桃子VS小鳥(3)
ワァアアアアアアアアアアアア――――
と、いよいよ水着審査の始まったミスコンは大いに盛り上がりを見せる。
エントリーナンバー1番の鳳さんは、出だしからセクシーな黒ビキニで登場し、その高校生離れした素晴らしいモデルスタイルを披露している。
攻めた格好のくせに、本人はあまりヤル気がないのか、笑顔の一つも浮かべない冷めた仏頂面のままだが、それがかえって彼女のクールビューティーな印象を上げていた。まったく、美形は何してもバフになるから困るよね。
「それでは、自己紹介と意気込み、それからアピールポイントをお願いしまぁっす!」
「三年五組、鳳貴音。勝手に応募されたから。アピールポイントは……うーん、あぁ、ソロバン3級、です」
うわ、本人マジでヤル気ないよ。でもこれでちゃんとカッコよく見えるの本当にズルいよこの黒髪美人。彼女のクラスメイト達も、どこまでも冷めた態度に大笑いをしている。
「いやぁ、鳳さん、噂に違わぬクール振りですね! それでは続いて、エントリーナンバー2番――――」
そうして1番に続き、どこに出しても恥ずかしくない美少女達が順に登場。会場は盛り下がることなく、熱気を増してゆく。
そんないい感じに場が熱くなってきたところで、
「エントリーナンバー8番、小鳥遊小鳥さんでーす!」
小鳥遊の出番がやって来る。
すでに怒りは静めたか、確かな自信の浮かぶ表情で僕を一瞥してから、舞台袖で羽織っていたバスタオルを解き、登場して行った。
オオォ――――
という男のざわめきが、体育館に反響する。それは、他の参加者には無かった反応だ。
「やはり小鳥遊、上手くやりやがったな」
奴の恰好は、1番鳳さんに勝るとも劣らない、攻めたデザインの水着であった。
純白のクロスホルタービキニ。胸元が交差してるようなアレである。
あえてワンサイズ小さいのを着ているのか、自慢の巨乳にしっかり白い布地が食い込み、そのサイズと肉感を殊更に強調している。
自身最大の強みである胸の一転突破集中を狙っているのだろう、下はあえて長めのパレオを巻いて、生足を隠していた。上下ともにゆるやかなフリルだけで装飾された純白の装いは、水着というより女神に使える神官のような、どこかファンタジックな印象を覚えた。
これで長身のモデル体型だったなら、こんなエロ水着でもしっかりカッコついて見えるのだろうが、小鳥遊の魅力はロリと巨乳のギャップである。
最初に登場した制服姿だけで、ロリキャラアピールは十分。それでいて、胸は大きそう、という印象も与えられる。
その上でこの巨乳を強調させる装備は、男子が抱いた「大きそう」の印象をさらにぶち抜いて「デケぇ!?」と惑わせるには十分な効果を発揮している。
奴は見事に、ロリボディと巨乳のアンバランスな魅力を、この水着一つでアピールして見せたのだった。
「にっ、二年七組、小鳥遊小鳥です!」
如何にも緊張しています、とでも言うようにテンパった表情に、上擦ってどもり気味の台詞。
だが僕にはわかる、これは徹頭徹尾、純度100%の天然演技である。
コイツ、ロリ巨乳アピールの次は、王道を行くあどけない健気なキャラクター性をアピールして来やがった。
「わ、私は、クラスではあんまり目立たない方、なんですけど……だから、言いたいことも、あんまり上手く言えなくて……」
あんまり上手く言えない演技、上手すぎだろコイツ。
流石はガキの頃から猫を被り続けてきただけある。この純真さとか弱い感じを殊更に強調するような演技は、僕ではとても真似できない。
僕に出来るのは慇懃なメイド演技のみ。自らの腐ったドブ以下のドス黒い本性と真逆の、純真で健気な乙女ですというツラを恥ずかしげもなく平気で演じ切るのは、奴の才能と研鑽の賜物。プロ同然の演技力は、全校生徒の前に晒されても、全く揺るぎを見せない。
「小鳥ちゃん、がんばれー」
「大丈夫だよぉー」
そら見ろ、このたった一言二言だけで、もう応援を始める男子共が出始めた。
早くも奴の魅力に引き込まれてしまっている。
だが無理もないことか。とんでもないロリ巨乳の美少女が、震えながらも懸命に自己アピールを話しているのだ。男なら、ただそれだけで庇護欲を掻き立てられることだろう。
