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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:ようこそアストリアへ
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第413話 夢の新生活

「んっ、うぅーん……」


 ぬるま湯のような微睡の中で、僕は目を覚ました。

 柔らかくて、温かい。その極上の感触は、ちょっと良い値段のするマットレスと布団のお陰だけではない。

 この身に感じるのは、紛うことなく人肌だった。


 僕の頭を受け止めているのは枕ではなく、シルクなんかよりもスベスベで滑らかな大きな胸だ。雪のような白さに、頭を包めるほどに巨大な乳房。

 そこから下は布団によって隠されているけれど、ピッタリと抱きつくような体勢でいるから、全身に極上の柔肌の感触に包まれているのが分かる。

 まるで赤ん坊に戻って、母親の胸に抱かれているような気持ち。何の心配も不満もない、ただ安らかな気持ちで顔を上げれば、そこに女神の美貌があった。


「目覚めたか、我が御子、桃川小太郎」

「……おはようございます、ルインヒルデ様」


 艶やかな黒髪が流れる、怜悧な美しさ。その鋭い真紅の瞳に見つめられれば、人は刃を突きつけられたような気持ちになるかもしれないが、僕にとっては恐れる眼差しではない。

 なぜなら、ルインヒルデ様は僕の、


「今の我は、汝が姉であるぞ」

「姉……? お姉ちゃん?」

「然り」


 ルインヒルデ様は、僕のお姉ちゃんだった。

 そうだっけ? いや、そうかも……こんだけ自信満々に言ってるし。


「支度をせよ。今日は学園へ行くのであろう」

「うん」


 そうだ、学校に行かなくちゃ。今日は平日。学生は学校に行くのがお仕事なのだ。

 いそいそとベッドを抜け出し、手早く学ランを身に着ける。


 この学ランも、最近かなりカスタムしたからな。全属性耐性に、何よりも貧弱な僕を守るための高い物理耐性を持つ。自動修復機能もあるぞ。

 これにさらに、古代の遺物である聖天級兵装も装備すれば、ダンジョン攻略も余裕だぜ。


「いただきまーす」


 朝の支度をバッチリ整えてから一階リビングへと降りれば、すでに食卓には朝食が準備されている。

 エプロンを纏ったルインヒルデ様に、手ずからご飯をよそってもらって、僕はご機嫌な朝食にありついた。


「あれ、そういえば父さんと母さんは」

「二人は仕事で海外赴任とやらである」

「へぇー、よくあるエロゲの設定みたいだね」

「そうであろう」


 じゃあしばらくは、僕とルインヒルデ様の二人暮らしなワケだ。

 まぁ、ルインヒルデ様はお姉ちゃんだから、一緒にいるなら何も心配はいらない。


「行ってきまーす」

「気を付けて行くがよい」


 母親のように見送られて、僕は学校へと向かった。

 いつもの朝、いつもの通学路。

 定刻通りの電車に揺られて、僕は随分と久しぶりに白嶺学園の校門を潜った。


「おーっす、小太郎!」

「おはよー、勝」


 教室につくなり、暑苦しい笑顔の勝がスマホ片手にご挨拶。


「おい、これ見たかよ小太郎、マジでヤベーぞ」

「ええぇー、なにソレぇー」


 くっだらないネットでバズったショート動画を一緒に見ては爆笑しながら、僕らは朝の時間を過ごす。

 そうして、そろそろチャイムも鳴ろうかというタイミングで、僕はふと気が付いた。


「なんか今日、人少ない?」

「んんー、そうかぁ?」


 いや絶対、少ないだろ。

 まず目につくのは、蒼真兄妹がいないこと。そのせいでハーレムは随分と静かだ。

 レイナと剣崎と小鳥遊くらいしか見当たらない。

 時間的には、委員長が天道君を引っ張って来る頃合いだけど、夏川さんもいないんだよな。


 そうと思ってよく見れば、上中下トリオも中井だけだし、ジュリマリコンビもジュリしかいない。

 なんだ、みんなして相方が休んでいるのかと思うけど、桜井雛菊カップル、北大路木崎レズカップル、大山杉野ゲイカップル、はちゃんと揃ってる。別に示し合わせて休んでいるワケではないのか。

 地味に樋口長江の隠れカップルもいる。おいおい、教室でそんな堂々と二人くっついてて、隠す気あるのかぁ? 長江さんを勝手に狙ってる横道が見たら脳破壊されるんじゃないのか、なんて思ってチラっと視線を向けたら、何故か僕の方を見てた。こっち見んな。


