第420話 ニューホープ農園の反乱(2)
「おおー、結構集まったね」
意気揚々とリザを連れて奴隷小屋を出ると、すでに外には30人ほどのディアナ人が綺麗に整列して、僕を出迎えてくれた。
「我ら全員、元戦士にございます。僅かでも御子様の御力となりたく存じます」
「ありがとう、経験者は大歓迎だよ」
奴隷小屋エリアには、農園のディアナ人奴隷が全員集められている。アストリア人奴隷はまた別のエリアに分かれており、明確に人種で区別されている。勿論、ディアナ側の方が劣悪。奴隷の中でもアストリア人かディアナ人かではっきり差別されているのだ。
で、僕はリザ達への説明と同時並行で、警備兵を排除し終わった分身も動員して、他の奴隷小屋でも同様の話をしてきた。
そして今、僕の反乱に乗った者達が、こうして集まったというワケだ。
「とりあえず、戦士部隊の隊長はトーゴでいい?」
「ありがたく、拝命いたします」
精霊戦士はエリートだからね。農園じゃリザだけだし、ディアナ本国でも兵力の大半は通常の戦士である。
トーゴは精霊戦士でもなければ天職もない普通の戦士だが、ここにいる中では恐らく最年長のベテランだ。ここに並ばせている中でも一番前にいるし、普段の仕事ぶりを見ても、彼が隊長ならみんな納得してくれるだろう。
「宿舎制圧までは隠密行動でヨロシク」
「御意」
御意って返事されるのは初めてだよ。気取ってるワケじゃなく、このナチュラルに言い慣れている感じが、本物の身分社会を思わせる。
だからといって、僕は別に一人称を余とか我にしようとは思わないし、言葉の後にサーをつけろと強要もしない。
変なキャラ付けしたせいで、言いたいことが上手く伝わらなくても困るし。
「はい、これ初期装備のナイフね」
「おお、すでに武器まで揃えてあるとは……」
やっぱ最低限、刃物は欲しいでしょ。
町の方から金属ゴミを拾い集めて、山の中で錬成して用意した武器である。勿論、品質はお察し。『ジャンクナイフ』とでも名づけるべき、最低レア度の初期武器だ。
こんなもんでも、あるのと無いのとじゃ、気持ちが違ってくる。人間、武器を握ると強気になれるから。
さて、武器も配り終わったし、出発だ。
「よし、今」
僕の誘導に従って、30人の戦士部隊は速やかかつ静かについて来る。
農園の巡回ルートは把握しているし、使い魔もバラ撒いている。今夜のような鎧熊対策の変則警備でも、問題なく対応できる。
それに幸い、とでも言うべきか。いざという時に素早く奴隷の反乱に対応するためか、奴隷小屋から警備宿舎までの距離はかなり近い。
自分達の方が先に気づける前提なのって、どうなんだろね。
まぁ、屋敷に住む主としては、こういう配置の方が安心なのだろう。お陰様で、こっちが奇襲をかける側になると、楽が出来る。
そんなワケで、僕らはあっさりと宿舎へと辿り着く。
建物の造りは広めの平屋。二階も地下室もない。屋内は武器庫だけ施錠できるようになっているが、鍵を持つ当番が常駐し、持ち出しを管理しているだけ。
ここは最初に襲撃をかける場所なので、きっちりと間取りは頭に入れている。
「寝室に6人寝てる。リビングに4人」
合計で10人。警備部隊のおよそ三分の一だ。まぁ、24時間体制で交代するなら妥当な人数である。
通常時はこれの半分くらいなのだが、今日は鎧熊への警戒態勢だから、警備部隊も総動員で農園に駐留しているのだ。
こっちとしては全員揃っててくれないと、困るんだけどね。
「寝てるヤツの始末をお願い。もしリビングの奴らが気づいたら、こっちが突入して片づける」
本職の戦士達だ。スヤスヤ眠ってる相手にナイフで一突きするくらい楽な仕事だろう。
僕の指示にトーゴは9人を連れて寝室へ侵入するべく歩き去る。ちゃんと裸足になって、足音を立てないようにしているね。
勿論、分身の僕もついていく。これで仕掛けるタイミング合わせは問題ない。
本体の僕はリザと共に正面玄関で待機。ここを破って入れば、すぐに4人組がたむろしているリビングとなる。
寝ている6人を上手く始末できれば、寝室側と玄関側から同時に仕掛けて仕留める手筈だ。
最悪、今すぐリビング組に気づかれて騒がれるってこともありうるけど……
「おやすみー」
あっけないほど全員同時にナイフを突き立て、寝ている6人は一斉に永遠の眠りへと落とした。
リビングの方は、だらだらと雑談を続けており、こっちに気づいた様子は全くない。コイツら、気が緩み過ぎじゃないか?
