表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:ようこそアストリアへ
453/521

第406話 旅立った先

「おいで、レム」

「はい、あるじ」


 すっかり見慣れた転移の白い光を眩く発し、荘厳な天送門を開く。

 僕は右手でメイちゃんと、左手でレムと手を繋ぐ。


「行こう、小太郎くん」

「うん、行こうか――――外の世界へ」


 こうして僕は、僕らは、ようやくこの長く続いた、ダンジョンの奥深くから抜け出す――――


「――――ん」

 一瞬の暗転を経て、すぐに視界が戻って来る。

 どうやら無事に転移は完了、

「小太郎くん」

「ああぁー、参ったな、いきなりトラブルだよ」

 異常事態が発生したことを、メイちゃんも瞬時に認識したようだ。

 当たり前だ。だって転移先の場所が違ってるんだもん。


 本来の予定では、転移先は雪の積もった針葉樹林の遺跡だったはずだ。何度も分身やレムで試して、100回飛んで100回そこへ行けるように、アルビオンでの転移設定に不備がないこともチェックしている。

 だというのに、ここにはすでに見てきた景色はない。


 そこは広大なホールであった。

 それこそ、転移などせずただ巨大な天送門を潜り抜けて反対側に出ただけ、と言ってもいいほど、あのアルビオン遺跡最下層とよく似た造りをした空間である。

 けれど、今も非常灯だけで照らされた薄暗いアルビオン天送門広場とは違い、ここは美しい白に彩られている。

 床はヒビ一つない綺麗な白い石畳。立ち並ぶ円柱も壁面も、新築同然の輝きでピカピカだ。

 そしてこの白く美しい空間を彩るのは、ルインヒルデ様がぶった切ったクソ女神エルシオン像と同じ様式の、女神と天使達をモチーフにしているだろう装飾の数々。

 煌びやかに照らし出されたこの場所は、間違いなくエルシオンを讃えるための聖堂に違いなかった。


「これは嫌な予感……それも、最悪の予感がするね」


 杏子だけでも残してきて良かった、とすでにして保険をかけたことに安心感が出てしまう。

 そんな気持ちを口になど出さずとも、すでにメイちゃんは武器を手に全力で警戒。レムもまた同様だ。

 ひとまず襲撃への警戒は、この頼れる彼女達に任せて、僕は即座に帰還準備に入る。


「開け、天送門」

『エラーコード403 現在、アルビオン総督代理による、シグルーン天送門へのアクセスを拒否しています』

「クソっ、嵌められた……」


 聞き覚えのある無機質な音声ガイドが降って来て、僕は敵の罠にかかったことを察した。

 ちくしょう、ダンジョンマスターになったことで、古代遺跡のシステム掌握は完璧だと思っていた……けれど、あの小鳥遊みたいな間抜けでも、そこそこ使えていたのだ。

 他の遺跡のダンジョンマスターならば、もっと上手く扱える。それこそ、僕よりも遥かに時間をかけて解析しているし、何なら古代から正しい操作法まで伝わっているかもしれない。


 恐らくここは、アルビオン王国の首都シグルーン。

 そして、勇者育成のダンジョンサバイバル、本来のゴール地点だ。

 すなわち『賢者』が目指した女神エルシオンの勢力、その総本山である。


「ようこそ、シグルーンへ。ダンジョン攻略おめでとう」


 転移の白い光と共に、一人の男が現れた。

 後ろ手のハンドサインでメイちゃんに攻撃は待機と示しながら、聞こえた声音を記憶の奥に重ねる。

 この男の声は、恐らく最初に教室で流れた放送と同じもの。

 もし違ったとしても、関係者であることは間違いないだろう。


「……貴方は?」


 僕は心底驚いた、といった表情を浮かべながら、まずは当たり障りのない誰何を問う。

 まぁ、質問なんかしなくなって、男の出で立ちからしてエルシオンを信仰する司祭だろうけどね。


「私はシド。パンドラ聖教の大司祭を務めている者だ」


 大司祭、ねぇ。確かに小奇麗な純白の法衣は、安いコスプレ感なく厳かな雰囲気が漂う。

 しかし、こんな死んだ目ぇした陰気な男が大のつく司祭とは、パンドラ聖教ってのは随分とブラックなんじゃあないの?