「今日いない人は、しばらく来ないみたいだよ」

「あっ、ヤマジュン」

「心配しなくていいよ。みんな、向こうで頑張ってるみたいだし。僕らはここで、クラスが揃うのを待っているだけだから」

「そっか」


 まぁ、ヤマジュンがそう言うのなら、そうなんだろう。

 なんだか、彼の落ち着いた微笑みも久しぶりに見た気がする。うーん、この安心感、癒される。


「でも、メイちゃんも杏子もいないのも、寂しいな」


 隣の席にあるはずの、大きな姿がないせいで、教室は随分と広く見える。

 杏子もいなければ、葉山君の姿も見えない。クラスを盛り上げてくれる人が欠けると、本当に教室は静まり返ったように感じてしまう。


「大丈夫だよ。桃川くんなら、きっとまたすぐに会えるから」


 そう言い残して、ヤマジュンが席に戻ると、チャイムが鳴って今日の授業が始まった。


「ただいまー」

「よくぞ戻った。夕餉にするか、湯浴みにするか、それとも、もう眠るか」


 部活にも出ず真っすぐ帰って来れば、ルインヒルデ様がママのようにお出迎え。何だか凄い贅沢気分だ。


「んー、後でいいや」


 すぐにでもやりたいコトがある。やらなければならないコトが、僕にはあるのだ。

 自室に戻るなり、僕はデスクのマイPCを立ち上げた。


「何をしている?」

「女勇者リリスの攻略法」


 完膚なきまでの敗北を喫したが、戦った分だけ情報を得ることは出来た。

 特に僕がやられる最後の瞬間まで、『黒魔女の煉獄炉』が稼働していたのが大きい。分解力こそ全く通じなかったが、解析できた情報は多い。


「桃川小太郎、汝はもう、十分に御子としての務めを果たした」


 リリスの強さを究明しているはずだったけれど、気が付けば僕はルインヒルデ様に「あーん」されて夕食を食べていた。

 美味しい。懐かしい。記憶にある通りの、母の味。


「汝はこの夢の狭間で、過ごすだけで良いのだ」


 風呂に入っている。

 足を延ばせるほどには大きな浴槽に、僕はルインヒルデ様に後ろから抱きしめられるようにして沈んでいる。湯舟に満ちるお湯よりも、背中に感じる体温の方が熱く甘美だ。


「さすれば、汝が我が神域へ入るのも、そう遠くはない」


 消灯されて、ベッドの中。

 お互いに、一糸まとわぬ裸のまま、冬の寒さを凌ぐかのように抱き合っている。


「我は多くを望まぬ。ただ一人、御子がいればそれで良かったのだ」


 考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないこと、沢山あったはずなのに……ダメだ、やっぱ睡魔には勝てないや。

 女神様の胸の中、僕は瞼を閉じて意識を手放した。




 ◇◇◇


「ヒギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 無様な絶叫を上げて痛みにのた打つ男の姿を見た瞬間、リザは確信した。


「御子……」


 それは神の寵愛を受けし者。

 天職とも眷族とも異なる、より神に近い貴き存在である。


 その男は確かに、新しい奴隷の子供を蹴とばした。常日頃、彼が自分達にやっているのと同じように。

 理不尽な暴力、しかし彼らにとっては正当な力の行使。それが咎められることはなく、故に歯止めは効かず、省みられることもない。


 だがしかし、天罰が下ったかのように、男の背には激痛をもたらす衝撃が加わった。

 その子が瞬時に反撃したワケでは決してない。確かに子供は背中を蹴り飛ばされ、勢いのまま前のめりに倒れ込んだだけ。

 かといって、魔法でもない。

 火や氷を操る基本的なものから、精神に作用する危険なものまで、一通りの魔法の知識をリザは持っている。ディアナにもアストリアにも、こんな効果を発する魔法は見たことがない。


 人智を超えた特別な効果を発揮する。ならばそれは、神の御業。神が人に授けた、加護の力と呼ぶべきだ。


 この子は、神に守られている。

 我が身に降りかかる暴力を、相手にそのまま、否、それ以上の力をもって跳ね返す。

 リザは目の前で起こった出来事を、瞬き一つする内に、そう解釈した。


「っ!?」

「お、おいっ、どうしたぁ!?」

「いぃっ、痛っでぇ……痛ぇ、せっ、背中ぁあ……」


 それから現場は大混乱になった。

 監督達は「呪いだ」と口にしながら、完全に腰が引けている。彼に続いてその子に手を出そうとする者はいなかった。

 呪いをその身に受けた男は、背骨にヒビでも入ったか、立ち上がるどころか身動きもとれないほど、痛みに呻き続けるのみ。彼らの混乱が収まってから、ようやく監督の指示で持ってきた担架に乗せられ、運ばれていった。


