第43話 秘密の素材採取
それは、墓地の森を抜けて、次の妖精広場を見つけ、さらにそこから出発して、似たようなゾンビ徘徊エリアを超えて、三番目の妖精広場まで辿り着いた時のことである。
僕は思い切って、双葉さんにこう言った。
「あ、あの、双葉さん、さ……」
「えっ、なぁに?」
にこやかに振り返った彼女は、それなりに日数も経過したダンジョン生活の真っ最中とは思えないほど、血色もよく、お肌もツルツル。そんな素敵な笑顔をされると、ちょっと言いづらい。でも、もういい加減、誤魔化せることではなくなったから、言おう。
「そ、その……痩せたよね」
「ええっ!?」
驚きで目を丸くさせる双葉さん。でも、その驚き方がどことなくわざとらしい、と感じるのは僕の気のせいだろうか。
「そ、そんなことないよぉ! ホントに、全然、変わんないって!」
「いや、痩せたよ、絶対、痩せたって!」
ヘタレな僕でも断言できるほど、双葉さんの体は目に見えて細くなっているのだ。
だって、それも当然だろう。これまでドラム缶みたいにドーンとしていたウエストが、気が付いたらくびれているんだから。
いや、正確にはまだまだ通常の女性よりも太い胴回りだけど、バストとヒップのボリュームが圧倒的すぎて、相対的にくびれているようなシルエットに見えるのだ。それでも、明らかに体型が変化したことは一見して明らか。
さらにいえば、大木みたいにぶっとい太ももも、どこかシュっと引き締まってきているようで、スカートから覗く真っ白い生脚のラインも、洗練された美しい曲線を描きつつある。
双葉さんの体は今正に、世の女性が嫉妬し、男は総員起立させられるほどのワガママボディになろうとしていた。
「そっかなぁ……えへっ、えへへ……」
テレテレと恥じらう様子は、やっぱりわざとらしい。でも、喜んでいるようなのは間違いない。いくらなんでも、体型のことを気にしていないはずないもんね。
今の痩せた双葉さんは、もう顔をプックリ丸くしていた肉がだいぶ落ちて、クリクリした目が魅力的な、可愛らしい童顔系のアイドルみたいな感じになりつつある。このままのペースで痩せ続ければ、もう少しで、完璧にアイドル並みの容姿になることは間違いない。
「うん、本当に、凄い痩せたよ。やっぱり、激しい戦いが続いているからかな。パワーシードも服用しているし」
「うん、そうだね……学校にいた時よりも、運動はしていると思う」
斧一本で狂暴なゴアの群れを相手に無双するのって、運動ってレベルじゃないんですけど。
「カロリー消費はかなり激しいと思うんだけど、今のところ、体調不良とかはない? 立ちくらみするとか」
「ううん、全然、大丈夫だよ。だって、狂戦士になってから、凄く体が軽いの」
その割に、繰り出す一撃は重い。一発でゴアの固くて分厚い頭蓋骨だって粉砕できるんだし。
「それならいいけど……あんまり、急激に痩せすぎて、やつれてしまったら大変だから」
「ええっ、そんな、私なんてもっと痩せないと普通にもならないからっ!」
そういう問題でもないと思うけど。
というか、僕としてはこれ以上痩せ細って、双葉さんが細身の美少女になってしまう方が惜しくてたまらない。その日本人離れしたスーパーサイズのバストとヒップを手離すなんて、とんでもない。
「とりあえず、無理だけはしないでね。ちょっとでもおかしいと思ったら、すぐ休もう。妖精広場は安全に休めるし、それに、蛇くらいなら僕でも捕って来れるし」
もっと太れ! とは流石に言えないけど、今くらいの体型は維持して欲しい。
しかし、これほど目に見えてウエストは引っ込んでいるのに、バストとヒップはそう変わらないように見える。いや、この僕が「変化ナシ」と見切ったなら、本当に変化はないはずだ。僕が毎日、どれだけ熱心に見ていると思っているんだ。勿論、こっそり。バレてないといいな。
「うん、ありがとう、桃川くん……」
恥ずかしそうにはにかむ双葉さんは、今やもう立派な美少女である。これなら、圧倒的な爆乳を武器に、蒼真桜やレイナ・A・綾瀬に匹敵する、二年七組の美少女第三勢力として台頭してきてもおかしくない。僕なら率先してファンクラブを立ち上げて会長に就任しちゃうくらい、熱をあげることだろう。
まぁ、こんなに綺麗に変わっても、女性に免疫のない僕が、頭が真っ白になるくらいドキドキせずに済んでいるのは、やっぱりこれまでの苦楽を共にした経験があるからだろう。すでに戦友にして親友、といっても過言ではない。少なくとも、僕にとっては。