 シド大司祭は、黒い髪に黒い瞳をした、長身瘦躯の壮年男性だ。その立ち姿は堂々としており、蒼真悠斗のように隙を感じさせない。これは武術の心得もあるパターンか?


「安心して欲しい。あの過酷なダンジョンから、君たちが脱出できるよう手助けしたのは我々だ。ここは安全な人間の国、アストリア王国さ」


 そんな和やかな微笑みを浮かべられても、光のない目で言われちゃあ説得力の欠片もない。

 けれどそんな感想はおくびにも出さず、僕は小鳥遊を見習って、涙目を浮かべて震えながら口を開いた。


「ああ、やっと……やっと安全な場所に出られたんだ! これで僕たちは、保護されるんですよね!?」

「勿論だとも。沢山辛い思いをしただろう。今まで、よく頑張ったね」

「あっ、ありがとう、ございますぅ……」


 九死に一生を得て、ようやく安心した要救助者の如く、僕はシドのお優しい言葉に感動したように泣き演技。

 袖でぐしぐしと涙を拭って、僕はシドへと手を差し出した。


「僕は桃川小太郎です。よろしくお願いしますね、シド大司祭」


 さて、今の僕はそんなにおかしなことをしているかい?

 どうした、シド。早く僕と握手しようぜぇ。


「……」

「……」


 互いに、沈黙が支配する。

 その静寂は、僕の浮かべた微笑みが、薄ら笑いへと変わるのに十分な答えだった。


「握手、しないの?」

「……ああ、済まないが、ダンジョンから出てきた直後の者と、素手で触れるには危険があるからね。失礼は承知だが、まず君たちは身を清めて貰わなければならない」

「ふぅん、なるほど、ウイスル的な?」

「そう思ってくれて構わない」


 ふぅ、と僕はシドの言い分にわざとらしく息を吐いてから、差し出した手を戻し、


「殺れ、メイちゃん」

「――――『飛雷閃』」


 刹那、瞬くは黒き雷光。

『狂戦士』の強靭な膂力から放たれる投擲武技で、放たれたのは『黒嵐剣斧ギラストーム』。雷撃を纏う漆黒のハルバードが、落雷の如き速さと威力をもって、シドへと飛んだ。


 ギィイイイイイイイイイイイイイイイイン――――


 甲高い衝突音と雷鳴が同時に轟く。炸裂した黒い稲光をかき消すように、青白い燐光が弾けながら、激しく明滅する。


「ちっ、やっぱ『聖天結界オラクルフィールド』で守ってやがったか」

「……いきなり、何をするんだ?」


 即死級の武技を叩きつけられても尚、不動の姿勢を崩さぬシドは、破れかけた『聖天結界オラクルフィールド』の向こう側で、すっかり微笑みの失せた真顔で問う。


「何って、敵が目の前に現れたら、とりあえず攻撃するでしょ。お前はゴーマにも笑顔で自己紹介から始めるのか?」


 こんにちは、死ね。それがダンジョンのルールだ。

 まさか、お前が知らないはずはないだろう。


「お前、前回生き残った『賢者』だろ? シドとか4℃(ヨンドシー)かよ。中学生みたいな偽名じゃなくて、本名名乗れよ、日本人」


 その黒髪黒目を晒して異世界人って解釈は無理筋だろう。

 妖精さん像を筆頭に、人を象った姿の石像やら装飾を見る限り、少なくともアルビオンにいた人々が掘りの深い西洋人系の顔立ちってのは察しがつく。

 まぁ、それでもシドは現地人で通せそうな程度には、目鼻立ちの整った顔つきだが……その当たり前のように纏っている『聖天結界オラクルフィールド』を見れば、その正体もお察し。


