後夜祭
「さぁ、ミスター&ミスコンテストの集計結果が出ました! いよいよ、結果発表でーっす!」
クッソつまらん理事長の話やら何やらの閉会式のテンプレを済ませる間に、生徒会による厳正な集計作業が行われた。
投票はミスターのアピールタイムが終わった後に、コンテストとセットで、本命である学園祭の最優秀クラスを選ぶための投票も行われる。
一枚の投票用紙に、クラスとミスター&ミスを書いて集めるのだ。
長年の経験によって培われた高速集計方法によって、生徒会がタイムスケジュール通りに作業を終わらせた。
「まずは今年のミス白嶺から!」
最初にミスコンの結果発表が行われる。
女子制服にエプロンを身に着けたなんちゃってメイド姿に落ち着いた僕は、参加者の美少女達と共に、再び舞台へと上がった。
「それでは、ミス白嶺学園、第二位の発表です!」
何十人も参加者がいるワケでもないので、発表は一位と二位のツートップのみである。参加者全員分を順位付けすると、心に傷を負ってしまう子も出ちゃうしね。
そういうワケで、参加者の心情に配慮して一位と二位の発表だけで、獲得ポイントも公開はされないのだ。
ともかく、この二位発表だけで僕の作戦の成否が明らかとなる。少なくとも、ここで小鳥遊が二位ならば、一位阻止という最低限の作戦目標は達成されるのだから。
果たして、結果は、
「――――第二位、エントリーナンバー9番、桃子さんっ!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!
大きな歓声が上がるが、正直、これ何の歓声だよと思ってしまった。
二位。僕が二位、か……
「おめでとうございます、桃子さん! 歴史と伝統の白嶺学園史上初、男子のミスコン入賞者の誕生ですっ!!」
小鳥遊はどうなった。奴が三位か一位かで、全く作戦の成否は違ってくるぞ。肝心の部分が明らかにならずにモヤった気持ちはあるが、この期に及んでボロを出すのはよろしくない。
僕は笑顔の仮面を被って、人前では最後の最後までメイド演技を貫き通す。
「ありがとうございます。沢山のご主人様、お嬢様からご支持をいただき、桃子、感激の至りにございます」
深々と一礼してから、何やら盛り上がっている観客席へ向けて手を振った。
まぁ、男が二位になったんだから、大番狂わせにもほどがある。この盛り上がりも、レアな瞬間を目の当たりにしたという興奮であろう。
しかし、まさか二位に届くほど票を集められたとは。そんなに男のストリップが珍しかったか。僕としては、ヤマジュン筆頭とした組織票が大きいと思うのだが。
ともかく、僕が二位になるほど票を集めたということは、少なくとも小鳥遊の票田である男子票をかなり割ることに成功しているはず。
「歴史に名を刻んだ桃子さん、どうぞ一言お願いします」
おっと、スピーチタイムもくれるのか。参った、何にも考えてねぇ。
「ええ、それでは、改めてご主人様、お嬢様へ感謝を申し上げます。桃子はこの学園祭の間、僅か三日のみのお勤めとなりますが……それでも、数え切れぬほど多くの笑顔をいただきました。メイド長として、これほど嬉しいことはございません。桃子の最後のご奉仕も、楽しんでいただけたようで幸いです」
「桃子ちゃーん!」
「幾ら積めば桃子さん雇えるんですかぁーっ!」
「桃子ぉー、俺だぁーっ、結婚してくれぇええええええええええええ!!」
男連中からノリと勢いだけの台詞が飛んでくる。なんだかんだで、桃子というキャラのインパクトはちゃんと伝わったようだ。
別に、そこまで知名度上げたかったワケではないのだが……
「残念ながら、桃子のお勤めはこれにて終了となります。ご主人様、お嬢様、またいつか機会に恵まれたならば、ご奉仕させていただきます。それでは、ごきげんよう――――」
登場時と同じように、スカートの端をもってカーテシーで締める。
桃子の仕事は、これで全てやり切った。メイド業もお終いだな。
「桃子さん、ありがとうございました! 男子とは思えない愛らしさ、そして徹頭徹尾メイドを貫いた見事なプロ根性! メイド長桃子、ミスコン二位に相応しい魅力でした!」
司会がそれらしい誉め言葉を送りながら、僕へと第二位と書かれたシルバーに輝くたすきをかけてくれた。
「それでは皆さん、お待ちかね。ついに第一位の発表です!」
ああ、これで全てが決まる。
僕が男のくせにミスコン参加して二位を攫って行っただけの道化になるか、きっちり小鳥遊を下して復讐を成し遂げられるか。
頼む、誰でもいい、小鳥遊に勝って一位を獲ってくれぇ!
