モンスタービルド計画
「今こそ、横道の真の力を解放する時!」
「うわっ、また何か桃川君が始めたし……」
エントランス工房のど真ん中で、『無道一式』を掲げて僕が堂々と宣言をすると、実に嫌そうな視線を姫野が向けてくる。
おいお前、今作業の手ぇ止まってなかったぁ? という視線を返してあげると、彼女は実に真剣な表情で、基礎錬成陣に向き合っていた。その額から流れ落ちる汗が果てしなくウソクセェ。
まぁいい、今は姫野にダル絡みしている暇などない。
セントラルタワーの最下層に引き籠った小鳥遊を討伐するために、僕らは万全を期した準備をしなければならない。
そこで、僕はこの『無道一式』を研究することにした。
現時点でも『百腕掴み』など純粋なパワーとサイズによる物理拘束など、強力な効果を発揮してくれている。いるのだが、結局はただ喰らった魔物素材を継ぎ接ぎしているだけ。
強いパーツをいっぱい使えば強いに決まってる。いわば素材の味が良いだけで、調理の腕が全く影響しない料理を作っているようなものだ。
果たしてこれでいいのだろうか。この能力をもっと洗練させれば、更に強力で機能美に溢れた、究極のキメラが作るのでは――――
「というワケで、目指すべき到達点は二つ。一つはカッコイイドラゴン。そしてもう一つは、エロいモンスター娘だ」
と、僕はキメ顔で『無道一式』に向かって言うと、横道も「そうだそうだ」と言うように髑髏がカタカタ震えていた。よし、お前もオタの端くれだ、僕の夢と浪漫を理解してくれて嬉しいよ。
好きなモンスターを好きなだけ。正に夢のモンスタービルド計画だ。
しかしながら、いきなり全て上手くいくとは思っていない。千里の道も一歩から。まずはあんな生命の冒涜みたいなデザインの継ぎ接ぎキメラからの脱却を目指す。
せめてもう少し自然な形にモンスターをビルドするスキルを磨くのだ。
「最初の練習に相応しい形……何を作ってみるかな……」
基本的に『無道一式』に取り込んだ魔物素材はパーツ単位で管理されているイメージだ。機械的に分解しているワケではないので、あくまで大まかな分け方をされているだけだし、咀嚼されたように肉が入り混じっているような部分も多い。
ここから一体の完成されたモンスターを出力しようと思えば、バラバラのパーツを再び組み上げる、プラモデル製作のような過程を経ることになるワケだ。
全て元のモンスターのパーツで組み上げれば、元と同じモンスターが完成する。理論上は。
「いやこれ無理ゲーじゃね?」
試しに昨日の昼に食べた大蛇型のモンスターを再現しようとしてみたのだが……出力されたのは、細長い肉塊であった。
蛇なら頭と長い胴体だけのシンプルデザインで楽勝だろ、と思って試してみたのだが、これが難しい。大雑把に骨格と肉体をイメージしつつ、元々の眼球や牙、皮、鱗といった部位に、毒腺やピット器官などの特徴的な部位と内蔵をかき集め、再構築していくのだが……
それぞれの部位がどのように繋がっているのか、正確に理解していないと、組み立てられない。いや、組み立てることは出来るが、そのイメージが曖昧な部分は自動的に補われて、歪な形状や構造で無理矢理に継ぎ接ぎされるのだ。
元のイメージとかけ離れた姿で出力されたということは、それだけ僕が正確な構造を理解していないことの現れだ。それに一つで歪みが生じれば、他の部分にも影響を及ぼし、連鎖的に造形が崩れて行ってしまうのも、修正を難しくする要因だ。
「本格的な解剖学が必要だなぁ」
「ちょっと、桃川君! 早くこのキモいミミズみたいなの片づけてよぉ! 狙ってる! なんか私のこと狙ってるんだけどぉ!?」
「失礼な、コレはミミズじゃなくて、蛇なんだ。ほら、口の辺りはちゃんと蛇っぽい形になってるし、毒牙もあるんだ」
