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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:ようこそアストリアへ
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第407話 大聖堂の庭

「とりあえず、レムはそのまま聖女ちゃん殴ってて」


 扉を潜り、上へと続く階段を駆けあがりながら、僕は天送門広場に残してきた巨人レムにそう命じておいた。

 聖堂騎士を潰して回るよりも、少なくとも僕らと同レベルくらいの実力はありそうな、あのお姫様みたいな『聖女』を足止めしておく方が有効だ。

 それにコントロールルームには、まだ腰を抜かした介護老人共が転がっている。聖堂騎士も、お偉いさんの集う司令部が攻撃されているのを、放っておくことは出来ないだろう。


 これで少しでも奴らの追撃に隙が出来ればいいんだけど。ゴーマ王国潜入した時みたいに、ド派手に放火できるのがベストなんだが。


「ここを上がったら、地上に出られるのかな」

「多分、ここは地下だろうからね」


 アルビオンと全く同じ構造だったら、自分の足で登っていくには限度のある距離だけど。セントラルタワー、1キロくらいあるし。

 とりあえず今は目の前に登り階段しか無いので、ここを行くより他はない。

 どっかにいい感じの転移ないか……いや、迂闊に転移を踏んだら紫藤に干渉されて、逆戻りされそうだ。あってもこの場所の転移は使えないな。


「建物の上だったらどうしよう?」

「高い場所に出られるなら、周囲が一望できてラッキーだよ。それにいざとなれば、メイちゃんに抱えてもらって、飛び降りればいいし」

「そうだよね」


 うふふ、と朗らかに微笑む姿に、心が癒される。

 僕らが天送門を潜る瞬間を虎視眈々と狙って罠を張られたのだ。一見、こちらが押して余裕で脱してきたように見えるが、僕としちゃあ敵の本丸ど真ん中でドンパチ始めてしまったのは下策も下策で、内心穏やかじゃいられない。


 本当は大人しく保護されたフリをして敵情視察の上、王国中枢テロって滅茶苦茶にしてから帰還したいところだけれど、紫藤が今すぐこの場で僕らを処すことは明らかだった。

 殺して始末するのか、封印並みに拘束されて拷問か洗脳でもされるのか。死ぬか死んだ方がマシな状態になるのが確定している以上、今ここで暴力に訴えて盤面をひっくり返すより他に手は無かった。

 僕一人だったら絶望してたけど、メイちゃんが一緒なら何となるという希望を持つには十分だ。


「小太郎くん、扉があるよ。私が先に出るね」

「まずはざっと見るだけでいいよ」


 全力で階段を登れば、思いの外早く上の階へと到着したらしい。

 ここからさらに上へと続く階段もあるが、このフロアに出るための扉もあった。

 上も気になるが、扉の先がどんな構造になっているのかも気になる。まだ明らかに地下階層っぽい雰囲気なら、このまま一番上目指して突っ走るのもやぶさかではないが、すでに地上だったら、そのまま外へ出るのがベストだ。


「――――わぁ、外だ」


 素直なメイちゃんの感想に、僕も同意する。

 扉の先には石畳と巨大な石柱こそ続いているが、空の開けた美しい緑の庭園が広がっていた。

 爽やかな朝の空気が漂い、空には燦々と太陽が輝く。涼しいそよ風が肌を撫でて、仄かな緑の香りを届けてくれた。


「ここってホントの外? どう思う?」

「うーん、ダンジョン内じゃないと思う。多分、本当の外だよここ」


 僕には精巧に屋外を描写されたホログラムを一発で見破れる眼力も直感もない。でもメイちゃんがそう言うからには、ここはダンジョン内空間ではなく、本物の外の世界なのだろう。