「――――第一位、エントリーナンバー1番、鳳貴音さんっ!!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!
勝った! 学園祭編完!!
勝利の雄たけびと全て報われたハッピーエンド感で頭の中がイッパイになるが、それでもまだ舞台上の桃子でいる内は、目立たぬよう微笑みながら拍手をするに留めていた。
うぉおおお、やった、やったぞ! 流石は鳳貴音さん、トップバッターでありながらずっと存在感を示し続けた本物の逸材なだけある。彼女の優勝ならば誰も文句はつけられない。鳳パイセン、アンタがナンバーワンだ!
そしてぇ……小鳥遊っ、ザマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「おめでとうございます、鳳さん! 今年もいずれ劣らぬ美少女揃いで激戦でしたが、見事にミスコンを制した、今のお気持ちをどうぞ!」
「や、桃子ちゃんの方が可愛くない?」
優勝を果たしてもマイペースを貫く発言に、会場からは笑い声が起きる。
というか、僕のメイド業はもう終わったんだから、余計な注目を集めるような言動は止めてほしいのだが。
「そ、そうですね、桃子さんとは接戦だったそうです。ただ、鳳さんには女子票が集まったことが決め手でしたね。やっぱり、みんなが憧れるようなスタイルを誇っているからこそでしょう!」
いやこの司会、アドリブ力高いな。素っ頓狂なコメントから、よくもこういい感じの返しを考えられるものだ。放送委員は伊達じゃないな。
「ふーん、まぁ、とりあえず、ありがとうございます」
どこまでも素っ気なく言いながら、若干引きつったような表情を浮かべる司会から、栄光のミスコン優勝のたすきと王冠が授けられる。
「わーい、優勝したぞー」
棒読みの何とも締まらない優勝者の声で、ここに今年度のミスコンは無事に幕を閉じたのであった。
◇◇◇
「ま、負けた……? 嘘だよ、小鳥が負けるなんて……こんなの嘘、あっていいはずがない……」
だって、それじゃあ小鳥は――――と、人の居なくなった控室で小鳥遊小鳥は打ちひしがれていた。
参加者達はとうに着替えを済ませて出て行っている。小鳥も制服への着替えこそ済ませていたが、いつそれを終えたのか覚えていない。
この体育館脇の控室はミスコン参加者の着替えも行うので、不用意に誰かが入り込んでくることはない。参加者が出ていけば、自然と無人になる。
そして今この瞬間、小鳥が一人になれる空間はここだけ。
小鳥にはどうしても必要だった。今の自分は、とても誰かに見せられないから。
「お疲れ様、小鳥遊さん」
「っ!?」
けれど、無遠慮にかけられた声で、あえなく静寂は破られる。
屈辱的な敗北のショックから立ち直るよりも前に飛んできた声に、ビクリと体が大きく反応した。
「ふふっ、もしかして、泣いてるの?」
女子制服にエプロンの女装をいまだ維持し続けている、小太郎が現れる。
その顔に浮かぶ微笑みはメイド長としての慇懃なものではなく、ネズミを弄ぶ野良猫のような笑みであった。
「な、泣いてないもん……」
千々に裂かれるほどの胸中でありながらも、長年に積み重ねた演技力は、怨敵の襲来にも即座に反応して見せる。外見的には優勝を逃して落ち込んでいる、という風に傍からは見えるだけの姿を取り繕った。
「まぁ、しょうがないよ。鳳先輩は物凄い美人だったし、スタイルもいいし、おまけに蒼真流の達人だ。いやぁ、まさかあんな完璧超人がいるなんて、やっぱり白嶺学園は凄いよね」
誰も鳳貴音に負けたことを気にしているなどとは言っていない。