「でもっ、私はそんな自分を変えたくて……少しでも、自分に自信が持てるようになりたくて……だからっ、今日は思い切って、ミスコンに参加しました! 皆さん、応援、よろしくお願いしまぁす!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――
短いスピーチで、小鳥遊は見事に男子生徒の心を掴んだ。
まずい、小鳥遊の魅了は想像以上だぞ。そう戦慄を覚えた次の瞬間、フワッと小鳥遊の腰からパレオが落ちた。
「キャアアアアアアアアアアッ!?」
別にスカートが落ちたワケでもあるまいに、悲鳴を上げる小鳥遊。
一方、思わぬタイミングで露わになった生足と、際どいビキニパンツに、男子は大盛り上がり。そりゃあ、こんなエッチなハプニング、現実でそうそうお目にかかれないのだから、興奮も一入である。
「ここまでやるか……」
勿論これは偶然のアクシデントでも何でもなく、小鳥遊の演出だ。
エッチなことは何も知りません、みたいな無垢な顔をしておきながら、男の性欲を煽る手練手管はしっかり心得ている。
正面から見ていると分かりにくいかもしれないが、小鳥遊は自然かつ素早い動作で、自ら腰の後ろで留めていたパレオを外したのである。
「うっ、ううぅ……」
顔を真っ赤にした涙目になって、パレオを抱えて舞台袖へと戻ってゆく完璧な演技を最後までこなしてから、ようやく小鳥遊のターンが終わった。
「……ふふっ」
自分でも会心の演技だったと自負しているのだろう。こちら側へと戻ってきた小鳥遊は、一瞬で涙目の恥じらい顔を解除して、僕へ勝利の確信に満ちた視線をくれやがった。
悔しいが、小鳥遊の水着審査は完璧だった。何もなければ、これだけで優勝を攫ってもおかしくないほど。
流石に、男の水着姿だけでこれをひっくり返すのは難しい。
「それでは、本当に登場して大丈夫か? エントリーナンバー9番、桃子さん!」
いや、落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、僕は司会の声に呼ばれて舞台へと出撃。
僕の恰好は夏川さんのスク水に、手足は白いロンググローブとニーソックスを履き、頭にはホワイトブリムを載せた、メイドらしさも残る装備構成にしている。メイド長という桃子のアイデンティティを示すと同時に、最低限の露出度で済ませられる装いでもある。
しかし、いくら肌色の露出は少ないとはいえ、どうにも股間に視線が殺到するのを感じて、あまり良い気分にはならないね。ああ良かった、僕にはどうやら見せつける性癖は微塵もないようで。
「おおぉ、しっかり水着姿ですね、桃子さん」
「勿論です。参加する以上、レギュレーションは遵守いたします」
「本当に男子なんですか? 実は双子の姉妹と入れ替わっていたりとか?」
「うふふ、桃子は桃子でございます」
流石に男が本当に水着で登場したことに、司会も一言申したかったようである。
それに対して、僕は磨きぬいた営業スマイルで如才なく応える。桃子をやってる時は、口が裂けても自分が男であるとは主張しない、ロールプレイである。
「二年七組『逆転メイド&執事喫茶』にてメイド長を務めさせていただいております、桃子と申します。本日は最後のご奉仕と心得て、僭越ながら当店を代表し、参加させていただきました。この舞台でもう一度、ご主人様、お嬢様、にお目見え出来て、桃子は嬉しく思います」
僕の誠意を込めた主張に、なかなか好意的な反応が返って来る。本当にありがとう。
やはり実際に店に来てくれた生徒たちは、かなり支持をしてくれているように感じる。だがしかし、先の小鳥遊のインパクトは、大多数の男子の心を惑わしている。
奴に打ち勝つためには、来店したお客様以外の層からも、票を集めなければ厳しいだろう。
やはり、アレをやるしかないか――――僕は覚悟を決めて、最後のアピールタイムへ臨まなければならないようだ。
◇◇◇
筋肉自慢の男子水着審査が終わり、いよいよ女子のアピールタイムとなる。
「――――えい」
と、気の抜けた掛け声からは想像を絶する鋭い後ろ回し蹴りで、ぶ厚い木の板を砕いているのが、エントリーナンバー1番の鳳さんである。
初っ端からすげぇ特技が炸裂したぞ……
「す、凄い威力ですね!」
「小学生の時、蒼真の道場でちょっと」
この人、蒼真流の門下生だったのかよ!