 ざっと見た限り、綺麗に人の手で庭木が整えられた庭園に、聖堂騎士団が展開している様子はない。メイちゃんも何か潜んでいるような気配は感じ無いようだ。

 僕らを殺すための戦力は、あそこに集中させていただけなのだろうか。

 何にせよ、今すぐ目の前に敵の大軍が押し寄せて来ていないだけで十分だ。


「よし、ここから出よう」

「うん」


 何はともあれ地上に出られたなら、脱出への可能性はさらに開けた。下手すれば建物を完全に封鎖されて袋の鼠になるだけだしね。

 今すぐ広大な庭園へと駆け出したくなるところだが、その前に僕は再び『愚者の杖』と『無道一式』を振るった。


 混沌の沼のような陣から、ついさっきも行使してきたばかりのスケルトンやハイゾンビを出しつつ、偵察用のレム鳥も放ってゆく。

 スケルトンには量産しておいたグレネードを一体につき3個だけ持たせておく。適当なところで放れば、多少は騒ぎを起こせるだろう。

 パワフル全力ダッシュのハイゾンビとゴグマとも殴り合えるタンクは、武装がなくても騎士の相手くらいは出来るスペックだ。そこからさらに、『無道一式』の中で作っておいた、魔物の素材を融合させた、追加武装を施す。


『増魔器官』:歪な肉塊でも「生きている」というべき状態を保てる『無道一式』の使役能力を利用した、モンスター素材を活かした召喚獣用の強化武装の総称。杖から分離すると、急速に生命力を失ってしまうが、宿主となる装着者に取り付き魔力を吸収すれば、その分だけ生かすことが可能。一応、人間でも普通に使うことはできるけど、基本的に魔物素材を生で扱っているので、装備する感触が生理的な嫌悪感を催すのでオススメはしない。


『クローブレイド』:増魔器官の一種。長く鋭い爪を手足から生やすように装着できるシンプル武装。基本的には長い一枚刃で剣やナイフのように扱う。サラマンダーのようなドラゴン素材や、爪そのものに毒がある、強力な素材を用いてより上位の武装もできる。


『ホーンランス』:増魔器官の一種。鋭く尖った長い角を穂先として、骨の柄を伸ばした槍。増魔器官の特性上、肉体と繋がっていなきゃいけないので、腕と一体化させて装備する。


『スロワー』:増魔器官の一種。炎や毒を噴射する放射器。構造はモンスターが口からブレスを吐いたりする器官を丸ごと流用している。火炎放射のフレイムスロワーでいえば、燃える液体燃料を生成する火炎袋から、燃料を通す管となる食道、そして着火と放射口になる口腔といった感じで繋がっている。この一連の器官を蛇のように一本化して肉で覆い、

装着者と繋がれば、スケルトンでも立派な火炎放射が出来る。


『マッスルスーツ』:増魔器官の一種。屍鎧の簡易版といった筋肉の鎧。強靭な筋繊維を束ねて、これを纏うことで単純な筋力を引き上げる。これで貧弱なスケルトンも人間を殴り殺せる力を得られるし、ハイゾンビはよりパワフルに、タンクは横綱が如き筋肉デブと化す。『マッスルアーム』、『マッスルレッグ』、と各部位のみでの使用も可能


『アーマーシェル』:増魔器官の一種。硬く分厚い甲殻の装甲であり、盾でもある。『マッスルスーツ』と併用すれば、最早立派な鎧兜の騎士になる。


『自爆核』:増魔器官の一種。要するにコア爆弾。下級魔法一発分にもならないクズ魔石でも、塵と積もれば山になる。『無道一式』にいっぱい小さな魔石や破片みたいな使い物にならないのを食べさせれば、底無胃袋の中で合成させることが出来るのだ。それをコア爆弾と化して内蔵すると、自爆できるようになる。アスリート越えの脚力でダッシュするハイゾンビの自爆兵はテロリストなら皆欲しがる性能だ。タンクにも仕込んでおけば、デカい敵を倒して群がられた時なんかにドカンとすれば、結構な道連れを望める。そして何より自爆はロマン。


「――――まったく、いきなり在庫大放出だよ」


 僕がここ最近で頑張って溜めた魔物素材が、どんどん吐き出されてゆく。

 けれどこの窮地においては、ケチってもいられない。こういう時のための準備であり、召喚術による別動隊の手数は効果的だ。


 そうして一通りスケルトン達に武装を完了させてから、最後に影武者を仕立てておく。


「重ね、映し、立て。その身は全にして一なる、虚無の実像――『双影ふたつかげ』」


 気合を入れたフル詠唱で分身を作り出す。

 アルビオンに留守番となる杏子の元に一体残してきているから、そっちだけは消すわけにはいかない。でもそれを差し引いて、僕がフルコントロールできる限界を超えた数を出しておく。