無論、そんなことなど百も承知で、小太郎はわざとらしいフォローの台詞を語る。
「だからそんなに落ち込むことないよ、小鳥遊さん。ちゃんと目的は達成できたんだから、良かったじゃあないか」
「目的って……」
「言いたいことも上手く言えなくて、そんな自分でも自信が持てるように変えたいって、さ」
いけしゃあしゃあと、人の舞台上でのウリ文句を口にする。
あんな台詞、ただの演出に過ぎない嘘八百だと分かり切っているくせに、などとは口が裂けても言うわけにはいかない。小鳥はとうに自分の本性を小太郎が見抜いているのに勘付いているが、それを表立って認めるのは、また話が別なことである。
少なくとも、小鳥は公に自分の黒い本性を露わにしたことはないのだから。今までも、そしてこれからも、決してメッキは剥がれない。誰にも剥がさせない。
「僕みたいな男に負けたんだ。これでもう恥ずかしいことなんて、何もないね」
ギリリ、と俯いた顔から鳴る歯ぎしりが、響いたような気がする。
「ねぇ、ミスコンで男に負けて、今どんな気持ち?」
怒りで血走った目から零れ落ちる雫は、血の一滴のような熱さ。
「ねぇねぇ、どんな気持ちー?」
今すぐ殺してやりたい。この男を、殺したい。
生かしておけない、こんな奴。桃川小太郎、この男は小鳥の天敵だ――――
「ふっ、うぅ……」
声が漏れる。
ギュッとに固く拳を握りしめ、瞼を閉じて。
「ふぅうえぇえええええええん……」
小鳥は泣いた。けれど、これは無様な敗北の涙ではない。
どこまでも悲壮に、哀れに、人が見ればとても放ってはおけないような、そういう美しい泣き方。誰もが慰めたくなる、美少女の泣き方だ。
あまりの怒りと屈辱に、剥がれ落ちそうになったメッキを、それでも意地で纏い続けた。敗北者の烙印を押されてしまった今の自分に出来る、精一杯の抵抗。
「はぁ、なんで泣いてんの? さっき自分で泣いてないって言ったじゃん。嘘吐いたの?」
これまでありとあらゆる男子がこぞって慰めに来た小鳥のマジ泣き演技に、この言い草。慰めるどころか、嘘を吐いたのかと悪者にする言い方は、完全に可哀想な美少女に向ける言葉ではない。
この男には、およそ人らしい情は一切通じない。コイツは自分が下した敗北者には、平気で唾を吐きかけ足で踏みつけ、笑顔で記念撮影してSNSにアップするようなメンタリティだ。
「ああ、そうだよ、僕にお前の噓泣きは通じない」
まるでこちらの心中を見抜いたかのような台詞。けれど僅かな動揺さえも漏らさず、小鳥は泣き声を上げ続ける。
「小鳥遊、お前が蒼真君の前で猫被ってんのは好きにしてればいいけれど――――こっちにまで余計な手出しをするなら、許さない」
「ふぅううううう、うぅえぇええええ……」
話など聞こえていないかのように、泣きじゃくる。
まるで泣いた赤子に大人が真顔で説教をしているような間抜けな構図だが、小太郎も小鳥も言葉がなくとも通じている。
「今回は少しばかり恥をかかせただけで済ませるけれど、次に何かしようってんなら、こんなものじゃあ済まさない」
「うっ、うっ、ふぇええん……」
小太郎は自分の警告が確かに、小鳥が聞き届けているのを知っている。
小鳥は自分の泣き真似が、言い分を認めず謝罪の意志など欠片もないと小太郎に伝わっていると気づいている。
「お前の卑しい猫かぶりが、誰にでも通じると思うなよ。もう、メッキは剥がれてんだよ、小鳥遊」
「うぅうえぇえぁあああああああ……」
尚も泣き声を上げ続ける小鳥に大して、小太郎は言うべきことは言ったとばかりに、踵を返す。