小学生の頃にちょっと、でこの超人的な格闘能力を得られるとは、蒼真流ってガチの超人育成術があるのか、彼女自身が天才なのか。
「おお、蒼真流というと、あの蒼真兄妹の道場ですか!?」
「まぁ、そうですね。いえーい、兄弟子、見てるー?」
「鳳さん、やっぱり貴女は天才だ! 今からでも遅くはないから、道場に戻って来ないか!」
「疲れるからヤダ」
おふざけの呼びかけにマジレスしちゃうって、蒼真君さぁ……
だがしかし、あそこまで言うなら鳳さんって蒼真君も認める本物の天才なのか。この素っ気ない様子を見るに、どうやら彼女は蒼真ハーレムにインする気はないようだ。
うーん、武術の才能もあって、男を見る目もあると来たもんだ。鳳さん、ただの美人じゃないね。
「ありがとうございましたーっ! それでは続いて、エントリーナンバー2番!」
そこから続くアピールタイムは、可もなく不可もなく、といった内容で進んでいった。概ね、例年通りというか。
現状では、鳳さんの印象が強い。華麗にして強力な武術の腕前を、あのビキニ姿のままで披露してくれたのだから、そりゃあインパクト十分だ。
美しさと強さを兼ね備えた、女性が憧れる姿を見せつけている。女性票はかなり彼女へと集まるに違いない。
これなら最悪、僕がダメでも彼女が小鳥遊を倒してくれるだろう。
と、心理的予防線を張りつつ見守るアピールタイムも、いよいよ山場へと差し掛かる。
そう、ついに小鳥遊の出番がやって来たのだ。
「小鳥、一生懸命歌います! きっ、聞いてください!」
小鳥遊が選んだのは、オーソドックスな歌唱。要するにカラオケである。
流れ始めるイントロから一瞬で奴の選曲を理解する。この曲は、数年前に始まって以来、今も現役の人気コンテンツを誇るアイドルアニメのOPだ。見たことない人、あんまり興味ない人でも、一度は聞いたことがある程度には電波とネットに乗って広まった、代表曲でもある。
アイドルアニメらしい華やかでキュートなメロディに、アップテンポの曲調で美少女達の友情努力勝利を思わせる熱さも感じさせる名曲は、小鳥遊が今この場で自らの可愛さと健気さをアピールにするのに、最もふさわしい一曲と言えるだろう。
これといった特技のない素人が選ぶ歌唱であるが、小鳥遊は自分のキャライメージを最大限に活かす選曲が出来ている。ダンスと呼ぶほどではない、オマケ程度の振り付けにしても、小鳥遊がやれば魅力的。
そして何より、舞台の上の小鳥遊は、ついさっきお披露目した水着姿のまま。
これは強い。女の子らしい可愛らしさと同時に、ロリ巨乳のエロでも釣る相乗効果が発揮されている。
これによって奴のステージは、ド素人のつまらんカラオケ大会の域を遥かに超えた、立派なアピールタイムとして機能していると言わざるを得ない。
実際、生徒の反応も上々だ。まずい、インパクトのある水着審査から、この高水準のパフォーマンスによって、男子の心は掴まれている。
「ありがとうございましたっ!」
ワァアアアアアアアアアアアア――――
舞台の成功が、大きな歓声によって証明される。
感極まったように大粒の涙を零しながら、笑顔で大きく手を振り、わざとらしく胸も揺らし、堂々と退場する小鳥遊は、
「ふふっ、小鳥の勝ちだよ、桃川君」
渾身のドヤ顔をかましてから、舞台袖で待機している僕の前を通り過ぎて行った。
「……それはどうかな」
まだ僕のターンは終わっちゃいないぜ。振り向くことなく、そう呟く。
確かに小鳥遊は自分の強みを最大まで活かしたパフォーマンスを見事に発揮した。自己紹介、水着審査、アピールタイム、どこをとっても落ち度がない。現状最も魅力的な鳳先輩と優勝を争うに相応しい魅力を確かに示した。
けれど、僕はそんなお前を殺すために、ここまで来たんだ。
僕に残された最後の一手、このアピールタイムでお前に集まるはずだった男子票を、真っ二つに割って見せる。
「それではぁ、泣いても笑ってもこれがラスト、エントリーナンバー9番、桃子さん!」
司会役のテンション高めな呼び声に、僕は静かに舞台へ出る。
