学園塔サブクエスト
「ええーっと、そろそろ新色が欲しい、デザインがワンパ、靴と鞄がゴツいからそっちも変えて欲しい、武器の鞘が地味で暗い、何とかしろ、ジュリマリ――――はぁ、まったく、目安箱はいつから依頼箱になったんだよ」
深い溜息を吐きながら、小太郎は目安箱に入れられていた用紙を放り出す。
些細ではあるけれど、なかなか人前では言い出せない不満点や改善点を解決するための制度が、この目安箱である。
最初は想定通りの運用が進み、学園塔での生活でギクシャクしそうなところにも取り組むことが出来たので、成功したと言えるだろう。
しかしその一方、みんなもここでの生活に慣れ始めると、次に投書されるのはこういった個人的な要望であった。
それらの依頼は、さながらメインクエストには全く関りのない、サブクエストのリストが並んでいるように小太郎には見えた。
サブクエスト
『ファッションリーダー』
依頼主・ジュリマリ
内容・新しい衣服一式、鞄、靴、装備付属品の納入
「これクリアしても僕には報酬なくない?」
ヤマタノオロチ攻略戦に向けた防具はまだ鋭意開発中。この依頼は装備更新ではなく、あくまで身に着けているモノのデザイン性を変えるだけに過ぎない。
ただジュリマリの気分が満足するだけであり、戦力の向上には結びつかないのは確かである。
だが少し考えて、小太郎をこの依頼を受けることにした。
「レムー、ちょっと夏川さん呼んで来てー」
こっくりと頷いて、トコトコ歩いて出て行ったレムを見送ってしばし、
「なに桃川君? 新しいスイーツできたの?」
「自分に都合がいい要件を真っ先に上げられる前向きさ、見習いたいね」
実に能天気でだらしない様子でやって来たジャージ姿の美波にそんなことを言いながら、小太郎は依頼書を見せる。
「というワケで、次に狩りへ行くときには、使えそうな素材も探して欲しいんだ」
「ええぇー、使えそうなのってどういうのー?」
「動物でもいいから毛皮の質が良さそうなヤツ。それと、色が鮮やかな花や木の実、虫でもいいよ」
前者は単純に皮革製品として、後者は染料として使う。
「とりあえず集めてくれれば、僕の『直感薬学』で染料に使えるかどうか判別できるから」
「ふーん、じゃあまずは種類を集めてきた方がいいんだね」
「うん、よろしくー」
「報酬は?」
「オヤツはさっき食べたでしょ」
「ちぇー」
美波はハチミツ盗み食い事件を司法取引によって解決しており、こういった雑用を押し付けるにはちょうどいい人材だ。約束通り、きちんと彼女には一定量の追加の菓子が支給されている。
小太郎としても、給料分は働いてもらわなければ困るのだ。
それから数日。
美波が集めた素材の鑑定を終えて、選別された必要素材を集めた後。
「姫野さーん、新しい仕事だよー」
「ン拒否するぅ……」
「君に拒否権はないよー」
エントランス工房にて今日も元気に簡易錬成陣を回す愛莉へ、小太郎は仕事を押し付けることにした。
装備品のように、仕上がりが戦力に直結することはない、あくまでデザインのみのお仕事である。メンバーの中では最も錬成能力が低い愛莉に任せても問題はない。
「な、なんでこんな余計な仕事を……」
「まぁ、いい練習になるから。これは姫野さんのためにやってることなんだ! 錬成スキルを磨いてキャリアアップ!」
「いらない……そういうの、いらないから……」
「大丈夫だよ、小鳥遊さんも一緒にやってくれるから」
「ほえっ?」
自分には全く関りなんてありません、と素知らぬ顔の小鳥。
今日も工房の片隅でヤル気の欠片もなくマイペース作業を続ける彼女は、ちらっと小太郎の方を見て、聞こえないフリをして自分の錬成陣に向き合った。
「ちょっと、あんなのつけられても困るんだけど」
「しょうがないじゃん、あんなのしかいないんだから」
小太郎も暇ではない。自分の手を割いてまでやるべき仕事ではないので、低レベル作業員の愛莉と、モチベ最低社員な小鳥の二人に任せるくらいがちょうどいいのだ。
「それにこっから先は、僕が監督するワケじゃないし。後でジュリマリが来るから、二人の指示に従って作ってね」
正直、小太郎には読者モデルやるレベルの女子が満足するほどのデザインセンスを叩き出せる自信はない。