 あの最初の校内放送のアナウンスは、明らかに日本の学生事情を知った上での説明内容だった。

 そして小鳥遊の言動を鑑みるに、僕らの前に同じようなバトルロイヤルが開催されたのは明らかだ。


 よって、今ここで僕らの前に姿を現す人物は、ゲームマスター『賢者』として前回のダンジョンをクリアしてきた、女神の使徒としか考えられない。


「全く、最近の高校生というのは恐ろしいな……私がダンジョンを脱した直後は、とても君のような知恵も力も、無かったと言うのに」


 おっと、その死んだ目でもようやく人らしい感情が漏れたな。

 僕らと同じ境遇だと言うのなら、その苦労は他でもない、この僕が誰よりも理解できる。少なくとも、僕の姿を見て当時を思い出すと、笑顔になれるような素敵な記憶じゃないのは確かだ。

 疲れたような息を吐きながら、シドは改めて名乗りを上げた。


「私の名は紫藤しどう亜輝あきら。白嶺学園、三年五組、出席番号7番――――と言えば、君は納得してくれるかな」

「マジかよ先輩じゃないっすかぁ……」


 おいおい、よりによって前回も白嶺学園のクラスがダンジョンに飛ばされてんのかよ。

 こりゃあ白嶺学園も異世界送りの生贄集めのために設立された臭いぞ。

 それに僕の知る限り、三年に紫藤なんて先輩が存在したかどうかは知らないけれど……これが事実なのだとしたら、参った、元の世界には絶対帰れないかもしれない。


 地球にもクソ女神の手の者が潜り込んでいる上に帰還不可能というのは最悪以上の事態だが、今はそれを考える暇はない。ないけど、クソっ、初対面で情報の爆弾ぶっ放してくるのは勘弁してくれよ。


 ともかく、小鳥遊のアホと違って、見事に女神の使命を完遂した大先輩が、明らかに敵として立ちはだかっているのだ。それも正体を見破ったところで、全く動揺もしてないと来たもんだ。


 はぁ、ちくしょうめ、僕らを捕らえる、あるいは殺す準備は万端ってことかよ。


「同郷のよしみってことで、このまま見逃してくれないっすかパイセン」

「悪いが、それは出来ないな……桃川小太郎、双葉芽衣子、両名ともにその力と思想は危険に過ぎる」


 紫藤がサっと手を掲げれば、四方から続々と完全武装の兵士が雪崩れ込んできた。

 兵士というか、こりゃあ完全に騎士だ。如何にも光属性ですと言いたげな、白銀の豪華な鎧兜を着こんでおり、何かしらの魔法効果も付与されているのだろう。その全身は薄っすらと白く輝いている。



「彼らはパンドラ聖教の誇る最精鋭、『聖堂騎士団』だ。ゴーマの兵士などとは、その実力も装備も比べ物にはならない」

「あぁ、羨ましいほどの高級装備っすね」


 こんな形で初めての異世界人とご対面とは、残念極まりない。出来ればブロンド爆乳のエルフ美女みたいなのとファーストコンタクトをとりたかったけどね。


 フェイスガードの開いている奴らの顔を見る限り、想像通りの西洋人系が多いが、アジア系やアラブ系みたいなのもそれなりに入り混じっている。

 しかしエルフやドワーフといった、明らかに人間と異なる特徴を持つ亜人種は見受けられない。

『聖堂騎士団』なんていうからには、それなりにエリート集団なのだろう。そこに騎士として属する人間がこんな国際色豊かな顔ぶれということは、アストリア王国は人間の多民族国家なのだろう。

 それに、やはり天職があるお陰か、男女比も若干、男の方が多い程度といった感じ。このジェンダーフリーぶりは日本よりも先進的だね。


 これで僕らを殺気交じりに取り囲んでいなければ、僕も留学生よろしく気軽に異文化&異世界交流を喜んでやれていただろう。


「君たちは完全に包囲されている。天送門も私の管理下にある。逃げ場もなければ、勝ち目もない――――だが、同郷のよしみだ、命の安全は保障しよう。ここは大人しくお縄についてはくれないか、桃川君」


