第419話 ニューホープ農園の反乱(1)
ディアナの精霊戦士。
アストリアがいまだに、ディアナ精霊同盟という先住民族を征服しきれない理由がこれだ。
僕はルインヒルデ様の夢の中で自我封印を解く治療を受けつつ、生身の本体は意識レベルが低下した状態で活動していた。
夢の中の僕はゲームをするような感覚で、現実の自分を操っていた。だから多少の呪術は使えたし、情報収集も出来ている。
でも現実の方の僕は知能低めの小学生レベルの言動だ。よくこんな奴のお世話をしてくれたよね、みんな。
それでもなんだかんだで一ヶ月近く、この農園にいたのだ。『双影』の分身に、使い魔にした虫などを放てば、大概の情報は調べられる。アストリアの常識レベルから、農園の経営状況、ついでに浮気や不倫なんかもね。
特に今まではレムに頼りっぱなしだった使い魔の扱いも、自分で感覚同調させて視覚や聴覚を共有できるようになったのが、単独での情報収集がはかどった理由として大きい。
これも『痛み返し』の倍返しと同じように、ルインヒルデ様がサービスで教えてくれたようなものだ。
夢の中だと、使い魔の扱いはめっちゃ忙しいストラテジーゲームみたいな操作感で、かなり四苦八苦してた。でも、やっぱり慣れって大事。習うより慣れろってヤツだ。
コツとしては、同調する感覚を使い魔である動物の感覚に寄せ過ぎないこと。他の動物って、人間とは随分違う感覚だ。五感揃ってないヤツだって沢山いるし。
まずは人間としての自分の感覚をしっかり保った上で同調すること。最低限、見聞きできれば情報収集の能力は十分。
でもこの能力が熟達すれば、犬の嗅覚みたいに、その動物の特化した感覚まで同調して上手く知覚できるようになるだろう。蝙蝠の超音波とか蛇の熱感知とか、そういうのも使えると能力の幅が広がっていいけど……今の僕には流石にそこまでの域には達していない。
ともかく、そうして僕がコツコツと集めた情報の中にはディアナ人に関するものも含まれる。
なにせ彼らはインディアンのように征服されることなく、いまだに結構な領土を誇る一大勢力だ。アストリアにとっては、いずれ滅ぼすべき敵である。
そんな今も存在し続ける敵対勢力に関する情報は、日々活発に入って来るものだ。
特にこのアストリア東端に位置するイーストホープは、エレメンタル山脈を挟んでいるとはいえ、ディアナ精霊同盟と国境を接している。もしディアナ人が攻め込めば、最初に戦火に晒される町となるのだ。
そんな立地で大農園を経営するのがウィンストンであり、彼は常に南東部で小競り合いをしているアストリア兵から最新の前線の情報を仕入れている。お陰様で、僕もそれなりにアストリアとディアナの関係には詳しくなれたよ。
さて、それでディアナの『精霊戦士』についてなんだけど、なんとこれ天職じゃなくて、眷属なんだよね。
正直、天職と眷属の明確な違いって、あんまりよく分からない。強いて言えば、より魔物っぽい能力を使うのが眷属、という感じだ。
『食人鬼』横道なんかは代表的な、自らモンスター化するタイプだった。一方、『淫魔』姫野は魔物らしさは全く見られなかった。それでも、淫魔の力で子宮とかその辺から魔物化している可能性は高い。
流石に僕でも、姫野のアソコを詳しく調べようとは思わないね。
そして『精霊戦士』の能力は、聞く限りでは横道と同じように、変身タイプらしい。
その身に宿す精霊の力によって、それに応じた魔人やら巨人やら、色々な人型モンスターと化すようだ。
魔人は、ダークリライトや杏子の『魔人化・土精霊』、巨人はギラ・ゴグマのような感じだろうか。かなり能力や姿には差があるようなので、バリエーションは豊富らしい。
けれど『精霊戦士』の特徴は、御子という加護を与える大元の術者が必要ということ。
これはオーマがギラ・ゴグマに巨大化の力を授けているのと同じような術式体系なのだと思われる。
強力な加護を授かった者が、他者に力を分け与えることで、超常の力を何人も発揮できるようになるという、いわば総合的に戦力を増大させている形だ。
だからこそ、力を与えられる『御子』は、ディアナにおいて特権階級に位置する。
彼らにとって御子は、貴族の権力と上官の命令権と神への信仰、それら全てを併せ持ったような上位存在なのである。
リザが僕に傅いてくれるのも、僕を御子だと認めているからだ。他のディアナ人奴隷達も、精霊戦士であったリザが御子認定したから、彼らも追従してくれている。
ディアナ文化のお陰で、僕は頭がパーなガイジでも大切に保護されたというワケだ。
正直言って、僕はディアナにおける『御子』でも何でもないんだけど……結果的に、リザを『精霊戦士』としての力を与えることは出来るようになった。
いやぁ、ホントにオーマ様様だよ。レムの巨人化を行使することで、僕もかなりこの辺の術式の理解と解明が進んだからね。