「イヤァアアアアアアアアアッ! キモいキモい! 陽真くん助けてぇえええええっ!!」
「……桃川君、流石にそろそろ止めてあげないと可哀想じゃないかな」
実に渋々といった様子で、中嶋は『クールカトラス』を抜いて、姫野へジリジリとにじり寄って来た肉塊蛇の頭を凍らせて、その動きを封じていた。
「ごめんね。上手くいかなくて、むしゃくしゃしてやった」
「あぁーん、陽真くぅん、優しぃ! 助けてくれて、ありがとぉー」
僕が心からの誠実な謝罪をしながら、出来損ないの失敗蛇を『無道一式』に食わせて回収させている一方、姫野は効果もないのに甘い声を出してクネクネしながら中嶋に絡んでいた。
「お礼、してあげるね?」
「じゃあ、もう作業に戻るから」
何がお礼だ、勝手に仕事を止めてんじゃねぇ。すぐに自分の錬成陣に戻る中嶋を見習え。まったく、お前の方が先輩社員だというのに。僕がその気になれば、もっとキモいミミズクリーチャーをけしかけることだって出来るんだぞと。
「しかし、綺麗な体を形成するためには、元々のモンスターへの深い理解が必要ってなると……」
僕もここまでダンジョン攻略を進めてきたんだ。それなりの数のモンスターにお目にかかって来たし、ボスを含めた強敵はしっかり観察してきた自負がある。
だがしかし、幾ら何でも解剖して肉体の構造から内蔵の配置まで、全てを覚えているはずもない。食用に解体するジャージャや海鶏でさえ、正確に把握できていないだろう。
かといって、今からモンスターを解剖してイチから勉強し直す暇などない。それはもう一生かかってやるようなレベルの、膨大な知識量と研究を要するだろう。
「流石にそこまではやってられないし……僕が一番詳しいモンスターで試していくのが最善か……」
これまで戦ってきた強敵達が脳裏を過っていく。
最初は赤犬みたいな雑魚相手でも苦戦した。ソロでバジリスクを討伐したこともあった。ヤマタノオロチとかいうレイドボスも超えてきた……そんな思い出の中で、僕が選んだモンスターは、
「よし、ゴーマ、君に決めた!」
間違いなく、僕が最も詳しいモンスターはコイツだ。
平和で長閑なゴーマ村の生態観察から毒薬実験体、ゴーマ王国へ潜入するためにゴーマなりきり変身スーツを自作し、ついにはオーマとの邂逅を経て、言葉を交わすことも出来るようになったのである。今の僕は、そこらのゴーヴよりもよっぽど上手くゴーマ共を治める自信があるよ。
それもいいかもしれないな。なにせ王国崩壊によって、とにかくゴーマ肉は大量に食わせてきた。これを再びゴーマとして使役できれば、スケルトンを超える大軍団として、更なる人海戦術を実施できる。
「今までの事は水に流して、これからは仲良くやっていこうよ――――さぁ、出でよゴーマ! 新たなる我が下僕!」
僕の脳裏に正確に思い描かれる、あの気色悪いゴキブリ人間的な造形。黄色く濁った眼に、脂ぎった肌に覆われた歪な体型。貧弱にして低能。だが人類の天敵足り得る、絶対の殺意を抱くモンスター。
ソレが今、僕の手によって現れる――――
「ンバッ、ォオオゲェビヤァアア……」
「クソが、死ねぇっ!!」
結局、出てきたのはミミズ蛇と五十歩百歩な、辛うじて人型っぽく見えるだけの肉塊であった。正確な造形の想像力とは一体。
全く使い物にならないくせに、鳴き声だけは一丁前にゴーマっぽくてムカつく。
あまりにも上手くいかな過ぎてキレた僕は、『無道一式』で出来損ないゴーマを滅多打ちにしてから処理して、大人しく工房で別な作業を始めるのだった。
◇◇◇
「今こそ、横道の真の力を解放する時!」
「それ昨日もやった」
人間、上手くいかない日だってあるさ。なので、日を改めて再挑戦。今日こそ吉日な気がする!