 絵に描いたような剣呑な雰囲気。僕らを包囲する聖堂騎士は、人間を前にしたゴーマとどっこいかってほどに殺気だっている。

 それに加えて、仄かに漂う魔力の気配。これはやっぱり見掛け倒しってことはない、本物の精鋭騎士ではあるのだろう。


 そして僕にとって最大の頼みの綱である、天送門の制御も紫藤に握られている。これではアルビオンに戻ることも叶わない。


 退路は断たれ、戦力差は絶対的。なるほど、確かにコイツは詰んでいる……これはまんまと罠にかかった、僕の落ち度だ。

 天送門は物理的に封印して、天道君と一緒にそのままアルビオン島の外へと向かうべきだったな。

 なんて、後悔しても今更もう遅い。


「分かった……けど、その前に教えてくれないか。蒼真悠斗、如月涼子、夏川美波。三人は無事なのか?」

「無論だ。君たちが大人しく従っていれば、その内に三人とも会えるようになるだろう」

「で、勇者蒼真はまた洗脳されてんの?」

「洗脳などとは、心外だな。勇者は、自らの意志をもって世界を救うからこそ、勇者なのだ」


 答える気は無いってことか。まぁ、この感じだと、まだ上手いことコントロールは出来ていなさそうである。


 でも蒼真君のことだからなぁ、美少女のお姫様に「どうか世界を救ってくださいませぇ!」とか泣きつかれたら、洗脳なんてしなくてもホイホイ世界の命運を請け負ってしまいそうだ。

 目の前で無辜の民がモンスターに虐殺されるシーンなんかあれば、もう確定演出だね。


 とりあえず、三人の無事が分かっているなら、今は十分だ。

 それに紫藤も蒼真君のことはちゃんと勇者扱いしている、ということはまだエルシオン的にも用済みと切り捨ててはいない模様。

 ならば蒼真君と一緒にいる限り、委員長と夏川さんもまた安全ではあるだろう。少なくとも命だけは。


「その勇者が欲しくて、パンドラ聖教が僕らをダンジョンに叩き込んで、殺し合いをさせたってことか」

「この世界を救うためには、必要な犠牲なのだ」

「ふぅん、紫藤先輩の三年五組だけじゃあ、犠牲は足りなかったワケだ? エルシオンがもう一クラスおかわりするくらいだ、よっぽど乏しい人材だったんだね。まぁ、『賢者』を勝たせるようなクラスだ、無能のボンクラ揃いに決まってるか。半分くらい『天職』授かれずに死んでそぉー」

「……」


 おっと、クラスのことは、今でもトラウマか? まさかクラス煽りに反応するとは。感情などすっかり捨て去ったような面をしているけど、表情を隠し切れていないぞ。

 その面は、小鳥遊のようにクラスメイトなんて自分が成り上がるための踏み台としか思っていないような奴には、できない表情だ。


「……蒼真悠斗が真の勇者として目覚めれば、我らの犠牲も報われる」

「いやぁ、蒼真君にはあんまり期待しない方がいいと思うけどなぁ? 今までの犠牲が無駄になっても、同じことを言い続けていられるかな」

「全ては、女神エルシオンの御心のままに」


 ふん、嫌でも蒼真君を祭り上げないといけない、って雰囲気だね。

 この忌まわしい勇者育成のバトルロイヤルも、そうそう気軽にリトライできるような儀式ではなさそうだ。


 だって何度でも挑戦できるなら、ソシャゲのガチャ感覚で無限にぶん回すだろう。消耗されるのは、遥か遠い異世界のガキ四十人ほどの命だけ。

 たったそれだけで自分達の世界を救える可能性があるのなら、幾らでも他の世界の命など使い潰すだろう。どうせ日本人だって、アフリカ人が10人死ぬ代わりに1万円貰えるボタンがあったら連打するでしょ。