「あ、あのね、桃川くん……私もね、前から言おうと思ってたこと、あるんだ」
「えっ、なになに?」
もしかして、僕もちょっと逞しくなってるとか、そういう話? うわぁ、どうしよう、こんな僕でも、ついに男らしくグレードアップしちゃう時はきたのかなぁ。
なんて、相変わらず妖精胡桃の枝も満足に折れない、細い腕を見て落胆する。
「名前、で呼んでも……いいかなぁ?」
「あっ、いいねソレ! 僕と双葉さんはもう立派なパーティだし、名前で呼び合った方がソレっぽいもんね」
命を預けられるほど信頼に足る人物なのに、いつまでも苗字呼びというのも、余所余所しい気がする。それに、こういう些細なことでも、より一層に仲間としての結束が深まったりするから、あまり馬鹿には出来ない心理効果もあるだろう。こっちからお願いしたいくらい、素晴らしい提案だ。
「ホントに、いいの?」
「うん、いいよいいよ」
「わあっ、あ、ありがとう……その、えっと……小太郎くん」
うわっ、なにコレ、ちょっとドキっとしたんですけど。破壊力ヤバいんですけど。
そうだ、そうだよ、僕、女の子に名前で呼ばれるのなんて生まれて初めてな気がする。だって、幼稚園の頃に仲の良かった女の子だって、桃ちゃん呼ばわりだったし。
「あれ、えっと……何か、変だった?」
「うわっ!? 全然、いいよっ!」
あまりの衝撃に、ちょっとボーっとしてしまった。いかん、恥ずかしい。変な風に思われないよう、しっかりしないと。
「それじゃあ、私のことも、名前で呼んでね」
「あ、うん、えっと……芽衣子」
「っ!?」
ビクン、とよほど呼び慣れてないのか、双葉さんの体が反応する。
というか、いきなり呼び捨てはあんまりだったか。今の今まで双葉さんだったのが、いきなり「芽衣子」だなんて。彼氏気取りかよ。
「や、やっぱり呼び捨てはなんかアレだから……えっと、そうだ、メイちゃん、って呼んでいい?」
「う、うん……いいよ、小太郎くん」
うわぁ、いいです、名前呼び。素晴らしいね、女の子に名前で呼んでもらうのって。おのれ蒼真悠斗をはじめとしたクラスのリア充ども、こんな幸せな気持ちを、毎日当たり前のように享受していただなんて……やっぱりイケメンは特権階級だな。
「ありがとう。それじゃあ、改めて、これからもよろしくね、メイちゃん」
そうして、僕らは握手を交わして、結束を深めたのだった。
「……」
と、ここまでは高校生らしい爽やかで甘酸っぱい、女子との交流エピソードなんだけど、僕はその日の晩に、彼女の純粋な思いに泥を塗るような酷い行為をした。
時刻は、ちょうど夜の12時。Gショックのお蔭で、今は正確な時刻を計れる。夜中でも決して暗くはならない、光に満ちた妖精広場の中で、僕は双葉さん、もとい、メイちゃんがしっかりと眠りこけていることを、噴水から覗きこんで確認する。
「や、やっぱり……やめようかな」
罪悪感と自己嫌悪と、もしバレたらどうしようという恐怖が、僕の決意を鈍らせる。
「いや、ダメだ、これ以上は先延ばしにしても仕方ない……今、やるんだ」
再び僕は、決意を固める。だって、これは必要なことだから。
「今こそ、役に立つ泥人形を、作らないと」
僕の目的は実戦レベルで使える『汚濁の泥人形』を創造すること。前は等身大スケルトンで作ろうとしたら魔力切れでぶっ倒れたけれど、今ならもっと、上手くやれる。
ここ最近のゾンビエリア攻略で実感したけれど、呪術の効果は目に見えて成長している。使用頻度の高い『黒髪縛り』は言うに及ばず、唯一の攻撃手段である『腐り沼』も、ある程度の形状変化ができたり、酸性の濃度を強めたりできるようになっている。この短期間の戦闘経験だけで、こんなにハッキリと上昇効果が確認できるのだから、きっと『汚濁の泥人形』だって、強力になっている、あるいは、なれるはず。
え、『赤き熱病』? 知らない子ですね。
ともかく『汚濁の泥人形』はクソ能力筆頭の第一呪術とは違い、やればできる子だと僕は確信している。
「素材は十分、集まった」
僕はすでに、これまでの戦いで収集してきた素材の配置を終えている。スケルトンの骨、ゴアの鱗と甲殻、マンドラゴラ。これらを埋めるように、妖精広場の土で人型に盛る。
あとはこれに僕の血、そう、今や『黒の血脈』が宿る強力な呪術師としての血を垂らせば、きっと前よりも強い泥人形が産まれるだろう。