ゲームの女キャラにエロ可愛い装備をコーディネートするくらいなら出来るが、リアルになれば自分の欲望に忠実なデザインしかお出しできないだろう。
なので最初に支給品として全員分に用意したインナーなどは、シンプルなものばかりであった。
そこで言い出しっぺの法則として、依頼者自身に最後は任せることにしたのだ。
実際、ジュリマリコンビがデザイナーを務めてくれるのが、一番手っ取り早い。後は実際に製作する愛莉と小鳥が、どこまで出来るかの兼ね合いだけ。
同じ女子であるジュリマリなら、小太郎よりも愛莉と小鳥に強く言えるだろう。
「ねぇ、後でって、どれくらい後に来るの?」
「勿論、定時を過ぎた後さ」
「死ね」
笑顔でサービス残業を押し付けた小太郎は、ブラックな怨念を背中に受けながら鼻歌交じりに去って行った。
サブクエスト『ファッションリーダー』クリア。
◇◇◇
「さぁーって、本日の目安箱はー?」
「おい桃川、ちょっといいか」
サブクエリスト、もとい目安箱を朝一で開封していた小太郎の元へやって来たのは、ジャージにTシャツ、そして首元にタオルを巻いた農作業ルックな山田であった。
伊達に芋ファッションをしているワケではなく、山田は飼育副委員長だ。
無人島エリアと呼ぶ、広い安全地帯が確保できている南国のような場所で、肉や卵、乳製品の製造加工を行う、通称『山田牧場』の管理をしている。
牧場は当初、言い出しっぺで経験もある飼育委員長・芽衣子に一任される予定だったが、本人の希望を加味して、主に山田が管理を担うことに。
山田としても、各々の思惑が交差するクラスメイト達が一堂に会する学園塔にずっといるよりも、牧場で働いていた方が気持ちが楽になるようだった。
実際、ほどほどに動物の世話をし、気が向いたらのんびりと海岸で釣りをするというのは、くたびれた大人たちが憧れるスローライフそのものであろう。
「あれ、どうしたの山田君。もう牧場に行ってるんじゃあ」
「それなんだが、鳥が一羽、逃げ出してしまったみたいでよ」
「海鶏はイッパイいるし、一羽くらいいいんじゃない?」
「特別に濃厚な卵を産むヤツでな。双葉さんからも、コイツは貴重だからしっかり確保しておいて欲しいって言われていたんだよ」
「なるほど、それなら探す価値はあるね」
海鶏は無人島エリアの海岸付近でよく見かける、丸っこい鶏のような鳥だ。
食べても美味しいが、何よりも卵を産むスピードが早く、適当に放し飼いしているだけでも、それなりの収穫が見込める、非常にお手軽な家畜だ。
モンスターではないただの動物に過ぎず、その上、警戒心も薄く動きも鈍い海鶏が絶滅せずに繁栄しているのは、あのエリアには安全地帯を発生させるダンジョンの機能が働いているからだと、小太郎は考えていた。
都合のいい場所に都合のいい動物、とあつらえたような環境だが、利用できるものは何でも利用するのが呪術師の流儀。
そうして運用されている山田牧場は、今や学園塔の豊かな食生活を支える重要拠点である。
芽衣子イチオシの濃厚卵を産む特別な一羽と言うならば、小太郎としても解決に乗り出すに値する。
サブクエスト
『エスケープ・クックドゥードゥー』
依頼主・山田元気
内容・逃げ出した海鶏の捕獲
「というワケで、トリオ集合!」
「おい」
「俺らをひとまとめにして呼ぶなや」
「もっと一人一人の個性を見て欲しいというかぁ」
上中下のお決まりの文句を聞き流しながら、雑用を押し付けるのに都合のいい奴ら、もとい善意の協力者を募って、エントランスに集合させる。
「ふぅん、逃げた鶏の捕獲ねぇ……まぁ、ここは気配察知が鋭い俺の出番か?」
「あんなノロマな鳥を捕まえるのに、スキルの力なんかいらねぇ。俺だけで十分だぜ」
「いや、俺一人の方が早いね」
「いやいや、俺だけでいいって」
「よし、俺が捕まえるべ!」
「どうぞ」
「どうぞ」
「三人ともやるんだよ、あくしろよ」
下らないギャグで動員を回避できると思ったか馬鹿め、と冷めた目で睨みながら、さっさと上中下トリオを転移に押し込んで、無人島エリアへと飛んだ。
◇◇◇
「うーん、ホントに見当たらないね」
念のために、見落しがないか牧場内を探してみるものの、やはりお目当ての海鶏はいない。