店内でティーセットを運ぶように、急がず、慌てず、優雅に歩む。
「お待たせいたしました、ご主人様、お嬢様。それでは僭越ながら、この桃子が一曲、踊らせていただきます」
深々と一礼。
反応はまだない。ダンスは歌唱に続く定番だ。目新しさは何もない。
そして小鳥遊が刺激的な水着姿だったのに反して、今の僕は制服にエプロン姿といった、露出皆無の重装備。こんなメイドモドキの恰好で踊ったところで、大して面白みもないだろう。
実は僕が幼いころからダンススタジオに通い詰めた天才的なダンスパフォーマンスを習得している、などという新設定が突然生えてくることもない。僕のダンスは、小鳥遊とそう変わりはない素人のお遊戯レベルだ。
だが、それでいい。小鳥遊が下手を打つくことなく最高のパフォーマンスを発揮した以上、僕も羞恥心を投げ捨てて、全力でぶち当たるしかない。
覚悟はとうに決めている。さぁ、行くぞ!
『――――あの女コロす』
そんな一言から始まるこの曲は、今からちょうど二年前に大流行した、ちょっと過激なラブソングだ。知名度だけなら小鳥遊のアイドルアニメOPよりもあるだろう。こっちはアニソンではないし、元から有名だったアーティストの曲だったしね。
『キミはセカイ、ワタシのユメ、他のモノはいらないから』
で、今から二年前と言えば、僕は中学三年生。その当時の学園祭で、クラスの出し物として選ばれたのが、この曲をクラスみんなで歌って踊る、舞台パフォーマンスであった。
クラスカーストトップの女子グループが指揮って決めただけの内容に、僕は勿論、クラスの半分以上はさして乗り気ではなかったが、それでもなんやかんやで形になるのが輪を貴ぶ日本人学生の性である。
『愛し尽くして、キミの果てまで』
かく言う僕も、全くヤル気はなかったが、猛練習と強制的な朝練の甲斐あって、この曲だけは踊ることが出来るのだ。昔取った杵柄って、こういうことを言うのだろうか。
有名なのは歌だけでなく、ダンスも同様だ。キャッチーなMVは動画サイトで記録的な再生数を達成し、ちょっと頑張れば素人でも真似できる独特の振り付けもあって、歌ってみた踊ってみた系のショート動画の投稿も乱発されていた。
当時の中三女子もモロに影響を受けたボリューム層であろう。学園祭でコレをやりたい、と言い出すのもむべなるかな。
『昔話は聞きたくないの、今だけ見つめて』
そういうワケで、僕が辛うじて舞台上で披露できるダンスはこの一曲のみ。
意外と体は覚えているもので、本番前に三回ほど通してリハーサルをやった程度で、十分にステップが刻めている。
そしてAメロ歌いだしのところで、三つ目のステップに合わせて、僕は足をスナップを利かせるように振る。
「あっ」
という声がちらほら漏れたのは、僕の足先からスポーンとサンダルが飛んで行ったからだろう。明日天気になーれ、とばかりに綺麗な放物線を描いて、それぞれ舞台の両脇に転がった。
これがただ足からすっぽ抜けただけのアクシデントではない、というのは両足とも続けてすっ飛ばしたのを見れば分かるだろう。この脱げやすいサンダルも、メイドチームの協力で調達してきてくれた、今回のステージの専用装備である。
『話さないで、近寄らないで、綺麗なままのキミでいて』
続けて、クルっと一回転ターンの動きに合わせて、腰元で結んだエプロンを解く。再び正面を向いてからの、両手の振りで肩から抜いて、スルリと脱皮するようにエプロンを体から落とす。
「おい、もしかして……」
大きなメイド要素であるエプロンが抜け落ちた僕を見て、そろそろ勘付く奴も出始めたことだろう。
僕が決して、ただメイドの恰好で踊るだけのステージをやっているだけではないことに。
『あの女、あの女、またあの女。忘れられない、消し去りたい』
エプロンが抜け落ちた後は、ほとんどただの制服姿だ。残るメイド要素は頭のホワイトブリムと、カフス付きのロンググローブ、それとニーソックスくらい。