 今回は少しでも敵の目を欺き、追っ手を分散させるのが目的だ。僕自身が正確に現場を見聞きして判断、行動させる必要はない。適当に逃げ道になりそうな場所を走らせておけばいいだけ。戦闘や破壊工作は召喚獣部隊のお仕事である。


 それから念のために、マッスルスーツでエロい体型に見えるようシルエットだけ調整したハイゾンビに、『虚ろ映し』でメイちゃんの姿に設定すれば準備完了だ。


「よし、行けっ!」


 四方八方に庭園へと走らせ、一部隊はさらに上へと続く階段を登らせた。

 こうして陽動の別動隊を準備している間に、レム鳥の偵察結果を見て、本命の逃走ルートを決めておいた。


 空高く飛ばしたお陰で、アストリア首都シグルーンの全景を何となく把握できた。

 僕らがいるこの古代遺跡は、やはり非常に大きな塔である。全高500メートルほどの白い巨塔だが、地下があの天送門広場だけだったことを思えば、アルビオンの中央政庁セントラルタワーよりは小さい。

 この庭園を抜けた先には、宮殿と見紛う大聖堂がある。古代遺跡としてはそちらが中心なのかもしれない。


 この塔と聖堂がある周囲は随分と開けており、美しい草原と小さな森、そして綺麗な円形の湖を望む牧歌的な地形となっていた。

 立地としては首都から少し離れた郊外といった感じか。本来ならベッドタウンとなる住宅地にでもすべき場所だが、恐らくは大聖堂を所有するパンドラ聖教の土地として独占しているのだろう。

 とりあえず、この広大な土地に大軍が展開している姿が見えないのは幸いだ。


 そして首都シグルーンは、なるほどこりゃあ異世界だわ、と一目で納得できる巨大な都市だ。綺麗な白塗りの壁に、鮮やかな青の屋根。白と青の二色に彩られた、実に美しい街並み。

 それでいて建築技術は古代文明譲りなのか、ドバイかよってほど高層建築が乱立。それもビルという感じではなく、しっかり装飾が施され、聖堂のような外観をしている。この高さとデザイン性の両立は、とても地球では見られない。


 ずっと観察していたくなるほど立派な異世界都市だが、今はのんびり観光気分じゃいられない。大事なのはどっちへ逃げれば良いかという地理情報である。


 自作のコンパスをチラ見しながら、おおよその方角と地形をすり合わせて脳内マップを作成。

 首都を中心に置いて見ると、僕らのいる聖堂は北側。東側はかなり遠目に高い山脈が見える。けれど西側には海が広がっており、首都が巨大な港街でもあることが判明した。

 南側は開けており、今見える限りではずっと平野部が続いているようだが……


「今すぐ逃げ込むなら、山のある東側かなぁ」


 遠くへ逃げるなら海がベストだが、如何せん僕らはド派手に暴れて逃げ出してきた状態だ。コッソリと船に乗り込み密航というのは、このまま実行するのは難しい。

 そもそも首都へと入る方が危険だろう。如何に大都市とはいえ、その分だけ敵の数も多い。

 もしもアストリア人全員が黒髪黒目の日本人を目の敵にしていて、見かけ次第即座に通報するような国民性だったなら、一般人とはいえ目につくのは危険過ぎる。木を隠すなら森の中にしようと思ったら、害虫の巣窟だったら意味ないし。


 険しい山側へと逃げ込むのは如何にも素人考えだが、生憎と僕らは素人じゃない。今の僕は、かつて杏子と葉山君と共に山越えした時よりも、遥かに充実した装備を整えてやって来ている。

 元々、雪の積もる針葉樹林の山脈地帯を探索するつもりで来ているからね。サバイバル装備は豊富に準備してあるから、このまま真っ直ぐ山登りを始めてもなんの問題もない。

 一方、僕らに蹴散らされる程度の騎士団が追ってくるなら、険しい山脈となれば奴らも捜索の足は鈍るだろう。野生のモンスターも出没するなら、尚いい。


 南側の平野部は僕らも走りやすいのは確かだが、騎士も追いやすい。それに首都近郊の平野となれば、大きな街もしばらく続きそう。一般人の目にも止まりたくない今の僕らからすると、デメリットの方が大きい。