明らかな警戒心を抱いた顔で、姫野はそそくさと錬成陣ごと作業場所を更に端の方へ移動していった。なに逃げとんじゃ。
「確かに昨日は大失敗だった。けれど、失敗は成功の母。つまり、僕はまだ負けてない、勝っている途中なのだ」
「パチンコやってるオジさんも同じこと言ってたわ」
僕も似たようなセリフを、パチやってる奴から聞いたことあるよ。トータルで収支を語れよ、と言ったらシュンとしちゃうんだよね。
しかしギャンブルと魔道の探求を一緒にしてもらっちゃあ困る。
「造形で失敗するのは、僕が正確な設計図を持っていないからだ」
手足のない蛇みたいな単純構造でも、詳しいと自負していたゴーマでも、同レベルの失敗作しか作れなかった。それだけ欠落している情報が多いということ。
生物を形作る完全な情報が必要ならば、DNAの全てを解読しなきゃいけないことになるが、そんなことは不可能だ。文系だしね、僕。
しかしならが、僕には一つだけ完全再現できるだろうモノの心当たりがある。
「重ね、映し、立て。その身は全にして一なる、虚無の実像――『双影』」
スーっと浮かび上がるように、二人目の僕が現れる。
同時並行ですでに複数の『双影』を動かしているけれど、ただ出現させるくらいなら支障はない。
「コイツを丸ごと食わせて、底無胃袋の中で再構築させる。つまり僕自身の姿なら、正確に再現させることが出来るというワケだ」
「ねぇ、なんで私に向かって言うの。一人でやっててよ」
「人に説明することによって、自分の中でも考えが整理できるという説あるし」
「変なとこで構ってちゃんになるな」
面倒くさい、と言いながらも、何だかんだで反応してくれる姫野である。
さぁ、昨日の失敗を経て、今日の大成功を収める僕の姿を君はしっかりと見届けるんだ。
勝利を確信した僕は、まずは分身を『無道一式』へと食わせ、
「ぐわぁああああ! 姫野ぉ、助けろぉーっ!」
「そういうのいいから、早くやって」
血色の魔法陣に吸収される最中に分身の小芝居を入れつつ、杖を握りしめて集中。胃袋の中で僕の姿を再構築しながら……ただの魔力の虚像を、有り余る大量の骨肉を利用して、物質的な肉体を形成してゆく。
昔に見た何かのSF映画みたいに、ホログラムの完成図に沿って、骨から人体が再現されていくようなイメージだ。
今回は欲張って色んな能力を載せようとは思っていないので、血、肉、骨、だけで形作ってゆく。正直、これで失敗すれば打つ手ナシなんだが……
「オレは……超桃川だ」
「何にも変わってないように見えるけど」
ついに完成した、強化分身体を杖から出すと同時に、名乗りを上げさせる。とりあえず、『双影』と全く同じ操作感で動かせるな。
そして見た目はと言えば、姫野の冷めた反応のように、全く変わりはない。傍から見れば、確かにただ分身を出し入れしただけのように思える。
けれど、ここからがスーパーなんです。
「中嶋くーん」
「はいはい」
僕の行動をお察ししていたかのように、中嶋がさっさとやって来る。
手っ取り早くスペック確認するなら、やはりパワーだ。
「コイツはモンスターの筋繊維で体を作っているから、僕よりも筋力が強化されているはずなんだ」
「なるほど。それじゃあ、まずは本物の方からパンチでもしてみてよ」
「うぉおおおおお……死ねやぁああああああああああああああああああああああっ!!」
チンピラボイス全開で渾身のストレートパンチを繰り出すと、苦笑した中嶋に軽く突き出した掌であっけなく受け止められる。
「なんだか、小さい従弟と遊んだのを思い出すよ」
「くっくっく、この超桃川の一撃を受けても、同じことが言えるかな」
僕自身の打撃力など、近接戦闘の天職持ちにとっちゃ幼児同然なのは百も承知。本番はここから。さぁ、モンスターパワーを秘めた僕よ、今こそその力を解き放て!
「だぁあああああああっ!」
「おっ」
ちょっと驚いた、といった感じの表情と声で、強化分身の繰り出した拳を受けた中嶋は、少しだけその身が押されていた。
中嶋は『魔法剣士』なので、山田とかに比べればパワーこそ劣るが、それでも一般人など遥かに上回る超人的な身体能力となっている。そんな彼を、ちょっととはいえ押し出すだけのパワーが出たのは、凄いことではないだろうか。
「うん、凄いよ、桃川君。結構、力が強かった」
「どれくらい強かった?」
「ゴーヴと同じくらいかな」
微妙に思える評価だが、僕の細腕のままで、筋骨隆々なゴーヴ戦士並みのパワーが出力されたなら、十分に成功といえる結果だろう。
「よしよし、これで分身の僕を更に強化していけば……」
「おーい、小太郎、やってるー?」
と、そこで杏子が重役出勤してきた。
僕は自信満々に、強化分身のパワーをアピールすると、
「ふぅん、それ『屍鎧』の方が強くね?」
ド正論でぶん殴られた僕は、昨日に引き続き、大人しく他の作業をすることにした。
そうして、この方向性に進むことは困難極まることを理解した僕は、大人しく『無道一式』は、これまで通りに素材の味を活かすことにしたのだ。
そうやって出来たのが、サラマンダーの頭を丸ごと利用した、火を噴くドラゴンヘッド『赤竜顎』と、せめて形だけでもドラゴンらしく見せただけの『巨竜大顎』である。
そして『赤太郎』は、素直に『屍鎧「業魔紅魔」』の下位互換と割り切ることにした。
僕のモンスタービルド計画は、今もまだ志半ばで止まっている……