「あっ、そういえばさっき聞いたんだけど」
威圧するような警告から一転、仲のいい友達に噂話を気軽にするかのような口調で、小太郎は笑みを浮かべて振り向いた。
「小鳥遊、三位でもないって」
発表されるのは一位と二位。けれどそれ以下の順位が固く緘口令が敷かれているワケではない。集計に参加した生徒会役員に知り合いがいれば、聞けばすぐ教えてくれる程度の情報だ。公表拡散さえしなければ、問題はないのだから。
けれどその情報は、ギリギリで残していた小鳥遊の自尊心にトドメの刃を突き刺すには十分過ぎた。
「お前は特別でも何でもない、ただの女子だ。蒼真君は、諦めた方がいいよ」
最後に後ろ足で泥をかけるどころか、ガソリンぶっかけて火を点けるような言葉を残して、今度こそ小太郎は去って行った。
「ふっ、うっ、ううぅ……」
大粒の涙をポロポロ零しながら、小鳥は血走った目で閉じられた扉を睨みつけ、
「うぉぁああああああああああああああああっ! もぉもぉかぁわぁああああああああああああああああああああああっ!!」
怨嗟の絶叫は、白嶺学園の充実した防音設備によって遮られ、外に漏れることはなかった。
◇◇◇
「はぁー、スッキリした!」
いやぁ、やっぱ敗者を煽るのは最高だね。こんなに心と体の健康にいいことはないよ。
味方に恵まれずに劣勢ながらも、勝ちを確信して舐めプに走った相手の隙をついて自分のプレイングで試合をひっくり返して勝利した、あの時の対戦よりも爽快な気分だ。
やっぱりゲームよりも、現実の体験で勝利を掴むのは、何物にも代えがたい尊いものなのだな。そりゃあみんな、VRゲームモノの映画の度にゲームよりも現実を見よう、とドヤ顔説教かますエンディングにしたくなるよね。
そんな気分でクラスの元へ戻ると、
「うぉおおおおおおおおおっ、やったな桃川ぁ! おめでとぉーっ!!」
「ありがとう、みんなのお陰でぇええええ――――っ!?」
僕の感謝の気持ちなどまるで聞こえない勢いで、葉山君を先頭に押し寄せてきた男子メイドチームが、俄かに僕を担ぎ上げる。
「ワーッショイ! ワーッショイ!」
「おわぁ」
有無を言わさぬ胴上げが始まった。
そりゃ僕みたいなチビは軽くて担ぎやすいだろうけどさぁ。
そうしてワッショイワッショイひとしきり騒いでから、ようやく僕は地上へと帰還する。
「お疲れ様、桃川君。そしておめでとう、凄く……凄くいい、舞台だったよ」
「ありがとね、ヤマジュンが協力してくれたからだよ」
そもそもミスコンの参加は、何といってもヤマジュンの情報がなければありえなかったことだ。票田確保から参加準備の根回し等でも、大いに助けてもらった。
小鳥遊憎しで半ば強引に僕が巻き込んだだけではあるが、それでも自分が関わって第二位という結果が出たことは嬉しいのか、ヤマジュンは感動で涙ぐんでいるような表情だった。
「でも、あんな真似はもうしないで欲しいな。桃川君は、もっと自分の体を大切にしないと」
「あはは、大丈夫だよ、まだダンスで腰壊したりするような歳じゃあないんだから」
僕みたいなのがいきなり踊りだしてはブリッジみたいなモーションすれば、体は大丈夫なのかと心配の一つもするというものか。でもそんなとこまで気にしてくれるのは、ヤマジュンだけだよ。
「なぁ桃川、小鳥遊さんは……」
「おっと蒼真君、いきなり小鳥遊さんの心配かい? まずはミスコン第二位の僕に祝福の言葉をかけてくれてもいいんじゃないのかな」
「胴上げはやったからいいだろ」
うんうん、そういうところはホントに律儀だよね。君も立派なエースの一人、メイドチームの一員だから。メイド長の健闘をみんなと一緒に讃えるくらいの協調性はちゃんとある。
