第418話 目覚める呪術師
「やっぱクソガキ負かすのは楽しいね!」
「ギャッハッハッハ!」
と、僕がしたり顔で語れば、勝は爆笑した。
いつもと変わらぬ、二年七組の教室。いまだ人数の減ったクラスは静かなものである。なんか僕らだけ騒がしくて、ゴメンね。
「随分と可愛がってんだな」
「そりゃカロンとラティナには、お世話になったからね」
右も左も、どころか自分すら分かっていないガイジ状態な僕を、二人はずっと一緒にいてくれた。僕が勝手に食料の配給を始めても、喜んで手伝ってくれたし、何も言えなくても、よく意図を察して動いてくれた。
二人とも、頭の良い、いい子なんだ。本当は僕よりも、ずっと年下なのに、僕を守ろうとしてくれた。
「農園のディアナ人は、もう仲間だから」
「ならアストリア人は、敵か?」
「それは彼ら次第だよね」
アストリア、ディアナ、他にも国があり、民族があり、そして信仰もあるのだ。所属だけで敵と味方に分けられるものじゃあない。
所詮、僕はあの世界にとっては余所者。そんな僕に対して、友好でも利益でも、味方となってくれるならば、歓迎しよう。
「でも、エルシオンの信者は許さない。僕らを陥れた、あの邪教徒共には、しっかり地獄に叩き落としてやらないと」
「よく言った、桃川ぁ! そうだよなぁ、『呪術師』なら敵はキッチリ呪い殺してやらねぇとな!」
樋口が僕の肩をバンバン叩いて、気炎を上げている。
「いつもナイフありがとね。そろそろ返した方がいい?」
「いいや、お前が恨みを忘れねぇ限りは、このまま貸しといてやるぜ」
それは良かった。やっぱり最後の最後で頼るのは、このバタフライナイフだし。
まぁ、女勇者リリスには全く通じなかったけど。
「そうだな、桃川なら、俺達全員分の恨みも晴らしてくれそうだ」
「うん。だって桃川君、私なんかよりもずっと上手に錬成陣を使いこなしているし」
桜井君と雛菊さんが、手を繋ぎながら応援してくれた。
「上田と下川のこと、頼んだぞ。アイツらバカだからよぉ、桃川みてぇのがついててくれねぇと、絶対どっかでやらかしちまう」
「マリも絶対助けろよな! あと杏子はちゃんと責任とれよ、桃川!」
中井と野々宮さんは、実に友達甲斐のあることで。その言葉を聞いたら、絶対に号泣するよ。
「おっ、俺ぇ! 俺もっ、桃川の力になるからぁ!!」
うわっ、急に出てくんな横道。ビビるじゃん。
けど、お前の本気はまだまだこんなもんじゃないって、分かってるからさ。僕もこれから、もっと上手く使いこなせるように頑張るよ。
「みんな、ありがとね」
いつの間にか、教室にいるみんなは僕を中心に囲うように集まり、温かい言葉をかけてくれた。
ああ、そうだ、そうだよね……みんな、いいヤツなんだ。二年七組は、本当に良いクラスになれたはずなんだよ。
「おい小鳥遊、お前も何か言ったらどうなんだ?」
「チュン! チュチュン! ピチュァアアアアアアアアアアッ!!」
はぁ? ふざけてんのかコイツ、何言ってんのか全然わかんねぇよ。
怒り心頭でピーピーチュンチュン叫び始めた小鳥遊を、剣崎が黙って抱きしめて引っ込ませていった。
剣崎も随分、大人しくなったもんだ。メイちゃんのお陰で、ようやく少しは反省できたってとこかい? まぁ、今の剣崎は煽ったところで、一言も発することはないだろう。
「本当にこれでいいんだね、桃川くん」
「うん、ヤマジュン」
「恨みなんて、晴らしてくれなくたっていい……そんなことまで、君が背負い込む必要はないんだよ」
「背負ったつもりはないよ。これは僕の恨み、僕の呪いだから」
「もう、このまま楽になっても……ううん、ごめんね、君にここへいて欲しいという、ただのワガママだよ」
「ありがとね。でも、そんなに心配しないでよ。僕には頼れる仲間が――――」
ようやく、はっきり思い出せてきた。