けど、ここで僕はふと思ってしまった。僕の血がただの呪術発動のキーアイテムというだけでなく、素材の一つとして組み込まれていた場合……他の体液は適応されるのか。唾のことじゃない。ぶっちゃけて言うと、精子だ。
別に変態的な意味で思いついたワケではなく、錬金術でホムンクルスを作る時に、馬の精液と人間の精液を混ぜる、みたいな話があるからだ。マンドラゴラを見て思い出した。この異世界ならば、人の精液にも何かしら、魔法的な効果が含まれていてもおかしくない。
もし、それを加えるだけで呪術の足しになるのだとしたら、試す価値はある。僕のモノなど、どうせ他に使い道などないのだから。
「よ、よし、やるぞ……平野君、コレはありがたく、僕の呪術に使わせてもらうから」
僕の手にあるのは、大人のゴム風船ことコンドーム。平野君の遺品である財布の中に、こっそり一枚だけ入っていたモノだ。
残っているということは、平野君は西山さんを相手に使わなかったということなのか。それとも使いまくった結果、一枚しか残らなかったのか。いやホントに、お楽しみ中に転移しなくて良かった。気まずいってレベルじゃない。
当たり前だけど、僕がこのアダルトなアイテムを使用するのは初めてだ。けど、これを適切に使用した映像資料は何度も見ている。熱心に毎日見て学ぶくらいだから、使い方はバッチリのはず。
まぁ、呪術の素材に使う自分の精液を集めるため、なんて悲しい理由で使用することになるとは夢にも思わなかったけど。それでも、使わないでそのまま泥人形にぶっかけるのも気が引ける。流石にちょっとそういうのは、ダンジョン攻略開始から禁欲生活に突入した僕でも厳しい。オナニーくらい落ち着いてやらせてくださいよ、お願いします。
「……はぁ」
そして、滞りなく素材の採取は終了する。目的は達成できたけど、僕の心の中には罪悪感がいっぱいだ。
「双葉さん、ごめんなさい」
早くも名前で呼べないほど、僕は彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
見抜き、という言葉を皆さんはご存知だろうか。どっちかというと、こんな言葉の意味なんて知らない方が間違いなく幸せで健全だろうけど、残念ながら僕は知っている。
ネットゲームなどで、女のプレイヤーキャラを見ながらオナニーすること、らしい。
「見抜き、いいですか?」
とか聞くらしい。ネトゲの闇は深い。
そんな罪深いネトゲプレイなどしたことないけれど、もう僕は彼ら見抜き紳士達を馬鹿にはできない。そりゃあ、リアルで見抜きするのと、ゲーム画面でするのとでは、大違い。ぶっちゃけ、犯罪行為に該当するのではないだろうか。
「ホント、ごめん……」
最初はそんなつもりはなかったんです。ただ、本当に双葉さんが眠っているかどうか、入念に確認していただけなんです。
でも、でもですよ? 噴水の向こう側に、今やエロで売れる爆乳グラドル並みの美少女が、ゴロンと無防備に寝転がっているんですよ。妖精広場に布団や毛布なんてものは完備されてないから、そのまま寝ることになる。つまり、何かに遮られることもなく、彼女の豊満な体が露わになっているわけだ。
勿論、裸などでは断じてない。双葉さんは寝間着としてジャージを利用している。全く露出はない。ないけど、見ろよ、あの厚手のジャージさえものともしない、胸とお尻のパツパツ具合を。一体どれだけの大きさがあれば、あんなに布地が伸びるというのか。男の僕には想像つかないし、女の子でもちょっと想定の範囲外だろう。
それだけで、僕には十分すぎた。禁欲生活ウン日目に突入する僕には、あまりに十分すぎた。
なのに、双葉さんときたら、完全に僕を殺しにかかってきた。心の中で「しょうがないにゃあ」という彼女の声が聞こえた気がした。
そんな幻聴を聞いた瞬間、彼女の体はゴロンと寝返りを打ってこっち側に向いた。というか、見えた。ジャージの上着、結構、開いてる。妖精広場は温かいから、上下でジャージ着るとちょっと熱いくらい。僕みたいにTシャツ一枚くらいでちょうどいい気温。
だから、双葉さんも暑かったんだろう。僕という、これでも一応れっきとした男がいるにも関わらず、彼女は平気で上着のチャックを半ばまで開いていた。
目に飛び込んでくる、真っ白い胸の谷間。それは、どんな深山幽谷でも敵わないほど、神々しい白の渓谷だった。
「――っ!?」