 遠くの人間よりも、小さな自分の利益。人間ならば当たり前の行動原理である。


「シド大司祭、少々お喋りが過ぎるのではないか」

「相手は呪術師。放っておけば、この神聖な場所にどんな穢れを残されるか」

「よもや同胞を前に、情けをかけているワケではあるまいな?」

「この生意気ぶり、目に余る。その異邦人のガキには、早く自分の立場を弁えさせた方が良いだろう」


 おっと、あんまりにもシド大司祭が僕に情報サービスしてくれるのを見かねて、聖堂騎士の皆さんが騒ぎ出したぞ。


 うーん、見事にクリアに聞き取れる異世界言語。これも天職の恩恵か、言葉が自動翻訳で通じるのはありがたい限りだね。

 まぁ、リベルタと普通にお喋りできたから、言語関係は大丈夫だと思っていたけれど、ひとまず現地人とも問題なくコミュニケ―ションできそうで一安心だ。


「ハロー、聖堂騎士の皆さん。いきなり武力で威嚇とは、未開の蛮族らしいね。僕らの世界じゃあ、アマゾンの部族だってスマホくらい持ってるってのに、君らいまだに剣で戦う中世ファンタジーの文明度なんでしょ。僕らを拉致してイキってないで、自分達の方が僕らの先進的な文明ってのを学んだ方がお国のためになるんじゃないのかな。いつまでも御利益のない女神なんざ崇めてないで、素晴らしい科学技術と民主主義を信仰しようよ。時代をグローバルな価値観にアップデートだ!」


 イケイケな若手コンサルの気分で、バッチリとウインクを決めて聖堂騎士の隊長っぽい人に向けて指をさして言ってやる。


「異邦人のガキが舐めた口を。そんなに死にたいか」

「ワォ、グッドコミュニケーション!」


 いいね、ネットの概念さえ知らない異世界土人は、煽り耐性も低くて。

 君らも誇り高くプライドを重んじるタイプの人? そういうの、こっちの世界じゃ自尊心だけの地雷野郎って言うんだよ。

 この打てば響きまくる感じ、剣崎を思い出すね。


「落ち着け、安い挑発に乗せられるな」

「黙れ、貴様にヤル気がないならば、我らが捕らえるまで――――抜剣」

「ちょっとぉ、紫藤先輩がちゃんと止めないから、騎士の人キレちゃったじゃーん!」

「全く……その減らず口も呪術師のスキルなのか」

「勿論、バリバリのPSプレイヤースキルでーっす」


 僕の軽いジョークみたいな煽りにマジギレしちゃった耐性皆無の騎士団の皆さんは、揃って一斉に剣を抜き放つ。一糸乱れぬその動き、チアリーダーみたいに一生懸命みんなで練習してきたのかな。


 チラと刀身に輝く刻印を見るに――――『鋭利シャープネス』、『硬化ハードコート』、『耐久エンデュランス』の系統と思われる魔法効果の付与が刻まれている。何れも、物理的な刃を持つ武器には効果的な付与。