「ふふっ、小鳥遊さんはまだ戻って来ないよ。結構ショックだったんじゃあないのかな、男子の僕に負けちゃって」
「やっぱり、そうなのか……小鳥遊さんは、あんなに勇気を出して参加したというのに、こんな結果じゃあ悔しかっただろう」
悔しいどころか、生霊になって祟って来そうなレベルで怒り狂ってると思うけどね。
蒼真君の認識じゃあ、舞台で見せた通りの内気な少女が健気に頑張りました、と見えるワケだ。
「気にする気持ちは分かるけどね、下手な慰めの言葉はかけない方がいいと思うよ」
「いや、そういうワケには」
「慰めるつもりで声かけただけなのに、トラウマ刺激されていきなり泣き喚き始めたら、蒼真君どうすんの?」
「うっ……そ、そんなにか……」
「女子のプライドを軽く考えちゃあいけないよ。男子の蒼真君にこのことで何か言われる、っていうだけで凄いショックだと思うけどね」
「……確かに、そうかもしれないな」
チョロい。僕のソレっぽい言葉を真に受けちゃって。
でも女心に鈍いという自覚は多少あるようだね。俺が彼女の心を救うんだ! と言い切れるだけの気概はないようだ。
「今回のフォローは剣崎さんとか桜ちゃんに任せて、男の蒼真君は黙って触れないであげた方が吉だよ」
「そうだな、俺が何か言っても、余計に傷つけてしまいそうな気がするよ」
よしよし、これで小鳥遊へのアフターフォローを蒼真君がやるのも妨害してやったぞ。
どうせ奴のことだ、ミスコンでの敗北を、ショックのあまりに心が傷ついた可哀想な美少女感をアピールして、蒼真君の気を引くセカンドプランにすぐにでも切り替えてくるだろう。
そうは行くかよ。今回の学園祭を通して、僕も多少は蒼真君との交流が出来た。もう今までのように教室の隅から眺めているだけの関係性ではない。
小鳥遊、お前は隙あらば恨み骨髄の僕をハメようと画策するだろうが――――それはこっちも同じだ。僕はお前の恋路を意地でも邪魔してやる。蒼真君にあることないこと吹き込んででも、テメーをネガキャンするぜ。
「で、蒼真君は勿論、約束通りに僕に投票してくれたよね?」
「それは……まぁ、約束だからな。仕方なく入れたさ」
ふふん、そういう生真面目なところ、好きだよ蒼真君。
きっちり約束を取り付けておけば、小鳥遊の参加が判明しても、それを破るような真似はするまいと思っていたよ。
馬鹿め小鳥遊、下手なサプライズなんか狙うから、こういうコトになるんだ。蒼真君の票は僕のモノだ、という煽り文句がちゃんと成立して一安心である。
「ありがとう、蒼真君大好きぃー」
「うわっ、ちょっ、やめろよ桃川!?」
悪戯心全開で抱きついてみれば、思った以上に焦った声を上げる蒼真君。
どうせ美少女に抱きつかれるのなんて慣れてるクセに、初心な反応してんじゃないよ。
「ああぁーっ、ユウくんから離れてよぉ!」
「桃川っ、兄さんにまで手を出すのは、許しませんよ!」
おっと、ここでうるさい奴らが出てきたぞ。まぁ、コイツらがいるから、余計に蒼真君が焦るんだろうけど。
「ふっふっふ、今の僕は白嶺学園ナンバーツーの美少女だぞ。ミスコンに出てもいない一般の人は、黙ってて貰えるかなぁ?」
「っ!? もっ、桃川君、キライっ!!」
「肌を露出して男を惑わすような破廉恥な真似をしておきながら、よくもそんな事が!」
あっはっは、ハレンチってリアルで言う人初めて見たよ。
だがハレンチだろうが何だろうが、今日だけはお前たちを相手に美少女マウントをとれるのだ! とれるマウントは、とるだけお得!!