仲間がいる。仲間達が、待っているんだ。
もう愛を交わした、大切な人も。
「きっと、みんな僕を待っているから。だから、僕はもう、行くよ」
「――――やはり、それが汝の選択か」
僕の決意を聞き届けたように、教壇の前にルインヒルデ様が現れた。
ちゃんと場所に合わせてくれたのか、白嶺学園の制服姿である。桜ちゃんよりセーラー似合ってる人、初めて見たよ。
「今まで僕を守っていただき、ありがとうございます、ルインヒルデ様」
「よい、あの女勇者めを相手にするには、早すぎただけのこと」
不覚をとった、なんて言い訳すらできないほどの惨敗ぶりだったからね。どんな形で挑んだとしても、リリスには手も足も出なかったに違いない。
で、RPGの負けイベントが如くあっけなく敗北して捕まった僕は――――装備全ロストに自我を封印されてあうあうあーなガイジ状態で奴隷として売り飛ばされた、っと。
まったく、ルインヒルデ様が守ってくれなければ、普通に頭のイカれた奴隷のガキとして、すぐに野垂れ死んでたよ。
「大したことはしておらぬ。これもすでに、汝が力よ」
「呪術師が頭を弄られるなんて恥ずかしいですから、もうかかりませんよ」
小鳥遊の『イデアコード』を筆頭に、人の心を操るスキル・術は確かに存在している。今回は僕もまたリリスの手により自我封印なんて真似をされたし、エルシオンは普通に洗脳系スキルを扱ってくるのが厄介なところだ。
だから対策が必要になってくるし、まずは僕自身が防げるようにならなきゃいけないワケである。
流石に自分で喰らったお陰で、すでに解析は完了している。
頭脳と心を守る精神防護も、ルインヒルデ様のやり方を見て覚えた。次は精神攻撃だって『痛み返し』で反射できるだろう。
そういえば『痛み返し』といえば、なんか反射威力が倍増してるよね。特に何の耐性もないクソザコ一般人みたいな奴が手を出すと、とんでもない威力になって跳ね返っているし。
これは単純にスキルレベルが上がったって話ではなく、ルインヒルデ様が教えてくれた可能性だ。
恥ずかしながら、僕自身が同じダメージしか跳ね返せないと思い込んで『痛み返し』の成長を止めてしまっていた。呪術師なら、恨みは十倍にも百倍にもして返す、という意気込みがどんな時でも必要なのだと教わった気分だね。
「女勇者が守るは、エルシオンの聖域。アストリアはそれを囲う要塞にして、更なる力を授かるための祭壇でもある。挑むのならば、心せよ」
「はい」
自分を失い、力を失い、仲間達と分断された。
けれど、それがどうした。僕はまだ生きている。
今度は僕が奪う。奪いつくしてやるさ、アストリアという国も、エルシオンの威光も、何もかも全て。
「我が御子、桃川小太郎。新たな呪術を授ける」
「ありがとうございま――――んんっ!」
振って来たのは、熱烈な女神のキスだ。
今までの苦痛を伴う授け方とは真逆の、脳髄に快楽を叩き込まれるようなやり方に驚かされる。
熱く、甘く、溶けるようなキスだけれど、なんかめっちゃクラスのみんなに見られて恥ずかしい。
「神の言葉は真実。偽りの神ならば、全ては虚言。されど人に神の真偽はつかぬ。ならば存分に偽り、騙るがいい」
もしかして『神聖言語』的な呪術をくれたのだろうか。
いやでもなぁ、ルインヒルデ流はあんな簡単に使い勝手いい能力は絶対やらなそうだし、コレも一癖ある効果に違いない。
どうあれ、新たな呪術だ。これからのアストリア王国攻略にあたって、活用できるよう頑張ろう。
「さぁ、行け。すでに道は開かれた」
いつかのように、ガラガラとひとりでに教室の扉が開け放たれる。
その先に広がるのは見慣れた廊下ではなく、異世界へと続く、宇宙のような暗黒の空間だ。
もう一度、ここへ飛び込む機会が来るとはね。
あの時はメイちゃんのお尻に押されて一番乗りで落っこちるという無様を晒したけれど――――今は自ら、ここへ飛び込んで行ける。