「んっ、大聖堂の方でも、騎士らしい奴らが大勢動き出しているみたいだ。急ごう」

「うん」


 陽動部隊の行き先も設定しつつ、僕らは東にそびえる山脈をひとまずの目的地として駆け出した。

 ひとまず、最短距離を一直線に抜けるつもりで走る。勿論、大聖堂には近づかない。

 僕らの進路は、陽動部隊一つを先行させ、さらにレム鳥にも集中的に索敵させておく。


 他の陽動部隊は、冷やかしで大聖堂へ一部隊だけ送り込み、さらに北上するのも一部隊。

残りは首都へ向けてルートを分散させて進ませる。この中でも、港を目指して密航させるような雰囲気を出す部隊を、一番クオリティを上げて作っておいた。

 敵が僕らの動きを把握した時に、最も本物らしい動きになるのがコイツらだ。即席とはいえ、在庫素材をつぎ込んでそれなりの数の陽動部隊を結成したのだ。あからさまに目につくよう暴れさせるだけでなく、本命と勘違いしそうなほどコッソリ動くのも紛れさせておく方が効果的だろう。


「小太郎くん、敵の動きは」

「大丈夫、こっちの方には誰もいないね」


 どうやら、本当に奴らが罠を張っていたのは塔の天送門広場だけのようだ。

 すでに報告が入ったらしい大聖堂こそ、兵の出入りが慌ただしい様子だが、他に近辺に存在するのは、通常の警備兵といった気配だ。

 まぁ、聖堂騎士の言動からして、天職を得て一年も立っていない素人同然の少年少女を始末するだけの楽な仕事と思っていたようだし。アストリア王国軍総動員、というほど大規模な準備などしているはずもない。

 その余裕が命取りだぜ――――なんて、思っていた時だ。


「止まってっ!」


 最初に声を張り上げたのは、メイちゃんだ。

 急ブレーキを踏むように止まった大きな背中が迫る中、僕は彼女が本気で警戒するような何かを察したことが信じられなかった。


 何故なら、今僕らが踏み込んだ場所は、古代遺跡ではお馴染みの妖精広場だ。

 屋外に設置されたこの広場は、実に庭園としてマッチしている。

 愛らしい万歳ポーズの妖精さん像を中心に掲げる、小さな噴水。周囲に咲き誇る色とりどりの花壇に、妖精胡桃の植木が立ち並ぶ。

 僕が全く無警戒だったのは、すでにここのクリアリングを完了しているから。レム鳥は人影一つも見かけていないし、ちょっと前に通過した先行陽動部隊も、無人であることを確認している。


 今ここに、誰かが待ち構えているはずもない。


「こんにちは」


 けれど、確かにそこにいた。

 メイちゃんと並んで妖精広場を見渡せば、噴水に腰掛けている一人の女。


 誰だコイツ。なんでいる。絶対にこんな人物は、周囲一帯に存在していなかった。

 勿論、この妖精広場に転移してきたってこともない。転移すると派手に光るし魔力の気配も発するんだ、気づかないワケがない。


 パンドラ聖教の修道女シスターなのだろうか。裾の長い純白の衣装は、ローブというよりは修道服のようなデザイン。シンプルだが、それ故に……ヤバい、この女のスタイル、メイちゃんと同レベルだ。本来なら体のラインなど浮かばない厚手の生地で全身が覆われているはずなのに、この見事なボディラインがまるで隠し切れていない。


「どうも、こんにちはー」


 浮かんだはずの疑念を打ち消すほどのスタイルのせいで、僕は修道服の胸元を押し上げる大質量兵器へと向けてしまいそうになる視線を誤魔化すように、散歩で通りがかったご近所さんへ挨拶するような笑顔で答えた。

 大聖堂に務めている一般シスターさんですよね。今日もお勤めご苦労様です。それじゃ、僕らはちょっとここ通らせてもらいますよっと。


「お待ちください」 


 ちっ、やっぱダメだったかぁ……

 忽然と姿を現しておいて、一般シスターは無理筋だったよね。メイちゃんはすでにして臨戦態勢に入っていて、殺気を隠すことなく放ち始めていた。


 制止の言葉を放つと同時に、音もなく静かに、それでいてどこか優雅に立ち上がる。

 楚々とした佇まいで、ゆっくりと一歩を踏み出したところで、深くかぶっていたベールの奥が露わとなる。


 僅かに覗く、美しい白銀の髪。本当に光輝くように見える髪の色も、実にファンタジックだが、それよりも気にするべきは他にある。

 彼女の目元は、何故か固い目隠しによって覆われていた。

 怪我をしている、と思うのが普通は先だけれど、どうにも厳重に拘束された凶悪な囚人の方を連想してしまった。

 おかしいね、目隠しあっても絶世の美女と確信できる顔立ちなのに。このボディにこの顔が乗っかっていれば、正しく僕の理想とした、素敵な異世界女性とのファーストコンタクトだと言うのに――――嫌な予感が拭えない。