 しかし裏を返せば一般的な強化の範疇であり、初見殺しのようなトンデモ技を繰り出してくる可能性は低い。


 三つものエンチャントが施された武器を、この百人近い人数全員が手にしているとは、魔法的な装備の質は結構なモノだ。

 きっと剣だけでなく、奴らの盾と鎧にも、しっかりエンチャントはなされているだろう。


「手足の一本は斬り飛ばしても構わん。異邦人の反逆者を、速やかに捕縛する」


 隊長の声に、騎士達の了解が一斉に木霊する。そんなデカい声出さなくても、聞こえてるっての。


「先に剣を抜いたのはそっちなんだから、これは正当防衛ってことでよろしくね、紫藤先輩」

「……」


 そんな僕の言葉に、渋い表情を浮かべて紫藤は、前のめりに迫る騎士とは反対に下がって行った。

 いやぁ、言うこと聞かない奴らが多いと大変だね。分かるよ、その苦労。


 だからしょうがない。これは、しょうがないことなんだ――――聖堂騎士の皆さんは、邪魔だからちょっと死んでもらうとしよう。


「ぶっ潰せ、レム」

「ぎーがー」


 取り出したるは、偉大なるゴーマ王国を統べしオーマ王の力が宿る杖、『亡王錫「業魔逢魔」』。

 王の命を受け、最強の大戦士の力は解き放たれる。


「なっ、なんだ、この巨人は――――」


 瞬時に巨大化を果たした巨人レムを前に、間抜けに見上げた聖堂騎士は、そのまま踏み潰されて、純白の石畳を鮮血のシミとなって汚した。

 よしよし、このレベルの鎧兜で武装した騎士でも、巨人レムの超重量で踏み潰せるな。感覚的には、ゴーヴ戦士以上、ゴグマ未満といったところか。

 僕としてもレムの巨大化は切り札の一つ。そう簡単に防がれたら困る。


「グゴゴゴォ、グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「散開しろっ!」

「早く散れ、まとめて潰されるぞぉ!」

「うわぁああああああああああああっ!?」


 いきなり巨人大暴れで、聖堂騎士の皆も大はしゃぎだ。

 あっ、レム、そこに隊長いるぞ。そうそう、僕のことを異邦人の生意気なクソガキ呼ばわりした奴。


「はっ、離せ! やめろっ、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ガブリ、とわざわざ両手で捕らえたレムが、ゆっくりと隊長を嚙み砕く。

 なんかこういうシーン、見たことあるよ。やっぱリアルで巨人に食われるとこ見ると、ビビるよね。

 食われる瞬間、聖堂騎士のみんなも、ちょっとシンとなったもん。


「その調子で頼むよ、レム」

「グガガァ!!」


 とりあえず、これで巨人レムのインパクトとパワーによって、包囲する騎士達は混乱した。

 後はさっさとこの場をずらかるだけだが、その前に―――


「横道、僕のピンチだぞ。力を貸せよ」


 もう片方の手に、『無道一式』を握りしめる。


 モァアアアアアアア……


 と呻き声のような不気味な音を立てながら、底無胃袋の魔法陣から波打つように肉塊が現れる。ミシミシと蠢く肉の内から、赤い鱗を半ばまで纏った、竜の頭が出て来る。

 ダンジョンを制して爛れた生活を脱した後に、一念発起して倒してきた貴重なサラマンダーの素材である。


「そこでお前らが見てるのは、分かってんだよぉ――――ファイアブレスっ!!」


 ガパァとドラゴンゾンビのように屍の火竜が大口を開けば、そこから放たれるのは生前と何ら変わりはない威力を発揮する、灼熱の大火球。

 狙うはこの聖堂の上方、壁面の一角。

 アルビオンの天送門広場なら、コントロールルームがある場所だ。

 あそこは全面ガラス張りのようになっていて、広場を一望できる絶景ポイントだ。お偉いさんがふんぞり返って下々の者を鑑賞するには、うってつけの場所である。


 ドゴォオオオオオオオオオオ―――


 サラマンダーのブレスが炸裂。大爆発を起こした着弾点では、爆炎と黒煙の他にも、偽装用に展開されていたホログラムも光の破片と化して散っていく。

 コントロールルームからはこっちが見えるけど、広場側からは見えないようになっているのは、そこを利用する者の心理からすれば当然。けれどそこは窓辺である以上、さほど頑丈な造りになっていないことは、現地を検分して僕はよく知っている。

 まぁ、そもそも軍事基地じゃないし、ここをピンポイントで広場側から攻撃される、なんて建設当時に想定されてないし。要するに、一発ぶちかませばぶち破れるのだ。


 そして黒煙が晴れて行けば、案の定そこにはコントロールルームがあり、


「ジジイにババアに、如何にも連中ばっかだな」


 紫藤よりも明らかに豪華な装いの法衣を身に纏った、老人共が数人、ひっくり返っていた。

 その様子を、僕はスマホで拡大して、パシャリ。


「お前らの顔は覚えたからな。呪ってやるから、覚悟しておけよ」


 僕らをクソみたいなダンジョンサバイバルのバトルロイヤルに落とした、黒幕に近い連中だ。いつかキッチリと吊るし上げてやらなきゃ、みんなも浮かばれないだろう。


「というかもう一発ぶち込めば始末できるのでは? ファイアブレス」


 思い立ったが吉日。そしてお前らにとっては死刑執行日。

 死ねぇ、パンドラ聖教のお偉いさんと思われるジジババ共。今日で老人会は解散だぁ!


