ。
籠城を選んだ時点で、自分の手で反乱奴隷を皆殺しにできるとは思っちゃいない。むしろ奴らが逃げてくれた方がありがたい。今はそれほどまでに劣勢だ。
奴の言う通り、鎧熊をこのまま突っ込ませるだけでも、こちらはかなり苦しいことになる。
「でも天職持ちの君がいるのは厄介だからね。そうだ、一騎討ちとかしてみない?」
「本物のテメーが出て来るってんなら、考えてやるよ」
モモカの姿を見かけた瞬間に、有無を言わさず撃ち殺そうかと考えたが、寸前でヤツには分身する術があることを思い出した。だからこそ屋敷中の銃口から狙われていても、堂々と姿を晒して、生意気な口を叩けるのだ。
「うーん、困ったなぁ、どうすれば君を上手く引きずりだせるかな」
ゾゾゾ、と再び悪寒が背筋を走る。
困った困った、と唸りながら、どこか期待するような笑みを浮かべるモモカの表情に、途轍もない怖気を感じてならない。
来るか、呪い。この俺の命を奪うに足る、凶悪な呪術が――――胸中に渦巻く危機感に、全力で気配察知を巡らせる。
「そうだっ、家族の説得があればどうだろう。例えば、愛する一人息子とか――――おーい、ジュニアくぅーん」
灯りの届かぬ暗闇の中から、ヒタ、ヒタ、と裸足で地を歩く少年が出でる。
その姿、その顔、見違えるはずもない。自分と同じ髪の色と、妻の目の色を持つ、この世で一番大切な、大切だったモノが、そこにあった。
「う、あぁ……パ、パァ……」
「ジュニアァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
この瞬間、矢が、銃弾が、あるいは恐ろしい呪術が飛んでくるかもしれない、という警戒心は全て吹き飛び、デイリックは窓から身を乗り出すようにして息子の名を叫んだ。
「ほらジュニアくん、お父さんを呼んでよー」
「パパ……たす、助け、て……」
分かっている。アレは息子じゃない。もう、息子ではない。
アンデッドなんだ。
肉体は確かに本人のモノに違いない。けれど、その目にはどうしようもなく命の光は失われ、その身に熱い血潮が流れていないのは明らか。盗賊の観察眼をもって、そんなことを見破れないはずもない。
スケルトンに筋肉質なゾンビ。そして恐らくは鎧熊も。モモカは屍を操る呪術を使えるのだと、とうに分かっていたこと。
ジュニアの死体を操れるというなら、自ら歩いて屋敷を脱して手元へ戻すことも出来るだろう。
罠だ。見え見えの罠。開きっぱなしの落とし穴も同然。
けれど今ばかりは、デイリックも冷静な兵士の判断は下せない。
「生意気なクソガキを八つ裂きにするのは、最高の気分だったよ、あぁーっはっはっは!」
悪魔が笑う。
子供の皮を被った悪魔が、人間の尊厳を踏みにじって笑った。
「お前の息子はいい声で鳴いてくれたよ、デイリック」
「ォオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
言葉にならない獣のような絶叫を上げ、怒りに燃えた父親は窓を割って飛び出して行った。それが呪術師の罠であることを忘れ去って。