「すみません、急いでるんで」

「王国は初めてでしょう? ようこそアストリアへ――――桃川、小太郎様」

「もしかして、転生したら悪役令嬢になってた系の人?」

「うふふ、上手にお名前を発音できていましたか。練習、したのですよ」


 まずい。何がまずいってこの女、僕の発言を正確に読み取った上で答えている、つまり僕がどういう人間か、すでに理解しているってこと――――生粋の異世界人のくせに。

 コイツは紫藤と同じ召喚者でもなければ、チートな転生者でもない。間違いなく、アストリア王国の住人だ。


 隠す気がないなら、紫藤のように本名を名乗っている。隠す気があれば、僕の言葉を理解できないフリをする。

 そのどちらでもなく、自ら「桃川小太郎」と正確な日本語発音できることを示してきたのだ。言葉の通り、日本のことなど知らない異世界人が、学んできた。桃川小太郎、この僕を。


「いつから、どうやって、見ていた……」

「初めから、全てを」


 聖母のような微笑みを浮かべて、我が子の成長を見守ってきたと言わんばかり。


「最初の呪術だけで、鎧熊を仕留めて見せたのは、お見事でした。今でも小太郎様の雄姿は、この『眼』に焼きついております」 

「クッソ、天職貰ったらすぐノート破くのが最適解だったのかよ」

「まぁ、本当に鋭い洞察力でございますね。その聡明なところも、素敵です」


 そもそも『天職』を授かるよう仕向けていたのは紫藤だ。あの魔法陣には監視用の効果も込みに決まっている。モンスター情報なんてメール機能まであるんだから、アストリアと繋がっているのは明白だった。

 さらにコンパス機能もつけることで、クラス全員が肌身離さず持つようにしているのだから、儀式の動向を探るのに、これほど最適なアイテムはない。

 紫藤はこれで僕らのダンジョン攻略の様子を探っていたのだろう。そして、彼女も同じ内容を見ていると考えられる。


 僕は学園塔辺りからノートを使う頻度は減ったけど、その時はもう小鳥遊と合流していたし。ゲームマスター『賢者』がいれば、それこそ奴が見聞きした全ての情報をリアルタイムでアップされている、ってくらいは想定しておくべきか。真の天職は『配信者』ってかぁ? すぐ化けの皮剥がれて炎上しそう。


 ともかく、間抜けな聖堂騎士と違って、この女には僕の手札の大半は暴かれているワケだ。一言二言、会話しただけでもう追い詰められた気分だよ。


「いやぁ、こんな熱烈なファンがいるとは驚きだよ。良かったら、お姉さんの名前、聞かせてよ」

「失礼いたしました、名乗りもせずにお喋りを……それでは、改めまして」


 敬虔な信者を前に説法する司祭のように、大仰に腕を広げて彼女は名乗った。


「私はリリス」


 その手に薄っすらと浮かび上がる、エメラルドグリーンの燐光。


「リリス・ゴッドランド・アストリア」


 その輝きは加速度的に増してゆき、背筋が凍るほどの魔力の気配を放ちながら、一振りの剣を形成してゆく。


「女神エルシオンより、天職『勇者』を賜っております」


 かくして、『光の聖剣クロスカリバー』を携えた、女勇者が僕らの前に立ちはだかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  『賢者』『聖女』と来て『勇者』とも直接対面か・・・。  もっと順を追って、行方不明の仲間達を回収しつつアストリア王国へと近づいて行き――てな感じの流れを漠然と想像していました。  と…
[一言] 勇者と聖女が揃っているのにわざわざ召喚させる意味がわかんないよ 他に目的があったんだろうか
[良い点] 外に出てこれからどうするのかって思いきやいきなり女勇者の登場。第2部2話目も盛り上がる展開ですね。 メイちゃんが簡単に負けるとは思えないが、女勇者は凄く余裕そうでこれまでのことも見ていた…
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