「そんな固いコト言うのは時代遅れだよ、桜ちゃん。良かったら『魅せる脱ぎ方』を教えてあげようか?」
チラっとセーラーの裾をめくってヘソ出ししてやると、親の仇でも見たかのような視線が桜ちゃんから飛んでくる。
と同時に、ちょっとヤラしい視線も男子から飛んできたのを感じた。はぁ、お前らさぁ……
「ヤッ、ヤッ、イヤァーッ!」
「ふんっ、余計なお世話ですっ!!」
僕の挑発にレイナは涙目逃走し、桜ちゃんは頭から煙でも出そうな憤慨ぶりで、もう顔も見たくないとばかりに退散していった。
「あっ、レイナ、桜! おい桃川、ちょっと言い過ぎだぞ」
「そうやって僕を悪者にして、二人は悪くないって慰めるの? まったく、こんな些細なおふざけでも、すぐに優しく甘やかすからこんなんなっちゃたんじゃないか。お爺さんに言われたこと、もう忘れたのかい」
「ぐっ、う……今回は見逃せ」
僕の返しに反射ダメージを食らいながらも、それでもあの二人は放っておけないと、蒼真君は後を追って行った。
やれやれ、もうすぐクラス発表も始まるんだから、すぐ戻って来るんだよ。
◇◇◇
「最優秀賞クラスは――――二年七組『逆転メイド&執事喫茶』です」
案の定というべきか、僕らのクラスが見事に最優秀賞に輝いた。そりゃあ、この三日間でウチの店を超えるクオリティは見当たらなかったからね。
そしてダメ押しに僕が自ら体を張ってミスコン参加で宣伝してきたんだ。これで優勝出来てなかったら、とんでもない八百長だろう。
「やったね、委員長。努力が報われたよ」
「ええ、そうね」
約束された勝利も同然だったが、それでも委員長は掲げた目標を無事に達成できたことに安堵の息を吐いていた。
これで後は委員長が壇上で賞状をいただいてフィナーレだ。
「桃川君、桜、二人で行きなさい」
「えっ」
「なっ、なんで私が桃川なんぞと!」
しかし委員長は穏やかな笑みを浮かべて、勝利の栄光を受け取る役目を譲った。
「その方が盛り上がるでしょ。何のために、二人をまだ女装と男装させていると思っていたの」
「あー、桜ちゃんがその恰好なのは、そういう」
「仕方ありませんね……この場を白けさせるわけにもいきませんし」
尚、僕が女装のままなのは完全に何となくの流れでそうなっているだけである。ただ、今更着替えて桃子を止めても、今日の内は微妙なことになりそうだなーと思った面もあった。
「それじゃあ、よろしくね二人とも」
「畏まりました、執事長」
「ええ、確かに承りましたよ」
渋々といった様子だが、いざ僕と並んで壇上に向かって歩き始めれば、キリリと凛々しく表情を引き締める桜ちゃん。ほんと外面だけは良いよね。
そんなことを思いながら、僕も再び営業用スマイルを顔に貼り付けて、ついさっき降りてきたばかりな気がする舞台へと上がるのだった。
「キャアアアアアアアアッ! ユイト様ぁ!」
「ユイトくぅーん、こっち見てぇーっ!」
「桃子だっ! また出てきたぞ!」
「ミスコン二位の男、桃子だ!」
舞台の上でスポットライトが当たるなり、熱狂的な歓声が飛んでくる。それに気圧されることなく、僕と桜ちゃんは笑顔で手を振り返す。
それにしても、僕はついさっきミスコン二位の栄光を手に入れたから盛り上がるのは分かるけど、それに負けず劣らずの大声援を桜ちゃんが受けているのは驚くね。
ホントにこの三日でユイトガチ勢女子をどれだけ量産したんだか。流石、本物のミスコン優勝の超絶美少女は格が違うわ。
「ええぇー、栄誉を讃えて、二年七組――――」
無駄に厳かな雰囲気をアピってくる理事長から直々に、最優秀賞の賞状を僕と桜ちゃんは二人並んで一緒に受け取った。
コイツを貰えば理事長なんぞはどうだっていい。一礼を済ませた後は、賞状を掲げて舞台の前へと躍り出る。
「この度は、光栄にも私達のクラスが最優秀賞をいただきました。沢山のお嬢様、ご主人様に応援していただき、誠にありがとうございます」