制服の方はセーラーの上下に加えて、カーディガンも羽織っている。すでに秋に入ったこの季節においては自然な恰好ではあるが、ただ寒いから一枚羽織ってるだけ、とは誰も思わないだろう。
次に僕が手をかけたのは、グローブだ。
左右に揺れる動きと共に、見せつけるように両手からグローブを抜き取ってゆく。
これでハッキリしただろう。サンダルもエプロンも、自然と落ちたのではない。僕が自ら脱いだのだと。
バックステップの着地と同時に、両手にしたグローブをそっと床へと落とす。
『胸が裂ける、脳が壊れる、バグる二人のメモリー』
続いて手をかけたのは、オーバーサイズ気味のカーディガンだ。大きなボタンが外しやすくてちょうどいい。
手早く外せば、思い切り胸を逸らすような態勢でガバっと脱ぎ去る。
「おおおっ、脱いだっ!」
「ぬ、脱いでるぞ……」
「おいおいおい、大丈夫なのかよコレぇ!?」
ここまで見せれば、もう誰もが理解しただろう。
僕がやっているのは、ストリップだ。ただのダンスじゃない。
意図が伝わり、大きくざわめき始めた観客側に向けて、僕は脱ぎ去ったカーディガンを頭上で大きく振り回してから――――バっと投げる。
ォオオオオオオオッ!!
そしてカーディガンの着弾地点にワっと声を上げて付近の男子が押し寄せた。
女子が脱いだ服に集まるのは条件反射なのか。僕が男であると紹介されたことも、忘れていると見える。
尚、そのカーディガンは葉山君から借りたヤツだから、匂いを嗅いでも男臭しかしないからね。
『いらない、いらない、過去はいらない。今から、ワタシだけの未来』
メロディのテンションが上がってくると、桃子ストリップショーを理解したことで俄かに熱気も増してきた。
よしよし、いいぞ。インパクトは十分だ。
小鳥遊を倒すためのパフォーマンスが、ただの流行り曲のダンスでいいはずがない。
僕は短い時間で考えた。これといった特技のない自分が、純粋に女子としての魅力が高いアイツを打倒できるだけの策を。
何か、何かないだろうか。あのロリ巨乳を倒せるだけの方法が――――真剣に考え抜いた末に、僕の脳裏に過ったのは、どこまでも桃色の煩悩。
鮮やかにフラッシュバックする、突如として目の前に飛び出した双葉さんの特大爆乳のディープインパクトだ。
そこで閃く。そうだ、脱ごう。
中三で習得したダンスと合わせたストリップ。自分の羞恥心を犠牲にして打ち立てた、僕の秘策だ。
ダンスは覚えているけれど、ストリップなど真面目に見たことはないので、参考資料をエロマスター勝に用意してもらったのだ。
本物のストリップ劇場の隠し撮りっぽい動画から、洋画で有名なストリップダンサーの切り抜きシーン集、MMDエロダンス等々、瞬時にストレージから選抜した上にプレイリスト化してみせた勝は、本当に男として尊敬する。
親友の熱い友情によって提供された参考資料を倍速視聴で、魅せる脱ぎ方、を高速ラーニングして、今の舞台があるのである。
さぁ、残す僕の衣装はセーラー上下とニーソだけ。ついにここから肌の露出が激増する。クライマックスだ。
『あの女コロす――――』
サビに入ってダンスのテンポが跳ね上がる。パンチラ上等でスカートを翻し、流れるような体の捻りと、高速ステップを刻む。中三のあの時に一番練習させられた、この曲で最も難易度の高いモーションを、どうにかこうにかやり切る。
けれど一番キツいのはここから、ストリップを取り入れたオリジナルの脱ぎモーションだ。
「うっ」
と小さく呻きながら、少々の無理を押してブリッジのような姿勢へ移行。ピンと右足を掲げて、素早く、けれど焦らすような速度で純白のニーソックスを脱ぎ去る。
ぐうっ、マジでこの動きキツ……毎日ストレッチでもやってりゃ良かったよ、などと自身の怠惰な日常を顧みながら、もう片方の左足を脱ぐ姿勢へと入れ替える。
次は横に大きく薙ぎ払うような動きで脱いでゆく。このモーションの最中には、観客側に向かって大きく足を開くような形になって大変恥ずかしいのだが、やると決めたからにはこういう動きは必須。
ウォオオオオオオオッ!!