「ちっ、なんなんだよこのガキは……リザ、さっさとコイツを連れてけぇ! 俺達に近づけるんじゃねぇぞ!」

「はい、監督」


 結局は、リザに押し付ける形となり、すぐに仕事に戻るよう厳命されて、監督達は足早に去って行った。


 後に残された奴隷達も、先ほど起こったことに驚愕、あるいは困惑し、見たことのない魔物でも見るような目で、ぼんやり立ち尽くしているその子を遠巻きに眺めるだけだった。


 その中で、リザだけが歩み出た。

 命令されたからではない。ディアナの精霊戦士として、御子を丁重に迎えることは絶対的な礼儀である。


「御子様」


 目線を合わせるように跪き、呼びかける。

 するとその子は、黒い瞳で真っ直ぐにリザを見つめ返した。


 おとぎ話に聞く、星の底まで続くという大深淵を、覗き込んだような心地だ。吸い込まれそうになるほど、黒く、深く、けれど魅惑的に輝いて見える瞳は、これまでお目にかかったどんな御子よりも神秘的。


 見惚れる、とはこのことか。あるいは、魅了の呪いにでもかかってしまったかもしれない。

 黒い髪、白い肌。小さく華奢な体。けれど神秘の瞳で何ら物怖じすることなく、こちらをジっと見つめる様は、高貴な黒猫のように堂々とした佇まい。


 美しい。こんなに美しい人は、見たことがない――――その美貌を間近にして息を呑むが、精霊戦士としての作法によって、リザは淀みなく挨拶の言葉を続けることが出来た。


「私の名は、リザ。よろしければ、御子様のお名前を伺いたく」

「もぉーもぉーかー」

「モモカ様、でございますね」


 不思議な異国風の響きだ。

 その見た目からディアナ人ではないことは明らかだが、かといってアストリア人でもなさそうな風貌である。もしかすれば、遥か遠く、海を渡った先にあるという別大陸の出自なのかもしれない。


「今の私は奴隷として囚われておりますので、御子様に出来るご奉仕には限りがございます。我が身の不甲斐なさに、恥じ入るばかりです」


 農園のディアナ人奴隷、リザ。アストリアではありふれた存在であり、一度その身分に落ちれば、二度と自由は取り戻せない。

 惨めに生き続けるか、無様に死ぬか。奴隷の末路は二つに一つ。

 未来への希望など抱けるはずもなく、ただ苦痛から逃れるために、言われるがまま働くだけの日々。それでも主人の気まぐれ一つで、更なる地獄へ落とされるかも分からない。

 多くの者は、とうに心が折れている。奴隷であることを受け入れ、その中で少しでも良い目がみれるよう腐心するだけの、擦り減った人間性。

 そんな奴隷生活も三年を迎えるリザであったが、


「願わくば、いつか貴方の精霊戦士となることを」


 それでも彼女は、今もまだ戦士の誇りを胸に抱き続けていた。

 そんな自分の前に、本物の御子が現れた。誰よりも美しく、神々しい、遥かなる異国の御子が。


「私の元に再び御子を遣わせていただき、『大いなる巨神』に感謝を」

 2024年9月20日


 同時連載中の『黒の魔王』がこの度、第1000話を迎えました。13年も連載すれば、1000話にもなるんですね・・・

 流石に『呪術師』もそこまでは長くはしないつもり・・・ですが現時点で413話。これに話数に含めなかった外伝も加えると、500話近いわけで。第二部が第一部よりちょっと増えるくらいの量になると、大体1000話いくかもしれないですね。

 ともかく、こちらは第二部が始まったばかりですので、どうぞ気長にお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
てっきりルインヒルデ様から叱咤激励受ける流れかなと思ったけど、よしよししてくれるのか……! ルインヒルデ様からしても小太郎は十分頑張った判定なんやなあ
いつからかヤマジュンが出てくると胸熱で耐えられん自分がいる。 先に逝った奴らだけの教室。エモい。 みんな平和に過ごしてて…いや横道はヤバそうだったな。うん。 死んでも治らないヤツだから仕方ない。
ふてぶてしい黒猫から高貴な黒猫にジョブチェンジ?
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