「――――『聖天結界オラクルフィールド』、全開っ!!」


 そこで破れた窓辺に姿を現したのは、つい目を奪われるような金髪の美少女だった。

 ちいっ、『賢者』の次は『聖女』かよ。

 あの見事に東欧モデルみたいにお綺麗な顔立ちは、紫藤とは違って現地人の天職『聖女』であろう。お姫様みたいなドレスを着て、桜ちゃん並みの美貌を誇る美少女ぶりだが、やはりその力は本物だ。

 再び炸裂したファイアブレスだったが、万能な聖なる結界を前に、その灼熱と爆風を完全に防ぎきっていた。


 咄嗟の展開力に加えて、ファイアブレスで揺るぎもしない防御力。『聖女』として結構なレベルにあるし、実戦経験も十分ありそうな感じ。

 あの聖女の結界をすぐに破るのは無理そうだな。それに攻めに転じられれば、巨人一体であわあわしている騎士連中よりも厄介そうだ。

 アイツはここで足止めしておかなければ。ちょうどすぐ傍に護衛対象もいることだし、このままコントロールルームを攻め続ければ、勝手に釘付けになってくれるだろう。


「よし、行こうメイちゃん。向こうの扉だ」

「うん、道を切り開くよ」


 そうして、僕が黒髪縛りを伸ばして回収しておいた『黒嵐剣斧ギラストーム』と大盾を手に、メイちゃんが駆け出す。


「おい、止まれっ!」

「ここから逃げられると思うな、反逆者が!」


 おいおい、こっち側は巨人レムがいないからって、随分と強気に出るじゃあないですか。無知ってのは罪だね。お前ら本気で、メイちゃんが武器を持っただけの小娘だと思ってんの?

 彼女は僕の守護神だぞ。巨人なんかより、荒れ狂う『狂戦士』の方がよほど恐ろしいってこと、地獄で悔いるといいさ。


「――――『撃震』」


 振り下ろされた武技は、途轍もない衝撃波となって炸裂する。

 粉微塵に粉砕された石畳と共に、直撃を喰らった騎士は血霞となって消え去った。それもすぐ傍にいた三人くらい、同じように。

 そこからさらに、武技『撃震』としての強烈な衝撃波と、ギラストームから放出された黒い雷撃が、周囲の騎士達へと襲い掛かった。


 無双ゲーのようにぶっ飛んでいく騎士達は、構えていた盾さえひしゃげているのだ。奴らの手足はバキバキに捻じ曲がり、当たり所の悪い奴は胴体から捻じれ切れそうになっている。


「うっ、こ、これは……」

「ありえん、なんだこの威力は……」

「話が違うぞっ、天職を授かったばかりの小娘ではないのか!?」


 あまりにもあっけなく十人くらいぶっ飛ばされたことで、僕らの進路を塞ごうと出張ってきた奴らは目に見えて狼狽えていた。

 けれど背中を向けて逃げ出すほどの思い切りは持てないのか、半端に盾を構えて抗戦の姿勢は崩していない。

 彼我の実力差は、すでに明らかだろうに。雑魚はどれだけ集まっても、雑魚なんだよぉ!