まぁいいや、カウントスリーで突入ね。3,2,1――――
「んあっ?」
そんな間抜けな声を漏らして、目の前から飛び出してきたディアナ戦士の存在を認識するより前に、四人ともあっさり死んだ。ソファに座り込んだまま、立ち上がる暇もなく、飛び込んできたトーゴ達に押し潰されるようにされて、刺し殺された。
なかなかの手際だ。この動きが出来るのがディアナ戦士の基本だとしたら恐ろしいね。
「あっ、ソイツが当番だから武器庫の鍵持ってるよ」
「ありました」
僕が示せば、即座に上着をまさぐってトーゴが鍵を取り出す。
「ブラスターの使い方は分かる?」
「私含めて、ここにいる全員、アストリアの銃は扱えます」
「良かった、それじゃありがたく頂戴するとしよう」
やっぱり敵の武器も鹵獲して使ったりしてたのかな。それともアストリアの武器商人がディアナにも売りさばいているのか……確かインディアンにも武器を与えて、部族間抗争をさせて自ら頭数を減らさせていたな。アストリアなら間違いなく同じことやってるだろう。
当たり前のように敵の武器を扱える姿を見て、そんな世知辛いコトまで思い至ってしまったよ。
でも今は銃を使えるのは好都合。武器を持てば強気になるが、銃を持てばさらに強気になるのだ。
ホラーゲーでもショットガン入手したら、逃げ回るよりもどう撃ち殺すかって考えるでしょ。
「おぉー、溜め込んでるねぇ」
流石はイーストホープ一の大農園主、金に飽かせてキッチリと武器を取り揃えていらっしゃる。
ガンラックに並ぶのは、アストリアでは主流のライフル型ブラスターだ。
木製ストックのシンプルな形状は、現在でも狩猟などで現役のボルトアクションライフルとよく似ている。強いて言えば、鉛玉ではなく魔力の光弾を撃つので、排莢の必要がないからレシーバーの部分は造りが全く異なる。
とはいえ、小鳥遊がタワー防衛にじゃんじゃん持ち出してきた古代製のブラスターに比べれば、玩具みたいな出来である。アストリアの魔法・工業技術がこのブラスター一つでよく分かるというもんだ。
「これでちょっとはマシな装備になったね」
警備部隊がそもそも30人程度だから、銃の数もおおよそ人数分プラスアルファといったくらい。こっちの全員に配るほどの数は残っちゃいないけれど、昔ながらの槍なんかもここには揃っているので、チンケなナイフ一本よりはいいだろう。
もっとも彼らの出番はあっても、適当にブラスターを射掛けてもらうくらいだろうから、近接武器を振るう機会はないけどね。
「それじゃ、正面に鎧熊突撃させるかな」
「あの、御子様……その鎧熊は、御子様が使役なさっているのですか」
ええっ、今更それ聞くの?
もしかして、神の予言か何かで鎧熊が襲ってくるのを見越した作戦を立てているとか思っているのだろうか。
安心してよ、ちゃんと僕がコントロールできるモンスターだから。
「勿論、ここ最近イーストホープを賑わせていた鎧熊は、僕の使い魔さ」
◇◇◇
農園に出現した鎧熊がジュニアを襲った。その一報をデイリックが聞いたのは、久しぶりの非番で、自宅にて妻と優雅にティータイムを嗜んでいた時だった。
そんな、まさか、嘘であってくれ、最悪の報告に動揺しつつも、実戦を経験したベテランの兵士でもあるデイリックは、即座に準備を整え農場に乗り込み、部隊を招集して鎧熊を追った。
たとえエレメンタル山脈の奥に逃げようとも、今回ばかりはどこまでだって追いかけてやる。そんな気概で馬に跨り猟犬を連れた万全の態勢で挑んだが、山裾に辿り着くよりも前に、ソレは草むらの中に転がっていた。
「うっ……」
「なんてこった、こりゃあ酷ぇ……」
「ああ、神よ」
共に戦場を潜り抜けた仲間達でも、思わずそんな声を漏らしてしまうほど、凄惨な死に様を晒すジュニアの姿があった。
四肢に欠損はなく、首も残っている。けれど、胴体の中が空っぽだった。ゴッソリと体の前面が抉りぬかれたように開き、内蔵が一つも残っていない。周囲に散乱した腸の破片と、ドス黒く染まった大きすぎる血痕が、この場で彼が臓物を貪り喰われたことをありありと示している。
生きたまま喰われるのは、どれほどの恐怖と苦痛だろうか。傷だらけの顔は最期の瞬間まで絶叫をあげていただろう、おぞましい形相で固まっていた。
「第一目標、発見。捜索はここまでだ、戻るぞ」
「隊長、その、いいんですか……?」
「当たり前だ。ジュニアを……息子を、連れて帰る」
「了解!」