男の生足が開帳されて何が嬉しいのか分からんが、それでも期待以上に盛り上がってきた。グラビアアイドルのセクシーショットみたいな寝そべりポーズから、カポエラみたいな動きで生足を存分にアピールしながら跳ね起きる。
ぐおおぉ、この動きもキツいな。小学生の頃ならもっと余裕だった気がするんだけど。
『イヤな女、キラいな女、忌まわしいほどキレイなあの女』
さて、次は上か下か。期待の籠った熱視線が殺到するのを感じながら、僕は腰へと手をかけた。
脱ぐのはスカートが先だ。
パチンとホックを外すと、スルっと落ちてゆくプリーツスカート。
その下にあるのはセクシーランジェンリーでは勿論なく、今日を乗り切ったメイド水着である。
下着ではなく水着。そしてすでにその恰好で接客をした、という信頼と実績を積み上げたこの恰好は、誰が何と言おうが健全である。
たとえ少々長めのセーラーの裾で絶妙に隠れて、股下がほんの僅かだけチラチラするような状態であっても、水着だから健全なのだ。
「あ、ああっ、そんな、ダメだよ桃川君……なんて恰好を……」
「おいおい、止めてやるなよヤマジュン」
「覚悟の上で脱いでんだ、アイツはよぉ」
「俺らはメイド長の雄姿をしっかり見届けるだけだべ」
「いやアレは普通にダメだろ……いかがわしいにも程があるぞ、桃川」
「なに固いコト言ってんだよ蒼真! あんなに桃川が頑張ってんだろうが――――いいぞぉ、もっと脱げぇーっ!!」
クラスの方から、悲鳴やら声援やらが届いているようだ。
そうだ、もっと盛り上がっていけ。メイド長桃子のストリップショー、全校生徒の目に焼き付けてやる。
激しいサビの勢いのままに、僕は足首に引っかかったスカートを、エースストライカーが如く華麗なキックで吹っ飛ばす。スカートをお前らのとこにシューッ!
ウォオオオオオオオオオオオ――――
カモーン、エキサイティン!!
ステージすぐ手前に落っこちたスカートに、カーディガンの時よりも勢いを増して押し寄せる男子共。
こいつは本物の女子制服だ。ごめん、夏川さん。新品で返すね。
『焼け焦げるほど羨んで、妬みの深さに溺れて、忌まわしいほど醜いワタシ』
さぁて、残すは最後の一枚、セーラー服だ。
このセーラーだけは杏子から借りてきた一品。夏川さんとは異なり、スーパーモデル級のスタイルを誇る杏子のセーラー服は、僕が被れば結構なサイズとなる。
お陰で股下がギリギリ隠れる、なんかのソシャゲキャラにいそうなセーラーワンピみたいな恰好になっているワケだ。
曲もいよいよ、残すところあと僅か。焦らすだけの時間もない。
最後のステップを踏み終えて、僕はセーラーの裾へと手をかけた。
『ワタシのセカイ、キミはユメ、もう二人だけしかいないから』
激しい歌声だけが体育館に響く。今この瞬間、全校生徒は沈黙している。
僕は両手をクロスさせた、あの女の子しかやらない脱ぐモーションで、歌声のテンポに合わせてゆっくりと引き上げてゆく。
ゴクリ、と生唾を飲むような音。抑え込んだ息遣い。決定的瞬間を逃すまいと一点に集中する視線の圧力。
プレッシャーの静寂の中、ついにセーラーは胸元を通過――――そこに、水着はなかった。
『犯し尽くして、キミの果てまで』
最後のフレーズと共に、右手でセーラーを床に落とし、左手で胸元をそっと隠す。
男子である僕だけに許された、合法トップレス。
ビキニパンツ一枚きりの手ブラ状態で、堂々と全校生徒へ向き合って、曲は終わりを迎えた。
「ご清聴、ありがとうございました」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――
割れんばかりの歓声が、深々と一礼した僕へと叩きつけられた。
人事は尽くした。後は天命を待つのみ――――お願い神様、ここまで頑張ったんだ。小鳥遊にザマァをさせてくれよな。