『淫紋』:精と魔の相転移。愛は一種の呪いでもあり、性交はそれを成す儀式として――
なんか一瞬、呪術の説明っぽいのが頭に過った気がするけど、その時の僕は冷静に読み解く余裕なんてあるはずない。というのは、男なら分かってくれることだろう。
「……はぁ」
というわけで、今に至る。溜息をついてしまうのは、単純に気分的なものである以上に、体力的なものだ。まさか二回連続になるとは。こんなにいらねーよ。
だが他に使い道もないし、こっそり広場の隅っこで処分するのも怖いので、予定通り、採取した素材アイテムはありったけ泥人形の生成につぎ込むことにする。
そうだ、僕は『汚濁の泥人形』のためにやっているんだ。決して自分がスッキリするためではない。
「よーし、やってやる、僕は、やってやるぞぉ」
煩悩を振り払った今の僕は、ただ呪術の行使に集中する。
微妙な気持ちで泥人形の上に、最後の素材アイテムをぶちまけて、準備完了。
「受け継ぐは意思ではなく試練。積み重ねるは高貴ではなく宿命。選ばれぬ運命ならば、自ら足跡を刻む――『黒の血脈』」
もう詠唱しなくても血は出せるようになったけど、こういう時は、ちゃんとした方が効果的かなと思って、念のために。
「混沌より出で、忌まわしき血と結び、穢れし大地に立て――」
滴り落ちる、血の雫。一滴、二滴。もっとくれてやる。
鮮血は泥に落ちればそのまま沁み込み、白濁の上に落ちれば、混じり合って気持ちの悪い色合いを見せる。
いいさ、気持ち悪くても、禍々しくても。だって、これは呪術なのだから。どんどん邪悪になって、強くなってくれればいい。
「――『汚濁の泥人形』」
そして、僕はしっかりと呪術の詠唱を終える。倒れた時は、言い切る前に問答無用で気絶したから、今回はやはり大丈夫だったということ。ただ、体には二連発以上の体力の消耗を感じるから、かなり魔力は持っていかれたようだ。
さて、その効果のほどは。
「うわっ!」
思わず声が出てしまうくらいの変化が訪れる。
泥人形を中心にして、『腐り沼』のようにドロドロしたものが湧き上がってくる。まさか、使う呪術を間違えたはずはない。詠唱は完璧だし、イメージだってバッチリだ。
それに、よく見ればそのドロドロは『腐り沼』ほど赤くなく、真っ黒い。けれど、その合間に鮮血みたいな赤もまた、入り混じっている。
もしかして、これが『混沌』なのだろうか。
僕の想像に応えるかのように、泥人形は煮えたぎる混沌の沼に沈み込む――
「あっ」
と気づいた時には、混沌の沼は幻であったかのように消失していた。そして、後には一つの小さな人影だけが、残されていた。
「や、やった……成功だ……」
それは、真っ黒い骨の、スケルトンだった。黒光りして、かすかな金属光沢らしい表面なのは、ゴアの素材が良かったからか。
大きさは、僕の腰くらいまでしかないから、小さい子供みたいだ。手足もやや短いし、やはり子供の骨格のままスケルトンと化したような感じだ。
まぁ、見た目はいい。問題なのは、その性能。
「使ってみて」
僕は今のところ戦闘でまるで役に立っていないゴーマの手作り槍を、黒スケルトンこと新泥人形へと手渡す。
「ガッ、ガガ」
心得た、とばかりにガチガチ骨の顎を鳴らして、スケルトンが槍を受け取る。そして、構え、突く。槍の素振り。僕からみても、ちょっとぎこちない、とても上手とはいえないけれど……
「よし、よし! それだけ動ければ、十分だ」
見極める、このスケルトンの性能を。槍を振るえる、ただそれだけで、コイツがもう人並みのパワーを獲得していることの証。それでいて、きちんと槍で突きを放てるスピード。恐らく、身体能力は僕とどっこいか、やや下回るといったところだろう。
けれど、あの水に浸かっただけでボロボロと分解するようなヤワな泥人形ではない。いわばコイツは、囮でも特攻でも、死亡確実な行動をとらせても問題ない、都合の良い使い捨ての仲間が一人分、増えたようなものだ。これだけのサイズがあって、槍で突く攻撃手段もとれるなら、今度こそ魔物の注意を引くことだってできるだろう。いざという時、僕の盾にしたっていい。
直接的な攻撃力には結びつかない、けど、とても便利な人形兵を、僕は得た。
「ああ、本当に、上手くいって、良かったぁ……」
安堵の気持ちと共に、僕はプッツリ糸が切れたように寝ころんだ。体力、魔力、共に消耗しきって限界だ。瞼が重くて、しょうがない――