父親としての絶望を、兵士の使命で塗りつぶすことでデイリックは平静を保った。少なくとも部下の前、表向きには。
良くも悪くも、惨殺死体には慣れている。自分で作ったこともあれば、敵に仲間をやられたことも。
だから耐えられた。ギリギリのところで。今、悲しみに泣き叫んで、怒りと悔いに喚いても、どうにもならない。すべきこと、成すべきことを、成せ。強く自分に言い聞かせた。
そうしてデイリック率いる警備部隊は、夕暮れ前には農園へと帰還を果たした。愛息子ジュニアの死体を抱えて。
「ウィンストン会長、今夜から農園に厳戒態勢を敷きますんで。あの鎧熊は、ついに人間の味を覚えちまった。ここは獲物がわんさかいる、チョロい狩場だと認識したでしょう。今日明日にでも、また襲ってくる可能性が高いんでね」
「あ、ああ、それは構わんが……」
戻って早々、報告に上がったデイリックを執務室で迎えたウィンストンは、あまりに殺気立った様子に気圧されてしまう。
いつも飄々として余裕を崩さない。街中でギャング崩れに襲われた際にも、笑いながら相手を撃ち殺していたような男が、今ばかりは凍てついた表情で、張り詰めたように震えているのだ。
尋常な様子ではないが、事情が事情である。彼のような男でも、こうなるのは当然だろうとウィンストンも思う。
「申し訳ありませんが、今夜ばかりは死体を一つ、納屋にも置かせといてくれませんかね。流石に今から、町の教会に持ってくには時間が――――」
「何を言うんだ、デイリック。ここの客間を貸す、早く寝かせてやれ」
「……ありがとう、ございます」
心理的にも衛生観念としても、モンスターにやられた惨殺死体など傍には置きたくないし、屋内へ入れたくもないだろう。それを承知で、息子の死体は外へ置くと申し出たが、ウィンストンの言葉には、ついデイリックも涙が零れそうになってしまった。
だが、今はまだ泣くには早い。
何としても仇だけは、この手で討たねば。そうしなければ、天にいる神と息子に顔向けできない。
「いいか、お前ら。ヤツは必ず、ここをまた襲いに来る。それまで厳戒態勢だ」
「けど隊長、あからさまに武装した俺達がウロついてたら、警戒して寄り付かねぇかもしれないぜ」
「当たり前だ、待ち伏せするに決まってんだろ。明日から餌として奴隷のガキ共に外を歩かせる」
鎧熊には、依然としてこの農園がチョロい狩場であると思わせなければいけない。
そのためには、多少の奴隷くらいは融通してもらう腹積もりであった。ウィンストンとて、自分の屋敷に人喰いモンスターが出没する状況を、一刻でも早く解決したいだろう。
自分と家族の命を天秤にかければ、奴隷共など何人いようと釣り合いなど取れるはずもない。
「せめて釣り餌にでもならねぇと、報われないだろうが……」
ジュニアが鎧熊に襲われた状況は、すでに聞いている。
どうしてジュニアが。奴隷のガキではなく、よりによって俺の息子が食われなければならなかったのか。
モンスターの仕業とはいえ、あまりにも理不尽だろう。使い捨ての奴隷風情が生き残り、未来ある自分の息子が命を落とすなんて。
「クソッ……」
今の内に眠っておいた方がいい、とウィンストンにも部下にも気を遣われたお陰で、今夜の警備からは外れたデイリックだったが、いざベッドで横になれば、どうしようもなく感情の波ばかりが荒ぶり、とても眠れやしない。
まるで初めて戦地で野営した日の晩のようだ。
そう、あの時は確か――――と、在りし日の思い出をなぞるように、デイリックの背筋にゾゾゾと悪寒が走る。
否、それは予感。
「まさかっ――――」
思わず飛び起き、枕元のナイフを手に取った。
今の感覚は、間違いなく『盗賊』としての直感。スキルとしての『気配察知』などとは異なり、常に効果を発揮し、自らコントロールできる類のものではない。まるで『盗賊』の神が囁くかのように、自分の知覚外の危険をそれとなく示してくれる……ことがある。
絶対ではない。だがこの直感に従ったことで、狡猾なディアナ戦士の奇襲から逃れたこともあったのだ。
そう、この感覚は危険信号。自分が命を落とすほどの危機が迫っている、という意味の予感である。
だがしかし、今夜ばかりは逃げるワケにはいかない。
ゴォオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「――――来やがった!」
農園を揺るがすほどのけたたましい咆哮が轟くと同時に、デイリックは迷わず飛び出していった。