桜ちゃんがユイト演技のトーンを落とした口調で朗々と語る。うーん、やっぱこういうとこでも役者の違いを感じるね。
「うふふ、桃子感激です。もっとご奉仕したくなっちゃいました」
桜ちゃんが真面目に挨拶してくれたので、僕は軽いリップサービスにしておく。
舞台の上から見渡せば、本当に僕らのことを惜しんでくれるように、涙ぐんでいる生徒たちの姿もちらほら見えた。そんなに喜んで貰えると、捻くれた僕でも素直に嬉しくなってくるよ。
とはいえ、これに味を占めてピンクのメイド喫茶でバイトしようとは思わないけど。よっぽど金に困るか、入用にならない限りは、世話にはなるまい。天道君の忠告もあるしね。
「「――――ありがとうございました、またのお帰りを、お待ちしております」」
最後に僕と桜ちゃんが同じ口上で、締めくくる。
こうして今年の学園祭は、二年七組大勝利で幕を閉じたのだった。
◇◇◇
優勝の興奮も冷めやらぬ内に、本格的な後片付けが始まった。
苦労して飾り付けた教室の内装も外装も全て撤去され、指定された通りに分別をしてゴミ捨て場送り。陽も暮れて、部活も終わりの時間帯になると、すっかり教室は元通りとなった。
「祭りの後って、ホントに寂しくなるね」
「だなー」
人気のない普段通りの教室を眺めると、ついそんなありきたりな台詞が出てきてしまう。
けれど今年の学園祭は、僕も随分と頑張ったから。自分でもらしくない真似をしたなと思うが、後悔なんて微塵もない。
だって、
「じゃ、おっぱい揉む?」
恥ずかしげもなく平然と言ってくる杏子を前に、僕はミスコンの舞台などとは比べ物にならないほどの緊張感に身を固くした。
そのたった一言で、何も考えられなくなりそうなほど頭が真っ白になってくる。いや、脳内の白背景に大写しで浮かび上がってくるのは、何よりも確かな重量感と存在感を放っている艶めかしい褐色の谷間だ。
有言実行。そう、杏子は僕にメイド水着を着せた時の約束を、冗談だと笑い飛ばすことなく、本当に果たそうとしていた。
「ほっ、ホントにいいの……?」
「ん、揉まないの?」
「揉みまぁす!」
その決意が揺らぐことだけはない。
しかし、だがしかしである。桃川小太郎、この典型的な童貞陰キャオタク野郎である僕にとって、このイベントはあまりにも刺激的すぎる。自分が今、全く平常心じゃないことが分かるほどに。
「これ、ドッキリとかじゃないよね」
「ないって」
疑い深くなるのも致し方ないことだろう。僕がパイタッチするその瞬間に、スマホ片手に馬鹿笑いするジュリマリが登場するのではないかという嫌な想像も脳裏に過ってしまうのだ。
本当にいいのか。付き合ってもいないのにお触りなど許されるのか。普段なら考えもしない馬鹿みたいな葛藤ばかりが湧いてくる。
どうやらミスコンで準優勝したところで、男としての自信はつかないらしい。
「小太郎さ、今日はスゲー頑張ったんだから、それでいいじゃん」
「そうかな……」
「そーだよ。水着まで来てメイドやって、小鳥遊泣かすためにミスコンまで出て、今日の小太郎は誰よりも頑張ってた。ウチはそう思ってるから、だから、いいんだよ」
単純だけど、自分のことを認められるのが、何よりも嬉しい。まして杏子のような女子に言われるんだ。
僕みたいなのは、それだけでコロっと落ちちゃうくらいチョロいのは当然だろう。
「ありがとう、杏子」
ようやく決心が固まる。ここまで言ってくれたのなら、もう嘘でもいいさ。
今こそ僕は、自分の欲望に素直になろう――――
ガラガラガラ
と、開かれた教室の扉の音で、僕が間抜けな感じで伸ばした両手は一瞬で引っ込んだ。
「桃川くん!」
「……あ、双葉さん」
今、自分の顔が強張って冷や汗が浮かんでいるというのが、ありありと分かる。とてもじゃないが、桃子の微笑みを浮かべる余裕は消し飛んでいた。
「なんだよ双葉ぁ、いいとこだったのに」
「いっ、いいとこって……」
「別にぃー?」