他の放し飼いされている海鶏は今日も平和にドゥードゥーと特徴的な鳴き声を上げている。囲っている柵にも破損個所はなく、偶然に抜け出したということも無さそうだ。
「フツーに柵を飛んで逃げたんじゃねーべか? 鶏だって結構、バタバタ跳べるだろ」
「コイツらがそんなアクティブに飛んでるとこ見たことないんだけど……可能性としては、なくはないのかなぁ」
基本的に海鶏は餌を探してその辺を呑気に歩き回っているだけの生態だ。そもそも外敵に襲われる、ということがない彼らには、いざ危機が迫った時に走ったり飛んだりするのか、小太郎もそこまでは把握できていない。
とりあえず人の胸元くらいまでの柵で囲っておけば逃げないため、それ以上の対策はなにもないので、予期せぬ動きを見せた結果、脱走した可能性は否定しきれなかった。
「よし、そんじゃあ近くを探してみるか」
山田もその可能性が現状では一番高いと見て、まずは元々の生息域である安全な海岸の捜索を始めた。
しかしながら、見晴らしの良い海岸線には野生の海鶏や、その他の動植物を見かけるだけで、タグ付きの脱走鳥は見当たらない。一応、岩陰などもチェックしていくが、
「おい、やっぱいねぇぞ。この辺はもういいだろ」
「こりゃあもしかして、ジャングルの方まで行っちまったんじゃねーか?」
上田と中井の海岸散歩は飽き飽きだ、というような声に、小太郎も山田も頷いた。
これ以上、ここを探し回ってもひょっこり見つかるとは思えない程度には捜索が完了している。
それに上田は『剣士』として、鋭い気配察知能力がある。ちょっとした見落し、というのも考えにくい。
「しょうがない、ちょっとジャングルの方を見回って、それで見つからなかったら諦めよう」
「まぁ、流石にそっちに迷い込んで、生きてはいないだろうからな」
海鶏に許された生息域は、ダンジョン機能で安全確保されている範囲内だけである。もしもこれを気まぐれに超えていけば、その時点で数多の捕食者に狙われる、チョロい餌にしかなりえない。
ついジャングルにまで入ったなら、30分と経たずに食われていそうなのだ。
「この辺はそんな強いモンスターは出ないけど、一応、気を付けてね」
「俺らは鶏ほど平和ボケしちゃいねぇっての」
「今じゃスマホより武器が手元にない方が落ち着かねーしな」
「それだけ俺らもダンジョンに慣れたってことだべ」
「あっ、山田君は折角だから試作用の鎧着てね」
「しゃあねぇな」
こういう時に新しい装備を着て慣らしておかないと、などと言いながら山田に鎧を装備させて、一行は出発した。
「ダメだこりゃあ、やっぱいねぇわ」
「まぁ、いないよねぇ……」
ジャングル散歩も空振りに終わり、もう諦めて帰るか、という時であった。
「上田! 上だっ!」
「おい、なんで二回呼んだ」
頭上を見上げて叫ぶ小太郎の声に、納得いかない表情を浮かべながら、上田は剣を振った。
そもそも小太郎でも気づく落下物を、『剣士』上田が気づかぬはずがない。視線すら向けずに無造作に振るった一撃は、頭上から落ちてきた小さな布切れのようなモノを両断しながら弾いた。
「なんだコレ、バナナイモの皮じゃん」
因縁のレイナサークルに遭遇したジャングルエリアで、よく見かけたものだ。ここにも跳猿が出現するのか、と思いながら小太郎が生い茂る木々の葉の向こう側を、目をこらして見ると、
「ギャヒヒ!」
「ゲッヒャッヒャ!」
猿、というよりはチンパンジーのような、思っていたのと違う猿型モンスターが、非常に腹の立つ顔で下品な笑い声としか思えない鳴き声を上げていた。
すると、次々にバナナイモの皮が小太郎達に降り注ぎ始める。
「うおっ!?」
「なんなんだよコイツら!」
「うわ汚ったね! ゴミ投げんなやぁーっ!」
樹上のチンパン共は、爆笑しながら皮やら枝やらを投げつけてくる。
その行動に殺意はない。しかし、殺意がなければ何をしても良いというワケでもないだろう。
「なるほど、僕らを舐め腐って、遊んでいるワケだ」
彼らにとっては狩りでもなければ、縄張りを主張する威嚇でもない。安全地帯から一方的に、獲物を弄って楽しむお遊びなのだと、小太郎はすぐに察する。
「人間様に手を出したこと、後悔させてやる――――『黒髪縛り』」
小太郎が瞬時に木々の合間に黒髪の束で編んだ太い縄を張れば、それを足場に飛び出す影が二つ。