「グダグダ言ってないで、さっさと道を開けた方がいいのに」

「――――『剛撃』」


 自ら砕いた石畳を踏み越えて、立ち並ぶ騎士へと大盾を突き出したメイちゃんが突っ込む。繰り出すのはシールドバッシュの武技。

 バカでかいロイロプスでも真正面から跳ね返せる威力だ。半端な実力の騎士に食らわせればどうなるか。

 異世界転生できそうな勢いでトラックが突っ込んでくるのと、同じくらいの破壊力をもって、大盾はぶちかまされた。


「ぐわぁああああああああああああっ!」

「ダメだ、止めきれん……」

「くそっ、こんな化物、素手で抑えきれるかよ!?」


 ボーリングのピンみたいに跳ね飛ばされたお仲間の姿に、完全に二の足を踏んでいる。

 こんだけ吹っ飛ばされておきながら、自分は大丈夫だろう、と高を括ってメイちゃんの前に出てこれる奴はいない。


「あの女に接近戦は危険だ!」

「攻撃魔法で削るしかない」

「早く扉を閉ざせ! 包囲して撃ち殺すんだよ!」


 ようやく『狂戦士』と正面切って戦う無謀さを悟ったか。熊撃ちの猟師が如く、遠距離攻撃に徹する判断を下したようだが、


「声なき声をかき集め、闇夜に透ける姿を映す。狂気の沙汰、悲劇の果て、虚無の末路。暗き底なし沼に淀む者達よ。悔い、改めることなかれ――――『悪霊憑き』」


 お前らもうすでに、結構な人数死んでるじゃん? そんな君たちにオススメなのが、この呪術。


「アンデッドだっ!!」

「馬鹿な、こんな早くアンデッド化などするはず」

「あの小僧は『呪術師』だぞ!」

「おのれっ、この神聖な聖堂を邪法で汚すとは……」


 レムにぶっ潰されたり、メイちゃんにぶっ飛ばされた死体に軒並み悪霊をイン。

 そうすると、聖堂騎士団の兵力は減っただけでなく、何とこっちの兵力が増えるんだなこれが。いやぁ、寡兵で大軍に挑む時には、やっぱこの『悪霊憑き』は輝くよね。


「そら、ついでにお前らも行けー」


 片方を『愚者の杖』に持ち替えて、スケルトン軍団も召喚しておく。とりあえず頭数を揃えたい時にはコレ。ハイゾンビもいるぞ。


 そうして、悪霊で復活したゾンビ騎士とスケルトン、そして今日も元気よく雄たけびをあげて全力疾走のハイゾンビという、即席の突撃部隊を騎士達へけしかけておく。


「――――『破断』」


 そして慌てて閉められた扉を、メイちゃんが武技で一刀両断。

 スパーンと綺麗に斬り飛ばされ、僕らの脱出口は開かれた。


「それじゃ皆、またねー」


 最後に毒入り煙幕をしこたま投げ込んでから、僕とメイちゃんは聖堂を脱して行った。

 2024年8月2日


 本日からいよいよ、『呪術師は勇者になれない』第二部スタートです。


 元々、ダンジョン脱出前後というだけの、凄いぼんやりした二部構成という程度の認識だったので、一部と二部にちゃんと名前をつけていませんでした。自分では第一部ダンジョンサバイバル編、第二部アストリア編、と適当に呼んでました。

 けれど、改めて第二部を始めるにあたって、本格的にプロットを練り直したことで、ちゃんと名前をつけることにしました。


 第一部:アルビオン・ダンジョンサバイバル編

 第二部:アストリア・ダンジョンタクティクス編


 第一部は終盤にならないとアルビオンの名前も出てこないけど、まぁ完結してからの後付けネーミングだから、これでいいかと。

 第二部は舞台となるアストリア王国の名前と、ダンジョンはもう脱出したけど、これからもダンジョンは重要な存在、というか小太郎が一国を相手取るならダンジョン利用する以外ないので・・・ちゃんと第二部でもダンジョンという舞台を活用する話となります。


 それでは、第二部の呪術師もどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
三年五組って外伝学園祭編の鳳貴音のクラスですよね ってことはやっぱり鳳貴音が勇者でしょうね とてもハイスペック女子だったけど、勇者として残らなかったとは・・ それは目論見外れてエルシオンもさぞ悔しがっ…
[気になる点] どうせ日本人だって、アフリカ人が10人死ぬ代わりに1万円貰えるボタンがあったら連打するでしょ。 作品の都合上、大袈裟に書いているのは分かりますが……酷すぎませんか? 正直言って気分が…
[一言] 待ってました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