なんか狼狽えてる双葉さんに対し、意味深な微笑みを向ける杏子。
そして僕は突然の乱入と突然の中断に、脳がバグって適切なアクションが何も取れないでいた。あの、これどうすんの……テンション急落しながらも、何とか僕は口を開く。
「それで、どうしたの双葉さん。何かあった?」
「あ、あのね、後夜祭が始まるから……」
そりゃあ、始まるだろう。その時間を見計らったから、教室で杏子と二人きりなワケだし。
「桃川くん、私と踊ってくれないかな、って……」
「えっ」
恥ずかしそうな双葉さんの台詞に、僕の落ちたテンションがV字回復してゆく。
ま、まさか、僕を誘ってくれてるのか!? そんな、後夜祭に女子と踊るなんて、陽キャのみに許されたイベントのはずでは。
いやでも黒ギャルの爆乳を揉めるイベントは誰にも許されないものなので、僕はすでにそのラインを超えているのでは……いや揉んでないからやっぱダメだわ。
「しゃーねーなぁ、今日は小太郎を独占できねーし」
「ああっ!?」
フワっとした温かく柔らかい感触を覚えるのと、双葉さんの悲鳴が耳に刺さるのは同時だった。
ワンテンポ遅れて理解したのは、どうやら僕は不意に杏子に抱き寄せられて、この側頭部に当たっているのはどうやら、うわマジか、ヤバイこれは飛ぶぞっ!?
「じゃあ行くか、後夜祭」
「……あっ、はい」
熱い抱擁の感触から解放された僕は、悪戯っぽい笑みを浮かべる杏子に空返事するくらいのメモリーしか残されていなかった。
そんなオーバーヒート気味の頭だけれど、「あああぁ……」となってる双葉さんをそのまま放っておくわけにはいかないなと思わされる。だって僕は、彼女のお誘いにまだ答えてはいないのだから。
「双葉さん、喜んで踊らせていただきます」
「あっ、ありがとう!」
ほっとしたような笑みを魅せる彼女の姿に、安堵感が広がる。やっぱり、双葉さんにはいつもニコニコしていて欲しい。
「杏子も、良かったら僕と踊ってよ」
「ウチがリードしてやるよ」
男前なことを言いながら、杏子も笑う。
こんなに素敵な女子、それも二人とも後夜祭で踊れる、だなんて。去年の自分に言っても、とうとう妄想の世界から戻れなくなったか、と嘲笑うような展開だよ。
あまりにも上手く行き過ぎて、何らかの陰謀を疑うレベル。けれど今は、今夜だけは素直に楽しもう。
強いて心配事といえば、小学生の頃にやったきりのフォークダンスを、上手く踊れるかどうかくらい。いざって時は脱げば誤魔化せないか。
「桃川くん」
「小太郎」
女神のような二人から伸ばされた手を、僕はそっと握り返す。
教室の外からは、後夜祭の始まりを伝える花火の音が聞こえてきた――――
2024年2月9日
これにて、外伝:白嶺学園文化祭は完結となります。
若干、駆け足気味のエピローグとなりましたが、書きたいことは書き切ったかなと。
思いの外、長くなってしまった外伝でしたが、個人的には満足のいく出来に仕上がったと思っています。
やはり本編で、すでにキャラの立っている人物を動かすのは、物凄く書きやすかったことが大きいですね。勿論、本編とリンクするような言動、あるいは見られなかった一面、本編にはない関係性などなど、対比させる部分だけでも沢山書けるネタがありました。小太郎の精神力がどう見ても学園塔編以降並みのステータスになっているのはご愛敬。
第二部の開始時期についてですが、これから半年ほどの時間をいただきたいと思います。今年の8月頃に、第二部をスタートする予定となります。
今の段階では、完結設定はせずにしておこうかと思います。この作品は半年間、更新されていません、と目次ページに表示されるのは心苦しいのですが。
それでは、しばしの間、更新停止となりますが、第二部を楽しみにお待ちいただければ幸いです。これからも『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いします!