「こっちは朝から無駄足ばっかでイラついてんだよぉ!」
「舐めた真似してんじゃねぇぞエテ公が!」
猿の挑発を受けて普通にキレた『剣士』と『戦士』は、すでに人間離れした身体能力でもって軽々と木々を駆け上がってゆく。
「ゲヒャッ!? ギヒィイイイイイイイイイイイイイッ!!」
安全地帯だと思っていた場所にあっけなく侵入され、群れの爆笑は一瞬で悲鳴へと変わった。
慌てて散開し、枝を飛び移って逃げ出そうとするが、
「逃がすわけねーべや」
下川が杖を一振りすれば、樹上に太い水流が大蛇のようにのたうちながら広がり、行く手を阻む水の壁として立ちはだかる。
逃げ場を失った猿達は、急いで他の道を探すが、そんな暇を二人の狩人が許すはずもない。
「ったく、俺はお前らみたいに身軽じゃねぇんだから、大したことできねーぞ」
自分の出番はないなとボヤきながら、山田が近くの木を蹴りつければ、叩き込まれた衝撃と振動によって、一斉に散った枝葉と共に、猿も落ちてきた。
「はぁ……虚しい戦いだった」
五分と経たずに一匹残らず殲滅してから、一行はただただストレスが溜まっただけのジャングル探索を終えて牧場へと戻ったのだった。
すると、そこには探していたタグを首につけた海鶏を抱える、蒼真桜の姿が。
「泥棒だ!」
「えっ」
こちらの姿に気づいた桜が、何かを言いかけるよりも前に、小太郎が叫んだ。
「泥棒だとぉ!」
「マジかよ、蒼真さんが犯人だったのか!」
「囲め囲め! 逃がすな、現行犯だべ!」
「ちょっ、ちょっと、一体なんなんですか!?」
鬼気迫る勢いで男連中に包囲された桜は、流石に焦った様子で声をあげる。
小太郎はそんな桜の前に、堂々と立ち塞がり宣言した。
「蒼真桜、お前を海鶏盗難の現行犯で、逮捕する!」
「はぁっ、盗難なんてするワケないでしょう! 私はただ、戻しに来ただけで――――」
「ふん、言い訳は署で聞こうか」
「ちょっと、触らないでくださいっ!!」
バシーン、と音を立てて、頬を叩かれた小太郎は倒れた。幸いにも、あるいは残念ながらと言うべきか、この小太郎は分身のため『痛み返し』は発動しない。桜の叩き得であった。
「あぁー、蒼真さん、もしかしてその鳥に何かあったのか?」
騒ぎ立てた小太郎が静かになったため、事情を何となく察した山田がちょっと気まずそうに、桜へと問いかけた。
「ええ、昨日の夕方に双葉さんに言われて。この鳥の調子が悪そうだから、治癒魔法をかけてみてくれないか、と預けられたのです」
どうやら昨日、山田が牧場から帰った後に、たまたま牧場にやって来た芽衣子が、濃厚卵の海鶏の様子がおかしいことに気づき、治癒魔法に長けた『聖女』である桜に治療を頼んだようだった。
強いて問題だったといえば、芽衣子が山田に連絡しなかったこと。桜も特に報告せず治療をしたこと。あるいは、山田は海鶏を探す前よりもに、クラスメイト全員に事情を説明すべきだったことだろう。
特に誰かが悪いワケではない。ちょっとした伝達不足が招いた結果である。
「とりあえず、この子も今は元気になったようなので、大丈夫でしょう」
「何て言うか、手間をかけさせて済まなかったな。ありがとう」
「いえ、大したことではありません」
無事に海鶏が戻ったことで、山田は頭を下げて桜に謝意を示した。
「僕はビンタされた分だけ損なんですけどー」
「人の言い分も聞かずに、不当な嫌疑をかけたから、そういうことになるのです」
倒れ込んだまま不機嫌極まる表情の小太郎を、桜は勝ち誇った顔で見下ろしていた。
「このぉ、どの口が言いやがる!」
「ああっ、何するんですか、桃川ぁ!? セクハラ! セクハラですよっ!!」
ビンタ分だけでも報復せねば気が済まない小太郎は、破れかぶれでレスリングが如く桜の足に組みついた。
まさかここまで堂々とお触りしてくることに驚愕と共に激高した桜が、蒼真流の体術でもって反撃する。
「お前ら、ホントは仲良いんじゃないのか?」
キャットファイトを始めた小太郎と桜の姿に、山田は呆れたように言った。
一方トリオは、桜の生足に大胆に抱き着いてみせた小太郎の行動力を羨むと共に、ちょっと尊敬の眼差しを送るのだった。
サブクエスト『エスケープ・クックドゥードゥー』クリア。