「行ってきます」
最後に一度だけ振り返り、クラスメイトにそう言って、僕は教室の外へと飛び出した。
◇◇◇
「御子様を見ませんでしたか」
「洗い場の近くをウロウロしてたけど」
「ありがとうございます」
リザはモモカを探していた。
いつもの昼食会の後、全く姿を見かけなかった。今やモモカは神出鬼没の御子として誰もが認識している。
ただの子供として、ちょっと姿が見えなくても心配はしない。気まぐれにフラりと姿を消すのは当たり前で、リザ達は勿論、監督役でさえモモカの所在を把握するのは諦めている節がある。
しかしながら、日が暮れれば必ず戻って来るはずが、今日は帰りが遅かった。
すでに夕日は広大な農地の彼方へと没し始めており、イーストホープを赤々と照らし出している。ほどなく完全に日は沈み、夜の帳が降りてくる。
流石に夜になっても戻らなければ、リザも心配してしまうが……幸いにも、有力な目撃情報を得たことで、急いで洗い場へと向かった。
洗い場、とは今やもう過去の話。モモカの手により、ここはすっかり風呂場として改装されている。
黒々とした大釜のような色合いへと変化した浴槽は、水路から水を入れれば自動的に湯となる魔法が施されている。入浴時間を分散させれば、交換して綺麗な湯に全員が入ることも可能だ。
そんな黒い浴槽の傍らには、沢山の桶と石鹸も常備されている。
風呂文化のあるディアナ人にとっては、食事に次いでありがたい変化であった。
冷たい水でただ体を拭くだけなど、自分が人間ではなく本当に汚れた道具に成り下がったように感じられてならない。
そういうことの積み重ねが、奴隷から尊厳も気力も奪い去り、主に従うだけの道具に変えられてゆくのだ。
けれど、この風呂場がディアナ人奴隷を再び人間に戻してくれた。力を取り戻せるだけの食事をとり、ここで身を清める。
リザにとってこの場所は、自分が精霊戦士であるという誇りを取り戻した、神聖な祭壇のようにも思えた――――だから、目の前に映る光景が、何よりも神秘的に感じた。
「御子様……」
そこには、確かにモモカがいた。
黒い湯舟の中央、一糸まとわぬ白い裸体を水に濡らしながら、一身に夕日を浴びて朱に彩られて立つ。その姿は、かつて神殿で見た女神の誕生を描いた壁画と重なって見えて仕方がない。
リザの鼓動が高鳴る。
その緊張は、神前に侍る重圧か。あるいは、濡れた背中の艶めかしさが故か。
呼吸を忘れるような時の中で、モモカがゆっくりと振り返る。
「おはよう、リザ」
はっきりとした声と発音。そして何より、目の前のリザを真っ直ぐに見つめる視線。
いつも茫洋とした目つきで、どこかフワフワとした夢見心地のような気配は一切、消え去っている。
明瞭な意識。確かな意思が、そこに宿っていた。
「……御子様、お目覚めになられたのですね」
「うん、やっと起きたよ。長い、夢を見ていてね」
自然と、リザはその場に跪いた。
奇跡だ。今、自分の前に、神の奇跡が起こっているのだと理解して。
「僕の名前は、桃川小太郎。天職は『呪術師』。そして、呪いの女神ルインヒルデの御子だ」
「私はリザ・タイタニア。『大いなる巨神』の眷属『精霊戦士』にございます」
「うん、知ってる」
そう言って微笑むモモカ、いいや、小太郎の神々しさにリザは目を背けてしまいそうになる。眩しい、あまりにも。神が遣わした天使だとしか思えない美しさ、愛らしさ。
眩しいけれど、目が離せなかった。
「リザにちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」
「はい、御子様。なんなりと」
これは神命。そして運命だと、リザは確信する。
どんな命令でも、遂行して見せる。今度こそ、命を賭してでも。
「僕と契約して、精霊戦士になってよ!」