まぁ、リリス相手には全く通じなかったけど。
ともかく、御子を失ったリザは『精霊戦士』の力は発揮できない。今の彼女の力は、鍛えた兵士以上、天職持ち未満といったところ。
けれど、僕と契約することで『精霊戦士』としての力は再び蘇る――――
「ところで、僕は『大いなる巨神』とは違う御子になるけど、いいの?」
「すでに、御子様より力を授かりました。ならば私はこれより『呪いの女神』の『精霊戦士』となりましょう」
いいんだ、そういうの。と思ってちょっと突っ込んで聞いてみれば、もし戦場で御子が討たれて、精霊戦士が残った場合、彼らは新たな御子につくことで、再び精霊戦士の力が使えるという。
どうやら精霊戦士は神様固定ではなく、あくまで御子依存の能力。天職のように力を授かる神が決まっているのは御子の方であり、精霊戦士は仕える御子を変えれば、能力を変更することができるという。
まぁ、昔は忠誠の観点から御子変更は禁じられていたようだけど、アストリアとの戦争で、御子を失った精霊戦士を遊ばせておくような余裕もなくなったらしい。今ではむしろ、より自分に合った能力の御子を探したり、様々な能力を経験するため御子を定期的に変えることも修行の一環、などと見做されるようになったらしい。
とりあえず、リザが僕に仕えることに抵抗がないならオッケーだ。
もし以前の御子に深く忠誠を誓っていたりなんかすれば、恨まれるパターンだってありうるし。僕の方が先に御子だったのに……とか勝手に脳破壊されてても困る。
「それじゃ、これからよろしくね」
「はい、御子様。このリザに、何なりとご命令を」
ん、今なんでもするって言った?
跪いて深々と頭を下げるリザを前に、ついついそんな邪念が湧いてしまう。
だってしょうがないじゃん、こっから上乳が半分くらい丸出しになってる褐色の深い谷間が見えるんだから。
そもそもディアナ人って、ダークエルフだろ。そりゃ耳は尖ってないし、寿命が数百年あるワケではないけれど……白とか金とかの淡い髪色に、エキゾチックな褐色肌、そして目鼻立ちの整った顔つき。僕のようなオタクがイメージするダークエルフと、大体合致する容姿を持つのがディアナ人なのだ。
カロンもラティナも、もうちょっと小奇麗にすればティーンモデルかってくらいの顔とスタイルだし。そりゃ僕なんか隣に並べば、年下のクソガキとしか思えないだろう。
で、そんな中で精霊戦士に相応しい肉体を誇るのが、リザである。
レムのように真っ白い長髪に、チョコレートを思わせる艶めかしい褐色の肌。それがメイちゃんに勝るとも劣らないバストとヒップの規格外サイズで広がっている。
初めて出会ったやせ細った状態でも、結構なモノだったのに、ちょっとだけ増えた飯と妖精胡桃だけで、ここまで回復した。これからたらふく肉も食わせたら、もっと成長するんじゃないのかという勢いだ。
僕の性癖をクリティカルでぶっ刺してくるような容姿を誇るリザに、「なんでも」的なこと言われちゃったら……そりゃあ、ねぇ……
だがしかし、僕にはもうメイちゃんも杏子もいるのだ。幾ら何でも、僕だってこれ以上は不誠実だと思って踏みとどまれる理性はあるよ。
そもそも僕は別に、ディアナ人を救う救世主として神に遣わされたワケでも何でもない。あくまで今のところは、利害が一致していること、そして僕の面倒を見てくれた恩もあるからこそ、協力しあえる関係性になる。
けれどそのことを、リザ達が理解しているとは思えない。僕には僕の目的があるし、彼らには彼らの望みがある。
そして僕としては、彼らの願いを利用するような真似をする気はない。忠実無比な奴隷は、使い魔のスケルトンで間に合ってるからね。
「僕のことは、リザには色々と話さないといけないんだけど――――」
残念ながら、今はゆっくりと話し合っている時間はない。
だって、もう準備は終わらせてるからね。
「――――今夜、反乱するから」
「はい、御子様の仰せのままに」
◇◇◇
「はい、みんなちゅうもーく! これから反乱の流れを説明しまーす」
リザを連れて奴隷小屋へと戻って来れば、明らかに様子が変わっている僕に、みんなが目を丸くして驚いていた。
「お、おいモモカ、今、反乱とか言ったか……?」
「っていうか、モモカちゃんが普通に喋ってる!?」
「そりゃあ気になるとは思うけど、とりあえず時間がないからまずは話を聞いてよ」
「御子様は先ほど、神の啓示によりお目覚めになられました。皆、お言葉に従うように」
リザが威圧するように厳かに言うと、何となく空気を察してみんながひれ伏した。もうちょっと楽にしてていいよ。
「というワケで今夜、反乱を起こすから。このニューホープ農園は、明日の朝には僕のモノになる」
堂々とした反乱宣言に、ざわめきはなく、シンと静まり返っている。おいおい、ノリが悪いぞみんなー?
なんて、無理強いはできない。
この奴隷小屋には大体20人くらいがすし詰めになっているけれど、戦いの経験があるのはリザだけである。カロンとラティナのように、ここにいるのは年少の奴隷ばかりで、村が占領されたせいで、ワケも分からず売り飛ばされてきたって子が大半だ。
「安心してよ、ちゃんとみんなのことは解放するし、命を賭けて反乱で戦え、なんて命令もしない。君たちはこのまま寝るだけで、明日には自由の身になるってワケだ」
「とんでもございません、御子様。どうか我らに、戦いを命じてください」
「でもリザがいるだけで、もう戦力過剰なくらいだし」
「神の恵みを享受するのみでは、人は堕落する一方。まして己の自由と尊厳を取り戻そうと言うならば、自らの力で戦って勝ち取らねばなりません」
なるほど、一理あるかもね。
でもその理屈を、強い力を持つ精霊戦士が一般人に押し付けるってのは、あまりよくないな。弱者には弱者なりの戦い方がある。逆に言えば、弱者が正攻法で戦うのは無理なのだ。
「相手は銃持ってるからね。棍棒だけ持って、あとは気合と根性で何とかしろ、って言うのは酷だよ」
今回、反乱するにあたって、僕はディアナ人奴隷を戦力に入れていない。僕の『精霊戦士』となったリザでさえ、あくまで保険に過ぎないのだ。
だってこのニューホープ農園にある戦力って、たった30人程度の兵士。僅か一個小隊である。
鞭持ってウロついてるだけの監督役を頭数に入れたって、100には満たないし。ソイツらだって大半は夜には帰っている。
そして何より、戦力の要となる『天職』持ちは隊長のたった一人だけ。それも普通の『盗賊』だ。どっからどう見ても、夏川さんより遅いし鈍い。まだ天職を授かったばかりの新人なんだろうか。
「だから、みんなは後ろで見ているだけでもいいよ。万が一、僕がピンチになるようだったら、その時だけ助けてくれれば嬉しいな」
「御子様の御身は、必ず私がお守りいたします」
ありがとね、頼りにしてるよ。メイちゃんがいない今、僕の守護神はリザだ。
農園の警備なんぞやってる雑兵集団なんて、僕一人でも何とかなるけれど、それでも頼れる前衛がいるっていうのは安心できる。
「まずは作戦の第一段階。僕らがいる奴隷小屋を見張る警備兵の排除――――これは、もう完了しているから」
今日は朝から、ジュニア君が鎧熊に攫われるという痛ましい事件があったからねぇ。
お陰様で、警備の目は内にいる奴隷よりも、外にいるモンスターへと向けられている。農場の周辺警戒こそ厚くなっているが、奴隷小屋のあるエリアを見張る警備の数は普段の半分以下、というかたったの三人だ。
それも経験の浅い下っ端のド新人みたいな奴ら。
こんなの僕でも闇夜に潜んで奇襲すれば、簡単に仕留められる。
ゴーマ王国に潜入した時のように、『黒髪縛り』で声を出させずに絞め殺し、吊るしておいた。たったの三人だけなら、分身三人で全く同じタイミングで仕掛けられる。
三人が自分も仲間も黒髪の縄で絞められている光景を見て、絶望に目を見開いている顔はなかなか見ものだったよ。目は口ほどにモノを言うって、ああいうのを言うんだろう。
「作戦の第二段階は、農園の正面に鎧熊をけしかけて奇襲させる。と同時に、警備の宿舎も襲う」
お目当てのモンスターが自分から来てくれるんだ、精々、派手に歓迎してくれよな。
奴らが目下最大の脅威と認識している鎧熊が現れれば、全戦力は確実にそちらへと向けられる。
農場の正面入り口からは、ウィンストン一家が住まうお屋敷も目と鼻の先にある。雇い主を守る、という面でも、ありったけの戦力をここへかき集めるだろう。
そして普段よりは少ないが、宿舎で睡眠、あるいは待機中の兵士も鎧熊強襲の騒ぎが起こる寸前に、始末する。
この宿舎には兵士が駐留している他にも、武器庫がある。是非とも早めに抑えておきたいポイントだ。
「宿舎で武器を調達したら、第三段階。屋敷に乗り込んで、警備部隊を殲滅。ウィンストンには話し合いによる平和的な奴隷解放をしてもらおう」
要するに、削れる敵を削り、こちらの装備を整えてから、本丸へ攻め込むという流れだ。
内容は単純だけど、事を起こすタイミングはシビアだ。鎧熊の襲撃が早すぎると、宿舎の兵士も全員武器を抱えて飛び出してくるワケだし。
でもこの辺は、全て僕が分身でタイミングを図れるから、心配する必要はない。
「それじゃあ早速、宿舎を襲いに行こうか」




